大助は、美代子に案内されて階段を上がり、毎年遊びに来ては泊まらせてもらっている2階の広い12畳の座敷に入ると、すでに暖かそうなフックラとした布団が用意されていた。
部屋の床の間には”月落ちて烏啼き・・”の七言絶句の見慣れた漢詩が掛けられ、中庭の松の大木が枝先を窓際の廊下の近くまで伸びている、落ち着いた雰囲気の部屋である。
この部屋の南隣は美代子が使用している洋式の部屋である。 隣りの部屋は家の中央に位置した12畳の座敷で、東側には煌びやかに装飾された大きな仏壇と少し小さい仏壇が並んで設けられ、反対側の隅の棚には木彫のキリストの十字架像、その脇にマリア様の優しい眼差しの絵画が飾られた部屋になっている。案内されて泊り慣れた部屋は、この両側に挟まれている。
美代子は、枕もとのスタンドを用意したあと、自分の部屋から紙の手提げ袋を持って来て、彼に
「わたし、下でかたずけものをして来るので、よかったら退屈凌ぎに、これを読んでいてぇ~」
と言って、彼の枕元に置いて階下に下りていった。
大助は、一人になると障子戸と窓ガラス戸を開けて廊下に出て、深呼吸をして揺れる心を落ち着けたあと、用意された寝巻きに着替えると床にはいった。
腕枕しながら天井を見ていると、春の終わり頃、初めて接した彼女の肌の柔らかさを想い出して感慨に耽っていた。
そのあと、気分を紛らわせるため、紙袋の中を見ると、丁寧に束ねられた封書が詰っており、一通を開いて花模様入りの便箋を見ると、彼女が言い残していった通り、イギリスに滞在中に書き連ねたが、お爺さんの厳命と、彼が在学していた防衛大の規則から、出すことも叶わなかった、彼女らしい情熱と思慕の篭った文章のラブレターであった。
大助は、今日の予期しなかった出来事と、彼女の強い意思によって思いがけず問題が発展し、その結果、明日からの生活に思いを巡らせ、考えが纏まらないままに、紙袋の中の手紙を次から次へと興味半分に読んでいたが、半分位目を通したところで、改めて彼女の心のうちを覗き見るような興味深々な、彼の関心を強く惹きつける便箋書きを見つけた。 それは、彼女にしては少し乱暴な文字で
『 大助君の人物評価書
性格・健康 血液型〇型 優しく思いやりがあり、理性強烈・頭脳明晰・運動神経抜群
身長170位 体重70Kg 頑健・筋肉質
家庭環境 父病死。 母と姉の3人家族 家は閑静な住宅街にあり、芝生の庭付きの
都会風の立派な建物である
家族円満で母親は、看護師長の節子さんと同郷で、二人は高校・看護師を
通じて先輩・後輩の間柄で親しみやすい感じだが、姉の珠子さんは性格
強そうで家事を引き受けている。
デモ セイイッパイ ツクスヮ
彼との出会い 中学2年生の夏休み。節子小母さんの家に家族一同で遊びに来ていたとき、彼と出逢い、
大河で水泳していて岸に上がるとき、足をコケで覆われた石で滑らせ、よろめいた際、
彼が何のためらいもなく、咄嗟にわたしを抱きかかえてくれ、
わたしも彼に無意識に抱きついたが、後日、互いに初めて異性の肌に触れ
たといって躊躇いも無く笑って話あったが、このときの印象が今でも強烈に残っている。
コノトキノ デキゴトガ コイニ ハッテンスルトハ マリアサマ ノ オミチビキ カモ
彼との恋愛 中学生の頃から、ハーフのため身体的差別を受けて、何度も泣いては頑張って来たが、
彼はその様な肌色のことなど一切気に留めず、わたしの我儘を受け入れてくれる抱擁力
がり、逢瀬を重ねる毎に、彼を慕う心が燃えてきた。
アァ~ ハヤク アイタイ
今後の問題点 日本人を祖父に持つとはいえ、外見は三世の異国人である私を、彼は何の躊躇いもなく
強烈な知性と理性で、わたしを優しく受け止めてくれる。この様なことは今までに一度もなかった。
”初恋は結ばれない”と言う日本の諺とジンクスには絶対に負けないぞ。
お互いに長男・長女の一人っ子であることが、珠子さんはじめ周囲の人達の言う通り 最大のネックでる。
デモ ワタシハ カレヲ ココロノソコカラ アイシテイル
けれども、彼の幼馴染の奈緒さんが、目下の最大の恋のライバルである。
彼女は珠子さんと実の姉妹の様に仲良く、彼の家庭に馴染んでいるので・・・。
彼の理性と知性は強烈で、北欧の同年代の男性に比べて、女性の身体に歳相応に興味を持つが
行動が伴わず、わたしに接するときは、遠慮しているのか消極的で、極めて不満である。
ワタシガ イケナイノカシラ
総合評価 全てにおいて、私には過ぎる人で「A」 ※性的知識・行動は「C」と判定する 』
最後の※印は赤ペンで書いてあった。
大助は、読み終わるとフフッと軽く一人笑いをして、何か心がいらつくことがあって乱暴な文字で書いたのかなぁ。と、イギリス滞在中の彼女の生活振りを想像した。
そう言えば、咄嗟の反応で、初めて水着姿の異性の肌を抱きしめ、あとで思い出し赤面したときの印象を鮮明に覚えており、彼女もそのとき同じ印象を持ったのか。と、当時のことを思い出すと、出会いの運命の不思議さを改めて考えた。
彼は評価書なるものを封書に戻して手提げ袋に放り込み、昼間の神経の疲れから眠くなって、スタンドを薄暗くした。
暫くして、薄暗い部屋に、美代子が帯を前結びにした寝巻き姿で襖を静かに開けて
「アラッ モウ オヤスミニナッタノ」
と小声で囁きながら入ってくると、彼の布団に滑り込むようにして静かに入ってきたが、眠っていない彼には、入念に寝化粧し長い髪から漂う香りが心地よく寝床の中に漂い疲労感を癒してくれたが、直ぐに男心を迷わせる怪しげな雰囲気に包まれた。