堤未果という著者がどういう人か全く知らずに、新書版の本をタイトルだけで買って読んだ。「政府は必ず嘘をつく」で、「アメリカの『失われた10年』が私たちに警告すること」という長いサブタイトルが付いている。私の購入動機は、オビの表面に「9.11、3.11、アラブの春、TPPはすべて同一線上にあった」とあり、その「TPP」という単語に私が過敏に反応したのである。オビの裏面は「発表情報に違和感を覚えたら、鵜呑みにしてはならない!」とある。
読みながら、「おやおやまるでナオミ・クラインそっくりだ」と思った。また「ノリーナ・ハーツにも似ているな」と思った。カナダの調査ジャーナリスト、ナオミ・クラインやイギリスの経済学者ノリーナ・ハーツについては以前書いた。彼女らがスーザン・ジョージの思想や運動の継承者であって欲しいとも書いた。私はこういう女性たちの知性を高く評価し、また巨大な権力への不信と闘争心や、その姿勢を尊敬している。
読み進むうちに文中にナオミ・クラインの名が登場する。やはり著者はジャーナリストとしてのナオミ・クラインの手法や、主張に多少は影響を受けているのだろう。
プロローグは「ウォール街デモが意味するもの」である。これは1%の超富裕層が99%の人間に負担を全て押しつけて異常な利益を手にする、狂った仕組みへの反発なのだと言う。狂った仕組みとは、想像を絶する資金力をつけた経済界が政治と癒着する「コーポラティズム」のことである。
第1章は「政府や権力は嘘をつくものです」とあり、これがこの後に続く論述の大前提なのである。先ずは3.11と原発事故を、9.11以降のアメ リカ政府の発言、嘘、現実から警告するのだ。
その目次を追っただけでも大変わかりやすい。「ただちに健康に影響ない」は嘘。「情報隠蔽」が作ってきた世界の原発の歴史、「御用学者の作り方、 ノーベル平和賞受賞の国際機関 IAEAは原発推進派、WHOがチェルノブイリの被爆を過小評価するわけ、〈風評被害防止〉という大義名分のもと政府がネットを監視する、「復興特区」の名の下に市場化されつくしたニューオリンズ、そしてTPPでも政府は嘘をつくと続く。
「復興特区」云々は2005年ハリケーン・カトリーナに襲われた被災地ニューオリンズを、もっとひどい人災が襲ったという話である。新自由主義の経済学者ミルトン・フリードマンの「真の改革は、危機的状況下でのみ実施される」とばかり、被災地は徹底した市場化政策の実験場となった。
復興の名の下に行われたのは、地元の意見を無視した大規模な「民営化」と「復興特区」であった。こうして病院、公共住宅、公共交通機関は次々に民営化された。また総額 16億ドルの復興事業の受注者の8割以上はハリーバートン社(ブッシュ父時代のチェイニー副大統領の企業)のような政府関係者と関係の深い企業が受注し、大きな利益を抜いた後、何層もの下請け企業に丸投げされた。政府、政治家たちは巨額の選挙資金と引き換えに「不法移民の雇用解禁」「最低賃金法の撤廃」という規制緩和を実施し、大資本の利益を大幅に増大させた。
さらにミルトン・フリードマンの「カトリーナは悲劇だ。しかしこれは、教育システムを劇的に改革する機会ではないか」と言う提言に沿い、市場原理主義をベースにした教育改革を進め、ルイジアナ州が全米の学力テストも下位だったことを理由に、教職員組合、地元教師や親の反対を抑え込み、市内の9割の学校を成績不振校として教育委員会の管理化に置いた。「落ちこぼれゼロ」を目標に、成績不振校の教師の能力不足を理由に七千人の教師が解雇された。貧困率の高い家庭の子どもたちが通う公立学校も大幅に予算を削減され、民営化されるか閉校となり、代わりに大手金融機関やグローバル企業資本の営利目的の学校が 次々に建てられていった。
2012年には75%の学校が営利運営となり、落ちこぼれゼロどころか、貧困家庭の子どもたちの就学率が激減した。
2011年10月、日本政府は東日本の被災地を復興特区に認定した。被災地の農地や漁業権、住宅などを外資を含む大資本に解放し、金融、財政、税制など全分野に渡る規制緩和の特別措置を決めた。政府は同時に、まことに唐突に、TPPについて発表した。「2015年までに工業製品、農産物、知的所有権、司法、金融サービスなど、24分野の全てにおいて、例外なしに関税その他の貿易障壁を撤廃する」
しかも投資家や大企業は自分たちの利益を損なう規制に関しては、その相手国を訴訟できる権利ISD条項付きなのだ。もう企業のやりたい放題ではないか。アメリカの国民も気づき始めている。TPPでは政府は国民を騙している。
もうはっきりしている。TPPの勝者はグローバル大資本や富裕な投資家ばかりであり、敗者は一般生活者であり国内の労働者なのである。NAFTAもそうだったではないか。…この市場原理主義、グローバル資本主義批判は、かつて市場原理主義者でロシアのエリツィンに請われて、ロシアの資本主義化・市場化・民営化プラン等の政策策定と、その実施におけるアドバイスに関わったノリー ナ・ハーツを思わせる。ハーツはある日、劇的に改心したのだ。行き過ぎたグローバル資本主義、グローバル金融資本主義、市場原理主義は不公平、不公正で、世界を不幸にしてしまうばかりなのだと。
さて第2章は「真実の情報にたどりつく方法」である。概ね彼女の言うとおりとも思うが、多少「陰謀史観」的な懐疑が気にかかる。ただその中に「従順な人間を作るファシズム」「客観性を奪うテレビ、個人情報が売られるネット」があり、まるでジャーナリストの斎藤貴男のようである。
第3章は「真実の情報にたどりつく方法」である。市場化を導入するための国民〝洗脳〟ステップ、腑に落ちないニュースは、資本のピラミッドを見る、ニュースに登場する国際機関の裏をチェック! という項目もある。
そうだつまり、私が以前何度も書いたフランスのジャーナリスト、レジス・ドブレイの言う「疑え! 疑え!、疑え!」なのである。
さて、読後に改めて著者・堤未果のプロフィールを見てみたら、なんだ川田龍平君の奥さんじゃないか。
すみません、勉強不足で。
(この一文は2012年7月22日に書かれたものです。)
※このメールエッセイを書いた後、読まれた方から、彼女はジャーナリスト「ばばこういち」さんの娘さんだと教えていただいた。その方は「話の特集」でばばさんとお仕事をされてきた方である。
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