♯29
家の中
台所で洗濯をしている母親
母親 「トミー…カリフォルニアに行ったら、何もかも良くなってくれる
といいんだがね」
トム 「何で良くならねえと考えるんだい?」
母親 「さあ、別に…ただ、なんだか、あまり話がうますぎるみたいなん
でね」
トム 「…」
「あたしは広告のビラを見たんだけどね、向こうでは、仕事がうん
とあるとか、賃金が高いとか書いてあったよ」
「新聞で、向こうでは、葡萄やオレンジや桃を摘むのに、たくさん
の人手を欲しがってるってことも読んだよ」
トム 「…」
「あたしは、あんまり話がうますぎて、こわくなったんだよ」
「あんまりうまい話には、何かあんまりうまくないものがあるよう
な気がしてね」
絞った衣類をテーブルの上に薪のように積み上げる母親
母親 「あたしたちの行くところは、二千マイルもあるってことじゃない
か」
「どれくらい遠いか、わかるかい、トミー」
トム 「…」
「地図で見たけど、絵はがきにあるような大きな山があって、ちょ
うどその真ん中を通って行くんだよ」
地図のイメージ
「あんなに遠くまで行くのに、いったい、どれくらい日数がかかる
んだろうね、トミー」
トム 「さあね。二週間か、運が良けりゃあ十日ぐらいかな」
「なあ、おっ母さん、心配するのはよしなよ」
母親 「…」
「俺が刑務所に入っていたときのことでも、すこし話そうか」
トムを見る母親
トム 「あそこじや、自分がいつ出所できるかなんて考えちゃいられねえ
んだ」
刑務所 建物
「そんなこと考えてたら気が狂っちゃうからね。だから、その日
その日のことを考えるようにするんだ」
刑務所 作業所
刑務所 運動場
「次の日のこと、それから土曜日の野球の試合のこと…」
「古手の連中はみんなそうしてたよ」
トム 「おっ母さんも、そういうふうにしたらどうかな」
「その日その日のことを考えるだけにするのさ」
母親 「それはいい方法だね」
「…だけど、あたしは、カリフォルニアが、どんなに良い所だろう
と考えてみたいんだよ」
「一年中、ちっとも寒くないし、いたるところに果物がなって…」
母親のイメージがオーバーラップ
「みんな、とてもいい所に住んでいて、オレンジの木の間に、小さ
な白い家があって」
「どうだろうねえ、あたしたちが、みんな仕事にありついて、みん
な働けるようになったらの話だけど…たぶんあたしたちも、そん
な小さな白い家が持てるんじゃないかね」
「子供たちは木からオレンジをもぎ取ったりしてさ」
母親 「うれしくて、きっと、大声でわめき出すことだろうね」
トム 「おっ母さんは、そんなふうに考えて、気を引き立ててたんだね」
「俺は、カリフォルニア生まれの男と知り合いになったけど、奴は
そんなふうには話さなかったぜ」
「奴の話じゃ、あそこらでも、とてもたくさんの人間が仕事をさが
しているってことだぜ」
「果物摘みの家族たちは、汚ねえ古ぼけたキャンプに住んでて、
食うのがやっとだってことだよ」
「賃金はとても安いし、第一、賃金をもらうのが容易じゃねえって」
母親 「そんなことないよ」
黄色い広告ビラがオーバーラップ
「お父っさんが黄色い紙に印刷してある広告ビラをもらったんだけ
ど、それには、とっても人手を欲しがってるって書いてあったよ」
「もしそこに仕事がたくさんないんなら、そんな面倒なことする
はずがないんじゃないか」
「広告を出すにしたって、ずいぶんお金がかかるんだからね」
母親 「何のために、そんな嘘をつくの? 嘘をつくのに、たくさんの
費用をかけるかね?」
トム 「わからねえよ、おっ母さん。なぜそんなことしたか。たぶん…」
母親 「たぶん、何さ?」
トム 「たぶん、良い所なんだろうよ。おっ母さんが言ったようにな」
「爺様はどこにいるんだね? 説教師はどこだね?」
山のような洗濯物を抱えて戸外に出る母親
その後ろから戸外に出るトム
母親 「説教師は、そこらを歩いてくるって言ってたよ」
「爺様は家の中で眠ってるよ」
洗濯物を物干しにかける母親
爺様がだらしのない格好で出てくる
爺様 「話し声が耳についたぞ、ちくしょうめ」
「さあて、わしらは間もなく出発するんじゃ」
「あっちにゃ、葡萄が道っぱたにぶら下がってることじゃろ」
「わしが、何をするつもりかわかるか? わしはな、洗濯桶いっぱ
いに葡萄を摘むだ」
トム 「それじゃ、爺様もすっかり行く気になってるんだね、爺様?」
爺様 「そうともよ。わしは喜んであそこへ行くんじゃ」
「まるでわしは、新しい人間になるような気がしとるんじゃ」
母親 「爺様は本気なんだよ。三ヶ月前、腰骨をはずすまでは、ほんとう
に働いていたんだからね」
爺様 「そのとおりじゃ」
トム 「やあ、説教師がやってくる」
母親 「あの人の今朝のお祈りは、変わっていたね」
「ただの話のようだったけど、でも何となくお祈りらしかったね」
トム 「あれは変わった人間だよ」
「いつも独り言のように、変なことばかり喋ってるんだ」
母親 「あの人の目をよくごらん。あれは清められた人間の目だよ」
「物を見通すという眼の色だよ。本当にあの人は清められた人間
みたいだ」
戸口の近くに来たケーシー
トム 「そんなに歩き回ってると、日射病になるぜ」
ケーシー「うん、そうだな…わしは西部に行かなきゃなんねえ」
「どうでも行かなきゃなんねえんだ」
「あんたがたの家族と一緒に行かしてくれねえかね」
棒立ちのケーシー
母親はトムの顔を見つめる
トムは返答しない
母親 「まあ、おまえさんが、一緒に行ってくれるなら、私たちは大喜び
ですよ」
「今すぐ、あたしにゃ何もと言えないけど」
ケーシー「ああ…そうだろうね」
母親 「お父っさんの話だと、今夜みんなで相談をして、出発のことを決
めるらしいから」
「男たちがみんな集まるまでは、はっきりしたことは言えないけ
ど」
「ジョンと、お父っさんと、ノアとトムと爺様と、アルとコニーと
これだけ集まったら、すぐ相談しますよ」
「もし余裕さえあれば、みんなは喜んで、おまえさんに来てもらう
ことになると思いますよ」
ケーシー「どっちみち、わしは行きますよ」
「何かが起こりはじめてるんだ。丘の上から見ると、どの家も空っ
ぽだ」
「道に人気がねえ。この辺りいったいが空っぽだ」
「わしはもう、ここにぐずくずしていられねえ」
「みんなの行く所へ、わしも行かなきゃなんねえ」
「わしも畑で働くんだ。そうすれば、わしも幸福になれる…」
♯30
午後の遅い時間、沈みかける太陽
土埃をあげながら帰路につくトラック
荷台の横木をつかまって立つルーシー12歳、ウィンフィールド10歳
ローザシャーン(シャロンのバラ)、コニー
♯31
トラックの中
ハンドルを握るアル
助手席の父親とジョン叔父
アル 「お父っさん、どっかの奴がトムのことを話してたけど…」
「仮釈放ってね、トムがこの州から外に出ちゃいけないってこと
なんだってさ」
「もし出たら、警察で捕まえて、また三年間、刑務所に入れとく
って言ってたよ」
父親 「そんなこと言ってたか? その男たちは何でも知ってるような
連中だったかい?」
「勝手なだぼらを吹いてたんじゃねえのかい?」
アル 「どうだかな」
「俺はただ黙って聞いてただけさ」
父親 「そいつが本当でねえといいんだがな」
「トムはみんなに必要な人間だからな」
「わしからトムに聞いてみよう」
「わしらは、警察に追い回されなくても、面倒なことがいっぱい
あるかなら」
「それが本当でなけりゃあいいがな」
ジョン 「トムなら知ってるだろ」
♯32
がたがた騒音をたて、庭に入って行くトラック
ブレーキ音、家の前に止まるトラック
荷台から子供たちが叫びながら飛び降りる
ルーシー「トムはどこにいるの?」
ウィン 「トム! どこにいるの?」
扉のそばに立っているトム
トム 「やあ、お前たち、元気かい?」
子供たち「お帰んなさい、トム。元気だよ」
荷台からローザシャーンを助け降ろすコニー・リバース
トム 「やあ、ローザシャーン。おめえが、みんなと一緒に来るとは思わ
なかったぜ」
シャロン「あたしたち歩いてたら、あのトラックが通りかかったの」
「こちらはコニー、あたしの夫よ」
握手するトムとコニー
トム 「おめえんとこも、だいぶよろしくやってるらしいな」
シャロン「知らないくせに、まだ何も」
トム 「おふくろから聞いたよ。いつごろだい?」
シャロン「あら、まだそんなに近いことじゃないわ」
「この冬になってからよ」
トム 「オレンジの木に囲まれた白い家の中で生むってことか」
シャロン「何もわかってないくせに」
腹部をさすりながら家の中に入るシャロン
♯33
夕闇
トラックのそばに集まる家族
爺様を中心に半円を描くようにして座る
父親、ジョン叔父、ノア、トム、コニー、アル
女と子供たちは男たちの後ろに立つ
説教師の姿はない
父親 「売りに行った品物は、ほんの安値でしか売れなかった」
「あいつらは、こっちが待てねえと知って、足元をみやがったよ」
「十八ドルにしかならなかった」
ノア 「みんな合わせて、俺たちの持ち金は結局いくらあるんだ?」
父親 「百五十四ドルだ」
「だが、アルの言うには、もっと良いタイヤを買わなきゃならねえ」
トラックの前で続く相談 「 … 」
トム 「聞いてもらいてえんだがね…なあに、あの説教師のことなんだ」
「あの人が、俺たちと一緒に行きてえと言ってるんだ」
しばらく沈黙が続く 「 … 」
トム 「あれは、いい人間だぜ」
「俺たちは長いこと、やつを知っているんだ」
「ときどき、妙なことを言い出すけど、しかし筋の通ったことを
言うぜ」
爺様 「二つの考えがあったもんじゃ。説教師なんて悪運のしるしだと」
「また、説教師と一緒にいるのは、とても幸運のしるしだと言う
人間も、中にはいたもんじゃ」
トム 「あの人は、もう自分は説教師じゃねえって言ってるぜ」
爺様 「一度説教師になったもんは、いつまでたっても説教師じゃ」
「わしは、あの男が好きじゃ。あれは、堅苦しくねえだでな」
父親 「よく考えなくちゃならねえ。悲しい話だがな」
「その、人数だが、爺様、婆様、これで二人だ」
「わしとジョンとおっ母…これで五人」
「ノアとトミーとアル…これで八人」
「ローザシャンとコニーで十人」
「ルーシーとウィンフィールドで十二人」
「犬だって連れていかにゃあなるめえ」
ノア 「残っている鶏と豚をはずしてもな」
父親 「それで、みんなが乗れるかどうかと思ってるんだ」
「そこへ、説教師も乗っけていくとなるとな」
「それに余分の人間に食べさせることができるかって問題もある」
「大丈夫かな、おっ母?」
母親 「大丈夫かどうかって問題じゃないよ。やるつもりがあるかどうか
の問題だよ」
「できるかどうかなんて言ったら、あたしたちにゃ、何もできやし
ないよ」
「カリフォルニアへ行くことだって、何をすることだって、できや
しないよ」
「だけど、しようということだったら、なあに、あたしたちは…
するだけだよ」
父親 「だけど、もし本当に乗っける余地がねえとすると…」
「もし家のもんが全部トラックに乗りきれねえとしたら…」
母親 「いまだって余裕なんてありゃしないよ」
「六人くらいしか乗れないとこへ、十二人も行こうとしてるんだか
らね。一人くらい増えたって、たいした変わりはないさ」
「それに、強くて健康な男ってものは、いつだって世話はやけない
しね」
婆様 「説教師ってもんは、一緒にいてくれるとありがたいもんだよ」
「あの人は、けさ、ありがたいお祈りをあげてくれたでねえか」
「 … 」
父親 「トミー、あの男を呼んだらどうだい? 一緒に行くとしたら、
ここにいてもらったほうが都合がいいでな」
立ち上がって家の方へ歩くトム
トム 「ケーシー…お~い、ケーシー!」
家の後ろから出てくるケーシー
ケーシー「呼んだかい?」
トム 「うん。おめえさんが俺たちと一緒に行くんなら、あそこで相談に
乗ってもらわなくちゃならねえからね」
家族会議の輪の中に入るケーシー
父親 「さて、いつ出発するかを決めなくちゃならねえ」
「行く前に、やらなくちゃならねえことは、あの豚を殺して塩漬け
にするのと、荷物をまとめることだ」
「今となっては、早ければ早いほうがいい」
ノア 「急いでやれば、明日中には用意できる。だから、明後日の夜明け
には出発できるぜ」
ジョン 「昼の日中に肉を冷やすことはできねえよ。豚を殺すにゃ悪い時期
だ。肉は冷やさねえとな」
ノア 「じゃ、今夜やっちまおう。今夜なら、いくらか冷えるぜ」
「かなりのとこまで冷えるぜ。夕食すませたら、やっつけよう」
「塩はあるかね?」
母親 「たくさんあるとも。それに、いい樽が二つもあるよ」
トム 「じゃ、やっちまおうじゃねえか」
立ち上がろうとする爺様
爺様 「わしは腹が減ったよ。わしは、カリフォルニアへ行ったら、年中
葡萄の大きな房から手を放さねえで、かぶりついてやるだ」
立ち上がり、歩き出す爺様
身を起こす男たち
灯りのついた台所に向かう家族
♯34
食事をとる家族
♯35
家の軒の垂木に吊り下げられている二匹の豚の胴体
戸口の階段に座る父親
家の壁に背をもたせかけて座るコニー、アル、トム
父親 「明日の朝早く、あの豚を塩漬けにしよう」
「それからトラックへ荷物を積んじまおう」
「そして、明後日は出発だ」
「明日の支度は全部やっても一日仕事にはならねえな」
トム 「俺たちは、何か仕事はねえかと、きっと一日中、うろつくことに
なるぜ」
「やろうと思えば、明日の夜明けまでにゃ片づけて出発できるぜ」
ノア 「いますぐ豚の肉を漬けたって、いたむことはねえだろう」
「とにかく切っておこうぜ。そうすれば早く冷えるだろう」
ジョン 「何でぐずくずしてるだ? わしは、こんなことは、早いとこ片
づけてしまいてえ」
「どうせ出かけると決まってるのなら、とっとと出かけようじゃ
ねえか」
トム 「出かけようや。途中で眠ればいいじゃねえか」
父親 「人の話しだと、二千マイルあるってことだ。こいつはたいへんな
道のりだ」
「それをわしらは行かなきゃならねえ。ノア、おめえとわしで、あ
の肉を切っちまおう」
「あとの者で荷物をトラックに積み込めばいいだ」
母親 「こんな暗いなかで仕事をして、忘れ物でもしたらどうするだね?」
ノア 「明るくなってから、見回ればいい」
立ち上がるノア
弓形に反った包丁を手にする
ノア 「おっ母さん、そこのテーブルを片づけてくれよ」
立ち上がる父親
父親 「荷物を一まとめにしなきゃならねえだ」
「さあ、やろうぜ、みんな」
立ち上がり、暗闇の中を動き、立ち働く家族たち
♯36
トラックの荷台に荷物が積まれていく
立ち働く者
明るみはじめる戸外
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