大助は、肉屋を気分良く出ると、健ちゃんのサービスが嬉しかったとみえて、理恵子に笑みを漏らしながら「次は何を買うの?」と聞くと、理恵子が「お野菜を買いたいわ」と答えると、夕刻時で買い物客で混雑する商店街の人混みを、何時の間にか理恵子の左手を握って引く様にして空いている左手で巧みに対面して来る人を掻き分ける様にして、八百屋さんの前まで来ると、町野球のコーチをしている店員の昭ちゃんが
「オ~イッ 大助! 俺の店には寄らないのか?」
と恥ずかしくなる様な大声を掛けてきたので、大助は
「今日は、僕にとっては大事なお客さんを案内しているので、特別にサービスをしてくれるかい?」
「ダメなら、よその親切な店に行くよ」
と、笑いながらも冗談交じりに返事をすると、昭ちゃんは
「いま、健ちゃんの店に寄っただろう、俺、ちゃんと見ていたぞ。何故、俺の店に先にこないんだ」
「健ちゃんに負けずに、お客さん次第で何ぼでもサービスするさ」
と威勢の良いことを言うので、大助は、得意げに理恵子を指さして
「昭ちゃん、ビックリするなよ」「ほら、今までに見たこともない昭ちゃん好みの美人だろ~ッ」
「僕の大事な姉さんだから、惚れてはダメだよ」
と言いながら店に理恵子を案内して入ると、昭ちゃんは
「う~ん 本当だ!」「上手いこと言って、果たして姉さんかどうかな?」
と信じられない様な顔付きで理恵子の方をチラット横目で見ながら
「何処の女優さんを連れてきたんだ」「お前も、隅に置けなくなったなぁ~」
と商売の手を一瞬休めて、色白で細身な理恵子のスカートから覗く白い足元に目を奪われていたが、気を取り直し
「今日の品物は新鮮で良いし、サービスするから、さあ~買った買ったぁ~!」
と二人で漫才でもしているかのように言い合っている合間に、理恵子は白菜や葱それに糸こんを籠に入れてレジで清算していたら、昭ちゃんは
「大助! 今日は特別入荷のイチゴがあるので、あの姉さんに上げてくれ、俺の誠意だ」
「数量が少ないので、珠子姉さんと二人分しか用意できないが、お前は、我慢してくれ」
と、先ほど健ちゃんに言われたことを、まるでオーム返しの様に言いながら、袋詰めのイチゴを大助に渡してくれたが、大助は
「チェッ 昭ちゃんは、時々、親方の目を盗んでつまんで食べているんだろう?」
と言うや、昭ちゃんは
「トンデモネェ~、俺なんか朝から晩まで拝んでいるだけだ」
「お前も、我慢することを覚えろ、男は、我慢する根性がなければダメだ」
と、野球の練習のときと同じことを言うので、大助も負けずに
「昭ちゃん、またとない機会なので、照れないで姉さんに渡してくれよ。どうせ、僕の分は無いんだから・・」
と、皮肉交じりにも、昭ちゃんにリップサービスをする気持ちで促すと、昭ちゃんは理恵子の籠にそ~っとイチゴの袋を入れて、何時もの柄にもなく鉢巻を取り丁寧に頭を下げていた。
理恵子は、店を出ると大助に
「あまり大げさに言わないでネ」「わたし、恥ずかしくなってもう来れなくなってしまうゎ」
と言うと、大助は
「理恵姉さん、心配することはないよ。この辺の店は何処でも活気を出すために威勢よく声を上げて、皆、少し大げさに言っいるんだ」
「それに品物質や量についても、少しオーバーに宣伝しているんだから・・」
と答えていたが、理恵子にしてみれば、経験したことも無い多勢の客と威勢の良い掛け声に、街で生活する人達の逞しさに今更ながら感心して、田舎と違い神経が疲れる思いであった。
大助は、八百屋さんを出ると理恵子に「僕、ノートと消しゴムが欲しいんでけど」と言い、文房具屋に行き店内に入るや「アッ イケネェ~」と小声をあげて理恵子の背後に隠れたが、その姿を見た近所の靴屋の孫娘であるタマコが駆け寄ってき来た。
タマコは、小学校4年生で大助のところにもよく遊びに来ているので、理恵子も顔を覚えている、お茶目で仕草の可愛いオンナノコである。
ただ、孫爺さんが評判の頑固者で、腕の良い職人であるが、何故か、女物の靴は手をつけないことで有名でもあるが、普段、タマコと仲良く遊んでくれる大助には自分の孫の様に親しみを覚えて可愛いがっている。
タマコは、大助に近寄るとズボンの端を引っ張り
「大ちゃん、なんでわたしを見て慌てて隠れるの?」「足が長いから、頭かくして尻隠さずだヮ」
と言って盛んにズボンを引っ張るので、大助が仕方なく顔を見せて
「タマちゃん なんだよ~」「俺、今日は、大事なお客さんを案内しているんだから、邪魔しないでくれよ」
と、ブツブツ言うや、タマコは
「わたし、お姉ちゃんを知っているヮ」「珠子姉ちゃんから、お話を聞かせていただいたヮ」
「大ちゃんは、意地悪してチットモ教えてくれないが・・」
と、不満を言ったあと
「ネェ~ わたし、とっても可愛いい花模様の入った便箋と封筒を買ったのだけど、何処にも出すところが無いので、大ちゃんに出そうと思うんだけど、いいでしょう?」
と、甘えた声で言い出したので大助は、「エッ 僕に・・」と胸にトゲでもささった様に目をパチパチさせて
「ワザワザ手紙なんか出さなくても、遊びに来たとき話せばいいじゃないか」
「僕、オンナノコからの手紙は余り好きでないんだよ」
と返事をすると、タマコは
「アラ~ッ 優しいオンナノコには、言葉に出せないこともあるヮ」
「わたしのお手紙を読んだら、必ず、大ちゃんもお返事を書いてェ~、必ずョ~」
「お手紙には、<赤ッ面>とか<デブ公>なんてあだ名を書かないで、<お懐かしきタマコ様>とか<月夜の君はとっても可愛いかった>とロマンチックなことを丁寧に書いてネ」
と自分の考えていることを一通り話すと、チョコレートをだして、「これたべるゥ~」と差し出したので、大助は「う~ん」と絶句しながらも口に入れた。 大助はそれでも気が向かないのか
「僕なら、切手代がもったいないので、アイスクリームを買うよ」
と言うと、タマコは「まぁ~ いやしい」と機嫌を損ねたが、大助は咄嗟に頑固爺さんに言いつけられては大変だと思い、急に猫なで声で
「タマちゃんが、も~っと大きくなって綺麗になったら、出すかもしれなよ」
と話すと、タマちゃんも少し機嫌を直し
「いいわ とにかく、わたしは書いて出すからネ。必ず返事に感想を書いてネ」
と言い残して別れた。
理恵子は、おもわぬ光景を見てクスッと笑いながら
「大ちゃん、オンナノコに人気があるのネ」「タマコちゃんも、可愛い娘さんだヮ」
と、予期しない難問に遭遇し意気消沈している大助を励ましながら帰途についた。