日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

河のほとりで (5)

2024年09月30日 04時04分53秒 | Weblog

 江梨子と小島君は、不安な気持ちで臨んだ就職試験の前夜、思いもよらぬ会社の接待を受けたが、案内役の阿部さんの正直で優しい話振りに引きずりこまれて、それまで抱いていた不安と緊張感も薄れて気持ちが楽になり、また、夜景が眺められる豪華なレストランでの雰囲気にも次第に馴染んで思う存分夕食をすませた。

 部屋に戻った江梨子は、ワインの飲みすぎか
 「暑いわ~、着替えるから一寸の間、外を見ていてね」
と小島君に言って、彼が窓際で夜景を見ていると、彼女はクローゼットを開いて鏡を覗きながら、さっさと着替えをはじめたが、少し間を置いて、小島君が
 「もう いいかぁ~」
と言いながら振り向くと、彼女は
 「まぁ~だだよぅ~」
と言いながら着替え中であったが、彼はチョット振り向いた際、一瞬、見てはいけないものを見た驚きで、思わず
 「アッ!ゴメ~ン」
と言って謝りながら、慌てて手の掌を顔に当てたが指の隙間から、彼女のスカートを脱ぐ艶かしい姿態や、清潔感に満ちたシュミーズの裾から覗いて見える白い大腿部をチラッと見てしまった。 
 彼は、再度、興味と興奮が入り交ざった複雑な思いで外に目をやっていたら、彼女が「終わったわ」と言う声で振り向くと、急いで着替えを終わった彼女に対し恐る恐る、彼らしく素直な感想を素朴な表現で
 「江梨ッ お前のフトモモは、男を悩ます色気に満ちていて、以外に白いんだなぁ~」
 「初めてナマで見たが、脛に比べて適当に肥えていて、とてもセクシーでビツクリしたよ」
と声を弾ませて興奮気味に言いつつ、更に続けて、余計なことにも、思わず
 「その胸の大きさは、本物か? まさか偽物ではないんだろうな」
と、照れ隠しもあり一気に喋りだしたので、彼女は「このバカッ!」と言いつつ
 「いま、そんなことを言っている場合じゃないでしょう!」
と怒りだしたが、顔は恥かしそうに穏やかで、内心は好きでたまらない彼に、思わぬことから自身の体の隠れた部分を褒められて喜んでいる風でもあった。

 江梨子は、着替えが終わると、冷蔵庫からジュースを取り出して二人で飲みながら、明日の面接のことなどを相談し、小島君に
 「わたし達の人生の出発点なのだから、真剣にやってよ」
 「出発前のお母さんの話なんかに甘えないでよ」
 「この就職難のご時世だから、いくら親戚が経営する会社と言っても、田舎の平凡な高校卒で特技もない、わたし等が、そんなに簡単に就職出来るとは思はないわ」
 「だけど、ここまで来た以上、やるだけやってみようよ」
等と話かけて彼を励まし、彼が「判っているよぅ~」と、けだるそうに返事をして、隣に用意された自分の部屋に戻ろうと立ち上がった途端に、彼女は小島君が普段より一層愛おしくなり彼の胸に抱きつき熱いキスを交わして別れた。

 翌朝、時間通りに阿部さんが車で迎えに来てくれたので、昨晩の夕食の話などをしながら大森駅近くの会社に向かった。
 面接会場の前に用意された控え室に案内されると、すでに20名位の希望者が緊張した面持ちで腰掛けており、皆んな大学卒業生らしく自分達より年長者で、見渡したところ女性は3名しかおらず、それぞれが無言で冷え冷えとした部屋の雰囲気であった。
 案内係りは阿部さんで、一通り面接の要領を説明したあと、定刻の10時に始まり、一番最初に小島君が呼ばれ、彼は江梨子に右手を軽く上げてニコッとし、さして緊張した顔つきもせず何時も通りの表情で面接室に入って行った。  
 江梨子は、果たしてどんなことを聞かれているんだろうか。と、心配して待っていると、彼は5分位で面接室から出て控え室に顔を出すや、江梨子の方を見てニヤッと笑い廊下の隅の方に行ったので、彼女は追いかけて行き小声で「どうだった?」と聞くと、彼は小さい声で
 「家庭環境のことや、お前と一緒に来たことしか聞かれなかったよ」
と答えたあと、一層、声を細めて
 「それにな。社長らしき人が、君の指は細くて器用そうだな。そぉゆぅ指は機械の組み立てに適しており、それに女性を悦ばせる指だよ。と、訳のわかんないことを言って、ほかの役員達を笑わせていたよ」
と、右手の掌を彼女の胸の辺りに出して指を開いて、自分でも改めてシゲシゲと見ながら彼女にもホレッ見てみろよ。と、いわんばかりに指を屈折しながら、簡単に面接の模様を話したので、江梨子は拍子抜けして
 「ソレッテ ナニヨッ!そんなこと、どうでもいいのよ」
と不機嫌そうに言って、出された指をビシッと叩いて引っ込ませ、周囲に気配りしながら小声で
 「なんだか変ね?」「田舎者で、適当にからかわれて来たんじゃないの?」
と悲しそうな顔をしたが、小島君は気にしている風もなく
 「そんなことないさ。流石に一流会社は、受験者のいいところを観察しているよ」
 「俺、控え室は嫌なので、階下のロビーで少し勉強することがあるんで、そこで待っているからな」
 「お前 俺達の将来がかかっているので頑張れよ」
と言って足取り軽く歩いて行ってしまった。
 彼女は、そんな後ろ姿をみて、なんか頼りない風だが、その反面、物事に動じない楽天家なのかなぁ~。と、高校時代の陽気で、どこかひょうきんな性格で、級友に好かれた彼のことを思い浮かべた。

 江梨子は、何時まで待っても自分の番が回ってこないので痺れを切らして、阿部さんに聞いてみたら「順番は最後になっています」と教えられ、ムッとして「ねぇ 阿部さん何とか順番を早くしてくれませんか」と昨晩の雰囲気から甘えて頼むと、阿部さんはニヤッと笑って「承知しました。受付を担当している女性は秘書課勤務で社長に気にいられているので頼んでおきます」と言ってくれた。 
 江梨子は小島君のところに行くと、彼は長椅子に仰向けになってスポーツ新聞で競馬の記事を熱心に読んでいたが、彼女から順番を聞くと
 「遅い番だなぁ~」「結果は、大体想像できるよ」
 「まぁ~ 切角来たのだから、久し振りに逢う叔父さんだから社長と思わず、気楽に話をしてくればいいさ」
と、新聞から目を離さず人ごとの様に言ったあと、思いだしたかの様に
 「それよりも、今晩の宿どこにする。気楽に飯が食えるところがいいなぁ」
 「折角、東京に来たので、明日は中山競馬場に行って、万一不合格となったときに備えて軍資金を作るんだ・・」
と、入社のことは、そっちのけで半ば諦めた感じで話したので、彼女は彼の気楽な話に呆れつつも、或いはそうなるかもしれないと、昨晩の元気は消えて自信をなくしてしまった。

 そんなところに、阿部さんが慌てて飛んで来て「小林江梨子さん、呼ばれましたのですぐ来てください」と告げられたので、小島君が「レッツ ゴー」と声を発して、気合を込めて彼女の尻を思いっきり叩いたので、彼女が「イタイワネェ」と、彼の頭を軽く叩きかえして、急いで面接室に行った。

 面接室には、中央の大きい机を前に白い椅子カバーの掛けられた大きい回転椅子に、上半身が殆ど隠れて胸から上が漸く見える、髪は薄いが丸顔にチョビ髭をはやし黒縁眼鏡を掛けた、見慣れた顔の叔父の社長が、殊更に作った様な厳めしい顔つきで、まるで自分を睨めつけるかの様に座り、その左右に二人ずつ役員らしき人達が並んでいた。
 江梨子が丁寧に礼をして促されて部屋の中央に用意された椅子に座ると、社長は途端に鼻髭を撫でながら、緊張している江梨子の表情を見てとるや、彼女の心をときほごす様に気配りして、母親と家族のこと、それに最近の村の人達の様子などを、愛しい姪に話掛けるように静かな声で聞き、面接室の雰囲気を和らげてくれた。

 社長より年配の痩身で白髪混じりの専務らしき人が「この会社の何処に魅力を感じておりますか」と質問をはじめると、社長は「専務ッ!そんな形式的なことは、どうでもよいっ!」と一喝して質問を遮り、自ら先ほどの話に続けて、江梨子の母親の会社に対する感想等を優しく聞いたあと
  「君は、すでに売約済みとのことだが、お相手は田舎の人かね」
  「当社の筆頭株主である姉が許可する位だから、さぞやハンサムだろうね」
と聞いたので、彼女は咄嗟に母が自分達のことまで細かく連絡しているなと察し、この際、卒直に話しておこうと決心して
  「本日、一番最初に面接させて戴いた小島達夫君です。 父母も一緒になることを賛成して大喜びしております。勿論、小島君の両親も賛成しております」
  「なので、小島君が不採用なら、私も辞退して田舎には帰らず、何処かで二人で働いて一生を過ごす覚悟です」
  「父母や妹の友子、それに先祖の墓守り、山林や家屋敷の保存など一切を、叔父様・・・いや、社長様、どうぞ宜しくお願い致します」
と答えてお辞儀をすると、社長はまだ子供だと思っていたが、意外に大人で並々ならぬ決意を堂々と披瀝したので、驚いて益々体を机の下に沈めこみ、うめく様に
 「江戸の敵は長崎か。とんでない爆弾娘をよこしたもんだ」「それにしても、母親によく似たもんだ」
と、小声で独りごとの様にブツブツ呟いていた。

 受付入り口にいた秘書らしき、細身で面長の上品な女性がクスッと笑った以外、他の役員達は皆なが押し黙って、一瞬、部屋が凍りついたようにシーンとなり、正直に答えた江梨子も、頭の中がボゥ~として、面接試験であることをすっかり忘れて仕舞い、キョトンとした顔で呆然と役員達を見回していた。  

  


  

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