悠希の手からはソウルドが現れていた。
「確率とか可能性だとか数字で人を判断して、生まれてきた何の罪もない子を手にかけて人間ってそんなものじゃないでしょ!アンタもこの人たちの味方をするの?」
「いや、俺はそんな風には・・・」
元気は動揺しているようであった。もう決して読む事ができないと諦めていた大好きなマンガが後、数年してこの赤ん坊がマンガを書ける歳になったら続きが読めると考えれば自然と心が揺らいだ。
「何で、何でこんな死んで行くはずだった人達を守る為に昌成君が・・・昌成君が・・・昌成君が死ななきゃならないのよ!」
ソウルドを発し赤ん坊の前に出るとその幼い顔が昌成の顔と一瞬ダブった。
「た、た・・・す・・・げ・・・でぇ・・・」
その赤ん坊はまだ成長してない声帯で声を絞り出した。その未発達な体では戦う事は愚か逃げる事も出来ない。ただ訴えかけるしかなかった。その姿を見て悠希は振り上げたソウルドをおろす事が出来なかった。
「く・・・くぅ!出来ない!私には!この子達の魂は無垢じゃなくて既に歪んでいるのに!汚れているのに!それなのに!」
元気は震える悠希の肩に手を乗せた。
「出来ないのなら仕方ない。行こう。まだまだ先はあるんだ」
「ホッ・・・理由はどうあれ、天才を殺さないでいてくれるのか・・・」
神村は安堵した。だが、その発言に元気は激昂した。
「俺達はアンタ達の野望を阻止する。それは変わらない!これから先、間違いをし続けるお前達を見過ごすわけがない!」
「間違いな訳がないだろう!ここにいる人々の価値を本当に理解しているのか?一般的な1人の人間が一生のうちに稼ぐ事が出来るのは1~2億ぐらい。君達はコネがあるか?立場があるか?学も才能も家系もない人間は毎日必死こいて働いたとして全員で5億もいかんだろう。この人達は1人でさえ数十億、いや数百億は下らないんだぞ!その計画と潰すだと?人類そのものの損失になると言う事がなぜ分からない!」
「人は数字じゃない!何%だとかいくらだとかアンタ、そんな事ばかり言うけど、人の真の価値って数字で決めるんじゃねぇ!」
「全く・・・君達はまるで進歩がない。本当に愚か者だ。そうやって物事を論理的に捉えないから判断を誤るのだ。縁があるとか義理があるとか血のつながりがあるとか・・・そんな感情に惑わされた結果が今のような危機的状況なんだ!ここで断ち切らなければならないんだよ!痛みを堪え、悲しみを受け入れながら・・・そうしなければ人類は終わるんだ!分かるか!!」
どちらも自分達の主張を曲げようとせず両者の意見は平行線を辿ったままであった。
「君達はこの先で死ねばいい」
2人は特に反論もしなかった。そのままにしておくわけにはいかないから包帯で男の手をギュッと後ろ手に縛って、彼らは先を行く。残された天才達の魂を持つ乳児達のこの先、才能を再び開花させる事になるのか?それは数年経たねば分からない事だろう。
20人以上の中年達に囲まれ、覚悟を決めた一道、ソウルドを両手から発動した。防御に回れば一気にやられると判断した一道は自ら攻撃を仕掛けようと前に出た。その時であった。
「何!アイツは!」
最後に出てきた二人の男女に一道は愕然として、和子のほうを見た。幸い、和子は他の集まっている中年達に木を取られているのかただ単に覚えてないのか見ていなかった。その男女は西黒姉弟であった。弟の方は和子を襲おうとして一道に斬られた少年で、姉の方は弟の敵討ちをしようとして一道に斬りかかろうとして慶に斬られた女性だ。二人は一道と慶のソウルドの発動に起因した人物である。二人は一道と慶によって斬り殺され、その後の所在は知らなかった。
『こんな奴らの体も利用するのか!!』
魂は既に無くなっているから病院に保護されたのだろう。身元引受人がいないという話だったのでその後、別人の魂を植えつけられたのだろう。体であればなんでもいいとする病院側の姿勢に一道は激しい憤りを感じた。自然と拳に力が入った。
「うううぅぅ!」
バタッ!
何と、一道はまだ何もしていないと言うのに前の一人の中年男が転倒したのだ。その中年男は顔面蒼白でかすかに震えいかにも気分が悪そうであった。
「泰隆!泰隆!しっかりしろ!頑張れ!頑張るんだ!」
「ここでくじけてどうするんだ!泰隆!」
「戦うって決めたじゃないか!泰隆!」
「頑張れぇぇ!」
「ファイトだ!負けるなぁぁぁ!」
周りの中年男性達は、倒れている泰隆という男を励ましていた。目の前に敵がなる奴がいるというのに、そばにいた全員が大きな声を上げていた。応援されている泰隆といえば、歯を食いしばって立とうとしていた。一道たちの事は放って置かれ、立っているような状態であった。あまりにも隙だらけで斬りに行こうと思えば多くの者達を無抵抗のまま斬る事が出来るだろうが何が起こっているのか分からないまま行動を起すのはよくないと思って、踏み止まらせた。
「やっぱりおかしいよ。この人達」
和子も気にしていた。注意深く、周りの者達の一人、一人を観察していく。すると一道はおかしな点に気がついた。何人か支えられている人がいたし、後ろの方ではあるが車椅子の男さえいるのだ。これから戦うというような状態には見えなかった。
「・・・」
「どうしたの?」
一道は、和子がいつ彼女を襲おうとした西黒の事を思い出すのか苦慮していた。
「あ・・・いや、病人かも・・・しれないな」
「何かそうっぽいけど。本当にそう?」
「俺だって分からん」
明らかに情報不足であった。病院側には一道達の事は殆ど分かっているだろうが、病院の事は勇一郎が集めた古くそして表面的な情報しか分からず全容に関してはまるで分かっていないのだ。慎重にならざるを得なかった。
「あなた方は、俺達が目の前に立っている事を忘れているんですか?」
冷静に一道が尋ねると男達はにらみつけながらこちらに対して怒鳴った。
「そんな訳あるか!言われなくても!」
「お前達は僕らを殺しに来たんだろ?だから、僕らもお前達を殺すんだ!」
「お前らは悪い奴なんだ!お前らなんか死んじゃえ!」
見た目は中年なのに、言動は稚拙だと思えた。その中の一人の中年がモップを持って一道に向かってやってきた。
ソウルフルは製造、組み立ては量産体制にまで至っておらず技術者が自らの手で完成させている為に限られた人しか持っていないという話である。だから、持てない者はモップなど日常のものなどを武器として代用するしかないだろう。
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
声だけは立派であったがこちらに向かってくるスピードも遅く、間合いの取り方は酷いものであった。ただ意味もなく近付くだけ。だから一道はソウルドを使うことさえせず突き飛ばした。突き飛ばされた男は激しく転倒し、一道達の想像にも及ばない行動に出た。
「痛い!痛いよぉ!!ママぁ!うわぁぁぁぁぁ!」
その男は突然泣き出したのだ。しかも母親に助けを求めるようにしていた。
「まさか?いや、そんな事をする理由がどこに?」
一道は分かり始めていたがまだそれは疑っていた。
「まさかって何が分かったの?」
「よくも則ちゃんを!」
モップや中にはナイフなどの凶器を持っている中年達、中にはソウルドを発動している者も何人かいて、ゆっくりと一道達に迫る。しかし、先ほど斬られた中年と同じく動きは遅く、体を動かすタイミングさえもおかしいと武術に対して素人の和子にさえ思えた。そんな者たちを相手にするのは造作もない事のようで一道は数人、突き飛ばし、一人の後ろ手を取った。
「いたたたたぁぁぁ!やめろ!やめろよぉ!!」
「やめろ!お前達どうしてそんな体をしているんだ!おい!」
一道は一人を人質みたいな形にして説得を始めた。
「うるさい!俺達のやっている事に反対のお前達は死んでもらわなければならないんだ!」
後ろに立つ青年はソウルフルを持っており、大声を上げた。中年達に混じって青年がいたので分かりやすかった。どうやらその彼が中年達を仕切っているようであった。
「命を粗末にするな!お前達、子供では俺に勝てない!」
「自惚れてんじゃねぇ!何であろうと!俺はお前達を殺すんだ!」
「子供って!?どうしてあんな中年の体に!?」
「俺だって知るか!」
和子には理解できなかった。一道もその全ては理解していないだろうがその動きや言動でその事実は動かしようが無かった。その現実は2人ともただ事ではない事はひしひしと感じていた。
「コイツは悪人だ!俺達を殺しに来たんだ!俺達は一度死んだ身だ!怖いものなんてない!行くぞ!」
「やめるんだ!ここにお前達の友達がいるんだぞ!」
中年の後ろ手を取った一道はいわば人質をとっているような状況であった。
「卑怯者が!その手を離せ!」
「俺は話をしたいだけだ!落ち着け!落ち着くんだ!」
ジリジリと近付いてくる男達。それは異様な光景であり、一道は後ろに下がるしかなかった。囲まれ、追い詰められていく。そして、壁に背をつけようとしたときであった。
「あ!」
壁からソウルドが伸びていた。ソウルドは壁を透過する。一道を追い詰めて突き刺すつもりなのだろう。それに和子は気付いてしまった。だから、壁の向こう側で発動させているであろう人を斬ってしまった。深くではなく浅かったがその魂を見るには十分だった。
ズシャァ!!
「あああぁ!」
「バカが!覚悟もないのに斬るな!」
一道は和子に怒鳴った。和子はそのまま全身を震わせて膝を突いた。あまりの衝撃に悪寒が体中を支配したのだろう。それは始めて人を斬ったのもあるかもしれない。だが、それ以上に・・・
「今の人、女の子だった!何で!」
和子が感じた魂の感覚。
『私、死んじゃうの?』
目の前に30代ぐらいの男がこちらを見下ろしている。どうやら、これは病院で寝ている人の視点のようであった。
『何を言っているんだよ。手術が成功すれば生きられるどころか外に出て元気に遊べるさ。行ってみたいだろ?外に・・・』
『うん。でも、手術って大変そう』
『何を言っている。先生の皆さんはみんな優秀だからちょちょいのちょいで終わるさ』
『良かった~』
それは、病弱な女の子の両親とのやり取り。それを和子は理解した。その重さに思わずしゃがみ込んでしまった。
「女の子だとぉ!?そこまでして何故だ!何故、こんな体にこだわる!」
「俺達はな!病気だったんだ!みんな、寿命は持って後10年とか数年って宣告されていたんだ。だから俺達は体を入れ替わらせてもらった!」
一瞬、耳を疑うぐらいの衝撃の事実。呆然としてしまいそうになったが頭を振って意識を保ち一道は彼らに言った。
「自分達が生きるためなら、他人の魂などどうでもいいって言うのか!」
「そうだ!どうでも良いね!死にたい奴の魂なんかな!」
連続して聞く事になる驚愕の真相。一道達の堅い決意も揺らいでしまうほどであった。
「死にたい奴!?この人達、全員か?」
「そうさ。こいつら全員、死にたがっていた奴なんだ。だから、そんな奴らを集めて俺達がそのボディを有効的に使用しているだけだ!」
「有効的に使用?」
「こいつらは喜んで自らの体を提供していったんだ!死ぬ事が出来る上に誰かの命を救う事が出来るなんてこんなにもありがたい事はないって言ってな!だから使ってやっている!本人達が許可したんだ!お前達に無関係な奴らが何を言う権利がある!」
日本人の自殺者の割合で最も多いのは中年男性という。そういった自殺願望者達を集めた結果、このような非常に偏った集団になったのだろう。病人に対して体を差し出す自殺者。それは、秀逸なギブ&テイクの精神なのだろう。しかし一道や和子には何か引っかかった。その言葉に隠された真意と言うものを・・・魂が何故か違和感を覚えていた。それが分かるまでは賛同など出来なかった。
「お前達は俺達、病人にその体のまま死ねというのか?術があるのに生きるなというのか!そんな倫理観で!」
「くっ!!いや、そこまでは言わない。言わないが、上に行った人たちとの約束がある!それは果たさなければならない!だからこの先を行く!だから退いてくれ!」
「それで俺達の生きる方法を潰すつもりだろう!そうはさせない!」
「結果は分からん!だが、仲間を裏切るわけにはいかない!頼むから退いてくれ!」
「お前達は、俺達の生きる希望を壊す悪魔だ。誰が行かせるものかよ」
奥の通路を完全にふさぐ中年達。
「言って分かってくれないのなら無理矢理にでも排除するぞ!俺達に攻撃しようとする者、奥の通路を遮る者、それらに当てはまる人はこれから強制的に排除する!」
「それって武田君、殺すってこと?」
和子は迷っていた。本当にこのまま押し通してよいものなのか。だが、彼らはこちらの言う事は信じてくれないだろう。
「このまま行かせてくれるのであれば無用な殺生はしない」
「この野郎。上から目線で・・・」
「君達は見たところ、肉体を換えてまだ間もない。だから体を動かす事に慣れていないんだ。俺と戦えるとは到底」
その言い方は確かに病人達の神経を逆立てしてしまうのは仕方ないかもしれない。
「あからさまにバカにしやがって俺達は全員で38人もいるんだぞ!たった2人で何が出来る!」
一道は話を聞かず先ほど突き飛ばした中年が落としたモップを手に取り、軽く振ってみる。
「ふぅん・・・すまないが、ちょっとアイツらに分からせる為に手伝ってくれ」
「手伝うって何を?」
「すまないが少し怖い思いをしてもらうが動かなければそれでいい。いいか?」
「え?何それちょ!ちょ!ちょっと待ってよ!」
「動くなと言っている!行くぞ!」
「ひぃ!」
和子の体は硬直した。一道は猛スピードでモップを振り下ろした。
ズッ!
斬る音が鈍く聞こえた。今まで聞いた事の無い音で、目の前にモップの先端が一瞬だけ見えた。誰もが当たったとしか思えない距離感であった。
「う・・・!あ!あ!当たってんじゃないの!」
「痛い所はあるか?」
「それは・・・」
体中を触り見回すと、何ともなかった。顔も触ってみるが何ともなかった。
「ないけど・・・こう言う事はもっとちゃんと決めてから」
「どうだ?これでも俺と戦いたいと思うのか?」
和子の抗弁を聞かず、一道は中年達に問うた。
「ヤバイよ。あんなのに勝てるわけないよ!」
中年達はざわつき始めた。そのようなデモンストレーションを見たことがないのだろう。
「待て!あんなのちょっとした脅しにしか過ぎないだろ!練習しまくったんだ!そうに違いない!だからお前ら落ち着けよ!」
「僕は折角、病人の体をやめて生きられる体になったんだ!こんな所で死にたくないよ!」
「思い出せっ!!みんな忘れたのか!!」
ありったけの声で叫んだ。その声に一同黙って止まった。一道と和子は何もせずそのやり取りを聞いていた。ひょっとしたら時間稼ぎかもしれないが、そんな事は分からないほど真剣みを帯びていた。
「忘れたのか?体を替えた事で、毎日のように続いていた痛みや辛さから解放されたあの瞬間。後数年で死ぬって言われていたのに更に数十年生きられるって言われた時の嬉しさ。たとえ貧相なおっさんの体であってもたったそれだけで俺達は幸せになることが出来た。今だって幸せなんだ!それを一人でも多くの同じように病気を持っている人に感じてもらおうってみんなで誓ったじゃないか!それをここでちょっと強い敵が現れたってだけで簡単に投げ捨てるのか?自分の魂さえ助かればそれでいいのか?俺達がやっている事は多くの人を幸福にする素晴らしい事だ!俺達は元々死んだ命だったじゃないか?ならたとえコイツに殺されたってそれは名誉ある死だ!無駄な死ではない!だから俺は戦う。たった一人になっても、多くのこの技術を待っている人達のために・・・同じように苦しんでいる病気の人たちのために!そんな辛い人たちに一人でも多くの笑顔のために!」
「名戸さん」
「名戸っち!!」
「ごめん!僕らが間違っていたよ!」
みな、心を入れ替え逃げようとする人間は一人もいなくなった。
「みんなやる気みたいだけど、ど、どうするの?武田君、この人達を?」
恐る恐る聞いた。最悪の答えを出すかもしれない。それを確認する為に聞いてみた。
「言って分かってくれる人たちではないようだからな。それでも極力穏便に済まそうと思う」
その穏便という言葉が引っかかった。
「たった2人で俺達を何とかできると思っているのか!トコトンなめやがって!」
「待ってよ!あなた達も!暴力で何もかも解決するなんて野蛮な事は!人間でしょ?話し合えば分かり合う事だって!」
『話は分かる。確かに分かる。自殺願望の人の体を使って、幾ばくかの残り少ない命を延ばすという事・・・だが、何かきな臭さのようなものを感じる。これは一体、何なんだ?』
一道は払拭できない感覚に苛立っていた。だからこそ、ソウルドを収めようという気になれなかった。
「そいつには永遠に分からないだろうな」
「え?」
「生きていると言う事が当たり前過ぎて自分は死ぬなんて事を全く疑わない奴に俺達の絶望なんて分かるまい!」
それは一道に対しての明らかな拒絶を思わせた。中心にいる名戸と呼ばれた男は言葉を続ける。こちらに彼らの情報はない。静かに聞いていた。
「俺のこの体の元所有者が何で俺に体を譲ったのか分かるか?」
「うう~ん。この世が嫌になったんじゃない?不幸が続いたとかで・・・」
和子が答えて見た。それぐらいしか思いつかなかった。
「その逆だ!不幸なんて何もなかったんだ!満ち足りた生活をしていた!家は金持ちで友達も多く、病気知らずの健康体だった!なのに何故コイツは俺に体を譲ったのか?それはこの体の元所有者のバカ野郎は『変化に乏しい毎日に飽き飽きしてこのまま生きていてもしょうがない。だけども、ただ死ぬのも嫌だから何となく淡々と生きていたんだ。そんな時、この話を聞いて嬉しくなったよ。魂だけ死んで体はそのまま残す事が出来るなんて』ってな。『もし、この体を役立ててくれるのなら君にあげるよ』と抜かしやがったんだぞ!」
「・・・」
「奴は最期にこう言い残した。『この体を上手く使ってくれる人がいるのなら生まれてきたのも悪くなかったかな』ってな・・・この俺達の悔しさ、屈辱がお前に分かるのか!!そこの武田とか言う奴!」
「・・・」
一道は何も答えようとしなかった。ただ、黙って話を聞いていた。
「人生は嫌な事だらけだから死にたいとか簡単に言ったり、毎日が面白くないから死にたいなどと言うようなこんなゴミ屑みたいな奴らが何もせずとも生きられて、何故1日でも多く生きたいと思い続ける俺達は病魔に心身ともに蝕められていった挙句、死ななければならないんだ!お前達に答えられるのか!何故こんな理不尽な話が何で許される!神様が決めたら何でも従わなければならないのか?そんなゴミみたいな奴らが生きているのを俺達はただ見ていて、指をくわえたまま死ねって言うのか?ふざけるな!そんな糞野郎共が生かしてたまるかッ!だから俺達はこの技術を用いて蘇ったんだ!そして、もらった体によってゴミ以下の人間よりも何倍も素晴らしい人生を歩んでみせる!その自信がある!そうだろ!みんな!!」
他の中年達も黙って彼の言う事を聞き、感動していた。中には元の体の生活を思い出してか涙を浮かべている中年さえいる。
「お前は、この偉大な技術を潰すつもりなんだろ?生きたいと思う人間に対して今まで通り死ねと言うんだろ?お前は悪魔以下の外道だ!どんな事をしてでも地獄に落としてやる!」
「・・・」
凄い言われようである。今までそのような言われ方をされた事は一度として無かった。
「だが、一つだけ安心しろ。お前の魂を完全に浄化した後、その体は新しい魂によって再生される。生きたいという事を純粋に願う新しく清い魂によってな」
『そうだ。この感じだ』
さっきから味わった違和感。それが一気に彼らから噴出しているようなそんな感覚がした。
「ま!待ってよ!あなた達の言う事は十分分かる!だけど、私達は今、その話を始めて知ったの!だから彼だって戸惑っているのよ!」
「うるさい!そいつは生きたいと思う人を殺そうとする大悪人だ!生きる価値などない!お前もそいつに味方するのならお前も浄化してやるぞ!」
「待ってよ!その事については私からも謝るから!だから!」
「帯野、下がっていろ。こいつらの目を見てみろ。こいつらは本気だ。俺だけを狙っているのならお前には危害を加えるつもりはないだろう。俺は全力で応じるのみ!」
敵意の視線は完全に一道に向けられていた。敵意というよりは殺意であった。ビシビシと一人に向けられるその負の感情は重く、吐き気さえ催させるぐらい強いものだった。
「本気でたった一人でやるつもりか?俺達をとことんバカにしやがって・・・」
「さっきも言ったが、俺は容赦しないぞ」
一道が一歩、踏み出すとみんな身構えた。そこで背後で動きがあった。
「確率とか可能性だとか数字で人を判断して、生まれてきた何の罪もない子を手にかけて人間ってそんなものじゃないでしょ!アンタもこの人たちの味方をするの?」
「いや、俺はそんな風には・・・」
元気は動揺しているようであった。もう決して読む事ができないと諦めていた大好きなマンガが後、数年してこの赤ん坊がマンガを書ける歳になったら続きが読めると考えれば自然と心が揺らいだ。
「何で、何でこんな死んで行くはずだった人達を守る為に昌成君が・・・昌成君が・・・昌成君が死ななきゃならないのよ!」
ソウルドを発し赤ん坊の前に出るとその幼い顔が昌成の顔と一瞬ダブった。
「た、た・・・す・・・げ・・・でぇ・・・」
その赤ん坊はまだ成長してない声帯で声を絞り出した。その未発達な体では戦う事は愚か逃げる事も出来ない。ただ訴えかけるしかなかった。その姿を見て悠希は振り上げたソウルドをおろす事が出来なかった。
「く・・・くぅ!出来ない!私には!この子達の魂は無垢じゃなくて既に歪んでいるのに!汚れているのに!それなのに!」
元気は震える悠希の肩に手を乗せた。
「出来ないのなら仕方ない。行こう。まだまだ先はあるんだ」
「ホッ・・・理由はどうあれ、天才を殺さないでいてくれるのか・・・」
神村は安堵した。だが、その発言に元気は激昂した。
「俺達はアンタ達の野望を阻止する。それは変わらない!これから先、間違いをし続けるお前達を見過ごすわけがない!」
「間違いな訳がないだろう!ここにいる人々の価値を本当に理解しているのか?一般的な1人の人間が一生のうちに稼ぐ事が出来るのは1~2億ぐらい。君達はコネがあるか?立場があるか?学も才能も家系もない人間は毎日必死こいて働いたとして全員で5億もいかんだろう。この人達は1人でさえ数十億、いや数百億は下らないんだぞ!その計画と潰すだと?人類そのものの損失になると言う事がなぜ分からない!」
「人は数字じゃない!何%だとかいくらだとかアンタ、そんな事ばかり言うけど、人の真の価値って数字で決めるんじゃねぇ!」
「全く・・・君達はまるで進歩がない。本当に愚か者だ。そうやって物事を論理的に捉えないから判断を誤るのだ。縁があるとか義理があるとか血のつながりがあるとか・・・そんな感情に惑わされた結果が今のような危機的状況なんだ!ここで断ち切らなければならないんだよ!痛みを堪え、悲しみを受け入れながら・・・そうしなければ人類は終わるんだ!分かるか!!」
どちらも自分達の主張を曲げようとせず両者の意見は平行線を辿ったままであった。
「君達はこの先で死ねばいい」
2人は特に反論もしなかった。そのままにしておくわけにはいかないから包帯で男の手をギュッと後ろ手に縛って、彼らは先を行く。残された天才達の魂を持つ乳児達のこの先、才能を再び開花させる事になるのか?それは数年経たねば分からない事だろう。
20人以上の中年達に囲まれ、覚悟を決めた一道、ソウルドを両手から発動した。防御に回れば一気にやられると判断した一道は自ら攻撃を仕掛けようと前に出た。その時であった。
「何!アイツは!」
最後に出てきた二人の男女に一道は愕然として、和子のほうを見た。幸い、和子は他の集まっている中年達に木を取られているのかただ単に覚えてないのか見ていなかった。その男女は西黒姉弟であった。弟の方は和子を襲おうとして一道に斬られた少年で、姉の方は弟の敵討ちをしようとして一道に斬りかかろうとして慶に斬られた女性だ。二人は一道と慶のソウルドの発動に起因した人物である。二人は一道と慶によって斬り殺され、その後の所在は知らなかった。
『こんな奴らの体も利用するのか!!』
魂は既に無くなっているから病院に保護されたのだろう。身元引受人がいないという話だったのでその後、別人の魂を植えつけられたのだろう。体であればなんでもいいとする病院側の姿勢に一道は激しい憤りを感じた。自然と拳に力が入った。
「うううぅぅ!」
バタッ!
何と、一道はまだ何もしていないと言うのに前の一人の中年男が転倒したのだ。その中年男は顔面蒼白でかすかに震えいかにも気分が悪そうであった。
「泰隆!泰隆!しっかりしろ!頑張れ!頑張るんだ!」
「ここでくじけてどうするんだ!泰隆!」
「戦うって決めたじゃないか!泰隆!」
「頑張れぇぇ!」
「ファイトだ!負けるなぁぁぁ!」
周りの中年男性達は、倒れている泰隆という男を励ましていた。目の前に敵がなる奴がいるというのに、そばにいた全員が大きな声を上げていた。応援されている泰隆といえば、歯を食いしばって立とうとしていた。一道たちの事は放って置かれ、立っているような状態であった。あまりにも隙だらけで斬りに行こうと思えば多くの者達を無抵抗のまま斬る事が出来るだろうが何が起こっているのか分からないまま行動を起すのはよくないと思って、踏み止まらせた。
「やっぱりおかしいよ。この人達」
和子も気にしていた。注意深く、周りの者達の一人、一人を観察していく。すると一道はおかしな点に気がついた。何人か支えられている人がいたし、後ろの方ではあるが車椅子の男さえいるのだ。これから戦うというような状態には見えなかった。
「・・・」
「どうしたの?」
一道は、和子がいつ彼女を襲おうとした西黒の事を思い出すのか苦慮していた。
「あ・・・いや、病人かも・・・しれないな」
「何かそうっぽいけど。本当にそう?」
「俺だって分からん」
明らかに情報不足であった。病院側には一道達の事は殆ど分かっているだろうが、病院の事は勇一郎が集めた古くそして表面的な情報しか分からず全容に関してはまるで分かっていないのだ。慎重にならざるを得なかった。
「あなた方は、俺達が目の前に立っている事を忘れているんですか?」
冷静に一道が尋ねると男達はにらみつけながらこちらに対して怒鳴った。
「そんな訳あるか!言われなくても!」
「お前達は僕らを殺しに来たんだろ?だから、僕らもお前達を殺すんだ!」
「お前らは悪い奴なんだ!お前らなんか死んじゃえ!」
見た目は中年なのに、言動は稚拙だと思えた。その中の一人の中年がモップを持って一道に向かってやってきた。
ソウルフルは製造、組み立ては量産体制にまで至っておらず技術者が自らの手で完成させている為に限られた人しか持っていないという話である。だから、持てない者はモップなど日常のものなどを武器として代用するしかないだろう。
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
声だけは立派であったがこちらに向かってくるスピードも遅く、間合いの取り方は酷いものであった。ただ意味もなく近付くだけ。だから一道はソウルドを使うことさえせず突き飛ばした。突き飛ばされた男は激しく転倒し、一道達の想像にも及ばない行動に出た。
「痛い!痛いよぉ!!ママぁ!うわぁぁぁぁぁ!」
その男は突然泣き出したのだ。しかも母親に助けを求めるようにしていた。
「まさか?いや、そんな事をする理由がどこに?」
一道は分かり始めていたがまだそれは疑っていた。
「まさかって何が分かったの?」
「よくも則ちゃんを!」
モップや中にはナイフなどの凶器を持っている中年達、中にはソウルドを発動している者も何人かいて、ゆっくりと一道達に迫る。しかし、先ほど斬られた中年と同じく動きは遅く、体を動かすタイミングさえもおかしいと武術に対して素人の和子にさえ思えた。そんな者たちを相手にするのは造作もない事のようで一道は数人、突き飛ばし、一人の後ろ手を取った。
「いたたたたぁぁぁ!やめろ!やめろよぉ!!」
「やめろ!お前達どうしてそんな体をしているんだ!おい!」
一道は一人を人質みたいな形にして説得を始めた。
「うるさい!俺達のやっている事に反対のお前達は死んでもらわなければならないんだ!」
後ろに立つ青年はソウルフルを持っており、大声を上げた。中年達に混じって青年がいたので分かりやすかった。どうやらその彼が中年達を仕切っているようであった。
「命を粗末にするな!お前達、子供では俺に勝てない!」
「自惚れてんじゃねぇ!何であろうと!俺はお前達を殺すんだ!」
「子供って!?どうしてあんな中年の体に!?」
「俺だって知るか!」
和子には理解できなかった。一道もその全ては理解していないだろうがその動きや言動でその事実は動かしようが無かった。その現実は2人ともただ事ではない事はひしひしと感じていた。
「コイツは悪人だ!俺達を殺しに来たんだ!俺達は一度死んだ身だ!怖いものなんてない!行くぞ!」
「やめるんだ!ここにお前達の友達がいるんだぞ!」
中年の後ろ手を取った一道はいわば人質をとっているような状況であった。
「卑怯者が!その手を離せ!」
「俺は話をしたいだけだ!落ち着け!落ち着くんだ!」
ジリジリと近付いてくる男達。それは異様な光景であり、一道は後ろに下がるしかなかった。囲まれ、追い詰められていく。そして、壁に背をつけようとしたときであった。
「あ!」
壁からソウルドが伸びていた。ソウルドは壁を透過する。一道を追い詰めて突き刺すつもりなのだろう。それに和子は気付いてしまった。だから、壁の向こう側で発動させているであろう人を斬ってしまった。深くではなく浅かったがその魂を見るには十分だった。
ズシャァ!!
「あああぁ!」
「バカが!覚悟もないのに斬るな!」
一道は和子に怒鳴った。和子はそのまま全身を震わせて膝を突いた。あまりの衝撃に悪寒が体中を支配したのだろう。それは始めて人を斬ったのもあるかもしれない。だが、それ以上に・・・
「今の人、女の子だった!何で!」
和子が感じた魂の感覚。
『私、死んじゃうの?』
目の前に30代ぐらいの男がこちらを見下ろしている。どうやら、これは病院で寝ている人の視点のようであった。
『何を言っているんだよ。手術が成功すれば生きられるどころか外に出て元気に遊べるさ。行ってみたいだろ?外に・・・』
『うん。でも、手術って大変そう』
『何を言っている。先生の皆さんはみんな優秀だからちょちょいのちょいで終わるさ』
『良かった~』
それは、病弱な女の子の両親とのやり取り。それを和子は理解した。その重さに思わずしゃがみ込んでしまった。
「女の子だとぉ!?そこまでして何故だ!何故、こんな体にこだわる!」
「俺達はな!病気だったんだ!みんな、寿命は持って後10年とか数年って宣告されていたんだ。だから俺達は体を入れ替わらせてもらった!」
一瞬、耳を疑うぐらいの衝撃の事実。呆然としてしまいそうになったが頭を振って意識を保ち一道は彼らに言った。
「自分達が生きるためなら、他人の魂などどうでもいいって言うのか!」
「そうだ!どうでも良いね!死にたい奴の魂なんかな!」
連続して聞く事になる驚愕の真相。一道達の堅い決意も揺らいでしまうほどであった。
「死にたい奴!?この人達、全員か?」
「そうさ。こいつら全員、死にたがっていた奴なんだ。だから、そんな奴らを集めて俺達がそのボディを有効的に使用しているだけだ!」
「有効的に使用?」
「こいつらは喜んで自らの体を提供していったんだ!死ぬ事が出来る上に誰かの命を救う事が出来るなんてこんなにもありがたい事はないって言ってな!だから使ってやっている!本人達が許可したんだ!お前達に無関係な奴らが何を言う権利がある!」
日本人の自殺者の割合で最も多いのは中年男性という。そういった自殺願望者達を集めた結果、このような非常に偏った集団になったのだろう。病人に対して体を差し出す自殺者。それは、秀逸なギブ&テイクの精神なのだろう。しかし一道や和子には何か引っかかった。その言葉に隠された真意と言うものを・・・魂が何故か違和感を覚えていた。それが分かるまでは賛同など出来なかった。
「お前達は俺達、病人にその体のまま死ねというのか?術があるのに生きるなというのか!そんな倫理観で!」
「くっ!!いや、そこまでは言わない。言わないが、上に行った人たちとの約束がある!それは果たさなければならない!だからこの先を行く!だから退いてくれ!」
「それで俺達の生きる方法を潰すつもりだろう!そうはさせない!」
「結果は分からん!だが、仲間を裏切るわけにはいかない!頼むから退いてくれ!」
「お前達は、俺達の生きる希望を壊す悪魔だ。誰が行かせるものかよ」
奥の通路を完全にふさぐ中年達。
「言って分かってくれないのなら無理矢理にでも排除するぞ!俺達に攻撃しようとする者、奥の通路を遮る者、それらに当てはまる人はこれから強制的に排除する!」
「それって武田君、殺すってこと?」
和子は迷っていた。本当にこのまま押し通してよいものなのか。だが、彼らはこちらの言う事は信じてくれないだろう。
「このまま行かせてくれるのであれば無用な殺生はしない」
「この野郎。上から目線で・・・」
「君達は見たところ、肉体を換えてまだ間もない。だから体を動かす事に慣れていないんだ。俺と戦えるとは到底」
その言い方は確かに病人達の神経を逆立てしてしまうのは仕方ないかもしれない。
「あからさまにバカにしやがって俺達は全員で38人もいるんだぞ!たった2人で何が出来る!」
一道は話を聞かず先ほど突き飛ばした中年が落としたモップを手に取り、軽く振ってみる。
「ふぅん・・・すまないが、ちょっとアイツらに分からせる為に手伝ってくれ」
「手伝うって何を?」
「すまないが少し怖い思いをしてもらうが動かなければそれでいい。いいか?」
「え?何それちょ!ちょ!ちょっと待ってよ!」
「動くなと言っている!行くぞ!」
「ひぃ!」
和子の体は硬直した。一道は猛スピードでモップを振り下ろした。
ズッ!
斬る音が鈍く聞こえた。今まで聞いた事の無い音で、目の前にモップの先端が一瞬だけ見えた。誰もが当たったとしか思えない距離感であった。
「う・・・!あ!あ!当たってんじゃないの!」
「痛い所はあるか?」
「それは・・・」
体中を触り見回すと、何ともなかった。顔も触ってみるが何ともなかった。
「ないけど・・・こう言う事はもっとちゃんと決めてから」
「どうだ?これでも俺と戦いたいと思うのか?」
和子の抗弁を聞かず、一道は中年達に問うた。
「ヤバイよ。あんなのに勝てるわけないよ!」
中年達はざわつき始めた。そのようなデモンストレーションを見たことがないのだろう。
「待て!あんなのちょっとした脅しにしか過ぎないだろ!練習しまくったんだ!そうに違いない!だからお前ら落ち着けよ!」
「僕は折角、病人の体をやめて生きられる体になったんだ!こんな所で死にたくないよ!」
「思い出せっ!!みんな忘れたのか!!」
ありったけの声で叫んだ。その声に一同黙って止まった。一道と和子は何もせずそのやり取りを聞いていた。ひょっとしたら時間稼ぎかもしれないが、そんな事は分からないほど真剣みを帯びていた。
「忘れたのか?体を替えた事で、毎日のように続いていた痛みや辛さから解放されたあの瞬間。後数年で死ぬって言われていたのに更に数十年生きられるって言われた時の嬉しさ。たとえ貧相なおっさんの体であってもたったそれだけで俺達は幸せになることが出来た。今だって幸せなんだ!それを一人でも多くの同じように病気を持っている人に感じてもらおうってみんなで誓ったじゃないか!それをここでちょっと強い敵が現れたってだけで簡単に投げ捨てるのか?自分の魂さえ助かればそれでいいのか?俺達がやっている事は多くの人を幸福にする素晴らしい事だ!俺達は元々死んだ命だったじゃないか?ならたとえコイツに殺されたってそれは名誉ある死だ!無駄な死ではない!だから俺は戦う。たった一人になっても、多くのこの技術を待っている人達のために・・・同じように苦しんでいる病気の人たちのために!そんな辛い人たちに一人でも多くの笑顔のために!」
「名戸さん」
「名戸っち!!」
「ごめん!僕らが間違っていたよ!」
みな、心を入れ替え逃げようとする人間は一人もいなくなった。
「みんなやる気みたいだけど、ど、どうするの?武田君、この人達を?」
恐る恐る聞いた。最悪の答えを出すかもしれない。それを確認する為に聞いてみた。
「言って分かってくれる人たちではないようだからな。それでも極力穏便に済まそうと思う」
その穏便という言葉が引っかかった。
「たった2人で俺達を何とかできると思っているのか!トコトンなめやがって!」
「待ってよ!あなた達も!暴力で何もかも解決するなんて野蛮な事は!人間でしょ?話し合えば分かり合う事だって!」
『話は分かる。確かに分かる。自殺願望の人の体を使って、幾ばくかの残り少ない命を延ばすという事・・・だが、何かきな臭さのようなものを感じる。これは一体、何なんだ?』
一道は払拭できない感覚に苛立っていた。だからこそ、ソウルドを収めようという気になれなかった。
「そいつには永遠に分からないだろうな」
「え?」
「生きていると言う事が当たり前過ぎて自分は死ぬなんて事を全く疑わない奴に俺達の絶望なんて分かるまい!」
それは一道に対しての明らかな拒絶を思わせた。中心にいる名戸と呼ばれた男は言葉を続ける。こちらに彼らの情報はない。静かに聞いていた。
「俺のこの体の元所有者が何で俺に体を譲ったのか分かるか?」
「うう~ん。この世が嫌になったんじゃない?不幸が続いたとかで・・・」
和子が答えて見た。それぐらいしか思いつかなかった。
「その逆だ!不幸なんて何もなかったんだ!満ち足りた生活をしていた!家は金持ちで友達も多く、病気知らずの健康体だった!なのに何故コイツは俺に体を譲ったのか?それはこの体の元所有者のバカ野郎は『変化に乏しい毎日に飽き飽きしてこのまま生きていてもしょうがない。だけども、ただ死ぬのも嫌だから何となく淡々と生きていたんだ。そんな時、この話を聞いて嬉しくなったよ。魂だけ死んで体はそのまま残す事が出来るなんて』ってな。『もし、この体を役立ててくれるのなら君にあげるよ』と抜かしやがったんだぞ!」
「・・・」
「奴は最期にこう言い残した。『この体を上手く使ってくれる人がいるのなら生まれてきたのも悪くなかったかな』ってな・・・この俺達の悔しさ、屈辱がお前に分かるのか!!そこの武田とか言う奴!」
「・・・」
一道は何も答えようとしなかった。ただ、黙って話を聞いていた。
「人生は嫌な事だらけだから死にたいとか簡単に言ったり、毎日が面白くないから死にたいなどと言うようなこんなゴミ屑みたいな奴らが何もせずとも生きられて、何故1日でも多く生きたいと思い続ける俺達は病魔に心身ともに蝕められていった挙句、死ななければならないんだ!お前達に答えられるのか!何故こんな理不尽な話が何で許される!神様が決めたら何でも従わなければならないのか?そんなゴミみたいな奴らが生きているのを俺達はただ見ていて、指をくわえたまま死ねって言うのか?ふざけるな!そんな糞野郎共が生かしてたまるかッ!だから俺達はこの技術を用いて蘇ったんだ!そして、もらった体によってゴミ以下の人間よりも何倍も素晴らしい人生を歩んでみせる!その自信がある!そうだろ!みんな!!」
他の中年達も黙って彼の言う事を聞き、感動していた。中には元の体の生活を思い出してか涙を浮かべている中年さえいる。
「お前は、この偉大な技術を潰すつもりなんだろ?生きたいと思う人間に対して今まで通り死ねと言うんだろ?お前は悪魔以下の外道だ!どんな事をしてでも地獄に落としてやる!」
「・・・」
凄い言われようである。今までそのような言われ方をされた事は一度として無かった。
「だが、一つだけ安心しろ。お前の魂を完全に浄化した後、その体は新しい魂によって再生される。生きたいという事を純粋に願う新しく清い魂によってな」
『そうだ。この感じだ』
さっきから味わった違和感。それが一気に彼らから噴出しているようなそんな感覚がした。
「ま!待ってよ!あなた達の言う事は十分分かる!だけど、私達は今、その話を始めて知ったの!だから彼だって戸惑っているのよ!」
「うるさい!そいつは生きたいと思う人を殺そうとする大悪人だ!生きる価値などない!お前もそいつに味方するのならお前も浄化してやるぞ!」
「待ってよ!その事については私からも謝るから!だから!」
「帯野、下がっていろ。こいつらの目を見てみろ。こいつらは本気だ。俺だけを狙っているのならお前には危害を加えるつもりはないだろう。俺は全力で応じるのみ!」
敵意の視線は完全に一道に向けられていた。敵意というよりは殺意であった。ビシビシと一人に向けられるその負の感情は重く、吐き気さえ催させるぐらい強いものだった。
「本気でたった一人でやるつもりか?俺達をとことんバカにしやがって・・・」
「さっきも言ったが、俺は容赦しないぞ」
一道が一歩、踏み出すとみんな身構えた。そこで背後で動きがあった。