髭を剃るとT字カミソリに詰まる 「髭人ブログ」

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The Sword 最終話 (16)

2011-02-16 09:59:31 | The Sword(長編小説)
勇一郎と藁木が対峙している。藁木の脇に立つ少女は勇太郎の娘であるさくらであった。
「さくら!どうしこんな所に!」
「そんなの関係ないでしょ!私はこの人と一緒にいたいからこうしているだけ!」
「そんな人の近くにいてはさくら、お前が悪くなってしまう。離れるんだ」
「何、言ってんの?今までずっと放っておいたくせに、今更、父親面しないでよ!」
「!」
「私がお母さんの方に行くって言った時も何も言わなかった癖に!」
「それはだな・・・私のところにいるよりはお母さんといる方がお前のためになると思ったからだ。引き取れるのであれば私が一緒にいたかった。これは本当だ」
勇一郎は離婚の際、さくらをどちらが引き取るのか話し合ったのだ。いや、妻が言う事に従うだけで話し合いなど成立していなかった。養育費の負担と娘の親権を要求したのだ。
「嘘よ!私のことなんて嫌いだったくせに!ずっと私を避けていたじゃない!」
「そんな事はない!今だって私はお前の事が好きだぞ!ただ、お前に嫌われたくなかった。小学生だったお前は私を臭い。キモいと言った。だからそれ以上嫌われたくなかったから」
確かに、娘は父親のパンツと一緒に洗うなと母親に言ったり先にトイレに入っていると嫌な顔をしたり明らかに勇一郎を拒絶する素振りを見せていた。
「そうやって心にもない事言ってその気にさせて!」
「おいおい。俺を除け者にしないでくれ。親子の久しぶりの楽しい会話というのは分かるけどよ」
「楽しくなんかないよ!あんな奴」
さくらは父親を指差していた。勇一郎は何も言わない。
「随分と、娘さんに嫌われたものだな。パパさん?よぉ」
「これは親子の問題だ。藁木さんには関係ない事だ!黙っていてくれ!」
「分かった。親子の問題には口を出さない。だが、こっち側に有り余るほどの恩を受けたにもかかわらず、裏切って馬鹿ガキ共に着いたお前を俺は許さないからな」
「それは藁木さん達が間違っていると思ったからです!しかも娘を人質に取るなんて正しいわけがないでしょうが!」
「人質?私がそんな卑劣な真似をするとでも思ったのか?」
「だったら何だというんです?」
「たまたま出会った少女を連れて来たらそれがただのお前の娘だっただけだ。折角だから感動の再会をさせてやろうという私からの粋な計らいだ。それを人質などと・・・人聞きの悪い言い方で呼ぶのはやめてもらおうか?」
だが、そんな事が信じられるわけがなかった。何か別のことを企んでいるだろう。
「と言うより、私があなた1人を相手に人質など使うわけなどないだろ?恥ずかしくて・・・」
「何?」
「よく見ておくんだ。さくら。君を見捨てた男に少々キツイお仕置きをしてあげなければならない。でなければこの男は反省しないからな。いいだろ?」
「うん。やっちゃって!あんな人!」
実の娘にこのように言われて胸が締め付けられる思いがする。自業自得とは言え、ここまで手ひどく言われるとは夢にも思わなかった。
「と言う事で、娘さんからのお許しを頂いたので痛い思いをしてもらいますよ。お父さん?」
「くっ!」
あまりにもこちらを馬鹿にしていた。それが自分だけであるのならば何とも思わないが娘の前である。腹立たしく思えてきた。
「でやぁぁぁ!」
ドコォッ!
ソウルドを発動して斬りかかろうとする勇一郎に対して藁木の鉄拳が炸裂する。勇一郎は見事なまでにパンチを食らい吹っ飛ばされて転倒した。
「プッ!ダサいな・・・」
娘のさくらは父親が殴られた所を見て、冷たい目で見下しているようであった。
「ここは絶対に負けられない!」
「負けられないだって?殴り合いどころか口喧嘩でさえまともにやった事がないあなたが空手、ボクサー経験があるこの私に勝てるわけなどないだろ?」
確かに、勇一郎は平和主義であった。平和主義というより相手が怖いのだ。怒った相手を見ると自分の怒りが急に冷めてしまいそれどころか逆に怖くなって何もできなくなってしまう。だから、喧嘩にもならないのだ。
「だからって負けられ!」
ドコォ!
「ソウルドを使うまでもない。それとも使って欲しいか?」
「うううっ!」
腹部に強烈なパンチを入れられ慌てて口を両手で押さえた。そこに追い討ちをかける。
「ふん!」
一発の腹部への強烈なボディブロー。ガードや受身を取る暇なく受けた。
「ぶぅええええぇぇえぇぇ!」
勇一郎の口から吐瀉物が溢れた。それは床に広がった。勇一郎は痛さのあまり屈み込んだ。
「おお!汚(きたな)!汚(きたな)!いい大人がゲロを吐いてしまうなんてな。みっともなくて世間を歩けないぜ。しかも娘の前で・・・何と情けない父親だ」
「くぅ・・・」
「お仕置きはまだ続くぜ。おい、さくら、父親が可哀想になったらいつでも止めてくれよ。やりすぎてしまうかもしれないからな~」
「だ、誰が、あんな奴!もっとボッコボコにしちゃって!」
「分かった。フフッ・・・良かったな~。ドSな娘に育ってくれてさ~」
『みんな悪いのは私だ・・・』
勇一郎は静かに受け入れる。こうなったのも全て自分のせいだと・・・勇一郎は仕事一辺倒の人間であった。かと言って仕事に対して心血を注いでいた訳ではなかった。家族のため、娘のためという大前提があった。彼の場合、コミュニケーション能力が欠落していた。気の利いた話をする事は出来ず、臨機応変に立ち回ることも出来ないのでどこか面白いところに連れて行った時に何か想定外の事が起きるとパニクってしまい対応できなくなってしまう。だから、仕事場でも同僚達に陰口を言われる始末だった。センスは最悪で、可愛い人形が欲しいと言う娘に対し、買ってきたものは小さく可愛くはあるが怪獣の人形であった。
自分でもそういう所は理解していたので彼は仕事でお金を稼ぐ事で生活を豊かにして愛している妻やさくらから認められたかったのだ。が、それは悲しい事ではあるが本人にしか分からないものだ。妻や子供にとっては父親が自分達よりも仕事の方が大切なのだと映るのは不自然ではない。
そして離れ行く家族に対して皆、自分が悪いのだと自責の念に駆られた。それが彼を自殺に向かわせた。しかし、その自殺も怖くなって出来ず、死ぬことも出来ないと自己嫌悪に陥った。そして、道端をフラフラと歩いていて、倒れた。空腹によるものだった。救急車で病院に運ばれたのだが、そこが海藤総合病院だった。体力が回復し、事情を説明すると彼らは励まして、彼に生きる意欲をわかせてくれた。その恩を感じ、病院で働く事に決めた。何年もそんな生活を続けていた田中であったが、一道達への仕打ちを見て病院側を出る決意をしたのだった。
「もうちっと強めにあなたをぶん殴らせてもらうよ。お仕置きが足りないようだからね」
「本当にごめん。父さんの子供に生まれてしまって、苦い思いを数え切れないほどさせてしまってな」
「・・・」
さくらは俯き、目を伏せて、勇一郎の方を見ようとはしなかった。
「怒っているみたいだな。娘の気持ちも分からないダメ親父だな~」
藁木は近付いて蹴りを入れる。膝を蹴られた為、バランスを崩して転倒した。それから胸倉を掴んだ。勇一郎は既に戦う気力はないようでこちらを見ようとせず項垂れていた。
「おい。そのどうでもいいって顔をやめてちゃんとリアクションをしろ。お仕置きってのはやられた方は必死に謝ったり、怒って抵抗したりするもんだろ?これはお前の問題だろうが!」
「さくらの事については私が全部悪いのです。私が・・・だから私に何でもして結構ですよ」
諦めの目。まるで面白みがないので藁木は苛立った。
「ちょっと責めるとまたそれだ・・・なら・・・フッ」
すぐにどうしたらいいか思いついたようでニヤリと静かに笑った。
「そんな愛娘を持った勇一郎さんにここ最近のとっておきの情報を教えてあげようか?」
「とっておき?私の知らない?」
さくらの近況を勇一郎は知らない。だから、何があったのか知りたかった。藁木は勇一郎の耳元に近付き囁いた。
「お前の娘。歳の割には締まりが悪かったなぁ・・・フフッ!」
「・・・??」
一体、何の事を指しているのか分からなかった訳ではない。ただ、内容が耳から抜けていったようであった。
「相変わらず勘の鈍い奴だ。分からなかったのか?だったら分かるように簡単に教えてやろうか?お前だって経験があるんじゃないか?17年ぐらい前にさ~クックック・・・」
何度か、頭の中でその言葉を繰り返し、思考にとどめていく。それが誰の話でどんな意味を持つのかをしっかりと実感していく。そして・・・
「うおおおおおおおおおおおおお!!」
勇一郎は叫んだ。あまりに衝撃的な言葉であったために、理解するのに時間がかかった。
「お?」
藁木は先ほどのどうでもいいという顔をしていた勇一郎の顔が豹変したのを見て驚きと共に期待を抱いた。
『今まで一度も見たことがない反応だな。やはり娘の事となると効果絶大だな・・・』
「ううううう・・・」
勇一郎は持っていたバッグの中から小箱を取り出した。指輪を入れるような高価そうなもので鍵が付いていた。財布の中から小さな鍵を小箱に差し込んで開いた。
『何だ?指輪でも出すつもりか?何かの思い出の品か?』
藁木は黙って見つめていると、小箱が空いた。すると、そこにあったのは小さな折鶴であった。非常に雑で鶴というよりはアヒルにも見えなくもない丸っこい鶴であった。それを開いた。
「くぅ・・・」
勇一郎は開いて見て、硬く目を瞑って震えた。涙も浮かんでいる。
「どう思う?さくら。きっとお前が幼い時に折ってやったものだと思うぞ。それを今まで大切に持っていた親父。よほど嬉しかったんだろう。見直したんじゃないか?」
あんな下手な折鶴をあれだけ大切に保管していたとなれば藁木であっても誰が折ったかは大体検討が付くと言うものだ。
「そんな事、言われても・・・覚えてないよ」
「あ?覚えてない?本当かよ。わざとドSになっている訳じゃないよな?」
「そんな事言われたって本当に覚えていないんだって・・・ふざけている訳でもあの人にガッカリさせようと思っている訳でもないよ」
これは強がって言っている訳ではなく本当に言っているのだろう。残念だが幼い時にやった事など本人は強く印象に残りにくいものだ。された側がちょっとした事でいくら感動したとしてもだ。
「ハッハッハ!聞いたか?パパさんよ!現実は残酷でありすぎるな~。普通、思い出の品ってのは双方、覚えているのが相場だが、娘の方は一切覚えちゃいない。悲しいな~。あまりにも酷いからさすがの俺も同情するよ。ハッハッハ!」
「ぐっ・・・」
勇一郎はその折鶴をクシャと握りつぶし、こちらを睨み付けてきた。それは今まで見たことがないほど怒りが込められたものであった。それに対してニヤリと笑う。
「来いよ。やる気満々なんだろ?こっちも茶番を見せられて待ちくびれているんだぜ」
「うぉぉぉぉぉぉぉおおお!」
勇一郎は折り紙を手放してそれからすぐにソウルドを発動して、藁木に斬りかかった。藁木もソウルドを発動させ勇一郎の太刀を受ける。時には避けもする。藁木の動きは優雅にも見え余裕綽々と言った所であった。一方の勇一郎の動きは大振りすぎて無駄が多かった。ソウルドで斬る動作というよりソウルドを振り回しているだけと言った方が近いかもしれない。だからこそ一太刀も入れられないのであろう。
「はぁ!はぁ!はぁ!」
「息切れ・・・そんなに若くないんだから無理はしないほうが身の為だぞ」
「くぅおおおおお!」
そう言われて再び攻撃を入れようとした瞬間であった。勇一郎は藁木のソウルドが瞬時に消えたような印象を覚えた。
「うっ!」
殆ど見えなかった。だが、間違いなく斬られた。肩に力が入らなくなった気がした。深い。
「ぬおおおお!」
「!?」
勇一郎はソウルドを振るった。藁木は始めて大きな挙動で後ろに下がった。勇一郎は追い討ちをかけるべく一気に近付いてソウルドを振るった。それを受ける。
『何?今のでソウルドの維持など出来なくなるはずだ!』
その藁木の洞察を証明するかのように勇一郎の肩からは勢い良く魂が噴き出していた。だが、勇一郎のソウルドは健在であり勇一郎はソウルドを振るう。
『ちぃ!』
素早く動く。今度は、勇一郎の胸にかけて横一文字で斬った。
「どうだ!これでもう立ってもいられまい!」
2回目の深い一撃。胸を斬られ、魂があふれ出る。魂が見えるのであれば己の返り血ならぬ返り魂によって視界を遮られるほどかもしれない。
「だぁぁぁぁぁぁぁ!!」
『何だとぉ!?』
明らかな深手を負っている。なのに何故、反撃する事が出来るのか?疑問に思った。
『まさか!コイツ、私と刺し違えるつもりなのか?だとしてもこいつの気迫は異常だ!』
その予想は十分に考えられた。既に常人ならば立てなくなるほどの攻撃を受けているのだ。それを無理して戦いを継続するのであれば、死を覚悟しているのだろう。
『だが、アンタは所詮五流なんだよ!』
3撃目を与える。勇一郎はダメージを受けながらも反撃するがそれによって技術が向上している訳ではなかった。相変わらずの無駄ばかりで無茶苦茶な攻撃である。避ける事は困難ではない。であるが・・・
バシィィ!
『何だとぉ!?コイツ!ゾンビか!?』
更に数撃入れていたが、勇一郎はまるで怯まない。そればかりか攻撃を受けるたびに、勢いが増しているかのようにも思えた。
『だが不死身の人間など存在しない!ダメージは確実に蓄積されている!私は勝てる!』
目の前をソウルドが通過する。この時、始めて、藁木は勇一郎に恐怖を覚えた。
『くっ!本気でこのバカ。私と刺し違えるつもりだ』
それだけ勇一郎にとって娘は大切だったのだろう。だが、ここで負ける訳など行かなかった。
「だが、お前如きが私に勝てるかぁぁぁぁ!」
ブオッ!
ソウルドによる攻撃が届かなかった。焦って間合いを間違えたのだった。
『私が冷静さを失っている!?』
全身が震え鳥肌が立っていた。ソウルドがゆらめき弱々しくなっていくのを感じた。どうにか心奮い立たせる。
『この私がこんなゴミ相手に恐れるだと!ありえん!いや、そんな事はあってはならんのだ!』
頭の中では否定して見ても、体は言う事を聞かない状態に陥っていた。
『くそっ!やむを得んか・・・最終的に勝てばいいのだ。最終的にな』
藁木は優秀であった。普段、見下している人間が上り調子であったら普通の人間であれば意地になって妨害する事だろう。だが、この藁木は認めたくなくても勇一郎の状況を考えてこちらが不利だと素直に認め、逃げる事が出来る男である。現状把握については優秀なのだ。だからこそ、今まで生きてこられたのかもしれない。
「チッ!」
走り、ソウルドをかいくぐり、距離を取る。それで反撃の兆しを探ろうと考えた。
『このまま奴が勝手に消耗するのを待って・・・』
「しまった!」
藁木はなんと床に滑って転倒したのだ。何と初歩的なことをしたのだろう勇一郎が見た中で藁木が始めて見た情けない姿であった。いつも自信に満ち溢れ、こちらを見下してきたその藁木がこちらを恐れている。それは自分の鬼気迫る顔に恐れたのだろうと思った。軽くふらついているがこの瞬間に力尽きる事はない。必ず倒す。後の事は考えていなかった。今までこちらをコケにし続けた藁木。その藁木が自分を見て怯えている。の藁木にこのソウルドを叩き込む。それだけであった。
「待て!待ってくれ!悪かった!俺が悪かった!」
命乞いをしても既に傷だらけで冷静な判断がつかない勇一郎は藁木にソウルドを叩き込もうとしたその時であった。
「何てな・・・」
「え?」
横にいたさくらを引っ張り出し、盾にしたのだ。斬りかかろうと突進した勇一郎であったがさくらが前に来た瞬間にまるで獣のような目をしていた目の色が元に戻った。
「さく・・・ら・・・」
「ふっ!」
その藁木はその勇一郎が緩んだ瞬間を見逃すわけはなく、藁木のソウルドは勇一郎の胸を刺し貫いていた。それを一気に横に切り払った。今までとは比較にならないほど夥しい(おびただしい)ほどの魂を体から放出した。さすがの勇一郎もそのまま仰向けになって倒れた。
「ふぅっ!」
「あ・・・あ・・・」
さくらは勇一郎にゆっくりと近付く。そのとき、チラッと潰れた折鶴が目に入った。それには『パパ、だいすき』の文字が書かれていた。まだ幼かった為か字をあまり覚えておらず『す』の丸が左ではなく右に書かれていたがそのように読み取れる。その時の事は思い出せなかったが、父の事が大好きであった過去は蘇ってきた。
「ぱ・・・ぱ・・・」
それから勇一郎にすぐに駆け寄った。するとさくらは夢を見た気がした。それは勇一郎の噴き出す魂を触れたからだろう。昔の懐かしい記憶、勇一郎の不器用ながらも喜ばせようという優しさ。邪険に扱われながらも家族を思い続けたひたむきさ。それは全て自分に対して向けられていた事を今、ようやく実感した。彼女の目から涙が溢れた。倒れた父親からとめどなく出ている魂を彼女が見ることが出来ない。だが、弱りきった父親を見れば瀕死であることは分かった。
「あ・・・あの・・・あの・・・」
口が震えて、上手く言葉が出なかった。そんなさっきまで酷い事をいった事に戸惑うさくらを見て父は穏やかな顔をした。口を開いた瞬間、どんな叱責を受けるのか覚悟した。
「さくら・・・怪我はないか?痛いところはないか?」
「な、ないよ。私は大丈夫だから、大丈夫だから」
「そうか・・・それは・・・良かった」
勇一郎はそれを聞いて安心し微笑んだ。すぐに勇一郎の力は途切れた。
「あ・・・冗談なんていつもしないじゃない。寝たふりをして私を驚かそうなんてさ・・・ねぇ・・・お父さん?お父さん?お父さぁぁぁぁん!!」
今、やっと『お父さん』という言葉が出た。やはりさくらにとって勇一郎は父親であったのだ。ただ、勇一郎はその言葉を聞く事は出来なかったが・・・
「ようやくくたばったか。ったく私をちぃっとばかり焦らせやがって・・・ハゲ、デブ、チビ、バカの四拍子揃った中年なんてのはどんなに頑張ってもせいぜいやられ役になるのが関の山だというのに・・・それが私に盾つくとは・・・こうなって当然だ。そう思わないかい?さくらちゃんよ」
「グッ・・・」
「ああ。さくら、君には分からないんだったな。お前の憎んでいた父親の心は死んだぞ。もう2度とお前を知った父親はこの世には現れない。良かったな」
「アンタ・・・」
さくらは藁木をにらみつけた。それは憎しみと殺意を持ったものであった。それを見て、藁木は笑う。
「おいおい。まさか気が変わって敵討ちなんて考えているんじゃないだろうな?別に良いけどな。来るなら今すぐ来なよ。大好きなパパと同じ所に連れて行ってやるぜ」
立ち上がろうとしようと思ったが勇一郎の手がさくらの袖をしっかりとつかんでいたのだ。勿論、勇一郎は既に魂はない。だが彼女にその手を温かさが残る父の手を振り払う事は出来なかった。
「ハッハッハ!やはり親子!ヘタレで何も出来やしない!血は争えないもんだよなぁ!こうはなりたくないもんだ!」
藁木は高らかに笑いながらソウルフルを取り、一道達が進んだ奥に向かった。さくらは勇一郎の方を見てまた小さくなって涙するばかりであった。

「全く、傑作だったよ。私にかすり傷一つ負わす事も出来ずやられ、尻の軽い馬鹿な娘が泣きながら近寄って来たのを見て笑って死んでったんだからな。全く残念な事をしたよ。ビデオに撮っておくべきだった。嫌な事があった日にでも見たら元気になれるだろうな。馬鹿親子の愛の交流つってな。ハッハッハ!」
藁木は高々と笑っていた。一道は黙って話し終えてから口を開いた。
「それは良かった」

The Sword 最終話 (15)

2011-02-15 19:59:18 | The Sword(長編小説)

一道はとても温かい気分に浸っていた。ぬるま湯に体を預けているような状態。何も考えずただ浮かんでいる状態。極楽とはまさにこの事、その心地よさに他の事などどうでも良かった。
「温かく、気持ち良い・・・最高だ」
夢のような気がしていた。意識が呆けているのか夢なのか認識出来なかったがただ、ずっと気持ちを体感していたかった。だが、遠くから何者かが近付いてきた。
「・・・」
「何!お前!慶、まさか生き返ったのか?ならこの気持ちを一緒に」
「・・・」
慶は何も言わず、哀れみの目をしていた。
「どうした?生き返ったんだろ?お前!そんな目をするなよ!慶!けぇぇぇい!」

ガバッ!ゴツゥ!ガツッ!
「ッ痛ぅぅ!!」
起き上がろうとしたら額を硬いものにぶつけ、その直後、後頭部も強打した。頭の中がスパークした気がしたが頭を振ってみた。目の前は薄暗くそれで視界一杯に白いものが間近にあった。
「つぅ・・・何だこれは?どう言う事だ?」
冷静になろうと意識してまず、自分の状態を確かめてみた。
「右手、小指、薬指、中指、人差し指、親指・・・動く!左手、小指、薬指、中指、人差し指、親指・・・動く!」
そのような要領で肘、肩、足首、膝、股、首の順で動かしてみる。慶に殴られたため全て動かす毎に痛みが走るが動いた。
視界の下の方が開けていたのでそちらに動いてみた。
「そうか・・・俺は今、寝ている状態なんだな・・・」
体を這わせて少し明るい方に出てみた。見たこともない所であったがモップやタワシやゴム手袋、洗剤が置いてあった。一道が頭を強打したのはシンクであったようだ。
「ここはトイレの用具入れか?」
壁を押してみると開いた。そこは、個室のトイレばかり並んでいた。
「小便器がない。ってここはまさか?」
外に出てみると、ドアに赤い人型マークが描かれていた。
「じょ、女子トイレじゃないか!中に誰もいなかったよな!何で俺はこんなところに?」
頭の中を整理してみる事にした。自分はどこで何をやっていたのか?どこから記憶か途切れているのか?それからここはどこなのか考えるのが現状把握に最も効率的であろう。
「病院に来て、病院の連中や病人達を倒しそれから、慶を・・・」
その時の感触はまだ右手に残っているからそれは悲しいことではあるが夢ではないだろう。
「それから歩き出した時、全身から一気に力が・・・そういえば・・・帯野は?」
周りにはそれらしい人はいない。
「帯野は気を失った俺を女子トイレの中に隠した・・・という所か・・・」
現在地は分からなかったが屋内の造りからここは病院の地下である事は分かった。
「ここにいても仕方ない・・・」
一道は歩き出した。前は広くなっているようであったし、病院内であれば歩いていれば病院内の地図を示した看板が設置されているだろうと思ったのだ。
「俺は一体、どれだけの時間、眠っていたんだろうか?」
地下にある人工の光は常に一定である。それは、時間の経過を感じさせない。数分なのかそれとも数時間なのかそれは体感的には分からない。ただ、傷の感覚、空腹の具合など体内的に考えてみるとそれほどの時間は経ってないように思える。
「全てが終わっていたりしてな・・・」
自嘲気味に言うが、それであっては困る。一道は歩いていって広くなった部屋を見て愕然とした。
「!?」
「ん?君は一道君と言ったかな?今頃、1人で来るなんてどうしたんだい?トイレにでも寄っていたのかな?」
その部屋にいたのは1人の30代ぐらいの男とうつ伏せで倒れている和子であった。
「あなたは・・・」
勇一郎の情報を思い出す。その人物の名は進藤 力也。男に興味がある世間で言うゲイと呼ばれる男らしい。その為か口調は柔らかく独特であった。
「安心しなよ。死んじゃいないよ。確かめたければ声をかけてみればいいんじゃない?」
ソウルドを発動させて、進藤をにらみつけながら和子にジリジリと近付く。
「そんな怖い顔しないでよ。私のことよりも彼女の方を介抱した方がいいんじゃないかな?私だって鬼じゃないから手を出すつもりはないよ」
一道は和子に近付き、声をかけた。
「おい・・・大丈・・・!?」
床は血が広がっていた。嫌な予感がして、彼女をゆっくりと引き起こしてみて一道は絶句した。
「ひ・・・」
『酷い』という言葉さえ出てこなかった。いや、あまりの酷さにそう言う事さえ躊躇わせたのかもしれなかった。一道は顔を顰め、唇をかんだ。
「私は、男女同権主義者だからね~。女であっても差別しないのよね」
遠くで何やら声がしたが一道は構っていなかった。
「武田君・・・生きていたんだ。いたたた・・・私、てっきり魂がおかしくなって死んだんじゃないかって・・・」
「どうして、1人で先に行ったんだ!俺が起きるまで待っていれば良いものを!」
「起そうとしたけど起きなかったんだもん・・・だから・・・」
「だからってよ・・・だからってよ・・・くぅ!」
和子は端整な顔立ちはまるで無く顔は倍ぐらいに膨れ上がり、歯も折れているような状態で、口元は血まみれ、同一人物であるかどうかさえも疑わしいほどの酷い顔であった。どれだけ顔だけを執拗に殴られたのかと考えると胸が張り裂けそうになった。
「いたたた・・・本当、待っていればよかったのかもね・・・」
「俺はお前とは比較にならないほど強いんだぞ・・・それを・・・」
言いかけてやめた。こんな状態になっている彼女を更に責めるような事を言うのは出来なかった。グッと言いたい気持ちを堪え、精一杯無理をして微笑を浮かべこういった。
「後は任せろ。全部、俺に任せろ」
「私は大丈夫・・・って言いたいところだけど、ダメそうね。そうする。後のことお願い」
口元が引きつって痙攣していただろう。それは一道自身、自覚していたがこれ以上どうする事も出来なかった。もし全てが終わったとして元の顔に戻るのは無理かもしれない。そう思うと自分の未熟さを呪うだけであった。
「元気さんから聞いても記憶がないから釈然としなかったけど、今の武田君を見ていると私にとって大事な人だった気が・・・するよ」
何もしてやれなかった自分に抗議するどころかその心を案じて励ましてくれる帯野に涙を流しそうになっていた。
「帯野・・・」
「そんな無理しなくていいのに。武田君は嘘をつ」
「あッ!!」
体が勝手に動いた。地面を強く蹴り、後方に下がる。離れていく和子が見える。彼女の体を支えていたような状態であったから支えを失った彼女は床に倒れていくのがスローモーションで見える。口元は動いておりまだ何か言っているようであった。それから彼女に光がバッと無数の粒状になって広がり突き抜けていった。その広がった光は一気に消えていった。
「な!避けた!?」
スローモーションからスピードが戻り、ガタッと勢い良く和子は倒れた。どうやら進藤がソウルフルを発射したのだろう。それは一道と和子を狙っていた。だが、一道は寸前の所で避けて、その勢いのまま転倒した。
「・・・」
一道は、立ち上がって黙って彼女に向かって手を伸ばしていた。霧状に溢れる和子の魂がその伸ばした手に触れた。それが一道の全身に広がり伝わっていった。
「どうしたの?立ち止まっちゃって・・・まだ完全に死んでいないかもしれないし、うまくやれば死ななくて済むかもしれないよ。ホラ・・・呆然としてないで・・・間に合わなくなるかもしれないよ」
一道はグッと拳を握り、立ち止まっていた。
「・・・」
「本当にあなたは今までどうしていたの?彼女がこうなるのを待っていたの?彼女はね。一人で私に戦うって言ったんだよ。弱いくせに身の程もわきまえずにね・・・だからこういう事になった。自業自得。救いようがないよね」
「・・・」
「あなたの事は聞いているよ。好きだったんだってね。彼女の事が・・・だったらずっと最後までいてあげればよかったのに・・・どうして一人でここにやってきたのか私には分からない。あ、彼女はあなたの想いの事は知らなかったんだっけ?それは不幸ねぇ~それにしてもあなたがここに来たと言う事は慶ちゃんはやられたんだね。きっとあなたが殺したんだろうけど・・・」
進藤は一方的に話し続けていた。一方の一道は対照的に黙って何も喋ろうとしなかった。
「・・・」
「どうしたの?悲しくないの?彼女、今、死んだんだよ。だったら今すぐに駆け寄って泣き叫ぶのが彼女の為じゃない?悲しいよ!生き返ってよってね!私なら耐えられないけどな。一人で死んでいるなんてさ。私なら私を好いてくれる人に抱かれたままでいたいな。そうだ。ひょっとしてキスなんかしてみたら息を吹き返すかもしれないよ。奇跡が起きてね」
一道は進藤から何を言われても黙り立ったまま彼女を見つめているだけであった。
「・・・」
「何か言って欲しいけど、放心状態なら仕方ないね。天国で一緒に・・・ん?何か言いたいの?」
和子を見ていた一道がようやく進藤の方を見た。
「あなたはさっき、自分は男女同権主義っておっしゃいましたよね?」
「そうだけど、事実でしょ?それがどうしたって言うの?」
「それ、嘘ですね」
「嘘じゃないよ。普通、男が女性をボコボコにするのは最低だって世間で言うけど、私にとっては関係ない。女であってもボッコボコにしてあげるんだよね。それが男女平等でしょ?」
「だから男女差別だって言うんです」
「だからってどこが?彼女を失って頭がおかしくなったんじゃない?」
「あなた、相手が男だったらここまでしましたか?」
「!!」
正鵠を射た指摘であった。進藤は反論する事が出来なかった。

進藤 力也は女を憎んでいた。彼の家庭は3人姉弟で2人の姉がいる。だから幼い頃は自分も男ではなく女だと3歳ぐらいの時まで思っていたぐらいである。だが、世間で生きていくうちに嫌でも自分が男であると認識させられる事になる。性別は気持ちの持ちようで決まるものであって肉体的なものではないと思っていた。股間に男性器がついていても神様の気まぐれかと思っていた。だからトイレだって平気で女性用を使っていた。子供だから特に不審に思われることもなかった。だが、子供同士裸を見ていればおかしい事に気付く。それから、その認識が決定的となったのは幼稚園の時に何になりたいという先生の問いに
「お姫様!」
と答えて、クラス全員から笑われた。帰ってから母親に自分の性別を聞いてみて
「何を言っているの?力也。おちんちん付いているでしょ。あなたは立派な男の子だよ」
背後から殴られたぐらいの衝撃を覚えた。それでも、自分が女の子であると認めたくなかったので女を意識するようになったが、幼稚園の女の子はそんな彼を気持ち悪いとからかった。それは表に出る事はない陰湿ないじめであった。陰口を叩いたり、仲間はずれにしたり、性別が違うだけでここまでされなければならないのかと進藤は悩み苦しんだ。
「心は同じ女じゃない!どうして私にここまで!」
心底、女を憎んでいった。それから、中学生ぐらいの時に好きな男の子が出来た。スポーツマンであり男らしい性格でありながらも優しい性格。女子から絶大な人気であった。相手もこちらの事をそれほど嫌悪していなかったのもあってより仲が良くなって行った。
中学生ぐらいになれば自分の性別を理解し、その後、どうなるのかも少しずつ分かっていく。しかし、若い情熱は理性さえも吹き飛ばす力を持っている。進藤は思い切って告白した。断られるかもしれない。嫌われるかもしれないという事は百も承知であったが自分の気持ちを伝えずにはいられなかった。
「それ、マ、マジか?」
「うん。僕の事、嫌いになった?」
「いや、今、物凄く驚いたけどよ。好かれて悪い気はしないよな。嬉しいよ」
「それじゃ?」
「急にくっつくって事は出来ないけど、今までと同じようにやっていくのはダメか?」
「ううん!全然良い!」
特におかしな関係ではない。ちょっと仲が良い男同士と言った所であり、肉体的関係等もない清らかな付き合いをしていた。それ以上の事は望まなかったし今のままで良いと思っていた。だが、暫くして残酷な事実が告げられる事となる。その相手がしきりにこちらとの接触を断るようになって来たのだ。一緒に帰ろうと言っても用があると言い、遊ぼうと言っても別の付き合いがあるからと・・・
何かがおかしいと察した進藤は相手に問い詰めてみた。すると・・・
「なんていって良いか分からないんだけどよ。お前には本当に悪いと思う」
「何?正直に言ってみてよ」
「じゃぁ・・・好きな女が出来たんだ。だからもうお前とあまり一緒にいられねぇんだよ」
「好きな・・・女・・・そ、それじゃぁ・・・しょうがないよね。ぼく、男だもんね。そりゃ女の子がいいよね」
「・・・。本当にゴメンな」
それで、最後に彼がボソッと口にした言葉が呪いのように頭に深く刻まれる事となった。
「何で、お前、女じゃないんだろうな」
自殺しかけた。でも、死ねず、それからはずっと自分の思いを隠すように生き続けてきた。
それでいて、女を憎んだ。自分を受け入れないような奴らなのにそれでいて平然と女をやっていける。この苦しみを味わい、自分を女にしなかった神様も恨んだ。
だが、彼に転機が訪れる事となる間 要との出会いである。彼に出会って、その年上なのに幼い瞳に取り込まれていった。彼自身も進藤を理解し、受け入れてくれた。彼を愛するほどであった。しかし、日本では戸籍上一生になれない現実。この排他的な世間にやりきれなさを抱いた。だが病院側の研究を使えば女性の体になることも進藤には可能だったかもしれないが進藤は断った。

「嫌いな女にはなりたくない」

と・・・
彼は女になりたいと願いながらも女性を極度に憎むというような矛盾する感情を抱きながらいき続けてきたのだ。それに対して悩み続けていた。今も悩んでいるのだ。
だから、傷ついた和子に寄り添う一道を見てソウルフルを発射したのだろう。自分が一生かかっても経験できないであろう男女の形を見たのだから・・・

「もう良いです。進藤さん、あなた、ここから立ち去ってください。立ちふさがるのであればあなたを斬ります。これは脅しではないですよ」
「去れだって?ふざけるなよぉぉぉぉ!」
進藤がソウルフルを撃つと一道は最小の動作で避けて進藤の方に向かう。と言っても、怪我の為か素早くは無く、進藤は弾を替えてもう一射した。
ドォゥ!
先ほどと同じようにソウルフルの弾が無数の粒となって広がる。武器として利用されるショットガンのようである。一道は接近しながら避ける。ショットガンの特性上、遠くに離れれば離れるほど拡散する為、銃口に近いほど攻撃範囲は狭い。一道は一瞬で理解していた。
外してしまった為に弾を替えようとしたが、焦って弾を落としてしまった。しかし、その次の動きは見事なものでそれほど焦らずソウルドを発動させ、一道に切りかかろうとした。だが、それすら一道はすり抜けた。そして、一道のソウルドが伸びてきた。
『やられる!?そんな!!』
先ほどの一道の言葉がハッタリではなかった事に後悔した。そして全てを諦めようとしたその時であった。
ビュオオオ!
「!?」
一道は一太刀入れようと言うところで身を引いた。
「危ねぇ!危ねぇ!進藤!そんな怪我人相手に何を手間取っているんだ!」
真後ろを振り返ると、勇一郎が戦うから残ると言った相手で藁木 吾朗がいた。その藁木がソウルフルを撃ち、一道を引き離したのであった。藁木の乱入がなければ進藤はやられていただろう。
「お前が持っているのは最新のショットソウルフルだろうが!ササッと片付けないか!」
ショットガンとソウルフルを合わせた造語だろう。
「いや、この少年はこの武器を1発で理解してしまったようで・・・」
「1発で仕留めないからだろうが!だが、俺が着いたからにはもう大丈夫だ」
敵が二人に増えた。傷ついた一道には非常に不利である。
「しかし、ここまで良くやってこられたものだ。普通はあの病人達の話を聞いたら同情して動けなくなるものだがな。と言う事は何も聞かずにここまできたのか?」
「聞きましたよ。あの人たちは自分達の事しか考えていなかった。だから倒したのです」
「ふぅん。ここまでやってきた武田君に私から提言がある」
「どのような?」
「もうやめたらどうだい?」
藁木はここに来て一道を説得してきた。どういう意図があるのか分からなかった。
「やめる?ここまでやってきた事をですか?」
「これ以上続けたところで無意味ではないか?上の連中はこういう言い方辛いと思うが全滅している可能性がある。間さんは強すぎるからな。今、君はひょっとしたら1人になっているかもしれない。そんな状態で更に自己満足を続けてどうする?仮に上手く言って全てを成し遂げたとして君は親友も片思いの相手もいない。何もかも空々しいだけだ。だったらそこまで苦労する必要は無いと思うのだが・・・やめるというのなら私が君を擁護してやってもいい。」
藁木の突然の申し出に藁木の腹の内を読もうとする。
「藁木さん!この少年は既に何十人と斬り殺しているんですよ!そんなの許せるわけないでしょう!私だってあなたがいなければ今、殺されていたのですよ!」
「俺に助けられたお前が意見するな。さぁ・・・良く考えてもらいたいものだね。武田君。私は別に仲間になれといっているのではない。手を引いてくれないかと頼んでいるわけだ」
「自己満足でもやり続けますよ。それがみんなの思いですから・・・それが俺の心に深くあります」
「ふぅん。なるほど・・・考え方を変えよう。今、自分の心の中って言ったね。だったらその彼らに直接尋ねてみてくれないかね?これより先にも沢山の敵は待ち構えている。今の君の状態では生き残れまい。そんな状況なのに自分達の思いの成就の為に続けて欲しいだとか君という少年にここで死んで欲しいと望むのか。私は違うと思うよ。ここで死ぬ事よりも生きて欲しいと思っているはずじゃないかい?私はそう思うよ。みんな、優しい友達なのだろう?君がここで死んだとした時、友達は1人残らずみんな一緒に死ねたって事を喜んでくれるのかい?私は違うと思う。きっと1人だけ生き延びたとしても彼らは君を決して恨みはしないと思うのだが・・・どう思うかい?」
とても藁木は真面目な顔をしてそのように言う。親身になっているという風に見えた。
「そうでしょうね。あなたのおっしゃる通り、みんな優しいから」
「では・・・」
「だが、それは出来ません」
「何故だ?それでも自分の意地を通すのか?」
「違います。彼らは許してくれると思います。けど、アイツは・・・他の誰よりも俺の事が分かる慶だけはその事を許してくれながらもこう言うでしょう」
「らしくねぇな・・・と」
「プッ」
聞いた藁木はビクッと震えた。
「それが理由か・・・残念だな。唯一の君が生き残る方法だったというのに・・・そうだ。何故、私がここまで来て田中 勇一郎さんがここに来ないか気にならないかい?」
先ほどの一道を思う表情が話しながらどんどん醜悪になっていく。
「あなたに殺されたのでしょう」
「正解。しかし興味がなさそうだな。そこまで至った経緯を知りたいもんじゃないかい?」
仲間が殺された事を平然と言う一道に内心驚いているようであった。確かに、そのような辛い事実は認めたくないものであるはずなのに一道は冷静であった。
「興味はありますよ。娘さんとどうなったのか・・・ですが、今、集中しなければならないのは・・・」
「じゃぁ、その娘との話も含めて教えてあげよう」
藁木という男はどうしても話したくて仕方ないようだ。だが、それは一道にとっても好都合だった。傷ついた体を少し休めるというのは非常に大きいところだ。
「アイツは完全な犬死。俺がこうして無傷でここに駆けつけている事からわかるように俺にダメージを負わすことが出来ず、足止めすることさえロクに出来なかったんだからな。そして何とも無様な死に様だった事か・・・五流は所詮、五流」
「ごりゅう?」
耳慣れない言葉に思わず鸚鵡返しに聞いた。
「一、二、三、四、五。その五の流。五流だ。そんな五流の馬鹿がこの俺に楯突く事自体が身の程知らずなんだよ。次元がまるで違うのだからな・・・フフフフ・・・」

The Sword 最終話 (14)

2011-02-14 19:57:49 | The Sword(長編小説)
「見れば分かるでしょ?そんなの!」
「そうか・・・助かる・・・」
「何も助けてなんかないよ!私は」
「俺は今、何も感じないんだよ。だが、俺は今ここでどうすればいいのか分からないんだ。怒れば良いのか、泣けば良いのか、笑えば良いのか、嘆けば良いのか・・・だから、泣いてくれるお前に感謝している。慶を殺さなければならないなんてのは涙を流すべき酷い出来事なんだろうって事が分かるから・・・な・・・」
一道は遠い目をしていた。完全に呆けているといった印象であった。
「行くぞ。ここで立ち止まっているわけにはいかないんだからな」
和子は首を振った。それから声を出して泣き出していた。
「ああぁぁぁぁ!うううぅぅ・・・」
一道は何もいえなかった。どう声をかけて良いのか分からず戸惑っている様子であった。
「泣きたいのなら一人で泣いてろ。俺は先に行くからな」
一道は前進し始めたがかなりゆっくりであった。
「いてててっ!今になって痛んできやがった。全く、慶の馬鹿が・・・本気で殴ってきがやって・・・」
一人ぼやきながら歩いていると一道の体は少し軽くなった。
「辛いんなら無理して着いて来なくてもいいんだぞ」
和子が一道の肩に滑り込むようにして体を支えてやった。
「ううぅ・・・フラフラのアンタを一人にしてられないでしょうが・・・」
和子は涙を拭いながら一道を支えて歩く。
「悪いな・・・本当に悪い・・・そうだ。そういえば帯野、さっき・・・」
「何?」
「いや、なんでも無い。頭が錯乱しているみたいだ」
言いかけてやめた。和子は気になったがそれよりも支えてやって一道の血が付いた事を気にした
「・・・。そう・・・」
「あの馬鹿。嬉しそうに笑って死にやがって・・・俺がこれから先どれだけ苦労すると思っているんだ・・・」
それは和子に語りかけているのか、心の中の母親に語りかけているのか、それともただの独り言なのか分からなかったが、和子は何も言わず聞いていた。
「いつだってアイツは、俺のそばに来て騒ぎまわった。面倒な事も増やしてくれてそれを一緒にやった。やらされた。それをあいつは嬉しそうしていた。付き合わされる俺の気も知らないで・・・だが、そんなアイツだったが俺の事を一番分かっていたのもアイツだった。本当の馬鹿だ・・・」
口では悪口を言う一道もまた嬉しそうな顔をしていた。慶がそれでどんな存在であったか分かる。
「それで、最期には俺にとどめ刺させやがって・・・アイツは・・・」
その瞬間、一道の力が抜けた。
バタッ!
「おとととと!ど!どうしたの急に!ねぇ!ねぇ!」
急に一道の力が抜け、和子はつんのめって一道を離すとそのまま一道は倒れこんだ。一道は気絶していた。何度も呼びかけ、何度も揺さぶったが何の反応も示さなかった。和子にはそれが死んだのかもしれないという風に映った。

元気は何度か振り返っていた。
「来ないな・・・」
悠希が逃げてくるか、それともすぐに倒して合流するかそのどちらかと思っていた。また振り返る。
「とうとう1人になっちまったな・・・」
最初は3人で来ていたのにも関わらず階段を上がり6Fに着こうとしている所で1人になってしまった。この先、何が待ち受けているのか分からない。7Fは最終階。ゲームで言えば魔王が玉座に鎮座して主人公を今か今かと待ち受けているのである。そんな場所に1人で乗り込まなくてはならないというのは心細かった。その上、まだ6Fを残しているのだ。不安で心が押しつぶされそうになる。だが、ここまで上につないでくれた3人の思いを裏切る訳にはいかないから6Fの階段を上がりきった。
「出来ればこの先、誰もいませんように・・・」
まだ勇一郎の情報に載っていなかった人間が多数いたがそれはみんな、地下の一道達の方に行っていれば良いなんて身勝手とも言える期待を浮かべていたが、そんな淡い期待は簡単に裏切られた。一般通路から関係者用通路に入ると二人の男が待ち構えていた。
「ここまで来た?」
相手の方も意外そうであった。その相手は元気達に研究に参加しろと言ってきた4人のメンバーのリーダー格、馬場 竜ノ輔であった。
「どうやって?あの無敵の要さんもいたのに」
もう1人はその4人の中の向島 将平であった。2人ともソウルフルを持っていた。明らかに不利という事を考えてか元気は下手に出てみた。
「あの~。この先にちょっと用があるんで通してくれませんかね?」
「ここまで来てふざけるのか?」
元気は明らかに年下の馬場に下手に出てみたが馬場は少々、気分が高ぶっているようにであった。
「ふざけてなんていませんよ。その方がいいから言っているだけですよ。争いはしないで済むのならそれで済ませたい。それが一番、双方にとって得だとは思わないか?」
「こんな事を言うような奴がいる連中にアイツは・・・殺された・・・」
馬場達は大体いつも4人で動いていた。その中の大河原 勝良という大柄な少年は山小屋で逃げる最中、重傷を負い冷静さを欠いた一道によって殺されていた。
「そりゃ、殺したのは事実だ!それは認める。だがそれはお前達がこちらにちょっかい出してきたからだろうが!だからこそこっちは戦わざるを得なかった!その結果、お前らの仲間は死んだ。それを考慮せずに一方的にこちらを人殺し呼ばわりするのか!」
「うるさい!うるさい!うるさい!お前らは人殺しなんだ!だから俺はお前を殺す!仇を討つ!行くぞ!将平!」
「うん!」
まるで聞く耳を持たないようだ。馬場は旧式である掃除機型ソウルフルを背負いソウルドを発動させて向かってきた。元気もソウルドを発動させソウルフルを構えた。志摩が所持していたソウルフルに新しい弾を装填し、持って来たのだ。
『一道みたいに幼いうちから剣道の練習しておくんだったな~』
勇一郎の情報を見る限り馬場には武道の経験はない。だが、そんなものは当てになるわけがなかった。彼はソウルドを発動させたまま、こちらの様子を伺っていた。いくら有利と言ってもソウルフルを持っているのだ迂闊に仕掛ければ死ぬ可能性がある。
『そうか・・・そうだよな・・・同じだよな』
いくら憎しみがあるにしても決闘である。迂闊な動きはそのまま死につながる。それでは敵討ちどころではない。お互い、慎重であった。元気が話しかけてみた。
「少し待ってくれないか?」
「気安く話しかけるんじゃねぇ!お前の隙を狙っているだけだ!」
「もうやめないか?俺も君らと同じだ。どう攻めて良いか分からないから迷っているんだ。人と決闘なんかした経験ないからな。だから、やめないか?いっせーの。せっ!でまずソウルフルを捨てて、それから魂の剣を収めてさ」
「そう言ってこちらが収めた瞬間に撃つつもりだろうが!!お前らは卑怯者なんだからなぁ!」
そう言いながら静かに向島は馬場の背後に回った。今、撃てば背後の向島には見えていないだろう。しかし、馬場がソウルフルを使って跳ね返す事は十分に考えられた。
『何を考えている・・・』
2人で何か企んでいる事は容易に伺えた。トリガーにかけている指が震える。トリガーを引きそうになるのを堪える。逃げたい衝動。戦いたくない願望。
ダッ!
急に向島が飛び出した。その瞬間に、分かれるようにして馬場も走り出した。思わず、後ずさりしてしまう元気。どちらを狙うか迷ってしまい銃口が定まらなかった。
「よし!!」
向島は元気の同様を見て取ってソウルフルを発射しようとした。もし避けられたり、跳ね返されたりしたとしても馬場がその隙を捉えてくれるだろう。勝利を確信しながらソウルフルの引き金を引いた。
バオゥッ!!
「うわっ!!」
突如、ソウルフルから魂が勢い良く溢れた。溢れたというよりはもはや爆ぜたというほどであった。向島は魂の輝きに覆われ、それが一気に魂は消失していった。元気は信じられない出来事に呆然と立ち尽くしていた。その瞬間を狙えば元気を倒せていたものの馬場もまた向島のその一瞬を目撃し、動こうとしていなかった。
「うおぅ・・・」
そのまま向島は倒れこんだ。
「あ・・・あ・・・りょぉぉぉぉぉう!」
向島の元へ馬場が駆け込んだ。爆心地から30cmほどしか離れていない向島の魂は先ほどの爆発でかなり吹き飛ばされボロボロという状態で手の施しようが無かった。
「い、嫌だ・・・嫌だぁ・・・一人は・・・」
馬場の手を握り締めたと同時に力は抜けていった。
「しょう!死ぬな!死ぬな!しょぉぉぉぉぉ!」

向島 将平。彼は天才と呼ばれる少年であった。将来有望と周りの大人達から見られていた。彼自身そんな風な世間の評判に調子に乗る事は無かったが、当たり前といった様子で周囲の同世代の子供達をあからさまに見下していた。だから彼は友達などおらず大体一人だった。彼自身、『周りはバカばかりで学ぶものが無い。そんな存在は不必要』だとして相手にしなかった。ただ一人、幼い妹だけを除いては・・・彼は、理科の実験が好きで親に道具を買ってもらい様々な実験を行っていた。当時の夢は科学者であった。ただ薬品というものは結構、高額なものでやりたい実験を行う事が出来なかった。学校でもその熱心さに理科の先生に気に入られ実験をしていたがどうして先生にも許可してくれない実験があり、その欲望に勝てず学校から薬品を盗んで自宅で実験をしたのだ。だが、彼はそこで失敗してしまって火事を起こしてしまう。全焼することなく何とか火は収まったものの妹が大やけどを負ってしまう。全身に醜い痕が残るほどのものだ。妹は火傷をさせた張本人である兄を慕った。燃え盛る炎の中で助けてくれたのが兄であったからだ。彼にはそれが辛かった。いっそ憎んでくれる方が良かった。そんな中、周りの子供達は慰める事はせず自業自得だとか罰が当たったとほくそ笑んだ。それに対して彼はキレてしまいソウルドに目覚めた。罵った子供達を襲うという傷害事件を起こしてしまう。両親も彼のキレ癖に手を焼いており、隔離しようと言う事で彼は施設に送ったのだ。そこで馬場に出会った。そこで同世代であっても自分を受け入れてくれる優しさを知ったのだった。

元気はその2人を見ているだけしかなかった。理由は分からないがソウルフルが暴発したのであった。その爆発に向島は巻き込まれたようであった。確かに勇一郎は『魂はまだ完全に解明されたわけではないのです。まだ始まったばかりで、魂の交換についての調査は最低でも10年、長くても100年ぐらいの期間を要すると言っていました』と言っていたのを思い出していた。自分が手にしているソウルフルがプロトタイプという段階でまだ実用に耐えられるものではない危険な代物だとは思わなかった。

馬場竜ノ輔。彼の家庭は普通の家庭であったが元気と同じようにある事件を境に一変してしまう。彼の父親が詐欺に被害に遭い、多額の借金を背負う事となってしまったのだ。父親は急に貧乏生活を強いられた。母親は頑張ろうと言ってくれ、いつも子供である竜ノ輔に自分が食べたいのにもかかわらず食べ物をくれた。着るものも貧しくなりいじめられたがそんな事は屁とも思わなかった。家族みんな同じ思いをしているのだから自分だけ不幸ではないという事で何とか耐えることが出来た。そんな時、こんな事件が起きた。母親が学校の知り合いのうちに行った時に、冷蔵庫の中のものを盗んだのだ。それが発覚し、母親は外に出られなくなり竜ノ輔自身も

『お前の母ちゃん。食い逃げ野郎』
『お前の父ちゃん。借金王』

自分が貧乏だと罵られる事は我慢できたが家族の事を言われるのがどうにも辛かった。母親も父親も精神的に追い詰められ、一家全員で無理心中を図った。家中を目張りし練炭による一酸化炭素中毒での自殺であった。だが、その際に、借金取りがドアを開けたのだ。竜ノ輔は偶然壁際にいたため、比較的酸素が残っており助かったのだ。両親は死んでしまったが・・・それから両親を失った彼は施設に入った。ソウルドを発動する事を覚えて・・・施設で出会ったのが向島 将平やニッケルド・ベイス、そして大河原 勝良であった。彼ら全員が不幸を背負い、かつソウルドに目覚めていた事で意気投合した。施設を出て共同で生活をし始めた直後、彼らは間 要と出会った。

「俺もこんなのを使ったらいつあんな風になるかもしれない・・・か・・・」
「お前が!お前が!お前がぁ!」
馬場はソウルフルを持ちながらジリジリと近付き、遂にソウルフルを発射した。
「あぶねぇっ!」
「あああっ!」
少し離れた位置だったのでソウルフルを避ける事が出来た。だが、そこへ、ソウルドを持って馬場が接近してきた。
「ちぃっ!」
咄嗟に元気もソウルフルを撃った。待っていましたとばかりに弾をソウルドで弾き飛ばした。弾の重みに表情を歪ませながらも勢いを殺さずそのまま斬りかかって来る。
「何!?」
以前、自分がソウルフルを受けた時は気が遠のきそうになった。だが、馬場は何事もないかのように向かって来た。このままでは斬られるという時であった。
「糞っ!」
突然、馬場の動きが止まった。命拾いした元気は後方に下がった。だが馬場は隙を晒しており、攻撃しようと思えばここで簡単に倒せただろう。
「何が?」
どうやら、馬場は撃ったソウルフルのライフル部分を手放したのだが、そのライフル部分が後ろの火災報知機に引っかかったようだ。背中に背負っている本体とノズルがつながっている為にライフルを捨てても本体からは切り離す事は出来ない。
「バカライフルがぁっ!」
煩わしくなった馬場は本体を外し、蹴飛ばし、ソウルドを抜いて元気に向かって来た。
近付いてソウルドを振るう。その振り方は完全にでたらめであったが振るっているのは間違いなくソウルドである。当たり所が悪ければ死ぬ。慶もソウルドを発動させ、彼の振るうソウルドとぶつかる。だが、元気はどうも、戦う気にはなれなかった。
ビシィ!!
「うっ!」
そんな元気の気持ちとは無関係に馬場のソウルドが元気の肩を掠めた。痛みが走った。
「はぁ!はぁ!はぁ!このままやらせてもらう!」
「やめろと言っているだろうが!俺はお前と殺し合いをするつもりはない!」
「お前は死ねぇぇぇぇ!オーガを・・・今度はショウを殺したぁぁぁぁ!」
「俺はやってねぇよ!今のはただの自爆だろうが!」
「うるせぇぇぇぇぇぇ!!お前が出てこなければお前達さえいなければこんな事にならずに済んだぁぁぁ!」
もはや聞く耳を持たないようであった。ただ、目の前にいる元気を倒したいだけのようであった。どうにか戦いは避けたかった。だが、それは元気の優しさというよりは逃げだったのだろう。この状況に及んで自分の手を汚したくないという気持ち。その気持ちが平和的解決を望んだのだろう。しかし、相手には通用しない。その憎悪の瞳は元気を射抜こうとしていた。
『何で、そんな目で俺を見る?』
ブオッ!
元気の哀れみの目を見て、馬場は怒り始めてきた。
「俺はアイツらと話し合ったり、遊んだり、助け合ったり、時には罵り合ったりそうする事で俺達は今まで負った不幸を忘れる事が出来た。今まで、世間に虐げられて、身を屈め、ひっそりとしか生きてこれ無かった俺達が始めて体を大きく伸ばす事が出来たんだ。満ち足りた日々だった。これから俺達の人生は広がっていくんだって確信していた。アイツらは俺にとって友達であり、兄弟であり、家族だった!だが、そこへお前らが現れてめちゃくちゃにしてくれた!これを許せるわけがないだろうが!」
「だから、もうやめようって言っているんだ!どちらかが死ねばまた誰かがお前と同じ思いをする!」
このとき、馬場はニックの死を知らなかった。
「家族は全員いなければ意味がないだろうがぁぁぁぁ!一人でも欠けてはぁぁぁ!」
馬場は元気の言う事にまるで耳を貸さなかった。相手のことなど全く考えず、自分の感情だけをぶちまけ、爆発させていた。それは自分勝手で傲岸不遜で傍若無人な振る舞いなのかもしれない。だが、そんな感情に身を任せて生きる素直な人間の1人なのかもしれない。人は自分が良く生きるために感情を押し殺さなければならない場面が数多くある。気に入らなくても相手に合わせ歩み寄らなければならない場面。面倒だと思いつつも強引に進めなければならない場面。自分を守る為に、やりたい事を我慢しなければならない場面。それらを組み合わせて人は生きている。そんな溢れる世の中で彼の生き方は確かに、本能のままだったのかもしれない。
「家族が一人欠けても・・・か。そうだな・・・忘れていた。俺にとっての全てを・・・大切な事を・・・ここで死んだって何にもならない・・・ここで止まる訳にはいかない!」
一瞬負けても良いかなとも思っていた元気であったが再びソウルドを伸ばした。
「お前に勝つ!絶対に勝つ!アイツらの為に!アイツらの想いを果たす為に!」
「俺も勝つ。手は抜かない。本気で勝つ!」
元気は走り出した。彼の方も元気に向かって走り始めた。
「うぁぁぁぁぁああ!」
「だぁぁぁぁぁぁ!」
大上段から攻撃しようとする彼に対して元気はまるで居合のように高速で脇から一気に一文字で腕を振るった。
「ぐおっ!」
「くっ!」
倒れたのは馬場の方であった。元気は一気に振りぬいた。彼の胸は深くえぐれ魂を一気に噴出した。手加減など出来るわけはなかった。
「はぁ・・・やったか・・・やってしまったか・・・」
やってから後悔してもどうする事も出来ない。元気の腕は震えていた。
「お前ら・・・絶対に・・・許さないからな。絶対に殺す。絶対にぃ!」
馬場は這うようにして進みだした。逃げるつもりなのか仮にそうだったとしても元気にはとどめを刺す気力は残っていなかった。
タッタタタ!
「あ、アンタ!大丈夫?」
そこへ悠希が走りこんできた。元気は振り返った。
「な、何だ。悠希か・・・」
下を見ていた元気が振り向いて悠希を見たが大して驚かず、再び視線を落とした。
「その人、倒したの?」
「俺達は判断を間違えたのかな」
「急にどうしたの?」
「何かさ。ひょっとしたらこいつらとも友達としてやっていけたんじゃないかって思ってな。もっと彼らの事を知ろうとすればこの結果は違ったものになっていたんじゃないかって・・・」
「・・・かもね」
「そうだよな・・・でもよ、今更なんだよな・・・」
カチッ!カチッ!カチッ!
奇妙な音が聞こえてきた。なにやらスイッチを押すような音。慌てて馬場の方を振り返った。
「死ねっ。死ねっ。お・・・死ね。お前らだけは・・・死ねっ」
一度撃ったソウルフルのトリガーを引いていたのだ。憎しみをより募らせてひょっとしたら弾にほんの少しだけ魂が残っているかもしれないという期待感からだろう。やがて、そのトリガーの音は聞こえなくなっていった。
「可哀想。最期の最期まで私達を憎んで・・・」
「ところで姫夜ちゃんは・・・って、お前がここにいる時点で聞くまでもないよな」
あまり考えても気が滅入りそうなので話を聞いた。
「あの人は、可哀想な人だった。不幸が重なったからそうなったのよ」
だが、悠希の方も暗い話である事には変わりなかった。
「そうか・・・みんな、似たようなもんだよな」
元気は目を瞑って何か考えていているようであったが、すぐに目を開いた。そこでちょっと引きつった笑いを浮かべた。
「こんな時に彼女のいやらしい事、考えていたんでしょ?ホント、最低よね。男って」
「・・・。だから最高なんじゃないか?」
元気は静かに笑った。下卑た笑い方である。
「はぁ?どこが?」
「行くぞ。まだ先はある」
「分かってる」
二人は先を行く。この上は病院の最上階である7F。遂に彼らは上りきったのである。

The Sword 最終話 (13)

2011-02-13 19:55:29 | The Sword(長編小説)
「し、しているじゃないか・・・俺はまだ生きているぞ」
「チッ!」
慶はソウルドを素早く振るう。その悉くは一道の体を傷つける。深くはないが無数に傷を作っていた。だが、多くなれば死ぬ事だってありうる。
「そうか・・・俺がこうなったのは自分の所為だからその責任を取るっていうつもりか?ずっとだ。ずっとお前のそういう気取った行動が許せなかったんだよ!」
ガツッ!
次に慶は一道を素手で殴ったのだ。和子にはそれは奇妙に思えた。何故、ソウルドでやらずに直接殴るのか?それにどんな意味や理由があるのかと・・・
殴られて吹っ飛んだ一道はゆっくりと立ち上がり、また同じ構えを取ろうとした瞬間に、慶がとび蹴りを加え、再び吹っ飛んだ。今度は更に遠くに飛んだ。
「ぐっ!!」
「そうやって、自責の念で殴られるのもいい加減にして戦え!俺の望みは分かっているはずだろうが!」
「そうよ!そいつの言うとおり戦いなさいよ!アンタはそいつを殺すってみんなの前で言ったじゃない?その時の言葉は嘘だったの?」
「ふぅん。そんな事を言ったのか?だったら有限実行しやがれよ。一道ッ!このマザコン野郎!」
「!!はぁ・・・はぁ・・・」
マザコンと言われて一瞬ビクッと反応する一道。二人にそのように言われながらも黙ったまま何も語らず大きく肩で息をしながら立ち上がり、再び同じ構えを取った。
「頑固もここまで来るとただ馬鹿なだけだな。うんざりするな!マザコンが!いい加減、ママのソウルドを出して戦えってんだよッ!!俺はな!お前ら糞親子が許せないんだよッ!」
ドッ!
ボディブローを入れられ思わず苦しそうに崩れ落ちる一道。グッと歯を食いしばっていたが口元から黄色い涎が零れ落ちた。
「ぐぐぐっ・・・」
「この馬鹿が!」
屈み込む一道を蹴り上げ仰向けになっているところを圧し掛かり殴る。顔、肩、腹。何度も何度も繰り返しだ。
「も、もうやめなさいよ!!気が済んだでしょ!あなた、元友達でしょ?武田君はあなたと戦うつもりなんて全く無かったんだから・・・ただ、あなたに謝りたかった。だから、ここまで色んな人を倒しながら来た。そうでしょ?」
一道は倒れているが聞こえているのは間違いない。それでも、何も答えなかった。
「外野が口出すんじゃねぇよ。さっきは俺と戦えって言ったおまえが!」
「そこの人が戦えないのならだったら私があなたと戦う・・・」
和子はソウルドを出して慶の横に近付いてくる。一向に戦う気を見せない一道に代わって戦おうという意思を見せたが剣先が震えていた。それを見て一道から離れ、立ち上がった。
「そうだな。そうするか?ちっとばかし、女を甚振ればそこの倒れている馬鹿もやる気になるだろうからな」
和子はムッとした。まるで敵とすら認識していない様子であった。いくら経験がないにしてもあんまりだと思った。慶はすたすたと無言で向かってきた。一切の構えなど取っていない。手の甲から血が垂れた。それは殴った時に付いた一道の血だろう。和子はソウルドを発動して身構えた。それから慶はソウルドを発動し始めた。
「あああぁぁぁ!」
和子はソウルドを振るった。まるで慶は避ける動作を見せなかった。
『やった!アイツは思ったより傷ついていて避ける事が出来なかったんだ!』
しかし、空しくソウルドは空を切った。
『何で?』
慶は高速で動いたわけでも、特別な行動をした訳でもなかった。ただ彼女がソウルドの長さを見誤っただけである。サッと懐に滑り込まれ、腕を取られた。間接を決められ身動きが取れなくなった。
「さてと・・・どうやって甚振ってやればアイツはやる気を出してくれるかな?」
「うう・・・」
完全に慶の手の中で踊る結果となった和子は悔しくてたまらなかった。
「おい。一道君。彼女をどうしたら俺と戦う?ぶん殴れば良いか?それともエロい事でもしてやれば良いか?」
「私にそんな事したって無駄よ。アイツには私なんて関係ないんだから!そんな事よりもアンタ立って戦いなさいよ!こんな奴、倒すのなんて簡単!」
「お前は静かにしてろ。外野には用はないと言っただろ」
「イツッ!」
腕を高く持ち上げさせられ、痛みで黙るしかなかった。
「お前に質問しているんだぞ!いい加減、何か答えろ!一道!」
「本人が言った通り俺と帯野とは関係ない。好きにすればいいだろ。だが、お前に出来るのならばな」
倒れたまま一道はそういった。それからゆっくりと起き上がっていた。顔は全体的に腫れ上がり、鼻と唇から血が垂れていた。それを手でふき取った。
「・・・。一筋縄にはいかないか・・・じゃぁ、お前と彼女の過去をちょっと教えてやるか?彼女は忘れてしまっていて残念だからな。どうせ、いつまでも隠しておこうと思ったんだろ?自分の事を忘れ、嫌ってしまっている彼女を混乱させないようにって優しさでな・・・」
それは、一道が和子に告白した日の出来事。彼女は強姦しようとしてきた西黒少年のソウルドで傷つけられた事により、その日の記憶のほとんどを失っていた。一道のこともである。
「おい。お前、記憶がない時間があるって話だったよな。教えてやるよ。その日、お前はアイツに会っていたんだぜ。その時の成り行きでそのまま映画館に行ったらしいぜ。その帰り道にお前が変態野郎に襲われそうになっている所を一道君が助けてやったと・・・だけど、その時、助けた事によってアンタの記憶は無くなったと・・・全く、可哀想な話だよな~。好きになった相手に忘れられたどころか強姦犯と勘違いされてしまうんだからな。一道君。お前に心から同情するぜ」
「くっ・・・」
表情を歪ませる一道。今の事に関して少しは精神的に堪えたようである。
「それ、私、知っていたよ」
「何?お前、今、何ていった?」
慶は驚いた。何故、和子がその事実を知っているか、一道が自分で喋ったのだろうか?
「聞こえなかったの?知っていたって言ったの」
「知っていた?そんな分かりきった嘘を言ったってな。アイツならお前に絶対に・・・」
「だから知っていたんだって言っているでしょ?元気さんが教えてくれたの。いちどーはアンタに裏切られた事を気にして落ち込んでいるから励ましてやれって。どうして私がそんな事しなければならないのって言ったら、全部、教えてくれた。でも、私は何もしなかった。だって、励ませって言われたってどう言ったらいいかわからないもの。長年、一緒にいて信じていた親友が自分達を裏切るきっかけを作って落ち込んでいる人に何て言えばいいの?気にするなって言えばいいの?頑張れって言えばいいの?大丈夫だって言えばいいの?私だって短い間だけど一緒にいた友達を失って傷ついて落ち込んでいて寧ろ励まして欲しいぐらいだったのに他人を・・・しかも誤解であっても私に手を掛けようとした人を励ますだなんて出来なかった。でも、何だか知らないけどあの人、一昨日から私が何もしてなくてもスッキリした顔をしたからホッとしたけど・・・」
「ふ~ん。元気さんがねぇ・・・じゃぁ良かったじゃないか?一道。手間が省けてさ!今まで見たいに悶々としている理由が無くなったって訳だ。ハッハッハ!」
一道は軽く俯いていた。だが、何も言わないし、ただ渋い顔をしているだけだ。
「あなたね。武田君はずっとあなたの事で苦しんでいたわけよ!何とも思わないの?ウッグ!」
「事情を知っているのなら、自分の立場も分かっているんだろ?喋りすぎなんだよ。お前は・・・お前はただの人形だ。お前の魂を握っているのはアイツ。助けてって言えよ。言ってみろよ。そうしたらちぃっとは今の強情さが解けるかもしれない」
「いっ!わ、私の事なんて気にせず、やっちゃいなさい!痛い痛い痛い痛いって!!」
かなりきつく腕を締め上げられ、痛みで脂汗が出るほどであったがそれでも無理をして喋った。
「人質がよく言う台詞だな。だが、そう言われて向かってくる奴は殆どいない」
「・・・」
一道は何も言わず、たださっきと同じ構えを繰り返した。
「俺はお前と本気に戦いたいだけだ!それ以上の要求をしているわけではない!何故要求を呑まない!ハンデのつもりか?答えろ!一道!!」
「私はあの人に襲われそうになったって思っていたから冷たく当たっていたのよ!武田君が私を好きである訳なんて!うっ!」
今度は腕を取っている反対の手で彼女の喉元を強く締めた。
「ペラペラと・・・アイツの返事次第で俺が殺すんだぞ。分かっているのか?俺はお前らの居場所を教え、石井 亮さんや一条ちゃんを殺させた男だぞ」
「ううっ・・・カハッ!!ゴホッゴホッ!」
「どうなんだ?一道!ソウルドを発動させて俺と戦う気になったか?」
「・・・」
「まただんまりを決め込んだか!何か言え!さもなければ・・・」
「2度、同じ事を言う必要などない」
「何ぃ?」
同じ事。さっき和子を人質に取った時に言った台詞。好きにすればいい。お前に出来るのであれば・・・。慶の頭の中にやまびこのように響く。
「こ、この馬鹿いち・・・一道がぁぁぁ・・・」
慶は先ほどとは明らかにペースを狂わされていた。
「そうか・・・それがお前の解答か!分かったよ。だが、普通に甚振るというのでは面白くない。だから、俺はここでこの女を犯す!やめて欲しくばかかってくることだな!あの時はお前がタイミング良く止めたらしいが今回は本番だ!」
「・・・」
「やめて欲しいならすぐにソウルドを抜け!いや、寧ろやっている最中に仲間に入れて欲しいのかな?自分は仲間よりも中に入れたいなんてな!ハハハハハハ!笑えないか?下ネタ好きの一道君よ~」
男同士がするような酷く下品な話であった。それを聞かされる和子はたまったものではなかった。吐き気すら覚える思いであった。一方の一道の方であるが相変わらずピクリとも動かない。表情を変えることさえ一切なかった。ただひたすら同じ構えを続けるだけだ。
「お前・・・俺がハッタリを言っているように思っているのかぁ?俺は昔の優しい俺じゃねぇんだよ!やると決めたら外道と言われようとやりきってやる男だ!」
「いっ!」
和子の喉元に置かれていた右手は素早く胸に移動し乱暴に揉みしだかれた。いやいやと動こうとするがガッチリと左腕を固められており、身動けなかった。声を出そうと思ったが激しい嫌悪感と怒り、そして底知れぬ恐怖によって出なかった。
「おっぱいは柔らかくて気持ち良いなぁ!お前も本音を言えば体感してみたいんじゃないのかぁ?いちどーよぉ!はっはっは・・・!?」
「・・・」
言ってしまってハッと気付く慶。ペッと唾を吐いた。
「けっ!一道なんて言いにくいったらありゃしねぇ!いちどー!てめぇ!今から俺はコイツをただの痴漢行為じゃなくてレイプするからなぁ!よーく、目ぇ見開いて見ていやがれ!」
軽い身のこなしで背後から足払いを決めて和子を仰向けに倒した。その上に馬乗りになった。和子は抵抗をしてみせるが男女の体力差、体重差、そして技術差をまるで覆す事が出来ずされるがままであった。
「さて、こっから始めるぞ!どうする?いちどー!ああ?」
「・・・」
相変わらずの一道を見て、視線を和子に戻した。和子はどうする事も出来ないものだから抵抗するのもやめ、何も言わず、慶の目を見た。慶は彼女の服に手を掛けた。だが、先ほどまで血ばらせていた目が一気に失せてまるで冷たいぐらいの悲しい目をして次の瞬間、自分の方から目をそらせた。
「悪かったな」
「え?」
急に、慶は立ち上がり、彼女の手を取り立ち上がらせた。彼の行動の急変したのが意味不明であった。
「小細工はやめだ!こんな事をやっていても何も面白くない!俺はお前を倒す!それだけが俺の目的だったからな!」
和子はどうしたらいいのかと思いながらゆっくりと歩みを進めようとすると慶は彼女の背中を押した。軽くつんのめるように一道のほうに進む。
「会った時から気に入らなかったんだ。子供の癖に大して喋らず、それで何もかも分かったような素振りでそれとなく友達みたいな感覚させちまうお前がな。それも今も変わっちゃいねぇ・・・黙って俺の攻撃を受け続けて目で訴えかけるような方法。馬鹿だぜ。ひょっとしたら俺が心を完全に捨ててしまっているかもしれないのに殴られ罵られたってのにそれでも俺を信じちまう大馬鹿野郎。そして!」
シュウゥン・・・
慶は発生器からソウルドを発動させた。すると・・・
ドスッ!!
慶は何とそのソウルドを自分のわき腹ギリギリの所に突き刺した。表情を歪ませる慶。
「うッ!その馬鹿に付き合っちまう俺は・・・もっと大馬鹿野郎だけどな・・・」
慶はソウルド発生装置を外し、邪魔にならないように蹴飛ばした。その一連の慶の行動を見て今まで、同じ顔をしていた一道の口元が歪んだ。
『笑った?』
和子には一道が笑った理由が分からなかった。
「これで条件は一緒のはずだ!戦え!いちどぉぉーー!」
「お望みどおり!」
一道はここでようやくソウルドを発動させた。傷だらけで片目は薄くしか開いていないような状態だというのにまさにこのときを待っていたかのように生き生きとした顔をしていた。既に接近していた慶が切りかかる。
ビシィ!ビシッ!!ビッビビビビッ!ビシィ!
撃剣の連続であった。現実の戦いでは起こりにくいことだ。このようなものは実力がほぼ拮抗している時か様子を伺っているか及び腰の時ぐらいだろう。大抵は一瞬で片がつく。殺傷力を持つソウルドである。ちょっとのかすり傷が勝負を分ける事だってあるのだ。なのに二人の戦いは時間がかかった。手加減している訳ではないだろう。
「おっとと!ぬ!」
「ん!ハァ!」
ソウルドを合わせ、更に攻撃を続ける。時にはソウルドをかわしてその勢いのまま攻撃に転じる事もある。時代劇の剣戟はお互いやる事が攻撃の順序が決まっているからそれに対応する動きのように見える。だが、二人の戦いはそのようなものを感じさせない不自然で不恰好な動き。それは本当の戦いなのだろう。それは幼い時に男の子のように殴り合いなどしない和子のような女の子だったからそのよう思えたのかもしれない。だが、1つ思い至る部分があった。
『何でかな?楽しそう・・・』
二人が喜んでいるように見えた。と、言っても笑ってなどいない。真剣な顔をして戦っていた。いくら互角のように戦っているとしてもソウルドは時には体の一部分を掠めているのだ。遊んでいられる余裕などある訳はない。
「はぁぁぁぁ!」
「ハッ!」
なのに二人のやり取りは何故か戦いの中に面白さを見ているようにも見えた。例えるなら子供同士が丸めた新聞紙でチャンバラをしているようなそんな光景であった。
ギァン!ジィィ!バシィ!
ソウルドが激しくぶつかりあるたびに飛び散る鮮やかな色の火花。その火花、一つ一つの粒が彼らの体に吸い込まれていく。それは、彼らの間での思い出や記憶。己の魂をぶつける事で相手の事さえも感じ取り、お互いの感情さえも共有しあっていた。それは言葉以上のものであった。言葉は自分の認識と相手との間で若干の差が生じてしまうものだ。例えば温度や重さ。どれぐらいの温度からが熱いのか冷たいのかそれらは個人差がある。いくら細かく分かりやすくしても微妙に食い違ってしまうのが人間のコミュニケーションである。
だが、彼らは今、ピッタリと完全に一致した形でお互いを分かり合っていた。そんな今が彼らにとっては幸せな時だったのかもしれない。しかし、肉体は疲労するし、技術的な差でそんな時も途切れてしまう事になる。
「ウッ!グッ!」
顔面を深く刻まれた。それは一道の方であった。明らかに経験は一道のほうが上であったのだが食らったのは一道であった。それは先ほど殴られたダメージの所為かそれとも慶に本当に剣術のセンスがあるのか・・・それとも両方なのか・・・慶は軽く怯んだ一道に対しここぞとばかりに攻撃を強めた。防戦一方になる一道。それでも慶は手を抜かず責め続けた。それでも激しいソウルドのぶつかり合いだから和子は割って入る事を躊躇った。
このまま慶が一道を押し切ってしまうのかとさえ思えた。だが、そこで一道の一閃があった。慶の肩を深く斬り、後ろに下がりながらしゃがみ込んだ。この瞬間を狙っていたのかそれとも単なる偶然なのか和子には分からない。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
慶のソウルドはみるみるうちに短くなり心許ない炎と言った所でゆらゆらと揺らめいていた。ソウルドのようにしっかりとした形を成していない。一道は、慶の方へとゆっくりと歩みを進めた。
「はぁ・・・はぁ・・・ふぅ・・・」
一道の呼吸も荒くなっていた。だが、気を抜かずソウルドを伸ばしていた。一道はまだ戦う気を失っていないようであった。それはしゃがみ込んだ慶も同じで彼らの目はまだ力強い意思を持っていた。
バッ!!
「お前、一体、何の真似だ?」
一道が言ったその前に和子が二人の間に入った。
「もういいじゃない!」
和子は見ていられなくなったのだ。二人との間が空いた今しか彼らを止めるタイミングはないと思って大きく手を広げて慶を庇うようにした。
「良い訳ないだろ?これは俺と慶との問題だ。外野は引っ込んでろと何度言わせれば・・・」
慶と同じ事を言っていた。完全に二人の世界に入りきってしまっているのだろう。それを邪魔するのは許せない行為であった。
「ここまで巻き込んでおいてもう外野な訳ないでしょ!!」
「!」
「もう勝負はついたじゃない!アンタの勝ちでさ!」
「へへへっ・・・悪いないちどー。お前の好きな娘に守ってもらってよ・・・」
「剣の勝ち負けがどうのという話ではない。これは俺達だけの問題だと言ったはずだ。どけ!」
「どかない!」
「邪魔をするならお前も斬るぞ!」
「やってみなさいよ!」
「・・・」
「ハハッ・・・さすがお優しいいちどーちゃん。出来る訳はねぇよなぁ~」
「茶化すんじゃねぇよ。慶。お前だって同じだったじゃないか?」
何も答えないが軽く微笑んでいた。
「どうして?殺し合うの?こんな事をしたってなんにも・・・」
「お前こそ何故、邪魔をする?」
「私の質問に答えてよ!」
「それが俺達の全ての決着だからだ」
全て、そう。2人にとっての全てなのだろう。
「そんなの決着でもなんでもないよ。どっちが勝っても悲しいだけじゃない!私がね。飛び出したのは耐えられなくなったからよ!」
「耐えられない?」
「二人が傷つけあっているところよ!そんなにも相手のことが分かっているのにどうして殺しあわなければならないの?自分が悪いから沢山の人に迷惑をかけたからだって思うのなら一緒にごめんなさいって謝ればそれで済む話じゃない!それで少なくとも二人の間の蟠り(わだかまり)は無くなるじゃない!それだけで十分じゃない!アンタ達が傷つけてあって殺しあって何になるの?それでどっちかを殺したってそんなの自分だけの満足じゃない!そんなのが何の足しになるの?後で悲しくなるだけじゃないの」
「・・・」
「だったらもうやめて謝るのが一番じゃない!本当はアンタ達だって分かっているんでしょ!」
「!!」
一道は目を丸くした。だが、それに対して全く反論できないのは図星だからだろう。
「はぁ・・・さすが、いちどーが惚れるだけの事はあるな。ちょっとしか知らないはずなのに俺達の事も見抜いちまっていたんだからな・・・俺ももうちょっと前に知っていれば惚れていたかも知れねぇなぁ・・・」
「慶!お前!!」
慶はソウルドを引っ込めたのだ。それに合わせて一道のソウルドも短くなっていく。
「そう!二人が憎みあって殺しあう理由なんてないでしょ?みんなには怒られるだろうし憎まれるかもしれないけど謝って謝って謝りぬいて許してもらえばいいんだよ。許してもらえなかったにしても一緒ならやっていけるでしょ?それがアンタ達にとってベストな選択なんじゃないの?」
「いちどー。お前だって本当はどうするべきなのか分かっているんだろ?俺は和子ちゃんに言われて今ここでやっと・・・やっと理解した。だからそれをお互い実行するだけだろ?な?いちどー・・・」
「そうだ・・・な・・・」
一道は大きく呼吸して、近付いてきた。
「良かった。これで、3人でこの奥の方に行けるね。嬉しいんじゃないの?久しぶりに一緒になれるんだからさ。それで・・・」
和子はこれで何もかも丸く収まると安堵の気持ちでいた。
「いちどぉぉぉぉぉぉーー!!」
「!!」
和子が振り返ると慶が絶叫をした。思わず振り返ると決死の形相でソウルドを発動している慶がいた。
「けぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!!」
次の刹那、慶しかいなかった視界の中に一道が飛び込んできた。二人は同じ顔をしていた。和子には一体、何が起こったのか分からなかった。それほど素早いほんの一瞬の出来事であった。それが純粋で不器用で愚かな二人の少年の決着であった。
「あぁぁ!ぐっああ!ああぁぁ・・・」
バタッ・・・
慶の表情が一気に緩み、床に倒れこんだ。一道のソウルドが慶の肩から斜め深く刻まれていた。一道は、すぐにしゃがみ込み慶を見ていた。何故かとても穏やかで和やかな顔である。その落差を何故か不思議に思う和子であった。
「やっぱ・・・いちどー。お前は強ぇ・・・な・・・勝てねぇ・・・や・・・」
「馬鹿が・・・一朝一夕の特訓か何かで俺を超えられて溜まるか・・・だが、今の一閃は今までで一番、奔って(はしって)いたぞ。お前が全快であったのならひょっとしたら」
「やめてくれよ・・・いくら俺に才能があったとしても俺は早熟型なんだ。ある地点まで簡単に、届いたらその先はねぇ・・・」
「そうであったにしても今のが一番良かったのは事実だ。これは俺が自信を持って保証する」
「ふふ・・・ははは・・・。早熟型か・・・そうだな。我ながらその通りだ。今まで充実し過ぎていた。だから・・・これでいいんだ。うっぐ!!」
歯を食いしばり苦しそうな顔をしたが、それを必死に抑え、穏やかな表情を保持しようとしていた。だが、体中から汗が浮かび、顔面を引きつらせている慶は非常に痛々しかった。もう長くは無いだろう。
「ううっ!いちどー・・・お前は俺を恨むか?」
「何をバカな事を言っている・・・」
目を固く閉じ、歯を食いしばり、体が一瞬震える。そして一道はこう言った。
「当たり前に決まっているだろ?恨むぜ。俺はお前を・・・お前があんな馬鹿な事をしなければみんな笑っていられた。それをお前が・・・だから、ずっと恨んでやるさ・・・俺が死ぬまでずっと恨み抜いてやるからな・・・」
顔を伏せ、搾り出すような声でそのように言った。酷い物言いだが言われている慶は嬉しそうであった。
「地獄に落ちてろ慶。先に・・・な・・・」
「フフッ・・・ありがと・・・よ・・・いちど・・・やっぱお前はいつだって変わらず、お前だな・・・」
慶はそこで事切れた。死ぬとは思えないそれはとても穏やかな笑顔であった。その直後、一道はスッと立ち上がった。
「何で・・・馬鹿なの?アンタ達。アンタ達・・・何でそんなに馬鹿なの?」
和子が言っている後ろで一道は両手を開き、グッと握る。今度は手のひらを返し再び開いて、握る。そんな動作を数回繰り返した。
「お前、泣いているのか?」
和子は体を震わせ、顔を覆っていた。

The Sword 最終話 (12)

2011-02-12 19:46:55 | The Sword(長編小説)
一旦、一般用通路に出て階段を上がり次の階、5階にたどり着き、再び関係者用通路の中に入り次の階段へと急ぐ。すると元気と悠希の前に若い女性が微笑みながら立っていた。
「姫夜ちゃんか・・・」
天ノ川 姫夜。人気AV女優である。彼女はバスローブ姿でそこにいた。
「こんにちは。あなた達。あ!病院ならやっぱりナース姿が良かったかなぁ?」
わざとらしい発言にイラッと来る悠希。そんな彼女を見て元気は口を半開きにしたまま見つめていた。分かりきった事でもつい嬉しくなってしまうのは愚かしく悲しい男の性という所だろう。
「ねぇ。そこのHな彼は私の作品、何本観たの?」
「いや、そんなでもないですけど3本は・・・」
「え?3本も?ありがとー!」
彼女の作品は10本ぐらい出ていたが、実は9本も持っているというのもなんか気が引けたから控えめに言ったつもりであったがそれでも目を輝かせて喜んでくれた。元気にとっては自分だけの姫夜という気がして嬉しかった。
「じゃぁ・・・近くに寄ってサービスしちゃうね」
「え?」
一瞬、何をされるのか怖くもあるがそれとは逆に何をされるのかという期待感もあった。ゆっくり歩いて近付きながら何と彼女はバスローブを脱ぎ始めた。
「ぉぉお・・・」
バスローブの中身は、勿論、下着など一枚も身にまとっていない。あられもない姿であった。その瞬間、元気の視界の背景は全部、真っ白になった。ただ、全裸の彼女が満面の笑みを湛え小走りで走ってくるのだ。今、彼女のビデオを見ているのか?それともこれは夢なのか?いや、夢に違いない。テレビ画面ではこれほどの臨場感などなかったし、その空気などを全身に感じるのだ。現実でこんな事がある訳ない。だから元気は彼女を抱きしめようと腕を広げた。彼女が手から光を発したがそんな事、元気には完全に見えていなかった。
ドン!
「うおっ!」
スパ!
「!?」
悠希に突き飛ばされて転ぶ元気は転倒した。その痛みで元気は夢から現実に引き戻された。彼女が振るったソウルドが顔を掠めたらしい。少し頬を切られた。
「あのまま逝かせてあげた方が彼も幸せだったのに・・・」
悠希と香奈子はソウルドを激しく合わせていた。
「な、何だ?俺は襲われた?」
「アンタは遠回りして先に行って!」
「お、おい!!先に行けってお前はどうするんだ?」
「私がこの人を倒す!」
「だったら俺も手伝った方が有利だろ!」
「下、そんな風にさせて何、言っているの?ハッキリ言って邪魔だし、何より不愉快!」
元気のズボンは完全に盛り上がっている状態であった。確かにその状態では激しく動き回るのは難しいだろう。指摘されて気恥ずかしくなった。
「それは男の人の体の自然な反応だよ。気にする事なんてないよ。フフフッ」
「うるさい!このエロ女!」
彼女は一瞬、後ろに下がった。
「見てたいのならずっと見ていてもいいよ。元気さんってなかなか格好良い男の人だからこの後でサービスしてあげてもいいよ。とっても気持ちいい事~♪」
「?」
こんな非常時で殺されかけたと言うのにその言葉で少し考えてしまう自分が本当に悲しい。
「アンタ、今、殺されかけたんだから早く目を覚まして行きなさい!」
「だがな・・・」
「早く!」
「分かった。死ぬなよ!悠希」
元気はそのまま走り出したと思いきや全力ではなく小走りであった。全力で走るには下半身の状態が邪魔になっているからだろう。それで何回か振り返った。
「あなた、1人になって大丈夫なの?」
「もう馬鹿はいないんだからいい加減、服を着なさい!男がいなくなったらそんな格好、意味ないでしょ!」
「そう?あなた、何、照れているの?ひょっとしてそっち系に興味があるの?別に良いよ。私、そっちの方も経験済みだから~」
優しく微笑みながら言うのが逆に怖くも思える。
「あんたね!ここまでに沢山の人が命を散らしているのに裸なんておふざけが過ぎてるよ?馬鹿にするのもいい加減にしなさい!」
「ふざけてなんていないわ。私はこれでお金を稼いで毎日生きているんだから!私にとってはこれが正装なの!でも、作品によって逆に服を着ることもあるけど、基本的には裸だからこのままで良いわけ!」
「恥ずかしくないの?」
「それなりに恥ずかしいけど、それを気にしていたらこんな仕事続けてられないよ。私にとってはあなた方の方が不自然に見えるけどな」
「?」
「人間ってみんな裸で生まれてくる。それが本来の姿なのに今じゃ服を着て隠している。そんな大切なものを隠した人同士やり取りするなんて気持ち悪くない?」
「だったらそんな事していて良いって言うの?」
「良いに決まっているじゃない。私達、お父さんやお母さんがセックスしたから現在いるわけよ。あなたも私も人間なら誰もがそう。医学では体外受精させて子宮に戻せるらしいけどそれは別としてね。人が生まれるための行為よ。何も恥ずかしがる事ないじゃない。あ、は~ん・・・あなた処女ね」
「な!?」
「ハハハッ!当たりね。何となく反応を見れば分かる。好きな人と一緒に気持ちよくなるのって素敵な事なのに・・・一緒に来ていた元気さんとセックスすればよかったんじゃない?」
悠希は顔から耳まで真っ赤にさせていた。
「良くそんな恥ずかしい事を人前でペラペラと・・・」
「だから言ったじゃない。別に恥ずかしがる事じゃないって・・・出来るのなら早いうちにした方がいいんじゃない?歳を重ねるとどんどん機会が減って行くと思うよ。熟女好きも中にはいるけどね」
「私の事はいい!あんたは今すぐ、戦うのをやめなさいよ!」
「な~んだ。もうその話はおしまい?残念。でも、それは出来ないよ」
悠希の説得は簡単に断られた。彼女は自分のペースを続けた。
「あなた、ここの人たちが何を企んでいるのか知っているの?」
悠希は逆に香奈子に尋ねてみた。
「知っているけど詳しい事は良く知らない。でも、私はあなた方と戦う」
「どうして!?」
「私が守らないといけないものがここにあるから・・・だからそれを壊そうとするあなた達とは戦わなければならないの」
「守らないといけないもの?」
「ここの人たちは裸の仕事をする私を軽蔑するなんて事をせず受け入れてくれた。ここの人たちは私の冷え切った心を温かく包み込んでくれた。これは絶対に守らないといけない。何をやっていてそれがどういう事になるなんかどうかなんて関係ない。私は、ただこの人たちを守りたい。それに、これだけ優しくしてくれる人たちが間違いなんてしている訳がない!!だから私は今、心から充実しているの」
それは決意に満ちた顔であった。ただ、裸ではある。
「では、こっちから聞くけどあなたはどうしてそっちの味方をしているの?」
「それはアンタ達が昌成を殺したからに決まっているじゃない!」
「それは私達と戦う理由でしょ?一緒に行動している理由にはならないよ。一人でやってくればいいのに、どうして一緒にいるの?」
「一緒に行動している理由・・・」
今までの事を思い返してみる。目的が一緒だから行動しているという訳ではないように思えてきた。何故ならそれが理由ならば昌成を殺す結果になったのは彼らと一緒にいたからである。となれば彼らを拒絶するだろう。それをしないのは他に理由があるからだ。
「それは、共感してくれたから・・・ね。あなた方に対する怒りとかみんなで共有したから・・・一緒に戦おうって思えた」
悠希は今までの事を思い出しながら、ゆっくり言葉をつなぐように話していく。
「だったら私と同じじゃない。あなたの居場所がそこにあったからでしょ?」
「・・・」
「あなたも私も守りたいものがある。だからそれを壊させない為に戦う。と言う事・・・でしょ?」
「そうなるわね」
「それじゃ、決めましょうか?どちらが守れるのかどうかを・・・」
ビィィン
香奈子はソウルドを改めて発動する。それに合わせて悠希もソウルドを発動させた。にらみ合い、ゆっくりと近付き、香奈子が前に出た。悠希が思わずソウルドを振るった。香奈子はソウルドを弾いてかなりのスピードで振り下ろした。
「!?」
額を香奈子のソウルドがかすめた。悠希は戦慄を覚えた。
「私、スタイル維持のために初級であるけどキックボクシングなんてやっているから運動神経、いいのよね。あなた、そんな私に勝てる?」
悠希は剣術には女性相手ならばほんの少しだけ自信を持っていた。だが、それは大とチャンバラごっこを一緒になってやっていた程度であった。それは所詮、児戯にしか過ぎず、格闘技を本格的にやっている彼女とはまるで相手にならないレベルであった。
「それで、本当に、あなたに守れるの?大切なものを」
「舐めないでよ!」
ソウルドを振るうがまるで当たらない。ここまで差が開きすぎるものかと思ったが落ち込んでいる場合ではない。守りに入るなんて事をすれば逆に斬られることだろう。だから力押ししていくしかなかった。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
「息が上がっているけど大丈夫?少し時間おこうか?」
「はぁ・・・アンタみたいに素っ裸の女なんかには負けない・・・はぁ・・・」
「あなた、余裕が無さ過ぎるのよ。もう少しゆとりを持てば人生楽しいのに・・・辛くない?そうやっていつも張り詰めて生きているのって・・・」
「アンタみたいに何でもかんでもふざけて捉えて心から1つの事に取り組めないのよりもマシ!」
「そんな事ないのに・・・だったら私の本気、見せてあげようかな」
『こんな所でやられるの?このまま・・・でも、それでいいかな?』
香奈子の表情が変わった。これで決着を着ける気なのだろう。だが、そんな事になれば悠希に勝ち目などない。色々な事に頭を巡らすが正攻法で勝てるとは思えなかった。思わず少し下がった。
ジャラ
「!?」
ポケットの中のキーホルダーが震えた。ポケットの中に手を入れるとそれは昌成が好きだったキャラクターであった。それを握り締めると少し立ち向かう気になった悠希。
「終わりよ!あなた!」
ダッと駆け出してくる香奈子。ポケットから手を出そうとするとそのキーホルダーが引っかかって鍵が飛び出した。床に落ちるとキーホルダーが壊れて飛び散った。香奈子は構わず悠希に向かう。彼女がソウルドを振りかざそうとした瞬間に痛みとバランスを崩した。
「!?」
彼女は鍵を踏んづけてしまったのだ。全裸で裸足の彼女には踏んづけた鍵は彼女の素足を深く傷つけた。あまりの激痛に悠希に攻撃する事を忘れ、バランスを崩した。
「あぁぁ!」
それから悠希のソウルドが彼女を襲った。深い・・・
が、決して致命傷ではなかった。悠希は躊躇ったのだ。香奈子が自分に似ていたからというのではない。ただ、人は殺してはいけないと知らず知らずのうちに手加減してしまったのだ。しかし、戦いの経験の浅い悠希には隙を生む。相手を殺さず戦闘不能だけにする芸当など悠希に出来るはずなどなかった。だから
ガシィッ!
「!」
香奈子は斬られながらも悠希の両腕をガッチリと受け止めたのだ。悠希はその瞬間、自分の甘さを悔いた。何故、彼女を斬ろうとしなかったのか?同情してしまったからか?説得できると思ったからか?何にせよその気持ちは決定的な誤りだと死を覚悟した。だが、ここで死ねば昌成の所に行けるだろうと思ったからそれほど悲しくも無かった。
だが、香奈子自身が予想もつかない事をしたのだ。
グブゥ・・・
「え!?」
何と、悠希からソウルドが出ている腕を自分の体に引き寄せたのだ。当然、ソウルドは自分の胸を深く刺し貫く。悠希には理解不能な行動であったが、それから悠希はソウルドによって香奈子の心を見た。

香奈子は施設に入っていた。一道や慶達も交流があり、施設でも良いお姉さんであった。高校卒業と同時に大学に入った。奨学金を利用し、大学を卒業して施設の院長のような立派で優しい先生になろうと決めたのだ。そんな時にある男に出会った。クールな男で同じ女子達にはかなり人気の男であった。彼がノートを見せてくれと言って来たのをきっかけに二人は接近した。一部、彼には良くない噂があった。二股をかけているなんて話だ。だが、彼女はそんな事は気にしなかった。カッコ良いから彼に気がある女子が嫉妬してデマを流しているのだろうというぐらいの認識であった。だが、付き合ってから暫くしてから悲劇が訪れた。彼の方が別れを告げてきたのだ。
「カナよりも好きな女が出来た。だから、ごめん」
だが、彼女はそう簡単には諦めようとしなかった。彼がどうしたらそんな女よりも自分がいい事を分からせる為に自分が向上しようと努力した。が、彼はそんな健気な彼女を嫌がった。そしてこう言い放った。
「重いんだよ。お前」
完全に捨てられた。ショックに沈んでいる所に彼の友達が現れた。それが本当の悲劇だった。傷心の彼女は彼に打ち明けると全て共感してくれ自分を受け入れてくれた。そんな彼に告白した。すると彼は元々自分のことが好きでいてくれたらしい。晴れて両想いになれたと思った。そんな二人が、一緒に眠っていた時の出来事だ。
「おい。カナ起きてるか?」
「・・・」
彼女は何も答えず狸寝入りをしていた。彼がどんな甘い言葉を囁いてくれるのか楽しみにしていたのだ。が、それが逆に絶望の言葉になろうとは夢にも思わなかった。
「アイツはいい奴だよな。俺がちょっと『いい女いないか』っつったら『じゃ、いいのをやるよ』つってこんな可愛くてスタイルがいい女をくれるんだからな。わざと別れて傷つかせたおかげで扱いやすくしてくれてよ。覚えるのが面倒くさかったけどよ。おかげで本当、いい思いが出来たよ。これからもよろしく頼むぜ」
彼女は何もする事も言う事もなく震えながら泣いた。もう全てがどうでもよかった。自分が何故不幸なのかと言う事も考えたくなかった。ぼーっと街中を歩いていると1人のチャラチャラした男に出会った。それがAVのスカウトであった。
「君、可愛いね。ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ話、聞いてくれる?嫌だったらいいんだよ」
断る理由も無かったし、それを引き止めるものが彼女はなかったので彼女は了承してしまい、それからとんとん拍子で進み、AVの道を歩む事になった。そんな撮影の出来事であった。その日はSM物と言う事で縄に縛られることになったのだが、縄の縛り方がきつかったのか気分が悪くなって、意識が遠のき救急車で運ばれるぐらいの騒ぎになった。それが病院の人たちとの出会いであった。
彼女の状況を知り、親身になって話を聞いてくれる人たち。同じように辛い境遇にいる人たちが自分を認めてくれるので彼女は彼らの中にどっぷりと浸かっていくのであった。そして現在に至った訳である。
彼女は倒れた。
「もう・・・訳わかんないよ・・・生きるの・・・・」
「・・・」
悠希は彼女の手を握った。
「あ、温かい・・・人同士が触れ合うってやっぱり素敵・・・」
それからゆっくりと香奈子は目を閉じ、動かなくなった。
「悲しい人・・・」
悠希は無言で彼女が着ていたバスローブをかけてやった。それぐらいしか悠希には出来なかった。ゆっくりと立ち上がって悠希は走り出した。まだ先はあるのだから・・・

一般の6階に向かう元気は何度か後ろを振り返った。
それは天ノ川 姫夜が着いて来ているかという事ではないし、置いてきた悠希の事が気になった訳ではない。まぁ、姫夜に関しては気になっているのは事実であったが・・・
「剛も港も悠希も・・・いなくなっちまったな。この先は・・・俺だけか・・・」
彼が悠希から離れるのを渋ったのは姫夜から離れる事ではなく1人になるのが嫌だったからだ。
この先、何が待ち受けているのか分からないのに自分1人で何とかなるものなのか?敵を倒して駆けつけてくれる可能性はある。だが、そんな思い通りに行くのだろうか?となれば誰かに期待するのは間違いであり、自分ひとりでどうにかするしかないだろう。それを考えると暗澹たる気持ちになった。
だが立ち止まるわけにはいかなかった。ここまで元気を上に上げてくれたのは彼らなのだから・・・足取りは重いが近くを歩く患者や見舞い客を避けるように急いで上に向かっていった。


戦いはまだまだ続く。多数の人の魂が交錯し、ぶつかり、そして果てていく。それが純粋なものであれ、歪んだものであれ戦えば無関係に散らし、虚空へと消えていく。しかし、その中でおかしな現象が起きていた。
「お母さん!痛いよ!痛いよ!」
「あ!あ・・・ああぁ・・・」
診察室の前で一人の少年が泣いていた。走っていて転倒したのだが、運悪く、木の枝がまとめられていて、そこに突っ込んで足にその枝の1本が深く刺さってしまっていた。母親はどうしたらいいかわからずただただおろおろするばかりで子供を励ます事さえできていなかった。だがそんな時であった。
「大丈夫よ。お母さんが着いているから・・・そんな事で死んだりなんかしないんだから・・・」
親が焦っている姿は子供を不安にさせる。だから、落ち着きを取り戻した母親を見た子供は小さく頷く。
「うん。大丈夫だよね。うん」

また1階のショッピングモールでは男女が言い争いをしていた。
「何で気に入らないんだよ!どっちも買ってやるって言っただろ?」
「そんなどうでも良いみたいに言ってさ!本当に私のこと大切に思っているの?」
2つの服のうちどちらの服が良いかと聞かれた男が両方買えばいいと言うと女は怒り出したのだ。
「大切に思っているから両方買って良いって言ったんだろ?でなければ両方似合わないから買うなって言っているよ」
「だったら何でそんなに面倒くさそうに言うの?やっぱりどうでもいいんでしょ!」
「お前はいつも何かあると私のこと大切に思っているとか言い出すよな。だったらお前は俺の事を大切に思っているのかよ!」
「思っているに決まっているじゃない」
「どこがだよ。いつだってワガママ言って俺を困らせてよ。お前が俺にしてくれた事なんてねぇだろうが!」
「何それ!?いつだって私は!」
お互い険悪な空気が流れていた。最悪な方向に進めば別れるなんて言葉も出るかもしれない状況であった。だが、次の瞬間であった。何か心の内側が温かくなる感覚を抱いた。
「いや、あるよな。ごめん。俺が誤解していた。いつも俺が苦労している時は励ましてくれるもんな。それでどれだけ救われたか・・・忘れていたよ」
「私こそごめん。馬鹿みたいに意地張っちゃってさ。今日も買い物付き合ってくれてありがとうね」
「気にするなよ」
二人は笑い合った。病院周辺にいる者達は何らかの心境的変化を感じていた。起こっていた心が訳もなく温かく安らいだのである。それは何故なのか分かる事はないが、とても和やかな一時であった。だが、すぐ近くでは魂を散らしあう戦いが続く。一体、どこまで続くのか分かるものもいない。


慶は傷だらけであった。傷だらけといっても外傷はなく、ソウルドによって付けられた傷であった。
「羽端君、あなた一人?じゃぁ、田中さんは?」
後ろには勇一郎の姿はなかった。だから和子はさっき部屋で勇一郎が倒されてしまい、敵の方を慶が倒したのだろうと思い込んだ。
「どうしたの?何があったの?答えてよ」
一度裏切った身である。そう簡単に信用出来なかった。だが、行動から考えればこちらの味方になってくれるものだと思ったから冗談っぽく言った。
「コイツを信用するな。俺達に手を貸してくれるような単純な奴じゃない」
「え?」
「その通りだ。一道。さすが俺の事は良く分かっているな」
ビクッ!
慶が愛称である「いちどー」ではなく「一道」と本名を言ってきた。一道自身は反応する。聞き覚えのない呼び方に和子もまた違和感を覚えた。
「俺をそこまで知っていて言わなかった裏切り者のお前をな。その為に、特訓を続けた。たった数日間であるがお前に勝つ自信もある。普段のお前を見続けて来た俺にはお前の動きは分かる。そして、金田さんや間さんにソウルドに対する立ち回りを教えてもらったからな。お前を勝てるようになったと踏んだ」
「まさか?来る時に金田って人がやられていたのはお前の仕業か?」
「そうだ。短時間でお前を倒せるようになるには命がけで戦うしかないと思ったからだ。飲み込みが早い俺だったからこそ金田さんを倒す事が出来た。これで免許皆伝って訳だ」
「何て事を・・・」
「俺はお前を倒す事だけに今、全てを捧げる覚悟がある。それ以外のことはらない!それ以後の事は知らない!裏切り者のお前さえ倒せればそれでいい。後の事はお前を倒した後で考えればいい。さぁ・・・抜け!」
慶はソウルフルに良く似た形状のものを背負っていてスイッチを押すとソウルドが伸びた。ソウルド発生器という所だろう。
「お前もお袋のとで二刀流だからな。俺も二刀流で行かせてもらうぞ。さぁ抜け!」
「良いだろう」
スッと構える一道であったがソウルドを発動させなかった。ただ構えて立っているだけのようであった。
「どういうつもりだ?一道!」
「こういうつもりだ。慶」
「そうか・・・俺なんかソウルドを出すまでも無く勝てると言いたいのか・・・だったら俺がどれぐらい剣術を上げたのかその身で体験してもらうしかないな」
ダッ!
傷だらけではあるがかなりのスピードで一道に向かい、ソウルドを振るった。驚くべき速さであった。そして正確な斬りであり、一道はまともに受けた。肩を深く突き刺された。
「な!」
和子は驚いた。慶の身のこなしの速さを目の当たりにして動けなかった。確かにそれだけの速さがあれば金田に勝ったというのは嘘ではないのではないかと思えたのだ。しかし和子がそれ以上に驚いたのは、一道が何故全く動かなかったのかと言う事だ。
「俺が寸止めでもするとでも思ったのか?甘いぜ」
あまりの速さに反応できなかったという訳ではないだろう事は慶にも分かった。そして、それが何か慶自身を試しているのではないかと言う事も理解していた。

The Sword 最終話 (11)

2011-02-11 19:46:04 | The Sword(長編小説)

「彼は手始めに彼女をいじめたその糞集団には学校卒業してから地獄を見せる事にしたんです。別の女の友達にそいつの父親と援助交際させる振りをして釣って、その証拠写真を自宅に送りつけてやったのです。当然、両親はギクシャクし、そのまま離婚するなどして学校に通えなくなって波乱万丈に満ちたさぞ楽しい人生になっただろうと思いながら・・・彼を罵ったブサイク先生も女友達に手を出させるように仕向けて学校を首にしました」
満生は男の話は殆ど聞いていなかった。ただ奇妙だと感じていただけだ。
「それからの彼の人生は適当です。人生が急に冷めてしまって何か彼自身、何をするにもつまらなくて仕方なくなってしまったのです。何もかも他人に邪魔され制限を受ける人生ならばやりたい事などない。だから自分がモテるのを利用して人を不幸にする事が趣味にしてしまった。簡単、簡単、非常に簡単。例えるなら人を誘導して落とし穴に落とす事。それでその人の人生めちゃめちゃ。今までコツコツと積み上げてきたもの。十年から数十年。それが一瞬にして瓦解。その後の不幸になった人の顔を写真に撮ってアルバムにしていたそうです。なる前の顔も撮って。タイトルは『前後』というものです。幸せ一杯で笑みを振り撒いていた人がある日を境に地獄みたいな顔をしている。その落差が面白かったのです。その事が原因で自殺した奴もいたという事です」
彼の言う事を殆ど聞いていなかった。満生が気になったのは目の前で動く自分の体。まるで昔撮ったビデオカメラのを見ているかのような感覚。自分が動いている。だが、今の自分とは決定的に違う動きをする。自分であるのは分かってもそれが自身と一致しない感覚。
「そんな彼でも。一度だけミスを犯してしまったのです。たった一つ、決定的なミス。それは一人の女を妊娠させてしまったということです。普通なら何とかして子供をおろさせるように仕向けてみましたが、相手が悪かった。その女自体は普通の女性でしたが、その父親がヤクザで、おろさせるなんて事をしたら彼は殺されかねない。友人達も今回ばかりは非協力的でした。それでどうやればこちらに危険が及ぶことなくおろさせるかを考えながらバイクに乗っていたら事故って命を落としてしまったのです。なんという愚かなバッドエンド。これで私の創作話はおしまいです。ご静聴ありがとうございました!」
パチパチパチパチ
男は、話し終えて拍手していた。
「どうでしたか?是非とも感想を聞きたいです。恐らく、この創作話を話すのは最初で最後でしょうからね」
「うるせぇぇぇぇ!!良いからその体を返せって言っているんだ!」
お互いに相手の話を聞かず自分の言いたい事しか言っていなかった。
「そうだ。先ほど言った平均以上って話。人生において平均以上って良いんですよ。ちょっとオシャレに気を遣えば女なら誰とでも気兼ねなく付き合うことが出来るのですから。バカ共が群がってきたり、本命の女の子が出来たときに俺に気を遣ったりする事もありません。これがブサイクだとそうは行きません。顔が悪いだけでこちらを鼻にもかけないような女もいますから。カッコ良すぎもせずブサイク過ぎもせず・・・後、人間関係も良い。友達も少ないようですから、昔の事を言ってくるような奴もいないでしょう。学歴も標準以上ですから少しの頑張りで融通は利くでしょうし、前、経験したホストのノウハウを使って人を介して偉くなるのも容易でしょう。何とも私の人生は明るい。そうは思いませんか?」
「ふざけんな!俺の体はお前の自由のために用意したもんじゃねぇ!」
「ですが、無駄にしていたのではないですか?せっかく、生まれてきた体なのに。勿体ない。勿体ない。だから私が有効的に使ってあげますよ」
「それは俺が決める事だ!お前がとやかく言う事じゃない!力ずくで体を交換させてもらうぞ」
「次に肉体を交換したくない第二の要素。肉体交換機は現時点でもまだテスト段階にしか過ぎないのです。だから毎日のように身長や体重、血圧や脂肪率。ありとあらゆる肉体のデータ収集を行っています。ハッキリ言って何時、失敗するかも分からない状態です。ひょっとしたら現時点でも失敗しているかもしれない。その精神的か肉体的症状が出るのは何年か・・・何ヶ月か・・・はたまた明日か・・・いや今にも体に異変が生じるかもしれない。そんな危険な機械にまたかかるなんてバカがいると思いますか?そのテストが完了し安全が保証されるまで一体どれぐらいの月日がかかるか分かったものじゃない。そんな状況であなたにこの体を差し上げる事は出来ない。私はこの体に非常に満足しているのですよ!それを厚意で態々、危険を冒してまで譲るなんてバカは誰もいないでしょう。増してや自分の体にはもう戻れないとしたら?」
彼の事情というのも尤もの事だろう。
「そして、体を交換したくない理由の3つ目の要素。これが一番です。私は病院の方々を信用していません。彼らは肉体を皿か容器の一つぐらいにしか考えてないのですから。あなたの件もありますしね。寝ている間に体を勝手に換えられたなんて事になったら敵いませんよ」
一見するとただの馬鹿で人を陥れる事を楽しんでいるだけに見えて冷静に物事を見ているようである。だからこそ、他人をハメる事が出来たのだろう。

「てめぇ・・・」
「ふぅ・・・始めてです。今まで心の奥底に仕舞い込み、言いたい事を全て言わなかったのですが、今日、胸の痞え(つかえ)が取れました。こんなに気持ちのいい事はありません。さて、あなたには非常に心苦しいのですがご退場願いましょうか?」
話し終えて満足そうな顔をして満生をにらみつける。
「退場だと?」
男は冷たい言い方をした。
「当然でしょう。私のシナリオを知っている人間がいては厄介ですから。私はこのシナリオをもっと高めて発表するつもりでいるんですから・・・ですからあなたの存在は私の行動を妨げる要因になりえます。あなたが誰にも言わないと誓ったとしてもその可能性は残ります。嫌なんですよ。不安材料や障害や悩みを抱えたまま生きるというのは・・・だからそれら全てを払拭する為にあなたにはここにいてもらっては困るのです」
「体をもらっておいて、もらった相手には死ねか!お前!!」
「さてそろそろあなたの妄言に付き合うのはやめにしましょう。私は市川 満生なのです。これからも・・・ね・・・」
「飛んだキチガイだな。お前。だが、それを聞いて安心したぜ」
「安心?何に?」
「これで俺も何の気兼ねもなくお前の魂を殺してその体に戻る事が出来る!お前の魂がどうなろうともな!」
「フッ・・・出来るんですか?あなたに?」
「当たり前だ。その体のことを一番知っているのはこの俺なのだからな!」
満生はソウルフルを持っていた。それは、小屋で一道たちを襲ったものである。元気に思わぬ反撃を食らい怪我をした際にかなりの重さを持つソウルフルを邪魔だと思い、逃げる最中に投げ捨てたのだ。それを探し出し、拾ってきたわけである。
「これでお前を撃ち抜いて、魂を消し、俺はその体に戻る!!」
「それは多分、無理です。何たってこっちには・・・」
置いてあった部屋の荷物の中を漁ると何とマシンガンが出てきた。
「そ、それは・・・」
「私の趣味ですよ。沢山あるので自宅から持って来ました。何かと使えそうですが大きく邪魔なのでロッカーとかに隠しておいているんですけどね」
マシンガンと言っても勿論、本物ではない。ただのモデルガンである。しかし、満生は趣味で銃を取り扱っていた。そして全ての銃に威力を上げる為に改造を施していた。人間を殺傷するほどはないが、かなり威力は上がっており、狙って撃てば小動物ならば殺傷する事も可能であり、人間の耳などの体の薄い部分であれば貫通するほどの威力を持っている。当然、違法である。それでも楽しくて仕方なかった。
「私と戦うなんて辞めておいた方がいいですよ。痛い思いをするだけです。黙ってソウルフルだけを受けていただければいいだけです」
ソウルフルは、魂を飛ばす事だけを重点に置かれた代物であった。1発しか装填できず、重く、大きい。まだ武器として利用するには発展途上であった。小屋の時のように隠れて狙撃するならばそれでもいいがこの現状のように近い所で向かい合って使用するのは向いていない。しかも、弾速は元気やニックがソウルドで打ち返したように決して速くない。良くみれば避ける事も十分可能であるのだ。ただ、威力は高いので一撃必殺を狙うのであれば勝算がないとは言えない。
「うるせぇ。やるって言ったらやるんだ」
「分からない人ですね・・・」
「始める前に、一つ確認しておきたい事がある」
「何です?」
「お前の本当の名前を教えろ。市川 満生ではなく、お前の元の名前だ。お互いどちらかを殺すのだ。名前ぐらい教えてくれても良いだろ?いつまでも名無しのままじゃこっちとしても締まねぇんだよ」
「・・・。分かりました。それを言えばあなたも満足するのですね」
「そうだ!早く言え!」
「私の名前は・・・」
観念したかのように目を瞑り小さく頷く。そして、男はこう言った。
「何、理解不能な事を言っているんだ。タコ野郎がぁッ!俺は誰が何と言おうと市川 満生だ!他に名前などねぇよ!!」
今までの丁寧な言い回しを一切感じない口汚い言い回し。これが彼の本性だろう。
「ぶっ殺す!」
満生はソウルフルを持って接近した。当然、男の方もその対処をする。
パパパパパパパパ!!
マシンガンからBB弾が発射される。弾は見えても人間が見て避けるような時間はない。
「ぐぐっ!」
手足に当たる。痛いというよりは痺れその物が全身に広がって来る。かなりの連続であるから痛みに耐え切れず少し下がり、山積みのダンボールの影に隠れた。
「どうです?私、市川 満生が改造した銃の味は?あなたもマニアならガンマニア冥利に尽きるんじゃないですか?」
「お前ぇ・・・俺が改造した銃を使いやがって・・・」
「改造したのは市川 満生ですよ」
「ぐぅぅ・・・」
ここで挑発に乗ってはいけないと思って、まだ隠れている。もし相手が焦って来て、近付いてくればそこで反撃するつもりである。
「そんな所に隠れていて良いんですか?今度はソウルフルを撃っちゃいますよ」
完全に忘れていた。彼はモデルガンの他にソウルフルも持っていたのだ。慌ててダンボールから飛び出す亮。自分が使う分だと利用するのに逆の立場だとコロッと忘れてしまう。何とも間抜けな動きであった。
「ハッハッハ。なかなか良い動きですよ」
『野郎。遊んでいやがる。くそっ!』
笑いながらこちらを見て立ちあがった。そして、こちらを見下すように話し始めた。
「ハッハッハ。それにしても私、今まであまり笑ってこなかったみたいなんですよね」
何でこんな時に笑う事を言ってくるのか分からなかった。しかも正常に考えれば明らかにおかしな言動であった。
「今みたいに笑う時、口元が引きつってしまうんだよな~」
確かにピクピクと口元が痙攣するかのように引きつってしまっている。
「でも、いいです。すぐ慣れますから」
「お前ぇぇぇぇ!」
満生は走り出した。男はそこへ当然のようにマシンガンを構えた。いくら怒っているといっても次も同じように対処される事は分かる。だから、今度は変えなければならなかった。傷口がズキズキと傷む。立ち止まりたい衝動に駆られるが構っていられない。そこに自分の体があるのだから・・・
バッ!
満生は肩にかけるようにしていたソウルフルを投げた。
「バカな!?唯一の武器を!」
床に跳ね返りソウルフルは滑るように男の方に跳んでいく。男はそれを避けた。その瞬間に激しい衝撃と共に後方に吹き飛んだ。
「ぐぁ!」
倒れて転がる男の視界が暗くなった。目の前は満生の姿でいっぱいになった。どうやら満生はソウルフルを避けてバランスを崩した満生にタックルをかけ、倒れた瞬間に彼の腹に飛び乗ったのだろう。
「もう諦めろ!お前の負けだ」
満生の頬から幾筋の血が垂れていた。良くは見えないがBB弾がめり込んでいる事だろう。それだけ満生に対して弾を撃ち込んだ。その顔は壮絶であった。手で喉元を押さえつけられ、身動きが取れなくなっていた。
「ちぃっ!抜かった」
「俺の体と交換しろ。要求はそれだけだ」
「呑めないね」
「何だと!このまま絞め殺したっていいんだぞ!」
「やれよ」
「お前!俺は本気だぞ!」
「やれって言っている!」
「く・・・」
完全にマウントポジションを取られているのにまだ抗弁する男に満生は苛立っていた。
「にぃ!」
男の表情が歪んだ。満生は有利な状態でありながら何も出来ないでいた。その隙を突かれ自由が利いた左腕を動かし、その拳を満生の顎に叩き込んだ。
「うっぐ!」
左腕で倒れながら殴った為、それほど強くはないが満生にバランスを崩させる事に成功し、そのまま、起き上がる事が出来た。満生はそのまま後ずさりし、尻餅をついた。
「ちょっと試してみたらあまりにも予想通りの展開で笑ってしまいましたよ」
「くそぉ・・・」
「何故だか分かりますか?簡単な事です。あなたはこの体が欲しい。それで内心、出来れば無傷で取り戻したいと思っているのでしょう。それが戦いを消極的にさせているのですよ。殴れないとなれば頼りはそのソウルフルのみ。こちらはソウルフルやパンチやキックの肉弾戦、そして、家にいくらでもあったモデルガンを使える。これほどの条件の差があってあなたが勝てる要素などない皆無なのです」
分かっていた事だがそのように言われると非常に悔しいものだ。男は満生が持っていたソウルフルを持った。
「では、俺の幸福の為に・・・死ね」
カチリ
トリガーを引いた。しかし、ソウルフルはピクリとも反応しなかった。何度かトリガーを引くがやはり何の反応もない。
「ハッハッハ!お前、使えないという事を知っていたのか?脅すのが目的だったのか?どちらにしてもお前は始めから俺を殺す事なんて出来やしないんじゃないか!ハッハッハ!」
「殺す。何としてもお前は・・・」
「顎を殴られて夢でも見ているんじゃないのか?不可能な事を口走るようになってしまっては・・・」
「お前だけは・・・」
そう言った瞬間に男は自身が持っていたソウルフルを発砲していた。倒れている満生に避ける術などなく、わき腹に命中していた。非常に深い。致命傷であった。だが、即死というほどではない。大量の魂を放出していた。
「私は物分りの悪い奴は嫌いなんですよ。それにしてももう少し黙っている事を知っていればもう少し長生きできたのに・・・たった数分だけですけどね。それにしても自分の魂が自分の体によって殺される。こういうのって自殺とでも言うんでしょうか?ハッハッハ!」
このようなケースは恐らく、人類史上初だろう。彼は、もう自分が元から市川 満生の体だったという事を演じるつもりはないようだ。
「死ぬ時の苦悶の表情を見てやりましょうか?あなたからすれば自分を見ながら死ぬ。鏡を見ながら自殺するという所でしょうか?鏡の中の顔は笑っていますがね」
その瞬間、男の左足に鋭い痛みが走り、立っていられなくなり倒れ込んだ。
「ぐっ!?こ、このバカがぁ!自分の体だと言う事を忘れたのか?」
満生はポケットから折りたたみ式のナイフを取り出し、男の足に刺したのだ。おびただしいほどの出血であった。
『だが、お前はこれで終わり・・・そして俺には明るい未来が約束された。お前をモデルガンで撃ったのも今、刺されたからって正当防衛が成り立つからな・・・ハハハ・・・』
持っていたハンカチで出血している辺りを押さえた。
「ん?アイツ!?逃げたか?」
すぐそこにいた満生がいなくなっていた。どう言う事だと周囲を見回した。
「何だ・・・そこで何をしていやがる」
満生は立っていた。しかし、魂を噴き出しているような状態だから目はうつろであり、自分がどうなるのかさえも分からないかもしれない。
「お前は・・・お前は殺す・・・」
「元市川 満生君・・・君には感謝している。苦しまずサッサと死ねよ」
満生は立ち上がって言っているが全く明後日の方向に向かって話していた。放置していてもその内、倒れて終わりだろうがこのような男を見上げている事になっているのが気に入らなかった。だから足を刺されて激痛が走るもののゆっくりと立ち上がろうとした。ふらつく満生が倒れ掛かってきた。
「おっ」
足を怪我していたので避けることは出来なかったが仮に足が正常であったとしても避けるつもりもなかった。もはや意識を保つ事が出来ない満生が圧し掛かってきた所で何になるのかと言うところである。もうナイフを振るう力も残っていないだろう。
だが、満生と共に崩れ落ちる男には倒れるまでのほんの1秒程度がこれほどまでに長く感じられる事はなかっただろう。
『ふん。これから、この体の過去を知る者は誰一人としていなくなる。仮に知っている人がいたとしてもそいつに相槌を打ったり、適当にとぼけたりしていけばいい。それぐらいの事はやってのける自信はある。これからどうやって生きていこうか?人間関係を築くのは容易い事だから、それで偉くなり、後は綺麗で使い勝手の良い女をそばにおいておけば良いか?後はその場その場で対応していけば良い。なぁに、俺の手腕があればそれほど困る事は・・・ん!』
将来のことを考えていると、目の前に見えてきたのは鉄製の小さな棚であった。どう考えてもそこに顔をぶつけるだろう。
『ちょ・・・ちょっと待て!あんなものに顔を強打したら痛いぞ。鼻血も出るかもしれない。くっ!体は動かない!俺の意識が飛躍しすぎているのか?ダメだ!避けられない!』
非常にゆっくりと迫る棚。その直後、彼は更なる事実を気付いてしまった。
『何だ!こ!このままではあの棚の角にぶつかるではないか!やめろ!やめろ!誰か!誰でも良い!何でもいいんだ!止めてくれ!俺の体を!誰か!』
ゴグッ!
鈍い音。その直後、スローモーションが解けた。男の意識はすぐになくなっていた。尖った棚の角に自分の体重+石井 亮の体の体重分なのだ。100kgを超える重さがこめかみに集中する。しかも倒れるスピードも乗って・・・もはや強打というレベルではなく突き刺さるというほどだっただろう。
バタッ!!
「あ・・・ああぁぁ・・・俺の体。返せ・・・」
満生は自分の上に重なるように倒れていた。頭が以前の体の背中辺りにあった。びくびくと体は痙攣するように震えていた。満生は構わず、這うようにして動くが体は既に思うように動けなかった。自分の動ける範囲で自分自身を確かめるように触っていく。背中、肩、腕、そして手。ギュッと右手を握った。温かい。それをひっくり返してみた。それは見覚えのある自分の手であった。皺もほくろも指紋もまた全てが自分のもの。
「お、俺の・・・俺の・・・俺の・・・手ぇ・・・」
自分の手を重ね、満足そうに微笑んだ。溢れる自分の血に浸りながら石井 亮の体の中の市川 満生という男の魂は力尽きた。

The Sword 最終話 (10)

2011-02-10 19:43:13 | The Sword(長編小説)
「提案がある。君達、ここで港君を連れて帰ってはくれないかねぇ」
「ここまで来て帰れ・・・ですか?」
「そうだ。動けないみたいだから肩を貸してあげればいい」
「その瞬間を狙って攻撃するつもりなんじゃないですか?」
「私だってそこまで外道じゃないよ。私が提案したのは君達の利益を考えての事さ。これから先まだまだ病院関係者が控えている。まだ半分も来てないよ。しかも私もコレという切り札を持っている。その上で彼のように自分を傷つけてまで戦う理由は」
「やると言ったらやるの!!」
悠希の一言に根尾は呆れ顔を見せながらも静かに頷いた。
「分かった。君達自身、人生捨てる気で来ているんだろうからな。では、まず人質交換をしよう。今のままではどちらも動けないだろう」
「分かりました。ですが、ソウルフルで港を狙うって事は」
「しないよ。身動きが取れない奴を撃っても自慢にならない。おかしな挙動を見せたら別だけどね」
ソウルフルを港に向けながら後ろに行く。港が壁に注意しながらゆっくりと港に近付き何とか港のところに辿り着くと神村を解放した。神村は根尾のところに歩いていく。
「すみません。私が足を引っ張ってしまって」
「あなたは赤ちゃんを人類の財産をその身を挺して守ったのでしょう。それで十分ではないですか」
それからボソボソと何かやり取りをしていた。その隙を突く方法もあったが元気も港と話をした。ソウルドの放出は少なくなっているが気分は悪そうである。
「すいません。せっかく来たのに殆ど役に立てず・・・」
「3人も倒したんだぞ。俺達にとっては上出来じゃないか?」
「いえ、俺が倒したのはニックって人だけで後の二人は同士討ちです」
「同士討ち?何にしてもお前は結果的に4人を相手にして3人倒したのだ。十分すぎるだろう。それで、お前自身、大丈夫か?」
「悔しいですがまともに戦う事はもう無理です。今の俺はただの足手まといですからヤバくなったら構わず見捨てて下さい」
「ああ。悪いがそうさせてもらう。その時は・・・許せよ」
元気は複雑そうな笑みを見せた。それに笑みで返す港であった。
「さて、帰らないのであれば私はここから君達を射撃するぞ」
根尾がソウルフルを構えた。前後にあるというソウルド発生器。ここはもうやられる事を覚悟で飛び出すしか方法はなかった所であった。
「うわぁぁぁぁ!」
「何だとぉ!?」
なんと、港が雄叫びを上げながら立ち上がったのだ。
「そんな!信じられん!」
「立てる訳がない!喋るぐらいが精一杯の重傷を負ったはずだ!」
根尾と神村が驚いていると港は、まるでそのまま倒れ掛かるかのように前のめりで体重に身を任せた感じで歩み始めた。
『これで発生してくれれば剣が見える2人に配置場所が分かってとって有利になる・・・少しは人前でカッコつけないとなぁ・・・』
そのまま、根尾と神村の手前で倒れた。
「うぉっ!」
あまりにも気が動転していた根尾は手にしていたリモコンのスイッチを反射的に押していた。だが当然、既に1度使ってしまった発生器は何の反応も示さなかった。
「やぁぁぁぁ!」
それを見た悠希は飛び出していた。発生器のトラブルか何かただ単に重傷の港が相手だったから押さなかったのか分からなかったが港が飛び出したことで勢いづいたのだ。
「くそっ!」
根尾は自分の凡ミスを呪った。こんな事ならリモコンなどに頼らなければ悠希を撃てたと・・・リモコンを捨てすぐに悠希にソウルフルを向けようとしたが間に合わない。非常にゆっくりとした時間が流れる。やられると思うが自分と悠希の間に神村が出てきた。盾になってくれると思った。
バシィッ!
「つッ!!」
しゃがみ込む悠希。何が起こったのかと言えば、神村が先ほど港がこちらに投げつけて、床に落ちていた竹刀を拾って悠希に打ち込んできたのだった。
『剣道の授業を真面目に受けていたのがこんな所で役に立つとは・・・』
剣道等が全く素人の悠希には神村を倒す事が出来なかった。
「この尼ぁ!」
「悠希ぃ!」
神村は更に竹刀を悠希に向けて振り上げた瞬間であった。元気が神村に向かって飛び出した。ソウルドを使えると同じ剣の形状をしたものを見ると殺傷するものだと認識が植えつけられてしまうのかもしれない。元気は悠希の危機と思い飛び出したのだ。
『バカめが・・・竹刀で打ったぐらいでは人はそう簡単に殺せないというのに・・・』
冷静な根尾は元気にソウルフルを向けた。打った後はすぐに再装填してしゃがみ込んだ悠希を撃ってそれで勝利だと思った。
「ぬぅっ!」
神村は元気の方を見て、声を漏らした。元気のソウルドは神村の胸に突き刺さり、そのまま横に流れた。
「ふっ・・・」
根尾はニヤリとソウルフルのトリガーを引こうとした。だが、その瞬間に、何と港がソウルフルを力ずくで押さえていたのだ
「離せ!離せ!この屑がっ!」
奪い合いが始まった。しかし港は既に怪我を負っていた。無傷の根尾に力で勝てるわけがなかった。左手で港の顔を殴りそのまま力ずくで根尾は港からソウルフルを奪い取った。
「よし!」
軽くなった。どうやら港の手が離れたようであった。勢い余って後ろに飛んで、そのまま壁に激突した。
ドゥッ!
「う!?」
痛みを感じたので自分の体を見てみると何と自分の魂が勢い良く噴出していた。どうやら激突の衝突でトリガーが引かれてしまったようだ。そして銃口は運悪く根尾の腹部に向いていた。
「くそ!」
「く・・・うがァッ!!ハァッ!ハァッハァッ!ハァァッ!くぅッ!」
元気は不規則な息をして全身震えていた。
「始めて人をやっちまったぁぁぁ」
「うっ・・・アンタ・・・今?大丈夫?」
悠希が手首を押さえながら近付いてきた。神村と根尾の事は構わずまず元気のところに行った。
「俺の事は良い。2人は、どうなったんだぁ?」
元気は、震えていて体の位置を変える事も出来ないようだ。悠希は二人の様子を見る。
「天才が一人でも生きるんだ。天才の天才による天才の為の天才だけの世界の実現を・・・」
神村は遠い目をしていた。かなり斬られておりもう助かるまい。一方の根尾は・・・
「くそ・・・何故こんな事に・・・こんな・・・」
誤射してしまってそれが自分に当たるなどというミスを犯してしまい、気が動転しているようだ。
「くぅ・・・やはり俺はつくづくダメダメだなぁ・・・何もかも詰めが甘くて小さなミスをする。くそぉ・・・情けねぇなぁ・・・」
根尾は涙を流しながら意識を失っていった。
「2人はもう・・・」
「そうか・・・はぁ・・・お前腕は大丈夫か?」
「こんなの怪我のうちに入らないよ」
そうは言うが悠希の手首は青く痣になっており、やや腫れていた。
「ふぅ・・・そうか?」
「つっ!」
少し触ってみると悠希は痛がった。
「無理しやがって・・・いてぇんじゃねぇかよ。痛いの痛いのとんでけってな。生憎、包帯やタオルは持っていないから気持ちだけで我慢してくれ。唾は嫌だろ?」
「・・・」
「港。お前のおかげで何とか切り抜けられたぞ」
既に港は気絶しているようであった。
「さて・・・行くか?まだ先はある」
「うん」
流石に、港をそのまま放置する訳にはいかなかったので4人倒れているところから離して寝かせて港の竹刀もそばにおいてやって元気達は5階への階段へと向かった。

満生は自分の体を追ってとある部屋に入った。そこは427号室。「死にな」という風に読めるので病室とは利用されていなかった。小さな倉庫と言うところで色んな資材が置いてある。
「ようやく追い詰めたぞ!早くその体を返しやがれ!」
「全く、何を言っているのか分かりませんね?体を返せって・・・あなた、頭、大丈夫ですか?良い先生を紹介してあげましょうか?」
満生の体の男は冷静である。満生をわざわざ指で頭を突いて見せて挑発した。
「頭がおかしいのはお前だろうが!勝手に俺の体を使いやがって!嘘を言うんじゃねぇ!」
「だからコレはずっと私の体です。訳の分からない言いがかりをつけないで下さい。そんな事を言って信じてくれる人がどこにいるのです?」
「ふざけているな。お前・・・自分の名を名乗れぇぇぇ!」
「分かりました。言えば良いんでしょ?言えば・・・はぁ・・・私の名前は市川 満生です。産まれた時からずっと市川 満生です。これで満足ですか?」
悪びれる事なく本人を前にしていけしゃあしゃあと言ってのけた。
「こ、殺すぞ!!お前ぇぇぇ!」
何故この男が元本人を目の前にして見え透いた嘘をつくのかが分からなかった。その喋り方と良い、笑い方と良い、間違いなく目の前にいる自分の体の心の男はこちらが市川 満生である事を知っているような口ぶりであった。
「おお。怖い怖い。事実を言っただけなのに殺すだなんて物騒な事を・・・」
「俺が市川 満生だ!誰が何と言おうと市川 満生だ!!」
「そうですか。では、どこにそんな証拠があるのです?顔も血筋も戸籍もあなたが市川 満生だという証拠はありませんよ」
「あるさ!右手の小指に傷跡があるはずだ!それは子供の頃、工作で怪我をしたものだ!ってお前、そこで何をしている!」
何と男はメモを取っていたのだ。止まって満生の方を見てこういった。
「続けてくださいよ。面白い話だなってメモっていただけの事ですから・・・はい。どうぞ。他に何か面白エピソードがあれば知りたいところなのですが・・・」
「なめんじゃねぇよっ!!」
「もう終わりですか・・・もっともっと知りたかったのに・・・どうやらあなたはどこかで頭を打って少し記憶が錯乱しているみたいですね。なら、良いお医者さんを紹介してあげますよ。きっと全てが直ると思いますよ」
メモ帳を胸ポケットにしまいながら市川 満生を演じようという男の姿勢に満生の全身が震え始めた。
「分かりました。分かりました。ちょっとだけあなたの妄想癖に付き合ってあげましょうか。私の体が君の体だったと言う設定でね」
完全に彼の中でシナリオが出来上がっているようであった。コホンと一つ咳払いをして話し始めた。
「あなたには感謝しているんですよ。元(もと)満生さん。良くぞこの体に仕上げてくれたってね」
「仕上げただとぉ!バカか?お前は!!」
言われてニヤリと笑う男。不気味であり、どこか楽しんでいるかのようであった。
「ここからちょっと長話になりますけど、よく聞いておいてくれますか?」
満生の話など聞かずその男は勝手に話し出した。
「聞くか!そんな話!」
それでも男は満生の話を聞かず話し始めた。
「一人の男が事故を起しました。不幸な事故です。ボーッとバイクを運転して、左折しようとした時に小学生が飛び出してきたのです。その人は咄嗟に避けようとハンドルを切るとそこにはガードレール。かなりのスピードを出していた為に激突して吹き飛ばされました。その瞬間、世界は止まって見えたそうです。体は宙に浮き、ゆっくりと迫る看板。ぶつかる!って時になって時間の早さが戻り激しくぶつかりました。その直後、彼は気を失ったのです。再び目を覚ますと何と不思議な事に無傷。自分は死んだのかと思って頬をつねったり顔を触ったりするとちゃんと痛かったり触られたりしているという感覚があります。生きているのに不思議です。ですが、その直後、気付く事になります。これは自分の体じゃないと・・・その認識の通り、鏡で見るとそこには何と別人の顔がそこにあったのです。そこは病院であったので周囲の人に聞きました。これはどう言う事なのかと・・・そうしたら先生は答えました。『落ち着いて聞いて欲しい。最善を尽くしましたが残念ながらあなたの肉体は死んでしまった。だからその体で生きて行って欲しい』と。それから別人の体になった彼は次第に自分に起こった事を理解し、今に至ると言う事です。どうです?私の創作。なかなか秀逸でしょ?事故後、目を覚ましたら別人になっていたって話。これから後々、面白い話が出来ていったら大ベストセラー間違いなしって気がしませんか?」
不自然なぐらいにニコニコしていた。本当に楽しそうであった。
「バカか!お前は!そんな話はどうでも良いから俺の体を返せって言っているんだ!」
「返す?ではその後、私の魂はどうするんですか?」
「この体を使えば良いだろうが!この体の持ち主の魂は死んでいるんだからな!そうすれば全てが丸く・・・」
「嫌ですね」
満生の話を遮って即答した。
「な、何だと!そっちの体よりもこっちの体のほうが良いだろうが!顔もカッコ良いし、何より親が有名ゲームの製作に携わっていて金銭的にも困らないんだぞ!何一つ不自由などないのだぞ」
「不自由がない?では、あなたは何でわざわざこの体になりたいのです?そっちの方が良いんでしょ?」
「言っただろうが!状況が良かろうが悪かろうがその体の持ち主は俺だ!それを返してもらう事が悪い事か?」
「もう少し余裕を持ったらどうですか?じっくりその体を楽しんでいればそっちの体の良さが分かるかもしれませんよ。石井 亮さん」
「うるさい!お前の指図など受けるか!その体は俺のものだ!他人が動かすなど俺には耐えられない!」
「だから、そういう感情は今だけですよ」
「お前こそ、何でその体に執着する!元の体はもうないんだろ!だったら返せといっている俺に返して、お前はこの体に換われば済む話だろうが!」
「この体が私にとって理想の全てを兼ね備えたパーフェクトボディだからです。換わるなんて事は考えられません」
「パーフェクトボディ?」
エステのCMに出てきそうな単語に困惑した。
「何と言っても、全てにおいて平均よりちょっとだけ上。顔と言い、経歴と言い、全てが平均よりちょっと上。私にとって最も理想的な状態です。」
「何が最も理想的な状態だ!不自由な事はいくらだってある!」
「不自由なのはあなたの使い方に問題があったのではないですか?何事も平均的というのが一番動きやすいんですよ。何事も良くなればなるほど動きに制限が生まれてくる。未経験のあなたには分からないことなのかもしれませんが・・・」
「未経験?何のことだ?」
「そうですね。例えば時速50kmの速度で走る車と時速100kmの速度で走る車の2つがあって圧倒的多数の人が時速50kmを所持しているとしましょうか?50kmの車を持っている人からすれば100kmの車を欲しがるでしょうね。当然、速いんだから・・・ですけど、実際100kmで走ってみると走りにくい事この上ないですよ。何たって周りは50kmの車ばかり。100kmを出せば周りの車が遅すぎて追突する可能性が高いんですからね。結局、スピードを落とさざるを得ず、本領を発揮できるのは同じ時速100kmの車が多い道路か車通りの少ない直進道路程度です。人の集まるところでは100kmなんて無用の長物なのです。それなのに遅い車を持つ奴らは早い車に憧れを持つ。時には嫉妬する。だからせいぜい60kmなら誰も見向きもしませんから好ましいのです。分かりますか?」
「分かるか!知るか!人を見下したいだけだろお前は!」
こちらを馬鹿にしているとしか思えない態度。満生には耐えられなかった。
「では、また別の創作話をしてみましょうか?あなたさっきご自分の体はカッコいいって言いましたよね?」
「鏡で見れば誰だってその体よりこっちの方が良いに決まっている!」
「そうです。誰だってそう言うでしょうね。客観的に見れば本人含めてそう思うでしょう。この日本に一人の男の子がいました。その子は普通の男の子です。運動が出来るわけでもなければ勉強が出来るわけでもなければ他人を笑わせるほど面白いわけでもない。ただ、ちょっと違う事があるとすれば何をせずとも女の子を惚れさせるほどカッコ良かったというだけです」
男は長い話を始めた。一人の少年の生い立ちという風に話した。笑ったり、おどけてみたり、怒ってみたり、時には身振り手振りを交えた形で話す。それはまるで1つの完成された話を見るかのようであった。


彼は誰もが羨む容姿を持っていた。普通に歩いていればカッコいいと言って女の子が近寄って来るほどであった。勿論、本人だって好かれて悪い気はしていなかった。だが、そこは人間である。調子が悪い時、疲れている時もある。そんな状況に拘わらず女の子達はこちらの事情などお構いなしに好意や心配そう目でこちらに大勢やってきた。彼にとってはそれが死ぬほど鬱陶しくてたまらかなった。
例えば、授業中、先生に指され黒板で問題を解く事になって非常に簡単な問題で間違えた時。彼は羞恥心でいっぱいになり穴があったら入りたい心境なのに、その直後の休み時間の時、女子共がまるで砂糖に群がる蟻のように教えてあげると来たのだ。無思慮な親切心で教えてあげるとか言いながら本当の狙いは好感度アップだけである。彼はかなりの屈辱感を覚えた。彼が最も望んでいたのは教えてもらう事ではなく放っておいて欲しかっただけだったのから・・・彼は人の都合などお構いなしにずけずけと人の心に踏み込もうとする糞みたいな女達に唾すら吐きかけたかった。そんな事が毎日のように続けば誰だって怒りたくなる。ましてや子供である。それがある日、遂に爆発した。
給食の時であった。その日、嫌いなピーマンが出た。彼の嫌いな献立は既に筒抜けだからまた女共が近付いてくる。それで頼みもせずに人の嫌いなピーマンを食べ始めたのだ。それは良かったのですが担任にバレてしまい、放課後呼び出され、担任はこう言った。
「お前は嫌いな物を女の子に食べさせるような事して嫌な事を済ます卑怯な奴だったのか?」
彼は否定したが先生に信じてもらえず最終的に『ごめんなさい』と謝った。
次の日、その女の子は会って早々にこう言った。
「昨日はゴメンね。今度は上手にやるから」
彼は無言で女の子を殴った。殴り続けた。その女の子は涙を流しながら
「何で!どうして!」
と、繰り返していた。頼んでもいないのに勝手な事をやって怒られて挙句の言葉。彼には耐えられなかった。それでまたその事で担任知られて呼び出された。今回はその女の子と一緒である。女の子も彼に頼まれてやったことではない。自分でやったと言ったが先生は信じなかった。いくら本当の事を言っても
「英里子は優しいな。こんな奴をそんなにして庇うなんて・・・それに比べてお前は・・・恥ずかしくないのか?女の子に庇ってもらって、ごめんなさいも言えないのか?」
そう言って、最後に
「お前、ちょっとカッコ良くてモテるからって調子乗っているんじゃないか」
その事をちゃんと説明できるような頭もなかったから彼は唇をかんで我慢するしかなかった。と、同時に彼は思った。その担任はブサイクであったから自分に嫉妬していたのだろうと・・・彼は担任の微かな嫉妬心を嗅ぎ取っていた。
それから彼のそんな事を通信簿にも『少しカッコいいと言う事で友達と隔たりがあるようです』と書かれていた。両親は二人とも騒がれる事もない普通の顔をしていた。決して似てないわけではなかったのだが、上手い具合に両親の顔のいいところを足したらカッコいい顔が出来上がったのだろう。何故そんな普通の親からあんなカッコいい子が生まれるのかとみんな不思議がった。ある人は
「実の子ではないだろう」
というほどであった。そんな両親だから彼が日々、味わっている苦しみについて経験がなかった。言っても理解してもらえなかった。彼に惚れて迷惑など考えない馬鹿女共にこの辛さがわかる訳などないし、男の友達に言ったとしても
「何を言っているんだよ。お前は何もしなくても女にモテる癖に、それが邪魔臭いだと?」
と、友達からも反感を買ってしまう。
『誰が好き好んでモテているものか!』
彼の心の中の叫びであった。
1年の行事の中で大きい事といえばバレンタインデー。彼は20個以上も手作りチョコをもらった。勿論、一人が1日で食べられる量ではない。そんな彼の過酷な状況を知らない女子はチョコを渡したのは数人ぐらいだけだろうと思い込んで感想を求めて来た。どれが誰のだなんて正確に覚えているわけなどなかった。それで、間違えたり他人にあげたりしようものならば酷いと言って来た。彼は孤独だった。誰に何を言っても同意を得られなかったのだから・・・
全て『贅沢な悩み』として一蹴される。そんな彼に決定的な事件が起きた。
好きな子が出来たのだ。それはハッキリ言って誰から見ても可愛い訳でもない目立たない地味な女の子だった。彼に興味がないのか付きまとうバカ女みたいに露骨に近付いてくるような事はしなかった。その女の子はいつも本を読んでいて、成績はそんなに良くないのだけど、日直や掃除や委員会の仕事を真面目に取り組んでいた。あまり見たことがない女子の姿であったから新鮮に映ったのだろう。ある日の放課後に図書室に行ったら彼女は図書委員という理由で残っていた。他に誰もいなかったから丁度いいと思って告白した。すぐに喜んで受け入れてくれると確信していた。今まで、モテ続けてきたのだ。受け入れられるのが当然と思い込んでいた。だが彼女は意外にも怒った。
「からかわないでください」
と・・・。
彼は意味が分からなかった。
「本気だ」
と言っても信じてもらえなかった。その時のショックさは忘れる事が出来ないだろう。モテる事に関しては飛ぶ鳥を落とす勢いを持っていた彼がまさか断られるとはと・・・でも、それは誤解が招いている事だからと思った俺は、何度も図書室に通いつめた。断られた事により彼女に対しての想いが燃え上がってしまったのだろう。作業があれば手伝ってあげることもあった。続けているうちに彼女もようやく分かってくれたみたいで俺の想いを受け止めてくれた。どうやら、彼女は彼の事が前々から好きだったらしいが自分には魅力がないとか釣り合わないだろうと思ってわざとその気がない振りをしていたらしい。だから、そんな自分が告白されるなんて夢にも思っていなかったからもからかわれているのではないかと思っていたと言った。これで彼は誤解も解けてばら色の恋人同士の青春が始まると思っていた。思っていたが恐ろしく早くに終わりがやって来た。彼女の図書委員の仕事が終わるのを待って始めて手をつないで帰った。若い二人である。そんな淡い行為だけで十分であった。ちょっと照れくさくそれでいてとても嬉しい時間。ずっとこんな時が続けばいいとと想っていた。だが帰りに分かれてから、二度と手をつなぐような事はなかった。それどころか話すことさえも無くなってしまった。
数日後、彼女はパタンと学校に来なくなったのだ。彼女は学校に行きたくないと不登校になった。彼女の自宅を知らなかったが電話帳に何軒書かれている同じ苗字で、家が分かれた方向にあるうちを探し出した。同級生に聞けば噂を立てられるに決まっているからだ。インターフォン越しに彼女の父親が言った。
「お前はうちの子を傷つけた。2度と来るな。来るようなら警察を呼ぶぞ」
彼は訳が分からなかった。だから、理由を知りたかった。いろいろなところから話を聞いて分かった。以前、一緒に帰っているところを目撃した女子が集団になって彼女をいじめたというのだ。彼は笑った。そして怒った。
「何でだ!何でだぁ!学校一モテる奴が一番肝心なところでモテないんだ!!どうでもいい所でモテて!ここぞって時に!こんな不条理な事があるかっ!!」
この出来事を境に彼は転落して行った。もう自分の好きに生きられないのであれば出来る限りで他人の人生をめちゃくちゃにしてやろうと・・・

The Sword 最終話 (9)

2011-02-09 19:39:04 | The Sword(長編小説)

そんな事を考えた瞬間であった。背後のドアがまた開いた。また敵が現れたのかと思った。
「てめぇ!俺の体を返せぇぇぇぇ!」
大声のする方を振り返ってみた。何と、そこには石井 亮がいた。これはどう言う事なのだろうか?頭で整理するのに時間がかかった。
「ん~。すみません。人の顔を覚えるのは私、本当に苦手でして・・・申し訳ありませんが私はあなたの事は覚えにないのです」
満生が亮に対して丁寧に尋ねた。亮はそれで収まるどころか更に怒りを増しているようであった。
「とぼけんじゃねぇ!その体は俺の体だ!誰だか知らんがお前はサッサと出て行け!」
その怒りに満ちた顔を見ればその者が以前、亮の体を使ってやってきた満生本人である事が分かった。やはりあの時と変わらず体を返してもらったわけではなかったようだ。だから目の前には満生の体を使う別人だ。では、別人の方はわざと嘘を着いたと言う事になる。何のためにそんな事が必要だったのだろうか?
「ふふふっ・・・私に用があるのなら個人的に伺いましょう。こちらへどうぞ」
別人は指差す方向は、中央階段ではない全く無関係な所のようであった。
「おい。勝手な行動をするな。戦力は分散させずまとまって対処した方が良い。依然こちらの方が有利なんだぞ」
志摩が冷静に分析した結果を言うと、別人の方は、軽く走りながらそちらの方向に流れながらこう言った。
「私は個人的に彼と話をしたいんですよ!では!」
何と、満生の体をした何者かは逃げるようにして関係者通路から去っていった。それを満生は追う。
「待てよ!勝手にアンタ一人で行くなよ!罠に決まっているだろ!!」
「うるせぇ!気安く声をかけんな!俺はお前達とお友達になったつもりなんてねぇんだよ!」
港の注意に耳を傾けることなく満生は憎まれ口を叩いて自分の体を追って走っていった。

そんな2人のやり取りを全員がみていた。
ダッ!!
港は前に一歩を踏み出した。考える暇など無かった。今はこの不利な現状を打開するにはただ、行動あるのみであった。
「だぁぁぁぁ!」
本当は黙って飛び出した方が更に奇襲としては有効であっただろうが、港自身の萎縮した精神を鼓舞させるには声を出すしかなかった。
「!?」
港が竹刀を袋から出して、一番近くにいたニックの額に打ち込み、こちらにソウルフルを向けようとした根尾のソウルフルを叩いて方向を変えさえ、村中に近付いて額に拳を叩き込んだ。目にも止まらぬスピード。ひょっとしたこのまま素早く立ち回っていれば4人を倒す事も夢ではないのではないかと少し余裕が生まれた瞬間であった。
左肩に以前感じた事がある熱さが駆け抜けていった。バランスを崩した。殴った村中の腕を引っ掛けて2人共々、転倒した。
「ぐぁっ!」
だが、傷はまだ比較的、浅かった。撃ったのは志摩であった。すぐさま、ソウルフルの弾を装填していた。殴られ意識が朦朧としている村中の肩掛け式のソウルフルを奪おうとしていたとき、根尾がソウルフルを撃とうと港に向けた。
「うう!」
こんな事なら、ソウルフルではなく、村中自身を盾にすればよかったと思った。
「アアァァオゥ!」
頬辺りを風のようなうめき声が通過していった。ソウルフルを激しく叩かれ、手が痺れていたのだろう。それに先に攻撃を受けて焦っていたがために碌に狙いが定まらないまま根尾はソウルフルを撃っていたのだろう。港の頬近くを通過した。冷や汗をかいた港はそのままソウルフルを奪い取り、且つ村中を盾とした。その頃には丁度、志摩と根尾のソウルフルの弾の装填が終え、ニックの意識も徐々に戻ってきていた。額がキレたらしく出血していた。
『ソウルフルは一発のみ・・・撃ち時はあの3人が並んでいる時に撃つか?』
「そ、それでも剣道部員か?この卑怯者!」
ニックが抗議の声を上げた。
「違うよ。俺はもう退学させられているんだろうからな。剣道部員ではなくただの卑怯者さ」
自嘲的に言う。これでさっきよりは状況が良くなったと思った。
「甘いな少年。これが竹刀ではなく木刀であれば、先ほどの一撃でニックを頭蓋骨陥没させるのも可能であったはずなのにな」
志摩が冷静に分析して言う。
「俺の目的は人殺しではないですよ。あなた方の魂のやり取りを阻止する事」
自分でいいながら先ほどとは考えている事が違うと思った。
「だから、殺せるときに殺しておく。それが目的達成への最短ルートだろう。生かしておけば何時、再び襲ってくるか分からないのだからな」
「あなた方は目的が同じな同志でしょうが?仲間を捨てるような事を平然と言うのですか?」
「私が君の立場だった時の事を言っているだけの事。現在の私の立場ではないよ」
志摩は情報通りの冷たい男のようだ。一応、そのように言っているが表情はまるで変わらなかった。
「さっきの市川 満生さんの体と魂を見てあなたがたは何とも思わないのですか?」
「かなり強引なやり方であると思うが、魂と肉体の相互関係を知るには必要だよ。魂や肉体は惹かれあうのかどうか、互いを離した時にどのような影響が出るのか今後、肉体の交換等が安全に出来るのかどうかデータ収集の為にはな・・・」
「分かって欲しいとは言わないけど、他にも色々あるし・・・良くある大人の事情って奴だよ。だが、決してこちらだって快くやっている訳ではないよ。心は痛んでいる」
志摩が理由を言い、根尾はその心境を言っていた。
「ニックさんよ!アンタもこの人たちのやっている事は納得しているのか?」
志摩や根尾と言った技術者ではなく、計画に参加し時には被験者として協力しているニックの立場から聞きたかった。
「そ、そんなのは当たり前だよ!当たり前!何、バカな事言っているんだよ」
ニックからかすかに動揺の色が見られた。そこへ港は聞く。
「本当かよ!?アンタだっていつこんな目に遭うかも分からないんだぞ!それでいいのかよっ!アンタだけじゃない!アンタの友達だって!」
「友達?その友達のオーガちゃんを殺したのは、てめぇらだろうが!よくもそんな事が言える!」
よほどその点は憎かったのだろう別のところから責められた。小屋の襲撃の際、一道が斬り殺した大河原の事を言っていた。
「あの状況では仕方なかっただろうが!お前達が傷ついた俺達に対して攻めて来たから武田先輩が勢い余ってやってしまっただけだろ!」
「言い訳するんじゃねぇ!何もかも、お前達は始めから俺達に協力していればこんな事にはならなかった!全部お前達の所為なんだ!」
「何もかもこっちの所為にするんじゃぁッ!おいっ!!」
ニックと港が口論しあっている隙を狙って村中が走り出した。どうやらその時、志摩とアイコンタクトを取っていた様であった。話に夢中になっていた港は急に動き出した村中を抑える事が出来なかった。思わず村中を追うように手を伸ばし走り出した。
「待て!待てよ」
「今だ!奴が無防備なうちに!ソウルフルを!」
逃げる村中は港から逃れられて喜びそのまま志摩達の方向へと走ろうとした次の瞬間表情が変わった。
「まさか!ここに!よしっ!」
「よし?」
港は、村中の快哉の声の意味が分からなかったので足を緩めた。そのまま気にせず走っていたら港は・・・
ドガァッ!!
突如として走っていた村中が転倒した。
「バカがッ!余計な事を・・・」
志摩が呻くように言った。
「いってぇ!!」
少しであるが右手がソウルドに触れた感覚があった。港は思わず後ろに身を引いた。
「酷すぎる・・・志摩ぁぁぁっ。何故、私だけぇ!」
村中はソウルドで斬られたらしく志摩をにらみつけ手を伸ばし、うつ伏せとなってガタガタと震えていた。明らかにソウルドにやられた状態であった。バッと魂が舞い、それが港に降りかかる。見えていないが確かに感じられる魂の声。

『アイツには恩がある。俺にはそれを果たさなければならない。お前を捨ててでもな。だから俺の事など忘れて別の人と幸せになれ』

優しくも強めの声音だった。そして、寂しさも込められていた。交際中の女性にでも言ったのだろう。

「あの村中って人、何故?」
「私とてわからん。どこからか発砲された流れ弾に当たっただけじゃないのか?不幸な事故さ」
「違う。俺が聞きたいのは」
港が聞きたかったのはどういう方法で村中が死んだのかではなく、どういう理由で村中を殺したのかだった。村中の口ぶりを見れば事故ではない事は分かる。志摩はなにやら大掛かりなゴーグルをはめていた。こちらには教えるつもりはないようだった。
「志摩さん!この壁にソウルド発生器を埋め込んだんですか!何故!それを俺達に教えなかったんです!村中さんだって知っていればこんな事にはならずに済んだ!」
ニックが飛び掛るように志摩に聞いた。志摩は表情を曇らせ煩わしそうに聞いているだけであった。
「君は・・・折角、港君を欺こうとしたというのに・・・こんな事で暴露してしまうとは・・・村中君の死を無駄にしてしまう気か?」
志摩はあからさまに不快な顔をした。
「質問に答えてくださいよ!」
「タイミングがずれただけだよ。私とて彼を殺すつもりはなかった」
志摩の手にはリモコンが握られていた。これによって壁内部に仕込まれたソウルド発生器を操作したようだ。そして、それは赤外線レーザーのようにソウルドが村中の体を貫いたのだろう。
「志摩さん。私だって知らなかった事ですよ。下手をすれば私にも・・・」
根尾も周囲を見回しつつゴーグルをつけた。どうやらソウルドを見るための物だろう。
「本当にタイミングがずれただけだ」
彼らのやり取りを見て本当に、仲間として活動している者達なのかと疑問を感じた。
『しかし、どうする?どうするよ・・・』
港は周囲を見回したがそれらしい機械がどこにあるのか分からなかった。恐らく壁の中に埋め込まれているのだろう。壁を透過するというソウルドの特性を利用した非常に有効的な装置だろう。
3人が言い合っているうちに少し考える。港の今使える武器は村中から奪ったソウルフルがあるが撃てるのは装填されている1発と持ってきた竹刀の2つある。ニックはソウルフルを持っていないが、ソウルドが見えるという時点で見えない港より動きやすいという利点がある。ひょっとすれば後ろに発生していて既に逃げ道を塞がれている可能性もある。
『誰か来てくれりゃ・・・地震が起きるとか・・・停電になるとか・・・なんでもいい。俺に加勢するような何か!』
当てもない何かに救いの手を求めるがそうタイミング良く偶然が重なるわけもなかった。
見えない恐怖。ジリジリと近付く敵対する者。その背後に控え戦いを見守る敵の二人。
『やっぱこんな事しなければ良かったなぁ・・・こんな痛い思いをしてまでたった一人で俺は何をやっているんだ。謝ったら許してくれるかなぁ?校長も土下座すればあの時の事を許してくれるかなぁ?みんな許してくれさえすれば明日からまた学校に行っていつも通りの授業を受けて部活をやって友達なんかと下らない事をやって何事も無く毎日を過ごす事が出来るんだけどよ。それが一番だったんだ。戦うったってどうにも出来ないしな』
ゆっくりと後ずさりする港。
「どうしたんだい?逃げる気かい?港君」
「そ、そういうつもりはありません。ちょっと後ろから呼ぶ声が聞こえるような気がしただけです」
それはただのハッタリであった。少しでも動揺を誘おうと思ったが無駄であった。
「私は構わないよ。何故なら君の背後にも発生器が取り付けてあるのだよ。万が一の事を考えて君の逃げ場を完全に封じておきたかった」
志摩がそのように言うがそれは嘘であった。本当に、仕掛けてあるのなら今、逃げる港が装置の前に差し掛かった時に、黙って装置を作動させるのみである。港には見えない。分からないという事で、そのような事を言ったのだろう。逃がさない為に・・・港もそれを無条件に信じてしまうのは無理もない事だろう。
『前門のソウルド。後門のソウルド。ど、どうすればいいんだよっ!』
向こうを挑発してニックなどを近付かせて装置の使用をさせないようにするという作戦を考えたが先ほどの村中を見て、装置のリモコンを握る志摩は仲間がそばにいるから使用を控えるという男ではないと分かった以上、その手は使えないだろう。
「港君の魂はここでご退場を願おうか?」
志摩と根尾はソウルフルを構えた。このまま立ち止まっているわけにはいかなかった。
「くそぉ!一か八かだ!」
先ほど村中が倒れた地点を滑り込むように姿勢を低くして潜り抜けた。
『やった!なんにもならない!』
しかし、浮かれている場合ではない。その前にはソウルドを構えているニック、そしてその後ろにソウルフルを構えた2人の男達がいる。
「まず!!」
港は右手に握っていた竹刀を根尾に投げつけた。
「何!」
根尾は思わず構えているソウルフルの向きを上にして飛んでくる竹刀を防いだ。次の瞬間、港はソウルフルを構え、撃った。狙いは志摩であった。志摩を倒せれば根尾やニックがリモコンを取って操作するまで時間がかかる。それにリーダーが志摩という男なので彼を倒せれば彼らは動揺するだろうと思ったのだ。港の考えはここまでで、後の事は状況に合わせて動くしかないと思っていた。
引き金を引くとカチッというソウルフルの動作している感覚とともにソウルフルを握る手に叫びのような声を聞いた。かすったり避けたりしていたが慣れる物ではなかった。そして、飛ぶ弾は無色透明。志摩がその後どうなるかの様子を見守るしかなかった。
「くぅお!」
そこへ、ニックがソウルドを構えて大きく振ったのだ。まるでバッターがピッチャーの投げた球を打ち返すように俊敏に動いた。港は動きを止めていなかった。止まればソウルフルを持った二人が何時撃ってくるか分からなかったからだ。
「くぅッ!やったッ!出来たぁッ!!」
ニックが表情を歪めた。どうやら撃ったソウルフルの弾を元気がやってのけたのと同様に打ち返したようだ。そのまま前に進むと、志摩の動きに変化は無かった事で証明された。リモコンを握る指がかすかに動いたように見えた。
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
肩にかけていたソウルフルを投げつけるような動作をした。志摩がニヤリと笑った。そのままつっこめばソウルドに当たると思ったのだろう。だが、事態は思わぬ方向に動いた。
ビュゥ!
「ここかよ!」
ソウルドが微妙に港に当たる。だがその時にソウルフルの肩掛けを反対側にいた志摩に引っ掛けようとしていた。だが、そこにあったのは先ほど志摩をソウルフルから守ったニックの腕であった。
「グッ!」
港は一気に引き込んだ。余裕などない。
「うお!」
ソウルフルの弾を打ち返したニックは少し気が逸れていたので踏ん張る事が出来ず港の方向に引き込まれソウルド発生器によって切断されていた。ニックの魂の声が聞こえた。

『こんな肌の色だから汚れているっていわれるんだ!』
自分のやや褐色じみた肌に小麦粉をまぶして、顔を真っ白にしていた。そしてすぐに場が変わって別の声が聞こえてきた。
『ハッハッハ!龍さん!最高!これだけ俺を受け入れてくれるみんなに会えて俺は最高だ!!』
以前、良く一緒だった馬場 龍之介や向島 将平、そして今は亡き大河原 勝良と一緒で楽しげな声が聞こえてきた。それから場が急転し現実に引き戻された。


ガシャァァァン!
引き込まれたソウルフルが後方に吹っ飛んだ。ニックを倒した港であったがそれでもかなりソウルドが深々と抉られていたようで膝を着いてしまった。体の震えが止まらない。抑える右手がガタガタと言っていた。
「みんな・・・死にたくないよぉ・・・一人なんて嫌だよぉ・・・」
ニックの魂は上半身を完全に切断されている状態だったので手の施しようがなかった。
「全く・・・たった一人に梃子摺らせる!」
自分を守ろうとしたニックに対して微塵の気遣いを見せなかった志摩はリモコンを床に投げ捨てた。装置は1回、そして10秒ほどしか使えないのだ。それを2箇所に設置していたので、村中の時と今、使用したのでもうリモコンは用をなさないのだ。
「ニック・・・君は・・・君は良くやったよ。志摩さん。感謝してあげたらどうですか?あなたの為に身を散らせたのですよ」
「そうだな。今まで馬鹿なアイツにしては上出来だった。見直したよ」
もはやその声はニックには届くまい。
「さて、そいつにとどめ刺さねばな・・・」
2人は視線を港のほうに移す。
『逃げなきゃ!逃げなきゃ!殺される!』
だが、体が思い通りに動かなかった。立ち上がろうとして、力が上手く入らず転倒してしまった。
「見えないのに良く健闘したよ。いや、見えないからこそこれだけ大胆な事が出来たのかもしれないがな・・・敵ながら誉めっ!」
その瞬間であった。カッと志摩の目が大きく見開かれた。
「何だ!何が起こっ!?」
前を見ると、倒れ苦痛の表情を浮かべながらも口を歪めている村中の姿があった。その腕には港が吹っ飛ばしたソウルフルが抱え込まれていた。どうやら落ちているソウルフルに這うようにして近付き所持していた弾を再装填して撃ったのだろう。
「村中ぁッ!」
志摩が倒れる様を見て、満足げな笑みを残して村中もそのまま沈んでいった。志摩は港のすぐ脇に倒れこんだ。魂がバッと飛び、港に一部降りかかる。

『私が機械だと?そんなものは、出来の悪い奴らの私に対しての嫉妬やただの負け惜しみだろう。確かに私はひとつの事に没頭しやすい。だからと言って、何故そこまで言われねばならん!私だって人間なんだぞ』
周囲の自分に対しての評価に対する不満や怒りがにじみ出ていた。

「志摩さん!」
「村中ぁ・・・いつもいつも私の邪魔ばかりしてぇ・・・もっと早く・・・もっと早く殺しておくんだったぁ!私の障害になったそこのバカはぁ!」
志摩もそこで事切れた。根尾は志摩に近付いて揺すってみたが魂を放出し続けるだけで反応は無かった。
「志摩さん!!2人ともお互い殺し合うなんて・・・」
顔を抑えた根尾はわずかに震えだした。
『だが、待てよ・・・ふっふっふ・・・ひょっとして俺の天下なんじゃないか?』
徐々に笑みがこぼれ始めてくる。
『そうだ。今まで冷や飯を食ってきた私がようやく日の光を浴びられる時代が来る!長かった!今までは志摩に顎で使われ、村中も私よりも仕事が出来るとして私を見下していた。そして、2人が衝突した時はその仲を取り成していた。『お前のような下っ端が私に意見するな』とか『こんな小さなミスをするからお前はその程度なのだ』と言われ、そんな中でも私は愛想笑いをして奴らの機嫌を損ねないようにして耐えた。その苦労がやっと報われる!』
笑いをかみ殺していた。大笑いしたいところであったがもし2人が生きていたら先ほどの撃たれた村中のように密かに攻撃して来る可能性も十分考えられた。そのあたりは非常に慎重であった。そしてゆっくりと港へと近付いていった。
「無理をしたな。死にはしないがこれだけの重傷を負っていては数時間ほど、立ち上がることも困難」
魂の研究をしてきた根尾だからこそ、今の港の傷を見て冷静に判断していた。
「さて、君をどうしたものか?ん?」
それから元気達が合流したのであった。

「神村さんがいるって事はそこの二人は新生児室に?」
人質として連れてこられた神村は申し訳無さそうな顔をしていた。
「はい。偶然なのかソウルド使いとして何か感じたのか・・・」
「赤ちゃん達は無事なんですか?」
「はい。私が捕まっただけで済んだのが不幸中の幸いというところです」
「そうですか・・・全く、君達、神村さんを人質に取るだなんてただの悪党のやる事ではないか」
根尾はソウルフルを元気達に向けながら言った。
「俺達はヒーローになったつもりはないですよ」
元気はいくら怒っていても年上の根尾に敬語を使う。
「そんな訳はないだろ。君達は、我々のやっている事が悪に見えるから阻止するつもりになっている正義の味方気分。違うのかい?」
「正義なんて関係ないです!だから、何としてもやめさせたいだけです!だから人質も取ります!」
「私はアンタ達が許せない!」
悠希の目は本気だろう。根尾は冷静に考える。現状はやや根尾の方が不利だろう。ソウルフルを持っているが、神村が人質に取られている。人質に関しては港を人質として考えれば対等になってしまう。ソウルフルは1発ずつ。撃てば再装填が必要になる。貫通を狙って2人を倒すのは困難だろう。それに2人はソウルドを使える。打ち返される危険性も考えれば一旦退くことが上策であった。
『ここは、態勢を整えるのが最善だな』
そのように考えた根尾に対して追い風となる事が元気達の中から起こった。ゆっくりと進もうとする悠希に対して傷ついた港が止めた。
「待って!」
「港!大丈夫か?」
「壁の中にソウルドが出る機械が埋め込まれている。迂闊に進めば刺される」
「何だって?」
「そうとも!このリモコンを使えば任意に作動できる!君達は港君と違ってソウルドが見えるかもしれないが、リモコンを押せば瞬時にソウルドが出る。神村さんを人質にとっていても神村さんを傷つけることなく君達だけを串刺しにする事も簡単だ。別ルートを選ぶのもいいが、既に背後に一つあるのだよ」
志摩が握っているリモコンを手に持った。形勢逆転の瞬間だった。
『よし!運が向いてきた!既に2箇所の発生器を1度使ってしまってもう使えないが、奴らはその事を知らない。ただの虚勢だが、精神的には絶大な効果がある』
根尾にとって港の忠告には感謝しなければならないところだった。そのおかげで余裕も湧いてきた。悠希も歩みを止めた。

The Sword 最終話 (8)

2011-02-08 19:38:03 | The Sword(長編小説)

新生児室を後にし、神村を人質にした元気と悠希は4階へ向かった。彼らは4階までは東階段を使って上がったのだが東階段は4階までしかいけないので、ここから上に行く階段は1階から7階まで続く中央階段と外の非常階段であった。外の非常階段はかなり遠く非常時以外に開かないという事だったので東階段へと向かった。始めに中央階段を使わなかったのは病院のメイン待ち伏せを恐れたからであった。しかし他に上がる階段が無ければ仕方が無いだろう。
「言っておきますが私を人質にしようとしたところで無駄ですよ」
神村は、憔悴した顔で言った。どうでもいいというような表情であった。
「それはあなたが決める事じゃないでしょうが」
「決まっていますよ。言ったでしょ?我々の目的は優良人種の存続。あなた方に捕まって人質に取られてしまうような劣悪人種である私の魂などは不必要なのです」
自分の魂をそのように言ってしまう神村にこの計画の冷徹さを見た。
「どうして、アンタ達って自分を大切にしないの?」
悠希が素朴な疑問を投げかけてみた。神村は、
「個人よりも人類ですよ。もういい加減、このような水掛け論は不毛ですからやめませんか?」
「必要とか不必要とかそんなじゃなくてあなたがいなくなったら困る人や悲しむ人がいないのですか?家族は?友達は?」
「そりゃいますが、人類存続と比較すればそんな情なんてちっぽけなものなんですよ」
「感情で生きているのが人間でしょうが!難しい理屈じゃなくて!だからあなたを心配する人だっている!そう考えたら辛くならないの?」
「だから・・・だから何度も言っているではないですか」
神村は近くに寄って熱く言う悠希に思わず目を逸らした。
「悠希。扉、開けるぞ」
4階の階段を上がり、関係者以外立ち入り禁止のドアを開いた。

ドアを開けるとそこに立っていたのは一人の技術者であった。
「さて、私をここまで押し上げてくれた君には恩があるが、どうしたものかな?」
技術者がライフルを向けていた。だがそれは元気達に対してではなく彼の正面。そこにいたのは倒れている港がいた。その周りには3人が倒れていた。
「港!!」
「何?間さんを越えてここまで来ただと?」

ここで話を少し戻す。一道達の学校の様子であった。そこで重大事件が起ころうとしていた。
「みんなどうしているんだろうか。今頃、病院に襲撃をかけているのだろうか?もしそうならニュースにでもなるんだろうな。それでリポーターなんか押し寄せてきて俺は、一時期親しくしていたって事で、友人として取り上げられるんかな?武田先輩は普段はどういった人間だったのかとか異常の兆しはなかったのかとか・・・」
港は一道達の事が気になりすぎてその日の授業は身に入らず、外を見て考え事をしているばかりであった。
「俺も関係者ではないかと疑われる事もあるだろうな。それはいいとして、武田先輩達、全員捕まる。いや、殺される可能性だってある。最悪、全滅だなんて事もあるよな・・・みんな死ぬ。でも、俺は疑われるだけで済む・・・か・・・」
それは複雑な感情を港に抱かせた。
「どうして、元気さんは俺を止めたんだ。確かに俺はソウルドが使えない。だけど、偶然、巻き込まれ、みんな助けた事もあるってのに、どうして一緒に戦おうって言ってくれなかったんだよ。お前はいちどーの次に強いから期待しているってさ」
ガッカリしていた。だが、同時に引っかかる事もあった。
「家族がいるからか・・・家族がいるから、迷惑をかけてはいけないからか・・・」
3日前、港は家族に一応相談を持ちかけていた。

「親父、お袋。おはよう」
「おはよう。で、何だ?」
港のうちは、珍しく、朝起きたら席に着くという決まりがあった。高校生という時期になったらなおさらである。だが、特にコレと言って会話をする訳でもないのだが、家族である以上、家族の顔は見ておけという決まりであった。
港にとって父親は常にプレッシャーを発しているであった。いつでも眉間に皺を寄せ隙がないように思えた。そんな父親は子育てに関しては無関心過ぎるぐらいの人で、顔を合わせるだけでそれ以上、あまり遊んだり、自分の事を話しかけたりという事がなかった。だが、いるだけで無言のプレッシャーを与えてきた。そんな父への反発でここ最近まで自由にやりすぎていた。友達と吊るんで悪い事もした。そんな時に一道に出会った。一道の真面目過ぎるほど剣道を取り組む姿は父を連想させた。だからコテンパンに叩きのめそうと思ってちょっかいを出したのだが、逆に返り討ちにあってしまった。それからどうにか一道を倒そうとしていたのだがそれが港の素行をよくする結果となった。
「何だって、挨拶をしただけじゃないかよ」
「挨拶しただけ?そんな訳ないだろ?無言で起きてきて、朝食を食べているだけのお前が私に挨拶をするなんて何かあるからに決まっているだろ?」
「そうなの?私は知らないけど」
母親は軽く天然ボケが入る。だけど、優しい母親である。そんな母親に甘えている部分が大きかった。
「分かっているのなら言うけど、俺、学校を退学したいんだけど・・・」
隠し立てしてもしょうがない。素直に言ってみた。
「ええ!?た、退学!?一体どう言う事なの!?何があったの?いじめでもあったの?嫌授業についていけないの?だったら言いなさい!お父さんがきっと上手くやってくれるはずよ」
自分は何もしないのかよと思いながらも父親の方を見た。
「何かあると思ったが・・・退学か・・・お前がこう改まった時、どうしていい知らせじゃないんだろうかな?」
開いている新聞を止める事はしない。ページをめくり続けていた。
「で、どうしてだ?」
当然この質問が来るから港は予め用意していた言い訳を言ってみた。
「俺、剣道部だから、一生懸命やっていた所をOBの人に見てもらって学校を辞めてうちで集中的に鍛えてみないかって言ってきたもんだからさ」
皆、家族の説明等はどうするのかなど、聞いて一道と同じように剣道の事で引き抜かれるという事にしようと思ったのだ。
「本当か?県大会にさえ出場した事もないお前が本当に出来るのか?」
父親は簡単に見抜いているようであった。だが、一度言ってしまったのだから引っ込めるわけにはいかなかった。
「ここ最近、真面目に剣道やっていて実力をつけてきたんだ。それに天性の才能があるって言われたんだ。今まで注目されなかったけど、やっと花開いてきたんだよ。父さんは俺の腕を知らないからそう言えるんでしょうが!」
「確かに私は、剣道についてあまり知らない。だがな。その後はどうなる?剣道だけで食っていける自信があるのか?剣道は柔道やフェンシングと違ってオリンピックにもなっていないスポーツだ。そういった物に対して企業の部活だって本腰を入れているとは思えない。仮に企業の剣道部に入ったとしてもスポーツ生命というのは20代~30代ぐらいまでだろう。人間80歳ぐらいまで生きるんだぞ。まだ人生の半分も来てない所で、それからどうする?道場でも開くつもりか?父さんの高校の同級生で甲子園まで行きエースと呼ばれる投手がいた。だがな。プロにも入ったが肩を壊して引退し、それから数年したら詐欺で捕まったよ。俺は元プロだって言って資金提供を求めていたらしい。何故、転落するのか?スポーツ選手というのは一見すると華やかそうに見える。テレビでインタビューをされる人間はほんの一握りいやほんの一摘みぐらいの選手だ。他は誰からも注目されず黙々と練習をしなければならない。だが、老いには勝てず衰えてきて引退する。スポーツ以外何も知らない人間が世間に放り出されてどう生きる?後ろ盾のない人間は落ちるところまで落ちるしかない。私の同級生みたいにな。それだったら、それだったらまず地道に生きるほうがどれほど賢い生き方だと思うぞ」
冷静に論理的な事を述べていく。そこに反論の余地があるわけなどなかった。黙って、言い終わるまで待つしかない。そんな事だから父親の言葉なんて半分も耳に入っていなかった。港の頭の中は将来のことなど考えていなかった。なぜなら明日の事で全て終えてしまうのだから・・・だが父親にそう言われて別の生き方があるのではないかと思えてきた。明日、思いを踏みとどまり、何も気にせず学校に行けばそれで普通の人生が待っている。そう思うと今までの決意が鈍った。
「どうなんだ?安定を捨てて茨の道を進むか?」
「俺は・・・」
もし、彼らに昨日の話を撤回してくれ。と言ったら、恐らく、しょうがないなと許してくれるだろう。だが、それではあの時の決意はただの気分だったという事になってしまう。それは情けなさ過ぎる事であった。
『俺は、いつだって逃げる生き方しかして来なかった。強い物から逃げ、嫌いな事から逃げ、辛い事から逃げ、そうやって生きてきたんだ・・・』
そうして気楽な生き方しかして来なかった。友達と釣るんで弱い奴を弄くって楽しんでいた。必ず安全圏にいなければ不安でしょうがなかった。だが、そんな事を続けていてもいずれは壁にぶつかってしまう。そうしたらまたコソコソ逃げ回り、ちょっと居心地のいい穴に狭い穴に入り込むのだろう。
「何だ。そこで剣道を頑張るって即答出来ないんじゃ、話にならんな。お前は本当に剣道が好きなのか?」
『剣道・・・』
中学の時に、たまたま見た時代劇の殺陣のシーンで痺れたのだ。自分も剣士のようになりたいという風に。そこで剣道部に入った。それなりに強くなった。だが、一番にはなれなかった。必ず前に誰かがいた。高校でも元剣道部であったという惰性と、運動部は女にモテるという不純な動機で剣道部に入った。そこでもやはり壁となる人がいた。
『武田先輩・・・』
ちょっと前に現れた壁となる人。剣道部で今まで好き勝手やっていたところで紛れ込んできた奴。追っていれば何か掴めるかもしれないと思っていたが、自分と一道とではあまりにも格が違いすぎた。そして、徐々に置いていかれるような気がした。そして、立ち止まり、愚痴を言って自分自身を慰めて逃げ道を探すのだ。
「自分の中で大切なものが見つからないのならばまず、終点を着いてからでも遅くはないんじゃないのか?お前はまだ若いんだ。これから色んな事を見つけられる」
『大切なもの?俺にとって大切なものって何だ?』
まさに父親の図星であった。壁があると何もかも放り出して逃げてきた港には何もない事に気付かされた。
『見つけられる?本当か?いや、これからだってない!今までのように生きていたら俺は何も見つけられない!見つけても簡単に捨てちまう!それでは・・・』
「例えば何だ。金でも良いし、名誉でも良い。女なんかでも良いかな?一つ大切なものを見つけさせすればそれに向かって努力できる。行き先も無く歩き続ける人間はどこにもたどり着く事は無い。まず、そこなんだよ。大人が夢を見るのは現実と照らし合わせられる奴だけだ。いつまでも夢見る子供をやっている訳にはいかんだろ?」
『俺にとって今、本当に大切なものって何だ?俺は・・・』
「ちょっと聞かれたぐらいで迷うぐらいなら・・・取り敢えず今は高校生をやっていた方がいいんじゃないのか?」
父親は新聞のページがないのにも関わらずめくろうとした仕草を軽く誤魔化しながら聞いてみた。
「父さんの言うとおりだ。そうするよ」
「そ、そうか」
父はそのままテーブルに置いてあったホットコーヒーが注がれたカップを口につけていた。コーヒーの波紋が一際、大きく小刻みに立っていた。

「大切なもの。家族。そう思っている。分かっているんだ。いい加減、他の事は忘れろ!」
そのように意識すればするほど頭の中をぐるぐると回る。一道達の事、特にやられた石井 亮や一条 昌成。そして、石井 亮の体に魂を入れられた市川 満生。
「俺だけが・・・俺だけがこんな所で何をしているんだ」
キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴って、昼食になった。学食に行こうとか売店に行こうという生徒達が教室から出て行った。港の周りにはクラスメートが集まる。
「港~。お前、今日は何食うんだ?」
「味噌ラーメン。大盛りかな」
「ホント、お前好きだよな。大盛りラーメン」
「そうか?うどんやそばだと大盛りにしても具が乏しいんだよ。味噌ラーメンなら、もやしにコーンにネギ・・・後はノリとか入っているだろ?栄養のバランスが違うんだよ!てんぷらそばとかあれば別なんだけどな」
学食のてんぷらといってもかき揚げぐらいしかないので頼む事は少ない。友人とともに学食に行く。みんないつも通りのお昼であった。学食に行き、並んで頼んだものを受け取り、席に着いた。
「お前、昨日のあれ見たかよ」
「あれじゃ、わかんねぇよ」
相変わらず他愛の無い話が始まる。テレビや学校や日々の面白かった出来事。毎度の事ながらいつも通りである。そんな中で一人孤立している港がいた。麺を箸で引き上げようとする時に垂れるラーメンの汁の流れをじっと見つめていた。
『みんな命がけで戦っているのに俺はこんな所でみんなとバカ騒ぎしながら平和に味噌ラーメン大盛りかぁ?』
あまりの落差に自分が情けなくなっていた。逃げている気さえした。具を掬おうとスプーンを持ち上げた時であった。コーンが1粒ポロッと零れ落ちて床に転がった。普段なら気にも留めない所であったが目で追ってしまった。
「落ちた」
クラスメートの一人がそれを目撃していて、お互いに目が合ってしまった。何となく気まずくなって無視するような状況でなくなってしまった。
「分かった。分かった拾えばいいんだろ」
そこへ、通りがかった別の生徒がそのコーンを踏み潰してしまった。
「あ・・・」
通り過ぎた後は無残にも平面となってしまったコーン。それを見た後にラーメンの器の中に沢山ある多くのコーンの粒を見た。
『食べられる事が確定した沢山のコーン。1粒だけ床に落ちて踏み潰されるコーン・・・だったら!!』
コーンを見て港は何か確信したようであった。
『だったら俺がやるべき事は・・・もう決まっていたじゃないか』
ドン!!
「な!な!なんだよ!港!今日は口数が少なかったけどよ。何か悩み事でもあったのか?」
「俺、行くわ」
「あ?行く?ど・・・こ・・・へ?」
「みんなのとこ」
「みんなって・・・誰?俺達じゃないのか?っておい!」
クラスメートが自分を呼ぶが港はそのまま剣道場に走り、自分の竹刀を手に取った。
「このまま行ったら・・・学校に迷惑がかかるな。みんな事前に退学しているのに・・・だからといってこれから手続きするとしたら時間がかかりすぎる・・・そうだ!」
港は走り出した。生徒達がいるが機敏なステップでかわしていった。体の調子はいい。
バタッ!
「あ!誰もいない!隣か!?」
お目当ての人はいなかった。そこで隣の部屋に乗り込んだ。するといた。
「な!何なんだ。君は!!ノックも挨拶もせず入ってきて、しかも土足だとぉ!?何たる無礼!申し訳ありませんね。この生徒はどうやら少し頭を打ったようで・・・」
そこにはソファで向かい同士で座っている老人がいた。片っ方は校長でもう片方はスーツ姿の老人である。この人もまた偉い人なのだろう。
「ごめぇぇぇぇぇん!!」
あろう事か港は竹刀を振り下ろした。それは校長の額に直撃した。かなり激しく打ったようで脳震盪を起こしたのかそのまま校長はしゃがみ込んでいく。だが、その瞬間予想外の出来事が起きていた。
「あ!」
かすかに竹刀に当たった頭髪がずれていたのだ。それは間違いなくカツラであった。
「ウククッ!」
お客の方は笑うのを必死に堪えているようであった。港は悪いものを見てしまったと思いながら立ち去った。既に退学するには十分な事を行ったにもかかわらず彼には不十分だと思ったのかダメ押しに校内で叫び始めた。
「ヅラ校長!ヅラ校長!ヅラ校長!!」
「何!?ヅラ?」
「校長が?ヅラ!」
そのまま学校を出て行った。正気を取り戻した校長は言うまでも無く港に退学処分を下した。だが、ヅラ校長という名はかなり長い期間、先生や生徒の心の中に潜伏し続けるのであった。

『病院って言っていたが、みんなどこにいるんだろうか・・・ええい!後は野となれ山となれ!』
病院までは道を走っているとタクシーを見かけたので捕まえたので送ってもらう事にした。
走っていればそれだけで気がまぎれるが座って待っているとなるといくら走るのよりも早くてもイライラした。激しい貧乏ゆすりが止まらない。
港は不参加を表明していたので作戦会議に出る事はなく、一道達が何を目的で誰がどこに行くかさえ聞いていなかった。せいぜい決行日が今日という事ぐらいで、正確な時間も知らない。だから最悪、何もかも終わっている事態もあった。だから一刻も早く着きたかった。
「お客さん!トイレにでも行きたいんですか?」
「急いでいるんですよ!」
「それはお客さんの様子を見れば分かりますが赤信号ですからね」
時間帯も昼過ぎと言う事もあって割かし車も空いている時間であった。それでも車は遅く感じられた。

病院について料金を支払って病院内に入った。そこでの人々は病院で起こっていることに今でも気がつくことなくいつもの日常を過ごしているようであった。
「まだみんな行動を起こしていないのか?」
港は、状況が全く分からなかったので、エレベータに乗って上階に行く事に決めた。港には元気達のように階段を使うほどの慎重さはなかった。というより、実際に元気達が病院に入ったのか信じられないぐらいの病院の平静ぶりに危険を感じなかったのだろう。
「取り敢えず上から攻めていくか・・・あ!すみません。乗ります!」
エレベータに向かうとエレベータのドアが開いていて誰かが乗り込んだ様子で、今にも閉じようとしていたので港は駆け込んだ。その人はドアを一度開けてくれたようで何とか乗る事が出来た。
「ありがとうございます・・・!?」
「何階に・・・行きま!?」
お互いに目を丸くした。何と、そこに立っていたのはニッケルド・ベイスであったのだ。
「うお!」
エレベータのドアを閉まった。完全な密室空間。しかも2人、戦いが起こっても不思議ではなかったが、あまりにも狭い所であった為に、2人は何も言わず、何も起こらなかった。ニックからすれば物体ではないソウルドを出す事は可能なはずであるが、竹刀を突きつけられているような状態である。体重を乗せて突けばただでは済まないだろう。そして息を吐けば吐息が届くほどの距離であったためニックは軽いパニック状態になっていて、ソウルドの事を忘れていた。ただ、ニックが6階のボタンを押していて、エレベータが動き始めていた。一方の港は、このままだと敵に有利な場所に行かれると思って咄嗟に適当な階数のボタンを押した。病院などの大型施設のエレベータのボタンは、車椅子などの障害者にも利用できるようにとボタンはドア脇と側面部の2箇所以上は設けられているものだ。
チン!
「出ろ!」
港の方がエレベータの奥にいたのでニックに竹刀が入った袋を向けて命令すると、ニックはそれに従い、エレベータの外に出た。
「ひ、人気のない所に行きましょうか?」
「そ、そうだな」
ニックの提案に港は呑んだ。罠だとかは考えなかった。ここは一般病棟のある通路である。こんな所で戦いを引き起こせば騒ぎになる。だから港はニックも自分と同じ考えなのだろうと思って同意しただけのことであった。
「みんなはどうしている?もう来ていると思っていたんだけどな」
港は周囲にいる見舞い客や入院患者などに話を聞かれても不審に思われないような聞き方をした。
「もう帰りましたよ」
「何?もう帰ったって?」
「そうですよ。とっくにね」
港は黙った。決して信じたくない話であった。ただ何も知らないこちらに対して嘘を言っているだけなのだろうと思いたかった。
「多分、あなたもすぐ帰ることになりますよ。退屈でしょ?病院なんて・・・」
そう言ってニックは関係者以外立ち入り禁止のドアを開けて中に入った。3人の男達がいた。そこには勇一郎の情報から知った男達がいた。一道達の作戦は全く知らないが、港個人に襲われる可能性もあったので、勇一郎が知っている病院側のリストを港にも渡していたのだ。
「ニック。一人だけか?他には?」
「彼一人だけです」
一人がほくそ笑んだ。相手は4人である。精神的に余裕が出来るのは当たり前である。
「ソウルドを使えない剣道少年、1人だけか」
笑った人物3人の中の中心人物、一番身長の低い『志摩 文孝』
30代、独身。ソウルドは使えない。技術総責任者である。性格は至って沈着冷静。物事を良いか悪いかの二極でしか判断せず、損と考えればすぐにそれを切り捨てると非情な一面を見せる。個性や癖が強すぎるメンバーを纏め上げるにはそんな強引さも必要なのかもしれない。感情を一切感じさせない性格のため、彼の蔑称としてロボ男などと周りで言われている。
「そうやって他人を見下していると痛い目を見ますよ。志摩先生?」
「何?」
その横で注意を促すのが『村中 正治』
40代、バツ一。プログラミング担当。ソウルドは使えない。ソウルド系の機械とパソコンをスムーズに連動させる為にプログラミングを行っている。情に厚い性格で、いつも非情な志摩と反発する事が多い。特に自分より年下の癖に立場が上という事で嫉妬している面も見られる。仕事上で共同作業を行っているもののお互いの事が嫌いである。一言多い性格で人から反感を買いやすい。
「まぁまぁ・・・お2人とも、今の敵は目の前の少年なんですから」
二人を牽制しているのが『根尾 駿二』
40代、独身。ソウルドは使えない。機械設計、製作、プログラム、テスト、何でも出来る便利屋のような存在である。人間関係もうまく立ち回ることが出来る。だが、志摩や村中のように特に目立って優れた点はなく、何事も平均より上というだけで、器用貧乏といわれ、日の目を見ることがなかった不遇の男である。

「来たのですか?」
「お前は・・・確か・・・」
と、横合いから現れたのは市川 満生であった。本人を直接見たのは元気のみで港は勇一郎の情報で顔写真を見たにしか過ぎなかった。一瞬、頭で整理がつかず混乱した。
「今、どっちだ?」
港が会った市川 満生は石井 亮の肉体に入れられていた魂であった。だから今、肉体と魂が一致しているのか分からなかったから聞いたのだ。
「何を言っているんです?私は双子やそっくりさんじゃないですよ。私はこの世に命を授かってからずっと正真正銘の市川 満生です」
市川はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。敵は5人に増えた。ソウルドを使えず、見えず、ソウルドを用いた武器を持たないたった一人の港はいくら剣道経験があるとはいえ圧倒的に不利であった。
『流石に無理だな・・・逃げるか?みんないないって話だしな』

The Sword 最終話 (7)

2011-02-07 19:36:20 | The Sword(長編小説)
「どこへ行くんだ!東城さん!」
1人の男が一道のほうに向かって走り出した。彼らの中で一番若いようであった。そしてその人物は、和子を襲おうとした西黒 洋介の体であった。和子の方を気にして一瞬目が合ってしまったが、すぐに視線を外した。
「勿論、外に決まっているだろう!」
「逃げるんですか!」
「ああ!そうだよ!ワシは勝ち目のない戦いなんてしない主義でね!」
「ただの臆病者ですね!あなた!」
「何とでも言うがいい。ワシは生きられればそれでいいのだ」
「何で逃げるんです!こいつは俺達の計画を潰そうという魂胆なんですよ!」
「バカが。ワシがそんな挑発に乗るとでも思ったのか?ワシはな。目的を達成したのだ。それ以上、お前達に付き合う義理も理由もない」
「アンタ、この技術のおかげで念願だった若さを手に入れたんだろ!それだけでいいのかよ!俺達をなど見捨てて!」
「逃げるな!卑怯者!」
「俺達と戦え!」
他の中年達も名戸に合わせて東城を非難した。だが、東城はまるで意に介さないようであった。
「フン。ワシさえ助かればいいのだ。ワシの下には10000人規模の社員がいるのだからな。その10000人の社員の下に何人の家族がいると思っているのか?それら数万人規模の人々を路頭に迷わせない為にもワシは生き残らなければならんのだ」
かつてはかなり偉い男であったようである。
「あの人」
「!?」
和子が何かを思い出したようだ。まさか肉体を見て遂に思い出したのだろうか?
「東城って・・・あのデパートの?」
「そう。お嬢さんはご存知のようだな」
どうやら東城という方を知っているようであったので一道はホッと胸を撫で下ろした。
『トージョー』という首都圏に多数、出店しているデパートの名前である。大々的には取り上げられていないがその社長は老衰で亡くなったという報道があったばかりである。その際に遺書が残されていて、自宅の金庫を開けた者を次期社長にするとしていた。勿論、社員は愚か子供や妻などの身内にも明かしておらず本人以外には開ける事は不可能なのだ。暫くしてその金庫を開けようと思っているのだ。
「この技術で救われる命はもっと多いんだぞ!そうしたらアンタはもっと世界的に知られる事になる」
「それは同じ境遇にあったお前達が責任を持てばいいだけの事。ワシの知った事ではないわ。ワシはそんな遠い未来の話より身近にある会社の経営だ」
「何ぃ!?」
「しかし、恩知らずな者達だ。一体、この技術の資金提供を誰がしてやったと思っているんだ。ワシだろうが!ワシが金を出してやったからこそ技術は完成し、死に損ないのお前達は念願の別の体を手に入れる事が出来た。ワシが何もしなかったらお前達はせいぜい、お空に手を合わせて明日も目覚める事が出来ますようにと祈るだけしか出来なかったというのに・・・それを感謝するどころか悪態つくなどと、恩知らずも甚だしいわ。別の体を手に入れたい願い続けた強欲が新しい体を手に入れた今でも飽き足らずそのように思わせるのかな?」
「く!」
「それではな。後の事はお前達が勝手に頑張ってくれ。そこの若造。ワシが手出しをしなければ本当に見逃してくれるんだろうな?」
一道に話しかけた。一道も快く受け入れていた。
「二度も同じ事を言わせないで下さい。すぐに行ってください」
他人を見捨てるような下衆野郎っぷりは西黒と似たようなものを感じさせた。一道は気が立っているようであった。すぐに戦いが始まるかもしれないというのであれば仕方ない事なのかもしれない。いなくなるのであればすぐにでもいなくなってくれた方が和子のためでもある。
「ほぅ・・・血気溢れた良い若者だな。物分りも良くそれに剣道も強いと言う話だしな・・・我が社に入社させてやっても良いな。ふふふ・・・ぎッ!」
「!?」
その瞬間であった。光が走った。その光は東城と呼ばれる男の腹部を貫いていった。
「き、貴様ぁぁぁ・・・」
撃ったのはリーダーである名戸であった。倒れた東城を見下しながら新しい弾をソウルフルにセットしていく。
「お前も屑野郎だ。自分のうちの庭さえ良ければそれでいいのか。それにアンタは既に80年も生きたはずだ。ここいる奴らの殆どはあんたの1/4も生きられないような奴らが多いってのに・・・それでもまだ生きたいなどと抜かすのか?贅沢もいい加減にしろ。お前みたいな奴はその体を用いるに値しない。今、死ね!」
「わ、ワシはこ、こんな所で死ぬわけにはいかんのだ・・・会社の為、社員の為、ワシは・・・」
東城は必死にもがこうと手を伸ばしてみせた。一道が手を取ろうと思ったときには事切れた。
「あの人・・・本当はどこかで・・・」
「!!忘れろ。思い出さないほうがいい事だってある」
和子は何か思い出しそうになっていた。しかもその場に自分がいた。何かの拍子で思い出してしまうかもしれなかった。だが、彼女は一道の一言で更に引っかかってしまった。
「会社は社長が死ねば部下が引き継ぐだろ?自分が衰えてきたら潔く引いて後の人に託すのが人間ってものなんだ。いつまでも自分、自分で物を考えるような人間なんて生きている必要はない」
すると、周囲から中年達の声が上がり始めた。
「死んだ!だったらこの体誰かが使ってもいいんじゃない?」
「若いんだから俺だよ」
「俺にくれ!」
「ここは公平にじゃんけんで!」
一道は、前に歩み出ていく。向かうは奥につながる通路である。
「ようやく分かった。この周囲を包んでいる違和感の正体がな・・・」
「え?違和感の正体?」
「お前は、いや、お前達は病気で短い命しかないからと言う事で長生きする人間を憎んで、その人たちの命などどうでもいいと言って殺害した。自分達は短い命だから生きるべきと己の行為を正当化してな。そんな人間が生きるべきとは俺は思わん!この東城って人と同じように『生きたい』という欲に溺れたお前は!病魔という不幸を背負ったからという理由で自分が生きるべきなどと思い上がったお前は!だから、邪魔をするような人間ならば倒すまでだ!」
「俺達はそこの爺とは違う!コイツは生きている事を楽しんだ!俺達はまだ生きる事が苦しいばかりで楽しんでいないんだ!それで生きたいと望んで何が悪い!お前は、何も分からない!永遠に分からん!みんなで殺せ!アイツは俺達だけではなく未来さえも破壊しようと目論んでいる奴だ!」
「おう!」
「うん!」
「お前達!自分の考えはないのか!折角もらったその体を大事にしろ!生きられるんだろうが!」
一道は叫ぶ。他の体の者達は流されているだけのように見える者達に対して心から訴える。
「うるさい!僕達はずっと一緒なんだ!名戸っちは苦しんでいる友達に向かって頑張れって言ってくれたんだ。僕だって言われた!死ぬかも知れないのに応援されたから今、生きているんだ!応援してくれなかったら体を交換する機械が出来る前に諦めて死んでいたんだ!だからあの人が僕の・・・僕達の命の恩人なんだ!その人が戦うっていうのなら僕達も戦う!お前は死んでしまえ!」
中年の中の一人が一生懸命言っていた。一道は表情を歪ませるしかなかった。
サッ!ドゴッ!
既に、一道の攻撃範囲に入ってしまっていた。一道はソウルドを発動する事はせず殴った。鼻を思いっきり殴られた男は背後に吹っ飛んで転んだ。
「いてぇぇぇぇ!!うわぁぁぁぁ!!」
鼻の骨が折れたらしく流血した。かなりの量が出血しており、その上泣き出した。
「やりやがったな!この野郎!みんな、いけぇぇぇ!!」
一道の周囲4人ぐらいの中年達が一斉に襲い掛かった。その中に西黒姉弟の姉がいた。一道は逆に近付いて、一人を引っ張って、別の一人に投げつけ、一人人の顎を殴って飛ばし、最後は西黒の姉の方で棒を振り下ろそうとしている時に軽く懐に入り蹴りを入れた。相手が女性であろうが容赦はしない。というより、この女性の所為で元気がソウルドに目覚めたという事もある。慶が目覚めなければ裏切りも起こらなかったかもしれなかったのだ力が入った。ただ、魂は別人であるのだが・・・
「あ!」
一道の背後から近付く一人がいたのを和子は気がついた。言おうと思ったがそのときには一道は顔面に肘打ちしており、吹っ飛んで転んだ。
「うえええぇえぇぇ!!」
5人は転倒し、泣き始めた。顎を殴られた奴、肘打ちを食らった奴は鼻血を大量に出し、号泣した。
「力の差は歴然としているはずだぁぁぁぁ!お前ら退けぇぇぇぇぇ!!」
泣いている中年達に負けないぐらいの大声で一道は叫んだ。
「うっ!うっ!」
と、泣いていた中年達は患部を押さえたり擦ったりしながら立ち上がりこちらを睨んだ。
「何だ?あの目は・・・」
今まで、見たこともない反応をしたので一道は驚いた。普通の子供なら暴力を受けて泣いた時は、逆上して喚くか誰かに縋ろうとするか泣きながら逃げるというのがお馴染みのパターンであった。施設で喧嘩が起きた時見飽きた光景である。だがこの中年達は違った。異様な光景に一道は驚いた。見た目が中年という理由もある。
「何だ。コイツらは・・・かなりの量の血が出ているはずだ。なのに、戦う気を喪失していない!?」
子供の殴り合いの喧嘩ならどちらかが泣いたら大抵が終了する。それでも意地になって続行していても流血しようものなら怖くなって続行出来ないものだ。なのにこの中年達はまだ続ける気である。
「やめろと言っているのが!分からないのか!」
一道は叫ぶ。だが中年達は聞いてくれなかった。何故、子供達は戦う気を失わないのか?子供達は普通の一般の子供どころか大人達よりも痛みや苦しみに慣れていた。病魔に蝕まれ、毎日のように苦痛に襲われ、それに伴い何時死ぬかもしれないという恐怖と戦う事を余儀なくされたのだ。それに折れることなくたたひたすら生きたいと苦痛に耐え忍んできた。だからこそタフなのだ。吐血などということは寧ろ日常茶飯事の事。殴られた事に対する痛みによる涙は出ても死ぬ事はないと分かっているからこそ立ち上がれた。目的を見失うことなく戦えるのである。
「いくぞ!みんなでやればこいつにだって勝てるんだ!友達同士の友情パワーは無限大だ!!」
更に6人ぐらいが一道に向かってくる。そのまま放置している訳にはいかず、一道も応戦する。やはり全員動きは遅く、殴りあうという喧嘩さえした事もないような者達であった。ある者には顔面を殴り、ある者には膝蹴りを加え、またある者には突き飛ばす。倒れ流血しても立ち上がろうとするまるでゾンビのような彼らに戦慄する一道。その時であった。
「ぐっ!」
何と、倒した女性の一人が一道の足を取ったのだ。その人物は、西島の姉。どうしてこうも自分の足を引っ張るのかその執拗なまでの因縁に嫌悪感すら覚えた。次の瞬間、別の一人が反対の足を取った。身動きが取れなくなった。
「よせ!離せ!」
「武田君!」
和子が助けに行こうとするが既に一道は囲まれてしまっていた。和子にはあの中年の体に入っている病人の子供達の魂を攻撃してまで助けようとする意思は起きなかった。
「死ねぇぇぇ!」
一人の中年がソウルドを使って一道に迫った。これで一道は終わったかと思った時、
「俺はここで、死ねんっ!」
一道はソウルドを発動し、左手で足を掴んだ西島姉の腕を斬り、片足のバランスを取り、右手を逆手にしてソウルドを発動し、ソウルドを使って迫る中年を胴から斬り裂いていた。
「くっ!?やっちまったか?!」
身を守る為という事で体が勝手に反応してしまった一道。自分の咄嗟に取った防御行動に悔いた。胴体を斬られた中年はそのまま倒れた。傷はあまりにも深く致命傷であった。
「ああぁぁ!!山ちゃぁぁぁん!」
駆け寄る中年達、抱きかかえられた時に、山ちゃんと言われた中年は呟いた。
「みんな・・・僕は死なないよね。また新しい体で始められるよね?」
すぐに絶命していった。一道はすぐに右足を掴んでいる中年を払い飛ばし、一呼吸置いた。
「武田君、もう少し話し合えばこんな事には・・・」
「!」
一道は和子の言う事は聞かず一人、目をつぶって小さく頷いた。
「よくも!よくも山ちゃんを!お前ぇぇぇ!」
「今の1人を斬った事で分かったよ。何もかもな。お前達はただの臆病者だ」
「ちょっと急に何を言い出すの?」
今、1人元病人を斬ったことでとち狂ったのかと和子は思った。
「お前達は重病にかかり余命が短いんだったな。そんな宿命を背負って嫌だから他人の体を奪い生きる道を選んだ」
「そうだ!だから生きられるのに死にたい人間の体をもらったのだ!本人だってそれが望だった!それの何が悪い!」
「俺は施設で生きてきたから分かる。お前達は肉体的に重い障害を背負ったのなら俺たちは精神的な重い障害を持っていた。
親が殺されるのを目撃した奴。親が殺人を行った奴。お前なんか生まれなければ良かったと繰り返し言われてきた奴」
「それがどうした!まるで分かっていない!お前達はそんな事あったってずっと生きていけるだろうが!俺たちには明日がないんだ!」
「俺たちも色々背負ってきたんだ。それでも人間ってのはやめるわけにはいかない。代えることなんて出来ないのだ。
自分自身から逃げず向き合って、歯を食いしばって血反吐を吐く思いで生きて行かなければならないのだ!それをお前達は自分自身の宿命から逃げた!」
「うるさい!うるさい!受け入れて何が変わる!何が得する!命の長さは変わらない!お前達だってそんなに自分の宿命が嫌なら体を換えればいいだろうが!」
「宿命を受け入れてそこから自分自身の道を見つけるのが人間だ!それが正しく立派な人間だ!お前らに体を提供する奴らは愚か者だがそんな愚か者の体をもらうお前達もまた愚か者だ!」
「お前には分からん!永遠に分からん!死んだって分かるもんか!」
「お前は自惚れている。自分達の不幸がこの世で最も不幸なのだと。他の悩みや苦しみは取るに足りないものだと見下している。考えようともせずにな!」
「黙れ!お前の方が自惚れている!俺達の事を分かった気になりやがって気色が悪い!」
「全ては分からん。だが少なくとも自分以外の事を何も考えないお前よりは分かっている。悩みや苦しみは受け入れてからこそ始まる物だと!」
「お前は聖人君子でもなったつもりかぁ!」
「俺は、そのような臆病者を作り上げるこの技術を絶対に許さない!邪魔する者は容赦なく殺す!」
一道はソウルドを発動し、彼らに向けた。場が更にピンと締まった。中年達は一層、憎しみを一道に向けた。
「ちょ、ちょっと!殺すって武田君!今のは仕方なかったにしても・・・」
あまりにも物騒な言葉に和子自身恐ろしくなっていた。
「殺すだって?やってもらおうじゃないかよ!俺達は一度死んだ身だ!二度死ぬ事ぐらい何とも思わない!!いくぞ!」
再度、中年達が迫る。だが、今度はその者達を一道は言葉通り、容赦なくソウルドを浴びせていった。
「ギャウゥ!」
その太刀筋はあまりにも鮮やかで、倒れる頃にはその子は絶命していた事だろう。
前に出る。更に一道に近寄ってくる中年達、多数。一道は冷静に対処していた。一道の立ち筋には躊躇いがなかった。近付くものは確実に一太刀で絶命させていく。
「・・・」
死体が通路に放置される。正確には魂が抜けただけだから死体とは言わないが、倒され、ピクリとも動かなくなったその姿は死体にしか見えなかった。和子は凄惨な光景に目を覆いたくなった。
「ウッ!」
『沢谷 雄也』
「ああぁぁぁ!」
『宮倉 治』
「きゃっ!」
『江田 桃香』
斬った時に溢れる魂を全身に浴びる一道は、斬った際に浮かぶその人の名前を心の中で読み上げた。今は、手を合わせる時間さえない。せめて、一人一人の名前を心に刻もう。それで斬られた相手が許してくれるわけでない事は分かるがそれぐらいしてやらねば誰がこの中年の体に生き、ここで死ぬのかさえ分からなくなってしまう。いくら短い命であったとは言え、その存在は覚えてやりたい。それが一道の情けというものであった。ただ、そうする事で少しでも罪悪感から逃げたいだけの考えであったのかもしれない。
「つ、強すぎる・・・」
強いと言う事は分かっていたが実際、目の当たりにするとその想像とはまるで違う光景を見て、怯え始めていた。あまりにも一方的、圧倒的、絶大的。足止めにさえなってない仲間を見て、呆然としていた。仲間が斬られているのは見れば分かる。普通ならば、憎みたいところであった。だが見ているだけでは何の感情も芽生えなかった。まるで特撮番組でヒーローにやられる名も無き雑魚役、または時代劇で主人公に次々と斬られていく侍を見るかのようであった。あまりにも現実味がなかった。それに怒りが生まれてこないのは容姿が違うのもあるだろう。いくら友達の魂がその体に宿っているにしても、別人である。いくら心が同じでも違う人間が斬られているのでは感覚は違っていた。しかも、元自殺願望者の肉体である。
「名戸っち!」
「ん?お前は・・・えっと・・・名前は?」
自分のあだ名を言われたが名戸はその人が誰か分からなかった。冷静さを欠いているのもあるだろう。
「え?俺の事、親友って言ってくれたじゃないですか?忘れてしまったんですか?」
その名戸の親友といった男はショックで愕然としているようであった。
「んな事言われたって体が違うんだ。顔も声も何一つ前と一緒じゃないだろ。名札だってないじゃないか!」
新しい体に替わったので名前を覚えるのはまず名札で行っていたようだ。その名札が動き回っているうちに取れてしまったのだろう。
「俺は名戸っちにお前が本当の親友だから絶対に一人にするなって言うからいくら苦しくても頑張ってこられたのに・・・頑張ってこられたのに!忘れるなんて・・・酷いや。うわぁぁぁぁぁ!」
「あ、思い出した!お前は!ただゆん!ただゆん!!」
名戸に忘れられ自暴自棄になった少年は一道によって目の前で切り裂かれて行った。
『広崎 忠之っ!!』
「あれ?」
名戸は周囲のざわつきに気がついていなかった。名戸自身は深い疑問にとらわれていたからだ。何故なら倒れ行く中年の男を見ても何も感じられなかった。頭がおかしくなったのかと疑った。
だが、あの中年は本当に『広崎 忠之』だったのかと・・・記憶から出てくるのは少々鬱陶しいと思いながらも自分にくっついて離れない小さな少年であった。だが、目の前で倒れたのは見知らぬ中年。しかも簡単に死んでいった。どう考えても頭の中で一致しなかった。
「ど、ど、どうするんだよ!戦うのか!勝てるのか!」
「戦うしかないだろ!前に出ろよ!」
「で、でもよ!見てみろよ!」
何人かは戦おうとしているのだが、彼らの行く手を遮るものがあった。それは抜け殻となってピクリとも動かない体である。ゲームであるのならやられた敵は画面から消滅するが、現実ではそうは行かない。目の前に広がる倒れた仲間達がいるため前を進むだけでも困難である。
そして、それ以上に彼らを戸惑わせたのは目の前に広がる『死』その物であった。
『死』は最も忌避すべきものであった。いくら病気に侵され、痛みに耐えて来られたのは生きられるからだ。死んでしまってはなにもかも全てが終わりである。そんな病人達の死を飽きるほどに見てきた彼らは死に対して極度の恐怖心を持っていた。
「嫌だ!死にたくない!あんな風に死にたくないよ!」
「そうだ!今、生きられるのなら生きていたいんだ!僕は!」
「うう・・・あああ!!」
遂に、彼らのまとまりは崩壊した。蜘蛛の子を散らしたかのようにまとまりがバラバラとなり一道を避けて後ろの方の扉に集中していく。その中に先ほど一道の足を取り、それから腕を斬られた西島姉の姿もあった。その動きでようやく名戸は状況を理解した。だが、それはあまりにも遅かった。
「お!おい!待て!仲間が死んだんだぞ!見捨てるんじゃない!敵はたった一人なんだ!みんなで束になれば勝てる!戻れぇぇ!」
ソウルフルを構えて、撃つが当たらなかったし、仮に当たったとしても彼らが戻ってくるとは思えなかった。なぜなら一度、壊れた物はそう簡単に元に戻る訳もなかった。決壊したダムのようにあふれ出る水を止める方法などないのと同じだ。
「おい。名戸君よ。まだ、続けるのか?」
「ふふふふふ・・・あはははは!」
名戸は突然、笑い出した。
「みんなバカ野郎共だ!自分の命だけ大事でよぉ・・・これから生きるべき命の事をまるで考えようとしない。アイツらもみんな死んで当然の人間だ~」
「ヒュゥ!」
一道は軽く一息つく。
「それもこれもみんなお前の所為だ!」
「・・・」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
泣きながら叫んで向かってくる名戸。ソウルフルを構えていた。
「お前達に俺達の夢を壊す権利なんかないんだぁぁぁぁぁ!」
「夢?」
走りながらソウルフルを発射した。それに対して一道は狙いが外れていると確信していたようで避ける事も無かった。そのまま向かってくる名戸はややぎこちない走りをしていた。子供が自転車に乗れるようになって間もない頃とか生まれたばかりの動物が体を震わせながら立って歩くという風に似ていた。一道はゆっくりと腰を落とした。名戸のそのような姿を見ても一道のソウルドはその輝きを全く乱す事は無かった。
「悪夢ならば・・・覚めて・・・しまえっ!!」
ズン!
横一文字で両断していた。吹き出る魂。仰向けに倒れる名戸。一道は
「名戸 正和っ!!」
目を閉じ、顔を伏せ、斬った本人の名を口にしていた。
「な、何だよ・・・またここに逆戻りかよ・・・」
一気に薄れる意識の中で彼が最後に見た物は、体を替える前に、ベッドに横になって1日の大半をその視界いっぱいに捉え続けてきた見飽きた天井であった。

「はぁっ!はぁっ!はぁ!」
一道は突然息が荒くなった。決して激しい運動という訳ではなかったが、一道は肩で息をしていた。
「ねぇ。本当はどうしたらよかったんだろうね?」
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
「ねぇったら!聞いているの?」
聞こえているのかいないのか良く分からなかった。もしかしたら何か一道の中で異常が生じているのかもしれないと思って手を引いてみた。
「わっ!」
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
振り返った一道は目を大きく見開き血走らせ、歯を食いしばったままで大きく息をしていた。一瞬、このまま自分も斬られるのではないかと思って和子は身を伏せた。
「はぁ・・・はぁ・・・ふぅ・・・」
次第に息は正常に戻り、一道もまた冷静さを取り戻していった。
「だ、大丈夫なの?」
「ああ。さっきは気が高ぶりすぎていた・・・今は、少しずつ正常に戻ってきている」
「なら、聞くけど、私達はどうしたらよかったのかな?」
「知るか。俺はアイツらを斬った。生かす事も出来たかもしれないが斬った。それだけだ」
力の差が歴然とし過ぎていたのだ。そこまで違えば手加減も出来るだろうが一道はそれをしなかった。
「どうして?憎かったの?」
「憎い?確かにな。だが、それだけじゃない。それにアイツは・・・」
「どうしたの?アイツは?何?」
一道が話しの途中で振り返ったまま固まっていた。
「け、慶。お前・・・」
「よぉ。一道よぉ・・・」
後ろには何故かソウルドによる傷だらけの羽端 慶が立っていたのだ。遂に、再会を果たした二人。一道と慶。裏切り者同士である2人の少年達の結末は?

つまらなければ押すんじゃない。

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