髭を剃るとT字カミソリに詰まる 「髭人ブログ」

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The Sword 最終話 (6)

2011-02-06 19:33:07 | The Sword(長編小説)
悠希の手からはソウルドが現れていた。
「確率とか可能性だとか数字で人を判断して、生まれてきた何の罪もない子を手にかけて人間ってそんなものじゃないでしょ!アンタもこの人たちの味方をするの?」
「いや、俺はそんな風には・・・」
元気は動揺しているようであった。もう決して読む事ができないと諦めていた大好きなマンガが後、数年してこの赤ん坊がマンガを書ける歳になったら続きが読めると考えれば自然と心が揺らいだ。
「何で、何でこんな死んで行くはずだった人達を守る為に昌成君が・・・昌成君が・・・昌成君が死ななきゃならないのよ!」
ソウルドを発し赤ん坊の前に出るとその幼い顔が昌成の顔と一瞬ダブった。
「た、た・・・す・・・げ・・・でぇ・・・」
その赤ん坊はまだ成長してない声帯で声を絞り出した。その未発達な体では戦う事は愚か逃げる事も出来ない。ただ訴えかけるしかなかった。その姿を見て悠希は振り上げたソウルドをおろす事が出来なかった。
「く・・・くぅ!出来ない!私には!この子達の魂は無垢じゃなくて既に歪んでいるのに!汚れているのに!それなのに!」
元気は震える悠希の肩に手を乗せた。
「出来ないのなら仕方ない。行こう。まだまだ先はあるんだ」
「ホッ・・・理由はどうあれ、天才を殺さないでいてくれるのか・・・」
神村は安堵した。だが、その発言に元気は激昂した。
「俺達はアンタ達の野望を阻止する。それは変わらない!これから先、間違いをし続けるお前達を見過ごすわけがない!」
「間違いな訳がないだろう!ここにいる人々の価値を本当に理解しているのか?一般的な1人の人間が一生のうちに稼ぐ事が出来るのは1~2億ぐらい。君達はコネがあるか?立場があるか?学も才能も家系もない人間は毎日必死こいて働いたとして全員で5億もいかんだろう。この人達は1人でさえ数十億、いや数百億は下らないんだぞ!その計画と潰すだと?人類そのものの損失になると言う事がなぜ分からない!」
「人は数字じゃない!何%だとかいくらだとかアンタ、そんな事ばかり言うけど、人の真の価値って数字で決めるんじゃねぇ!」
「全く・・・君達はまるで進歩がない。本当に愚か者だ。そうやって物事を論理的に捉えないから判断を誤るのだ。縁があるとか義理があるとか血のつながりがあるとか・・・そんな感情に惑わされた結果が今のような危機的状況なんだ!ここで断ち切らなければならないんだよ!痛みを堪え、悲しみを受け入れながら・・・そうしなければ人類は終わるんだ!分かるか!!」
どちらも自分達の主張を曲げようとせず両者の意見は平行線を辿ったままであった。
「君達はこの先で死ねばいい」
2人は特に反論もしなかった。そのままにしておくわけにはいかないから包帯で男の手をギュッと後ろ手に縛って、彼らは先を行く。残された天才達の魂を持つ乳児達のこの先、才能を再び開花させる事になるのか?それは数年経たねば分からない事だろう。

20人以上の中年達に囲まれ、覚悟を決めた一道、ソウルドを両手から発動した。防御に回れば一気にやられると判断した一道は自ら攻撃を仕掛けようと前に出た。その時であった。
「何!アイツは!」
最後に出てきた二人の男女に一道は愕然として、和子のほうを見た。幸い、和子は他の集まっている中年達に木を取られているのかただ単に覚えてないのか見ていなかった。その男女は西黒姉弟であった。弟の方は和子を襲おうとして一道に斬られた少年で、姉の方は弟の敵討ちをしようとして一道に斬りかかろうとして慶に斬られた女性だ。二人は一道と慶のソウルドの発動に起因した人物である。二人は一道と慶によって斬り殺され、その後の所在は知らなかった。
『こんな奴らの体も利用するのか!!』
魂は既に無くなっているから病院に保護されたのだろう。身元引受人がいないという話だったのでその後、別人の魂を植えつけられたのだろう。体であればなんでもいいとする病院側の姿勢に一道は激しい憤りを感じた。自然と拳に力が入った。
「うううぅぅ!」
バタッ!
何と、一道はまだ何もしていないと言うのに前の一人の中年男が転倒したのだ。その中年男は顔面蒼白でかすかに震えいかにも気分が悪そうであった。
「泰隆!泰隆!しっかりしろ!頑張れ!頑張るんだ!」
「ここでくじけてどうするんだ!泰隆!」
「戦うって決めたじゃないか!泰隆!」
「頑張れぇぇ!」
「ファイトだ!負けるなぁぁぁ!」
周りの中年男性達は、倒れている泰隆という男を励ましていた。目の前に敵がなる奴がいるというのに、そばにいた全員が大きな声を上げていた。応援されている泰隆といえば、歯を食いしばって立とうとしていた。一道たちの事は放って置かれ、立っているような状態であった。あまりにも隙だらけで斬りに行こうと思えば多くの者達を無抵抗のまま斬る事が出来るだろうが何が起こっているのか分からないまま行動を起すのはよくないと思って、踏み止まらせた。
「やっぱりおかしいよ。この人達」
和子も気にしていた。注意深く、周りの者達の一人、一人を観察していく。すると一道はおかしな点に気がついた。何人か支えられている人がいたし、後ろの方ではあるが車椅子の男さえいるのだ。これから戦うというような状態には見えなかった。
「・・・」
「どうしたの?」
一道は、和子がいつ彼女を襲おうとした西黒の事を思い出すのか苦慮していた。
「あ・・・いや、病人かも・・・しれないな」
「何かそうっぽいけど。本当にそう?」
「俺だって分からん」
明らかに情報不足であった。病院側には一道達の事は殆ど分かっているだろうが、病院の事は勇一郎が集めた古くそして表面的な情報しか分からず全容に関してはまるで分かっていないのだ。慎重にならざるを得なかった。
「あなた方は、俺達が目の前に立っている事を忘れているんですか?」
冷静に一道が尋ねると男達はにらみつけながらこちらに対して怒鳴った。
「そんな訳あるか!言われなくても!」
「お前達は僕らを殺しに来たんだろ?だから、僕らもお前達を殺すんだ!」
「お前らは悪い奴なんだ!お前らなんか死んじゃえ!」
見た目は中年なのに、言動は稚拙だと思えた。その中の一人の中年がモップを持って一道に向かってやってきた。
ソウルフルは製造、組み立ては量産体制にまで至っておらず技術者が自らの手で完成させている為に限られた人しか持っていないという話である。だから、持てない者はモップなど日常のものなどを武器として代用するしかないだろう。
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
声だけは立派であったがこちらに向かってくるスピードも遅く、間合いの取り方は酷いものであった。ただ意味もなく近付くだけ。だから一道はソウルドを使うことさえせず突き飛ばした。突き飛ばされた男は激しく転倒し、一道達の想像にも及ばない行動に出た。
「痛い!痛いよぉ!!ママぁ!うわぁぁぁぁぁ!」
その男は突然泣き出したのだ。しかも母親に助けを求めるようにしていた。
「まさか?いや、そんな事をする理由がどこに?」
一道は分かり始めていたがまだそれは疑っていた。
「まさかって何が分かったの?」
「よくも則ちゃんを!」
モップや中にはナイフなどの凶器を持っている中年達、中にはソウルドを発動している者も何人かいて、ゆっくりと一道達に迫る。しかし、先ほど斬られた中年と同じく動きは遅く、体を動かすタイミングさえもおかしいと武術に対して素人の和子にさえ思えた。そんな者たちを相手にするのは造作もない事のようで一道は数人、突き飛ばし、一人の後ろ手を取った。
「いたたたたぁぁぁ!やめろ!やめろよぉ!!」
「やめろ!お前達どうしてそんな体をしているんだ!おい!」
一道は一人を人質みたいな形にして説得を始めた。
「うるさい!俺達のやっている事に反対のお前達は死んでもらわなければならないんだ!」
後ろに立つ青年はソウルフルを持っており、大声を上げた。中年達に混じって青年がいたので分かりやすかった。どうやらその彼が中年達を仕切っているようであった。
「命を粗末にするな!お前達、子供では俺に勝てない!」
「自惚れてんじゃねぇ!何であろうと!俺はお前達を殺すんだ!」
「子供って!?どうしてあんな中年の体に!?」
「俺だって知るか!」
和子には理解できなかった。一道もその全ては理解していないだろうがその動きや言動でその事実は動かしようが無かった。その現実は2人ともただ事ではない事はひしひしと感じていた。
「コイツは悪人だ!俺達を殺しに来たんだ!俺達は一度死んだ身だ!怖いものなんてない!行くぞ!」
「やめるんだ!ここにお前達の友達がいるんだぞ!」
中年の後ろ手を取った一道はいわば人質をとっているような状況であった。
「卑怯者が!その手を離せ!」
「俺は話をしたいだけだ!落ち着け!落ち着くんだ!」
ジリジリと近付いてくる男達。それは異様な光景であり、一道は後ろに下がるしかなかった。囲まれ、追い詰められていく。そして、壁に背をつけようとしたときであった。
「あ!」
壁からソウルドが伸びていた。ソウルドは壁を透過する。一道を追い詰めて突き刺すつもりなのだろう。それに和子は気付いてしまった。だから、壁の向こう側で発動させているであろう人を斬ってしまった。深くではなく浅かったがその魂を見るには十分だった。
ズシャァ!!
「あああぁ!」
「バカが!覚悟もないのに斬るな!」
一道は和子に怒鳴った。和子はそのまま全身を震わせて膝を突いた。あまりの衝撃に悪寒が体中を支配したのだろう。それは始めて人を斬ったのもあるかもしれない。だが、それ以上に・・・
「今の人、女の子だった!何で!」
和子が感じた魂の感覚。

『私、死んじゃうの?』
目の前に30代ぐらいの男がこちらを見下ろしている。どうやら、これは病院で寝ている人の視点のようであった。
『何を言っているんだよ。手術が成功すれば生きられるどころか外に出て元気に遊べるさ。行ってみたいだろ?外に・・・』
『うん。でも、手術って大変そう』
『何を言っている。先生の皆さんはみんな優秀だからちょちょいのちょいで終わるさ』
『良かった~』
それは、病弱な女の子の両親とのやり取り。それを和子は理解した。その重さに思わずしゃがみ込んでしまった。


「女の子だとぉ!?そこまでして何故だ!何故、こんな体にこだわる!」
「俺達はな!病気だったんだ!みんな、寿命は持って後10年とか数年って宣告されていたんだ。だから俺達は体を入れ替わらせてもらった!」
一瞬、耳を疑うぐらいの衝撃の事実。呆然としてしまいそうになったが頭を振って意識を保ち一道は彼らに言った。
「自分達が生きるためなら、他人の魂などどうでもいいって言うのか!」
「そうだ!どうでも良いね!死にたい奴の魂なんかな!」
連続して聞く事になる驚愕の真相。一道達の堅い決意も揺らいでしまうほどであった。
「死にたい奴!?この人達、全員か?」
「そうさ。こいつら全員、死にたがっていた奴なんだ。だから、そんな奴らを集めて俺達がそのボディを有効的に使用しているだけだ!」
「有効的に使用?」
「こいつらは喜んで自らの体を提供していったんだ!死ぬ事が出来る上に誰かの命を救う事が出来るなんてこんなにもありがたい事はないって言ってな!だから使ってやっている!本人達が許可したんだ!お前達に無関係な奴らが何を言う権利がある!」
日本人の自殺者の割合で最も多いのは中年男性という。そういった自殺願望者達を集めた結果、このような非常に偏った集団になったのだろう。病人に対して体を差し出す自殺者。それは、秀逸なギブ&テイクの精神なのだろう。しかし一道や和子には何か引っかかった。その言葉に隠された真意と言うものを・・・魂が何故か違和感を覚えていた。それが分かるまでは賛同など出来なかった。
「お前達は俺達、病人にその体のまま死ねというのか?術があるのに生きるなというのか!そんな倫理観で!」
「くっ!!いや、そこまでは言わない。言わないが、上に行った人たちとの約束がある!それは果たさなければならない!だからこの先を行く!だから退いてくれ!」
「それで俺達の生きる方法を潰すつもりだろう!そうはさせない!」
「結果は分からん!だが、仲間を裏切るわけにはいかない!頼むから退いてくれ!」
「お前達は、俺達の生きる希望を壊す悪魔だ。誰が行かせるものかよ」
奥の通路を完全にふさぐ中年達。
「言って分かってくれないのなら無理矢理にでも排除するぞ!俺達に攻撃しようとする者、奥の通路を遮る者、それらに当てはまる人はこれから強制的に排除する!」
「それって武田君、殺すってこと?」
和子は迷っていた。本当にこのまま押し通してよいものなのか。だが、彼らはこちらの言う事は信じてくれないだろう。
「このまま行かせてくれるのであれば無用な殺生はしない」
「この野郎。上から目線で・・・」
「君達は見たところ、肉体を換えてまだ間もない。だから体を動かす事に慣れていないんだ。俺と戦えるとは到底」
その言い方は確かに病人達の神経を逆立てしてしまうのは仕方ないかもしれない。
「あからさまにバカにしやがって俺達は全員で38人もいるんだぞ!たった2人で何が出来る!」
一道は話を聞かず先ほど突き飛ばした中年が落としたモップを手に取り、軽く振ってみる。
「ふぅん・・・すまないが、ちょっとアイツらに分からせる為に手伝ってくれ」
「手伝うって何を?」
「すまないが少し怖い思いをしてもらうが動かなければそれでいい。いいか?」
「え?何それちょ!ちょ!ちょっと待ってよ!」
「動くなと言っている!行くぞ!」
「ひぃ!」
和子の体は硬直した。一道は猛スピードでモップを振り下ろした。
ズッ!
斬る音が鈍く聞こえた。今まで聞いた事の無い音で、目の前にモップの先端が一瞬だけ見えた。誰もが当たったとしか思えない距離感であった。
「う・・・!あ!あ!当たってんじゃないの!」
「痛い所はあるか?」
「それは・・・」
体中を触り見回すと、何ともなかった。顔も触ってみるが何ともなかった。
「ないけど・・・こう言う事はもっとちゃんと決めてから」
「どうだ?これでも俺と戦いたいと思うのか?」
和子の抗弁を聞かず、一道は中年達に問うた。
「ヤバイよ。あんなのに勝てるわけないよ!」
中年達はざわつき始めた。そのようなデモンストレーションを見たことがないのだろう。
「待て!あんなのちょっとした脅しにしか過ぎないだろ!練習しまくったんだ!そうに違いない!だからお前ら落ち着けよ!」
「僕は折角、病人の体をやめて生きられる体になったんだ!こんな所で死にたくないよ!」
「思い出せっ!!みんな忘れたのか!!」
ありったけの声で叫んだ。その声に一同黙って止まった。一道と和子は何もせずそのやり取りを聞いていた。ひょっとしたら時間稼ぎかもしれないが、そんな事は分からないほど真剣みを帯びていた。
「忘れたのか?体を替えた事で、毎日のように続いていた痛みや辛さから解放されたあの瞬間。後数年で死ぬって言われていたのに更に数十年生きられるって言われた時の嬉しさ。たとえ貧相なおっさんの体であってもたったそれだけで俺達は幸せになることが出来た。今だって幸せなんだ!それを一人でも多くの同じように病気を持っている人に感じてもらおうってみんなで誓ったじゃないか!それをここでちょっと強い敵が現れたってだけで簡単に投げ捨てるのか?自分の魂さえ助かればそれでいいのか?俺達がやっている事は多くの人を幸福にする素晴らしい事だ!俺達は元々死んだ命だったじゃないか?ならたとえコイツに殺されたってそれは名誉ある死だ!無駄な死ではない!だから俺は戦う。たった一人になっても、多くのこの技術を待っている人達のために・・・同じように苦しんでいる病気の人たちのために!そんな辛い人たちに一人でも多くの笑顔のために!」
「名戸さん」
「名戸っち!!」
「ごめん!僕らが間違っていたよ!」
みな、心を入れ替え逃げようとする人間は一人もいなくなった。
「みんなやる気みたいだけど、ど、どうするの?武田君、この人達を?」
恐る恐る聞いた。最悪の答えを出すかもしれない。それを確認する為に聞いてみた。
「言って分かってくれる人たちではないようだからな。それでも極力穏便に済まそうと思う」
その穏便という言葉が引っかかった。
「たった2人で俺達を何とかできると思っているのか!トコトンなめやがって!」
「待ってよ!あなた達も!暴力で何もかも解決するなんて野蛮な事は!人間でしょ?話し合えば分かり合う事だって!」
『話は分かる。確かに分かる。自殺願望の人の体を使って、幾ばくかの残り少ない命を延ばすという事・・・だが、何かきな臭さのようなものを感じる。これは一体、何なんだ?』
一道は払拭できない感覚に苛立っていた。だからこそ、ソウルドを収めようという気になれなかった。
「そいつには永遠に分からないだろうな」
「え?」
「生きていると言う事が当たり前過ぎて自分は死ぬなんて事を全く疑わない奴に俺達の絶望なんて分かるまい!」
それは一道に対しての明らかな拒絶を思わせた。中心にいる名戸と呼ばれた男は言葉を続ける。こちらに彼らの情報はない。静かに聞いていた。
「俺のこの体の元所有者が何で俺に体を譲ったのか分かるか?」
「うう~ん。この世が嫌になったんじゃない?不幸が続いたとかで・・・」
和子が答えて見た。それぐらいしか思いつかなかった。
「その逆だ!不幸なんて何もなかったんだ!満ち足りた生活をしていた!家は金持ちで友達も多く、病気知らずの健康体だった!なのに何故コイツは俺に体を譲ったのか?それはこの体の元所有者のバカ野郎は『変化に乏しい毎日に飽き飽きしてこのまま生きていてもしょうがない。だけども、ただ死ぬのも嫌だから何となく淡々と生きていたんだ。そんな時、この話を聞いて嬉しくなったよ。魂だけ死んで体はそのまま残す事が出来るなんて』ってな。『もし、この体を役立ててくれるのなら君にあげるよ』と抜かしやがったんだぞ!」
「・・・」
「奴は最期にこう言い残した。『この体を上手く使ってくれる人がいるのなら生まれてきたのも悪くなかったかな』ってな・・・この俺達の悔しさ、屈辱がお前に分かるのか!!そこの武田とか言う奴!」
「・・・」
一道は何も答えようとしなかった。ただ、黙って話を聞いていた。
「人生は嫌な事だらけだから死にたいとか簡単に言ったり、毎日が面白くないから死にたいなどと言うようなこんなゴミ屑みたいな奴らが何もせずとも生きられて、何故1日でも多く生きたいと思い続ける俺達は病魔に心身ともに蝕められていった挙句、死ななければならないんだ!お前達に答えられるのか!何故こんな理不尽な話が何で許される!神様が決めたら何でも従わなければならないのか?そんなゴミみたいな奴らが生きているのを俺達はただ見ていて、指をくわえたまま死ねって言うのか?ふざけるな!そんな糞野郎共が生かしてたまるかッ!だから俺達はこの技術を用いて蘇ったんだ!そして、もらった体によってゴミ以下の人間よりも何倍も素晴らしい人生を歩んでみせる!その自信がある!そうだろ!みんな!!」
他の中年達も黙って彼の言う事を聞き、感動していた。中には元の体の生活を思い出してか涙を浮かべている中年さえいる。
「お前は、この偉大な技術を潰すつもりなんだろ?生きたいと思う人間に対して今まで通り死ねと言うんだろ?お前は悪魔以下の外道だ!どんな事をしてでも地獄に落としてやる!」
「・・・」
凄い言われようである。今までそのような言われ方をされた事は一度として無かった。
「だが、一つだけ安心しろ。お前の魂を完全に浄化した後、その体は新しい魂によって再生される。生きたいという事を純粋に願う新しく清い魂によってな」
『そうだ。この感じだ』
さっきから味わった違和感。それが一気に彼らから噴出しているようなそんな感覚がした。
「ま!待ってよ!あなた達の言う事は十分分かる!だけど、私達は今、その話を始めて知ったの!だから彼だって戸惑っているのよ!」
「うるさい!そいつは生きたいと思う人を殺そうとする大悪人だ!生きる価値などない!お前もそいつに味方するのならお前も浄化してやるぞ!」
「待ってよ!その事については私からも謝るから!だから!」
「帯野、下がっていろ。こいつらの目を見てみろ。こいつらは本気だ。俺だけを狙っているのならお前には危害を加えるつもりはないだろう。俺は全力で応じるのみ!」
敵意の視線は完全に一道に向けられていた。敵意というよりは殺意であった。ビシビシと一人に向けられるその負の感情は重く、吐き気さえ催させるぐらい強いものだった。
「本気でたった一人でやるつもりか?俺達をとことんバカにしやがって・・・」
「さっきも言ったが、俺は容赦しないぞ」
一道が一歩、踏み出すとみんな身構えた。そこで背後で動きがあった。

The Sword 最終話 (5)

2011-02-05 19:29:45 | The Sword(長編小説)

「この世界はもう末期です。世界中、自然破壊や権力闘争。国家紛争などというものもある。このまま何も手を施さねば人間は共食いをして最後には自滅するでしょう。もう人類が自力で乗り越えるのを待つなどというそんな悠長な事をしていては人間など自滅するでしょう。そこで必要なのは天才。これに尽きます!ですが現在では悲しいことにこの世界では天才が出られない仕組みになっています!『出る杭は打たれる』なんて言葉がありますが、まさにそれです。いくら天才が現れたとしても普通の人間がその足を引っ張る。彼らは自分達より優れる天才の能力を妬み、その優れた者達に侵されるのではないかと恐れ、集団を用いて邪魔をする。許されるのですか?優れた者がその能力を遺憾なく発揮する事が出来ないなんて?昔、こんな話を聞いた事があります。かなりのIQを持つ天才と呼べる少年がいたのですが、彼は、普通の人間から無視されたのです。と言うよりも、普通の人間と、思考力に差がありすぎるために話や話題が噛み合わず、輪に入れなかった。頭が良いのに自分はこんなにも孤独なのだろうと、疎外感を味わい、やがてその寂しさを埋める為に薬物に手を出し、転落していった天才もいるのです。何故そのような事に遭わなければならないのですか?天才という存在は天才というだけで罪なんですか?日本は民主主義です。民主主義は多数決を基本とします。天才の優れた少数の意見も普通の人間の数によって潰されてしまうのです。常に保守的で普通の人間は変革を嫌い、楽ばかりしようとします。だから、面倒な事は集団で握り潰す事を平気でするのです。そのような現実を私は目の当たりにし、変えなければならないと確信したのです。そして答えが出ました。一部だけ天才がいるから普通の人間とズレが生じるのであれば全員、天才であればいいのではないかと・・・」
長い言葉を澱み無く言う。本気で繰り返し考え至った結論なのだろう。
「全員が天才?それとこの子供達に何の関係がある!」
「分かりませんか?人には限られた命がある。天才であっても普通の人であっても馬鹿な人間であっても・・・」
「何!?じゃぁこの子達は天才の魂を入れられたと言う事か!?」
「はぁ・・・これだけのヒントを与えて、ようやく辿り着きましたか。これだから普通の人というのは・・・」
こちらの思いつきの遅さに呆れているようであった。
「有効活用というものです。優れた者は若さを手に入れ、そのままその能力を存分に発揮し続ければいいのです。天才が死なずに新たな天才を生み出し続ければ世間の天才の割合がどんどん増える。よりよくなる事は当然です!」
力説していた。それが正義だと信じているのだろう。
「じゃぁ、元々のこの赤ちゃんの魂はどうするんだ?いや、どうしたんだ!」
神村はその点については触れず別の話を始めた。
「ちょっと大雑把に考えてみましょうか?仮に人間の割合として天才が子供100人のうち2人、普通の人間が95名、飛びっきりの愚者が3名、産まれるとしましょう。普通以下が98人ですよ。我が子の98%が普通以下。誰だってわが子は他人の子供より優れている。もしくは優れているだろうと願うのが親の人情でしょう。ですが現実はそんなものです。そして、一人の子供が成人するまでに親がかけるお金は1000万以上とも言われます。食費、学費、その他もろもろ。こんなにお金をかけて凡人以下になる確率が98%ですよ。宝くじを買うみたいなものです。宝くじよりは確率は高いかもしれませんけどね。それならば自分自身の為にそれだけのお金を懸けた方がどれほど有意義に使えることか・・・だからですよ。天才の魂をわが子に封じ込め、より活躍してもらった方がどれほど自分にとってメリットになるか・・・分かりますよね?」
「その2%を信じるのが人だろうが!」
「そう!人の可能性を信じてこそ人なの!」
その理屈はある程度の理解できたが認めたくは無かった。元気も叫び悠希も叫ぶ。神村は自説を続ける。
「2%に賭ける。愚かですね・・・何故なら3%の馬鹿の所為で自分に迷惑を被る可能性があるんですよ。例えば、事故を起したり、犯罪者になったり・・・態々そんな自分の足を引っ張る邪魔者を産み出したいと思う人間などいません。しかもそんな人間の為に貴重な時間や金を費やすなどあまりにも馬鹿げています。宝くじだって1枚買ってから結果が大外れだったからって1万円払えなんて話ありますか?」
「命は損得じゃない!」
それが元気達の考えの根幹だろう。
「ですが、現実は残酷です。あなた方は若いからまだ分からないんでしょうね」
「分かってたまるかっ!!」
「アンタ・・・アンタぁぁ・・・」
悠希が震えていた。
「何ですか?あなたは、確か・・・沼森さんでしたっけ?何か言いたげですが?我々の主張に同意を示してくれるのですか?」
「そんな事のために・・・そんな事のためにアンタ達はあの子を殺したって言うの?」
「あの子?ああ!昌成君の事でしっけ?その点に関してはお悔やみを申し上げますよ」
そうだと答えると思っていたのに意外な反応で軽く肩透かしを食った。
「その件は、全て、間氏が関与しています」
「間氏!?間 要?」
「彼は己の欲望を満たす為に何でもする男です。まさかあなた方知らないんですか?考えてみればそうですかね?田中氏があなた方に全てを話すとも思えませんからね」
「オッサンが黙っていた?何をだ!」
「黙っていたと言うよりは言えなかったのでしょうね。あなた方にとってはあまりにも酷な話ですから・・・」
「どう言う事だ?間 要は己の欲望を満たす為にって?」
「あの人は、人から恨まれる事に快感を覚える狂った性癖を持った人間なのです。ですから、あの人は人を殺したり、誰かに殺させたりする事に関して罪悪感の欠片もないのです。寧ろ喜び興奮する。先日、あなた方が山小屋に集まっている所に襲撃する事を提案し、仕向けたのは彼なんですからね。それで笑っていましたよ。生き残ったあなた方はどのように私を憎んでくれるのか楽しみだって・・・本当に救いようの無い人です」
2人に告げられる衝撃の事実。
「我々もあの彼にはほとほと迷惑をかけられましたよ。ですが、あの人によってソウルドのデータ収集に大いに貢献していただいたのですがね・・・ソウルド使いを集めやすかったのは事実ですし、ソウルド使いになる傾向がある人を見抜く才能にかけては超人的でした。ですが、やはりあの人はダメです。3%の悪人の中の3%の大悪人です。いや更に3%ぐらいの人かもしれませんね」
病院側の人間、全員の志が同じという訳ではないようであった。
「あの人には論理的には説明が付かない。カリスマ性のようなものがありました。あなた方も感じませんでしたか?何か惹きつけられるような感じを・・・それでいて彼の能力の高さは誰もが目を見張るところでした。自分の欲望の為ならば人を殺す事も厭わない行動力、その際に決して返り討ちに遭う事がないほどの身体能力、どのようにすれば人からより恨まれるかを考える思考力、警察に事情を聞かれてもふてぶてしいほどに部外者を装う事が出来る演技力。そして、そんな事を動ずる事なくやってのけるのにも関わらず人々を惹きつけるカリスマ性。これほどの天才と呼べる人間はなかなか現れるものではありません。ですが勿体ない。それを適材適所に活かす事が出来れば多くの人々の為に働く事が出来るのに、実に惜しい。才能を捨てているに等しい。政治活動をすればひょっとしたらかなりの大人物になるかもしれないというのに・・・嘆かわしい事です」
要との関係は確かに別のように思えなくもなかったが引っかかる部分があった。
「折角、生まれてきたというのに魂の置き場がない。そんなの・・・」
「魂の置き場。そうですね。折角、生まれてきた子供を残したいというのならば・・・じゃぁ、こういうのはどうでしょう?犬や猫などのペットに移植するというのは?最近ではペットも家族の一員と言いますからね。良いじゃないですか?わが子は犬や猫ってね。福西 鉄夫さんでしたっけ?その方も犬のボディにいたんでしたっけね?」
「お前達、やはりイカれている!」
「あなた方は人類が現在置かれている状態をあまりにも知らなさ過ぎる!」
「人類が置かれている状況それがどうした?」
「もはや人類は末期だと言ったでしょう。自然破壊、国家紛争、これらの問題に対して根本的な解決法がない!その政策をしたとしてもそれは一時的なものにしか過ぎず、時間の経過によりそれらの問題を忘れ、結局、同じ事を繰り返すのです!人類数万年。賢い生物だったのではないのですか?人々の争いは紀元前からあるのです!本当に賢いのならば止める方法が確立されているはずだとは思いませんか?しかし、今でも収束する事なく続いている。ならば、人類その物を根本的に変えるしかないのです!」
『人類』などと本か何かでしか聞かないレベルなのでイマイチ、その規模がつかめない。
「その為なら、産まれてくる魂はどうでも良いと!」
「全く分かってくれませんね。大多数の凡人以下によって人類を潰させる訳にはいかないのです!その為の犠牲など些細なものでしょうが!意識も記憶もない存在の価値など取るに足りないのです!仮に分かっているのなら、人類の為の尊い犠牲となれば死ぬのもやむなしと納得してくれるかもしれませんよ」
この者達と相容れることなど出来ないだろうと3人は思った。
「違和感の正体はコレだったのか・・・俺達の感覚は間違いではなかった!」
「分からないのであれば君達も新しい人類の礎となればいいのです!」
ガチャ!
隣のロッカーを開けて取り出したのはソウルフルであった。それを肩にかけて構えて見せた。
「先ほど、赤ちゃんの魂はどうしたと聞かれましたが、無駄になどしていませんよ。ここにちゃんとあります」
パンパンとソウルフルを叩いて見せた。彼らの考え方、やり方は常軌を逸していた。
「革命というものには小競り合いや犠牲がつき物ですからね。我々はそれを乗り越えてこの偉大なる使命を見事、完遂してみせます」
ソウルフルの弾はソウルドで跳ね返す事も可能である。しかし、その情報は知られているだろうから既に対処法が生まれているから狙って仕掛けるにはリスクが高すぎる。それに自分に向かっている弾を打ち返すのだから外せばやられるという危険を伴い、確実性に欠く。
「安心してください。あなた方の体は決して無駄にはしませんよ。あなた方の魂は滅んでもその抜け殻は天才に使ってもらいますからね・・・人類存続の為に・・・」
天才と言う言葉にこだわりすぎているように思えた。そんな時に、男の後方からオバちゃん看護婦が1人現れた。
「山倉さん!」
「先生!い、一体、何が!?」
「この3人は我々の崇高なる目標を邪魔しようと言うのです。力を貸してください」
「あなた達、もうやめない?別にあなた達に悪い事をしようという訳ではないの!」
病院の看護婦全員はこの計画の内容を知らないだろうと勇一郎は言っていたが、病院内で行われている事だから情報が漏れる事は仕方ないだろう。
「間 要って人の事もあるし、あなた方のやっている事はおかしいよ。天才の為なら何でもやって良いなんて」
「フン・・・そんな感情論は凡人いかの常套手段。何となく、何も根拠や証拠など無いにもかかわらず、ただそんな気がするという漠然とした理由だけで拒絶する。それが人を誤らせる!あなた達も凡人以下だからこそそう思えるのでしょうが・・・」
「アンタだって凡人だろう!アンタのどこに天才だっていう証拠がどこにあるんだ!」
「そう。無論、私も凡人以下ですよ。ですが私は天才などと自惚れてはいません。あなた方と大差はないですよ。私は天才の為ならば死んだって良いと思っています。だから、この計画だけは私達が責任を持って完遂させなければならない。私と言う凡人が今、愚かなる凡人どもに端に追いやられ窮屈な思いをしながら歩いている天才の為に歩き易い道を切り開いていく。それこそがこの私が命をかけてでも果たさなければならない課題!!」
その目は真剣そのものであった。ふざけている訳でも冗談のつもりでもないだろう。まさに本気である目。これ以上議論を重ねてもお互いの主張の平行線を辿るのみだろう。
「悠希!コイツに何を言っても無駄だ!今はここにいても仕方ない!行くぞ!」
「だけど、このままにしておくつもり?」
「今は、上に行く事が先決だろう!いちどー達のやっている事を無駄にするな!」
「う、うん」
「動くな!動くと撃つ!」
振り返ろうとした元気に対して神村がソウルフルを構えた。
「止めてください!先生!話せばきっと分かってくれますよ!」
神村と元気達の間に看護婦、立ちふさがった。
「話はしたんです!山倉さん!この愚か者達は理解などしてくれないのですよ!」
「今っ!悠希!行くぞ!」
元気は2人のやり取りをしているその瞬間、扉を開け、新生児室から飛び出そうとした。神村は出て行こうとする元気の事しか頭に無かった。咄嗟にソウルフルの引き金を引いていた。
「ダメ!」
何とその動きに合わせて看護婦が動いていた。後先など考えない反射的行動。ソウルフルから放たれた魂は看護婦の首から頭にかけて射抜いていた。
「何!うっ!」
そのまま貫通した弾は多少軌道が逸れ元気の肩を掠めた。
一応、受身は取ったので転がったという所であった。
バタッ!
目の前に転がる看護婦の山倉。魂を放出していた。もうどうする事も出来ない量であった。
「あ・・・どうしてこんな奴を庇って・・・これは、わ、私の、私の所為ではない!これは私の所為ではない!!こいつらが逃げ出そうとしたのが悪い!山倉さんが出てくるのが悪い!決して、決して私の所為ではない!!」
ガタッ!
神村は我を忘れ、ただ自分の責任ではないと呟いていた。ソウルフルを持つ事も出来なくなって、手から落とした。元気はそれを見るや、一気に走りこみ、発動したソウルドを神村の手に叩き込んでいた。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁ!!」
神村は、自分の手から出るソウルドを見て叫び、膝を着いた。
「はぁ・・・やった・・・」
安堵に胸を撫で下ろしていた。額にびっしりと汗をかいており、手の甲で拭うとヒンヤリと冷たかった。悠希を見ると、撃たれ倒れた山倉の手を握っていた。
「あなた達、分かって欲しい。1人でも多くの人を幸せにするには・・・0から始める事じゃないって・・・」
あふれ出る山倉の魂に触れ、悠希は知った。彼女にも息子がいたのだった。夫とは離婚していた。結婚する前は立派な青年であったが仕事での失敗がきっかけで挫折し、酒に溺れ暴力を振るうようになった。耐え切れなくなって離婚したわけだ。息子はと言うと、何も出来ない子供であった。頭が良いわけでもなく、運動神経も悪く、技術も優れた方ではなかった。彼女は看護婦と言う事もあり、てきぱきと何もかもこなす女性であった。女手一つで子供を育てたのだから当然だろう。だから何事も動作が遅い息子に対して辛く当たることが多かった。それから息子は学校でいじめられるようになった。彼女も息子に異変に気付いていた。親身になって聞いてやり、学校の方に伝えた。すると、いじめは確かになくなった。今度は皆、彼を無視するようになった。学校に行きたくないというと彼女は息子をこのように責めた。

「いじめがなくなったんでしょ!だったらもう何も悩む事ないでしょ!」
「あなたにはお父さんみたいになってもらいたくないの!しっかりしなさい!」
「ちゃんとしないとこれから先、生きていけないよ!いつまでも私が養っていく訳にはいかないの!いつかアンタ1人で生きていかなければならないのよ!分かっている?」

息子は自殺した。遺書にはこう書かれていた。

「ごめん。何も出来ない俺で・・・でも、お荷物が一つ減って楽になったでしょ?だから母さんが人生を謳歌してよ」

自分の言葉の所為で息子が追い詰められていた事を知らなかった。そしてここで知ったがそれを認めたくなかった。彼女は、悪いのは能力が無い息子だと思った。息子が自分に似て手を掛けずとも何でも出来ればここまで言う事もしなかったと・・・

「子供は親を選べないっていうけれど親だって子供を選べないのよ」

だから、彼女はこの計画を知って協力する事に決めたのだった。

計画を知りつつも人を大切にしたかった。だからこそこのような悲劇的な結末となってしまったのだろう。
「こうちゃん。私を怒るでしょうね・・・許せる訳ないよね。こうちゃん・・・ごめん」
そのまま彼女は魂を失った。
「おばさん。あなたの想いがちゃんと息子さんに伝わっていれば・・・」
悠希は悲しくなっていた。昌成を思い出したからだ。
「悠希!行くぞ!」
「!!どうして!そんな奴!人殺しなんだよ!だから!」
「だから殺せというのか?悠希。それではこいつらとやっている事が同じだぞ。コイツは人質として利用価値がある。だから連れて行く!」
「意味ないですよ。私なんか連れて行っても・・・結局、私は、計画に賛同していたにしか過ぎませんから」
「うるさい!それを決めるのはお前じゃない!!」
「殺してくれるのならそれで、体は天才達のために使ってあげてくださいね。もはや人殺しとなった私自身に価値がない」
まさに身も心も天才にささげるという気持ちなのだろう。それは、自己犠牲の精神と言うよりは狂信的で憐れに見えた。彼の言う事は無視する。
「だったら、その苦しみを味わえ!簡単に殺されてそれで全部が帳消しだなんて甘い事を誰がするかよ!」
元気が襟を掴んで言った。元気の迫力に悠希は圧倒された。
「くううう・・・」
「この子達・・・誰とも分からない魂を入れられて・・・」
「その子達には決して!決して!手を出さないで下さいよ!」
「うぅっ・・・あぅ~・・・」
数人の乳児達。こちらを見て怯えきっていた。彼らは抵抗する術がなければ逃げる事も出来ない。その上、声帯も未発達の為にやめろと声を出す事も出来ない状況であった。出来る事といえばせいぜい泣くぐらいしか出来ないのだ。生殺与奪という所であった。どうしようもない状況というのは人を不安にさせる。
「何をしようというのです!?あなたのその目の前の子は重 友良さんなんですよ!」
「な、何!『空から降る夢』の重 友良さんだって!?」
「そうです。あなた達だって知っているんでしょ?」
元気は衝撃を覚えたようであった。
「誰それ?」
「そ、そんな・・・」
悠希は知らないようであった。元気は身動きが取れないようであった。それもそのはずである。先日、交通事故で死亡したと報道された人気漫画家だったのだ。この病院に搬送された事は聞いていたがまさか魂を移し変えられたなどと夢にも思わなかった。元気の体は震えた。
「そのままこの赤ちゃんを育ててマンガを描かせるつもりか?」
「それはそうでしょう。その為にこのボディに重 友良の魂を封じ込めたのですから・・・数年後、計画が成功した暁にはこの子が重 友良さんであると公表します。それこそがこの研究の最大の成果の証明になりますからね。天才は生き続ける事が出来るのだと・・・分かったでしょう?現に目の前にその天才がいるのです。本人だけではなくあなた方にとっても十分なメリットになりうるのです。生き物の生命は有限です。それに重 友良さんのように不慮の事故によって短い生涯で終えてしまう場合もあります。そんな事が許されていいのでしょうか?あまりにも残酷ではありませんか!あなた達だって読みたいのではないのですか?このように人類にとって有用な人たちを残し続ける事が出来るんです!俳優、政治家、芸術家、肉体を使うスポーツ選手は難しいかもしれませんがありとあらゆる分野の優れた人材を失う事がない技術なのです!それがあなたの目の前に事実としてあるのですよ!どう育つかどうかも分からない子供とどっちが大切なのかあなた達だって冷静になって考えてみれば分かる事でしょう?」
男は、2人に熱く説得する。元気は息を呑んでいた。神村は、これは好機としてか話し続ける。

「我々はそれの実現するために日夜研究を続けて来たのです。人類にとって有益であり貴重であり無二である人間を生かし続ける計画。それがRFP。霊魂ふ・・・」
「そんな事のために1人の赤ちゃんの一生を奪うなんて間違っている!」
「あなたには彼の人材的価値が分からないのですか?なら、あなたの好きな文化人はいますか?特にボディの影響を受けにくい人。画家、漫画家、小説家、監督、これらの中で好きな人がいたら、その人は死ぬ事はないのですよ!ずっと新しい作品を生み出し続ける事ができるのです!」

神村が言う事が出来なかったRFPの正式名称は『霊魂不滅プロジェクト』と言う。
神村がこの計画に参加するようになったのは長い出来事の後である。
彼は20年前から産婦人科医であり、産まれて来る子供を取り出す事を始めて行った時の話だ。産婦人科医は母親よりも早く子供を抱く事が出来る。
その初めてのとき、彼はその小さくも温く軽くも確かな命を抱き上げて意味もなくただ涙をただ流した。それは彼の心の中に深く刻まれ、自分の仕事の責任の重大さを植えつける事となった。それからもずっと仕事にまい進し続けた。自分が生命の誕生の架け橋なのだと・・・
それから16年後の現在で言う4年前の出来事であった。いつものように朝、新聞を広げてザッと読んでいると神村は固まった。
一面にこう書かれていた。
『16歳少年、両親を刺殺』
それだけならば読んでも嫌な事件という程度の認識あったのだが、問題はその後である。
犯行に及んだ少年の名前は未成年である為、伏せられていたが、殺された両親の名前がフルネームで書かれていたのだ。
始めての患者であったから良く記憶していた。聞いていた住所も番地までは出ないが町までは見事に一致するし、少年の年齢も一致する。
もう間違いなかった。新聞は事件だけを大きく取り上げていただけで詳細はかかれてなかった。社会的に大きな事件だからテレビでも取り上げられ気になる少年の動機は後になって彼の供述から明らかになった。
少年はいじめられて登校拒否を起こしていた。その事を父親が知って彼にこう言ったという。
「情けない。お前はそれでも男か?それでも私の息子か?」
カッとなった少年は父親を殺そうとしたが、それを止めようとした母親を誤って刺し殺してしまった。気が動転した少年は訳も分からないままそのまま父親も殺したという。
少年の誕生時、両親は晴れ晴れとした顔が目に浮かんだ。
「この子は日本にとって必要な人間となるように立派に育てますよ!」
と、目を輝かせながら張り切っていたのが印象的であった。
神村は悩み苦しんだ。
生まれてきた命が何故このような愚かな事をするのか両親の気持ちは一体何だったのか当時、流した自分の涙は何だったのか?こんな少年を産んでもらうために自分は産婦人科医になったわけではないと思った。この情報だけでは少年だけが悪いとしか言えないが他にも何らかの事情があったかもしれない。
だが、神村は世間に出た話だけを鵜呑みにしていた。そして、考えは行き着く。
「馬鹿は滅べ。天才さえ生き続ければいい」
それは、病院側の計画と上手い具合にマッチするものであった。だからこそ彼は病院側に加担するのである。
『霊魂不滅』その意味は肉体が滅んでも魂は滅びないという意味である。

The Sword 最終話 (4)

2011-02-04 19:26:34 | The Sword(長編小説)
「!!」
「最近はその名前はあからさまに狙いすぎている嫌いがあるので本名を名乗るようにしたんです。ふっふっふ。腹が立つでしょう?法律では私を裁けない。ならば、私が不快であるならば殺すしかないのですよ」
あまり頭の中は怒りが爆発したままであったが体が着いていけないため、大きく息をしていた。
「くそ!くそっ!くそぉぉぉぉぉ!!」
剛はその場で悔しくなって叫んだ。
「お?なかなかいい塩梅になってきましたね。ですが、まだまだですよ」
近くにあった本棚からファイルを取り、投げた。散らばり、何枚かの紙が宙に舞う。それを隠れ蓑として剛は襲いかかろうと試みた。一方の要はその舞う一枚の紙を指で払った。その紙は何と剛の顔に覆うようにゆっくりと視線を隠していく。そのままソウルドで斬りかかる剛に対し、横からすり抜け後ろへと回りこみ押さえ込んだ。
「殺せぇぇぇぇ!!早く殺せぇぇぇぇぇ!!」
剛は怒りを爆発させた。
「自棄にならないで下さい。まだこの程度の憎しみは私の予想レベルなんですよ。もっともっと上げてもらわないと・・・お兄さんの所に行くのはそれからでも遅くは無いでしょう。限界まで頑張ってくださいよ」
それから要は退き、剛は立つ事もせず倒れたまま呟いた。
「勝てない。勝てない・・・僕には」
「君だけではなく君たちもね。そうだ。全員を相手に出来るのにあえて君一人だけを残した理由が分かりますか?」
もう質問されるのはうんざりであった。逆に言えばそれほど聞いて欲しい事なのだろう。
「知るか!」
「私は一品一品を深く味わいたいのですよ。例えばビールとラーメンが好きな人がいるとしよう。いくらビールとラーメン好きだからといって、ラーメンのつゆ代わりにビールを使う人はいない。交互に食する。混ぜちゃいけない。独立して食するべきだと思わないかい?そうだ。ポチッ鉄さんを殺した時、逃げたのも一緒。全員殺す事も出来たのだけどあの時全部、一気に食べてしまっては勿体ないと思ってね・・・やはり何をやるにも待つ時間って大切じゃないですか?欲しい物の発売日、料理を頼んでから出てくるまでの時間。その物をより深く味わう為のエッセンス。だから今日まで待ち付けてきたんですよ!!」
「くぅぅぅぅ・・・」
「?」
何と剛は涙を流していた。怒りはあるが大人と赤ん坊ぐらいもあるだろう圧倒的な実力差を肌で感じ、勝てない悔しさに涙が溢れた。
「それ、ナイッス~」
「どうしたらいいんだ。僕はどうしたらいいんだ・・・」
「最後の爆弾を投下しておこうか?取って置きの爆弾をね」
「うううう・・・」
もはや剛に要の言葉を聞く余裕もなかった。
「先日、君の兄は一人、バスケットをやっていたよ。その時、私のほかに4人いたんだよ。君達もあった事があるだろうけど馬場君、ニック君、向島君、大河原君がいて、馬場君が、君に兄に病院側に手を貸してくれと言ったが、君の兄は断った。それで、大河原君が噛み付いた。それで喧嘩になるんだけどやはりバスケット経験者、大きい割に動き割に俊敏でニック君が倒されそうになった。そこで私が助けに入ってバッサリとやってやった。私が君の兄の仇なんだよ。ほんの数m先にいるこの私がね。君の兄を殺した時の感触は未だにほんのり温かく残っているよ」
要が兄の魂を奪った事は知っている。だが、本人の口から詳細を説明されるというのは何とも耐え難い苦痛であった。
「あああああああ!!」
ありったけの力を込めて要を押し返した。かなりの力がいるかと思われたが力はすぐに消えた。どうやら、要自身が後ろに下がったようだった。
「いやいやいや・・・ありがとう。本当にありがとう。そして本当にすみません」
後ろに下がりつつ片手で手のひらを突き出し、お礼を言った。そして、彼が本気で変態である一言を吐いたのだった。
「ただいま、私、勃起中です」
わざわざ仁王立ちになり下半身を強調して見せて来た。彼の言う事は本当のようだ。言うや剛は要に襲い掛かる。冷静さなど消え失せ、ただ目の前にいる男を殺す事だけしか頭に無かった。
要は、避ける。避ける。避ける。ソウルドさえ合わせる事せず避け続けた。しかも下半身の動きは最小限にしつつ避ける。その動きは驚異的であった。機敏にパッパと避けるのではなく自然と流れに身を任すように余裕を持って避けるのだまるで剛がどのように斬りかかるのか知っているかのような動きだ。神がかり的とはこういう事を指すのだろう。剛は構わず斬りかかる。その際に、大きく振った腕が棚に直撃し、大濃い区体をよろめかせた。
ガキィ!
「体が大きいというのはこう狭く物が乱雑に置かれた場所で動く場合、不便だね」
グッと歯を食いしばって打った右腕を抑えた。右腕の骨にヒビが入ったようだ。
「痛い腕の中、悪いが最後の君の兄さんの言葉、教えてあげよう」
「『逃・・・げ・・・ろ』だってさ」
かなりの溜めがあって、言う。演技しているようであった。
「うがぁぁぁぁぁぁ!!」
剛は左手からソウルドを発動し、要に斬り掛かった。勝つとか負けるという次元ではなかった。ただ、この男を黙らせたい。その願望だけで剛は何度も立ち向かっていた。すると、要が今回初めてソウルドを抜いてスッと右腕を横に流した。
パッ!
剛には自分の左肩が一瞬、光ったようにしか見えなかった。サッと要が自分の横を通り過ぎて振り返った。その瞬間に、バッと魂が放出した。
「ああ・・・もう・・・」
これで死ぬかと思った。怒り疲れた。だが、要の真の残酷さはまだ続く。何故なら、この傷は致命傷ではなかったのだ。浅い切り傷であるがジンジンと伝わってくる痛みは剛の心を萎縮させた。まるで勝てない戦い。このまま戦い続けて何があるのか?いや、相手にとってしてみれば戦いなどではなくただ遊ばれるだけではないか?そしてあまりにも強すぎる要。今になって怯え、体が震えてきた。そんな剛を見取ってか優しい口調で要が言う。
「ごちそうさまでした」
要は静かに目を閉じ、両手を合わせてそういった。
「!?」
「それなりに楽しめたよ。もう君が更に私を憎しめる要素も出し切ったし、終わりですよ。及第点というところです」
要の目は冷め切っていた。剛に興味を失ったと言うそんな瞳であった。確かに先ほど強調されていた下半身も戻ってしまっている。
「こ、殺さないのか?僕はお前を・・・」
「そこまでする必要がないのです。今までなら殺していたんでしょうが私も成長しましたから・・・」
「こ、殺しさえしないのかっ!」
これほどの屈辱は無かった。この要は本当に人を弄んで喜ぶ下衆な男であった。あまりの悔しさのあまり涙が溢れた。
「こんな、ごんな・・・ばがにしやがっでぇ・・・」
「私自身、感謝こそして馬鹿になどしていないが、そのように解釈されてしまうのが何とも悲しい所だね。さてと・・・この部屋には丁度良く君を縛るロープもあるみたいだから大人しくしてもらうよ」
本などを纏めるビニール紐がある。確かにこれで人を縛る事は十分に可能だろう。
「次は元気君か沼森さんを倒しに行く事にするよ。楽しみだな。特に沼森さんの方は・・・一条ちゃんを殺すきっかけを与えたのは私だと知ったら・・・くぅ!楽しみぃ!」
それは、遠足に待ち焦がれている小学生のように生き生きと、そして笑顔で言った。
「お、おばえぇぇぇ」
涙が溢れ『お前』と言いたかったのだが言葉にならなかった。剛は左手を使いソウルドで斬りかかったが利き腕とは逆であったので体の動きはあまりにもぎこちなく簡単にその腕を要に取られた。
「すまないが今、君が向かってきているのは憎しみではなくただの意地なんだ。私が求めるものではない。残念ながらこれ以上、味わいつくした君に付き合っているほど暇がないんだ。さてと・・・」
「うおっ!」
ドッ!
「いてぇぇぇぇ!」
一旦、剛を突き飛ばし、ビニール紐を手に取った。剛はいくつも積まれたダンボールの山につっこむ形となり、ダンボールは崩れ、紙にまみれた。その際、ひびが入った右腕がダンボールに接触し、激痛のあまり声を上げた。
「男の子なんだからそれぐらいの事で騒がない」
「あ・・・ああぁ・・・」
剛はゆっくりと近付いてくる要を見上げていた。倒れた彼の前に何か呆然と揺れていた。体は殆ど動かなかった。ただただ剛は疲れ果てていた。未だかつてない激情を燃やし、その悉く肩透かしを食うような状態だったのだ。本来であればぶつかればその反動が来るものであるが、要はかわし続けた。空しい。虚無。何も無い空間で叫び続ける。反響する事も無くただ吸い込まれていくだけの声。四方に何も無い水中で泳ぐかのようなただもがくだけの行為。そんな何ら手ごたえのない事を繰り返していれば体が異変をきたしても何らおかしくなかった。
「どうやら縛る必要もなさそうだね」
要は踵を返し、立ち去ろうとした。
「ああ・・・隆兄ぃ。待ってよ・・・」
左肩を斬られたショックなのか、要を見てうわ言を囁くかの様に兄の名を呟いたのだ。それが要の耳に届いた。
「ん?」
要は総毛立った。良く分からなかった。振り返ったそこには壁を支えに立っている剛の姿があった。剛の目の焦点はあってなく意識を保てていないようであった。
『何だ?この始めて味わう全身に伝わってくるゾクゾクする感じは・・・彼が私に向けているのは憎しみではない。怒りでもない。哀れみでもない。悲しみでもない。意地でもない。分からない。分からないが・・・フフフッ・・・私自身、喜んでいる!?』
何故だか理解できない体の高揚感によって要の体は震えていた。
「隆兄。何だ。いたんだ。ずっと探していたんだよ」
剛には振り返って立ち止まっている要が隆のように映り、にこやかに微笑んでいるように見えた。もう剛は正常な思考をしていなかった。というより夢を見ていたのだろう。
「ははは・・・隆兄ぃ~」
剛は左手からソウルドを発動した。それは本人の意思から行われているものではなかった。
「ソウルドを出した?敵意はまるで感じないのに・・・夢を見ている?」
冷静に考えてみるが、無意識の間に体が前に出てしまう。自分の興奮を抑えることが出来なかった。この自分自身を突き動かす欲望を
「何なんだ・・・血湧き、肉躍り、骨笑い、魂歌い出すこの感覚!」
ソウルドを発動させる要、そして剛の目の前に立った。
「欲しい!!」
要は抑え斬れなかった。振り下ろされるソウルド。剛は動かなかった。まともに要のソウルドを浴びた。肩から入れられたソウルドは剛の体を深くを抉り、それから腰に向かって突き抜けた。左手から出ていたソウルドがバッと周囲に広がる。
「おおおおおおおおお!!」
バッと胸から散る魂が要の体に降りかかる。魂の噴水とも言うべきものを浴び要は喚起の声を上げた。力が抜け思わず膝を突いた。汗を噴き出し、目は白目を向き、涙、鼻水、涎を流し、あまりの事で失禁さえしていた。

「これほどの・・・これほどの・・・」
暫く身動きを取る事が出来なかった。徐々に落ち着いてくる感情。
「あぁ・・・これぞ・・・最高。最高だぁ~」
股間を濡らしていたがそれすらどうでも良かった。この全身全てが快感に染まりあがっていたのだから・・・
存分にその感覚に身を委ね、暫くしてからようやく自分の異変に気がついた。
「ん?か、体が動かない?さっきの余韻が残っているという事か?」
頭は冷静だというのに体に力が入らなかった。
「隆兄ぃ」
目の前には魂を噴き出しながらも未だに立ち尽くしうわ言をいう剛がいた。
「あ・・・隆兄」
「たかし・・・にい・・・だって?」
そう言う剛が何故か、一瞬であったが自分の姿のように映った。剛がゆっくり自分に接近して来る。
「私を兄と勘違いしている?幻を見るという事は死に際には良くある事さ・・・」
死に際の人間が夢を見る光景は今まで何人もの人をソウルドで斬り殺してきた要にとって別に不思議な事ではなかった。痛みや恐怖を感じさせなくする肉体の防御行動であり、そのような反応を示す人を何度も見てきたことだった。だが、今までと違うのは自分の体がまるで動かないと言う事だけであった。
「兄を求める弟。それは昔の私か・・・」
ゆっくりフラフラで近付く剛。それが、手を差し伸べてきた。体が動かない要にはどうする事もできなかった。そして、剛が肩に手を触れた瞬間であった。
バババッ!
剛が事切れると同時に大量の魂が飛び、要にかかった。そして、そのまま崩れ落ちるかのように剛は倒れた。口元は何故か緩み、笑っていた。
「お?ようやく体が動くな・・・さて、上にいる2人を今から・・・」
そう思って、立ち上がった瞬間である。まだ、要は自分自身の異変には気付いていなかった。数歩と歩き始めたときであった。
ピシッ!ピキキキッピキキッ
「ん?」
音としては聞こえない。魂に感じられる何か裂けるようであり割れるような音
パリパリ・・・バリィィ!!
「ん?何だ?コレは・・・」
自分の腕を見るとヒビだらけであることに気付き、腕から全身を見るとヒビは体中隅々に至るまでヒビが入っていると分かった。そのヒビから魂が漏れている事に気付いた。それが漏れているほどではなく、溢れているほどになっていると言う事を・・・
「こんな事は、初めてだぞ!これは!?」
腕で体を押さえたところで全身がヒビだらけなのだからどうにかなるものではなかった。体に力を込め、魂の形成に集中してもその量は減らない。そんな時、要は感じたのだ。
『ハハハハ!』
『待てよ~。置いてくなよ~』
そのあふれ出る魂の中から声を聞いた。それはかつて要が自分の欲望の赴くままソウルドで斬り殺していった者達の声であった。
『ハハハハ。よし!ポチ!行こう!アンタも行こうじゃないか?誰もアンタを拒みはしないさ』
それはポチッ鉄ではなくその元あった魂の持ち主、福西 鉄夫であった。憎しみは無くまるで迎えるように優しい声音であった。
『ワン!』
横にいる鳴き声は鉄夫のペット、ポチであり、何故か喜んでこちらを呼んでいるようであった。
『これで一緒だな。剛・・・』
それは隆であった。
『みんな一緒でいいじゃないですか?隆兄もポチッ鉄さんも他の殺された人たちも・・・』
絶え間なく声が聞こえる。誰一人とて忘れはしない。かつて自分を憎んでいた人たち。それがみんな笑い声を上げて飛び立っていく。
「そうか。そう言う事か・・・今まで斬って来た魂は、決してその時に消滅した訳ではなかった。私の魂に残留思念として染みこんでいたんだろう。それが、剛君の魂を浴びた事により兄である隆君の魂を目覚めさせた・・・そして、その隆君の魂が呼び水となりかつて、斬り殺してきた全ての魂が一気に本流となって溢れた。恐らく、止める手段はないだろうな・・・」
自分の死期について悟った。それもまた多くの魂を奪い浴びてきた感覚だった。
「それは分かる!それは分かる!が、何なんだ!この吐き気を覚えるほどの不快感は!私はこんなものは求めてはいない!」
今、要の体を支配しているのは温かさ、優しさ、安らぎ。みな、自分に憎悪を抱かせて斬って来た者達ばかりである。その者達の魂が与えてくれる全身を覆いつくすまでの魂の温もりを彼は拒絶したかった。
「私の死は孤高の死でなければならないのです!憎しみ!恨み!怒り!私はボロボロになって人の負の感情に射抜かれて死ぬ事が理想!そ、それが何ですかこれは!この体を緩ませるだけの温さは!ふざけないでくださいよ!皆さん!私がこんな感覚を嫌うと知っていてわざとこのような真似をしているのですか?」
ひたすら穏やかで気持ち良い。その快感に怯え、恐怖した。
「うっ!!」
あまりの体の内奥からこみ上げる穏やかさによって来る拒絶感に堪えられず、嘔吐してしまった。口元を拭くが無様な自分に腹が立った。
「山沢 秀行さん!あなたの恋人を殺したのは私ですよ!下谷 次郎君!あなたの娘を殺したのは私です!あなた言っていたではないですか!お前を娘と一緒に地獄に落ちるのをずっと憎み続けると!言った事は守りなさいよ!武田 勇義!あなたの子供と妻をあのような形にしたのは私ですよ!何故喜んでいられる!」
自分から抜けていく魂達に呼びかけるか応じようせずただただ要に優しさを振り撒くだけであった。
「ふざけるな!」
要は飛び出した。このまま、陽だまりにいるような温かさの中で眠くなって取り殺されるのはゴメンだと思ったからだ。オペ室を出て、廊下を出て、そこにあるベランダに向かった。
『この感覚から逃れるにはもう痛みしかない。このまま死ぬくらいなら私は転落死を選ぶ!』
だが、ベランダの寸前の所で足に力が入らなくなってバランスを崩した。下を見ると先ほど吐き出した自分の吐瀉物があった。
『くぅ・・・動け!動け!この体ぁぁぁぁ!』
そのまま顔面から倒れ、運悪くその吐瀉物に顔面が付着してしまった。粘っこく生暖かくそして刺激臭がある物体に顔を沈める屈辱に体が震えた。
『ううっ・・・』
そして、声を出しているつもりであったがいつの間にか口に感覚がない事に気付いた。これでは、舌をかんで死ぬと言う事も出来ない。だが、肉体の感覚は抜けつつも意識だけは鮮明であった。
『ここまで来て、こんな無様な死に方になるとは・・・私の人生は一体何だったのだ?』
心から骨抜きしてくれる優しさ。今までやってきた事を全て許してくれるかのような寛大さ。それが、ただただ、辛く、悲しかった。
『人生、最期は上手く行かないように出来ているものですね・・・皆さん、もう・・・勘弁してくださいよ』
決して彼は最期の最期まで自分の体を支配している穏やかさを受け入れようとしなかった。こんな時でも彼は恐れ続けた。恐れ、怯え、彼はずっと拒絶し続けるだけであった。

新生児室に入る元気、悠希、港。非常に温かく、照明は優しく照らしている。透明な箱の中で赤ちゃん達が包まれている。普通ならそれが微笑ましい光景に映るのだろうが、元気と悠希はその異様な感覚に体を硬直させていた。
「何だ?これは・・・」
「あんたも分かるの?」
「ああ・・・何かは分からないがこの赤ん坊達はとんでもない何かを持っている」
周囲を見回すと何人かの家族連れがいた。彼らは何も感じていないようであった。ただ、我が子を見つめ、何か小さく語りかけているようであった。
「お!お前達!何故ここに?」
奥の関係者入り口から白衣に身を包んだ男が現れ、こちらを見た瞬間驚いていた。その声に家族連れは睨みつけた。中には寝ている赤ん坊もいるのだから当然である。
「コホン・・・皆様。今から、お子さんに睡眠時間を取らせます。ですから、お引取りをお願いします」
「そんな事聞いてないわよ!」
「何なんだ。その傲慢な言い方は!」
当然、親たちは反発した。何も聞いてない話であるし、折角遠くから病院に訪れたのだ。この物言いは決しておかしくない。
「今日から決まった事です。ここまで何も申し上げなかったのはこちらの不手際。誠に申し訳ありません。乳児の睡眠時間は今後、お子さんの成長にも大きく関わってきます。お宅のお子さんが健やかにご成長なさる為にもここはお引取りを・・・君達はすぐに奥に入って着替えて作業を開始しなさい」
専門的な事は分かるわけもないのだからここは親であっても引き下がるしかなかった。元気達は病院関係者として扱ってそのままこの場に残した。
「あなた方にはここに用はないはずですよ!何でここに来るのです?」
この男の名は神村 吉昭。産婦人科医である。院長のやる事を支持する男と書かれていた。独身の中年男性である。
「何でって・・・それは分からない。でも、何かあると思えたから来た」
「分からないだって?」
「アンタ、何か隠しているんだろ?今の様子と言い・・・」
「この部屋の気持ち悪さは何なの?私とそこの人にも感じられる」
悠希の言うそこの人という表現が引っかかったが今は無視して良いだろう。
「この部屋が気持ち悪いだって?あなた方どうかしていますよ。ここは新生児室。新しい命が休んでいる部屋なんですよ」
「ん?」
なんと、起きている乳児達の視線がこちらに向いているのだ。いくら目に見えるものが物珍しいといっても全員が全員、こちらを見ているこの状態は異様であった。
「そんな・・・いや!そこまでの事を!」
「それって・・・まさか!?そのまさかなのか?」
悠希は震え始めた。軽く汗が噴出してきた。その様子を見て、元気も少しずつ分かりかけてきたようだった。
「やはりソウルド使いである感覚・・・気が付きましたか・・・そう。この子達の肉体には別の魂が封じ込められているのですよ」
まさかと思った事が事実であると言う現実。驚きと共に怒りも同時に沸いて来た。神村は恐ろしい事を口にした。
「この子達は人類にとって救世主となる貴重な存在なのです」
「救世主!?何を馬鹿な事を!満生のような真似をして!変わり身でもする気か?」
「そんなつまらない事だけにこの偉大なる技術を用いるわけなどないでしょう。本来ならば口外する事は避けねばならない事なのですがソウルドを扱う事が出来るあなた方には特別に教えましょう。我々のRFPの根幹をね」
「RFP?」

先日、勇一郎の情報の中で単語だけは上がっていた。Pはプロジェクトの事だろうと言う事は分かったが、RFに関してはお互い推測するしかなかった。
「RFって何だろうね?何の単語の略なんだろう?」
「僕、英語ダメなんですよね」
剛は学校の成績に関してあまり芳しくないらしかった。
「RとFを含んだ単語と言ったら『葉っぱ』って意味の言葉がなかったか?リーフってよ」
元気が適当に言ってみた。
「葉っぱと何の関係があるんです」
「一応、言ってみただけだから特に意味なんてねぇよ。葉っぱからすることつったら光合成ぐらいか?二酸化炭素から酸素に変える。人間は二酸化炭素という人体に有害なものを吐いて植物が・・・」
「すいません」
元気が盛り上がっている中、一道が申し訳なさそうな顔をしていた。
「何だよ」
「葉っぱの意味を持つリーフは『R』じゃなくて『L』です」
「!!ハッハッハ!そんな事は分かっていたんだよ。そんな事は冗談に決まっているだろ?お前は何か思い浮かばないのかよ」
一道は元気に促されて1つの単語を思いついたので言ってみた。
『Re-Fineとか・・・』
「何をリファインするんだ?」
「それは分かりませんよ」
「でも、それっぽい気がする」
『Re-fine』・・・生成する。精錬する。
後で英和辞典を持ってきて、似たような単語をピックアップしてみた。
『Re-Flect』・・・反射する。映す。反映する。
『Re-Form』・・・改善する。改革する。
『Re-Frain』・・・差し控える。慎む。
『Re-Fresh』・・・さわやかにする。新たにする。
『Re-Fugee』・・・難民。避難者。
『Re‐Fuse』・・・拒絶する。拒否する。
『Re-Form』が一番それっぽいという話になったが、家を直すみたいだと笑われた。

The Sword 最終話 (3)

2011-02-03 19:23:41 | The Sword(長編小説)
後方から勇一郎の雄叫びを聞きつつもそのまま走り続けた。それから一道と和子は狭い道を抜けると広い通りに出た。ナースターミナル。事務等を行っている各階のナースステーションを仕切る総合的な場所がナースターミナルである。
「お前ら・・・ここまで来たか・・・」
見知らぬ青年がそこにいた。
「来た!みんな来たぞ!」
こちらを認めるや否や仲間を呼んだ。するとゾロゾロと現れる中年男達。中には若い男女や老人もいるが圧倒的に多いのは勇一郎と同世代ぐらいの中年男ばかりであった。何故、そんな人達が集まっているのか分かるわけがなかった。
「何、この人達、凄く変」
「変?確かにナースターミナルに中年ばかりいるのはおかしいが・・・」
『かずちゃん分からないの?』
和子や母親は別の事を言っているようであった。一道には同じような世代ばかり出てくる方が謎であった。
「?そんな事よりも集まってくる人数が多すぎる!何でこんなにいるんだ?」
一道の言うとおり、中年達は更にナースターミナルにつながる通路から出てくる。その数は10人を超えるだろう。それでもまだ湧いてくる。
「この全員を相手にする事になれば俺にも勝ち目はないな・・・」
勇一郎からそんな話は聞かされていなかった。ソウルドに関わっているのは勇一郎が情報を手に入れることが出来なかった者を含めてせいぜい20人弱だろうと言っていた。しかし、既にここに集まっている人間だけでさえ悠に20人を超えた。それでもまだ入ってくる。
いくら、一道がそれなりに剣道の経験があり、相手が素人であったにしてもこれだけの人数がこんな限られた空間で一斉に向かってきたら嫌でも攻撃を受けてしまうことだろう。一道は現状に表情は崩さないまでも落胆していた。
「慶の所まで辿り付けないか・・・」
もし、慶がそばにいたら一道と戦うという目的の為に助けてくれるかもしれないなどという甘い考えもあったが、この現状、何があるか分からないのだ。ひょっとしたら慶の身にも何か起きているかもしれない。期待などできなかった。
「しかし!やるだけの事はやって・・・何ぃ!?」
続々と入ってくる人たちの中で一道は驚き、固まった。

それぞれ、立ちふさがる者達が現れた。誰がどのように突破するのだろうか?命を懸けなければならない戦いが始まろうとしている。その戦いの果てに彼らの眼に何が刻まれるのか?それは誰も予想できるわけがなかった。

要は何度か刃を交えた後、小走りで部屋に入っていった。そこは倉庫として扱われているが本来は第四オペ室と呼ばれている場所である。この病院には計5つのオペ室を使用している。順番は1、2、3と続き、4を抜かして5、6と続く。何故4を抜かすのか。それは簡単だ。ただ単に語呂が悪いからだ。「4」は「し」と呼ばれることがあるため、命を左右するこの場所では「死」を連想させ、縁起が悪いとして忌み嫌われているためにオペ室として使わずただの倉庫として用いているだけである。同じ理由で病室には「402号室」や「420号室」は存在するものの患者をそこに入れないようにしていた。さて話を戻せばそんな家具やゴミや書類など沢山のもので溢れかなり狭い場所であった。
「逃げるな!卑怯者!」
「さて、ここなら邪魔も入らずゆっくりとあなたと話す事が出来ますね」
「僕は話す事など何もない!聞きたい事があるだけだ!」
「まぁ。まぁ。そうおっしゃらず・・・何から話しましょうか?」
独特の口調。自分が誰と対峙しているのか全く素知らぬと思わせる感情。どことなく他人事とさえ感じさせた。そのふざけているようにも思える要は剛の感情を逆なでさせた。
「何なんだお前、その態度は!僕を舐めているのか?」
「すみません。これが私の持なのです。悪気はないと思っていただきたいものですが・・・」
「頭がおかしいのか?」
「『はい』と言いたいのですが正確には違いますかね。私とあなた方、一般的な人とでは感覚にかなりのズレがあるというのが正しいところです。ですからあなた方通常の人の感覚からすれば私は狂人の域でしょう。ですが私の考え方は理路整然としており脳などを調べても私は正常だと結果が出ます。非常識という言葉が最も言いえていると思いますよ」
悪びれることなく言ってのける要。本心で言っているのだろう。
「田中さんから色々伺っていると思いますが、私を知る上で最も重要な事をまず伝えておきます」
「お前のことなど知りたくも無い!」
「そうですか?私を知る事があなたの兄を殺す動機にもなるとしても・・・ですか?」
それだけは聞いておきたいと剛は黙った。それを見た要は微笑を浮かべ常軌を逸した一言を言い放った。
「私は人から憎まれる事を好むのです」

間 要。勇一郎が持ってきた経歴ではこのように書かれていた。もう45歳という中年である。だが、その容姿はまだ30代のようにも見えるし、そのはにかんだ笑顔は少年のようにも見えるほどである。それもごく自然にだから驚くべきところであった。整形をしているわけではないのだが何故そのように見えるのかは誰にも分からない。だが、そんな無垢な少年の表情を持ちながら彼は数え切れない人の魂にまみれている。それは紛れもない事実であった。
彼は裕福でも貧乏でもないごく標準的な家庭に生まれた。ただ、彼が世間の人間とちょっと違うのは軽度の知的障害を持った兄がいたことだ。知的障害といっても非常に軽度であり、他の子供に比べて鈍臭い子供と言った所で障害者としての認定はされておらず学校に他の生徒たちと変わらず登校していた。そんな兄は良くいじめのターゲットにされた。それを弟であるが助けてあげていた。だが、ずっと一緒にいられるわけもなかったので、彼が不在の中、兄は事故死したのだ。山で遊んでいる最中、がけから転落したというのが警察の調査した結果であった。だが、事故現場にいたのは兄といじめっ子のメンバー全員である。遊ぶなんて事では考えられなかった。変わり果てた兄の姿を見た事がきっかけで彼はソウルドに目覚めたという。その後、いじめっこグループの関係者を次々とソウルドで殺し、その後は、今まで普通に送っていた生活を捨て、ソウルドにまみれた流浪の生活を送った。という事だけが情報によって剛には分かっていた。

「憎まれる事を好む?」
あまりにも理解不能な事を言うので鸚鵡返しに言ってしまった。要はゆっくりと頷き話す。
「そうです。ラーメン、カレー、寿司など食べ物が好きな人。ゴルフ、水泳、野球観戦、絵を描くこと、ドライブなどの趣味が好きな人。私もそれらと同じです。ただ、私は憎しみが好きなのです。あの直接的で私を射抜くかもしれないほど鋭く、背筋を凍りつかせるかもしれないほど恐ろしく、全身を痺れさせてくれるほど激しく、心を潰すかもしれないほど重いあのビシビシ感が堪らないのです。思い出すだけで涎が出て勃起しまいますよ。今のあなたもなかなか良い憎しみを放って来ていますよ」
要にとっては本気だろうが、剛にはまるで理解出来る訳がなかった。
「人にこれでもかと思えるほどの憎まれるような事をやり、憎まれる。そんな最高の憎しみを味わう為ならば私は何だってやりますよ。何だってね・・・」
「今まで色んな人を殺してきたのはその為だけか?そんな事の為だけに!」
「ハイ。私にとって憎しみこそが人生そのものだからです。私を憎んでくれない世界になど興味はありません。愛に生きる人がいますけど憎しみに生きる人がいるのだって不思議ではないとは思えませんか?」
「ゆ、許せない!!」
「それ、ナイッス~。それこそが憎しみ。まさに私が求めるものです」
怒る剛を見て、うっとりと恍惚に満ちた表情を浮かべた。気持ち悪いと思ったが湧き上がる怒りはどうしようもなかった。
「うおおおおおお!!」
剛はソウルドを展開させ切りかかった。要はスルリと抜けるように避け、そのまま大きくよろけた剛に足をかけ転倒させた。すぐさま肩に足を乗せて剛を立ち上がれないようにした。
「私は色んな人をこの手にかけてきました。男、女、老人、子供。人種、職業問わずありとあらゆる人を切り裂いてきました。そんな毎日のように憎しみを追い求める生き方を続けていたらただ普通の憎しみでは満足できなくなったのです」
「離せ!」
「行儀が悪いですね。人が話をしているときは黙るものだと教わりませんでした・・・か?」
「ウッ!」
グッと肩甲骨辺りにつま先を立て体重を乗せた。痛みと共に一瞬の呼吸困難に陥った。喋れなくなった剛の真上にいる要は話を続ける。
「今まで憎しみを追い求める毎日を送ってきたのでより純粋な憎しみでなければ私は同じ憎しみであっても満足できなくなってしまったのです。例えるのなら様々な場所で水道水を飲み続けて、田舎の綺麗な水を飲んでしまって都会の水道水が飲めなくなった。そんな感じでしょうか?」
要のたとえ話は食べ物が多かった。そんな事はどうでも良い話であるが、それが要にとって一般人にとって自分の感覚を一番伝えやすい方法なのだろう。
「そこで目をつけたのがソウルド使い。純粋な人間の純粋な激情。それこそがソウルドの目覚めだと私は確信しています」
要の口調も少しずつ感情が篭っていく。本人も楽しいのだろう。
「そのソウルド使いの憎しみ。それが今の私の全てです。武田君を放送で呼んだのはそこなんですよ。母親の魂も1つの肉体の中にあるなんて考えただけでゾクゾクしてくる。一体どんな憎しみを溢れさせてくれるのか非常に興味深く楽しみでした。福西 鉄夫さんと状態似ているじゃないですか。あなた方は確か肉体のポチと合わせてポチッ鉄って言いましたっけ?彼が来たときも本当に嬉しく何時にも増して興奮しましたよ。こんな風になってまで私を憎んでくれるのかと・・・何年振りだったでしょうか?」
要がそう言い切った直後、急に背中が軽くなったので一気に立ち上がる剛。
「でも、あなたにもちょっと期待しているんですよ。片方を失った双子から生じる憎しみがどんな物なのかまだ未体験なもので・・・」
「人を散々コケにした上に人から憎まれるのが楽しみだって?」
すぐにも殺せるにもかかわらず態々、憎しみのために生かすなどと考えられなかった。
「コケになどしていません。寧ろ感謝しているぐらいです。あなた方、普通の人にとって他人はかけがえのない存在という事も知っています。友達、兄弟、親、家族、恋人、配偶者、先生、恩人、弟子。他にも人同士の関係性の形容の仕方はあるんでしょうが、ですが私にとって他人は料理です。生きる為の栄養。目の前にしたご飯やハンバーグに向かって『お前は私に食べられるんだぞ。ざまーみろ』なんていう人がどこにいるんです?手を合わせて『いただきます』というのが礼儀でしょう?」
まさに要は人を人と思っていないのだろう。
「お前は生かしてはおけない!!お前だけはここで殺す!このキチガイがぁぁぁ!!」
「それ、ナイッス~!」
ソウルドを振るうが当たらない。かすりもしない。まるでこちらの動きが丸見えというぐらいに避けまくる。それから避けてスルッと懐に入り、壁に押し付けた。
「はぁ!はぁ!はぁ!はぁ!」
「さて、これからいくつかあなたにとっての爆弾を投下しようと思います。敢えて表現するのなら食材をより美味しくする下ごしらえ・・・いや、調理と言ったところですね。まず、食前酒は美味しく頂きましたので、次は前菜です」
壁に押し付けられていたが剛であったが急に軽くなったので振り向き様にソウルドを振るうが要は置いてあった本棚を蹴って、素早く後ろに下がっていた。そこでニヤリと笑い、こう言った。
「では、笹本 剛君の憎しみのフルコース。頂きます」
手を合わせて言う。まるでゲーム感覚、剛にはそう思えた。他人の心を弄ぶその考え方を怒らない訳がなかった。しかし、要が言った食前酒。確かにこれから彼の口から語られる真実はまだまだ序の口に過ぎなかった。
剛はソウルドを振るう。怒りに身を任せたもので出鱈目である。難なく要に避けられその上、次の瞬間、地面が宙に舞った。
「!?」
ゴドッと鈍い痛みが伝わってきて、真上には天井があった。
『な、何だ?今のは・・・ソウルドにはこういう使い道もあるのか?』
何が起こったのか自分でも良く分からなかった。ソウルドを使った技か何かと思った。要としては特にソウルドなど使っていない。ただの柔道技であった。剛が振ったソウルドの勢いを利用して投げたのだ。それがあまりに見事にハマり過ぎたため、剛には何が起こったのか分からなかったのだろう。ただ、実戦で柔道技を使うというのはかなり訓練を行わなければ出来る芸当ではない。
「つ、強い。何で、何でこんなに強いんだ」
「強い?私は自分自身を強いと思ったことはありません。ただ私は既に147人の人間を斬りました。その内、完全に殺したのが54人。福西 鉄夫さんと武田君のお父さんもこの中に含まれています。残り93人は虫の息だったのですがその後を私は知りません。いくらか誤差があるかもしれません。武田君と母さんもこの93人の中です。その合計147人。この中には動物は含まれていませんよ。だから福西さんのポチは入っていません。誰だって自ら殺されに来てくれるほど自己犠牲的ではないので、といってもそんな人に私は用がありませんが、私が今も生きているのはほんの少しだけ対処法が分かる気がしているだけです。完全に分かっているつもりはありません。ちょっとだけこっちが動いたら相手はこう動くだろうというのがうっすら分かるのです。予知ではありません。飽くまで予測の範疇です。後は少し体を鍛えたというぐらいですかね。」
「うがぁぁぁぁぁぁ!!」
また、要は剛から身を引いたので剛はソウルドを振るう。だが、相変わらず当たらない。当たらない。当たりそうなのに当たらない。
「はぁ・・・はぁ・・・」
息が切れてきた。一方の要の方は少し顔が赤くなっている程度で、全く疲れていない様子だ。いや、動いて赤くなっているというよりは楽しんで興奮しているという状態であった。
「お、お前、狂っている・・・はぁ・・・はぁ・・・」
「分かっていますよ。同じ事を100回以上は言われて来ましたから・・・ですが、世界には人間は数十億人といるんです。その中で一人ぐらいいても良いんじゃないでしょうか?こんな変わった人間がいてもね」
勇一郎の情報で要の印象の一つとして影のような男だというものがあった。それは、暗く冷たいまさに影のようなものだろうと思っていた。だが、この男はまさに自分を映し、ぴったりと寄り添い離れないまさに影のような男だと実感していた。
「ぐっ・・・隆兄、僕は仇を討てないのか・・・」
「兄・・・そういえば私にもいましたね。そんな人が」
「そうだ!あんたの兄さんだって死んだんだ!僕の気持ちが分かるだろう!」
まだ要に人らしい心が残っていれば何らかの心境的変化が起こると思いたかった。
「はい。分かりますとも・・・私の兄は死にました。表向きには事故死ですが、兄は殺されたのです。それを学校も警察もみんなグルになってもみ消したのです。兄をいじめていた奴らの父親が警察官や国会議員だったという事もあるようで・・・学校もいじめで死者が出たなんて事実は好ましくないとして隠すべく、完全に事故と見なしました。そればかりか、兄を殺したと言う私に対して事実無根と言い、名誉毀損に当たるなどと逆に脅しかけてくる程でした。当時の私は復讐の鬼と化しました。爆発しそうな感情を抑えて・・・その時、今、事を起しては反撃を被ると機会を伺っていました。じっと、己が憎しみに身を任せて手を出してしまいそうになるのを必死に堪えて、体が震え、歯がガシガシと鳴っていましたかね?それで私は学校の卒業まで待ちました。そして、彼らが事件の事を忘れ始めた時に復讐を開始したのです。まず、学校の隠蔽に携わった奴からでした。私も兄を失っていたのですからね。失う苦しみを与えなければ満足出来なかったのです。それから兄を殺した奴らの大切な人間を殺しました。いじめをするような奴の家族というのはそれほど重要性がないですからね。大抵が疎遠ですから・・・彼女とか友人だとか・・・最初は殺すと凄んでくるのですが私に勝てないと悟ると手のひらを返したように命乞いするんですよ。私はそのとき必ずこういいます。見逃してあげるといいました。そのとき見せる安堵の表情、もしくは後で必ず殺すという目。それらを見ながら私は殺しましたがね。兄が何度かいじめられて所を目撃しました。その時に、ずっと『やめて』と懇願し続けていたのに彼らは面白がって続けていたのですからね。今考えれば勿体ない事をしたと思いますよ」
殺すと使う言葉を淡々と語る要の顔は何とも思っていないかのようであった。一つの物語を軽く振り返るような素知らぬ言葉。
「それで、私の復讐は終わったと思っていたんですが、何人か殺している時に体の内奥から震わせる衝動に気付いてしまったのです。気持ちいいと・・・もっともっと欲しいと・・・頭の中では否定しましたよ。そんな感情は嘘だと。ありえないと。この感覚は兄の仇を討てたことに対する高揚感だと思い込もうとしました。ですが、復讐が終わると体が求めるんですよ。もっともっとこの感覚を味わわせろと。いくら忘れようとしても、いくら否定しようと違うと思い込もうとしても、別のことで紛らわせようとしてもやはりその感覚には勝てなかった。それから私は堕ちる所まで堕ちていきましたよ。毎日毎日憎しみをむさぼる日々。そして今に至ります」
「くぅぅ・・・」
「ちょっと前までずっと考え続けていました。私には他に生き方が無かったのかと・・・ちゃんとした人間らしい生き方をね。だから得意だった料理の道を極めてみようとしてみたり、恋人を作ってみたり、ありとあらゆる事をして紛らわせようとして失敗し続け、人に憎まれているときも悩み続けました。死のうとも思いました。自殺はせず、沢山の人の憎悪に包まれて死のうと非道の限りを尽くしました。ですが、運が良かったのかいや、悪かったのか・・・死なずにここまで来てしまった。そして最近になってようやく思い至りました。私が殺した子供達が兄をいじめようがいまいが、兄がいようがいまいが、私は最終的にここにたどり着いていたのではないかと・・・兄の件はただのきっかけに過ぎなかったのではないかと・・・私の命などどうでもいいのです。ここで殺してくれるのであればどうぞ殺してください」
遠くを見るように言っていた。ずっと穏やかな表情のままである。
「さて、私の話は一区切りと行きましょう。まず、1つ目。あなたにとって爆弾投下と行きますか?」
剛を見つめ、笑顔を振り向ける。それが不気味であった。
「あなた方が小屋に集まるという話を羽端君から聞いて、市川君に襲撃を助言したのは私なんですよ」
市川はソウルフルで一道達がいる物置小屋を襲撃し、その後、石井 亮と体を交換させられ、元気の自宅にやって来て亮の振りをして全員を連れ出そうと試みた人物であった。その際に、元気がその正体を見抜き、捕まえたが逃がした為、今は行方不明である。病院側に加担している事も考えられた。
「聞いたよ。全部お前の所為だと!」
「へぇ。市川君、本人から聞いたのですか?」
「・・・」
「私個人としては何とも思いませんが彼は一般的に言えば不幸な人って言われるのでしょうね」
この男の何を言うにも他人事のように装うのは癖なのかもしれない。
「負傷して帰ってきて、意識を失い、再び気がついたときには、自分が殺した人間の体。その体で君達を連れて来なければ体は返さないといわれる。否応なしに、作戦に参加させる事になり、失敗。今じゃどこに隠れているのか。分からない。これからひっそりと殺した人間の体のまま生きていくのでしょうか?それもまた大変であるけど面白い人生だと思わないかい?ってやっぱりそれも私が、させたんだけどね」
「何だと!それもアンタがそうさせただと!?」
非人道的な行為であるにも関わらず表情を変えず最期に付け加えるが如く平然と言ってのけた。
「そうですよ。あの後、山小屋に行くと石井君と一条君のボディがあったので回収しました」
ボディ。魂が抜け落ちた体だからこそ、そのように表現しているのだろう。
「それであなたの兄のように放置していたのでは勿体ないと思いました。そこで今回の作戦を完全な形で成功させる為には、石井君のボディを使った擬態工作は極めて有効だろうと言ったんですよ。それに、魂と肉体の交換の体の異変など調査する必要もありましたし、彼らもまたそれほど抵抗の意を表すことなくOKを出してくれました。ですから、そのまま市川君の魂を石井君のボディに封じ込め、送り出したという訳です」
「仲間だろう!お前達は一緒にやってきた仲間を!!」
「いえ、私と彼とはそんな関係ではないですよ。ただ、私とやっている方向性が似ていただけのことで同族意識などありません。それに私は病院側がやっている事に一切、興味などありません」
「じゃぁ、何のために助けているんだ!こんな事をして!」
「一緒に行動していた方が面白い事に遭遇できそうだなと思ったからに過ぎません。現にあなた達に出会えましたからね。彼らの研究の成就には無関心です。彼らも私がそのような態度であると知っていて使ってくれているようでしたが、私はソウルド使いを見つけるのが上手かっただけですから研究を行う上で必要だと利害が一致していたというだけです」
「そんな事のために・・・そんな事の為だけに、仲間を・・・人を・・・めちゃくちゃにするのか!」
「確かあなたバスケ部でしたね。では、ここにバスケットボールがあるとしましょう。そうしたらドリブルをして丁度いい輪っかがあったらシュートするものでしょう?箸があります。手に取り、食事の時に使うものでしょう?物にはそれぞれ用途があります。遊ぶ為のおもちゃですね」
「おもちゃ!?」
「はい。おもちゃ。いや、意思を持つので家畜と言った方が近いでしょうか?最終的に食べる為に育てる。それが私でしょうか?」
「相手は家畜じゃない!人間だぞ!お前、本当に人かぁ?人なのかぁ?」
「そうです。人ですよ。牛や豚や鳥。皆、人間が食べる為に産ませ、育て、そして殺して、食う。私はそれを人間に適用させているだけの事です」
「だから人間は家畜じゃないって言っているだろう!だからお前は人間なのかって言っているんだ!!家族や友人だっているんだ!」
「それは動物とて同じ事。人間が高等動物だから家族を殺したら悲しむとか心に傷を負うなどと思い込むのは思い上がりですよ」
「勝手な理屈ばかりこねやがって・・・」
「では、ここでクイズです。私が何故少し前まで狩楽 育人を名乗っていたかわかりますか?」
何故、ここでクイズを挟むのかふざけているようにしか思えなかった。
「分かるか!」
「ブ~。答えは簡単。単純な言葉遊びです。『人を育て、狩って楽しむ』それが狩楽 育人です」

The Sword 最終話 (2)

2011-02-02 19:22:07 | The Sword(長編小説)

「いちどー達は上手くやっているかな?」
「え?ああ・・・僕に聞いているんですか?はい。あの人の実力は高いですからきっと大丈夫だと思いますよ」
剛は頭の中はいっぱいであるのか自分に振られている事に驚いていた。
「そうじゃねぇよ。上手くやっているかってのは和子ちゃんとだよ」
「それは僕の方からは何とも・・・」
「まぁ、オッサン付きだからな。気を遣ってオッサンもこっちにやればよかったか?どう考えてもお邪魔だよな。あのオッサン」
「さぁ?僕からは何とも・・・」
「・・・。いや!やっぱりオッサンもこっちにするべきだったんだよ!2人が危機を乗り越えて過去の誤解から解き放たれて結ばれるなんて熱くなる展開じゃないか!そして2人高まった感情を抑えきれず抱きしめあってぶっちゅ~と熱い口付けを!!」
せいぜい剛が相槌を打つぐらいで悠希は冷たい視線を向けているだけであった。明らかに元気は不満げであった。普段あまり話さない剛と悠希であるから仕方ないだろう。ため息を吐き、一道達とは一足遅れて元気達が病院内に入った。地下の院長室のキーを操作し、7階の部屋を開けるのと、7階に着くタイミングを合わせるためだ。
「人が多いね。午後は少なくなるんじゃなかったの?」
悠希は一道と同じ感想を持っていた。
「これで減ってきているほうだよ」
「知っているの?」
「俺、結構、利用してたからな。ここのレストランのハンバーグ。安い割にボリュームあって焼き方も丁度良くて旨いんだぜ。服とかも買いに来ていたしな」
「ふ~ん・・・」
「お前ら硬いよな。みんな少しリラックスしていこうじゃないか?さっきのいちどーの話にちゃんと食いつけよ!俺だけノリノリなんて何か恥ずかしいじゃねぇかよ!」
「アンタがやわすぎるのよ」
話しながら玄関すぐのエスカレータに乗った。2階には店などはなく病院関連の施設しかないから人は患者や見舞い客や病院関係者に限られた。ゆっくりと上がっていくエスカレータ。見上げてみると、その頂点にはあの男の姿があった。
「よっ!」
そこにはエスカレータ脇の透明なプラスチックボードに肘をかけた間 要がまるで友達に話しかけるように挨拶をした。肘をかけながら手は軽く挙げて人差し指と中指をくっつけ親指を離すという歳の割に非常に軽い感じである。だが、それが似合ってしまうところに何かおかしさを感じさせる。
ガガッ!
エスカレータである。後ろに下がろうとしても勝手に進んでしまう。
「何、やっているのあなた達!エスカレータの乗るマナーは知っているでしょ?いい年して遊ばないでよ!」
確かにすぐ後ろに全く関係なさそうなお見舞い客らしきおばさんがいて、あからさまに眉をひそめ嫌な顔をしていた。何、この子達。親の顔を見てみたいと言った表情であった。
3人はそのまま、要のすぐ脇を通るという形になった。要は微笑をたたえながら3人を見やる。3人にとっては緊張の一瞬であった。こんなに人がいる所で手を出して来ないだろうと思いたかったが、人通りがあるところでポチッ鉄を斬っている事があった。その時は、ポチッ鉄に襲われたという経緯があるが敵の真横を通過するというのは度胸がいるものだ。生きた心地がしなかった。
「こんな所であなたに出会うなんて思いませんでした。もっと奥の方だと思いましたよ」
「会いたいから会いに来たんだよ。奥にいるなんて待ちくたびれてしまうよ」
元気が話しかけた。とても自然な会話であるが声は軽く震えていた。
「こんな所で立ち話も何だから・・・ちょっと着いてきてくれないか?折角、ここで出会ったんだからお茶でも飲みながらゆっくりとさ」
要が勝手に歩き出した。無防備な姿をさらし3人の誰もがこの状態なら後ろから切りかかれるのではないかと思った。しかし、敵を前にしてそんな事を平然とやってのける要の行動は不可解であった。自信があるというようには見えなかった。ひょっとして今、斬りかかる事も出来るのではないかと錯覚させてしまうぐらいだ。それぐらい自然なのだ。それが却って不気味さを高め、彼らを踏みとどまらせた。
「ありがとう。聞き分けがいいんだね。助かるよ」
明らかな敵から『ありがとう』などと言われるとは夢にも思わなかった。何故そこまで穏やかでいられるのか分からなかった。関係者以外立ち入り禁止のドアを開けた。鍵などはかかっていなかった。
「入りなよ。私は別に君達をはめようなんてセコイ事を考えちゃいないからさ」
それが怪しかったがこんな何を考えているのか分からない奴をこのまま放置するわけにもいかなかったら着いていった。
関係者用通路にしては広い。3mぐらいはあるだろう。そして、いくつかドアが並んでいるところで止まって振り返った。
「さてと、あのさ。私の頼みなんだけどここに1人だけ置いていってくれないかい?」
全員、身構えた。だが、この柔らかい口調はこちらの調子を狂わせる。
「関係者の人たちから君達を倒せって指示を受けているからね。みんなを行ってらっしゃいって言って見送るわけにはいかないんだよ。でも、全員を私一人で相手にしろって言われた訳じゃないから2人は先に行ってもいいよ。それが個人的な希望でもあるし・・・」
「?」
「ハッキリ言うけど、君達、全員が一斉に私に向かってきても私を殺せないよ。こんな所で全滅するよりも1人置いていって2人が先に進んだ方が賢明だと思うんだ。君達だってこんな所で油を売っている暇はないんじゃないかな?」
「俺達を舐めるなよ!」
「舐めてはいないよ。ただ、私は力量の差から言って真実を述べているだけだよ。といっても信じないだろうけど・・・ちょっと試してみたければどうぞ」
「言われなくても!」
元気は口だけは言う事が出来てもそれ以上足が出なかった。そこへ悠希が躍り出た。突然の奇襲に要はやったのではないかと思わせたが軽やかに避けて彼女の懐に入り、腕を取ってひねりを加えソウルドを出せない状況を一瞬の間に作り出していた。あまりの速さに誰も着いていけていなかっただろう。
「うっ!」
「続けるならどうぞ。あ、ごめんごめん。人質を取るつもりなんてないからさ」
すぐに悠希を開放した。その瞬間、悠希は再び一撃を加えようとした。ソウルドを出したが斬りかかる瞬間に腕をつかんでいた。
「真っ直ぐで威勢がいい子だね。放すと向かってくるのなら少し一緒にいようか?」
「うっぐ・・・」
完全に腕をとられていて暴れる事さえ出来なかった。
「本当はこういうデモンストレーションみたいな振舞いはどうも見せ付けているようで嫌だから避けたかったんだけど君達、若い子達は、どうもいくら口で言っても情報を見せられても実際にやられてみないと分からない性分みたいだからね」
前回会った時の状態、勇一郎からの情報からとんでもない奴だという事は知っていたがこれほど違うものだとは思わなかった。今までこんな強い人は見たことがなく、まるでと競争をして幼稚園の子と大会選手が対戦するぐらいの違いがあるのではないかと身を以って感じたほどであった。
「僕が1人、残ります。皆さんは先に行って下さい」
「剛、お前・・・今の動き見ただろうが!悠希が全然、敵わなかったんだぞ!お前1人だけで倒せるわけがないだろ?」
「僕には切り札があります!みんながいるとやりにくいんです!さぁ!早く行って下さい!ここで時間を潰している暇はないでしょ?」
「しかしだな・・・」
「僕が残ります。沼瀬さんを放してください」
「その判断、ナイッス~。でも、2人とも納得してない様子だよ」
要は元気に指差して独特の発音でniceと言った。
「いいのかよ。お前1人で・・・」
「そうだよ。コイツはみんなでやらないと!」
「だから切り札があると言ったでしょ」
「だからと言って武術の経験がないお前に出来るとは到底・・・」
「迷っている場合ですか!一道さん達が急いでいるんでしょ!」
流石にそれを言われると先に進むしかなくなる。
「分かった。分かったが・・・必ず後で合流しろよ。剛。行くぞ!悠希!」
「分かった。絶対負けちゃダメよ。その切り札で勝ってね!」
「決まりだね。では、どうぞ・・・悠希ちゃんもごめんね。こっちの通路から一番近い階段に通じているよ」
悠希を前の方向に開放したが元気は要の目の前を通る事になる。もし、通るときに攻撃を受けることになったらと考える。逆に攻撃できるのではないかとも考えた。
「ホラ、平 元気君、迷ってないで、時間がないんでしょ?気合入れて駆け抜けないと、君達の気持ちを通す事なんて出来ないよ。この先にもまだまだいっぱい大変な事が待ち構えているんだからね」
これが敵の言う事なのかと思わせる口ぶりであった。元気が走り出した。要は腕組みしていた。要の脇を抜けて走っていく。目があったが特に何かされたわけでもなかった。だが、ベタッと粘つくような視線を感じた。非常に気色が悪かった。続いて、悠希、続いた。手を振るぐらいで何もしなかった。ただまた会おうという風に見えただけであった。
「剛!アイツのペースに乗せられすぎるなよ!」
最後に、元気が剛に向かって叫んでいた。それから通路の前に立ち、遮る要。
「君が残ったって訳か・・・本音を言わせてもらえば、放送で流したとおり、武田君にここに来てもらいたかったんだけどね。見事に振られてしまった・・・やっぱり裏切った羽端君との絆は強いようだね」
ダダダダ!
バチィィィ!!
剛は話を無視して、全力で走り、ソウルドを振るったが、焦る事なく要は対処した。剛のソウルドと要のソウルドがぶつかり合い、火花を散らす。
「せっかちだね。君は・・・。それが若いって証拠かな?いいね。若いってさ・・・私も自分がやりたい事を何も考えずに君と同じように猪突猛進していたもの。でも、もうちょっとゆっくりお話をしようじゃないか?君が知りたい事だってあると思うよ。君のお兄さんの事とかね」
「お前が隆兄を殺したんだろうが!」
「そう。確かに君の言うとおりだよ。なら、当時のお兄さんの事をもっと知りたくないかい?」
不敵な笑みを浮かべるこの男が一体何を知っているのだろうか?気になった。


剛を置いてきた元気と悠希の二人は3階に上がった。そのまま上を目指せば良かったのだが、先頭にいた元気の足が止まって動かなくなった。
「アンタも感じたの?」
この感覚が自分だけではないと思って驚いた。
「そうか。やはり俺だけじゃないのか・・・この・・・何て言ったらいいか分からないが俺の魂の剣や心がこっちに来いと引っ張られる感じ。こんな事は初めてだ」
「そう。体の奥が激しく揺さぶられる感じ。ブルブルって何か震えてる。気になる」
「だが、今は先を急がなければならないだろ。剛に言われた手前、こんな所で道草を食っているわけにはいかないだろ」
「ちょっと見てくるだけ!それでハッキリすればいいでしょ!このまま引っかかったまま先になんて行けないよ!」
「おい!悠希!」
このまま悠希を置いていったまま先に行く事は考えなかった。1人が嫌というより元気自身も気になったのだ。この感覚の正体は何なのか。情報に無い何かが起こっている可能性だってありうるのだから
悠希の行く手に現れた一つの部屋であった。
「新生児室?こんな所に何があるって言うんだよ・・・」
二人が飛び込んだ新生児室。彼らはここで、病院側の真相の一つを目の当たりにする事になる。

直の抜け殻を置いてそのまま地下1階に辿り着いた。この階の一番奥に院長室がある。普通の病院なら日の当たる所にあるはずの院長室が何故、地下にあるのか?そこに隠さなければならないものがあるだろうという推測は容易に出来た。その隠さなければならないものは一体なんなのか?魂を入れ替えるような恐ろしい物である事は分かっていたがその先にあるものは誰の想像も及ばないところであった。
「お前達!何故?」
「あの二人を倒したのか?」
「金田って奴は前にそこの武田っていうガキを負かした事があるんだろ?それなのにやられた?」
3人の男達がこちらを見つけて、話していた。
「それだけ腕前を上げたってだろ」
「そんなに短期間に剣術って上がるものなのか?」
「女の事でも考えていたんじゃないのか」
通路の少し開けたエレベータ前に3人の男達が立っていた。全員が掃除機型の奇妙な機械を背負っていた。機械から伸びた蛇腹とノズルを持っている。元気や満生が言っていたソウルフルという飛び道具だろう。この3人は田中が持ってきたリストの中に載っていた。全員、病院の医師である。有沢、園宮、大山の3名。
有沢 哲矢(ありさわ てつや)。内科医。人の魂と肉体との関連性を探っている。それを発見する事で人の魂を肉体に容易に封印させるという目的がある。かなりの努力家で、貧しい家でありながら、勉強だけでのし上がって来た経歴を持つ。家族は妻と子供が3人いる。ソウルドの発現は出来ない。
園宮 智和(そのみや ともかず)。脳外科医。魂の拠り所となる脳と魂の互換性を探っている。負けん気が強く、お前が勉強で一番に出来る訳がないと言われ、向きになって勉強し続け、最終的に医者の道を選んだ。妻と子供が一人、同じくソウルドの発現は出来ない。
大山 順(おおやま じゅん)。神経科医。脳波や魂の指令を全身にいきわたらせる神経について調べている。父親が医者だったのでそれに継いだ形である。だが、彼の父親は患者を金稼ぎの道具程度にしか認識しておらず、何もかも表面的にしか患者に言わない。患者はその事実を知らない。そんな父を見て自分はそうはなるまいと親身になって対応している。妻がいるがまだ子供はいない。やはりソウルドの発現は出来ない。
彼ら3人の共通点は院長から新しいものを始めないかといわれたのだ。未知の探索。始めは戸惑ったものの、誰もやったことのないものへの挑戦は彼らに意欲を燃やさせた。そして、ここまでやってきたという訳である。

『魂の飛び道具は掃除機に見せる為に偽装してあるとか言っていたな・・・』
一道は勇一郎がそのように言っていた事を思い出した。もし、そうだとしたら非常に厄介である。3人の会話の内容は気になるが今の状況の打開策を考える方が先であった。
「あの金田って人は私達が着いた時には倒れていたんです。魂の剣で傷つけられて・・・あなた方の中で何かあったんじゃないですか?」
和子は、彼らの話が気になったようで質問してみた。
「何?既にやられていただと!?お前達、もう1人は見ていないのか?」
「もう1人?倒れていたのは金田って人だけ。後は誰にもあってないです」
「やはりあの新入りのガキがやらかしたようだな」
「アイツは・・・」
3人の話を聞く限りこの3人も無関係のようである。だが、金田と誰か1人がいたようでその1人との間に何かあった事は間違いないようだ。
「確認しておきたい事があります!あなた方は俺の行く手を邪魔しますか?」
一道は3人に問う。3人は顔色一つ変えず言う。
「当たり前だ!お前達の暴挙を阻止する為にな!」
「お前ら本当に自分達がやっていることの意味を分かっているのか?」
「これはただの暴力行為そのものだ!少しは物の本質を・・・」
ダッ!
その瞬間、一道が飛び出した。突然の事に3人は慌てた。有沢が構えて撃った。その刹那、一気に近付いた一道はソウルドを発動し、有沢を切り裂いた。二刀流で、そばにいたもう園宮も切り裂いた。そのまま、園宮の影に入ってソウルフルを撃てないようにしてから大山も斬った。
「がぁぁぁ・・・」
全員、力なく倒れていった。せいぜい的を打っているだけの者達だったのだろう。急に近付かれて対処できるほどの腕は無かったようだ。有沢の撃たれた魂も狙いなど付けられておらず一道の横を反れ、一道は目にも止まらぬ速さで一閃していった。一道はチラッと倒れた3人を見ただけで何も言う事はなかった。和子はあまりのスピードに目を奪われる程であった。
「ふっ!では、行くぞ」
「ちょ・・・待ってよ!」
「重大な話を聞けなくしたのは悪く思っている。しかし、この狭い通路であの銃を使われたら俺達はほぼ確実にやられていたし、魂の武器を持っているという事はこうなる事も覚悟の内だったに・・・」
「私が言いたいのはそう言う事じゃないよ!武田君!何であんなに簡単に人を斬れるわけ!?この人達だって同じ人間でしょ?ひょっとしたら騙されているだけだったのかもしれないし、説得する事だって出来たかもしれないじゃない!」
「この期に及んで説教なんかするな!俺だけではなくお前だって死んでいたかもしれない。そうでしょう?田中さん?」
「・・・」
田中の方を見ると変わり果てた姿となってしまった3人を呆然と見つめていた。少し前まで一緒に目的を達成すべき働いていたいわば仲間であったその3人がこうもあっけなく死んでしまうなんてと自分達が行おうとしている事の重大さを初めて知ったのだろう。
「だけどさ・・・あんな簡単にやってしまうなんてさ・・・家族だっていたんでしょ。こんなの普通じゃないよ・・・」
「ああ・・・分かっている。普通じゃない。俺はとっくの昔に人殺しだ」
「でも、あなたなら手加減する事だって・・・」
良く見てみると一道の腕が震えていた。表情も強張っているように見える。
「辛いなら帰った方がいい。今からでも遅くない。恐らく、この先、酷い事が待っているだろう。俺はこのまま進む。仮にどんな奴が待ち構えていようとな。俺にはその覚悟がある」
和子が歩き出してこう言った。
「何かおかしい事をしたら私が武田君を止めなければ行けないでしょ?私は行くよ。このまま」
和子も表情を硬くしていた。彼女の覚悟を伺えた。その時、チンと後ろの方でエレベータが開いたようであった。
「!?有沢!園宮!大山!どうしたんだ!やられている?」
「きゃーーー!!人が倒れている!何よこれ!!な!何なの!?」
男の声と甲高い女の声が聞こえた。男の方は3人の名前を知っているようだったので一般人がたまたま地下に来てしまったという訳ではないようだ。
「田中~!てめぇ、裏切りやがってよ。それだけじゃなくよくもぬけぬけと俺達の前に現れる事が出来たもんだな!」
振り返るとそこにいたのは中年の男であった。やはりこの男も掃除機型のライフルを身に着けていた。その男の名は藁木 吾朗。間の次に強いと呼ばれる男である。
「わ、私はあなた方のやり方に着いていけなくなっただけです!彼らの仲間の抜け殻に別人の魂つめて込んで、誘き出すなんて事は正気の沙汰ですか?」
「へぇ。言うようになったじゃないか?いつもおどおどして何もせず、他人の顔を伺っていた言われた事だけをこなす人形以下のヘタレのお前が!俺に意見しようなどとは驚きだな!」
「もう私は、以前の田中 勇一郎ではないのです!私は生まれ変わったんです!」
「ふん。若い2人がいるから虚勢を張っているのだろうな。一人になったら途端に怖くなってガタガタ震えて命乞いするだろうに・・・なぁ?そうは思わないのか?」
吾朗が聞いてみた。通路の方に出てきたのは顔が真っ黒、頭はピンクに染めきり、服はダボダボでチャラチャラと色取り取りのキャラクターのアクセサリーを身につけた怪物や妖怪よりも異様と思える人間が現れた。先ほどの甲高い声の主はこの人間だろう。彼女は頭を伏せて何も答えなかった。
「ん?まだ分からないのか?酷い親だな。忘れてしまうなんてなぁ~。アンタにとってこの世で一番大切な人を・・・」
「!?ま、まさか・・・」
その人間は何も言わず目を背けた。
「さ、さくら・・・」
勇一郎から呼ばれてもその人間は、視線を合わせようとしない。
「さくら?さくらって・・・田中さんの娘さんの?」
「フハハハ。こんな所で涙なくしては語れない親子の再会とはな・・・人生と言うのは実に面白く摩訶不思議なものだ」
スッ!
「そこ!!動くんじゃねぇ!折角の感動シーンに水を差すつもりか?ボケ野郎!」
『コイツ・・・出来る!』
動こうとした一道を一喝した。先ほどの3人なら、隙だらけのところ攻撃を加えることも出来たがこの藁木という男は一道の行動を注意していたようだ。それだけでどのような人物であるか察する事が出来る。
「行って下さい」
「ですが、田中さん。失礼ですがあの藁木って人をあなた一人で相手が出来るとは・・・」
「分かっています。ですが、私でなければダメなのです!私だけでなければ意味がないのです!分かってください!ここで助けを借りたら私は一生変われない!さっき言ったのはただの言葉だけ。ここから魂から私は生まれ変わるんです!あなた方は私を気にせず先に進めばいいのです!」
「い、いいんですか?」
「あなた方の気持ちは分かっていますから・・・ですがここだけは譲れません。あなた方も私の気持ちが分かるのであればここは私一人に任せてください。男として果たさねばならない事があるのです!」
勇一郎の決意は固いようであった。キリッと引き締まった顔は想いの強さを表していた。田中の本気の決意を見た気がした。ここでダメだといって残っては彼のプライドが傷つくだろうし、娘の前で醜態を晒す事になる。その気持ちが良く分かった。
「だったら約束してください。すぐに合流するって!」
「ハイ!上手く行ったら合流します!ですから、早く!」
二人は田中を置いて走っていった。
「待たせて申し訳ありませんね」
「いやいや、そんなに気にしちゃいねぇさ。寧ろ感謝しているぐらいさ。何で分かるか?」
「いえ・・・」
「下手に挑発してあの武田ってのに残られては俺としても困るから、黙ってやり過ごしたってわけだ」
やはり一道の強さは病院側としてもかなり評価されているようだ。
「それにしても一つ確認だが、お前一人で本気でこの俺と戦えると思っているのか?この俺とだぞ?分かっているのか?この俺とだぞ?」
『この俺』と、強調して3度も言うからにはそれだけ自信があるのだろう。いや、自信ではなく、勇一郎を見下しているだけなのかもしれないが・・・
「もう1人なんだから無理すんなよ。いつもみたいに、ペコペコへつらって『何でも言ってください。私が出来る事であればなんでもやりますから』って言ってみろよ。そうしたら許してやらない事もないぜ」
「それは決して出来ない話です!決して!」
「そうか。まぁ・・・父親だもんな。娘の前では上っ面だけでもカッコ付けたい気持ちというのは理解できる。が、その判断が愛娘の目の前で情けない無様な姿を晒す事になろうとはなぁ~」
「うああああぁぁぁぁぁ!!」
雄叫びを上げながら勇一郎は藁木に向かっていった。

The Sword 最終話 (1)

2011-02-01 18:18:57 | The Sword(長編小説)
「うう~ん・・・」
元気は立ち止まり目的地である病院を見つめたまま眉間に皺を寄せ腕組みしてうなっていた。
「元気さん。またですか?」
一道がもううんざりだという気分で言った。元気は既に2回もコンビニに寄ってトイレに行っていたのだ。
「本当、緊張感ないよね。アンタって」
相変わらず悠希の言葉は厳しい。それに対して元気も反論した。
「ちげぇよ。今回は便所じゃねぇよ」
「じゃぁ、何ですか?」
「お前ら何も思わないのか?病院を見て・・・よ」
「思うって?何か不審な点でもあるんですか?」
和子は気になった。ここから向かう先は何があるか分からないのだ。違和感があるのならば、例え些細な事であっても明確に知っておきたいと誰もが思った。全員が注目した。
「何ていうんだろうな?マンガでもゲームでもラスボスの本拠地って大体、人里離れた断崖絶壁にあって巨大な城とか洞窟のような如何にもって所にあるじゃないか?いつでも霧に包まれていている昼でも薄暗くてさ、それで時々、雷がピカッと光る・・・如何にもここにはラスボスとか何か凄い何かが控えてますよって感じ?だけどよ。ここはあまりにも何も無さ過ぎる。今日なんか梅雨なのに青空だし、鳩やすずめが飛んでいてハゲワシどころかカラス一匹いやしない。まさに平和そのもの。それが何かな・・・違和感というか『これから乗り込むぞ!』って気が削がれるわけよ。そう思わないか?」
あまりにも下らない話でがっかりした。もう相手の本拠地は目の前なのだ。何故、今ここまで来てそんな事を言うのか?緊張しているみんなを和ませる一言だとしても面白くないし意味もなく気が抜けただけであった。
一道はそのように思ったが、確かに元気のいうとおり今日は梅雨に似合わないぐらいの快晴。まさに平和そのものといえた。悪い奴などいる気配は微塵にも無かった。
「だけど、まぁ、案外、本当に悪い奴ってのはあんな風に何でもなさそうな所に潜んでいるのかもしれないけどな」
元気はサラッと言った。誰も何も言わなかったが妙に説得力がある言葉のように思えた。

彼らが向かおうとしている場所。海藤総合病院。内科、外科など20以上の専門科があり、最新医療も揃っていた。優秀な医者も多く、信頼も厚い。その為、多摩市だけではなく周辺都市からの利用者が集う有名私立病院である。3年前に建築され、まだ外観も美しく日本屈指の病院とも言われるほどであった。
病院は上の階層に行くたびに狭くなって段差のようで遠くから見ると階段状の構造をしていた。各階の屋上は屋上庭園となっており、上階の入院患者は自然と触れある事が出来る。殊に入院患者は病院から出ない生活を強いられ、変化に乏しい白い壁ばかりの部屋に押し込まれどこもかしこも人工物に囲まれている。ずっとそんな場所にいては非常に息苦しく、自分が人間として生きている事さえ忘れてしまいかねない。だから自然と触れ合う事で患者に活力を与える目的があった。それは患者達に非常に好評である。それともう一つ隠れた大きな理由があった。
今まで元気だった人間は自分が死ぬなどと想定していないものだ。だが、事故や急病により突然に肉体的、精神的にも弱った時に始めて死ぬかもしれないと事実に直面させられる。それは後ろから殴られるぐらいの衝撃がある。今まで、元気であった事が当たり前すぎて誰もが皆、必ず死ぬなどという事は生物であれば当然の事を頭で分かっていても認めたくないし、誰かに言われても信じたくないし考えたくもない。病院に入院することで始めて実感として迫る死の感覚。それは絶望に近いだろう。不安になり、震え、蹲る人もいれば飽くまで死を認めず反発する人もいるだろう。
そんな時に庭園に行く。庭園には四季がある。春になれば草花は芽を出し、花を咲かせ、夏になって実をつけ、秋に枯れ、冬には散っていく。
『あなたは死ぬ。生物である以上必ず死ぬのは致し方ないことだ』他人の言葉がいかに正しく優しい言葉で言っても受け入れたくない物は背を向け、耳を塞ぎたくなるものだ。
だが自分の目や肌や鼻などの五感で感じることによって自然と自分自身の死を受け入れる事が出来るのだ。
死を受け入れる事は生を放棄する事ではない。どんな生き物であろうと通る道である。自分の死後、どうして欲しいのか?生きているまでの間、何をしたいのか何をしなければならないのかそれを明確にするのはやはり死を認めてから始まるものだ。死を認めず生きることが当たり前すぎて死に対して何も考えないと言う事では本当に自分のやりたい事を出来ず生涯を閉じるケースが起こりやすい。
例えるのであれば一生と言うのは歩く行為に近い。歩き始めて、死という終点に向かう。その終点は各々違う。事故等に巻き込まれ、突然、終点にさせられるケースもあるが現代人の多くの人はいくらかの生涯を経て終点まで歩く事が出来るだろう。
人々は終点を知っているからこそ終点までの道のりまでにどこに行き、終点までの間、何をするのか決める事が出来るのだ。終点が見えないまま歩き続けてはいつのまにか終わっているなんて事は十分に考えられる。人は終わりが分かってから真の始まりがあるのかもしれない。庭園を見、感じた患者は入院して一皮向けて良かったという言葉を多く寄せられている。
それを伝えるのがこの病院の庭園の意味であった。そんな病院の暴挙を止めるべく歩みを進める6人。

「お互い頑張ろうな」
「またみんなで会いましょう」
元気と和子が言って全員が頷く。そして彼らは二手に分かれた。メンバーは一道、和子、勇太郎の3人と元気、剛、悠希の3人である。本当ならば全員一緒で行動する事が望ましいがこれには理由があって、目的の場所が2つあってその2つが離れているのである。まず1つが最上階にある資料室と、その隣の予備室である。二つとも関係者以外立ち入り禁止であり、資料室にはソウルドに関する情報が1つに纏められているという話である。資料室の隣にある予備室は、どうやら大掛かりな装置があり、そこで亮の肉体に満生の魂を封じ込めたものがあるらしい。確定してないのは、勇一郎自身行った事はなく、先日聞き現在、姿を消した満生自身、肉体の交換の際、意識が無かった為である。だが、他の部屋は考えられないと推測である。まず、上にいく元気達はその装置の破壊と多くのソウルドについての資料の消滅が目的である。だが、予備室や資料室に入るには地下にある病院長室から許可を取らなければならなかった。許可というよりはロックを解除すると言う作業があるのだ。この計画は時間が勝負である。地下の院長室に行ってから最上階に行くのでは時間がかかりすぎる。時間がかかれば警察等の外部から妨害により計画が阻止される事が考えられる。一般人に見えないソウルドを持っている彼らであってもたった6人と言う人数では防ぎきれるわけはない。長くても20~30分ぐらいで決着をつける必要があるだろう。地下に行き、最上階に行くのは30分ならば容易だろうが、病院側とて馬鹿ではないだろう。何としてもこちらを阻止せんと向かってくる事だろう。命を懸けてでも・・・となれば、時間のロスは避けられず、30分で終わらせるには戦力が下がろうと2つに分けるのは仕方なかったのだ。
それに、病院内の通路の問題もある。患者や見舞い客が通る地上階は広めに作られているが患者が行き来する事があまりない地下階は通路が狭くなっている。とても6人が並ぶ事は出来ないし、近くを歩いていてはお互いを邪魔にさせてしまうだろう。そのような事で2つに分けた訳だ。
チーム分けは最も強いであろう一道に地下階をほぼ任せる形となった。和子や勇一郎は戦いを任せられないだろうから飽くまで一道のサポートという役である。地上階はその道のりは長い為、妨害も多い事が予想されるため、平均的に強いであろうメンバーに決められた。余談ではあるが一道のそばに和子をつけたのは元気であった。その方が、一道も力を発揮するのではないかと思えたからだ。下手をすれば、一道が和子の盾になってしまう可能性も考えられたが、別行動をさせてしまうよりはその方が気になる事はないだろう。一道の近くに置いてやりたい。それは口に出さなくとも心情というものだろう。

「人が多いな・・・」
大きな玄関とても広く、そこは吹き抜けという構造でガラス張りの壁は太陽光が差し込み明るい雰囲気であった。そんな立派なところの為か大勢がいて一道を驚かせた。
この病院の診察時間は午前中と昼過ぎで12時ごろに2時間の休みがある。診察時間ギリギリに来た客が午後にずれ込んで帰る途中にしては多すぎた。若者など見舞い客とは思えない人が多かった。一道たちがこの時間を選んだのは診察時間も終わり、人が減り、なおかつ昼過ぎと言う事もあり昼食後で一番人の気が緩む時間と言う事でこの時間にしたのだ。にもかかわらずこの人々は多すぎである。
レストランやコンビニや若者向けの衣服を売るお店や同じような靴屋、化粧品店などがあり、ちょっとしたショッピングモールといったここが病院かと思わせる店が入っていた。その為、若者も買い物に来る機会も決して少なくなかった。何故、病院にそんな事をするのか?
それにはこの病院は様々な人間が介する交流の場として作られているからだ。
世間は若者なら若者、老人なら老人といって線引きしている所がある。同じ人間なのだから何かあったらすぐにでもお互い助け合える土壌を作った方がいいという考え方であった。病弱な老人が転んだら若者が助けたり、老人の昔の貴重な話を若者が聞いたりといった交流を目的としていた。折角、同じ地球上に住んでいる同じ人間だから一緒でいい。それがこの病院の基本コンセプトとなっている。
「何でもあるんだな」
一道はその店の充実振りに驚いていた。前述の若者向けの店に加え、床屋や、電気シェーバー、携帯ラジオなど病室で使う物を売る小さな電気店。洋服店、歯ブラシ、タオル、下着など生活必需品を売る大きめのコンビニなど病院での生活に困らないような充実振りであった。
が、別の見方をすればこの病院から一切出る必要がないという事であり、病人にとっては死までの監獄という事も言えなくも無かった。事実、病院内で何もかも一通り揃うとしてお見舞いが誰も来てくれない憐れな患者もいるという話だ。
人が沢山集まる場であったが、やはりそこは病院であった。ショッピングモールと病院の受け付けはまるで境界線があるかのようにプツッと人が途切れていた。
「病院内も同じような賑わいであったらどうしようかと思ったものだが・・・」
そんな時であった。病院内に内線が響き渡った。ピンポンパンとチャイムが鳴った。
「館内のお呼び出しをいたします。武田 一道さん。武田 一道さん」
「俺!?」
女性の声で一道を呼ぶ声がした。
「いらっしゃいましたら地下事務所前においでください。羽端 慶さんがお待ちです」
それで内線は終わった。明らかに相手もこちらが病院内に入った事を知ったようだ。監視カメラを見ていれば容易であろう。
「慶・・・だと!?」
「武田君。そんなあからさまな反応しなくてもいいでしょ。これって明らかな罠なんだから」
和子が呆れ顔をしていた。
「いや、アイツはそんな事をしないし、もし別の他人がやった事ならアイツがそれをさせないだろう」
「本当にそれ信じられるの?私はあなたほど慶って人を知らないけど、でも・・・」
「ああ・・・裏切られた事は事実。だが、アイツの心境ならアイツは必ず俺と戦いたいと思うはずだ。なら、このような事を」
「でもさ・・・こう言ってはいけない事かもしれないけどその話は慶って人が今でも健在ならばという話でしょ?」
和子の推測は考えたくない事であったが冷静かつ的確な指摘だ。
「!!ああ・・・そう考えてみればそうだな。それでも行くさ。どちらにせよ。俺は行く」
「そうね。私たち、どっちみち地下に行く事になっていたんだから好都合だし」
今の一言に一瞬の気の迷いを垣間見た一道であったがすぐに落ち着きを取り戻して言った。そんな一道の様子を見て和子も少し安心した。
『そういえば、帯野は俺の事を武田君と言った?』
今までは和子は一道の事を『アンタ』といういい方していたが、今日になって『あなた』だとか『武田君』呼び方が変わっていた。一道は何も聞かない。決戦を前にしての彼女自身の心境の変化だろうと思った。
その直後、再び内線が鳴り響いた。
「館内のお呼び出しをいたします。武田 一道さん。武田 一道さん。2階、ナースセンターにお越しください。間 要さんがお待ちです」
内線はそこで切られた。

「あ?さっきも武田 一道って言ったよな?」
「ああ・・・間違えたんじゃね?」
「でも、呼び出した人間は違うみたいだったぞ」
「知らない奴の事なんかどうでもいいだろ」
周囲の一部の人間がざわついた。一道自身はビクリと震えた。
「2回も指名が入るなんて本当、武田君、あなたってすっごい人気者じゃない。どうするの?」
「どうするって?そんな物は決まっている。俺は地下に行くだけだ」
「けど、間 要って人はお父さんの仇で、お母さんをあなたの体に入れさせる事になった張本人なんでしょ?いいの?」
「いいとか悪いという問題ではない。俺は間という人を少し前に一度しか見たことがないし、憎めと言われても当時赤ん坊だった俺には実感が沸かない。ポチッ鉄さんを殺した奴という意味では怒りも湧いて来るが今、変更して向かうほどの事はない・・・それにもし間という人が本当に俺に会いたいのなら自分から来るだろうしな。お袋には悪いが・・・」
本当に一道自身には間 要という男はその程度の存在なんだろう。
「ふぅん」
和子は頷いていた。ひょっとして一道をちょっと試していたのかもしれない。
「帯野こそいいのか?間 要はポチッ鉄さんの仇だぞ。仲が良かったんだろ?俺達も助けられた恩もある」
「ポチッ鉄さんに対しての気持ちはみんな一緒。だから、元気さん達がきっと上手くやるはず」
和子自身ブルッと震えた。口で言う程、簡単に割り切れるものではないようだ。
「田中さん。どうしたんですか?何だか萎縮しているみたいですけど・・・」
田中は二人の後ろを着かず離れずと言った所に位置していた。それが気になった和子が声をかけた。
「いや、な、なんて言うのか・・・若者同士、話しているから中年が入って良いのか分からなかったものでね・・・」
「気にしないでくださいよ。今は一緒にやっていく仲間じゃないですか?」
「そ、そう言われましても・・・こんな冴えない中年が一緒に入っても・・・楽しくないんじゃないですか?」
高校生相手にもかなりおどおどしていて、何が言いたいのかハッキリしない。何となく、田中の離婚した妻の気持ちが分かるような気がした。一道は、そんな二人のやり取りの中、母親と会話していた。
『すまない。お袋。作戦も事もあるけど俺自身、慶に会いたいんだ。分かって欲しい』
『気にしなくても平気よ。かずちゃん。かずちゃんの気持ちは良く分かるもの。そう想ってくれるだけで私は嬉しい』
『心配する事はないよ。親父の仇は元気さん達が取ってくれるさ。きっと・・・』
『ありがとう。かずちゃん』
母親を慰め、一道たちは地下への階段へと向かった。エレベータが途中にあったが無視してその奥の階段に向かった。やはり、外部からの操作が可能なエレベータは信用できなかった。乗っている途中に止められたらそれで計画の全ては終わってしまう。無関係である一般の客を乗せていればエレベータを止めないとは限らなかった。故障で停止したと言われれば不審な点など何も無く成立してしまうだろう。
薄暗く、狭い北側階段にたどり着いた。誰でも利用できる階段ではあるがあまりにも奥にあり、蛍光灯はついているが玄関周辺の明るさは嘘と思えるほど薄暗い。客など殆ど近付かなかった。たまに階段で運動したいと言う物好きな人やカップルがいちゃつく時などに使うぐらいでほとんどの人は使わない。そんな階段の入り口で驚くべき出来事があった。
「人が倒れている!」
いち早く和子が発見した。確かに踊り場付近で人がうつ伏せで倒れているのだ。罠のような気がしないでもない。地下に階段は一つではなかったから引き返す事も出来たが、地下事務所に行くのにかなり遠回りになってしまう。しかし、仮に死んだ振りだとすれば思い切ったことをすると言えた。だが、その分、効果はある。事実、全員動揺したのだから・・・それが狙いなのかもしれなかった。
「俺が行く。二人はここで待っていてください」
「止めたほうが良いんじゃないの?死んだ振りしていたらどうするの?」
「それを確認するんだ。ここで死んだ振りで俺達が別ルートを行ったのなら挟み撃ちに遭う可能性がある。だったらここで調べなければならない」
「で、でしたら私が見てきましょうか?ここで一道さんに万が一があったら全てがおしまいですし・・・私が罠でやられるのなら被害は最小限でしょうし・・・」
勇一郎が意外な申し出をしてきた。だが、こちらを見ようとせず伏せ見がちな口ぶりは自信など感じられなかった。
「いえ、俺が見ましょう。こんな所で悩んでいては後に響きます。俺がパッと見てきましょう」
そう言って一道はもう階段を下り始めていた。勇一郎はそれ以上何も出来なかった。
「そ、そうですか。じゃぁ、武田さん。気をつけてください」
そのように引き下がるしかなかった。本当に行く気があるのなら2人に確認を取るまでも無く年長者として前に出ていれば良かったのだ。それを年下の一道が前に出た。これが男として頼りになる男とそうでない男との違いなのだろうと痛感させられ歯痒い思いだった。
「そう。じゃぁお願いね。でも、注意してよ」
和子の心配りが妙に嬉しかった。ただ、一道がやられたらそれでこの計画の可能性はほぼ無くなるだろう。一段一段、慎重に歩いていく。すると、気がついた。
「魂が漏れている・・・どういう・・・!?」
一道は倒れている人の腹部から少量の魂が漏れていることに気がついた。そして驚くべき事を発見した。
「どうかした?」
「この倒れている人は金田 直だ」
「ええ!?」
金田 直。一道、慶、そして和子の3人をソウルドの関係者として捕まえようとしてきた刑事である。その際、一道でさえ勝つ事が出来ず、たまたまそこにいたポチッ鉄が不意打ちを加えたことによって辛くも撃退する事が出来たのだ。ここ最近、現れなかったがこんな形で会うとは夢にも思わなかった。
一道は金田のそばに寄り、触ってみて状態を確かめてみた。
「間違いない。剣で斬られてやられている。しかもまだ新しい。5分以内と言った所だろうな」
「そんな事も分かるの?」
「大した事じゃない。魂が漏れているのもあるし、体がまだかなりの熱を持っている。激しい運動をしていた直後である事は間違いない」
それほど専門的な事でもない。ただ、状況を見れば、分かってくる話である。
「近くに罠とかないの?それに誤って引っかかってやられたとか・・・」
「何もない。そんな馬鹿な事になるわけないだろ。それに斬られたと言っただろ。誰かにやられたのだ。誰か裏切り者という訳ではないと思うな。背中の傷がない。と言う事は正面から受けた事になるし、熱を帯びているという事は動き回ったのだろう。背後から刺されたという事ではない。剣で斬られている以上、剣を使えない市川 満生の仕業ではないと思うが・・・」
勇一郎の方を何か知っていないかという風に見たが、勇一郎は手を振って知らない事をアピールした。
「何が起こっているのかわからないけど・・・何か凄く嫌・・・」
「ああ・・・」
何かとてつもなく異様な事がこの病院内で起きている事は明らかであった。だが、そんな出来事など今回の事件のまだほんの始まりにしか過ぎなかった。

The Sword 第十三話 (4)

2011-01-04 18:39:25 | The Sword(長編小説)

「全員揃いましたしそれでは行きましょうか?」
珍しく勇一郎が促すとみんな歩き出したのだが元気が立ち止まっていた。
「どうしたんですか?元気さん」
「正直言うとな。まだ吹っ切れてねぇんだよ。俺」
「は?」
全員、同じリアクションをした。何故、当日のこの場になってそのような事を言うのか疑問を抱いた。それから、一道は素早く動いた。
「そうですか・・・じゃぁ、ここでお別れですね。元気さん。お世話になりました。さようなら」
「ちょ、ちょっと待てよ!ったくいちどーはよ~。そういう時は『何故なんですか?』『これからどうするんですか?』って尋ねるのが普通だろ?いや、マナーだろ?」
「理由がどうあれ吹っ切れていないのならいかないべきだと思ったんですよ」
「はぁ・・・俺はお前みたいに潔癖じゃないんだよ。考えたり迷ったり悩んだりする事もある」
そのように言われて一道は軽く反感を覚える。ため息を一つ吐いて聞いた。
「何故なんですか?」
「引き返せない所まで来てしまっているが、それでもなんか後ろ髪引かれる感じがしてな」
「引き返せますよ」
「引き返せる?俺は仕事をやめて光とも」
「ここまで来てしまっていてもまだ頭を下げて謝れば許してくれるところなんじゃないですか?」
元気はビクッと震えた。今の一言で心が揺らいだのだろうか。
「酷い言い方だなぁ・・・」
「そうですか?自分は個人の意思を最も尊重するべきだと思っているだけの事です。誰かに命令された、誰かに騙された、誰かに誘われた、自分の気持ちだけでこの先を進めないのなら戻った方がいいのではないかと思うのです。今なら、ギリギリ戻れますでしょうし」
「だから言い方が酷いつってんだよ。そうやって内心、纏められる奴なんてそうはいない。みんなだってそうだろ?」
そう言って、全員を回すと悠希と剛は何も言わなかったが目が据わっており明らかに呆れていた。
「私も元気さんの気持ちは分からなくはありませんけど、戻ってしまったら何も解決しませんから・・・先延ばしにするだけで・・・」
和子は、ハッキリとそう言った。彼女もまた迷いが無いようである。意外に同意してくれる人がいなくて表情に焦りの色が出てくる。
「分かります。私も、元気さんと同じ気持ちですよ」
「お!分かってくれますか!田中さん!」
「あ!まぁ、分かるんですが、いや、そこまで本気というか何と言うか・・・だからと言って決してふざけている意味ではなく・・・」
全員の視線が勇一郎に集中する。自分よりも年下の者達だというのにドギマギして何を離していいのか分からず混乱しているようであった。そんな勇一郎を見て期待の目から落胆の目へとゆっくりと変わっていく。
「私は何をやるにも迷うタイプなので・・・自分でやるといっても自分でいいのかとかこれでいいのかって風に・・・」
自分の責任になる事を避けてきた結果。周りに流され続ける男になってしまっていた。だから元気のさっきの言動を理解できたのだろう。
「私は行きます。皆さんには私の優柔不断に見える言い方に苛立ちを募らせているでしょうが、行く気であります・・・本当です」
長く話していると声がどんどん小さくなっていく。人に聞かせるというよりは自分に言い聞かせているという感じが強いだろう。
「私が言うのも何ですが十人十色という言葉がありますよね。人それぞれ違う色を持っています。明るい色、暗い色、一つだけで綺麗な色、逆にそうでもない色。複数の色で見たときに、似た色、全くの反対の色、混ざると美しくなる色、汚くなる色、それらいくつもある色がありますよね」
「だったら、全部混ぜたら汚くなるんじゃないの?特にダメな色」
悠希の発言は的を得ていた。その後に勇太郎は続ける。
「全部混ぜては駄目なんですよ。一つ一つ、個性があって独立して存在しているのですからね。混ぜたら良さを殺しあう事になります。沢山の色があって、それら一つ一つの特徴を活かす事で一枚の素晴らしい絵が出来るのです。違いますか・・・ね?」
同意を求めるかのように一人ひとりの方向を見ていく。
「!!」
「色は少ないよりも多い方がいいんじゃないでしょうか?色はまるで違っても1枚の絵を描くという目的は同じなのですから」
勇太郎の例えは秀逸であった。一道も悠希も剛の3人とも反論の余地はなかった。それに、感動している元気、和子、の2人。
「って、全部、受け売りですけどね」
「だと思いましたよ。田中さんの言う事にしちゃ出来すぎって思いましたから」
元気の一言に全員、頷くとも否定ともしなかった。
「ですよね。ははっ」
勇一郎自身、軽く笑うところが何とも痛々しかった。
「おい。お前ら。フォローするなりつっこむなりしろよ。なんか俺が田中さんに酷い事言っているみたいじゃねぇかよ」
「言っているみたいじゃないかって・・・言ってないですか?」
そこは和子が言った。
「はいはい。そうですよ。俺は酷い事言っていますよ~だ。年上に厳しい事を言ういやな奴ですよ~だ」
まるで子供が拗ねるような言い方をした。ここで慰めるような事を言うと調子に乗るだろう。
「そうだ。みんな色があるってんならみんな何色だろうな?俺は燃え上がって滾る感じで赤かな?」
すると元気はなにやらポーズを取り出した
「悪事は許さない!燃え盛る心で正義を貫く!ソウルドレンジャーレッド!ここに参上!」
「何、ふざけているの?」
悠希の冷たい視線が元気に刺さる。だが、元気は構わず続けた。
「お!ソウルドレンジャーブラック!相変わらず誰とも交わろうとしないクールで渋い孤高のブラックって感じだな~」
「ブ、ブラック?」
「みんな何色にしたいか早く決めろ。早い者勝ちだぞ。って誰もそんな事に付き合う気分じゃねぇか?」
「それじゃ、私はホワイトでいいですか?」
和子が付き合ってくれたので元気のテンションも上がった。
「え?和子ちゃん。レンジャー系で普通、女の子と言ったらピンクだろ?」
「ピンクといえば女子っていう感じがあんまり好きじゃないんですよ」
「そうか・・・何レンジャーか忘れたけどホワイトって見たことあるからOK!」
それから誰も乗ってこなかった。これからやる事を考えればそれが当たり前かもしれない。
「次言わないのなら俺が勝手に決める。ブルーが剛で、オッサンがイエロー」
2人とも特に抗議する様子も見られなかった。どうでもいいのか気に入っているのか。
「いちどー。もう適当な色がないからお前、ピンクな」
「はぁ!?自分がピンクですかぁ?」
あまり興味がない話であったが流石の一道もピンクとなると顔色が変わった。
「いいじゃねぇか?ぴったりだと思うぜ。戦場を舞う一輪の可憐な花。美しく舞い敵を刺す!まさにお前じゃないか。ハハハハハ!!」
「流石にピンクだけは・・・勘弁してください。他の色ありませんか?」
「ねぇよ。でも戦隊物によってはゴールドとかシルバーなんてのがあったな」
「じゃぁ、それで・・・」
「それはないない!!ゴールド、シルバーは他の隊員と違って特別だからこそ光っているんだからよ。それに、お前光っているイメージねぇよ!だからピンクがはまり役なんだよ。はははは」
「いい加減にしなさいよ!私がピンクに決まっているじゃない!」
突然の悠希の発言に全員が固まって注目した。悠希はちょっとばつが悪そうな顔をしながらも元気のほうを見ていた。
「これは・・・あの・・・昌成と一緒だったときに、戦隊ごっこをやっていて私がピンクって言うのが決まりだったからよ。私が黒なんてあり得ない。私がピンクって言って何、悪い?」
昌成の話題が出るとどうも雰囲気が重くなりがちであるがレッドである元気が機転を利かせた。
「分かった!分かった!悠希はブラックやめてピンクに任命!で、残った一道は仕方ないから巨大ロボ・・・それがベスト!!」
「何故、巨大ロボ?色ですらないじゃないですか?残ったブラックでいいんじゃないですか?」
「分かってないな~。ブラックってのはちょっと不良っぽくて周囲に溶け込めないような奴がブラックに相応しいんだ!お前みたいな真面目君はブラックにはなれないんだよ。でもよ。巨大ロボって分かっているのか?戦闘時の切り札だぜ。めちゃくちゃオイシイ役じゃないか?」
「オイシイかじゃなくて色を下さいよ」
「お前もこだわるね~。じゃ、ブラックでもいいけどオリジナルの名乗り口上とポーズが必要だな。俺がソウルドレンジャーブラックなんだ!誰にも負けん!みたいなの」
「ええ~!!」
皆、子供のように笑っていた。下らない事で盛り上がっていた。悠希が最初に言ったとおりまるで小学校の遠足に行くかのような気分であった。

これから起こりうる戦いは苛烈なものとなることになるだろう。仲間が死ぬかもしれない。いや、死ぬのは己自身かもしれない。しかしそれでも行く彼らの事情。それが運命なのかただの偶然が重なった結果なのか分かりはしない。だが、それでも行かねばならない彼ら一人一人の心情。
これから待ち受ける相手の狂気。必ず彼らに嫌でもそれぞれに直撃する事になるだろう。それが何を意味するのかこの時点で誰も分かりはしなかっただろう。いや、これからも分かる事はないのかもしれない。そんな人間の心底にあるものを見ることになる。
人間とは?心とは?魂とは?
彼らは自分の色を使った時、その絵はどのような完成を迎えるのだろうか?

The Sword 第十三話 (3)

2011-01-03 18:38:50 | The Sword(長編小説)
勇一郎は、特にやる事もないので、町を歩き回っていた。一休みしようと公園に入ってベンチに座った。子供達が水鉄砲で遊んでいるのを眺めていた。キャッキャと騒いでいるところはとても微笑ましい光景であったが、そのうち1人の子供がこちらの方に逃げてきた。何となく嫌な予感がして、立ち上がったのだがそれがいけなかった。狙われている子供があろう事か勇太郎を盾にしたのだ。
「あ!」
盾にした子にしてみれば、一般人に水をかけないだろうという思い込みがあったのだろう。
「卑怯だぞ!」
「うるさいよ~だ!」
グルグルと勇太郎の周囲を回り続けていた。ただ、ずっと周っているわけにもいかず、追いかける側の子は負う側の子が遅く、チャンスが出来たと思って水を発射した。だが、操作に誤って勇太郎にかかってしまった。
「あっ!」
水をかけてしまって、勇太郎と目があった。
「待てよ!」
しかし、友達の方に行く振りをして走り去ろうとしていた。
「おい!君達!」
「!!」
勇太郎は走って追いかけ水をかけた子を立ち止まらせた。
「君は何か私に言わなければならない事があるんじゃないかな?」
「・・・」
捕まった子供はばつが悪そうにしていた。しかし、何も言う事なく、うつむき加減で勇太郎と目を合わせることさえなかった。
「分からないのかい?」
「・・・」
「はぁ・・・こういう時どうしたらいいのかというのはね」
謝る事もできないと言うのは親がどういう教育をしているのか見てみたいと思いつつもこれからこういった子供達が成長して言ったとき困るだろうから謝ると言う事を教えてあげようかと思った瞬間であった。
「てめぇ!このハゲ!!うちの子に何しやがる!」
父親らしきチンピラ風の若い男が掴みかかる勢いでやって来た。
「!?な、何ですか?あなたは?」
「お前こそ何なんだ!いい大人がこんな子供相手に喧嘩売って恥ずかしくないのかよ!」
「喧嘩など売っていませんよ。私に水鉄砲で水をかけたのでそれで謝らないので謝り方を教えてあげようとですね」
「うるせぇんだよ!ハゲ!てめぇなんか水でも何でもぶっかけられていればいいんだよ」
こちらの言葉を遮り、こちらを威嚇するような態度を取り、勇太郎は尻込みしてしまった。
「それぐらいのことでガタガタ言うんじゃねぇよ!大人げねぇな!水に濡れたって少し経てば乾くだろボケが!汚れた訳でもねぇのに!子供が楽しく遊んでいる所を邪魔して何、嫌な思いさせやがっていい大人が!これが原因でトラウマになったらどうする!キモいハゲに怒られたってよ!このゲロ野郎が!自分の顔を鏡で良く見て見やがれ!吐き気を催すだろうが!」
信じられないような罵り方だが、これが親なら謝らない子供も納得できた。
「は・・・はい・・・すいませんでした。私が悪かったです」
それはいつもの癖だった。危険回避の癖。こちらが悪くなくても取り敢えず謝る。自分が正しいと反抗しても殴られてしまっては元も子もない。だから自分を悪者と認める事で相手がこちらにそれ以上、踏み込めなくする。確かにそれは安全性からすれば確実かもしれないがあまりにも情けなさ過ぎた。
「ようやく分かったかよ。このゴミ野郎が!うちの子にもちゃんと謝れよ!」
「ごめんね。僕、おじさんが悪かったよ!」
「てめぇ!この期に及んでなめてんのかよ!」
襟を両手にかけかなりの力で絞めたので一瞬気が遠くなるほどであった。すぐに力が緩められ、こちらに威嚇する形相を向ける。
「な・・・何で、ですか?私は・・・別に・・・」
「何が『ごめんね。僕だ!』糞野郎が!マジで喧嘩売ってんだろ?どこをどう見たって女の子じゃねぇか!頭の方もゲロまみれか?」
「!?」
その容姿を見るやどう見ても男の子であった。幼い子は特に性別が分からない場合、間違える事は結構あるケースである。
「ご、ごめんね。お嬢ちゃん。おじさんがつまらない事で怒って怖い思いをさせてさ」
その男の子に見える女の子は静かにニヤッと笑った。こんな幼いうちからこんな醜悪な顔が出来るのかと恐ろしく思うほどであった。
「ふん。この屑野郎が!てめぇみてぇのハゲ親父なんてのは生きている価値もねぇんだよ!サッサと消え失せろ!」
勇一郎は申し訳無さそうにその場を後にした。後ろから聞こえる笑い声を噛み締めつつ振り替えらず前に歩み続けた。
「ずっとこうだった。ずっと・・・でも、それも今日でおしまいにしたい。いや、今日じゃない。今からにしたいな・・・」
いつも、猫背で自分を小さく見せていたがちょっと胸を張ってみた。すると世界が少し大きく見えた。
「あ・・・いいですね。今から変わるには・・・」
勇一郎が見つけたのは、酒屋であった。そこに寄って家に帰った。一人暮らしのボロアパートに一人。床に腰掛けてお酒の封を開けた。
「今までの私は自分を守る為に大勢の人を不幸にしたのですね・・・」
一人暮らしのアパートで勇一郎は床に座り込んでコップにさっき買ってきた日本酒を注いだ。勇一郎は誰とも会いたくなかった。いや、会えないものだと思っていた。勇一郎にはかつて家族と呼べる人達がいた。妻と娘であった。内向的で面白みのない勇一郎は会社で日陰者扱いであった。しかも、自宅でも似たようなもので妻から煙たがられた。それで何も講じず家族と向き合おうとせずただ黙々と仕事をするしかなかった為、離婚される事になった。彼の父や母は兄弟達に遥かに劣る勇一郎にお前は一族の恥だと言い放っていたか実家に帰れる訳がなかった。だから、こんな時でも一人であった。コップに入れた日本酒を一気に飲み干す。
「ゴホッ!ゴホッ!」
一気に飲んだので蒸せた。勇一郎は酒を飲む方ではない。飲めない事はないが飲むと眠くなるのだ。そんな事だから飲み会などでは場が白けると言う事であまり呼んでもらえないし、お情けで呼んでもらうこともあったが気の利いた話題を振ることも出来ない為、料理を食べてジュースを飲んでいるだけという事が殆どだった。だが、同僚達の真意としては自分達の飲み代を薄める為であった。飲み代は割り勘が決まりであるから、高級な酒を飲めばその分、料金がかかる。そこで勇一郎が飲まなければ割った分であるが勇一郎がそのお酒の代金を支払う事になる。皆、それが狙いであった。そんな事、分かりつつも他人の申し出を断る事が出来ない勇一郎は文句を言わず着いていった。
「おかしいな・・・」
もうコップ3杯分は飲んでいた。しかし、勇一郎はほのかな酔いは感じたものの、いつも感じるはずの睡魔に襲われなかった。
「こういう時に限って思い通りに事が運ばない。私の運の悪さはどうしてこうも大事なときに・・・」
嫌な事は考えたくない。思い出したくない。だから早く寝て明日になってほしかった。だが、眠れない。
「いつだってそうだった。小テストの時はいい点数を取れるのに期末テストになると下痢になって、テストに集中できなかったり、体育祭の時、足が速いと言う事でリレーのアンカーを任されたというのに、本番でバトンを落としたり、家に査定の直前に上司を呼んだとき、食中毒にさせてしまったり・・・親兄弟から見放され、家族からは捨てられ、自殺まで考えたが、死にきれず、病院で救われた。だが、その病院に反抗する。お笑いかな?私の人生は・・・だが、一度ぐらいは上手に生きたい」
夜遅くまで、酒を飲みながらブツブツと今までの人生を思い出し、明日の事を考えていた。

「すぅぅぅ・・・はぁぁぁ・・・」
大きく呼吸し、海辺で竹刀を振るう一道。もう慶とのノスタルジーに浸っている場合ではないと思った一道は、電車で近くの海に行き孤独に竹刀を振るった。そこは思い出がある土地ではない。ただ、一人、何も考えずただ竹刀を振るいたかっただけであった。昨日、受けた手の傷から血が溢れ、包帯を濡らしていたが構わず振るった。
汗も飛び散っていた。自分自身の邪念を捨て去るかのようにただ、竹刀に力を込めていた。

「これでおしまい!」
和子は部屋中を整理して片付けた。掃除はマメにやる方であったがそのままではいても立ってもいられなかったから窓を磨いたり、机を拭いたり、部屋を大掃除していたのだ。見違えるぐらい綺麗になった自分の部屋を満足げに眺める。それから、机と壁の間には挟まっていたビー玉を手に取って、床に転がした。
「懐かしいな・・・子供の頃はこんなものでももらってはしゃいでいた気がするな」

「はぁっはぁっはぁ!!」
剛は一道と同じようなものでよく利用するバスケットゴールでドリブル、フェイント、シュートという一連の流れを何度も繰り返していた。それは、対戦相手がいるかのように行っているかのような動きであった。対戦相手は勿論、兄である隆だ。
「これなら・・・どうだ!」
強引に兄を抜いてシュートしてみた。リングに弾かれた。しかし、真上に飛び、偶然にもリングに入った。
「ダメだ。こんなんじゃ・・・」
改善すべき点を考え、再び実行していた。夜になるまで続けていた。

元気は家に帰ってきた。
『アイツを一人にして来ちまったけど何か一人で勝手な事をしそうな気もするが・・・』
独断専行。こちらの事を当てにしていなければ十分考えられた。だから戻ってみようかと思ってみるが・・・
『いや、アイツだってそこまでバカではないだろう』
そう思いたかった。
『ははは・・・ここまでアイツの事が気になるのは俺が戻りたがっているだけかもな・・・』
だからその気持ちを消したいが為に元気はアルバムを開いていた。アルバムと言っても一人暮らしを始めてからのものだ。それより前は、家族との思い出も絡んでいるから消し去りたいものだからだ。光とデートに行ったときなど、楽しい時間のものばかりである。

悠希は一人、部屋で佇んでいた。元気と一緒にダンボールを開けていたから物が溢れていたが片付けていたのでそれほど散らかってはいない。
「また始められるかもしれない・・・かな?」
引っ越すのをやめたのだから、ダンボールに詰めたものを全部出せば、また元の生活が出来るかもしれないなどと考えた。
「久しぶり・・・最近、ずっと何も考えたくなかったのに・・・」
心が動いていると実感していた。さっきまで凍てついていた心がゆっくりと溶けてゆっくりと、溶けて、喜んでいるという感覚。まるで、春を待っていた草花のようだった。
「アイツがバカな事を言ったからかな・・・ホント、アイツはバカよ」

「あれ?港・・・お前、今日、休みだって聞いたけどな。大丈夫なのか?」
港は放課後、学校の剣道場に来ていた。そこにいた忠志が、港を心配した。
「武田 一道も学校に来てないって話だしな・・・アイツの事だ。何かあったに違いない。何でそう言う事を剣道部部長である俺に相談してくれないんだろうな・・・信用されてないのかなぁ?お!おい!港!」
忠志は一道が退学したという話をまだ知らなかった。一人ぼやいている忠志の事を港は無視して、竹刀を振り続けていた。速く・・・ただ速く・・・
『俺は何をやっているんだろうかな・・・』
最初だけ、そう思ったが、それを忘れるほど早く竹刀を振るっていた。
「どうしたんだ?何が何だかサッパリ分からん」

各々が今まで通りの生活である最後の1日を過ごした。
早朝練習を行い朝食も済んだ一道は施設を出る支度をしていた。表向きは施設を出ると言うのにリュック1つというまるで学校に行くと言うような物腰であった。院長には後で送るようにするとだけ言っていたからだ。あまり急に荷物をまとめすぎると皆が気にするだろうという一道の配慮であった。
「それじゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃ~い」
大地や大和達、幼い子供達が見送ってくれる。いつもと変わらない事である。それに笑顔で応じる一道。そこへ院長が現れた。施設に来てからずっと世話になり続けた院長である。ちゃんとお礼を言わなければならないところであったがそれは今、出来ない。だが、院長ならば分かってくれるだろうと信じていた。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
「あのね。かずみっちゃんはこれから慶ちゃんの所に行くんだって」
「な!?」
院長は飛んでもない事を言った。今まで隠し続けてきた事をそんなにアッサリと言ってしまうなんて今までの苦労は何だったのかと思った。
「だから長い間、帰って来れないんだって」
「ええ~!」
「何でそんな大切な事を言ってくれないのさ!」
「黙っているなんてひどいよ!いちどー!」
「ま、まぁな・・・」
たまに理解不能なことをするのが院長であったからこういうこともあると覚悟しておくべきだったのだろう。一道はどう言い繕おうとぎこちない笑顔を向けた。
「慶の所に行くんだったら、一緒に帰ってきてよ!アイツ、勝手に出て行っちゃったから怒ってやるんだ。いちどーも怒っているから連れ戻しに行くんだろ?」
「あ、ああ・・・」
一道はその時、自分は罪を犯していたのだなと深く認識した。
「じゃぁ、急いでいるから・・・それでは・・・院長。行ってきます」
「行ってらっしゃい」
一道は歩き出した。
『始めて嘘をついたな・・・俺は・・・』
嘘。誤魔化しとは違う。本当に嘘をついたと実感したのは今回が初めてだった。例えば、自分に分からない事や子供には難しすぎて理解できない事、あるいはまだ知るべき事ではない事については聞かれても大抵の大人は誤魔化すものである。例えば、空は何故青いのか?特別な知識がなければ答えられる訳ではないし、どうやったら子供が生まれてくるのか?いずれ知ることになるのだから幼いうちには知らなくていい訳である。
だが、今回の一道の問いは誤魔化しが利くような性質のものではなかった。だから一道は意思を持って答えた。
『ここまで来たら最後までいく。それだけのことだ』
頭を切り替えて一道は集合場所にたどり着いた。

「俺が一番乗り・・・って訳ではないか・・・」
時間の一時間前についたにもかかわらず先客がいた。悠希、元気、二名であった。
「遅いぞ。いちどー」
「お2人が早すぎるんじゃないですか?」
「早くねぇよ。この重要な日だってのにのんき過ぎるんだよ。お前」
「そうですか?」
「それと、2人でいたからって一番乗りは悠希だ。コイツ今から2時間前にここに来ていたんだよって。全く、修学旅行のテンションかっての。だから、俺達は一緒に来たわけじゃないぞ」
最後の一言は余計であった。一道は特に何とも思わなかったが元気自身、それを言ってしまって言葉が詰まった。
「にしてもみんなおせぇな」
元気は別の事に触れる事によっていつものテンションを取り戻し、悠希は落ち着かない様子で歩き回っていた。港は渋い顔をしてその場に立っている。
「あれぇ?集合時間って10:00じゃなかったんですか?」
和子がやってきた。集合時間は10:00である。この時、9:00。
「はぁはぁはぁ・・・ウォーミングアップは終わりっと!ん?みんな集まってる?」
「?皆さん。もう集合しているんですか?」
和子が来てから暫くの時間が空いた。今の彼らには1分1秒も普段の数倍の長さに感じられていることだろう。みんな、平静を装うとしたがそれが却って緊張を高めさせた。
それから殆ど同じタイミングで剛と勇一郎も合流した。皆、緊張状態にあるようで時間通りに来るような精神的な余裕がないようであった。そして全員、参加を表明していた港以外の6人が集合した。

The Sword 第十三話 (2)

2011-01-02 18:33:12 | The Sword(長編小説)
『死ぬ勇気があるのに、何で死ぬほどの努力をしないんだ・・・か・・・』
無意識に自分が放った言葉を思い出していた。
施設に入るちょっと前で、何かが違うと思った。いつもは子供達の声が聞こえるものなのだが、何も聞こえない。
「まさか!慶が帰ってきたんじゃないだろうか?」
だからこそ、違うのではないかと思えてきた。小走りで施設の中に入った。
「ただいま」
一道が声を出したがそれでも静かであった。さすがにおかしいと思った。慶が帰ってきたのなら騒いでいてもいいはずだし、自分の声に誰か気付くはずである。最悪のケースを考える。
『施設の子達に手を出したとか?』
周囲に気を配り、敵が潜んでいるのならば戦わなければならないだろう。ゆっくりと、居間に歩いていくと、暗かった部屋がパッと急に明るくなった。
「ん?」
「お帰りぃぃぃ~~~!いちどーーーーー!!」
全員が、大きな声で一道を出迎えてくれた。一道は何が起こったのか分からずポカンと口を開けたままであった。
「え?あ?」
「遅いぞ~いちどー!」
「どこに行っていたんだよ~!待ちくたびれたんだぞ!」
「え?あ?これは?」
「慶ちゃんがいなくなって元気がなかったからみんながかずみっちゃんを励まそうとやってくれたのよ」
「・・・そうか・・・俺の為にか・・・」
料理は決して豪華ではない。いつもと同じような感じであった。恐らく急遽決まった事だったのだろう。ただ一道を励ます為に、全員で出し物をした。準備をしていたようなものではない。お笑い芸人の持ちギャグの真似であったり、歌を歌ったり、絵を描いてみたり、みんな一道の為に心を込めていた。
「みんな悪いな。心配ばかりかけてしまってさ」
「気にしなくっていいのよ。みんなかずみっちゃんに元気になってもらいたいからこそやったんだから」
「ありがとう。本当にありがとう」

次の日、早朝、一道はジョギングをして、竹刀の素振りをした。
「ん・・・」
竹刀を握ると同時に少女のカッターの刃を直で触った右手が痛んだが我慢して素振りを行う。久しぶりの素振りであった為に体のなまりを実感した。だが、せいぜい1週間程度なのですぐに取り戻せるだろう。
「あ!いちどー!素振りやってる!?」
子供達が聞き覚えのある素振りの音を聞いて嬉しそうで、一緒に混じってきた。
「あ!いちどー!手から血が出ているぞ!」
大和の言うとおり竹刀の握りが真っ赤に染まっていた。
「あ・・・これ?ちょっとマメを潰したんだろ?問題ない」
平気そうに言うが血の染まり方から見てそうは見えない。にもかかわらず一道はそのまま続行していた。終わってから手を洗い、手のひらに絆創膏を張った。

朝食前に、施設を出て、元気のうちに向かった。インターホンを押して、暫く出てこなかったが、ドアはバッと開いた。
「いちどー!何かあったのか?だったら電話にしてくれよ」
「朝も早くに、すいません。一刻も早く、直接、言いたかったものですから・・・今までご心配をかけてすいませんでした!」
機敏に深く頭を下げる一道を見て、いつもの一道であると思った。
「ん?どうかしたのか?頭を打ったとか?」
「いえ、大した事ではないです。でも昨日まではモヤモヤとしていたものが、パッと自分がやる事が啓けてきたというそんな感覚です」
「本当かよ?」
「はい。色々考えていて思い至る事があったっていうそれだけです。それと、病院の件、俺も出ます。あいつも必ず出てきますから・・・俺を倒す為に・・・」
「そうか・・・今日の夕方、みんなで集まる予定になっている。来いよ」
「勿論です。それは朝早く、お休みの中、起こしてしまいすいまでんした」
「気にするな。その顔を俺は見たかった」
そのまま一道は走り去って行った。一道に何かあった事は確実であったが分かりなどしない。1つ元気が思ったことといえば
「ようやく吹っ切れたみたいだな・・・」
と言う事だ。安心した元気は再び、布団の中に戻っていった。施設に戻り朝食を取った。
「いちどー!元気になったな!」
「俺達が昨日、パーティを開いてやったからだな!」
「ああ・・・その通りだ。感謝してるよ」
施設の幼い子供達に礼を言い、学校に向かった。学校では一道の事を気にかけていた忠志が声をかけてきた。
「最近、お前、本当に大丈夫か?」
「ああ・・・気にしていたのだったら悪かったな」
「まぁな・・・それで何かあったのか?」
「別に大したことじゃないさ」
忠志もまた一道が復活したであろう事を知った。学校での一道も変わっていた。慶の件以降、休み時間では自分の席にいて外を見てため息を吐いているような日々を過ごしていたが、クラスの雑談に混じるぐらいになっていた。授業中も外を眺めていた一道が授業に集中し、体育の授業では活発に動いていた。
それは誰の目にも明らかであり、色んな噂や憶測が立っていた。誰かに振られて落ち込んで何かをきっかけに立ち直ったのではないかとか悩んでいた進路が開けたのではないかなど多数である。一道本人には全く関係ない事であったが、噂というものは好き勝手膨らんでいくものだ。
学校が終わり、一道の帰り際を見つけた忠志が声をかけてきた。
「武田 一道!今日も早く帰るのか?気合が入ったのなら今日ぐらい出たらどうだ?」
「悪いな。今日は大事な用があるんだ」
今日から、部活に復帰してくると思っていた忠志にはちょっとショックであった。しかも港もまた帰っていった。
「部長としての威厳がないからなんかな?」
忠志は少し悩んでいた。

その日の夕方ごろ、全員、元気の家に集合していた。元気、一道、和子、剛、悠希、勇一郎の6名である。港は来ていなかった。元気は一道の朝の出来事を全員に、説明したが、気になる事があった。
「どうして呼んだんだ?」
元気は病院への乗り込みを止めていた和子と港を呼んでいなかったが、剛が和子に知らせたらしい。そのことについて剛に詰問していた。代わりに和子が答えた。
「私が頼んだんです。今まで一緒にいた皆さんがどうするのか話ぐらいは聞きたいなって思って・・・悪いですか?」
「そうだな。嫌な言い方をすればコレをバラされては困る」
「そんな事はしませんよ。だって私はここに、参加するつもりで来たんですからね」
「和子ちゃん。本気か?家族を不幸にするかもしれない。いや、確実に不幸になる。それでいいのか?」
病院に乗り込んで騒動を起すと言う事は犯罪者になる事を意味する。それは自分だけ捕まれば良いと訳ではない。家族や親戚や学校など自分に関係している人や団体をも巻き込むことになる。そう簡単に決められる問題ではない。
「あれからずっと考えていたんです。このまま元気さん達が上手くやる事を祈っている方がいいのかそれとも私も参加した方がいいのかって・・・」
「それで参加した方がいいと・・・」
「はい。私の情報がこれだけ知られているのなら家族の事もきっと知られているはずです。私だけが逃げ回っていてもいずれ迷惑がかかると思うんです。ですから、そうなる前に私が家族を守るんです!だからここに来ました」
キリッとした目は決意の堅さの表れに見えた。その言い方は一道と同じようにも見えた。
「分かった。俺としてはやめたほうがいいが、それを言ったらみんな同じになるからな。個人の意思を尊重しなくちゃな。行こうじゃないか。和子ちゃん」
皆、それについて何も言わなかった。元気は一道のほうを見たが、一道も目を合わせただけでリアクションしなかった。
「そうだ。何だか知らないがいちどーが前のように戻った」
「心配をかけてすいませんでした。俺は以前のように戻りました」
一道は深々と頭を下げて握りこぶしを作って見せた。それが少しコミカルに見えたが笑うものはいなかった。
「いちどーが復活した今、考えたんだが明後日辺りにでも病院に行こうと思うのだが・・・どうだろう?」
元気が遂に切り出した。
「私は明後日なんて待ってられない。今から行ってもいいんじゃないの?」
「おいおい。お前はそれでいいかもしれないが、みんなその前にやらなくちゃならない事があるだろ。俺だってあるしよ」
「時間をかければかけるほどアイツらに余裕を生ませるんじゃない?」
「それが分かるが、みんな今から、行きたいか?」
「いえ、元気さんの言うとおり、やる事がありますから自分も2日後で」
流石に、今から行くと言うのは急すぎると言う事で悠希の提案は却下され、元気が言う2日後に決まった。

「一応、確認の為に聞いておくがいちどー。お前はどうなんだ?」
元気が一道に話しかけた。
「どうなんだって?何の事です?」
「慶と戦えるのか?」
「勿論、戦えますよ」
即答だった。その質問は必ず来るだろうと予測していたもある。
「それで、お前は、慶を説得するつもりでいるのか?」
「いえ、慶を俺の手で殺す気でいます」
「!?」
一道の口から『殺す』などと直接的な言葉が出るとは夢にも思わなかった。全員が驚き、若干、引いているようであった。
「アイツだってその気でいるでしょうからね」
「何故、分かるんだ?」
「10年以上も一緒にいればわかりますよ。そんな事ぐらい」
「あれ?その10年以上いた人が裏切っていた事を分からなかった人が?」
和子はなかなか手厳しい事を言う。だが、一道は冷静に言う。
「それはアイツの心境を無視していたからです。ちゃんと考えて対処していれば裏切りを防ぐ事が出来たでしょう。ですが考えてなかったので防げなかった。あの時の自分は自分の事で精一杯でしたからね。今、アイツの心境を真剣に考えた結果を言えば、俺をこんな風にしたいちどーが許せないと言うでしょうね。だから自分に殺意を抱いているでしょうし、自分と戦う事にこだわるでしょう。となれば、それに応えてやるのが今の自分の使命だと思っています」
「そんなにお前の事をそこまで恨んでいるって何故、言える?」
「アイツは無関係な人に迷惑をかけるような奴ではないからです。自分を憎んでいたのなら自分だけを標的にしていたはずです。ですがあの時皆さんも巻き込む結果となった。それはアイツ自身想定外だったと思います。それら全部がいちどーの裏切りによって始まったと言う事で、自分と戦いたいんだと思います」
確信に満ちた表情で言っていた。あまりにもアッサリと言い切るので怪しくも映る。
「そこまで分かるもんか?普通」
「信用できないな。裏切られたあなたが言う事なんて」
「それが外れだというのなら、自分は他に裏切り者がいるんじゃないかと思いますが・・・」
「!?」
確かに裏切り者は1人とは限らない。みんな慶が犯人だと思い込みすぎていた。
「何を根拠に?」
「根拠はありません。ただ、さっきも言ったようにアイツは自分に恨みがあるわけですからあなた方を巻き込もうとはしないでしょう。ですが、こうやって被害が遭ったという事はまだ誰かいるのではないかって・・・慶が裏切ったと見せかけて本当の裏切ったのは別にいるなんて・・・」
全員が全員の顔を見る。そして、一番、その目が行くのは勇一郎の方だった。
「わ、私じゃありませんよ。ほ、本当に!でなければここに関係者の資料などを持ってくることなどしませんよ。信じてくださいよ」
勇一郎は必死であった。ここまで来て裏切り者と言われれば激しく否定するのは当然だ。
「証拠もないのにみんなを疑わせるような事を言うなよ。いちどー」
「ですから、あの時、皆さんにも攻撃が及んだのは慶の想定外の出来事だったんじゃないかって思うのです。他には考えられません」
「ハイハイ。お前の友情の深さは分かったよ。で、これから明後日の作戦会議だ」
勇一郎から渡された資料を基に作戦を練っていく。いつ、どこから、どのように進み、どのように戦うのかどうかを・・・
病院内の勇一郎が調べた地図がある為、何がどこにあるのかは分かる。それでどこに行くべきなのかも決める事が出来た。

そんな事を、3時間ぐらいみっちり話し合って決めた。
「もう、いいんじゃない?」
今まで、何も話に参加してくる事がなかった悠希が口にした。
「いや、まだ細かいところは・・・」
「私達はちょっと前までごく普通の生活をしていた一般人じゃない?戦いの作戦なんて、普通は警察とか自衛隊の中の専門的な人が決める訳でしょ?私達が決められるのはそこまででしょ?」
確かに、話は平行線をたどっていた。互いにアイデアを出し合うがまとまらなかった。悠希のいうとおり、これ以上、話し合ったところで大差はないように思えた。
「そうだな。他に何か言いたい事とかあるか?」
誰も何も言わなかった。慣れないことをしていたのでみんな集中力が切れていた。
「何か変わった事が起きたり、いい事を思いついたら連絡を入れろ。体をゆっくり休めて明後日に臨もうじゃないか?」
各自、帰るべきところに全員、帰っていった。しかし、それは後、数回しか帰れない場所であろう。だから、皆、一歩一歩、着実にそして、噛み締めるように歩いていった。

一道は帰ってから夕食を食べて院長室へと足を運んだ。ノックしてどうぞの声があるから自分の名前を言って入った。院長は椅子に座って何やらノートに書き込んでいた。一道は、話しは聞いていると思って単刀直入にこういった。
「自分は、明日、ここを出ます」
「やっぱりそう・・・」
一道は院長に申し出ていた。だが、院長があまり驚かずすんなりと受け入れていた事に一道は内心、驚いていた。
「ふふふ・・・どうしたの?」
「いや、話を聞いて驚かれるかなと思ったら、逆に俺が驚く事になってしまって・・・」
「それは驚いているけど、何となく分かったわ。だって私はここを出ていく子を百人以上も見ているのよ。大体、いくつかの顔をしているわ。これから先、未来があるって希望に満ちた子。出来ればここの居続けたいって子。私に心配をかけまいと無理して笑っている子。かずみっちゃんもその中に当てはまっているもの」
「そうですか・・・」
「出て行く理由は慶ちゃんを追いかける訳?」
「いえ、院長が言ったように、俺もスカウトされた慶と同じようなものでたまたま部活動を見に来ていた剣道の元選手が俺を見て、是非ともうちでやらないかって言う事になって弟子入りして剣の道を目指せと・・・」
「そう。それで?」
ゆったりと微笑みながら話を聞いている院長。
『当然、ばれているよな。しかし、ここまで来たら分かっていようが、何を言われようが突き進むしかない』
院長には嘘だと分かっている。嘘だと分かっていて言わせるのだ。勿論、読心術ではないから嘘の内容など分かりはしない。しかし、嘘をついている子のその際の、言葉遣いや表情や内容、あるいはジェスチャーなどをみることで相手の心境や状況ぐらいの事は読み取ってしまうのだ。その嘘をついたことが邪な時は確実に見抜かれ、怒られた。誰もが院長は実は魔女なんじゃないかとか超能力でも持っているんじゃないかとか口々に言う程である。
「だから俺は明日でここを出ます。急な話で申し訳ないんですけど・・・」
作り上げた嘘を言い切った後で短い沈黙。この沈黙が非常に怖い。思わず脂汗が滲む。
「分かったわ。退学するんだろうから必要な書類も書いてあげる」
「!?ありがとうございます」
溜飲が下がる思いであった。力が抜けてそのまま座り込んでしまうような安堵感。それでも踏ん張って立っていた。
「じゃぁ、かずみっちゃん頑張ってね」
「長い間お世話になりました!母さん!」
「私はちょっと手伝いをしてあげただけ。あなたが立派に育ったのはあなた自身の力。だから私は嬉しいの」
「いえ、ここまで育てていただいたのは母さんのおかげです。礼を言っても言いつくせません」
「うん。分かった。かずみっちゃんの気持ちはいっぱい受け取った。だから、もう何も言わなくてもいい」
一道の中でこみ上げてくるものがあった。頭を下げ、そのまま上げる事が暫く出来なかった。
「そうそう。さっき似ているって言った顔ね。今、慶ちゃんにそっくりだったよ。やっぱりずっと一緒だったから自然と似てしまうのかな?」
「慶にそっくり・・・」
院長はそれ以上の事は言わなかった。どこまで分かっているのか聞きたかったところだが嘘をついている一道が聞ける訳などなかった。慶と似ているといわれてなんだか感慨深いものがあった。恐らく同じ気持ちでここを後にしたのだろうと・・・それから風呂に入り、施設での最後の夜を過ごした。見慣れた部屋、自分達がふざけてつけた部屋の傷。自分が使うより前から何人の子に使われていた机。昔からの思い出、全てが蘇ってきた。
「・・・」
小学生の時、剣道の試合等で取った賞状や優勝カップ。その他、思い出の品は全部ビニール袋にぶち込んだ。それはまるで今まで自分がここにいたという形跡を消すかのように・・・。
「筆記用具とか使える物は捨てるのは勿体ないからあげるか?」
それから、布団に入った。明日は、学校に退学届けを出した後はフリーである。それから何をしようか考えていたが思いつかなかった。
「事を済ませたらすぐにでも病院行った方が良かったと思うのだがな・・・」
作戦を決めた後、何故1日フリーの日を作ったのか元気が言っていた言葉を思い出していた。
「出来れば今日乗り込むぞって言いたいところだけど、みんな少なからずみんな大きい事から小さい事を背負って生きているもんな。それを全部こなす時間がないと・・・些細な事を気に囚われていてはデカイ事なんて出来ないからな。そうだろ?」
悠希や剛はそんな事ないと言ったが、誰か一人でも賛成者がいる場合はそちらを優先してやるしかなかった。誰かの都合だけでその人の背負っている事が吹っ切れるわけなどないのだから・・・
施設での最後の夜を過ごし、朝からジョギングして、風景を楽しみ、通学時間ぐらいになってから学校に向かい、教室に行かず、直接職員室に着いた。ノックをして、挨拶をして部屋の中に入り、担任のところに行った。
「どうしたの?武田君」
「おはようございます。先生。自分、今日付けで退学します」
「へぇ・・・退学ね・・・ええぇ!?うわわっわっと!」
眠気覚ましに飲んでいたコーヒーをひっくり返しそうになっていた。口をつけてなかったのが幸いであった。
「急にどうしたの?最近、様子が変だと思ったら退学!?何で?どうして!?私に何も相談も何もしてくれなかったのに?」
「昨日、決めた事ですから・・・」
院長と同じ内容を説明した。担任は怪しんでいた。
「これ、院長の退学についての同意書です」
「どうなってるの?ここ最近になって何人も集中して自主退学者が出るなんて・・・確か、1週間ぐらい前に退学した羽端君って子はあなたと同じに住んでいたんでしょ?何かあるの?」
「ありません。アイツと自分とは全くの別の話です」
いぶかしげな目で同意書と一道の方を見る担任。
「それでは、自分は急いでいますので・・・失礼してもよろしいでしょうか?」
「ちょっと待ちなさい。武田君」
引き止められて、早く終わって欲しいと思う。色々と詳しい事を聞かれたらどうしようかと思う。だが、その時はその時でやはり無理に突っ切るしかなかった。
「真面目で何に対しても真剣なあなたなら大丈夫だろうけど、夢叶えてよ」
「はい」
「お願いよ!そうしたら私、恩師としてテレビに出なければならなくなるわね。いいコメント今から考えておかないとね。ああ!テレビに出ても恥ずかしくない服も買っておかないと!」
担任は軽くはしゃいでいた。一道に軽いプレッシャーをかけているのかもしれない。が、一道はそんな事は微塵にも思わなかった。思ったことと言えば確かにテレビには出られるかもしれない。だが、それは担任の先生が望むことではない別の方向で、である。
そんな楽しみにしている担任に対して申し訳な気持ちで一杯になった。だが、真実を語るわけにはいかなかった。

「隆兄・・・良かった。まだ何かされた訳じゃなかったんだね」
ひょっとしたら市川 満生のように全く知らない赤の他人の魂を入れられていたらと想像してしまった。病院に来た剛は魂がなく抜け殻となった隆の腕を握った。まるで動かない隆の腕はみるみるうちに細くなり、自分の半分ぐらいでもはや木の枝という風に思えた。顔もやせ細り、ガリガリであった。体格がほとんど変わりないほど一緒の兄であったこのような哀れな姿になってしまい、剛にはあまりにも辛すぎた。魂が抜け、生きているだけになったにも関わらず何故こんな姿になっても生きなければならないのか?法律で生きさせなければならないからなのか?こんな生きているにしか過ぎない屍を・・・ゆっくりと兄の首筋に両手が伸びた。
『ここで、殺してしまえば隆兄も楽になれるかな?』
剛は人工呼吸器に手を掛けた。細い透明のチューブを触れると空気の流れを感じる。
『これが隆兄の命綱』
そう感じた瞬間。別の事を思いついてしまった。このままにしておいたら市川 満生のように何者かが兄の体に勝手に魂を入れて使うのではないかと・・・それは恐ろしい事であった。
『隆兄じゃない隆兄?そ、そんなの・・・』
人工呼吸器を外せば兄の衰弱した体では自力で呼吸する事も出来ず死に至るだろう。そのような生き方をさせるくらいならこの手で殺した方がいいのではないかと頭を過ぎる。隆自身もそれを望んでいるのかと思えた。
スゥ・・・
人口呼吸器の管をなぞり、手を離し、グッと拳を握った。
『でも、出来ない・・・出来るわけがないよ・・・僕には・・・』
いくら姿が変わり果てようがそこにあるのは誰であろうたった一人の兄だったのだから・・・
「隆兄。明日また来るよ」
剛は小さい笑顔を残し、帰っていった。

The Sword 第十三話 (1)

2011-01-01 18:49:19 | The Sword(長編小説)
一道はぼんやりしていた。家に帰っても、食事をしても、夢から覚めても慶はやはりいなかった。現実味がなく、とても空虚で、薄っぺらい世界、たった一つの違いだけで同じ場所であってもまるで違うものだと認識していた。
「いちどー。慶がいなくても元気出せ~」
「そうだよ。いちどー。ずっと暗くしているなんていちどーらしくないぞ。剣道の稽古してくれよ~」
子供達の配慮のないストレートな言葉。一道には微笑を返すのが精一杯であった。
「あの人は料理人になる修行に出たんでしょ?もう会えなくなった訳じゃないんだから落ち込む事なんてないでしょ?」
「そう。そう。いちどーさんは今まで、そんな風になった事なかったんだから、みんな気にしてくれているんだよ」
「だから辛い事があったら全部言っちゃって元気になってよ」
年長の女の子3人組も温かい言葉をかけてくれた。それに対し、一道は
「心配するなって。俺は大丈夫。大丈夫だって」
空元気にしか見えない一道を見て、誰一人として大丈夫などとは思える訳がなかった。しかし、それ以上追求するような真似は逆効果だろうと言う事が分かっていたから誰も一道に何も言わなかった。
「みんないちどーさんが元気になるのを待っているから・・・何か言いたい事があったらいつでもいいから教えてね」
そんな優しい言葉を受けても一道の心の奥には通じなかった。
学校に行く。学校になど行きたくなかったが、行かなければ施設に電話が行ってその後こっぴどく怒られるし、みんなをより心配をかけさせる事になるから行かざるを得なかった。学校に着き、授業を受けて休み時間は学校中を歩き回った。教室にいれば自分の異変にクラスメートが声をかけてくるからだ。その気持ちはありがたい所であったが、その事を言えない一道にとっては苦痛でたまらなかった。やや自意識過剰な行動であるが、今の自分に声をかけるものは皆、同情やら心配してくる者達のように思えてしまうのだから仕方なかった。そのような人たちは皆、『頑張れ』だとか『元気を出せ』と言ってくる。絶望的な現状だと言うのに、未来に希望を持てるわけがなかった。だから一道は極力、人を避けるようになった。

学校が終わると、町中を歩き回っていた。小学校や公園、広場、路地、川原、みんな子供の頃、慶との縁のある場所であった。少し疲れたので土手で休んでいた。食欲も無く昼食もロクに取っていないのも理由の一つだろう。
『大丈夫?かずちゃん?』
一道の体の中にあるもう1つの母親の心が優しく問いかけた。大丈夫なのは誰の目にも明らかであったがまずは話す糸口を探さねばならなかった。
『あのさ。お袋。今まで聞かなかったが・・・』
『なぁに?かずちゃん』
『親父ってどんな人だったの?』
『急にどうしたの?』
『俺がガキだった頃、一度、親父の事を聞いたらお袋が黙ったからそれから触れなかったんだが、何故か今になって気になってさ。ちょっと前に聞いたときは間 要との事だったし・・・』
暫しの沈黙の後、懐かしむように言い始めた。
『そうね。勇義さんはとっても明るくて私の前では笑ってばかりの人だった。何があっても決して辛そうな顔をしたり、愚痴を言ったりしなかったわね』
意外な父親像で内心驚いた。
『そうなんだ。俺とは全く違う人なんだ』
『きっとかずちゃんは私に似たのよ。ずっとずっと私はかずちゃんのそばにいたからね。それがかずちゃんに伝わったんだと思う。真面目で融通が利かないところとかね。かずちゃんといる事で私の事が良く分かった』
『親父とはいつ出会ったの?』
『勇義さんに出会ったのは大学ね。運命的な出会いでもなんでもなくて講義が終わった時に勇義さんから声をかけてきたのよ。初対面なのにまるで友達に声をかけるみたいにね。ずっと私は男性と面識がなかったからその時は怖い人って思って避けていたんだけどそれでも積極的に勇義さんの方から何度か話しかけて来て、ちょっと話しているうちに楽しい人だなって思って・・・それから勇義さんから付き合わないって言って来たのよね。ふふふ・・・。まるで『ジュースでも飲まない?』っていう軽い感じで・・・私もあまりにも自然に言って来たからそのノリで『ハイ』って言っちゃって、そうしたら、あまりにも簡単すぎてお互いおかしくなっちゃって笑ったわ』
昔を懐かしむように言う。とても嬉しそうだった。こんな母親の一面を知るのは初めてかもしれない。
『大学を卒業して、交際を続けて4年間経って、プロポーズも前みたいに自然に言うのかと思ったんだけど、その時は、真面目に言って来たから本当驚いたわね。手をギュッと握って、目を合わせて『結婚して下さい』って・・・あの時の真剣な眼差しはしっかりと覚えている。私もそれに、『ハイ』って答えたわ。それから結婚式を挙げて、次の年にかずちゃんが生まれたのよ』
『そうだったんだ・・・良かった・・・』
感極まって一道は涙が溢れていた。これは母親の感覚が伝わったのかもしれない。
『どうかしたの?』
『親父が本当、いい人みたいでさ・・・』
『本当、いい人だったわね』
『ごめんね。俺がそんな良い人の父親に似なくってさ・・・』
『何、言っているの?それは私の問題だから。かずちゃんが気にする事じゃないわよ』
『お袋。いつも優しくてありがとう』
『気にしなくって良いの。私たちは親子なんだから・・・』
『そうだね。親子だからね・・・』
『でも、立派な母親じゃなくてごめんね』
『そんな事ないよ。お袋は立派さ』
『もっとかずちゃんを励ませられればいいのだけれど・・・私もダメだわ。ごめんね』
『謝らなくていいって・・・』
母親は一道が勇義と似ていないと言ったが、似ている一面もあった。その中で最も似ていたのは顔であった。時が経つにつれて、一道の顔が勇義に似ていき時々、勇義と顔がダブって思えてしまう事があった。それは嬉しくもあり、辛い事でもあった。
様々な場所に行く。それは慶との思い出の場所ばかりであった。このままではいけないと言う事を母親も分かっていたが、昔を思い出してばかりなのは自分も同じだと、何も一道を励ます事が出来なかった。昔の場所を思い出して歩いていたら、丁度、施設の目の前に来ていたから中に入った。夕食を軽く取り、風呂に入って、布団で横になっていたら知らぬ間に眠っていた。
次の日も朝起きて、朝食を取って、学校に行く。そんなお決まりのパターンだから何も考えなくても体が勝手に動いてしまっていた。梅雨に入ったらしくどんよりとした天気で今にも雨が降りそうな空模様であるが一道に関係なかった。学校に着いてみるが先生やらクラスメートの声がやけに遠くに聞こえた。
「武田 一道!今日も練習は不参加かぁ?どうしたんだ?最近」
一道をフルネームで呼ぶ人間といえば林沢 忠志であったが、数日前の一道とはまるで違う豹変振りに驚いていた。何か魂を抜かれたかのような印象を受けた。
「何か最近、妙に疲れるんだよ」
「疲れるって・・・若いのに何、言っている!そんなのは錯覚だ!心身的な辛さを和らげるにはまず体を動かす事だ!練習に参加しろ!」
「はぁ・・・」
大きなため息を一つ付いた。このような人に干渉しすぎる奴と応対する事が疲れるのだ。
「今度な・・・」
忠志からすり抜けるよう歩こうとした時に、左肩に痛みが走った。
「つッ!」
忠志が竹刀で一道の肩を叩いたのだ。勿論加減してあるが、それでもかなりのスピードであった。痛みは結構なものだろう。
「しゃきっとしろ!そして俺に怒るのならばこの竹刀を取れ!」
横目で竹刀を差し出す忠志を見たものの、そのまま一道は歩いていった。そこまでされては忠志としても一道を引き止める気になれなかった。
先ほど打たれた肩が少々痛むが、肩をさする気にもなれなかった。それから暫く昨日と同じように昔、慶と来たところをブラブラしていた。
「俺が間違っていた。あの時に帰る事が出来れば・・・あの時に打ち明ける事が出来れば・・・あの時に・・・」
背後からこちらに駆けてくる足音がした。しかし、過去に考え込んでいる一道にそれを聞く余裕は皆無であった。足音はすぐに大きくなっていく。
「死ね!」
声は聞こえた。だが、そんな言葉が自分に向けられているなどと思わなかった。だからこそ、次の瞬間に起こることに理解するまで時間がかかった。
ヌルッ!
「おわっ!」
何か踏んだ感覚さえも定かではなかったが、次の瞬間、足が滑った。その直後、自分の後ろに風が走り、右肘に何かぶつかった感覚と同時と一道は転倒した。
「いてぇ・・・なんだ?」
手を着いて立ち上がろうとしたときに、目の前に女の子がうつ伏せで倒れていた。何故、そのようになっていたのか分からなかった。
『この子がぶつかって俺はコケたのか?』
「大丈夫か?君?」
「・・・」
肩をゆすってみるが女の子は気を失っているようで起きなかった。うつ伏せになっていたが横顔は見えた。すると何か引っかかった。
「ん?この子はどこかで・・・どこだったか・・・思い出せない」
一道は記憶の糸を手繰り寄せるが思い出せなかった。
『かずちゃん。この子。1ヶ月前に、かずちゃんに貧乏人って言った子じゃない?』
「!?あ!そうだ!思い出した!何でそんな子が俺の近くに?ただの偶然か?」
このままこの子を放置するわけにもいかないので起こそうとした。すると彼女が握っている手から何かが落ちた。一道は拾い上げた。
「カッター?何でこんなものを?」
気絶した少女をその場に放置する訳にはいかなかった。かと言って、救急車を呼べば、警察沙汰と言う事になるだろう。金田の件がある以上、警察には来て欲しくなかった。外傷もなく気を失っているだけだと判断したので、まず彼女を起こす事が大切だろう。彼女を背負って移動した。ただ、頭を打っている可能性はあるので一応、病院に行った方がいいのは言うまでもないが一道も母親も思いつかなかった。
『カッターでかずちゃんを刺そうとしたんじゃない?』
「俺を?どうして」
『あまり両親に怒られた事がないんじゃないかしら?だからこの子ぐらいの歳だとかずちゃんに言われた事に腹が立って・・・』
「そんな事ぐらいで通り魔になっていたら人類、皆、通り魔だよ」
高校生が小学生をおんぶしている姿というのは一件怪しいが、兄妹という目で見れば何とか誤魔化せるものだ。
近くの公園に付いてベンチで寝かせた。それから公園の水道で持っていたタオルを浸し、額に乗せてやった。一道は隣のベンチに黙って座っていた。
「ううう~」
10分ぐらいすると少女がようやく目覚めたようなので一道は彼女のように歩み寄った。
「大丈夫か?」
「ここはど・・・ハッ!?」
目の前に一道がいてビクッとして体中のポケットに手をやって何かを探している様子であったが何もないようであった。
「探し物はコレか?」
「あ・・・」
図星のようだった。一道が持つのは彼女が持っていたカッターであった。
「か、返してよ!」
「どうぞ」
「え?」
一道がカッターの柄を向けて差し出した。彼女の方は鳩が豆鉄砲を食らったかのようにキョトンとしていた。
「だから、返すって・・・」
次の瞬間、彼女は何も言わず奪い取るかのようにカッターを取り返した。それから刃を出して身構えた。彼女の手は震えていた。
「アンタの所為で・・・アンタの所為で・・・」
「俺の所為?」
「そうよ!アンタの所為よ!アンタの所為でどれだけ私が学校でバカにされて来たか・・・」
「?」
しかし、思い当たる点は皆無であった。せいぜい怒られたという事だけで人を殺すなんて今まで何度となく怒られてきた一道には想像出来るはずもない。
「教えてくれないか?俺が悪かったのなら謝る。けど、何をしたのか分からないんだ」
「言える訳がないでしょうがッ!」
「そうか。言えないか・・・なら、謝るよ。すまなかった」
「な!?私のことを馬鹿にしているわけ!?」
彼女は信じられなかった。何故、自分が怒っているのか知らないのにもかかわらず謝れるのか?ひょっとしたらこの高校生は知っているのではないかとさえ思った。

彼女は募金に対して払わない一道に対して貧乏と一道に言ってしまい、逆上した一道を見てしゃがみ込んでしまったのだ。一道はそのまま歩いて行った。今までまともに怒られた経験を持たない彼女は、目の前に真っ赤な顔をして今にも殴りかかってくるかもしれないほどの激しい目をした一道を見て、驚き、恐怖したのだ。子供の時に甘やかされて育つと大人は怒ってこない。仮に怒ってきても先生や親など別の大人に頼れば、手を出す事はないなどという浅知恵をつけてしまう子供達がいる。彼女もまたそんな子供の一人だった。しかも彼女の場合、男が子供の女の子に手を出すなんて世間的にも許されないから手を出す事は決してないという思い込みすがあまりにも強すぎた。だが、一道は違った。貧乏といわれた事で本気で自分に対して怒ってきたのだ。しかもその体格差はおよそ三周りぐらいの違いがあるのだ。無理もないだろう。そして予想外の出来事に衝撃を覚えたのだった。そして、驚き、怯え、力なくしゃがみこんだ彼女は・・・
「何だよアイツ。貧乏って言われたぐらいであんなに怒鳴りやがって・・・なぁ?ああ!」
同様に募金活動をしていた男子が慰めようと彼女に近付こうとしたら固まってしまった。
「お前、どうしたんだよ」
「コレ・・・」
しゃがみ込んだ彼女の下から水が溢れているようで、彼女の膝を濡らしていた。
「うわ!漏らした!」
「マジでぇ!?」
彼女の人生はここで一変したのだった。彼女が失禁したなどという事実は瞬く間に学校中に広まった。その日、彼女は気分が悪くなって早退した。次の日、学校に訪れると学校中の彼女に対しての空気が違った。特に何か言ってくる訳ではないのだが、視線が集まっているように思えた。当然、友達などの自分への接し方が浮いた感じになったし、自分を意識しているようだった。そんな事が暫く続けば彼女の感覚もおかしくなってくる。ちょっと自分に聞こえないぐらいの声で話している姿を見ただけで自分の陰口を言っているのではないかという被害妄想さえ出てくるようになってしまった。

事が事だけに親にも相談する事もできず、自分の胸の中に秘めておいてしまっていた。彼女の中である感情が渦巻いてくる。今まで順調に行っていた人生の歯車をあの事件だけで狂わせた一道に対して憎悪が高まって言ったのだ。あいつだけはと・・・
「何それ!私の事をバカにしてるの?」
「そんなつもりはない。それだけ思いつめるだけの事を俺はやったんだろ?だから謝っている。それだけだよ」
「やっぱりバカにしてる。私は絶対に許さない!だから私はアンタを殺すの!」
「そうか。どうぞ・・・」
「!?」
大きく両手を広げ無抵抗の意を表した。再び、理解できなかった。
「またバカにして!私はやるって言ったらやるんだからね!アンタを殺すって!」
「だから、どうぞ?」
「いい加減にしてよ!何なの!何がしたいの?何を考えているの?」
「俺は君に殺されてもいいって思っているんだ。俺も色々、面倒な事が起きた所だから今、死ぬのなら丁度いいって思ったんだ・・・さぁ!遠慮する事はないよ。このカッターで胸を刺せばいい。斬るつもりなら首だな」
手でその場所を指して示し、また両手を開いて見せた。誘っているようだが彼女には何か企んでいるようにしか見えなかった。
「死ぬのが丁度いい?何を言ってんの?頭おかしいの?」
「親友が俺を裏切ったんだよ。その時に周りの人にとんでもない迷惑をかけてな・・・その親友が裏切るきっかけを作ったのは俺の所為・・・俺はどう責任を取ったらいいのか分からなかった。そんな時に君が今、俺を殺すって言って現れた。そして、死ぬのが一番いい方法だと思いついたわけだ。だから丁度良かったと言っているんだ。さぁ・・・何をしている?そのカッターで刺せばいい」
「なら、殺すよ・・・殺すからね・・・本当に殺すんだからね!絶対に殺すんだからね」
「・・・」
彼女が吠えているのを見て一道は黙った。そして、目をゆっくりと瞑った。彼女はブルブルと震え始めた。
『何なの?何なのコイツ?何でそんな事出来るの?私は殺すって言っているのに?何で?私がハッタリを言っているとでも思っているの?』
想像も出来ない一道の行動に困惑し、頭の中が真っ白になってしまった。
「ああああああ!!」
悲鳴?雄叫び?それともただの奇声?耳を裂くような声を上げたので一道は閉じていた目を開いた。すると彼女は何と自分の首元にカッターを当てていた。
「もう嫌!もう何もかも全部、嫌!」
一道は目にも止まらぬスピードで彼女に近付いた。そして彼女のカッターを一道の右手が包みこんだ。
「やめてよ!離してよ!私はもう死ぬんだから!もうこんな所で生きるのなんてゴメンだよ!」
ガタガタと彼女のカッターが揺れる。一道の手から引き抜こうと力を入れているのだ。しかし、一道はかなりの力でカッターを掴んでいるようでビクともしなかった。一道はそのまま無言で力を込めている。するとカッターから赤い液体が溢れ、カッターの刃を伝い、彼女の手を濡らした。
「ひぃっ!!」
その生暖かい血の感覚は彼女にはおぞましく感じられ、思わずカッターを離し、後ろに下がった。一道はカッターを握ったままゆっくりと彼女に近付きこう言った。
「バカが!!死ぬ勇気があって、何で死ぬほどの努力をしないんだ!!」
そう言った直後に、一道の目がカッと見開かれた。彼女は力なくしゃがみ込んでしまった。一道は彼女を見下ろすだけで暫く二人は動けなかった。そんな時でも一道の手からは少量ながらも血がカッターから滴っていた。
「立てるか?」
俯いている彼女は首を横に振った。彼女に起こそうと彼女に手を伸ばしたが自分の手が真っ赤である事に気付き、自分のバッグから汗拭きタオルを取り出し、手に巻いてから彼女を抱き起こし、ベンチに座らせた。彼女はまだ動かない。一道は何も声をかけずその場から離れた。それから1分も経たない一道は走って戻ってきた。
「飲めよ。少しは落ち着くぞ」
一道は缶ジュースを差し出した。一道は自動販売機まで走り、ホットの紅茶を買ってきたのだった。彼女の方は無反応であった。一道は、無理に彼女の手を取り、手を強引に開かせ缶ジュースを握らせた。
「あ・・・」
赤く染まったタオルを目にし、それから来る缶ジュースの温かさ。その手から伝わってくる温かさは彼女には優しく、涙を溢れさせた。一道はそれ以上何もせず彼女の隣に座っていただけだ。
それから5分ぐらいが過ぎたぐらいに彼女がゆっくりと動き出した。
「・・・て?」
「あ?今、何て?」
消え入りそうな声で喋ったので一道には何を言っているのか聞き取れず聞き返した。
「どうして・・・あんな事を?」
「あんな事ってどんなことだ?」
「どうして私に刺されようとしたのよ?」
「それはさっきも言った通りさ。友人が裏切って色んな人に迷惑をかけたから死のうと思った。嘘ではない」
「嘘!私がやめる事を分かっていたからあんな事をしたんでしょ?」
「そんな事がわかるほど、俺は君の事を知らないよ。こうなったのはただの偶然。運が悪ければ俺は今頃、死んでいたかもしれないな」
一道の言っている事が信じられなかった。実は、見抜いていたのではないのかと思えた。
「それでどうして死のうとした私を引き止めたの?あなたを殺そうとした私を・・・私が死んだってあなたには関係ないのに」
「それは俺にも分からない。気がついたらこうなっていた」
「そんなの嘘よ。何か企んでいるんでしょ?うちの親に言って私を助けた礼をしろとか・・・」
「そんなつまらない事を考えている暇があったら君はもうカッターを刺していただろうな」
「そんな事・・・そんな事・・・」
「もういいだろ。理屈や理由なんてさ。人間はそれほど論理的な生き物じゃない。趣味でも特技でも無駄であると分かっているのにやってしまう。そんなものさ。君は今、生きてる。俺も生きてる。それで十分じゃないか?それ以上、何を望むんだい?」
事実はそうであるがそれで合点はいかなかった。何故を知りたかったのだ。
「・・・。じゃぁ、最後の質問。良い?これが本当に最後」
「ああ、分かった。最後な・・・」
「私があなたを殺そうとした理由、気にならないの?」
「そりゃ気にはならないと言ったら嘘になる。俺が怒鳴られたぐらいで何故、俺を殺そうと思ったのか?だけど、聞きはしない。本当に、言いたい事、誰かに聞いてもらいたい事だったら自分から言うものさ。人に聞かれなければ言えないような事は、言えない事情があるからだろ?言いたくない心境が少しでもあるからだろ?自分の意思で言いたくない事を無理に言わせるってのは俺は嫌いだから。聞かれたいという奴もいるけどそういうのは人に頼らず始めから言えって話だし・・・」
施設に送られてくる子供達は例外なく訳ありの子供達ばかりである。触る事さえ危険な場合は多々あるのだ。言えない時というのは自分の心が整理し切れてない事が多いし、聞いてしまったが為に閉じかけていた傷口を開けてしまう事もありうる。だから、施設の子供達は相手の事情に干渉しない。それは誰が始めた訳でもなく暗黙の了解であった。後、隠れた理由としては無理に聞いた以上、責任を負うことにもなる。自分でも面倒を背負っているのだから他人の面倒まで抱え込むのは御免被るという所であった。
「・・・」
「じゃぁな。さてと帰るとするか。まだ死にたいっていうのなら俺はもう止めない。いや、止められないというのが正しいか・・・俺は君とずっと一緒にいて監視している訳にはいかないからね。これから何かと辛いだろうけど、あと少しぐらい生きる余地を探した方がいいんじゃないかって俺は思うぞ。仕方が無いって簡単に決めるんじゃなくて仕方はあるって思って生きていた方が何となく頑張れそうじゃないか?死んだらそれっきりなんだしな・・・」
「え?それ、言っている事とさっきやっていた事違うじゃない」
「ん?言われてみればそうだな・・・」
一道は少し微笑して見せた。
「それじゃ、やっぱり私を助ける為にあんな命を懸けた嘘を?」
「俺はそんな殊勝じゃない。あれは本気だった」
「それっておかしくない?わざと死ぬ為にあんな事言ったのに今になったら命を大切にしろだなんて・・・」
「友達が裏切った事は事実だし、死のうとも思った。でも、なんていうのかな?そうだな・・・」
少し、考える一道
「こういう言葉は嫌いなんだけど、運命に身を委ねてみたって所かな?」
「運命?」
「確かに死のうと思った。生きるか死ぬか決まった方に全力をかけようとした。けども、君は俺を殺してはくれなかった。そういう運命と分かったのだから、死ぬのはやめて命を大切にしようってそう思ったんだ。君を助けたのも同じ理由だね」
「本当にそうなの?」
「そう言われると自信ないけど、君も俺を殺せず、君自身も死ねないという運命を辿ったんだ。何かその運命に従って生きたらいい事がありそうじゃないか?」
「そうだね。今、ちょっと頑張ってみようってちょっと思えた。ふふふ」
「はははは」
微かに一道は微笑んだ。それを見た少女もまた微笑んだ。長い障害をようやく抜けたという疲れた微笑みであった。
「私、これから塾だから帰るね」
「ああ・・・俺も帰るよ」
「ばいばい」
「ばいばい」
二人は手を振って分かれた。彼女はまた一道に会えたらいいなと思った。

つまらなければ押すんじゃない。

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