日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

美しき暦(50)

2024年09月20日 03時34分15秒 | Weblog

 
 理恵子は、朝食後、節子さんが丁寧に用意しておいてくれた制服で装い、前に書いて白い封筒に入れておいた織田君宛ての手紙と、奈津子さんと一緒に求めた、岡本孝子作詞作曲の”夢をあきらめなめないで”のCDを、紫色の小さい風呂敷に包んて学校に向かった。
 節子さんが見送りに出た玄関先で小さい風呂敷包みをチラツトとみて「理恵ちゃん、それなぁ~に」と聞いたが、笑い顔を作り説明することもしなかった。
 登校の道すがら、織田君と逢うのは、この日が最後になるかも知れないと思うと、寂しい気持ちにもなったが、好天のためか、それほど気落ちすることもなく登校できた。

 教室に入ると、皆が、進級と春休みを楽しみにして賑やかに、親しい友達とお喋りしていて騒々しいほどで、若い男女の熱気が満ち溢れていたが、理恵子達三人は、静かな廊下に出て式終了後の予定について話しあった。
 奈津子は、前からの約束でこれまでに何度も訪ねている彼氏の山田君の家に招かれているので。と、午後からの行動を三人でとれないことを申し訳なさそうに話しだすと、江梨子からも同様に、母親と小島君の家にお邪魔することになっている。と告げられ、理恵子は自分一人だけが特別な予定もなく取り残された様で、二人が羨ましい気にもなった。
 おそらく、織田君も上京準備のために忙しいと思うのでデートすることを遠慮し、母と高校生時代の想い出話しを話あって過ごそうと思った。

 式が終了すると、織田君が式場の後部席にいる理恵子のところに来て、周囲を気兼ねして小声で
 「お前、昼から友達と逢う約束でもあるのか?」
と聞いたので、彼女はつまらなそうに
 「奈津ちゃんと江梨子は、それぞれに約束があるみたいだが、わたしは何にもないので家に帰るわ」
と答えると、彼は
 「よし、わかった」「僕も部活の連中と30分位話しをしたら、そのあと公園に行き弁当を食べよう」
 「校門の前で待っててくれ」
と、一方的に告げて同級生の方に行ってしまった。
 理恵子は、弁当など用意してこなかったが、思いかけなく誘われて空腹など忘れて、約束した時間を見計らって校門のところに行くと、奈津ちゃんと出会い、彼女が「一人にしてごめんね」と言っているとき、丁度、織田君が色々詰め込んだとみえ大きなバックを背負って息を切らせて飛んできて
 「やぁ~待たせて、すまん、すまん」
と理恵子に言うや、そばに奈津子がいることに気付き愛想よく彼女に
 「奈津子 これからも理恵子と仲良くして頑張れよ。理恵は寂しがりやで我儘なところがあるので頼んだぞ」
と声をかけ、奈津子も
 「織田君、卒業と大学合格おめでとう」「東京に行っても理恵ちゃんを忘れないでね」
 「これから、山田君のところに行くの」
と、少しはにかんで笑いながら返事をして去って行った。

 二人だけになると、織田君は「天気も暑いくらいで気持ち良いし、公園に行こう」と校舎裏の小高い公園に向かって歩き出したので、理恵子もなにも話かけることなく彼の後ろに黙って付いて坂道を登って行った。
 途中、小川の岩陰になっているところに、フキノトウが三っばかり黄色い花を開いていたので彼女は
 「ねぇ~ 一寸、待っていてぇ」
と織田君に声をかけて、グミや猫柳の枝をかき分けて小川の淵に降りて行き、摘みとったフキノトウの花びらを一枚ずつ剥がして水に浮かべて流しながら、あぁ~、皆も、このように思い思いに別かれて流れて行くんだなぁ~。と、春とゆう明るい季節の裏側の寂しさを思い巡らしていたところ、織田君が「なにしてんだい」と声を掛けたので、彼女は甘えるような声で
 「ねぇ~ その蕾のついた猫柳の小枝を二本位とってぇ」
と催促して、とってもらうと手を引かれて道にあがり、公園に辿りついた。

 椅子に腰掛けながら、織田君が海苔巻きの握り飯を一個理恵子に渡すと、二人して遠景を眺めながら食べ、ペット入りのお茶を二人で交互に飲んだが、二人の間に不潔感は全く感ぜず自然に飲み合いしたことが、理恵子にとって、土手を上がるとき握られた手の感触とあわせ、このなにげないことが凄く嬉しく思えた。
 そのあと、暫く話し合うこともなく彼は景色を名残惜しそうに眺めていたが、理恵子が小さい声で
 「これ、東京に行ったら見てね」
と言って風呂敷包みを恥ずかしそうに渡すと、織田君は
 「なんだい? 何か重要なものか? まぁ~ いいや、その通りにするよ」「有難う~」
と言いながら頭を下げて、さも恭しく受け取るとバックに仕舞ったが、理恵子が猫柳の蕾を見つめながら
 「この花が、わたしの部屋で咲く頃には、織田君も東京の人になっているんだわねぇ~」
と独り言の様に呟くと、彼は
 「そんなセンチなことを言うなよ」「夏休みには、また、逢えるので、そんなに感傷的になるなよ」
 「こんな晴天でも、夕方からは珍しく雪が降るとゆう予報だぜ」
と言って、理恵子を抱き寄せてキスをしてくれたが、理恵子は嬉しさと悲しさとで我慢しきれなくなって涙が頬に零れ落ちるのをこらえきれなかった。

理恵子は帰宅後、廊下のソフアに身を沈めて、これまでの想い出を巡らせながら、沈んだ気持ちで庭先を見ていたら、織田君の言う通り、細い名残り雪が庭の松の木の間をチラチラと風に舞っていた。                

(完) 続編「河のほとりで」 



 

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 蒼い影(49) | トップ | 河のほとりで »

コメントを投稿

Weblog」カテゴリの最新記事