日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

山と河にて (2)

2023年08月14日 03時02分47秒 | Weblog

  春の彼岸前。飯豊山脈の麓に佇む静かな町の残雪も、木陰や道端に残すほかは、すっかり溶けて跡形もなくなり、久し振りに穏やかに晴れわたった小春日和である。 朝食後、節子が花束と布袋を出して健太郎に渡したたあと、理恵子に
 「今日は、お父さんと二人で秋子母さんと律子さん(健太郎の先妻)のお墓にお参りに行ってきなさいね」
 「無事、卒業出来ましたと丁寧にお礼を言ってくるのよ」
と告げたので、彼女は
 「お母さん、私に言ってくれれば、お花くらい買いに行ってきたのに・・」
と答えると、節子は
 「いいのよ。朝、あなた達が散歩に出掛けたあと求めて来たのよ」「わたしの、気持ちをもこめてあるのよ」
と、さりげなく言うので、彼女は母親の花に託した故人の追憶と思いやりのある心の優しさを改めて思い知らされた。
 理恵子は、節子が用意してくれた、お墓掃除用にと渡してくれたバケツとタオルを持ち、ポチを連れて健太郎と玄関を出ようとしたところ、節子は昨晩予め打ち合わせていたのか、健太郎に
 「帰りに美容院に寄り、お部屋を見てきてね、忘れないでよ」
と念を押していた。

 お墓に向かう道すがら、理恵子は父親の健太郎に
 「美容師さんに、これからのことについて、御挨拶しなければいけないんでしょう」
と聞くと、彼は澄ました顔つきでボソットした声で
 「近いうちに家にお招きして、正式に師弟の挨拶をすると、節子が言っていたので任せておけばいいさ」
 「節子は、そおゆう点なかなか律義な人だからな」
と返事をしていた。
 理恵子は、父親は相変わらず淡白で、全て母親任せなんだなぁ。と思い、横顔を見ていて、恋人の織田君に似た些細なことに気を使わない呑気なところがあり、父の様子が織田君と重なって映り微笑ましく思えた。

 街外れの飯豊山を望む小高い丘の上に、松や杉の樹木に囲まれて菩提寺の檀徒のお墓が並んでおり、その中ほどの広い墓地が、石垣の上に六体地蔵の石仏が立ち並んで、先祖代々の数基のお墓が囲堯されて並んでおり、歴史を偲ばさせる山上家の墓地であるる。
 中央に建立された五輪塔の周りの雑草が刈り取られており、正面左側に自然石で建立された健太郎の亡父母のお墓があり、その後ろに少し間隔をおいて、健太郎の亡妻である律子と理恵子の亡母である秋子の戒名が刻字された黒御影石のお墓が並んでいた。
 健太郎が学生時代父や住職から聞いた記憶では、山上家は真言宗で菩提寺とは縁が深く、そのためか、墓石に刻まれた建立年を見ると江戸時代以降一代一基となっている。が、現代にはそぐわない墓地である。 
 
 理恵子が墓地を見廻して
 「お父さん、案外、綺麗に清掃されているわ」
と呟くと、健太郎は
 「うん、雪が消えたあと、母さんと掃除に来たばかりだからね」
と小声で返事をした後、近くの小川から水を汲んできて「さぁ~、拭いてあげよう」と言って、二人で無言で父母と律子それに秋子の墓を拭いたあと、健太郎は墓地の入口に設けられている燭台に用意してきた蝋燭と線香を立てマッチで火をつけて燈すと、片手に持った小さい鐘を叩きながら般若心経を唱えはじめた。
 理恵子は、父親の背後に立ち、渡された数珠を手にして目を閉じ、亡き実母の面影を偲びつつ、朗々とした声で読経するのを意味もわからずに聞きいっていたが、その間に何気なく墓地の片隅に大きく育ったコブシの木に目を移し、亡母がこよなく好んで健太郎に小言を言いながらも三人で植樹した小学生当時を想いだし、小さい蕾に亡母の面影を懐かしく偲んでいた。

 健太郎は読経を終えると、二つのお墓の前に僅かに空き地となっているところを指差して、理恵子に
 「山上家は、真言宗で菩提寺の檀家総代でもあり、理由はよく判らないが、一代一基なんだけれど、わたしは、その様な時代遅れの慣習を捨てて、節子と一緒の墓を建立するつもりだよ」
と話すと、石垣に腰を降ろし、遠くの残雪を頂いた山々を眺望しながら、遠景に自分の気持ちを重ねるかの様に、若き日を想いだしてか気分良さそうにボソボソとした独り言の様に
 「若い時、節子と一緒になれなかったのは、この先祖のお墓を守るため意に反して転勤したためで、あんたには、こんな古臭く現代にはそぐわない話しは理解できないだろうね」
 「昔は、この地方では家継ぎの長男は、そんな風習を当たり前のことと思っていたんだよ」
と言ってニコット笑みを零していた。

 健太郎は、理恵子がその様な価値観の変遷を、理解しようがしまいが、自分に言い聞かせる様に言いながら、彼女に遠慮気味にポケットからそろりとタバコを取り出し燻らすと、それまで墓地内を遊びまわっていたポチが彼の前に飛んで来て、けたたましく吠えたので彼女はビックリしてポチの首輪を取って抱き寄せたが、ポチは怒りが治まらないのか、彼女の膝に抱かれたまま、健太郎に向かい喉を鳴らしていた。
 彼はポチの頭を軽く叩き美味しそうに紫煙をくゆらし「母さんには内緒だよ」と呟いたので、理恵子が困った顔をして
 「幾ら内緒だといっても衣服にニコチンの臭いがつき隠せないわょ」
 「節子母さんから聞かれても、わたしは否定も肯定もしないわょ」
 「でも、母さんに嘘をつくのも嫌だし、まるで、言い訳を聞かない子供の様で、わたし困るゎ」
と答えると、健太郎はフフンと苦笑いして
 「近頃、母さんに躾けられたのか、ポヂもやたら五月蝿く吠えるんだよなぁ」
と呟き、健太郎がタバコを吸い終え石垣でもみ消しして捨てると、ポチは彼女の手を勢いよく飛び出し、吸殻を前足で蹴散らしていた。
 彼はそんなポチの仕草を見ながら
 「あんたの母さんは、律子が病弱のため、秋になると越冬用の漬物の大根や野沢菜等の野菜を洗いに来てくれていたもんだよ」
と当時を懐かしむ様に話すと、彼女は
 「わたし、その頃、小学2年生だったかもね。でも、よく覚えているゎ」
 「わたし、律子小母さんにピアノを教えてもらっていたが、律子小母さんは、秋子母さんの妹かとばかり思っていたゎ」
 「その頃の父さんは、秋子母さんに御飯を用意してもらったり、家の中が汚れていると、しょうちゅう小言を言われていたこともね・・」
と返事していたが、健太郎は彼女の返事に答えることもなく
 「秋子母さんのお墓は、秋子さんが亡くなる前に、この墓地は自分に縁もゆかりもないけれど、先生や律子さんと親しくさせていただいたので、この墓地に葬ってほしゎ。と、遺言めいたことを言われていたので、その希望を叶えてあげたく、お寺さんや親族等関係者にお願いして建立したんだよ」
と、先妻の律子のお墓の隣に並んで建つ秋子さんの黒御影のお墓を建立した経緯を指差して静かな声で説明していた。

 理恵子は、自分が上京していた3年の間に、健太郎の髪が白さを増したのは仕方ないと思ったが、健太郎の後ろ姿が少し痩せ細り心なしか肩が下がったよう見え、話の内容も遠く過ぎ去ったことで格別答えることもなく、それより頬髯までが白さを増しているのが気になり
 「お父さん、髯は毎朝手入れしたほうがよいゎ」「母さんに何時も無精髯はみっともないと言われているでしょうに・・」
と言うと、健太郎は、弱々しい声で
 「そうか、お前も美容師になり細かいことまで気がつく様になったね」
 「これから先、わたしの身だしなみについて、節子の様に喧しくなるのかなぁ」
と独り言のように呟いていた。
 理恵子は
 「そんなことないゎ。だけど、お父さんの健康のためにもタバコを喫煙することだけは、母さんの言うことを真面目に聞いてね」
と、小声で言いながら、山上家の墓地に沢山並んでいる古いお墓を見て、随分、長い歴史があるんだなぁ。何時かは家の歴史を聞いて覚えておくのも、山上家の子孫となった以上、自分の務めだなとしみじみと考えた。
 それにしても、健太郎が想像していた以上に歳老いたように見えて、チョッピリ寂しさを覚えた。
 彼女は、何時の日かは亡き母の故郷である秋田に節子さんと訪ねて、亡き母が若き日をどの様に過ごしたのかと聞いてみようと思うと、急に実母への懐かしさが募り胸をつまらせた。

 帰途、美容院に立ち寄り、先輩の美容師さん二人に丁寧に頭を下げて
 「やっと、お陰様で卒業してきましたが、これかは、先生の教えに従い一生懸命に勉強に励みますので、何卒御指導を宜しくお願い致します」
と型通りに挨拶すると、年長の美容師さんが
 「いやねぇ~、理恵子ちゃん、そんなに仰々しく挨拶されると恥ずかしいわ。ここは貴女の家よ」
と言って笑ったあと
 「理恵子ちゃんも、ちょっと見ない間に、すっかり綺麗な娘さんになったわね」
と返事をしてくれたので、理恵子も緊張がほぐれたが、傍らから健太郎が
 「いずれ節子が正式に御挨拶しますので・・」
と一言口添えしてくれた。
 挨拶を終えて二階の部屋を覗いたら、昔のまま、家具が置かれ綺麗に掃除されていたので、鴨居に飾られた亡き母の写真に手を合わせたあと、彼女は思わず
 「まぁ~、懐かしいわ。どなたが掃除してくれていたのかしら」
と呟くと、健太郎が「節子が、毎週していたんだよ」と言ったあと
 「隣の洋室を見てごらん。いずれ結婚したら此処を好きな様に改造して、生活をエンジョイするんだね」  
 「東向きだし、ベットを並べて置いて寝室にするといいんでないかなぁ~」
と、勝手なことを言うので、彼女は
 「お父さん、想像逞しくして、そんなことを言わないでよ」
と、少し顔を赤らめて恥ずかしそうに返事をしていた。

 帰り道の途中で、健太郎が
 「ところで、織田君とはどの様な話になっているんかね。間違いなく一緒になるんだろうな」
 「彼は、東京で仕事のため、遠距離恋愛か。なにかと大変だなぁ」
 「そう言えば、診療所の美代子さんも、あんたが下宿していた城さんの中学生である大助君と親しくなり、そのため、なにかにつけ、時々、大騒ぎするらしく、老先生も孫娘をどの様に指導したらよいかと困って相談にきたよ」
と言ったので、彼女は
 「大助君は勉強も良くできるし明るい性格なので好青年だけれど、片親だけに姉が案外神経を遣い、彼の生活態度に喧しく、また、美代子さんも一人娘で診療所では大事な人なので、しかも日本籍とはいえ外人さんであるだけに、二人が将来悲しい思いで心に傷を残すようにならなければよいがと、周囲の人達が気を揉んでいるわ」
 「最も、二人とも中学生で若いため、そんな周囲の心配を気にかけず気楽に交際しているようだが・・」
と簡単に説明したあと、思いきって
 「わたし達、もう、とっくに恋愛は卒業したゎ」
 「お父さん、隠さずにお話するけれど、私達、もう、結婚を前提に肌を合わせているのよ」
 「驚いたでしょう。絶対に秘密にしておいてよ」
と正直に恋人の織田君との関係を告白した。
 健太郎は、彼女の意外な話に一寸戸惑ったのか、暫し沈黙していたが、気を取り直したかの様に、弱々しく息を吐く様に
 「そうかぁ~。でも、母さんには言わない方がいいと思うな」
 「けれども、何時だったか、節子は母親の勘とゆうのか、すでに見抜いているようなことを言っていたなぁ」
と、心なしか寂しそうな表情を漂わせて小さな声で答え、更に
 「何しろ節子母さんは、今の若い人達とは倫理観が違い、式を挙げるまでは、その様なことを絶対に認めない主義だからなぁ~」
と言ったので、彼女は毅然とした態度で
 「判っているゎ」「でも、私達は決して不道徳なことをしていないことだけは信じてね」
と、健太郎の腕に縋り付いて理解を求めた。
 
 
 

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