日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

蒼い影(25)

2024年06月09日 10時51分33秒 | Weblog

 久しぶりに、懐かしい顔が揃って、賑やかに踊りくるつた盆踊りが過ぎると、峠の細道のススキが、透き通る様な澄んだ青空の下に白い穂波を揃え、柿が黄色みを帯び始める頃になる。 山に囲まれた小さな街も人々が少なくなり、静けさを取り戻す。
 理恵子も、2学期の勉強に追われ、先輩の織田君も野球の部活を後輩に譲り、来春の大学受験の準備にいそしむ毎日が繰り返される。

 そんな秋日和の土曜の午後。 勤務先の病院が休日で家にいた節子と健太郎の二人が、笑顔交じりに楽しげに庭の草花の手入れをしていたところに、織田君が自転車から降りてきて、にこやかに「おじさん こんにちわ~」と明るい声で挨拶すると、それを聞きつけた理恵子が自室の窓から顔を覗かせて「いまごろ、なによ~」と声をかけたので、彼は
 「やぁ~。そこまでお袋に頼まれ配達に来たから、ついでに寄ってみたんだ。寄せてもらってもかまわないかい?」
と答えると、理恵子は不機嫌そうに
 「かまわないけどサ~、配達の帰りなんて・・。なぜ、そんなウソをつくの?」
 「本当は、わたしに会いたくてまっすぐ来たんでしょう?・・」
と今度は薄笑いを浮かべて嬉しそうに言うと、織田君は
 「お前、もっと社交的になれよ・・。本当はね、ふっと、期末試験前のお前さんが、不得手な数学の勉強で苦しんでるだろうなぁ~。と思って助けてやろうと思いわざわざやってきたんだ」
と答えながら、縁側に腰をおろして靴を脱ごうとすると、理恵子が「さぁ~ どうぞ」と言わないうちに「 入れてもらうよ」と言って、入り慣れている理恵子の部屋にはいってしまった。
 二人のそんなやり取りを笑いながら聞いていた節子さんが
 「理恵子も君の来るのを待っていたのかもしれないわ。遠慮なさらずに、ビシビシ教えてネ」
と声をかけた。

 理恵子の部屋は、勉強机と本箱それに風景画の額や菊の花瓶などで飾られているが、机の上には辞書やノートと教科書、それに挟みや爪きり、かじりかけのリンゴにチョコレート、ペンなどがこぼれ落ちそうに載っていた。
 織田君は雑然としている机を見るや呆れたように
 「何時来ても、ニキビ臭い部屋だなぁ~」
と言うや、理恵子は大急ぎで机の上をかたずけながら
 「仕方ないじゃないの」「発育盛りで、体から出る分泌物が盛んなんですもの・・」
 「けれども、嫌なにおいをさせる毛虫も、今に素晴らしいチョウになるんだから・・」
 「織田君の部屋だって、きっと男になりたての青臭い匂いで充満してるんでしょう」
と負けずにブツブツ反論していた。

 ひとしきり勉強を終えた二人が、庭に面した洋間に移り、長椅子に理恵子が織田君の左隣に並んで腰を下ろし、節子さんが用意してくれたお菓子を食べながら紅茶を飲み、裏庭の小さい滝から流れ落ちる池を無言で眺めていたとき、理恵子が
  「ねぇ~ 織田君。今日は大切な相談があるんだけれど、聞いてくれる?」
と、織田君の左手の上に右手を乗せて、黒く輝く瞳で目を見つめたので、彼は少し緊張して急にその場の空気が冷え込んだ様な雰囲気になり「また 急に なんだい。 驚かすなよ!」と半ば座りなおして答えると、理恵子は
  「ありきたりの返事にならない様に、英語のリーダーを訳すように上品な調子で言いますからネ」
と言ったあと
  「ミスター織田君! アナタハ ワタシヲ スキデスカ?」
  「ソレトモ アナタハ 葉子サンニ ココロヲヒカレテ イルノデハナイデスカ?」
と、日本語に慣れない外国人の様に妙な発音と言葉使いで聴きながら、いきなり、右腕を織田君の首に絡め、少し陽に焼けた均整の取れた長い右足の脛を、スカートから惜しげもなく投げ出す様に、織田君の左足の脛に寄せて顔を近ずけて来たので、織田君も驚きながら質問にまともに答えられずに
  「うぅ~ん いきなり難しいことを聞いてくるなぁ~」
と、もじもじしていると、理恵子は自分の質問を楽しむかの様に、更に続けて追い討ちをかける様に、今度は、両腕を織田君の首に絡めて、耳もとで囁くように  
  「ワタシガ スキナラ ソノ理由ヲ 述べナサイ」
と、ますます難解なことを聞いてくるので、織田君も
  「それは、ほかの人よりも好きだけれど・・。ただし、時々、同級生の前で平気で僕にものを言いつけることを除けばなぁ~」
と、苦し紛れながらも、親近感をこめて、ある程度真実に近い答えをすると、理恵子は
  「ほかの人よりとか、条件付きなんかでは、つまんないわ~。もっと はっきり男らしく答えてよ~」
と、心臓に手を入れてくる様にせまってきたので、彼は今迄にない理恵子の甘えたしぐさより、理恵子の生足に気をとられ、足をさすりたい衝動に駆られ、いや、もっと、スカートから覗く両膝の間に手を入れてしまいそうな、男の本能にかられたが、グッと理性で気分を押さえつけて
  「今日は どうしたとゆうんだ」
と、両腕を振り解くようにして体を少し離して
  「お前 今日は少し変だぞ! 高一にしては、少しませているわ!」
と顔をしかめて言うと、理恵子は
 「アテンション・プリーズ(気をつけなさい)」
 「ワタシタチノ 会話ハ オーソドックス(正統的)ナ外交用語デナサルベキデス」
と、真面目くさって返事をしているところに、ドアをノックする音がして節子さんが部屋の扉を開けて顔を覗かせ、二人のたじろいだ様な後ろ姿を見てとり、一瞬戸惑ったが入り口に立ち止まり、笑顔で何事も気ずかなかった様に「もう そろそろ時間よ」と声をかけたので、理恵子は跳ね除けるように急に彼から離れ「今日は 楽しかったわ」と、いかにも満足そうに笑顔でいいながら、彼に「また 色々と教えてね」と言って、母親の節子さんの目を眩ます様に椅子から立ち上がった。  

  

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 蒼い影(24) | トップ | 蒼い影(26) »

Weblog」カテゴリの最新記事