日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

(続) 山と河にて 13

2024年01月10日 03時08分30秒 | Weblog

 老医師が、大助と暫く振りに再会した機縁等を愉快そうに雑談し終えて、機嫌よく部屋を去ると、美代子は待ちかねていたように、彼に
 「わたし、どうしても自分の考えをお爺さんに判って貰いたいので少しオーバーに言うので、大ちゃんも遠慮せずに考えていることを話してネ。頑張ってよ」
 「お爺さんの顔を見ていて、大ちゃんが反対しなければ大丈夫だわ。わたし自信が湧いてきたわ」
 「なにしろ、お爺さんは君と一緒にいたいのよ」
と話すと、大助は
 「美代ちゃん、僕達の生活を大事にするなら、少し落ち着いて考えてくれよ」
 「若し、お爺さんが納得してくれなければ、本当に家を出るつもりかい?」
 「大体、僕が君の稼ぎで勉強できるとも思っているんかい。そんなこと、とても出来ないわ」
と答えると、彼女は怒りを込めた目で
 「わたし本気よ。パパも応援してくれると言っていたじゃない。ねぇ~真剣に考えてよぅ~」
と、泣き出さんばかりに言い張るので、彼は
 「僕の考えでは、お爺さんは僕達に悪いようにはしないと思うなぁ。あまり先走って心配することはないよ」
と冷静に答えているところに、キャサリンが呼ぶ声がしたので、美代子が案内して応接間に行き、お爺さんとキャサリンに対面して並んでソフアに腰を降ろした。

 美代子は、大助の手の甲に自分の手の掌を重ねていたが、興奮と緊張のあまり薄く汗ばんでいた。
 ところが、彼等の想像に反して、お爺さんは優しい顔つきで、二人を諭す様に静かな口調で話を切り出した。
 彼女は、若し、お爺さんが自分の願いを聞き入れてくれなければ、家出して養父に窮状を助けてもらう覚悟を胸に秘め、緊張した面持ちで、お爺さんの顔を凝視していたが、静かな語り口に肩の力が抜けしてしまった。
 大助は、これまでの経緯から話の筋をおおよそ察しており、普段の落ち着いた顔をしていたが、頭の中では、むしろ母の孝子に現状をどのように話せば良いのか迷っていた。 

 お爺さんは、二人の顔を見ながら、時々、お茶を口に含ませ、時折、キャサリンの顔を見て気遣いながら
  「大助君。 先程からキャサリンと、さしあたり厳しい冬を間じかに控え、君の生活のことについて相談していたが、美代子の話は少し大袈裟とも思うが、雪深い慣れない土地での自炊生活は想像以上に大変であり、この際、君の母親と親しい婦長の山上節子さんにお願いして、キャサリンと一緒に君のお宅に伺い、事情をよく説明してもらって、この冬は、この家で生活して勉強に励み、美代子と一緒に大学に通学してもらうのがベターだ。と、ワシ等は考えたんだが。どうかね?」
  「君が将来、美代子を嫁さんに貰ってくれるかどうかは、今は別問題で、君の将来を束縛仕様なんて微塵も考えておらず心配しないでくれ給え」
  「何時の日か、ワシ等と美代子の願い通りに、君が美代子と一緒になってくれれば、それは非常に有り難いことだが。兎に角、今は朝晩、君と顔を合わせることが、このワシにとって唯一の楽しみなんだよ」
  「御覧の通り、我が家には男がおらず、老いたワシには、気脈を通じて話す相手がいなく寂しくてならないんだ」
  「老人は皆そうだと思うが・・」
  「無論、ワシの願いなんだから、生活費はワシに負担させてもらい、場合によっては学資の一部を負担することもやぶさかではないよ」
  「この歳になり、病院の理事長なんて本当はしたくなく、物欲や金銭欲もなくなり、子供心に先祖帰りして、気儘に余生を送ることが夢なんだ」
  「こんな老人の他愛ない申し出は、君の自尊心を傷つけることは百も承知で言っているんだが、ワシは君が中学生の頃から遊びに来るたびに情が移り、まるで、自分の孫の様に君の成長を楽しみしているんだ。この老人の心情を判ってくれるかな?」
と話して、一息入れると、キャサリンが
  「大助さん、お爺様の気持ちを判ってやってください。私どもの勝手なお願いを是非理解していただきたい。と、私も心からお願い致しますゎ」
  「その代わり、貴方の勉強の妨げにならないように、美代子には、やたらと貴方のお部屋に行かないよう、また、我儘勝手な行動を慎むことを、私がきつく注意しておきますから」
  「美代子も、貴方の傍で緊張した生活をすることで、彼女も必然的に大人に成長すると思いますし・・」
と、老医師の日頃の心の癒しと美代子の教育のためにも・・。と、言葉を継ぎ足した。

 美代子は、それまで、おとなしく黙って聞いていたが、お爺さんが自分を庇って、我がことの様に老いの心境を巧みに話してくれたので、内心、彼の心を傷つけないお爺さんの知恵の素晴らしさに感心していたが、キャサリンの話には、自分が子供扱いされているようで反抗心が胸をよぎった。 
 けれども、お爺さんの思いやりのある話に心を奪われ、彼がこの家に住むとゆうだけで満足し
  「お爺さん、そのお考え素敵だわ。わたし大賛成だわ」
  「わたし、お爺さんとママの言うことを聞いて、大助君の勉強の邪魔にならない様に、勉強と家事のお手伝いに努力するわ」
と言って、いままでになく神妙な顔をして頭を深く下げた。
 大助は、話が終わったとみるや、美代子の手を払って、テーブルに両手をついて丁寧に頭を下げ
 「お爺さん、まるで夢のような恵まれたお話で、簡単にお受けしてよいかどうか、今、僕の一存で決められませんので、母とも相談してからお返事させてください」
 「決して、男のロマンが挫けたといった小さい問題ではなく、僕を支えてくれている姉夫婦のこれまでの苦労も考えなくてはなりませんので」
と答えると、美代子は大助の顔を見つめ、明確な返事を躊躇っている彼の態度がもどかしく、彼女はまたしても自分の心を抑えきれず、大助の言い分は理解しつつも、彼の大腿部を力一杯叩き、左腕を引張って、張りの有る声で
 「大ちゃんの、立場や考えも良くわかるが、もう、冬が目前に迫ってきているのょ。慣れない雪の中での生活は、君が想像している以上に大変なのよ」
 「わたしの、願い通りだゎ」 「グズグズ シナイデヨ」
 「取り敢えず、お母様には電話でお話して説明し、詳しいことは、早急に、節子小母さんとママに君のお宅にお邪魔させてもらって理解してもらえばいいわ」
と言い張って譲らず、彼を困らせてしまった。
 大助にしてみれば、自分が希望し専行する学科があるので転入学したのに、それなのに母や姉達が、美代子に逢いたいばかりに転校したんでないかと疑われることが一番嫌なことで、彼女との再会は偶然の出来事であることを知って欲しいと心を痛めていた。

 美代子は、電話を掛けることを渋る大助の手を引いて電話口に連れて行くので、見かねたキャサリンが
 「美代ちゃん、そんなに急ぐもんではないゎ」
 「大助君にも、色々お考えがあるでしょうに・・」
と引き止めると、彼女は
 「お母さん!なに呑気なことを言っているのよ」
 「寅太君の話では、大学に彼女がいるらしいのょ」
 「わたしの、人生がかかっているので、口をはさまないでよ」
と、一気に嫉妬心を爆発させると、お爺さんは途端に部屋中に響くような大声で
 「この我儘娘!。今時、たとえ彼女の一人や二人いても不思議でないわ。お前にもボーイフレンドがいるだろう。良く考えてみろ」
と怒鳴りつけるると、美代子もお爺さんに負けず劣らず大声でワーと泣き出し、大助とキャサリンはそれまでの平穏な部屋の空気が一瞬乱気流が起こったように、部屋の雰囲気が一変し驚いてしまったが、少しおいてキャサリンが美代子に優しく
 「美代ちゃん、大助君と寅太君のどちらを信頼するの。母さんは大助君だわ」
 「だからこそ、お爺さんが言われたことに賛成したのよ」「あなたも大学生らしく振舞って欲しいわ」
と諭すと、彼女もやっと冷静さをとり戻したが、それでもはやる心を抑えきれず無理矢理、彼を電話口に連れて行ってしまった。

 大助は、彼女の剣幕に押され、彼女の話を否定するのも面倒になり、彼女が電話機の番号をプッシュしたので、仕方なく渋々受話器を受け取って、母親に刺激を与えない様に気遣いながら、要領を得ないことを話しだすと、彼女は受話器を取り上げ、その都度頭を垂れながら、丁寧に時候と帰国した挨拶を話したあと
 「今日。大ちゃんと、友人の知らせで思いがけずお逢いしましたが、あまりにも・・」
と言いかけたとき、大助は美代子から、再度、受話器を取り上げて、代わった姉の珠子に対し、電話をかけた理由を簡単に話したが、困惑したような姉の明確な返事を聞かないうちに、美代子が再び受話器をとり、少し緊張して振るえ気味だが、優しい声で
 「お姉さん、あとで詳しいお話は節子小母さんと母から説明に上がります。これからは、わたしが、彼のお世話を一生懸命にさせていただきますので、御心配なさらないで下さい・・」
と自信たっぷりに話すと電話を切り、彼の顔を見て満足そうに肩をすくめクスッと笑った。

 キャサリンは、美代子の強引な仕草に、母親としての恥ずかしさで身が縮む思いがしたが、大助が娘の性格を知り尽くしているためか、鷹揚に接していたので胸をなでおろした。
 それに反し、お爺さんはフフッと軽く笑って二人の様子を眺めていた。  
 美代子は、応接間に戻ると、機嫌よく
 「明日、彼の荷物を運ぶゎ」
 「山崎社長と駐在さんに電話して、寅太君と三郎君にも、お手伝いして欲しいとお願いしておいてね」
と、お爺さんに言い残すと、彼を二階の部屋に連れて行ってしまった。

 お爺さんは、キャサリンと二人になると、独り言の様に
 「美代子は、大助君が来ると、どうしてあぁ能天気が強くなるのかなぁ」
 「君も、薬剤師の仕事もあり忙しいのに、そのうえ、美代子の躾けにも心を配らなければならず、ワシもそれとなく気配りするが・・」
と言って、キャサリンを慰めながら、今後の生活について語りあった。
 キャサリンは、お爺さんの話しかけに頷きながら、お茶を入れ替えていた。

 キャサリンは、美代子の燃えたぎる溌剌とした様子に嬉しさの反面、若い二人だけにチョッピリ不安を覚えながらも、娘が少しずつ自分の手から離れて行く複雑な思いにかられた。
 それにもまして、美代子が正雄に逢ったことが頭の隅からはなれず、悲しく寂しい思いに心をいためた。

 何気なく窓外を見ると、月明かりに照らされた庭の柿の葉が柔らかい木枯らしに吹き晒されて、一枚二枚と枝から離れヒラヒラと舞っていた。

 

 
  

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