日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

山と河にて (6)

2023年08月23日 04時07分00秒 | Weblog

 珠子も、自分の恋愛経験から大助と美代子の心情を察して、母親の話に続いて
 「大ちゃん、母さんも言ってくれているのだし、この際、顔を見せてきてあげなさいよ」
と、大助の気持ちを後押したが、大助は返事もせずメールを何度も読み返していた。
 大助の態度に痺れを切らした珠子が
 「ねぇ~、どうするつもりなの」「美代ちゃんも、首を長くして待っているのに・・。男らしくしなさいよ」
 「彼女からのメールを見ると、わたしも切なくなるわ」
と話すと、大助は力なく
 「電話で様子を聞いてみようか。大学に進学して友達とのコミュニケーションで困っているのかなぁ」
と言って渋々受話器を取った。
 
 大助は、入学後、初めての休暇で帰宅したが、美代子に簡単な挨拶をしたあと、防大は起きてから寝るまで規則ずくめの生活で、通常の学習のほかに訓練もあり、耐え切れずに退学してゆく生徒も多く、君のことを考えている暇もないほどだよ。と、校内生活の厳しさを話し、続けて
 「こうして話していると久し振りに懐かしさが甦ってくるが・・」
と言ったあと少し躊躇いながら
 「言いずらいことだが、僕の本心を正直に話すと、去年の冬にお邪魔したとき、君のお父さんの視線が冷たく感じられたので、逢いたい気持ちは山々だけれども、訪ねることに気分が重いんだよ」
と話すと、彼女は大助の話を無視するかの様に
 「ねぇ~。そんなことを言わずに来てよ」
 「東京から帰宅後、色々なことがあり、わたし、気が狂いそうだわ」
 「お爺さんも、家族や診療所のことを考えあぐねて、端で見ていて気の毒なくらいで、大助君がいればなぁ。と、溜め息をついているわ」
 「ママは相変わらず自分の意見を言わず、お爺さんとパパの間で右往左往していて、山上先生も節子小母さんもパパを懸命になだめているが、パパにはさっぱり効き目が無く、わたし、この後どうなってしまうのかと心配で眠れないわ」
と催促に続いて、家庭内の事情を愚痴ったあと、気を取り直したかの様に
 「今、電話では詳しいことを、お話出来ないが、大ちゃんの言っていること、わたしにも察しがつくわ」
 「君には直接関係ないことだけれども、兎に角、わたしのことを巡って家の中が無茶苦茶なのょ」
 「この連休中、両親は京都の学会に出るため留守になるので、お爺さんと二人だけなので、そんな心配いらないわ。お爺さんも、もう大学生なので君に相談しろと言って聞かないのよ」
 「両親からは、お爺さんがいるので、わたしには、絶対に家をあけるなと、きつく言われているし、身動きできないし・・」
 「お爺さんも、君が訪ねてくることを待ちあぐねているのよ。見ていて可哀想なくらいだわ」
と、強い調子で催促しているうちに感情がこみ上げてきたのか声も細くなり涙声になったので、彼は話を聞いているうちに彼女が可哀想になり、確たる自信もないまま、意を決して
 「ヨシッ!判った。僕も学生の身分であり、顔を見せるだけで役にたたないかも知れんが、兎に角、明日、一番列車で必ず行くよ」
と静かに返事をして受話器を静かに置いた。

 会話を聞いていた珠子は、今までに大助が口に出したことがないことを話したので、二人の交際について、現実に難しい問題が起きているんだなと嫌な予感がした。
 母親の孝子は、やはり、節子さんが教えてくれた通りで、大助と医師の一人娘の交際は、何時かは、この様な時が訪れることだと、冷静に聞いていていたが、彼には「長い間お世話になったことだし、行ってあげなさい」と言ったきり何も言わなかった。

 新幹線から見る越後平野は、田植えが始まっており、遠くの山並みには残雪が春の陽光に照らされて輝いていた。
 家を出るとき、珠子から
 「恋愛は、山あり谷ありで、嬉しいことは少ないが、どんなことがあっても、彼女の心を傷つける様なことはしないでね」
と、強く言われたのが妙に頭にこびり付いて、碌に景色も眺めないうちに、美代子の住む街の駅に着いた。
 
 休日のためか乗降客も少なく、改札口を出て辺りを見渡すと、駅前に駐車中の紺色の乗用車の前で、美代子が手招きしており、その傍で体格のよい青年が背広姿で大助に向かって一礼していた。
 大助が、車に近寄ると美代子が傍らの青年について
 「同級生だった寅太君ですよ」「ホラッ、顔に見覚えがあるでしょう」
と紹介してくれ、彼は、一寸、間を置いて
 「あっ! 判った。覚えているよ。あまりに立派になったので・・。一瞬思い浮かなかったつたよ。ゴメン  ゴメンヨ」
と笑顔で返事をして手を差し伸べ握手して、互いに肩を軽く叩きあった。

 寅太は、中学時代、町では手のつけられない暴れん坊の三人組の頭で、中学生のとき、大助達が正月休みにスキーに来たとき喧嘩になり、健ちゃんから、死ぬんでないかと思うほど厳しく気合を入れられたことがあった。
 彼は、それを契機に心を入れ替え、中学卒業後は、街の老人施設の臨時として働いていたが、その後、中学で担任の教師が定年退職して、街で生活用品や農機具などの販売会社を作ると、その社員に雇われ、持ち前の体力と根性に加えて、顧客に対する愛嬌のよさを買われ、いまでは社長の信頼が厚く営業を一切負かされている、立派な青年になっていた。
 勿論、街の名士である診療所の老医師にも可愛いがられ、美代子が東京から帰郷後は、彼女の話し相手にもなり、健ちゃんにも、毎年、かかさず年賀状を出している几帳面さもある。

 寅太の運転する車で、雑談しているうちに診療所に着くと、玄関先で老医師が
 「やぁ~、よく来てくれた。必ず来てくれると思い待ちどうしかったよ」
と、笑いながら歓迎してくれ居間に案内してくれた。
 大助が、まだ短い期間でわあるが防大で躾けられた癖で、はきはきした言葉遣いで丁寧に挨拶すると、老医師は、彼のことをジ~ット見つめていて
 「大助君、見違えるほど鍛えられたな」「顔も日焼けしており、肩幅も張って、立派な軍人になれるわ」
と感心していたが、自分の若い時を想いだしてか
 「ワシも、君の年代のころ、旧医専を出て軍医になったが、不幸にも戦争に負けて俘虜となり、東南アジアから最後は英国に渡り勉強の末、医師となって日本に帰ることになったが、その頃のことが君の顔を見ていて懐かしく甦ったよ」
と目を細めて話をしてくれた。

 診療所の賄いの小母さんが用意してくれたお昼ご飯を三人で食べたが、食事中に美代子が
 「お爺さん、わたし達、お天気が素晴らしくよいので、これから、大ちゃんと牧場の方に散歩してくるわ」
と言うと、お爺さんは
 「それがいい。散歩しながら大助君に用件の粗筋を話してきなさい。お風呂も沸かしておくからな」
 「それと、大助君は、夕飯は肉か魚か、どっちにする。仕出し屋さんに頼んでおくから」
と上機嫌で言うので、彼は
 「お爺さん、そんなに気配りされると僕困ってしまいますよ」「美代ちゃんの用意する食事で充分です」
と遠慮して答えると、お爺さんは
 「いやいや、そんな訳にわゆかない」「ワシも久し振りに、心から喜べるお酒を飲みたいしな」
と言って、夕食を楽しみにしている様で、美代子が
 「大ちゃん、お爺さんの好きな様にさせてあげてよ」
と彼の手を引いて話を遮り、早く散歩に出ようと催促した。
  

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