髭を剃るとT字カミソリに詰まる 「髭人ブログ」

「口の周りに毛が生える」という呪いを受けたオッサンがファミコンレビューやら小説やら好きな事をほざくしょ―――もないブログ

The Sword 第十二話 (7)

2010-12-07 19:13:22 | The Sword(長編小説)
そして、次の日に再び全員を結集する事にした。場所は勇一郎にただの喫茶店に来るように指定した。元気の自宅や小屋となると居場所を知っている彼らが対応できるからである。
「どうかしたんですか?元気さん。こんな所に集まるなんて始めてじゃないですか?」
剛の怪我は癒えたらしく体調はすっかり良くなっているようにみえた。
「重大な発表をしようと思ってな・・・」
「また何かあったんですか?」
「ああ・・・それで、会ってもらいたい人がいるんだ」
「まさか!あの市山 満生って奴じゃ?」
誰もが満生の顔を思い浮かべた。悠希に関しては一瞬、身を震わせた。
「いや、そいつではない」
「じゃぁ、誰なんです?」
何時になく目がマジになる元気。それを見て、誰もがただ事ではないと思う。今日は態と、冗談を言うような雰囲気ではなかった。
「田中 勇一郎さんだ」
「た、田中 勇一郎!あの冴えないハゲのサラリーマンのオッサン!?」
「・・・。そうだ・・・」
港のあからさまで配慮にかける言葉に短い沈黙の後に口を開いた。
「そいつは一体、どこにいるの!?」
「会ってどうするんですか?これからあの人たちに協力するなんて言うんですか?」
悠希は周囲を見回し、和子は、かなりの迫力で言って来た。周囲の客もこちらを見てきた。元気は二人の質問に直接は答えず、あうことに決めた経緯を説明していった。
「あのサラリーマンが色々と情報をくれたんだ。俺達を襲った連中の情報を・・・恐らく、あのサラリーマンも連中に追われることになるだろう。それでも、俺達に伝えようとした気持ちをお前達にも見せてやろうと思ったのだ」
「そんな事!分かるものではないでしょうが!!ただの罠に決まっているよ!」
「だから、こうして来てもらったわけだ。ちょっと待ってろ。便所に行って来る。」
元気は男子トイレの中に入ると、すぐに元気に引き連れられて申し訳なさそうな顔をして田中が現れた。
「コイツもアイツらと一緒・・・」
「ちょっと待て。俺だってお前らだけじゃなく、あいつ等に対して怒りが増している。本音を言えばこのオッサンでこの怒りを晴らしたい所だった。だがよ。そんな中で田中さんは現れた。ノコノコ俺達の前に現れれば殺される事を考えた上でな。何故、そこまでして会おうとしたのか気にならないのか?何か行動を起こすにしてもそれを聞いてからでも遅くないだろ?」
元気の視線は田中の方に向く。田中は一瞬、元気が翻意させたのではないかと身を竦ませた。
「私達にそう言えば襲ってこないだろうって思って、ハメようって企んでいるんじゃないの?」
確かに悠希の言うように、慶などの情報を集めればこちらが怒っていても故意に人殺しをするような人間はいない事は分かるかもしれない。
「そ、そう思われても仕方ないのかもしれませんが・・・私は彼らのやっている事に納得できなくなったのです」
田中は、彼らとのつながり、彼らがやった事、自分自身の気持ちなど元気に伝えた事を全員に言った。全員は、勇一郎に集中していた。時には目元がピクピクと動き、身を震わせて、場があまりにも張り詰めている事が分かった。

「この話を聞いて、どうするか聞きたい」
「そんなの決まっている」
悠希は堅い決意を見せる表情をしていた。元気が尋ねると簡単に答えた。
「病院に行って関係者を全員、この手で!」
「それは、俺も考えた。だが、そんな事をしたら俺達はただではすまないぞ」
「そんなの関係ない!昌成君を殺した奴を同じ目に遭わせる!それしかない!」
「ちょっと・・・ちょっと・・・物騒な事は言うなよなぁ~。悠希さんよ~」
悠希の目は血走っていた。完全に冷静さを欠いているようであった。元気が宥めるように言うがあまり効果はないようであった。店員達がチラチラとこちらを見ているのが気になった。
「でも、その情報が真実だっていう証拠はあるんですか?全部、私達を信用させる為のでっちあげだとしたら?」
港はソウルドを持たない者としてそれほど感情的にはなっていないようであった。
「俺は正確だと思うがな」
「俺達の情報だけ真実で他はでたらめという事は考えられませんか?」
「あ、言われて見ればそうだな」
「これは本当ですよ。信じてください!罠でも何でもなく真実なんです!」
勇一郎が必死に言う。流石にわざととは思えなかった。
「それで、皆さんどうするんですか!俺も悠希さんと同意見です!」
剛は話がまとまらない事に苛立っているようであった。
「剛。そう決定を急ぐなよ。その行為は俺達だけじゃなくて家族などにも影響を及ぼすんだぞ」
「家族だってそれを聞けば許してくれます!ですからやります!」
剛が力強く言った。迷いなどないようであった。
「元気さんはどうするんです?」
「俺はやるに決まっている。ポチッ鉄には世話になったし、家族に関しては俺を見捨てたからな。復讐みたいなものでな」
「俺もやりま・・・」
元気が言葉を遮って発言した。
「港、お前はやめておけ。お前はソウルドが使えないし、ポチッ鉄の時、助けてくれたというだけだ。態々、面倒に首を突っ込む必要も無いよ」
「ですが・・・」
「そういう態度だからやめておけと言っているんだ。変に気を使うな。みんなが行くから俺も行くっていう気持ちだと後で後悔するぞ。後、和子ちゃんもやめておきな」
「え?どうして?」
「家族を無視できるのか?個人的な気持ちで迷惑をかけちゃいけない。大体18年間育ててくれた両親なんだからね」
「は・・・はい・・・」
「宜しい。後は、いちどー。お前はどうする?
和子と港は考え込んでいるようで、元気の言う事に反論する事は出来なかった。
「え?あ?何がどうしたんです?」
話を聞いていず、論外であった。完全に呆けてしまって以前の凛々しさはどこへ行ってしまったのか。これではこれから起こり得るであろう戦いに耐えられるわけがないだろう。
「慶にも関係する事だぞ。お前がそんなんでどうする?病院に行くのか?行かないのか?」
「行きますよ。そういう話だったでしょ?」
覇気を殆ど感じなかった。まるで他人事を言っているようにも見えた。
「俺達と決めた約束の件は置いておこう。お前自身行きたいのか行きたくないのか?お前の個人的な事情だけで身内を巻き込むという事も踏まえて聞いている」
「それは・・・」
「なら、行くな。お前はいつか慶を倒せ。それでいい。そんな気持ちで入られてもこっちが迷惑する」
一道も何も言い返す事が出来なかった。
「じゃぁ俺達3人だけだな。まずは作戦会議だ。じゃぁ、お前ら帰ってもらえるか?次に会うときはどうなっているか分からないからな」
元気は冗談っぽく言うがその言っている事は非常に怖い事であった。元気は田中からもらった多くの資料を取り出して検討を始めた。一道、和子、港、勇一郎の4人は喫茶店から出て歩き出していた。
「和子さんはどうするんですか?」
「どうするって・・・そんなの簡単に決められないよ」
「ですよね~。一緒に着いていけば犯罪者。やめれば狙われ続けて、アイツらに協力するなんて事になれば自分達の身は分からない・・・ああーーーー!!」
港は頭を抱えているようであった。一道は近くで何やら話す和子と港が何やら話しているが遠くで言っているようで聞き取れなかった。
「慶・・・お前は今、どこで何をしているんだ?」
一道にとってはその事だけが頭を支配していた。

The Sword 第十二話 (6)

2010-12-06 19:12:09 | The Sword(長編小説)
それら全てを話した。
「コイツが・・・昌成ちゃんの魂を奪った・・・コイツが!!」
悠希の手からソウルドが伸びた。満生はソウルドを使えないという話であったがこれから自分がどう言う事になるのかは分かるようである。
「俺は、和良に言われてやっただけであって、本気でお前達を殺そうだなんて思っちゃいなかった!本当だよ!信じてくれよ!」
満生は周囲を見回して言うが誰も何も言わなかった。悠希は近付き、満生の上にやって来た。ソウルドは構えたままであった。
「話が違う!約束しただろうが!全てを話せば殺さずに置くってよ!」
「そんな約束はしていない。動けないお前が勝手に喋っただけだ」
「だからって普通は言わなくても分かるだろ!それにまともな常識人としてこんな身動きも取れない人間を殺すなんておかしいだろ!なぁ?お前達に良心はねぇのかよ!」
ソウルドがゆっくりと満生の首元に持っていく。満生の息は荒くなった。一道達は正義の味方ではない。マンガなどでは主人公が止めるのかもしれないが、みんなそんな気にはならなかった。この満生の所為で全員傷つけられたのだから・・・だから拘束されてどうしようもない男が殺されそうになっても誰も止めようとしなかった。一道も、和子も、剛も、港も、元気もただ悠希がやろうとしている事を見守っているだけであった。
「コイツのせいで・・・コイツの・・・」
ゆっくりと進む悠希のソウルドが止まり、ゆっくりと消失し、そして、崩れ去るように膝を着いた。
「で・・・出来な・・・い。出来ないよぉ・・・こいつが・・・こいつが昌成ちゃんを殺したのに、殺したのに・・・殺せないよぉ・・・」
悠希は手で顔を覆った。全身がガタガタと震えていた。
「私には殺せないよぉぉぉ!!ゴメンねぇ!昌成ちゃん。誰か、誰か殺してよぉぉ~。仇を取ってよぉぉ~。あああああぁぁぁぁ!!」
悠希は泣き崩れた。和子が無言で悠希の肩を優しく擦ってやった。
「あ・・・あぁ・・・あ・・・」
一方の殺されかけた満生は力が抜けたようで涎や涙が出ていて、顔はびっしょりと汗だくになっていた。他の者達はそんな一部始終を黙ってみているだけであった。悠希が落ち着くまで10分ぐらいの時間は経った。

「さてと・・・これから、どうするよ・・・」
「そんなの決まっています。その和良って人の自宅に皆で乗り込むんです!」
住所も聞いたので今から乗り込む事も可能である。
「早まるなよ。笹本君。コイツは俺達をおびき出そうとしたんだぜ。迂闊にそいつの話に乗ったらまんまと罠にはめられたって事も考えられる」
港が慎重な姿勢を見せた。以前、一道に突っかかるばかりであったが今は異なるようだ。
「港が言うとおり、乗り込むのは少し様子を見た方がいい。俺達が行かなければ、その和良って奴も焦るだろうしな」
「それって何時なんです?」
全員が話し合っていた。ただ一道はまだ心ここにあらずという状態であったが・・・

亮は大の字に縛られたまま放置されていた。
『俺はこのまま死ぬのかよ・・・冗談じゃねぇ・・・こんな所で・・・こんな体のままで・・・』
何か彼らに対して反撃の一つも加えたかったが青くなるかもしれないぐらいにきつく縛れた手足は固定されており、動きのしようがなかった。壁が薄いアパートのようだから大声を上げて隣の部屋や近所に知らせるなんて事が出来るだろうが、布を猿轡代わりに噛まされている為に大声も出せない。完全に彼の自由は殺されていた。
『チャンスはあるはずだ。次、何か聞かれたとき、この忌々しい布を緩めるからその瞬間だけ騒ぐ。この体がどうなろうと知った事か!このまま誰かも分からん奴の体で死ぬなんて俺には耐えられねぇ。変えようとしなければ何も変わらない。奴らの思い通りに事が運ぶ。それだけは・・・それだけ・・・』
首だけ自由は聞いたから、元気達が相談している中、にらみつけていた。狭いアパートで、彼らの声さえも聞こえそうな所だが、明確に声が聞こえるわけではない。
30分ぐらいしただろうか?体が自由ではない彼にとっては数時間、いや半日ぐらいの長さに感じられた。痒い所があってもかけないというぐらいの状態だからそれぐらい長く感じても不思議ではない。
ようやく、話し合いが終わり、こちらに向かってきた。全員が一斉にこちらに向かってきた。
『ようし・・・チャンスは一度だけだ・・・この次は多分ない・・・』
鼻の穴を大きく広げて息を吸い込んだ。
「ほどいてやるよ」
「!?」
何と、彼らは男の手足を縛っているビニールテープやガムテープをはがし始めたのだ。あまりにも意外な事に元気達に反撃する事を忘れていた。最後に、自分で猿轡を排除した。
「勝手に好きなところにいけ」
「行けだと?お前達、何を考えているんだ?」
言ってみて一旦、冷静になろうとして頭を整理する。元気達が何を狙っているのか・・・
「だから好きなところに行ってっていったでしょ?あなただって被害者だったんじゃないですか?訳も分からず戦いを強要されて、それに従っただけなんでしょ?」
確かに和子が言う事を満生は行っただけであった。だがこうもアッサリと逃がすのはおかしいと満生は思った。
『そうか!こいつらは自由にさせるなんて言っているが俺を泳がせるつもりか?それなら好都合じゃないか!こちらの思惑は外れたが、結果オーライ。良し!俺はまだ運に見放されちゃいなかった!』
満生は冷静さを装いながらも、内心、思惑通りに事が進んで喜んでいた。
「だが、今回限りだぜ。次、また奴らに従って俺達を襲うような事があればその時は、覚悟してもらうぞ。満生」
「勿論、分かっているとも・・・」
亮の体をした満生という男は立ち上がって、手足を回してみて調子を確認する。さっきまできつく縛られていたのだから体がおかしくなるのは不思議ではない。
「じゃぁな・・・」
亮の体をした満生はそのまま帰っていった。何度か後ろを振り返りながら・・・

「さっきも言ったけど、何で逃がすの?利用してないじゃないの!!アイツが!アイツが!昌成君や亮って人を殺した張本人なんでしょ?だったらアイツを殺してしまったほうが!」
「汚れ役を人に任せるんじゃねぇよ」
元気が言い放った。斬れなかった悠希が言う資格はないだろう。
「お前だってアイツの目を見て斬れなかっただろうが・・・みんな同じさ」
重苦しい空気が漂う。元気に言われて暫く誰も言葉を口にする事が出来なかった。魂を扱うもの達に課せられた肉体と魂と関係。分かっているからと言ってそう簡単に割り切れるものではないのが普通の肉体を持つ人間である。
「彼らがやっている事は私達の想像を絶するんでしょうね。魂が抜けた人の体に別の人の魂を植え付けるなんて・・・」
魂が入れ替わるなんて事はアニメやマンガで両者が勢い良く衝突する事で簡単に行われる手法だ。が、今回の場合は少し異なる。入れ替わるのではない。空っぽの体に別の魂を入れるのだ。まるで、洗った皿の上に前とは別の料理を乗せるように・・・
「それだけの問題じゃねぇ・・・親しかった奴の体に別人の魂。しかも俺達を殺そうとした奴の魂を入れて俺達に差し向けてくるなんて普通の人間のやる事じゃねぇ・・・」
だが、それが最も効果的な作戦といえるだろう。別人が言う事と同一人物が言う事ならばどちらが信用できるかなどとは考えるにも値しないものだ。
「でも、元気さん。良くそれを見抜けましたね」
「大した事はないさ。アイツが二回舌打ちするなんて癖をしたからだよ」
「最初、亮さんを見たとき、誰だって言ったのは見抜いていたからですか?」
「いや、あれは・・・俺だって訳が分からなかった。意識して出た言葉じゃない。誰だって言った後で、コイツは正真正銘、亮じゃないかって思ったんだよ・・・すっげ~混乱した。説明は出来ないけどな・・・アイツを見た瞬間に口から言葉が勝手に出たんだよ」
「魂のおかげですか?亮って方と、あの人との違いが分かったと言う事で・・・」
港は冷静に聞く。自分は使えないものであるからこそ、その物を良く知りたいのだろう。
「多分、そうだと思うが・・・だけどそれが本当なら、いちどーや和子ちゃんや剛でも分かったはずだろ?一応。亮と一番接していたのは俺のはずだけどな。後、舌打ちの他にも、俺に確信に至らせたのはアイツの事を考えたらな・・・アイツが自分から俺達の前に姿を現すかってな・・・」
「言われてみれば・・・」
基本的に人嫌いであった亮が呼ばれもせずに元気達の前に現れるとは考えにくかった。後は喋り方や物腰などで元気なりに判断したのだろう。この者は亮ではないと・・・
「これからどうするんです?あいつら・・・次も来ると思いますよ。そのソウルフルなんて物を持って・・・壁も貫通するんでしょ?外から狙い撃ちされたら終わりですよ」
ソウルフル。満生が使っていた魂を銃弾としたライフルと言う事だ。射程は100mほどで、1発の銃弾が大きく、大人の拳ぐらいある。当然、連射など出来ず、1発ずつ銃弾を交換しなければならなかった。ソウルフルの性能と使用方法だけは分かったがただの実行役にしか過ぎない満生には内部の事や開発、製造までの経緯について一切、知らなかった。
「分かっているさ・・・にしてもあんなものを作ってどうするんだろうな」
「銃に代わる人殺しの道具になるとか?」
「日本では拳銃は禁止されているからな・・・」
3人が色々と話している中、悠希は非常に苛立っているようであった。
「そんな事を話し合っていても埒が明かないよ!あいつ等を全員、殺すしかないのよ!でないと解決なんて出来やしない!私達だっていつあいつ等に殺されるか分からないんだから!違うの?」
悠希に徹底して反対すると言う事はしなかった。苛立つ悠希があからさまに感情論を言ったがあながちそれが間違っているとも思えなかったからだ。本当ならば彼らもまた満生たちに対して悠希のようなストレートな反応をしていたかもしれないのだから・・・だからというのか、彼女は全員の感情を代弁していたようで彼らの怒りを抑えていたのかもしてない。
「相手側の全容がまるでつかめていない。全員というのは早計だ」
「そんなのん気な事を言っていたら私達、殺されるよ。いいの?私は嫌よ。迷っているうちに死んでいましたなんてさ」
「お前が言う殺すにしたってどうするつもりだ?無策のまま行ったら返り討ちになるのがオチだ。そんな事じゃ、昌成君に笑われるぞ」
「それは・・・」
「何かひっくり返すチャンスがあるはずだ。それまでは一人で行動を起こさない。いいな?全員の約束だ」
元気が言う言葉に、声を出してOKと言うものはいなかったが皆、静かに頷いていた。
「いちどーもいいな?」
「あ!ああ・・・はい」
相変わらず殆ど話を聞いて無さそうな様子であった。こんな一道では役に立たないだろう。近いうちに和良の所に行くという事が決まったが具体的な日程などは決まらず、話は平行線を辿り、家に帰っていくことになった。
「次、一人も欠ける事無くうちに集合できるんかな?」
そのように思う元気の思いは悲しい。
いつも後手後手に回る今の状態が嫌だった。相手に先手を取られればその分、こちらが被害を受ける可能性が高くなる。だが、そんな状態を打開させるような出来事がその日に起こったのだ。

その始まりは1本の電話があった。元気が受話器を取った。
「もしもし?どちら様ですか?」
最近は、驚くような事ばかりが続いているのでまた何かあったのかと思っていた。
「アンタは!!何故、電話なんかしてくる!」
その声を聞いて元気は激昂していた。暫くして冷静になって話を聞いていた。そして、元気はその日、いそいそと動き出した。相手が場所はどこがいいかと尋ねて来たので元気が指定した場所は駅近くにある公園であった。子供や親がいて周囲も見通しが利くような場所である。ここでは何もしようがないと思ったのだろう。
「急に会いたいというのはどうしてなんです?まさかまた、協力しろとでも言うんですか?亮をあんな風に送り込んできて・・・」
そこに現れたのは先日、こちらに協力しろと申し出た冴えないサラリーマン、田中 勇一郎であった。スーツケースほどあるようなバッグを引きずっている。
「違います。その逆です」
「は?逆?」
「あなた方に協力したいと思ったからこそ私はここに来たのです」
「一体、何の協力ですか?」
「我々の正体を知りたいのではないのですか?それを伝えに来たのです」
「!?」
とんでもない申し出だと思った。何かの罠ではないかと周囲を見回す。田中はこちらを信用してないだろうと言う事で場所の指定を元気自身に頼んだのだ。
「正体を伝えに来た?何故そんな事を・・・」
「彼らは異常です。他人の肉体に魂を宿らせて、あなた方に会わせるなどと・・・」
「彼らって誰です?」
「計画の参加者。このバッグの中にその人達のデータが入っています。あなた方もご存知の通り、間 要さんなどもね。それにあなた方のデータも・・・」
「話が全然見えてきません。計画って何なんです?」
「私は計画の末端のそのまた末端の人間ですから計画については何も知らされていませんので良く分かりません。ですが、彼らの行いは狂った事を考えてそれを実行しようとしているという事は確実です」
「狂った事?他に何か企んでいるんですか?」
「具体的には分かりません。ですが、あなた方の友人の体に別人の魂を植えつけて会わせて誘き出すなどと、あなた方を油断させ、こちらの術中にはめるには一番の方法だと言えますがそんな事をする人達が正気であるとは思えません。私はそんな人達のやる事に耐えられなくなったのです」
「それだけの理由で俺達に情報を渡そうと?」
「私は数年前に鬱病になりまして、その際に病院の方々に大変お世話になりました。もし誰からも処置されずにいたら私は今頃、天国でしょう。ですから、命の恩人と言っても過言ではありません。だからその恩を返す為に尽力してきました。彼らが言う無理難題もこなして来ました。これは悪いことではないかと疑いながらも、それがお世話になった方々の為ならばきっと何か正しい事のだろうと従ってきました。ですが、今回の石井さんの事を見て、さすがについていけなくなりました。私は今まで十分、働いただろうと思ったのです。恩はちゃんと返したのではないかと・・・もう自分の好きにしていいのではないかと思えた私は彼らを裏切ったのです」
石井 亮の件はかなり心を痛めているように見えた。だが、魂を入れ替えるような事をする連中である。裏切ったなどという言葉だけですぐに信用できる訳がない。疑いの眼差しを向け続けた。
「信じてくださいと言いたいのですが・・・そんな事を言えた立場ではありませんね。ただ、信じていただく材料はお持ちしました。こちらです」
カバンを開くとそれは雑然としまわれた紙の束であった。
「急いでいたので、めちゃくちゃですが・・・見てください」
元気は紙を見てみた。それは印刷されており、内容は事細かに仕切られており、非常に見やすくなっていた。田中 勇一郎。1953年生まれ。
「まるで履歴書のようですね」
率直に見た感想を言う。確かに学歴や職歴、資格、特技、好物などあり、確かにここまでは履歴書と似たようなものである。が、それからが違った。
『4人兄弟の末っ子で、出来のいい兄や姉に比べて見劣りする。その為、家族や世間から比較され、疎まれさえする。結婚し、女児をもうけた物のその性格や能力により見限られ、これと言った落ち度がなかったにも関わらずほぼ一方的に妻側から離婚される事となる。それでいて慰謝料や養育費は要らないという屈辱的な事もあった』
「こ・・・これはあなたの?」
「そうです。私の過去をまとめたものです。ソウルドの発動にはその人の過去が大きく関係しているそうですからね。我々、計画の参加者全員の過去の情報がここにあります」
しかし、ここまで来てこの田中と言う人物がまだ信用出来なかった。これ、全てが真実なのか、もしかして嘘で塗り固めたものではないのかと・・・
「どうかしましたか?」
「いや、ちょっと何か引っかかるんですよ。ちょっと・・・ん!?こ、これは!」
ペラペラと何枚もある紙を見ていると元気が固まった。
『福西 鉄夫?どことなく聞いたことがある名前・・・あ!ポチッ鉄!!』
そうである。ポチッ鉄の元々、人の名前であった。その人の情報も書かれている。そして、その詳細の欄の最後は・・・
『間 要のソウルドによって魂が抜かれてしまい、平達に引き取られ、最終的に肉体は、埋葬される』
「くっ!」
このように箇条書きで書かれると自分達が軽んじられていると思えて来て怒りがこみ上げてきた。
「あなた方はソウルドの情報提供者として認識されています」
「情報・・・だと?」
「ハイ。どのような行動を取るのか?考え方をするのか?ソウルドの発動条件などを知る上で、手掛かりになると思われています。ですから今まで、協力を求めてきたのです。ですがあなた方は応じなかった」
今まではそのような事で協力を求めてきたのか、何故それを隠す必要があったのか、今の元気達にそんな事は問題ではない。
「そんな事を断ったぐらいで俺達は魂を狙われて殺されたのかよ・・・」
彼らにとって自分達の存在はデータを調べるモルモットなのだろう。実際に生きている人間に対してそのように扱う奴らなど人間ではないと思えてきた。
悔しかった。何故そんな事でこちらは狙われるのか、そして、そんな事で魂を殺そうとしてきた奴らに対して怒りがこみ上げてきた。
「あなた方の多くの情報は羽端 慶さんから提供されています」
「やはり慶か・・・」
やはり慶は自分達にとって裏切り者でしかないのかと失望と怒りが芽生えてくる。だが、それと同時にこの男は何者なのか疑問に思えてきた。
「あなた方の過去によってソウルドの発動条件が見えて・・・」
「あなたはそんな事を俺達に教えてどうするんです?」
「あなた方に伝えたかったのです。私の少しの正義感がそうさせたのでしょう」
「いや、そうじゃなくてその所為で、あなたも狙われますよ」
「それは、さっきも申し上げたとおり承知の上です。私はね。産まれて、出来の悪い少年でしたから子供の頃は一家の恥さらしと疎まれ、成人して、成り行きで結婚してみれば甲斐性無しと家族に愛想をつかされ、仕事は仕事で無能な奴だと同僚や上司からも白い目で見られ、今まで、夢や目的もなくただ周りに流されて生きて来ただけの私です。自分の意思もなくやってきただけですから、何一つ実になる事はなかった。だからここで一つだけ、男として自分自身を通したかったのです。こんな事が理由なんて簡単すぎるかもしれませんが・・・」
自分でも分かっている事のようだ。だが、こんな所で赤の他人に等しい元気に言うべき事なのかと元気は驚いていた。
「あなたにとってそこまでするほどの重要な事なんですか?魂を失うかもしれませんよ?」
「私の名前、勇一郎。勇気が人一倍ある男になるようにと両親が付けてくれた名前です。ここに来て、勇気が持てそうと思えたのです。あなた方を知って何とか間違いを正させる・・・」
「ちょ!ちょっと待ってください!あなたは俺達にその計画潰させようとでも思っているんですか?」
「あ・・・」
勝手に話を進められているようだったので止める必要があると思ったのだ。そう言われて勇一郎はあっけに取られていた。
「すいませんが、この件は保留にさせてもらえませんか?俺だけで決める訳ではありませんし」
「!!そうでしたね。コレを教えればあなた達も戦うだろうと早合点していました。ただ、私はあなた方に知ってもらいたかった。様々な苦しみを我々から受けてきたあなた方には・・・これを知ってどうしたらいいかあなた方で決めてください。知りさえすれば対処する事も出来るでしょうからね」
「すいませんが俺はコレを見せられても完全にあなたを信じる事ができない。あなたが以前、出会った田中 勇一郎さんの魂であるという確証もありませんし・・・」
「私は正真正銘!?それもそうですね。完全に見落としていました」
「でも、少し話してみてあなたが田中さんって思えます」
「何故?」
「話し方、態度からです。結構特徴的でしたから」
「そうですか?」
ちょっと照れたような顔をし両手をつないで自分の手の甲を見つめていた。こういった細かい仕草は演技できないだろう。
「あなたはどうするつもりなのですか?俺達が戦うのを拒否した場合は?」
「さぁ?分かりません。どうするか考えていませんでしたから・・・そうですね・・・逃げ回って、ソウルドを使える同士を探すのかもしれません。それともソウルドを忘れ、ひっそりと暮らせる土地を探すのか・・・」
当ては外れてしまったがとても晴れ晴れとしたスッキリした顔をしていた。この情報を何としてもこちらに伝えたかったのだろう。その目的が達せられた今、とても満足そうである。
「答えを出すのは早いと思います。俺もこれを知ってどうするかまだ決めていません。まずはみんなに会ってみませんか?」
「え?」
「それでこれからどうするのか決める。市川の事もありますからあなたの事を全面的に信用できません。お互い信頼しあうにはお互いどうなるか分からんという賭けをしなければ・・・」
「そ、そうですね。もう少し賭けてみるのもいいのかもしれません。私は危ない事から逃げ続けてきましたから・・・」
そのまま2人は分かれた。

The Sword 第十二話 (5)

2010-12-05 19:09:58 | The Sword(長編小説)
話をより明確にする為に、話を戻そう。一道達を逃がし、自分達を攻撃し続ける正体不明の敵に対して元気は一人挑もうとしていた時の事である。本来ならば自分も逃げたいところであったが自分以外にまともに動けるものはいなかったのだから仕方なかった。勇気を奮い立たせ、前に歩き出していた。奥に入っていくと山とはかけ離れたものを見た。
「コード?何のコードだ?」
そのコードを辿っていけば何かしら見つかるかもしれないと思って、歩いていった。すると
「・・・!!ぐぅお!」
始めのうちは何が起こったのかはわからなかった。しかし、何か足に流れるものを感じ、次に左足を付いたと同時に焼けるような痛みが走った。幸いな事にかすり傷程度であった。何か異変はないかと周辺を見た瞬間、右方向から何かキラッと光るものが見えた。
「あ、あれか!?」
その光るものがかなりの高速でこちらに向かってきたので咄嗟に避けた。
『魂を飛ばしているのか?そんな事があり得るのかよ!!』
魂は、その人の魂そのものだ。それを飛ばすという事は死ぬ事と等しい。そんな事をしてまでこちらを殺そうとする者達がいるのか?そんな物はないと思っていたが、現実はこのように進行している。否定したところで攻撃は続くのだ。元気はまず考えるのをやめ反射的にそのまま右方向から隠れるように木陰に隠れた。
「コソコソ隠れてんじゃねぇ!正々堂々と前に出て来て勝負しやがれ!」
元気は叫ぶ。魂が飛んで来た方向にだ。挑発する事で姿を現せようとした元気の考えであた。
ブオッ!ビシィィ!
今度は手の甲に激しい熱さを感じた。かすったようだ。しかも飛んできた方向は木の中からである。
「くっ!この攻撃は木を貫通するのか!」
その事実は衝撃を覚えた。それでは物陰に隠れたとしても攻撃を受けてしまう。だが、そのような性質を持つからこそ、小屋の中の元気達を攻撃できたのだろう。
「だからって何で小屋の中にいた俺達を攻撃出来たんだ?」
狭い小屋の中で何人も人がいたから、下手な鉄砲数打てば当たるという事も考えられるかもしれないが、それなら無駄弾を誰か目撃していたはずだ。だが、誰もそのようなものは見ておらず、その狙いは異常なほど正確で有りすぎた。
「まさか!俺がいる位置が分かっているのか?そんな事は・・・いや、そうとしか思えねぇ!」
恐ろしい仮定であったがそうとしか思えなかった。こちらは相手の事がわからないというのに、相手からは丸見えというのは圧倒的にこちらが不利である。
「こ、殺される?逃げなきゃ・・・やられる」
元気の額からゆっくりと冷たい汗が頬を伝い、顎から落ちた。逃げようというタイミングを計ろうと後ろを見ると小屋が目に入った。
『亮・・・』
今、亮や大はあの中で横たわっているだろう。このまま引いてしまえば、亮や昌成を殺した人物も分からないまま、逃げる事になる。
『全く、アホいちどーが・・・やばくなったら逃げろだと!そんな事言われたら逃げられねぇじゃねぇか!それを見越して俺に言ったのか?』
それは元気の意地、プライドであった。元気の体は小刻みに震えていた。それでもその場に踏みとどまっていた。
「せめて顔だけでも見られればいい・・・恐らく、相手はこちらの事が分かっているからって余裕ぶっこいているはずだ。付け入るならそこにある!」
元気は、自分の思考が冴えていると感じた。亮や昌成がやられた事によって二人の意思がそうさせているのか、軽く攻撃を受けて恐怖を感じた事がそうさせるのか、それとも、そのように思いたいだけなのか・・・本人には分からないが、元気は逃げるのではなく逆に向かっていく事にした。飛ばしているのであるのなら動いていれば、その命中率も下がるという事も考えてだ。
『止まるな・・・止まればそこをやられる!』
と、前方の方でズルズルとすべる音が聞こえた。
「チチッ!」
前方から2連続で舌打ちするのが聞こえた。恐らく、敵はそこにいるのだろう。元気が起伏の激しい道を行くと、掃除機のようなホースが長いものを持ち、大きく目が飛び出したような形の奇妙なゴーグルのようなものをした者が後方に下がっていった。
「何だあれは!あれで魂を飛ばすのか?」
こんな所に普通の掃除機など持ってくるわけはないから、それで魂を飛ばしているに違いないだろう。
「それにアイツが目につけている奴!テレビかなんかで見た事がある。赤外線って言ったか?」
赤外線ゴーグル。温度が高い物を赤等で表示できるものである。そんな物があれば薄い壁であれば透過してこちらの体温を通じて所在を発見する事は容易い。だから、小屋の元気達を攻撃できたのだろう。
「だからこっちの位置を把握できたのか・・・」
これで隠れても無駄だと言う事は分かった。そうなるとここから逃げ切れるものだろうか?必死に逃げても背後から撃たれるのが関の山だろう。
「くそぉ!顔もわかんねぇ!このままでは逃げてもやられる」
敵からの攻撃がピタリとやんだ。ひょっとしたら飛び道具の弾を使いきったという事が考えられる。叩くなら今がチャンスのように思えた。
元気はゆっくりと近付く。物陰に隠れながらだ。いくら体温が分かるからと言って、完全に体温を透過出来るとは思わなかったからだ。もし正確な位置を完全に把握しているのなら元気は既にやられている事だろう。
「今から俺はお前を叩く!覚悟しやがれ!」
元気が叫んだ。相手も木の後ろに立っているが逃げようとはしていない。飽くまでこちらを倒すつもりなのだろう。そう考えると、まだ攻撃が出来ないわけではないのかもしれない。
『もう分からん!後はアイツに近付いてやるだけだ!』
一対一。これは喧嘩などではない。本当の殺し合いである。普段ならビビッていたかもしれないが、元気としても仲間を倒され、その上、自分も軽く負傷している。そのような要素からハイになっているのかもしれない。正常な判断などつく訳がなかった。

相手は焦っていた。圧倒的に有利なはずの自分が押されているような気持ちになっていた。
「問題ない。勝てる」
そのように自分に言い聞かせ、冷静さを取り戻し、元気の位置を確認する。オレンジ色の塊がそこにあった。人間の体温の表示である。どうやら10m前の木の後ろにいるようだ。確実に仕留める必要があるからもう少し接近させる必要があった。しかし、その直後、信じられない事態が起きた。なんとオレンジ色の塊の後ろからより高温である赤や白い塊が大きく広がっていったのだ。
「何だと!?」
パチパチパチ!!
ゴーグルを取って確認すると、煙を上げて後ろの草が燃えてきている。なんと、元気は火を起こす事で体温をこちらに察知出来ないようにしたようだ。
『アイツ、狂っているのか!!山火事を起こして隠れるだと!?』
元気を見失った。元気は木や、山の起伏を利用してこちらに近付いてくるだろう。位置が分からなくなってしまったので赤外線ゴーグルは無用の長物である。サッとゴーグルを取った。元気の姿は見られなかった。しかも元気が草に火をつけたため煙が立ち込めてきている。さっきまで手に取るぐらいまで分かった敵の位置が分からない。これでは安易にトリガーを引けない。そのような状態が彼を動揺させ、不安になった。急に目隠しされたような状況だろうか?
「チチッ」
思わず舌打ちをした。だが、一つ思いついた。
『いや、待て・・・アイツだって俺の場所を正確には把握していないはずだ』
条件は同じはずである。それでも、飛び道具を持っているこっちの方がやはり有利である。再び自分の心に言い聞かせ、落ち着こうとした。
ザッザッ・・・
草がこすれる音がする。耳を済ませていれば分かる。火や煙ぐらいで騙されるかというところであった。
「そこだ!」
と、男が飛び出した所に元気が現れたのだが予想外の出来事があった。

「しまった!?読まれてたぁぁ!?だがっ!」
元気は作戦が上手く行ったと思っていたがこちらに狙いをつけている姿を見て思わず声に出した。そこで元気はバッと男に土をぶちまけた。
「!?」
ぶちまけた瞬間に元気は気付いた。男は、サバイバルゲームでつかうかのような大きなゴーグルをしていたのだ。
これでは目潰しは効かない。完全な失敗であった。そのまま元気に向けて掃除機のヘッドを向けていた。トリガーを引いた。ソウルドと同じ輝きが元気に迫った。
ビシィ!!
「うぅっぐ!!」
元気は腰に魂を受けて、その場に転倒し、坂を転がり落ちていく。それで男と距離を取った。
『ちっくしょ・・・どうして、読まれたんだぁ・・・』
その疑問が頭を駆け巡ったが、今は反省しているような状況ではない。傷は思ったより浅かったが周辺はかなり急で木の根が沢山張っていて走って逃げるには非常に困難な状況であった。
『絶体絶命・・・くそぉ!どうしてだ!どうして上手くいかねぇんだ!!』
カシャ・・・カチッ・・・
男は掃除機のような武器からソフトボール大ぐらいある弾を取り出し、同じものを入れた。
『土をぶっかけられて少し手元が狂ったが次は外さん・・・今のであまり動けないだろうからな・・・』
元気は男をはめようと石をいくつか投げて、草の上に落とし、音を出させたのであった。それを元気の動きだと勘違いさせて攻撃しようとしたのだが、その音はあまりにも足音には軽すぎた。それが読まれた原因である。目潰し作戦は、元気が保険としてやっておいたものであったが効かなかった。これは彼がサバイバルゲームを趣味としているのでゴーグルをつけていないと落ち着かない癖であった。それに男にとっては、煙が目に入り、視界不良になるのを防ぐ為であった。男は周囲に気を配り、元気の出方を伺う。火の方は、生の草が多い所のようで、煙が多く、燻っているだけで燃え広がりはしないようだ。
『出て来い。次は・・・殺す』
静かに、自分が空気になるように努める。サバイバルゲームの時と同じである。周囲に警戒しつつ、自分自身の存在を消す。そして元気が現れた瞬間に打ち抜く・・・それだけである。
「おい!お前!男だったら正々堂々と勝負しようじゃないか!」
何と隠れていた元気がその姿を現し、ソウルドを出していた。
『よく言うよ・・・』
さっき、土をかけてくるような小細工を見せた相手が言葉通り正々堂々と勝負してくるようには思えなかった。
「出てこないのかよ!そんな飛び道具まで持って、怪我をした俺に対してビビッて手を出せないってのか?随分と女々しい奴だなぁ!!」
『下らん挑発になど乗るものか・・・どうせ、また小賢しい手でも考えているんだろうしな・・・』
「ば~か!ば~か!お前のか~ちゃんで~べそ!お前のパンツはまっちゃっちゃ~」
それからすぐに、先ほどとは打って変わって聞くに堪えないレベルの低い挑発へと変わった。それが10秒ぐらい続いた。生死という緊張状態にある中で10秒とは死ぬほど長く感じるものだ。そんな時に低レベルな挑発は苛立ちを倍増させた。
「うるせぇぞガキが!!」
思わず声を出してしまった。声によってこちらの方向を発見されてしまった為、男は木から体を出した。元気の前に姿を現した。ゴーグルをしたままの痩せ気味の長身の男であった。
「お前の精神年齢は何歳だ?幼稚園児並みか?」
「そうだよ。文句あるのか?そんな子供に対して、飛び道具を使うのか?卑怯者~」
「それがどうした?俺は、そっちが攻撃できないところから狙撃するような卑怯者だぞ!」
これ以上、挑発は通用しないようであった。
『アイツの目、まだ何か企んでいるな・・・誰か、近くに潜んでいるとか?』
負傷し、ソウルド以外に武器を持たない元気が態々、正面を切ってくるという行為。あまりにも怪しすぎた。だから周囲を警戒する為に、男は敢えて見通しのいいところにゆっくりと歩いて移動し、周りを確認していく。他に人はいないようで間違いなく元気一人である。
「それはそうと、これで正々堂々と戦えるわけだ・・・ありがたい事だな」
「・・・」
もう元気の言葉など聞いていなかった。あらゆる状況を想定して、それに対処するだけである。
『周辺は事前にこちらが調べた。罠を仕掛けてある心配もない。冷静にコイツの腹にコイツをぶち込んでやればそれで終わりだな・・・』
『やるしかない。もうこの方法しか!一か八かだ!!』
元気も覚悟を決め、突撃を敢行する事にした。

「勝負だぁぁぁぁ!」
元気はソウルドを出している手の中から元気は石を放り投げた。普通なら反射的に避けてしまいがちであるが、それほどのスピードでもないので、体で受けた。少々痛いが手元を全く狂わさない。
「それで・・・終わりだなッ!!」
引き金を引いた。真っ直ぐ元気の胸に向かって魂が飛ぶ。その弾道は直撃するものであった。誰が見ても当たるものをみて目を細める男。
「うおおおおおおおぉぉぉぉ!!」
ギャキィィ!!
「何とッ!!」
元気はソウルドで男が撃った魂を跳ね返したのだ。跳ね返された弾は男のすぐ近くを抜けていった。そのまま元気が迫ってくる。必殺の一撃のつもりだったから、男に対応する余裕はなかった。
「お前の負けだぁぁぁぁ!」
ザブゥッ!!
「ぬぅおおおおお!!」
肩に一太刀入れたが残念ながら致命傷ではなかった。跳ね返したときの衝撃によってソウルドが歪んだ為であった。男はひっくり返り、転がり坂を下った。
「チチッ!畜生・・・あんな事が可能だとはぁぁぁ・・・聞いてねぇぞぉ!」
後ろを振り返ると、元気はこちらを追おうとしているのかゆっくり歩いていたが、男はそのまま坂を駆け下りていた。
「待てぇぇ・・・待ちやがれ・・・」
元気は弾を跳ね返した半端ではない衝撃を受けていた。頭がガンガンし、体が震え、吐き気さえする。とても追えるような状態ではなかった。元気はそのまま倒れ込んで、暫く動く事が出来なかった。そして、動けるようになってから元気は山を下山して家に帰ったのだ。

「2回連続の舌打ちをする癖の持ち主はソイツしか思えないんだ」
「ですけど、そんな事可能出来るんですか?魂を別人の体に封じ込めるなんて?」
「こんなのマンガの話じゃないですか」
2人は信じられないようだ。元気本人でさえ未だに信じられないのだから当然の事だろう。
「それを確かめる上でこいつから聞きださなければならないんだ」
「俺は何も知らないぞ。何故なら石井 亮なんだからな」
今更、見え見えの嘘をついたところで誰も信じてくれるわけがなかった。
「お前からは聞きたい事は山ほどある。全て話してもらうからな・・・」
「だから俺は石井 亮であって、そんな襲った奴なんかじゃ・・・」
この男の話などもう聞いていなかった。
「でも、いいんですか?こんな重要な話を私達だけで聞いてしまって?悠希さん達を呼んだ方が・・・」
「俺達を襲った張本人かもしれないんだ。悠希がそれを知ったら問答無用で斬ってしまうかもしれない。貴重な情報源だ。何も分からないまま殺させるわけにはいかない。だからまず俺達だけで聞き出す必要がある。そうだろ?」
元気の話は非常に冷静で正しい。2人もそれに賛同した。
「まず、聞く。お前は俺達を襲った本人か?」
「元気さん。この人は白を切ろうとするだけです。だったら手っ取り早く魂の剣で斬っちゃうのが一番じゃないんですか?魂の剣で斬るとその人の人生が見えるんでしょ?」
元気も和子も剣の事を使えない港が能天気な事を言っているので睨み付けた。
「え?俺、何か悪い事言いました?」
「それが確実に誰だか分かる方法だが、簡単だからといってそれで済ませてしまうのは良くない。それは最後の手段としてとっておく」
「何故です?」
「お前もあの時、魂で撃たれたのなら分かるだろ?」
港は黙った。先日、攻撃を受けた際、記憶が見えたと同時に這い上がってくる悪寒を感じ、嘔吐したのだ。お互い気分が良くないもので記憶を探るのは良くなかった。
「それに、自らの意思で話させることに意義がある」
「でもどうやって?」
3人はヒソヒソ話を始めた。
「決まったぞ。お前を喋らせる方法をな・・・」
ニヤリと笑う元気。亮は相変わらず黙り込んだままこちらを睨みつけてきた。すると亮の体をグルグル巻きにして、後ろ手に縛り上げていたガムテープとビニール紐を切った。だが、元気はその男の体を押さえ込んで暴れさせないようにした。それからベッドの足に手足を縛りつけ、強制的に大の字の形にした。まるで昔の特撮ヒーロー番組の改造シーンのようである。
「早めに吐いた方が良いぞ。ここから始まるのは拷問なんだからな」
「・・・」
亮の態度を崩さなかった。元気は手を出した。ゆっくりと両手の五指を動かす。その動き波のようで妙に卑猥であった。そして、その指は亮の脇の下に置かれた。
「くすぐりの刑って奴だ」
「!!!」
亮の体は激しく動いた。ベッドの足の下に新聞や布等を置き、暴れても下の部屋に騒音が伝わらないようにする。亮の口に布がされていた為、声を出せない。亮の体が一気に歪む。ちょっと触っただけで身をよじらせ、苦しむ姿は予想以上の効果である事を示させた。
「話す気になったらいつだって良い。頷け。でなければこの刑はずっと続くぞ」
再び、元気のくすぐりの刑が始まる。亮は笑いすぎて涙さえ溢れさせていた。
「みんなも手伝え」
元気に言われて皆、くすぐりに参加する。上半身の元気。わき腹の和子、下半身の港。元気などはこういった事にかなり手馴れているようで、ただくすぐりだけではなく耳元に息を吹きかける事などもやっていた。
「どうだ?話す気になったか?」
コクッ!コクッ!
くすぐりを止めて聞いてみると、すぐに頷く亮。さっきの殺意さえ感じさせた睨みはどこへやら、くすぐり攻撃の前にはそんなプライドなどなかった。口の布をとってやる。涎が沢山出ているようで布は結構濡れているようであった。
「聞きたい事はいくつもあるがまず、お前は俺達を襲った張本人か?」
「・・・」
それを聞いた瞬間、表情が曇ったので、元気は指を脇に乗せた。
「そうだ。俺は、お前達を撃った。名前は市山 満生(いちやま みつお)だ」
身分証明書は亮のものしか所持していなかったのでその名前を信じるしかなかった。
「何故、亮の体をしている?人格を入れ替えるなんてそんな事出来る訳がない!」
「俺だって知るかよ!」
元気は再び満生と言う男の脇に手を添えた。
「本当だ!俺は気付いた時にはこの体になっていたんだ!」
それから尋問が始まっていくのであった。その次々出て来る話に彼らは衝撃を覚えるのであった。

「犯人を捕まえたってどう言う事?」
悠希が元気のうちに駆けつけてきた。数時間後、元気達は一道と剛、そして悠希の3人を呼び寄せたのであった。
「言ったとおりだ。こいつが犯人だ」
満生はまだ縛られたままであった。それを目にした悠希は困惑した。
「この人は攻撃を受けたじゃない。何を言っているの?」
「俺達もまだ心の底から信じられないが、俺達を撃った奴だ。全部終わってから亮の体を運び、その体に魂を入れられたという話だ」
「ええっ!?冗談でしょ?」
それから、尋問の時の内容を元気達3人が代わる代わる分かりやすく説明していった。

「俺はお前に斬られてボロボロの状態で戻った。疲れ果てた俺はそのまま気を失った。起きたらこの体になっていたって訳だ」
「!?」
「元の体を返して欲しいのならばその体でお前らをおびき出せと言われた」
「誰に?」
「和良 吾朗(わら ごろう)という男にだ」
全員知らない名前であった。それから他に関係者などを話して行く。
「俺は2週間前ぐらいにミリタリーショップで間 要という男に出会った」
「間 要!?」
「ああ・・・知っているのか?俺は、間に声をかけられた。『君は銃について詳しいのか?知人がサバイバルゲームに参加してくれと頼まれたが私は無知だから教えてくれないか』ってな。最初はそいつの事を初対面の癖に馴れ馴れしい気持ちの悪い奴だと思った。だが、少し教えてやると子供みたいに嬉しそうな顔をしていた。『私も興味が湧いてきた』なんて事を言って来た。俺も悪い気はしなかった。どんどん親しくなっていくと間に和良達を紹介された。和良は今までにない銃を撃って見ないかと言って来た。それがソウルフルだった。人間に撃っても法に触れない。まだテストだがやってみないかと・・・俺は受けることにした。ただの興味本位だった。それにただの新しいゲームの延長線上のものだと思い込んでいた。人の魂を奪えるなんて思わなかった!和良も教えてくれなかった!本当だよ!信じてくれ!俺はただ単に利用されたんだ!」
全員、ガタガタと震える。死ぬかもしれないという恐怖、どこから攻撃を受けるか分からない恐怖と戦いながら逃げていたというのに追う者としてはゲーム感覚で攻撃をかけてきたという事実。沸々と湧き上がる怒り。
「俺は、お前の反撃を受け、負傷して和良の家に戻った。意識を保つのがやっとの状態で歩いてきたから、和良の家に着くと同時に俺は気絶した。目覚めると・・・こうなっていた訳だ」
あまりの常軌を逸した状況に全員、絶句していた。満生は話を続ける。
「そして、和良はこういった。自分の体が返して欲しければ、この体の石井 亮としてお前らに近付き、罠をかけろと・・・だからこうしてやってきたんだ」
人質。それが自分の体であるなどと、人類史上初だろう。この縛られ横たわる男がそれを経験したのだ。しかもその人は自分が倒した魂を持っていた体である。
「お前、さっきゲームの延長線上とか言っていたがその割に俺と戦った時、マジだったろ?」
「始めだけそう思っただけなんだ。だから俺と戦おうと向かって来たお前を見たとき、お前を殺さなければ俺が殺されると思ったんだ!だから抵抗せざるを得なかったんだよ」
それが本心なのか、それともただ言いつくろっているのか石井 亮の体で言われてもピンと来なかった。
「何故、俺達をそこまでして付け狙う?」
「俺が知るかよ。俺はそうなけりゃ体を返さんといわれていたからそうしただけだ」
自分の肉体を人質にとられた人間などというのは人類が始まって以来の事なのかもしれない。
「和良 吾朗って人の家ってどこにあるんです?」
「石見の交差点の傍にある」
多摩市の主要の国道が交差している場所である。車どおりも多い。それから、他に細かい事を聞いてみたが満生はただ、前の一件の実行役でしかなく、機械の事、慶の事など知らなかった。だが和良の自宅が分かったと言う事が唯一で重要な情報であった。

The Sword 第十二話 (4)

2010-12-04 15:08:41 | The Sword(長編小説)
まず橋に着いた。時間前ギリギリだった。5分前以上前の到着を守る一道としては遅いくらいであった。他のメンバーも着いていて話をしていたが何故か遠くにいるような気がした。
「何でよりによってあの場所に行くって言うんですか?何かあったら今度こそ・・・」
「それは分かるけどよ。こちらがまたここに来るとは考えにくいんじゃないかな?こちらの情報を伝える人間がもういないのなら?」
元気はそのように答えた。一道は軽く目を伏した。
「そういう言い方よくないですよ。もう疑う人なんていないんですからね」
和子が珍しくフォローするような言葉を言った。
「どうしてそんな風に言える?」
「根拠はないですけど、もう、今のところ、そういう人はいないのだから今、私達同士が疑い合って結束を壊す方が問題の方だって思いますけど」
「そうだな・・・今、これ以上疑っても仕方ない」
とは言いつつも視線は向けずとも一道のほうに注意が行くのは仕方ないだろう。慶と一番親しい者が一道なのだからそういった疑いをかけられるのも最もあり得ると言えるだろう。これ以上騙す事はしないとそのように仕向けておくと・・・一道自身は殆ど反応を示さなかった。
次に、悠希が黙って現れ、港、剛と続く。
「まず慶の足取りについて一道から言う事がある」
一道は元気から話を振られても暫くなにも答えず、遠い目をしていた。
「え?あ、ああ・・・」
「お前が俺に電話をかけてきたんだろうが!しっかりしろよ」
全員に慶が自主退学した事、施設も出て行ったことを伝えた。
「これで振り出しになっちまった訳だな。お前、慶の行く当てとか分からないのか?少なくとも何か不審な点はあっただろうが?些細な事でもいいんだよ。何か・・・」
「分からない。あいつの事はもう何も分からない」
元気達に言われたように何か思い出してみようと努めてみるが慶の事は殆ど浮かばなかった。弱弱しく首を振って言う一道は以前のような凛々しい面影はなかった。ただ、怯え震えているようにも見えた。それ以上、追求する事もせず、元気は、話を戻した。
「じゃぁ、行くか?待ち伏せの恐れもあるがずっと怯えているわけにもいかない。少しは攻めに転じられるようにしておかないとな・・・」

小屋に向かって出発する一行。小屋への道のりはなぜか遠く感じられた。逃げている時は歩いている時間が長く感じられた。いや、遠いのではないのだろう。ここに来る足取りが重いからこそそのように思えるのだろう。
「ここから見通しが悪くなる。俺は前を見る。和子ちゃんは左、悠希は右、剛は後ろ、港といちどーは、周辺に気をつけろ。奴らは魂の飛び道具を持っているぞ」
元気が手早く指示を出すと港がすぐに反応した。
「魂の飛び道具?一体どんな?」
「あ?言ってなかったか?」
「初耳です」
「すまん。色々ありすぎて伝えるのを忘れていた」
その飛び道具の特性を伝え、周囲に気をつけるように指示を出した。それから歩き始める。前後は見えるものの左右には木々や山のくぼみなどで隠れるところは山ほどある場所であった。全員、応答するが一道は下を向いたまま無言であった。
「分かったな。いちどー」
「え?あ!はい!」
返事はしたものの、何をするのか分かっていない様子で顔からはクエスチョンマークが出ているように見えた。
「武田さん。前とあまり変わってないですね」
かなり重傷ともいえる一道の様子を見て剛が心配していた。
「仕方ないだろ。生真面目ないちどーなんかはな・・・時間がかかる」
「・・・」
剛の表情も沈んだ。何故かと思った元気であったが、すぐに思い浮かんだ。魂が抜けた兄の今は亡き彼女を奪う形となった剛と立場は逆であるが似たようなものだろう。
「だが、立ち直らないといけない。お前は十分頑張っているよ。うん」
「はい・・・」
剛はいくらか立ち直ってきているので安心した。一方の一道はまた下を向いていた。剣術のプロとして当てにしていた一道だというのに今は完全に抜け殻となってしまって今までを知っている元気達にはそんな見るも無残な一道の姿を見るのは悲しい。
山道を歩き、外れたところに小屋がある。のぼりは結構、急である。もし待ち伏せされていたらどの方向から襲われるか分からないから周囲に気を配る事にした。歩くのは普段より遅めであるが何事もなく小屋の前に着く事が出来た。
負傷し、置き去りにするしかなかった石井 亮の姿はなかった。
「自力で下に下りていればいいんですけどね・・・」
和子は石井が倒れていたところにしゃがみ込んで希望があればと思った。
「ないと思います」
アッサリとその希望を打ち消したのは意外にも剛だった。ポチッ鉄がやられる所や倒された兄を見てそのように思えたのだろう。
「そうか・・・そう考えるのなら、亮の体を持ち出したのは誰だ?そうだ。救急車でも来たのか?いや、奴らが再度来て亮を持ち出したと思うのが早いか・・・」
だが、見つかったのは子供が捨てたお菓子のくずやら昔捨てられたようなビデオデッキなどのゴミでありそれ以上、先日、こちらを襲ってきた奴らの手がかりとなるような物は何一つ見つからなかった。
「俺は本当にあの時、ここで戦っていたのだろうか?」
元気は見覚えのある土地を見てそのように思える。今、ここは静寂に包まれている。当時の激戦を振り返っても実感が沸かなかった。記憶はあるのだが、思い出すとブルッと震えた。
「昌成」
小屋の戸の前に来た悠希が中に入ろうとしていた時に
「悠希さん。待ってください。何か罠が」
港は戸に罠でも仕掛けられているのではないかと思って悠希に注意を促そうとする前に悠希は開けていた。瞬間的にソウルドを出して構えた。
「お!おい!悠希さ!」
中に入る悠希。港が思うような罠は仕掛けられてはおらず何事もなく小屋に入る事が出来た。
「やはりいませんね」
亮がいなかったように昌成の姿も無かった。悠希は昌成を置いた場所にしゃがみ込んでなにやらボソボソと呟いていた。港は小屋内を歩き回った。
「特に何も・・・おおっ!」
港はズルッと滑った。転ばずに済んだが何とも無様な格好であった。
「犬のウンコでも踏んだか?」
ヌルッとした感触は以前、踏んだ犬の糞にそっくりであった。ポチッ鉄という犬と親しくしていた彼らならば糞もするかもしれない。足の裏を見た時に甘ったるい匂いがした。
「そうか・・・ケーキか・・・」
あの時、ケーキをひっくり返したのであった。その残骸だろう。あの時の事を思い出していた。
「あれが起きる前までは楽しかったのにな・・・」
当時の事を思い出していた。
「何か収穫はあったか?」
元気が中に入ってきた。お互いに状況を報告し合った。結局、徒労に終わり何も進展することなく全員、帰るしかなかった。帰り道も注意を払って山を下りた。
それからすぐに世にも恐ろしい事にこれから巻き込まれるなどとここまでで誰も分かっている者などいなかった。彼らの人生さえも揺るがす事件が起ころうとは・・・

次の日の夕方、元気、港、和子の3名が元気の部屋に集まっていた。今後の自分達について話し合わなければならないと思ったからだろう。人数が少ないのは、無理して出てくる事はないと思ったからだろう。剛は昨日の山での調査で体調を崩したという話で体を休めた方がいいという判断して呼ばなかった。悠希に関しては昌成に関しての事になると感情的になりすぎる為、話がこじれると思ったから除外した。慶に対して個人的に深いつながりがある一道が近くにいると話しにくい事で呼ばなかった。と言うより、ボロボロの一道は誰かが励ますよりも時間で回復してもらうしかないと思ったのだ。
「どうにかあいつらの所在を知る必要がありますね」
「みんな、近くを歩き回れば、あの人達の誰かが必ず見つかると思わない?」
「それで、見つけて追跡していって、居場所をつかむ事が出来れば、今度は俺達の方から攻める事も出来る・・・」
港と和子が積極的に話をやり取りさせていた。
「どうしたんです?元気さん?俺ら二人だけで話していてもしょうがないでしょ?何か意見を出してくださいよ」
呼び出した本人の元気がテーブルにあるテレビのリモコンを握ったまま、渋い顔をしていた。
「いや、ちょっとな・・・あの時、奴らに断らず協力していればこんな事にならなかったのかもしれなかったってな・・・」
元気は田中 勇一郎とファミレスで会った日の事を指していた。
「どうしたんですか?元気さん?何だか弱気じゃないですか」
「元気さんが元気じゃないと私達ちょっと調子狂いますよ」
「いや、ちょっとな。俺達は選択を誤っていたのかもしれないってちょっと思っただけだよ。そりゃ、そんな事を今、言ったところで何にもならないって事ぐらいは俺だって分かっているけどさ」
「も、もしかして元気さん!?今からあの人たちに協力するとかって言い出さないですよね?そんな事はいくらなんでもねぇ・・・」
和子が恐る恐る聞いてみる。だが、今の元気に全面的に連中と戦おうというような力強い目の色は見られなかった。
「色々、考えた。俺も出来ればやられた隆、ポチッ鉄、亮、そして、昌成ちゃん。みんなの仇は討ちたいと思っている。だけどよ・・・俺達だって精神的にかなり傷つけられた。それに奴らは魂の大砲なんてものを持っているんだぞ。単純に考えてそんな訳分からん物を持っている奴らに対して戦いを挑んだとして俺達に勝ち目はないだろ?どうやったら勝てるって言うんだ?次は何をされるか分からないんだぞ。今度こそ全滅する事だって考えられる。4人には悪いがそんな意固地を貫いたところで俺達は得しないだろ?ただ仇を取ったっていう満足感だ。それで何になるんだよ」
「そういう後ろ向きな話をするから、私達しか呼ばなかったんですか?」
和子が聞く。そんな話は大切な人を失った剛や悠希が聞いたらどう言うのだろうか?
「そういう訳ではないが・・・この現状でどうしろっていうんだ?」
「あの武田って人には慶を倒せって言ってしまったのに私達は何もしないんですか?」
「アイツの顔を見ただろ?今のアイツでは俺でさえ」
ピンポーン
和子と元気のトーンが上がってきたところで突然、インターホンが鳴った。元気は続ける。
「勝てそうだぞ。あんなボロボロのいちどーを加えて戦ってどうなるって言うんだ?敵討ちをしようとした事が4人に対しての弔いになるっていうのか?記念になるっていうのか?冗談じゃない。俺はそんな事で死にたくはない」
「怖気づいたんですか?」
軽い挑発をする港。元気は、そんな挑発には乗らなかった。
「そう思いたければそう思え。俺はもう誰かが傷ついたり、死んだりするのを見るのがゴメンだって言っているんだ!しかも、これをやって意味があるかどうかも分からないんだぞ」
その言葉には港も和子黙った。生き残ったものの定めであろうが、誰かが傷つき苦しんだり、誰かが死に悲しんだり、それらを全部引き受けなければならない。怒っている時は気がつかないものだがいざ、その感覚に打ちのめされたとき、全身が潰されるような絶望感に支配される事になる。
「あの~」
和子が何か言っていたが港と元気の議論はヒートアップしていた。
「けど、それでいいんですか?」
「良いか悪いかは後になって考えてみればいいだろ?今は、皆が生きられる事だけを考えて行動した方がいいと俺は考えたんだ。生きていれば何か分かってくるだろ?奴らの事とかさ」
「あの~」
「うるさい!今、重大な話しているんだぞ!見て分からないのか?和子ちゃん?トイレにでも行きたくなったのか!」
「ピンポン。何度も鳴ってますよ?」
元気は大きくため息を吐いた。話を中断させられて怒っていた。
「今、大事な話をしている最中というのは分かるだろ?そんなの無視しておけばいいのに・・・どうせ新聞か何かの勧誘だろう。適当に対応して追い返してくれ。今、恨みとか憎しみとかで行動していたらそれこそ取り返しがつかないことをやってしまいかねない。お前だって少しはそうは思わないか?」
鬱陶しそうに和子に言って再び港と話していた。
「だからと言ってこのままでいいなんて事は・・・」
「ああ!げ!げ!元気さん!!」
「港よ~。気持ちも十分に分かるけどさ・・・」
「元気さん!!」
「うるさいって言っているだろ!空気を読めよ!今、大事な・・・だ、い、じ、な・・・」
と、港の方を見ると元気が固まった。何があったのかと振り返る港もまた同様だった。
「りょ、亮さん?ど、ど、どうして?あの時・・・」
和子が言うようにそこには傷ついた石井 亮が玄関でへたり込んだ。それから壁に手をかけるようにして立ち上がった。
「うっ。あぁぁぁぁ・・・俺も良く分からない。ただ、気がついていたら生きていた。だが、かなりの傷だったからで隠れて、動けるようになるまでじっとしていたんだ。それから・・・」
喋っている亮に対して元気は立ち上がって亮のそばに近寄って手を伸ばした。
「良く、帰ってき・・・!!お前は誰なんだ!?」
亮の肩を触れようとした瞬間に元気が一段と大きい声を上げた。
「だ、誰って・・・何を言っているんです?元気さん」
港も和子も亮も元気の一言に耳を疑った。
「いや・・・誰って・・・わ、悪い。何か知らないが勝手に声に出てしまった。本当に悪い・・・俺、疲れているのかな?俺、しっかりしろ!今は重大なときだぞ!」
パンパンと両手で自分の頬を叩いてみる。それから顔を思いっきり振ってみて笑顔を作ってみせた。そんな元気を見て、呆れ顔の二人。気を取り直して亮を見た。
「本当に・・・本当に良かった。みんな、あなたがやられてショックを受けていたんですよ。あなたが帰ってきた事を知ればみんな喜びますよ」
和子がみんなと言ったが一人を除いて喜ばない人がいるだろうが・・・
「そ、そうか・・・」
「亮さんは訳も分からず撃たれて、倒れてしまって・・・みんな後悔していたんです。特に元気さんは置いていこうって言った人だから・・・」
亮の奇跡の生還にかなり感動していたが涙は出るほどではなかった。
「ああ・・・やられたお前を担ごうとしたとき、何故かもう手遅れだって思えちまってな・・・俺の感覚は随分といい加減なもんだ。それはそうと生きていたのに置いてきちまったのは本当に悪かった・・・」
元気は頭を下げて謝った。
「あ、ああ・・・あの時はみんな必死だったからな。気にするな。他の連中は?お前ら3人だけか?」
「はい。今後の事を考える上で、冷静に話せるメンバーは私達、3人だけだったんです」
「それならみんな呼んできましょうか?こんな大ニュース。俺らだけで独占している訳にはいかないでしょ~。そうでしょ?元気さん?」
「そうだな。電話してもらえるか?」
港はキッチン脇にある電話に向かった。
「で、何か飲むか?疲れただろ?一杯何か飲むと落ち着くぞ」
「いや、あ・・・遠慮しておく」
何故か元気と目を合わせようとしない亮。それは元気が自分を見捨てたというような怒りではないようであった。心なしかソワソワしている様子であった。普段のクールさは見られない。まるで友達の家に始めて上がったようなそんな感じだ。だが、負傷した後というのと亮自らここに来る事自体が凄い事なので緊張しているのだろうと思った。
「まず剛からか・・・元気さん。電話番号は?」
「そこら辺に電話帳があるだろ?探せよ。それにしても亮。あの後どうしたんだ?詳しく教えてくれ」
「あ、ああ・・・撃たれて、俺はその場で気絶していた。だが、意識を取り戻してそれから奴らに注意するように・・・隠れていたのだ。かなり重傷だったから殆ど身動きできなかったが・・・今も、不調でな・・・」
相変わらず元気と目を合わせようとしない。以前の亮であれば、積極的に目を合わせると言う事はしなかったがこちらを軽蔑するような視線を向けていたのだが、今の亮はそれがない。気まずさという方が正しいだろうか?
『やはり根に持っているようだな・・・当然か・・・殺人未遂したようなもんだもんな』
「元気さん。電話帳ないですよ」
「ない訳ないだろ?ちゃんと探せよ」
元気がゴソゴソと電話周辺を探すが見つけられなかった。
「光の奴。整理とか言って、適当な所ぶち込んだなぁ?アイツ、どんな物かあまり考えずに棚とかに入れるからなぁ・・・探す方にもなってみろってんだ」
元気の彼女は結構な世話焼きである。しかし、少々天然が入っているようで、後先を考えないようであった。だからこのような事態が度々起こる。元気は近くの引き出しを開けてみる。すると中は綺麗でありながらマンガやらお菓子などまるで区別する事なく入れられていた。だから、1つずつ出していく必要があった。取り敢えず全部を出してみた。
「あった。光にはちゃんと言わないと駄目だな・・・」
「それ、サッサとしまってくれ」
亮がそう言ったのはゲームソフトの『シューティングスターストーリー2』であった。
「別にここにあるだけじゃないか?そんなに嫌う事ないだろ?前、イベントを見せたら軽く感動していたじゃねぇか?」
「そうだったか?すっかり忘れていてな・・・」
「1週間も経ってない話だぞ」
「いや、魂を傷つけると記憶が飛んだり混同したりする事が多いらしいからな」
「じゃぁ、コレをやった事も忘れたのか?」
元気はそこにあったパゲ2を取り出した。
「そうだな。良く覚えていないな・・・」
「折角、お前とみんなで一緒に楽しんだゲームだったのになぁ・・・覚えてないのなら仕方ないな。後でパゲ2をやるか?」
「そ、そんなゲームの話より、俺の事を知らせないでいいのか?」
「それもそうだな。石井 亮の世紀の大帰還ってな・・・悪の手によって殺されたはずの亮が負傷しながらも生きていたなんて言ったら盛り上がるかもしれないな。どう思う?亮よ」
「チチッ!」
元気の軽い冗談に亮は舌打ちを二度した。その瞬間、ビクッと元気は振り返って亮を見た。その大きく見開き、まさに驚天動地という言葉が相応しいかのようにガタガタと震え始めた。
「!?お、お前は・・・まさか!?まさか?いや。そんな事はあり得ない!あり得る訳がない!!」
「まさかってどうしたんですか?元気さん」
「?」
元気が急に亮に近付き、何と頬をつねったのだ。
「いててて!お前、急に何しやがる!!」
「当然、本物・・・だよな」
突然の事で事態が飲み込めず、怪訝な顔をしている港と和子。二人で何か演じているのでないかと思えるほどだ。一方、つねられた亮は怒ったものの元気を見ることはなく、俯いていた。明らかに不自然であった。そして震え始めた。
「この亮さんが偽者とでも言いたいんですか?マスクを被ったルパン三世じゃあるまいし」
港は頬をつねる行動でそのように思った。
「だが、亮は舌打ちをするなんて事は今まで一度も無かった」
「今、偶然しただけじゃないですか?元気さん。大丈夫ですか?ね?石井さ」
和子が言っている途中、亮は突然、懐から拳銃を取り出して、元気に向けた。
「全く、鬱陶しいったらありゃしねぇ!」
「どうしたんですか?亮さん!」
「うるせ~よ。お前達、俺についてきてもらおうか?」
「え?何を言っているの?二人で私達を騙そうって言うのなら、ちゃんと打ち合わせしないと駄目ですよ」
和子には冗談をやっているように思えたのだろう。確かに、二人で訳の分からない事をやっているのだからドッキリか何かと思えたのだろう。いや、思いたかったのだろう。理解できない事に遭遇して、自分の都合の良いように解釈してしまうのは無理もない事だ。
「帯野とか言う女!あまりふざけた事を言っていると撃つぞ!こいつは殺傷力を持っているんだぞ!」
「和子ちゃん。そうだ。こいつは亮なんかじゃない。亮なんかじゃ・・・」
「じゃぁ・・・亮さんじゃないのなら誰なの?」
「そうだ。俺は石井 亮じゃない。良く見破ったよ。お前」
「!?」
しかしどこをどう見ても亮その人であった。ボケているようにしか思えなかった。
「動くんじゃねぇあて言っているだろうが!この耳なしのバカ共がッ!コイツは改造エアガンだ。バネをいじってあって、威力は当たり所によっては人でも殺れるはずだ。手なら楽に貫通するかな?人間相手にはやった事はないがな。試してみるか?」
パン!バスッ!
非常に軽い音がした。次の瞬間、壁に深々と玉がめり込み見えなくなってしまった。これが人だったら大怪我は免れられまい。
「次は壁じゃなくて人間相手だ。誰が良い?」
亮は表情を崩す事なく言った。恐らく本気だろう。
「始めからこうすりゃ良かったな。そうすりゃお前らなんかに演技なんかする必要は無かった。そこ動くんじゃねぇ!俺が言っている事は脅しじゃねぇんだぞ!」
丁度、亮の後ろにいた港が動いた。それで亮が命令した。緊張状態である。ビクッと港が止まった。が、次の瞬間であった。
「!!」
止まった事で亮は一瞬安心して和子と元気のほうを振り返ろうとした。それが隙を生んだ。
「なぬ!?」
港が玄関の傘立てにあった傘の先で亮の拳銃を握る手を突いたのだ。それによって拳銃が亮の手から離れた。
「ああ!」
床に拳銃が落ちて咄嗟に拾おうとしたところであった。すかさず港は亮を追い、その喉元に傘の先を向けた。下手な動きをすれば刺す事も出来るだろう。亮は悔しそうにして立ち上がった。
「これは一体、どう言う事なんです?全く意味が分かりませんよ!」
元気はともかく亮がドッキリに参加するとは思えなかった。
「元気さん?」
港が亮の裏切りの直後、物の見事に撃退して見せたが元気はその瞬間、立ち尽くしていた。
「元気さん!亮さんをどうするんです!?出来れば何か縛るようなものが必要だと思うんですがね」
「あ、ああ・・・」
押入れから雑誌をまとめるビニール紐と、ガムテープがあるという事で、亮の両腕を後ろ手にぐるぐる巻きにした。人を捕まえた事などないから巻き付け方など分かりはしないが、少々きつめに巻き付けたので脱出するのは不可能だろう。
「これで良し!元気さん。あなたは分かっていたようですがどう言う事なのか教えてくださいよ」
「訳が分からねぇねんだよ・・・俺だって全然分からねぇ・・・」
亮を捕まえてから結構な時間が経過していたが元気はまだ動揺していた。いや、時間が経って興奮状態が冷め始めてきた今の方が寧ろ動揺しているようであった。
「元気さん?しっかりしてくださいよ!何がどう言う事なんですか!教えてくださいよ」
「頭がおかしいと思うかも知れんが言う。コイツは・・・俺達を襲った張本人かもしれない」
「は?」
二人ともだらしなく口を開けて事態の異常さが飲み込めず、暫くそんな状態が続いた。
「そんな訳が・・・亮さんの双子か他人の空似じゃないんですか?」
「亮には兄弟はいないってポチッ鉄が言っていたし、それにここまで似ている人間が他にいるか?」
和子が言ってみるのだが、どう見てもそこで縛られているのは石井 亮その人であった。世界に自分と似た人間は3人いるというがだからと言って、顔、身なり、声、どれをとっても亮なのである。双子だからといってここまで似るわけはない。
「で、張本人がどうして亮さんなんですか!元気さんは赤の他人と戦ったんでしょ?」
港自身も何を言っているのか良く分からなかった。元気の表情は曇ったままである。
「そうだよ。俺達を襲った奴は別人だ。顔も何もかも違う。だが、コイツは亮そのものだ」
「?」
元気が言っている事の意味が分からなかった。亮そのものなのに別人。2人には理解できなかった。いや、言っている元気自身も分かっていないのかもしれない。だが、それが少しずつ明らかになっていくにつれその恐ろしい状況を理解するに至る。

The Sword 第十二話 (3)

2010-12-03 19:06:59 | The Sword(長編小説)
「元気さん。俺も言わなければならない事があります」
「そうだな。どういう状況で連中との戦いを切り抜けたのか聞いておかないとな」
「俺達を裏切ったのは・・・慶です」
「は?な、何?今、何て言った?」
元気はキョトンとした顔をしていた。聞きたいこととは別の事を言われたから驚いたのだろう。
「ですから、裏切ったのは慶です。それを伝えに今日、ここまで来たんです」
元気の目が変わり、一道の胸倉をつかんだ。
「ど!どう言う事なんだ!慶が?話の筋が見えてこない!分かるように説明しろ!」
一道は胸倉をつかまれたままで元気の手を払う事なく慶が裏切った理由の全てを語った。
全部聞き終えた元気は一道から手を離し、一瞬ふらついて、冷蔵庫に行き、また一本ビールを取り出して飲み始めた。
「何でだよ・・・慶。なんで・・・」
今まで、カラオケに行ったり、公園で遊んだりとみんなで交流を深めてきた慶が何故裏切るのか?信じがたかったが、現実はあまりにも残酷であった。
「この事はみんなに言うぞ。和子ちゃんの時のようには行かねぇ・・・いいな?」
最後の確認の言葉は何の意味があるのだろうと思った。駄目だと言っても皆に言わなければならない内容である。それに、覚悟ははじめから出来ていたのだから・・・
「分かっていますよ。だから、電話ではなく直接、言いに来たんです。まずは元気さんにお伝えするべきだと思いまして・・・」
「今すぐ、みんなを集めなければならないな」
元気は受話器を手に取った。電話のダイヤルを叩き、全員を呼び出していく。内容はまだ言わない。ただ、敵と戦った情報を教えるとだけ言って皆を呼び出したのだ。今回はソウルドを使えない港も呼び出すことにした。彼がいなければ全滅していた可能性があったのだから言わば彼は恩人であった。部外者という訳にはいかないだろうという判断であった。
「最後は悠希か・・・はぁ・・・」
さっき、殺人者扱いされた為、気が重いが、電話をするしかないだろう。ダイヤルを押してコール音がなる。その間、一道の方に元気は視線を移してみた。
「いちどー!お前、大丈夫か?」
「大丈夫ですよ・・・」
「大丈夫って、お前、顔が真っ青じゃないか?」
元気の言うとおり一道の顔はさっきよりも悪くなっていた。一道は魂の負傷をしており全快という訳ではないのだ。それに、慶の一件がある。一道も精神的にガタガタなのは無理もない事なのかもしれない。
「お前もまだ全快じゃない。帰って休んだ方がいいんじゃないか?説明は俺がしておこうか?」
「何、言っているんです。石井さんや昌成君が俺の所為で殺されたんですよ。俺だけ、帰って寝ている場合じゃないでしょ?」
「そりゃそうだが・・・そんな状態でいられてもな・・・それに、悠希がいて話を聞いて、お前が目の前にいたらどうなるか分からんのだしな」
「分かっています。それに、罰を受けなけ・・・」
壁に寄りかかるようにして座っているのがやっとという所で一道は話す。一道の話し途中で、コール音が途切れた。だが、罰という言葉を聞いて、一道は重大な問題だとして捉えていると言う事が良く分かった。
「もしもし・・・」
「!!2度と電話してくるなって言っただろうッッ!!この人殺し!」
ブツッ!
ちょっと離れた一道からも怒り狂う悠希の声が聞こえた。一旦、受話器を下ろし、再びダイヤルを押そうとする。
「つれぇなぁ~これ。これが女の言う事か?俺が直々に行くしかないか・・・」
全く元気の言う事の聞く耳を持たない悠希に対してはすぐに切る事が出来る電話ではなく直接会うしかないかと思っていた。ただ、バイクで行こうとしているのなら飲酒運転である。
「俺が話しますよ。元気さんでは声を聞いただけで怒ってしまうみたいですから・・・」
「いや、だからってキツイぞ・・・」
「皆さんの苦しみからすればこれぐらいの事・・・」
元気がダイヤルを押し、一道が受話器を取る。長いコール音の後、ようやく出てくれた。
「この人殺し!!」
「そうですよ。俺は人殺しです」
「え!?あ、あ・・・すいません。ど、ど、どなたですか?」
てっきり元気が出てくるものだと思ったらしく、一道が出てきてかなり焦る悠希。しかも、一道とは殆どコミュニケーションを取った事がない悠希である。声など覚えてなかったのだろう。
「俺は、武田 一道です。みんなに教えなければならない事があります。一度、元気さんのうちにお出でになっていただけませんか?」
「何でアイツの家なんか!」
「あなたの勘違いしている事の真実を全て教えます・・・」
「私が勘違いしている?何を?」
「それを全て教えますから一度お出でになってください。お願いします」
「ここで言ってよ」
よほど元気の事が嫌いなのか拒否を続ける悠希。だが、一道の説得に応じざるを得なかった。
「駄目です。来て下さい。直接会ってから話します。来なければ話しません。その間は、何も聞かないでください」
「・・・。分かった。言ったら全部話してくれるのね。大した事じゃなかったら承知しないよ」
「分かっています。ありがとうございます」
「でも、私、アイツのうちなんか知らないよ」
家が分からないという問題に関しては、元気が歩いて迎えに行くという事になった。電話で連絡した事で他の面々が集まった。今日は日曜日、皆、予定があったかもしれないが少なからず魂の負傷をしている為、皆、不調で家で療養していて全員、集まる事が出来た。それもまた何かの運命なのかもしれない。
「武田先輩、どうしたって言うんです?」
「何を知っているっていうの?」
普段、あまり積極的に話しかけて来る事の無い一道が急に呼び出したのだからただ事ではないという事は港も、和子も勘付いていた。一道は座り込み、目を瞑ったままである。やはり全員揃うまで教えないつもりのようだ。
「そういえば、慶さんがいませんけど、やっぱり重傷で動けないんですが?僕らの中では一番酷いように見えましたけど・・・」
剛に話しかけられたが一道は沈黙を続けた。そして、悠希を迎えに行った元気が戻ってきた。全員、一道に集中している。これからどんな事を言うのか、想像をめぐらせていた。
「全員揃いましたね。では・・・」
今迄で黙り込んで神妙な面持ちであった一道が更に、難しい顔をして話し始めた。その話は全員が息を呑む事となる。
「今回の事件の発端は全て俺から始まっています」
「まさかアンタがアイツに全部教えたっての!?何で?」
「それ、本当ですか?」
さっき聞いた元気以外の全員が瞬時に驚きの表情を浮かべた。一道の様子が普段にも増して真面目ぶっている所を見れば何かとんでもない事があると言う事は分かったが、そこまで外れた事をするとは思わなかったのだろう。
「アンタの所為で!アンタの所為で昌成君が殺されたっていうの!?」
即座に一道に飛び掛らんとする悠希の腕を元気がつかんだ。
「待てよ!悠希!何をするにもいちどーの話を全部、聞いてからにしろ!」
「アンタも邪魔するの?コイツの所為で殺されたり、みんなだって怪我したんでしょうが!それなのになんでコイツの肩を持つの?」
悠希は元気も疑っていた。和子達も行動では示さないものの、疑念を抱いているのは確かである。今は、元気の言うように一道の動向を見守ろうというところだ。
「まずは話を聞きましょう沼里さん。何かするにしても元気さんの言うとおり、武田先輩の話を聞いてからでも遅くないと思いますよ。何も分からないまま事を起こしてもそれが間違いだったり誤解だったりしたら何もかも手遅れになるかもしれませんよ?」
港の気の利いた言葉により、悠希は一道をつかんでいた手を離し、一道に話を続けるように無言で促した。だが、手遅れになるかもしれない行動の意味するところは、かなり重い。が、彼女の瞬きもせず、一道の目を下からのぞきこむようにしている姿は、これから真実を伝えようという凄みがあった。
「港。すまない・・・」
一道は話し始めた。裏切ったのは慶であり、慶が裏切る原因を作ったのは自分であると・・・話が終わる前にプルプルと拳を震わせる悠希。

「やっぱりお前の所為で!お前の所為でぇぇぇ!」
悠希は全てを聞き、今までたまりに溜まっていた怒りをぶちまけようとした。ソウルドも発動し、いかにも斬りかからんという勢いであった。一道は下からゆっくりと視線を悠希に向ける。
「・・・」
一道が向けるその目は非常に冷たい。いや、冷たいというより全てを話し終えて生気を失っているようであった。30分も経ってないのに、さっきまでの覚悟を決めた顔とは打って変わり疲れきってやつれているような印象さえ受けた。
「待て!待て!待て!悠希!今、いちどーを殺してしまっては俺達が困る」
「落ち着いてください。悠希さん!」
「早まらないでください。悠希さん」
「そんなの関係ないよ!コイツを殺さなければみんな浮かばれないじゃない!昌成君が殺されて花を持ってきてくれた彼だって殺されちゃってさ!それにみんな殺されるかもしれないぐらい危ない目に遭ったのにさ!それはみんな、みんな、コイツの所為じゃない!それなのに何でコイツを庇うの?頭おかしいよ!」
悠希は、皆の本心を声として代弁してくれていた。だが、人にはそれぞれの事情というものがある。気持ちは十分に理解できても賛同してくれるものはいなかった。出来なかった。
「どうぞ・・・俺は構いませんよ。その為に皆さんをこうして集めたのですから・・・」
元気が悠希を抑えている中、一道は悠希から送られる燃え滾るぐらいの殺意溢れる視線を外そうとしなかった。
「バカいちどーが!俺達が折角止めているのに!火に油を注ぐような事を言うんじゃねぇよ!」
「だから俺は構わないと、溜まりに溜まった感情をぶつけた方がスッキリするというものです。苦悩を抱えたまま生きろだなんて俺には言えません」
「ずるいですよ。武田さん」
ここまで黙って聞いているだけであった剛が、急に口を開いた。
「ずるい?」
「そうです。武田さんは逃げようとしているのです。全部、自分の所為だと背負い込んで殺されればそれで済むと思っているんです。そんな事でみんなに納得してもらおうなんてずるいですよ」
「!?」
一道は大きく目を開いた。
「本当。剛君の言うとおり。それで彼を今、殺してしまったら彼の思うとおりじゃない。それに私達は心を深く傷つけられたのにみんなに辛い事を残して自分だけ死んで償っておしまいだなんて勝手すぎるよ」
和子の言う事もまた正しい。一道は目を閉じ、何を言われても甘んじて受けようと口を結んでいた。
「俺は、武田先輩の気持ちは分かりますよ。もっと羽端先輩を分かってやればこのような事は避けられたって・・・いや、だからと言って武田先輩を支持しませんけどね・・・」
港は中間的な意見を出していた。話は平行線に進もうとしていてそんな似え切れない状態に悠希は苛立っていた。
「じゃぁどうするのよ!何もしない事がコイツの望まない事だからってこのまま放っておけっていうの!嫌よ!そんなの私の気が済まないよ!」
「それは悠希の言うとおりだな・・・このまま、いちどーを何もしないという訳にはいかない・・・俺だってさっきまで悠希から酷い言われ方をされたんだ。いちどーにもそれなりの罰を受けてもらわないとな・・・」
「煮るなり焼くなり好きにしてくださいよ。俺はもう・・・」
一道は相変わらずであった。その相変わらずのその態度は全員の怒りを逆撫でした。和子がそんな一道に対して言った。
「あなたね!『この事は俺の所為じゃない!慶の所為だ!』って責任転嫁してくれればみんなあなたを簡単に憎めるのに『俺の所為だ』なんて言われちゃったら怒りを誰に向けたらいいのか分からなくなるじゃない!それがどんなに辛いか分かっているの?そんな素直に何でもしろだなんて!私達は人の心を持った人間なのよ!あなたを殺して良かった。良かったなんて思えるわけないでしょ!!」
和子の言葉は全員の上手く気持ちをまとめていた。皆、口に出して賛同しなかったが頷いていた。一道は、握りこぶしを作り、震えるだけで何も言わなかった。
「いちどー。ちょっと待ってろ。お前をどうするか全員で決める。極力全員の意見を取り入れて納得できる形にしてな・・・」
元気が仕切って全員が小声で話し始めた。話す事30分ぐらいが経っただろうか?その間、一道は目を瞑り、正座をして待っていた。
「決まった」
「言ってください。自分は何を言われても、何をされても抵抗せず受ける所存にあります」
「その言葉に偽りはないな?」
最終確認の意味であろう。だが、一道にそれを拒否できる立場ではない。間をおかず答えた。
「はい」
その一道への要求はまさに一道にとって殺される事よりも遥かに重く厳しい事であった。
「お前自身の手で・・・慶を戦って倒せ。出来るな?」
「!!そ、それは・・・」
今まで、渋い顔をして固まっていた一道がビクリと体を硬直させ、震え始めた。
「聞こえなかったのか?お前自身の手で慶を倒すんだ。倒すと言うのはただ単に戦って勝てばいいという意味ではない事は分かるな?」
「お、俺が?慶を?」
「そうだ。死ぬ覚悟をしていたお前を今ここで俺達が怒りに任せて殺した所でお前からしたら予定通りでしかないからな。本当の罰にはならない。それでは俺達の気が収まらない。それにそんな事をしたって空しいだけだし、何よりお前の力は貴重だ。それを俺達だけの気分だけで失うわけにはいかない。そう考えて、お前自身に精神的に重い罰を与え、俺達の行き場のない怒りを静め、なおかつ、俺達に有利に働かせるにはお前に慶を倒してもらうしかないと考えたわけだ」
言うなれば一石三鳥という所だろうか?だが、一道には溜まったものではなかった。目が泳ぎ完全に動揺していた。
「さっきやると啖呵を切ったのだから嫌だとは言わせねぇからな」
元気だけではなく他の者達にも視線を移すが皆、それが当然という目をしていた。誰も自分に同情してくれたり、反対してくれたりする事はなかった。
「それで、慶はどこに行ったんだ?当てはないのか?あいつが行きそうな場所だとか・・・」
それから元気達が言った事の殆どを一道は覚えていなかった。何か喋ったような気がするが、殆ど無意識であった。
『俺が慶を倒す?それは即ち俺が殺す?』
そればかりが頭の中を駆け巡っていた。だが、思いもよらない事だったので想像すらできなかった。ただ、俺が慶を殺すという言葉だけが頭から離れなかった。

慶の居場所が分からないのに、これ以上、狭い元気のうちに滞在している理由はないと言う事で解散という運びになり、一道は家路へと歩き始めていた。しかし、足取りは覚束無い。
「武田先輩。相当なショックを受けているみたいでしたね」
「それだけ慶を倒せってのが想像以上にきつかったんだろ?小学生ぐらいの頃からずっと一緒だったって話だからな。いくら裏切って人が死んだっつってもいきなり親友を倒せといわれりゃ~な・・・」
「何、甘い事を言っているの?私はね!出来ればこの手でアイツを昌成君と同じようにお腹に穴を開けて!」
「悠希よ~。アイツの落ち込みっぷりを見て少しはざまぁみろって思えよな」
人が苦しむ姿を見て喜べというのは人間としてかなり問題がある行為だろうが、単純で分かりやすい。
「ふん!それぐらいの事なんだっていうの?私が受けた心の傷はそんなものじゃないよ。そもそもアンタがあんな会を開こうなんて思いつかなければあんな事には・・・」
「やめましょうよ。悠希さん。今、そんな事を言っても昌成君は帰ってきません。僕の兄のように・・・ひょっとしたら間 要とあなたが一緒にいたことで僕の兄は死んだのかもしれませんよ」
「!」
剛が悠希と一時期仲良くしていた間 要の話を持ち出した。たらればの話を始めたら切りがないだろう。皆が悠希を宥めて落ち着かせた。
『慶を倒せってのはキツイだろうが、それ以上にキツイのはそのアイデアを思いついたのは和子ちゃんだって事だよな・・・』
その事実を知る立場の元気もまた辛い。

「慶・・・」
施設への帰り道、1人になると行きの道程と同じように慶との思い出をいくつも思い出す。町内探検と称し、遠くまで行き過ぎて院長に怒られたり、運動会の徒競走でたまたま一緒に走ることになって、かなり激しく競い合って、自分が転倒してビリになったり、秘密基地を一緒になって作っていたが、その森の所有者である最近では珍しい頑固ジジイに見つかって追い回されたりしたこと、など、沢山の楽しい思い出、辛い思い出、疲れた思い出など、慶との思い出が知らぬ間に数え切れぬ思い出が溢れてくる。それが1つ1つ、出てくるたびに一道の目から涙がこぼれた。

帰るのを憚られたが心配をかけさせるわけにはいかないと言う事、施設に戻った。ひょっとしたら慶も戻っている可能性があったからだ。だが、もしいたら戦うのか?殺すのか?そんな事が出来るのか・・・
「慶ちゃんなら、さっき電話があって泊りがけだって・・・」
「泊りがけ?」
「そう。友達が大変な事があって、今日は帰れないって言っていたけど・・・何があったかかずみっちゃん知っている?」
何故、帰れないのだろうか?帰れないような事情が発生したのだろうか?それとも
『俺と顔を会わせたくないからか?』
確かに、それならば考えられた。だが、それだけの理由で、施設に帰らずみんなに心配をかけさせるような事をするだろうか?
『俺は、分かっていた気になっていただけだったんだな・・・』
今まで、慶の体のほくろの数までも知っているような仲だと思っていた一道であったが、慶が自分の母親の事を知ってショックを受けていたなどと全く気がついていなかった。そんな自分は慶が考えていることなど分からなくなっていた。
食事をして、風呂に入り、布団に入ったときであった。今までの慶の事ばかりを思い出し、これから慶の夢でも見るのだろうなんて思っていた所で珍しく一道の母親である澄乃が話しかけてきた。
『私の判断が慶ちゃんを寂しがらせていたのかもね・・・』
慶にも自分の存在を黙っていた方がいいと幼い一道に言っていたのは誰あろう澄乃自身であった。それは、勿論、母親の魂が自分の肉体に宿っているなどと言えば一道が世間から孤立してしまうのではないかという懸念からの澄乃の判断であった。それが引っ張り続けて、今になってこんな悲劇を生もうなどと夢にも思わなかった。
『いや、お袋の所為じゃないさ。俺がもっと言い方を考えれば良かったんだ・・・俺が口下手だからアイツを孤独にさせた。それで、アイツは俺から離れていった・・・』
和子が襲われかけた日、施設に帰った一道は慶にソウルドについて話した。そして母親の魂の事も・・・慶がショックを受けないような言い方が出来たのではないかと思えた。
『そんな事ないわ。かずちゃんの所為じゃない。私がもっとちゃんと説明するようにしていたら慶ちゃんだってこんな事をせずに済んだのかもしれない・・・』
『そんな事ないって・・・』
お互い、相手の所為ではない自分の所為だといい続けた。美しい親子愛のようにも思えなくないが、ある意味、傷の舐めあいをしていると言えた。やはり同じようになるのは親子だからなのかもしれない。二人のそんなやり取りが夜、遅くまで続き、知らぬ間に一道は眠っていた。

今日は、月曜日、学校に行かなければならない日である。
慶はやはり帰ってくる事はなく、一道だけで学校に向かう。一人だけで学校に行くなんていうのは珍しい事だ。どちらかの体調不良の日、もしくは中学生のときに部活の朝練で登校時間がずれたときぐらいなものであった。
『慶は帰ってくるのだろうか?いや、あいつなら・・・このままかもしれない・・・でも、本当にそう言いきれるのか?』
慶について分からなくなっている一道としては断定できなかったがそのように思えた。今日の天気はどんよりとした曇りで午後から雨が降るというそんな重苦しい通学路であった。幼稚園児達を一緒に送るが心は上の空であった。学校に着くが当然の事ながら慶の姿はなかった。ホームルームがあり、授業になるが元々つまらない授業をする中年男の声など耳に入らなかった。それから休み時間になったそんな時であった。
ピンポンパン
学校の放送が流れた。
「武田 一道君。ご家族から電話が来ております。至急職員室まで来てください」
「・・・」
自分の名前を呼ばれても遠くを見ていて、放送の事に気がついていないようだから沢 竹伸が話しかけてきた。
「何、ボケッとしているんだ!いちどー!お前放送で呼び出されているんだぞ?」
「ええ?何だって?」
「繰り返します。武田 一道君・・・」
2度目の放送で、気がついて、職員室の方まで歩いていった。
『何だろうか?慶が何かしたとでもいうのか?』
慶の事を考えようとする一道、しかし全く想像もつかなかった。ノックし、挨拶してから職員室に入る。それから受話器を受け取った。電話の主は施設の院長だそうだ。
「もしもし・・・」
「もしもし!かずみっちゃん?聞こえてる?」
かなり慌てていた。普段見られない珍しい事であった。
「どうしたんです?」
「どうしたもこうしたもないわ!慶ちゃんが急に戻ってきて、早々、アルバイトのコックに弟子入りしたからここから出て行きます。学校には退学届けを出しました。長い間お世話になりましたってぶっきらぼうに言ってそのままいなくなっちゃったのよ!かずみっちゃん!慶ちゃんの事、分からない?一体何があったって言うのよ!今までこんな事、なかったっていうのに」
「俺も・・・何も・・・聞いて・・・いません」
「そう。どういった心変わりなのかしらね?かずみっちゃんにも言わないなんてよっぽどの事よね?本当、どうしたのかしらねぇ~」
院長はそれだけで引き下がったものの一道の嘘を見抜いているだろう。彼女は百人を超える子供達と接してきたのだから・・・それに、分かりやすい性格の一道である。分からないはずなどない。だが、敢えて聞かなかった。幼い子であればそれを指摘するがもう高校生である。嘘をついたら自分で責任を取るぐらいの事は出来るだろう。ただ、何か知っているかだけは知りたかった。
「出来ればもう誰にも会いたくないが・・・連絡しなければならないんだよな」
その直後、元気に電話をして連絡を取った。当然、全員集まるという話になった。そこで集合場所として選んだのは大多摩橋。教われて一時逃げ込んだ橋であった。それから小屋に向かう。小屋を集合場所に選ばなかったのは個人個人で集まると待ち伏せされたとき、対処しにくいからだ。慶がいなくなった今、待ち伏せは考えにくいが用心である。そこに行く目的は連中の足取りをつかめるようなものや連中に関係しているものなどが落ちている可能性だってある。調べる事は多いのだ。

The Sword 第十二話 (2)

2010-12-02 19:05:22 | The Sword(長編小説)
『かずちゃん。あなたは悪くないわ。悪いのは私だから・・・』
母親が慰めてくれた。しかし、一道にとってはそのような心の声は一道の心に届きはしたが響かなかった。
「お前が知ってからずっと苦しませていたか・・・俺はそれに気付かなかった。気付けなかった・・・情けねぇ・・・」
自分の体に母親の魂が宿っている事。和子を助けた直後、慶に言った。説明する為に言わなければならなかった。確かに、それを聞いた慶は複雑な顔をしていた。それは、いきなり魂なんて得体の知れない事を言われて戸惑っているのだろうと一道は思っていた。だが、それは間違いであり、慶が約束を破られた事にショックだったのだと今頃になって分かった。それはあまりにも遅すぎた事だったのかもしれない。
母親が言うように、母親の魂の事はずっと隠し続けていた。当時、幼い子供である一道少年が、母親の事を少しでも言えば世間から白い目で見られる事など分かるはずもない。ただでさえ、施設で暮らしている彼である。頭がおかしいのだと陰湿ないじめを受ける可能性さえある。だから、母親は自分の存在を決して言ってはいけないという約束をしていた。当然、慶にも言わなかった。その結果が今となってやってきたのだ。
「あの時も隠すべきだったのか・・・いや、いずれにせよバレていた事なのか・・・」
和子の件の後、打ち明かした事。それについて後悔の念が強まってくる。
「はぁ・・・」

瞬きするぐらいの短い間であっても、一気に昔の事が鮮やかに蘇って来た。慶が始めて施設に来た日の事だ。数日前まで温かく、素晴らしい両親だと思っていた彼が、何もかもをめちゃくちゃになった上、親戚達のまるで生ゴミを見るような視線。そんな人の嫌な面をこれでもかというぐらい見せられた挙句、見知らぬところに放り込まれるのである。多感な幼児である。正常を保てるわけなどなかった。慶は元々あった明るさは消えうせ、完全な人間不信になっていた。キョロキョロと挙動不審で、近付いてくる子を避けるようにしていた。
「この子が羽端 慶君。私達の新しい家族だから仲良くしてあげてね」
「は~い!」
慶は全員の視線を伺うように見ていた。伺うというよりは既に疑っていたという方がいいだろうか?そんな事を気にせず施設の子が話しかけた。気にしないというより、自分達も同じようなものだと同類意識が働いたのだ。
「慶君!遊ぼうぜ」
「・・・」
こちらをじっと見てはいるが何も言わない。何の意思表示も示さなかった。無視ではなく有視とでも言うのだろうか?ただ、こちらをじっと見ているだけだ。
「慶君、遊ぼうぜ!」
強引に慶の腕を引くが、こちらを凝視したまま動かなかった。
「お前、何だよ」
拒絶するのならば強引に自分達のペースに引き込むことが出来たが、こんな反応は今まで誰もしなかった。だから、子供達は戸惑った。そんな事が何度か続いた為、施設の子達もあまりの気味の悪い反応をする慶を無視しようと言い合っていた。
共同部屋であるので慶と同じ部屋で一緒に他の子が遊んでいた。慶は隅っこで膝を抱えるようにして座りこちらの様子を見ていた。無言で目が据わっていたので何を考えているか分からないと気味悪がっていた。そんな時、慶に新聞紙を丸めた玉が額に当たった。
「取って」
「・・・」
慶は玉を拾おうともせず、相変わらず立ったままで玉を見てから取りに来た少年を見続けて、暫く動かない。それはまるでこちらの動きを伺う獣のようであった。
「取って」
「・・・」
そんなやり取りが2~3度繰り返されたが慶は見続けるというだけ後は何もしなかった。さすがに待ちきれなくなったので新たに、新聞紙を丸めて、投げて当ててみた。
「取って」
「・・・」
また動かない。仕方ないのでまた投げてみる。今度は当たらなかったが、慶の反応は変わらない。更に何度かやってみたが何も変化はなく、慶は行動を示す事をしなかった。そうなると投げる方も向きになっていく。しかも最初は放っている程度であったが、投げるスピードも上がり、新聞紙を小さく潰すので硬くなり当たるのも当たれば怪我をするほどではないが痛くなってくる。
「つっ!」
新聞紙が右目に当たり、思わず固く目を閉じ、声を出した。その反応に喜ぶ子供達。今
「やったぁぁ!!」
それに対して、慶もまた、からかわれていると思ったのか、向きになって同じ反応を続けた。
「次!次だよ!次!」
「次ってもう新聞紙ないよ」
「何だよ~それ~!」
それに対して、静かに、後ろを向いた。彼の周りには沢山の丸めた新聞紙が転がっていた。だが、負ける訳にもいかなかった。こうなったらどちらが音を上げるかの勝負となっていた。
「一人、一個何かやってアイツを泣くか怒らせた奴の勝ち」
そんなゲームが始まった。各自1つずつ何かしていく。変な顔をしてみたり、くすぐったり、お尻を叩いてみたりと色々な事を試していくが慶には効果が無かった。だが、一人の子供がやった事、それだけが慶の心を大きく突き動かした。
「お前のか~ちゃん。髭ボ~ボ~!」
彼にとって今、母親の話題は禁句であった。それを聞いた瞬間に、彼は立ち上がった。
「やった!俺のかっ!!」
勝ちと言いたかったのだろうが、その瞬間に慶の拳が少年の口に炸裂した。無防備な状態であったし、あまりにも素早いパンチであった為、見事と言えるほどに直撃した。殴られた少年はすぐさま泣き出し、その場にうずくまった。自分の歯で口を切ったらしく血まみれになっていた。そんな状況になっても慶は追い討ちで蹴りを入れまくっていた。
「お前!殺してやる!絶対に殺してやる!!」
「や、やめろ!」
と、止めに入ろうとするほかの友達も殴られ泣き出してしまい、始めに殴られて泣いている少年を執拗に殴り続け、誰も止められないような状態になっていたとき、一道が前に出た。
「悪かったよ!悪かったからもうやめろよ!」
「うるさい!コイツだけは!コイツだけは殺してやる!」
慶は一道を殴り、まだ言いだしっぺの少年をまだ蹴っ飛ばした。本当に殺しかねないというような凄みがその時の慶にはあった。その目は母親とその男を殺した父親と同じだった。本人はそれを知る由もないが・・・
「どけ!!邪魔なんだよ!お前も殺すぞ!!」
「許してやれって言ってんだ!」
今度は一道が慶を殴った。慶も殴られて怒り狂い、周りは止められないほどの大喧嘩を繰り広げていた。殴り、蹴り、抓り(つねり)、髪の毛を引っ張り、あらゆる事をしていた。そんな二人は涙を泣きながらも喧嘩を続けた。お互い、顔は腫れ、唇は切れて血を出している。それでも暫く喧嘩は続いた。
「はぁ・・・」
「ぐぅ・・・」
最後に、一道が殴りかかろうとして慶が蹴ろうとした。
「ウッ!!」
偶然、出した拳がみぞおちに直撃し、慶はその場に倒れこんだ。
「あ・・・ああ・・・あ・・・かはぁ!!ゴホッ!ゴホッ!」
息も出来ないほど苦しむ慶。そのまま慶はへたりこみ、何度かの堰の後、吐いた。一道もまた倒れた慶の上に折り重なるように倒れこんだ。それから少し経って動きだしまた県下を再会しようとした所で
「お!おい!母さんに言わないと!」
他の子が院長を呼んできた。それから、全員こっぴどく院長に怒られた。それから度々、慶と子供達との衝突が起きた。
前のように慶にちょっかい出したり、おかずを取ったり、おもちゃを取ったり、その程度の事であった。無視していた慶であったが、子供達の中で慶のNGワードが分かってしまい、それを言われる事で慶が怒り出して、最終的に殴り合いになり、それを終わらせるのは決まっては一道であった。だが、そんな殴る事で嫌な事を忘れられるのか前のような暗さは無くなって来ていた。が、乱暴者というレッテルが貼られてしまった。
「お前、本当にやな奴だよな。いつも邪魔してきて・・・」
慶が誰にでも庇いたがる一道に言う。
「お前がすぐ人を殴るからだ」
一道は、慶に対して言う。この一件以降、慶は急速に明るくなっていったわけではないが少なくとも、一道の存在を無視できなくなっていった。

そんなある日、学校の校庭での出来事であった。慶は孤立して、ブランコで遊んでいた。そこへ、何人かの上級生と同級生がいた。
「コイツだよ」
同級生が指差していた。その兄らしい上級生が近付いてきた。
「お前が弟を殴ったんだって?」
慶は無視して、ブランコをこぎ続けていた。慶は、同級生の子を確かに殴った。それは、彼が慶の作っていた粘土の工作を故意に壊したからだ。同級生の子は態と他人にちょっかいを出し、相手が抗議してくるとすぐに兄貴を呼ぶぞと言って自分では何も出来ない典型的なヘタレ野郎だった。
それで、慶を挑発して、兄の名前を出したが慶はその子を殴った。かなり殴ったので兄貴の登場という訳だ。この兄貴は同級生にはペコペコしているくせに下級生であった途端、強がる典型的なヘタレであった。しかも、兄貴だけではない。その兄貴の友達も連れているというかなりのヘタレであった。やはり兄弟である以上血は争えないという所かもしれない。そんなヘタレ兄弟であった。
「聞いてんのかよ!お前!」
ブランコを無理矢理止める兄。慶は、ブランコから下りそのまま立ち去ろうとすると前に立ちふさがった。
「てめぇ!無視すんなって言ってんだろーが!羽端とか言うの!」
殴ろうとしたら慶は易々と避けて、兄はバランスを崩した。
「お前、羽端って今、言ったのか?」
兄の友人が何かに気付いたようであった。
「知っているのか?こいつの事」
「知らないよ。でもよ。結構、前、ニュースにならなかったか?羽端って男が奥さん殺したって」
「そういえばそんな事言っていたな。羽端は殺人犯って!」
彼らは、慶がその殺人犯の息子と言う事を知らない。ただ、同じ苗字だからというその程度の理由で言っただけだ。だが、それがまさか父親だったとは夢にも思わなかった。
「ぶっ殺す!」
ヘタレ兄の腹を思いっきり殴った。突然の攻撃にうずくまるヘタレ兄。その脇から加勢が入り、慶は投げ飛ばされた。小学生の3年という差は大きい。体格も違えば、力もまるで違う。しかもそれが3人いるのだから多勢に無勢であった。押さえつけられた挙句、殴られ、蹴られた。
「てめぇ・・・良くもやってくれたな」
「ぬああ!!」
「ぐあっぁぁぁぁいてぇぇぇぇ!」
慶は蹴られ、殴られたがヘタレ兄の対して噛み付いたのだ。どうにか引き離され、それから一方的な攻撃が始まった。
「お前!良くもやってくれたな!この!この!この!」
「ぶっ殺すとか言ってくれたよな!てめ!この馬鹿が!」
羽交い絞めにされた慶はヘタレ兄に殴られる。慶は既に鼻血を流していた。
「なめた事しれやがって・・・さっき、ぶっ殺すなんて言っていたよな!だったら俺達がお前をぶっこッ!!」
「!?」
後ろから股間に蹴りを決めていた。ヘタレ兄はその場に崩れ落ちた。鼻水と唾を垂らしながらガタガタとうずくまっていた。
「た、武田!」
「お、お前なんなんだよ!1年の分際で!コイツのダチか?」
「年上が3人も寄って年下1人をいじめるのか!この卑怯者!!」
一道の言動は3人に強烈に響いた。それから一道、慶と上級生達との大喧嘩が始まった。殴る蹴るは勿論、つねったり、髪の毛を引っ張ったり、引っかいたり、あらゆる事をしてやっていた。特に、声を掛け合ったり、合図を出したり、している訳もないのに、二人の息はピッタリとあって、一道が一人を蹴って吹っ飛ばしたところを、慶がパンチを入れるという連携までやっていて互角。いや、互角以上だった。何と二人は上級生を圧倒していた。
「みんな、やめなさい!」
と、騒ぎを聞きつけて先生がやってきてようやく喧嘩は収まった。全ての発端となったのはヘタレ弟と言う事で上級生達はこっぴどく怒られた。だが、一道や慶もやり過ぎだと言う事で叱られた。絆創膏を何枚も張り、顔中、傷だらけであった。
「お、おい。お前、何で俺を助けたんだよ」
怒られてそのまま帰ろうとする一道を慶は止めた。
「お前は俺の事、嫌いだろ?なのに何で助けたんだよ」
「知らねぇよ」
「知らない訳ないだろ?飛び出してきたんだからよ。答えろよ」
「うるさいな。口、切って痛いんだよ」
それから無言で歩き始めた2人。行き先は同じ施設。喧嘩をした二人は言葉を交わさなかったものの奇妙な連帯感を持ち始めて来た。お互い、何も言わずとも意識していた。目を合わせて目を逸らす。そんな事の繰り返し。だから度々、衝突して殴りあう事があった。

数日後、施設内で駆け回っていた。
「待てよ~」
鬼ごっこをしていたのだ。一道は逃げまくっていた。上手く部屋中を逃げていたのだが丁度、同じ施設の友達とでぶつかって、ぶつかった子が勢い余ってテーブルぶつかり、乗っていた皿が落ちて割れた。それは院長のお茶碗であった。
「おい!かずみっちゃん!何、するんだよ!お前の所為で割っちゃったじゃないか!」
「俺の所為じゃないよ!そんな所にいるのが悪いんだよ」
「いや!お前の所為だ~」
こういう時、子供は不公平な見方をする。普段から素直で、真面目である一道は優等生ぶっているように見えるのだ。その為、時にはみんなでハメようという心も働くものだ。
「院長に謝っておけよな」
施設内で暴れまわるのは禁止と言われているから、怒られるのは確実である。自分はあまり悪くないと分かっていても完全に自分の責任ではないと言い切れないから院長の所に行こうとした。そうは思っても、怒る時は怒る院長だから一道を躊躇わせた。だが、意を決し院長の部屋に入った。
「ごめんなさい!お母さん!お茶碗を割ってしまいました」
「え?」
「何ってお茶碗を・・・」
院長はきょとんとしていた。
「偉いねぇ。かずみっちゃん」
「え?」
「慶君の身代わりをしようとするなんて・・・普通じゃ出来ないわよ」
「えええ?慶じゃなくてそれは俺が・・・」
「分かった。分かった」
その時、インターホンが鳴ったので院長はそっちの方に相手にしにいった。一道はどう言う事なのか分からないまま部屋に戻り、そこにいた慶に問い詰めた。
「茶碗を割ったのは俺じゃないか?どうして、勝手なことをしたんだ?」
「知らねぇよ・・・」
「・・・」
お互いを見ながら暫しの沈黙。
「・・・。ハハハハハハ・・・」
「ハハハハハハハハハ・・・」
同じ事を慶に言われた一道はポカンとしていたらだらしない顔をしていたと言う事もあって、慶が噴き出した。施設の中で始めて慶は笑った。それに釣られて一道も笑っていた。
それから二人は特に何も言わずとも互いに行動を共にするようになっていた。
一道が竹刀を振るうのなら慶も箒を振るい、慶がブロックで家を作っていれば一道もそれに倣って同じ事をしていた。真似をされているというよりは対抗しているという感じだろうか?
そんな事で、慶が紙飛行機を作っていた。慶が作った紙飛行機は飛ばすと真っ直ぐにかなり遠くまで飛ぶのだが、一道が作った紙飛行機はすぐに旋回してしまう。
「そこ、そうじゃねぇよ」
「お、おう・・・」
慶は紙飛行機の先端を軽くまげて、それを重りとすることで紙飛行機のバランスを保った。
「で、投げ方はこう。力いっぱい投げても飛ばない」
「お、おう」
言われて見てやるが慶ほど上手く行かない。どうやらコツがあるようであるが、先ほど、一道だけでやっていた場合に比べ見違えるほど紙飛行機は飛んでいった。
「コレ、飛ばしに行こう」
一道が誘ってみた。紙飛行機の折り方を教えてくれたからそのお返しがしたいのだろう。
「どこに?」
「高いところ」
そう言って、施設から少しはなれたところに丘があり、そこには茂みがあり、更に奥にはいるとフェンスが張ってあり、『この先、崖のため危険』という看板が立っている。一道は気にせずフェンスをよじ登り、飛び降りた。
「どうしたの?」
フェンスの反対側で渋い顔をしている慶を見て、一道は声をかけた。
「まだこの先に行くのか?」
「怖いのか?」
「怖いわけないだろ!」
慶は向きになって、フェンスを登り、下りた。一道は気を取り直して進む。それから歩く事、数m。茂みが切れた。
「うおおおお!!すげぇ・・・」
すぐ目の前は崖であった。転がり落ちたら大怪我、下手をすれば死ぬ事も考えられるだろう。だが、その反面、町中を見渡せる絶好の場所であった。
「じゃ、俺から行くぞ。それ!」
一道が放った紙飛行機はふんわりと飛んでいった。風の影響も殆ど受けずとおくまで飛んでいった。20~30mぐらいだろうか?人のうちの庭に着地した。
「次、俺だな」
次に慶が放った紙飛行機は直進して飛んでいく。かなり高い位置で殆ど落ちずに飛んでいる。明らかに慶の方が飛ぶだろうと思えた。しかし、そこで風が吹いて少し流されてしまった。その所為で目の前にある家の壁にぶつかってしまい、そこで紙飛行機は落ちた。
「あれは、俺の方が飛んでいたぞ!」
「いや!俺のほうが飛んだ!」
だが、方向が若干異なるために遠くに飛んだように錯覚させていた。何度か言い争いをして次で決めようと言って何枚も紙飛行機を折って飛ばした。

そんな事があったのでむしゃくしゃする事があると紙飛行機を作っては飛ばしに行っていた。一道が1人で行くと特に合わせている訳でもないのに慶が先に来ている事もあったぐらい2人にとってお気に入りの場所となった。慶は施設に入った当初は一人でいることが多かったが一道とのやり取りがあって明るさを取り戻してきて、積極的に話しかけて来るぐらいに回復してきた。
そんな時に、慶がこう言って来た。
「俺とお前、どんな事でも隠し事はなしだからな!いいな!!」
「おう!」

昔、交わした約束。慶との友情が高まったものであったから決して小さいものではなかったが、年月が経っていたから次第に遠く色褪せていったものであったが、今になって大きく、重く、ドンと一道に圧力をかけてくる。一道はその圧力に耐えられなかった。足取りは覚束無い。だが、行き先は決まっていた。
「・・・」
ピンポーン!
たどり着いた場所は、元気が住むアパートであった。元気がその後どうなったかなど今の一道には考えが及ばなかった。ただ、慶が自分達を裏切ったという事実は、みんなに教えなければならないだろう。
『慶・・・俺が始めから言っていればお前も苦しまずに済んだものをな・・・』
何度かインターホンを押すが反応が無い。暫くしてから再度押す。だが、一道自身、何度も押しているという事にさえ気がついていなかった。既にインターホンを10回以上は押していただろう。留守の家に何度も無言でインターホンを押す奴など傍から見れば通報物である。
「いない?あ、そうだったな。元気さん・・・もしかして無事じゃないのか?」
敵の注意を引いて自分達を逃がすために山に残った元気の事を思い出した。その身の事を案じた。留守である事も分かり、その場から離れようとしたときであった。何と、ドアが開いた。
「どちらさま・・・あ・・・」
元気が現れたが、生気を失っているおり、まるでゾンビのような表情をしていた。今まで見た事もない顔に一道は驚いた。
「あ、げ、元気さん、いるのにどうしてこんなに出てくるのが遅いんですか?」
「昨日は大変だったから今日は休んでいるんだよ・・・。体の調子も悪い。ってお前の方が悪そうじゃないか?」
マンションの手すりに掴まっている一道は当然、不調であった。
「戻っていらっしゃってホッとしました」
「まぁな・・・運が良かっただけだろうと思う。お前らもあれから連中と戦ったらしいが何とか切り抜けたらしくて良かったな・・・亮と昌成の事はあるが・・・」
「・・・」
「で、何しに来た?まぁ、俺も話さなければならない事があるからな・・・入れよ」
「ハイ」
一道は元気の部屋に入った。部屋は雨戸を閉め切っており、電気もつけてないので真っ暗であった。それでも、元気は電気をつける素振りも見せず、ベッドに座り込んだ。そして、ゆっくりと語り始めた。昨日の出来事の後を・・・
「すまないが飲んでいいか?」
「飲むって何を?」
元気は冷蔵庫からビールを取り出した。
「これだよ。これ」
「どうぞ・・・」
言われた元気は缶ビールを開けて飲み始めた。数回口にしてゲップをした後、口を開いた。
「昨日よ。家に何とか帰ってきてから敵を見つけて戦ったのはいいけどよ。それから、みんなの様子を確かめる為に電話をかけたらよ。そしたら言われたよ」
「言われたって何を?」
「お前が仕組んだんだろう?殺してやるってな・・・」
「そんな事、誰に?」
「あの無表情の悠希にさ。お前が私達を呼び出しさえしなければ私達は引っ越して新しいスタートを踏んでいたのに、全てが壊れたってな。それに、今回の件は始めからお前らが仕組んだじゃないのか?私はお前を許さない。殺してやるってよ・・・何で命がけで戦った俺がそんな事言われなきゃいけないんだろうな・・・」
最後の方、元気の声は消えそうであった。ガックリとうな垂れつかれきった顔でいった。
「また、同じ事をよ・・・また・・・」
元気は、川で溺れ、助かった。だが、その為に助けようとした2人の未来ある人が死んだ。それによって、亡くなった2人の家族や知人らから度重なる嫌がらせを受けた。その嫌がらせは元気自身だけではなく元気の家族にも及び、本来は元気自身を勇気付けなければならない立場の両親さえもその嫌がらせに嫌気が差し、元気を責めた。それについて思い出してしまった。元気の心境を慮ってかけてやる言葉など一道にはない。だが、言わなければならない言葉を思い出していた。

The Sword 第十二話 (1)

2010-12-01 19:03:41 | The Sword(長編小説)
「ああ・・・」
一道は目を覚ました。日はかなり昇っていた。意識が不鮮明で、全身は気だるく、体は重く、朝起きたばかりだというのに力が出てこないというほど、疲れているという認識があった。風邪などの病気とは違うだるさであった。こんな事は今までの人生で一度もなかった。魂をこれほどまでに傷つけられた事は今までになかったからそのように感じられるのだろう。それでも、いつまでも寝ている訳にもいかないからゆっくりと起き上がった。
「ここは?どこだ?そうだ・・・何とか自力でここまで戻ってきたんだったな・・・」
昨日は魂を傷つけられ意識が朦朧としている中で歩き続けていた為、一瞬、思考が錯乱状態となったが少しずつ思い出す。今の場所は施設の自分の部屋。ようやく昨日までの意識があったところまでつながった。
「駄目だな・・・見張りが簡単に眠ってしまったんじゃよ・・・」

「ん?慶は?慶はどこにいる?」
昨日、得体の知れない攻撃によって一道よりも大きな魂の大穴が開いた慶が今はいない。慶は気絶したままだったので一道は布団に寝かして何時来るかわからない敵から慶を守る為に見張りとして起きていたつもりであったのだ、一道も負傷していたのだ。施設に帰ってきたという安心感もあってかいつの間にか眠ってしまったようだ。そして、目覚めてみて慶がいない事を知った。
「慶。どこにいったんだ?」
一道は、パシパシと顔を叩いて軽く気合を入れて重く感じる体を起こし、壁を支えにして立ち上がり部屋から出た。
「慶・・・お前は・・・」

昨日、重傷を負い、意識がない慶を背負った一道。少々負傷した剛にその彼に背負われる重傷を負った和子。肩をやられまだ気分が悪そうな港。その港に背負われ気絶している悠希。何とかこの7人は山から降りることが出来た。
「元気さん。大丈夫かな?」
和子は亮を殺し、こちらを痛めつけた奴と戦う為、そしてボロボロの自分達を逃がす為に一人向かっていった元気の身を案じた。
「元気さんは元気さんで元気にやっていますよ。今の、僕達は逃げないと・・・」
武は、かなりバテているようであった。つまらない事を言っている事に自分で気付いていないようだった。
「そう言うけど、安全な場所ってどこにある?」
誰もが思っているところだろう。そういう港の怪我の程度は比較的、軽い。もし敵がまた現れるようなら港が戦闘に立って戦わなければならないだろう。
「そ、そんな所あるの?」
「あそこの橋の下がある・・・そこはどうだ?」
「そうだね。そこしかない。どうです?」
今、まとに会話が出来るのは和子、港、剛の3人だけであった。この3人が一行の命運を握っていると言っても過言ではなかった。
「はぁ・・・はぁ・・・今、俺は疲れて考える事も出来ん。お前らに任せた」
一道は、話に食われる状況ではなかった。ただ、3人の決定に付き従うだけであった。集団でフラフラしながら歩いている所は周囲から見れば危険な集団としか見えない。ただ、小屋がある山の麓は民家も少なく、人通りも疎らで、幸い誰にも見つからずに済んだ。港の提案で一道が住む市と隣町とを結ぶ大多摩橋の下へとやってきた。自転車が通る道があるものの殆ど誰も通らない。ここで、一休みという所だ。その間に全員の体調を確かめる。
「皆さん。大丈夫ですか?」
港が全員の容態を確認する。全員悪そうであるが、死ぬという様子はなかった。
「ありがとう。剛君、私、重くない?」
「和子さんは軽いですよ。背中にいるなんて全然気づかなかったぐらいですから」
気付かなかった事は確かだろう。彼もまた必死で彼女の事を気遣う余裕がなかったのだから・・・
「石井さん。何とか助かったりって事はないかなぁ」
「言うなよ。もう・・・」
和子の希望に、港は首を振った。
「それってあんまりなんじゃない?私達は亮さんを置いてきたから助かったんだから」
「分かっている。分かっているからこそ言うなって言っているんだ。それに俺達だってここが安全なんて断言できないだろうが・・・」
もし、馬場たちが着けていて、応援でも呼んできたらひとたまりも無いだろう。
「これからどうするつもりなんです?このままここにとどまるつもりなんですか?」
剛が港に聞いた。昌成のような判断力がない幼児を除き、最年少だからこそ言える年上に求める助言。だが、ここにいる誰もがこれからどうするべきかなど、分かりはしなかった。
「・・・」
「このままここで隠れていたってしょうがないでしょ?」
「じゃぁどうするんだよ。俺達は今も狙われている可能性は否定できないんだぞ」
「だからってずっとここにいたっからって安全という訳でも・・・」
剛と港の話は平行線であった。
「そんなの帰るしかないじゃない・・・」
座り込んで大きく息を吸う和子の言う事に二人は注目した。
「帰るってどこにだよ?」
「自分の家」
「だから・・・狙われている可能性があるだろうが・・・」
面倒くさそうに答える港。相手にしていられないというようである。
「相手がどうなるのか分からないんだから、ここにいてもしょうがないじゃない?だったら、もう家に帰るしか選択肢は無いんじゃないの?」
和子の正論に、剛は黙った。一方の港はそれに納得していないようだ。
「だけど、家って本当に安全だとは思えないんだけどな。そんな事より警察に言って保護を求めた方が賢いと思うが・・・」
「魂の剣は普通の人には見えないんだよ。警察の人も同じ。何を言っているんだって笑われるだけだよ」
和子が言う常人とはそれはつまり、それを提案した港も入るだろう。港は、始めて体験した魂の感覚に再び攻撃を受けた肩を擦った。
「金田もいるしな・・・」
袖で一道が汗を拭いながら言った。話だけは聞いているようだ。
「金田?誰です?その人・・・」
「剣を扱える事が出来る警官だ。俺らはそいつに殺されかけた」
「殺されかけた?武田先輩が?そんなに強いんですか?」
「そんな事は後で説明してやる。だから間違っても警察に言ってはいけねぇ・・・」
気分が悪そうなのに、港に指示を出していた。港はその話を聞いて恐れた。現時点で一道を一目置いていると言うのにそれより強いと言う金田 直という男の存在は信じられなかった。だからこそ、一道はあんなにも真剣に剣道を行っていたと言う事が今、良く分かった。
「一体どうなっているんです?剣を持つ人達って?今回の事だってあり得ないでしょ?」
「俺だって知るか。全く、馬鹿が・・・剣を使えないのにしゃしゃり出てくるからこうなるんだ」
ソウルド。港は何か選ばれし者が使える特別なものだと思っていた。だから、これから何かの拍子で使えれば良いと思っていたが、対処法、使用法どころかその実態さえ、殆ど分かっておらず、ソウルドが本当に得体の知れないものでしかないという事が今、分かった。だからこそ、その研究を進めようと彼らは言っていたのかもしれないと、思えてきていた。
「他に行くところなんてない。帰るしかないの。何かあったらそれまで」
和子はかなり覚悟が据わっているようであった。港と剛はどこまで責任を持つというのだろうと思うが、それ以外に選択できる事は無いだろう。反対意見も出ないので各自の家に帰るしかないだろう。
「そういえば沼里さんのうち誰か、知っている?」
悠希にはどう考えても付き添いが必要だろう。だが、彼女の自宅の場所を知っているのは元気ぐらいしかいない。元気は戦いに出たっきりでどうなったかは分からない。
「う・・・うぅ・・・こ、ここはぁ?」
顎を強打し気を失っていた悠希がようやく、気がついたようであった。
「何とか逃げてきたんですよ」
「ま、昌成はぁ?」
「か、彼は・・・」
「私は昌成がいない。置いて・・・きた。戻らなくちゃ・・・昌成が待っている」
悠希もまた魂を傷つけられフラフラの状態であった。それでも昌成を求めて歩き出そうとした。
「待って!悠希さん!」
呼び止めても、彼女は歩みを止めない。しかし彼女の傷はかなり深いようで膝を突いてしまった。
「港君は沼里さんについていってあげて」
「そう言われたってまたあの戦いの場所に戻ろうとしているのでは・・・」
「力ずくで引き止めろ。それしか方法は無い!」
悠希は口で言って応じてくれる相手ではなかった。
「ですが!」
「やるしかないんだよ。元気さんに託されただろうが!」
元気。あの時の言葉が遺言になるかもしれないと思ったが港も覚悟を決めるしかなかった。
「分かりました。やります。やりますよ!何で俺がこんな目に・・・」
港はブツブツと文句を言っていたが悠希の方に向かった。後は港次第だろう。それから全員、分かれていった。元気や悠希達の事は気になったが全ての面倒を見られるほど肉体的に余裕は無かった。後は野となれ山となれという投げやりな気分でいるしかなかった。

傷ついた一道が慶を背負って帰るというのはかなりの重労働であったが、音を上げられる状況ではない。まだこちらを狙う者がいないとは言い切れなかったが、そんな事を気にしている状態ではなかった。駄目な時は何をやっても駄目なものである。だから後は自分の運を信じるしかなかった。一道はフラフラにであったが歯を食いしばり施設まで帰った。施設の子供達に色々と心配そうに言われたがそれから元気を布団に寝かせた。一道は何があるか分からないと、見張りをするつもりであったが、施設に着いたという安心感で、一道の緊張感も解けてそのまま彼も死んだように眠ってしまった。


「慶がどこに行ったか知らないか?」
「慶なら、ちょっと前にバイトの引継ぎをして来るって言っていたよ。顔が真っ青で辛そうな顔をしていたから休めないのかってお母さん、止めたんだけど・・・絶対に行かなきゃならないって・・・」
施設の小学生の綾が言った。一道は、聞いているうちに大きく目を見開いた。
「な、何で俺にその事を教えてくれなかった!!」
非難めいた目でその子を見て怒鳴った。
「え?えぇ?だ、だって、いちどー兄さん。起こしてくれだなんて言ってなかったでしょ?」
綾は明らかに怖いものを見るような目であった。
「ああ・・・そうだったな。ごめん。怒鳴って悪かった。ちょっと俺も疲れているからな・・・で、慶はいつ出て行ったんだ?」
「ほんの30分前ぐらいかな?でも、いちどー兄さんも大丈夫なの?あんまり体調良さそうじゃないよね」
女性特有というかよく気が付いてくれるのはありがたい事であったが今は、そっとしておいて欲しかった。
「ありがとう。気持ちだけ受け取っておく。だけど慶より症状が軽い俺が休んでいる訳にはいかないからね。アイツを力ずくで連れ戻して来るよ。倒れられたらみんなに迷惑がかかる。」
「そんなに体調が悪いの?」
「アイツの性格上、相当無理しているに違いない。それを悟られまいとしていたはずだ」
「うん。大丈夫、大丈夫って何度も言っていた」
「やっぱりな・・・ありがとう。じゃぁ言って来る」
一道は優しく微笑み、靴を履いた。
「うん。でも、慶兄さんもいちどー兄さんとそんな顔をしていたよ」
「そうか・・・俺はアイツより元気だから大丈夫だ」
今まで一緒にいたが為かやはり行動も似てしまうのは致し方ないのかもしれない。施設を出て歩き出した。

『バイトに行く?そんな訳がない・・・こんな状況で・・・』
だが他にどこに行くのだろうか?他の者達が一道以上に慶の事を知っている訳がない為、当てなどない。どうにか別の方法で見つけ出すしかなかった。
「すいません。今、ちょっと前にフラフラの高校生ぐらいの少年を見ませんでしたか?」
通りがかりの人に聞くぐらいしか方法は無かった。だが、そう簡単に慶を目撃しているわけもなかった。
「え?ってそりゃアンタの事じゃないのか?顔色が悪いぞ。大丈夫か?」
「知りませんでしたか・・・ありがとうございました」
慶を見ていないのなら用はない。一応、礼を言ってそのまま立ち去った。
『慶。お前はどこに行く?何故、こんな時に無言でいなくなる?何故だ?』
その疑問が頭の中を駆け巡る。それと最近の慶に対する違和感。
『まさか?いや、まさか慶に限って・・・そんな事は・・・俺は何て酷い事を考えてたんだ!慶に限ってそんな事はあり得ない!あり得るわけがない!!やはり俺は疲れているのか?』
頭の中で否定する。だからそれをハッキリさせる上で慶、探しを続ける。しかし、慶が行った方向さえ分からないのに探すというのは無謀と言えた。そんな状態であるが、慶を見つけなければならないという焦燥感に駆られていた。負傷した慶への心配やこの心のスッキリしない感じを解消する為には慶を見つけ出すしかないのだ。そんな一道の気持ちが引き寄せたのか、それともそれが運命とでも言うのか・・・
「フラフラの少年?見たよ」
「どこでです!?一体どこに向かっていたんです!?何時見たんです?」
一道が詰め寄ってくるので通行人もその迫力に引いていた。
「今、ちょっと前さ。国道17号の道をミニトタワーの方向に歩いていたな」
ミニトタワー。正式名称、多摩大型電波塔。高さ234mある鉄骨のタワーである。漢字ばかりで堅さを感じるので正式名称はあまり浸透していない。東京タワーより小さいものなので『ミニ東京タワー』それを略して『ミニトタワー』という名称で親しまれている。東京タワーよりも小型ながらも展望台があり、景色を楽しむ事が出来、デートスポットとしても利用されている場所だ。
「ありがとうございました!」
有力な手がかりを手に入れてそのまま走っていった。周囲に警戒しながら歩く。歩いていると途中に通行人に慶の事を聞くと、慶の目撃者は増えて行った。
「間違いない。この近くに慶がいる」
キョロキョロしながら歩いていると・・・
「慶!!」
反対方向の歩道に慶の姿を見た。表情を強張らせ歩いている。誰が見ても辛そうであった。すぐに慶の元に行きたいところだが、その道は国道で中央分離帯があるような片側三車線もあるぐらいの道路である。車の往来も激しい。だが、一道は態々横断歩道などせずその道を突っ切るように、慶の元へと行く。車は、そんな所に歩行者が通るなどとは夢にも思わないからクラクションを鳴らす車が多かった。
「!!」
慶は、そんなクラクションが鳴らされる方向を見た。すぐに一道を認めるや慶は驚いて、路地の方に入っていった。
「逃げる?何故だ!慶!!」
何とか反対の車線に渡り、慶を追跡する。道路脇は国道と言う事もあってコンビニやファーストフードなどの食事の店などが立ち並ぶ。もう少し奥にはいると民家などが軒を連ねている。
「見失った!」
残念ながら周囲に人がいなかった。これでは目撃者に慶の行方を聞くわけにはいかない。
「こういう時は・・・落ち着け・・・今の慶は逃げ続ける事は出来ないだろう。どこかに隠れているに決まっている」
辺りを見回し、考える。慶が行きそうな場所、慶が好む方向。それはまさにかくれんぼの感覚である。昔を思い出し、その感覚に頼るしかない。
「民家には入らないだろう。と、考えれば・・・」
一道は川のフェンスを越え、小さな川沿いの道を行く。草が覆い茂り、そこに木があった。
「慶、見つけたぞ!」
「あ・・・」
慶は木の袂でしゃがむようにしていた。一道に見つかった事によりゆっくりと立ち上がった。木に手を掛けているぐらいだったからやはり重傷である事は見て取れた。
「こんな時に、どこへ行く?慶」
「それは・・・」
普段の慶とは違って一道に対して伏し目で一道と目をあわせようとしなかった。その様子を見て、一道は確信を得た。
「まさか・・・やっぱり、お前・・・が・・・裏切っていたのか?」
「!!」
慶は大きく目を見開いて、グッと拳に力を込め、一道を睨み返した。
「俺が裏切っただと!?俺が裏切っただと!?」
「あの連中が小屋の位置を正確に知り、しかも待ち伏せていたなんて事は普通に考えて出来るわけがない。誰かがあの場所を教えたとしか思えない!それを・・・それがお前だったのだな。自分を傷つけてまで偽って・・・何故だ!教えろ!何故俺達を!」
「ふざけるんじゃねぇよ!いちどーーー!!」
一道が話している最中に、慶は大声を張り上げ、身を震わせて、叫んだ。一道は慶の今まで見た事もないような剣幕に固まってしまった。それは傷つき、辛さから来る表情もあるかもしれないがそれ以上に苛烈な激情がその顔に現れていた。
「裏切ったのは俺じゃねぇ!お前の方じゃねぇか!」
「な、何?俺が裏切っただと?」
一道は全く予想もしない事を言われた為か怒りはあまり生まれなかった。裏切り者から裏切り者扱いを受ける筋合いは無い。と言うより、自分が一体いつに裏切ったとでも言うのか?思い当たる事など一道にはなかった。ただ単に傷ついている慶は気が動転しているのだろうと思った。だが、その一道の感情こそが裏切られる事になる。
「いや、裏切っちゃいなかったか・・・お前は始めから俺と約束なんてしていなかったんだからな!!」
「約束?何の事を言っているんだ?」
「わ、忘れたのか?そうだよな。コレを平然とやってくれるのだから、そんな事、記憶にあるわけなんてねぇよな?俺は、お前だけはこの地球上でお前だけはと思っていた。だが、お前も結局、同じだった。いや、お前が一番酷かった。今まで俺がずっと、信頼を寄せていた俺の心に対しての裏切りは!!」
慶の怒りは間違いではないだろう。記憶の糸を一気に手繰り寄せる。慶との約束を・・・しかし、思い出せない。
「全く、笑っちまうよな。もう10年も昔の話だよ。俺は、施設に来て、他人なんて誰も信じられない。ずっと俺は一人だと完全な人間不信に陥っていた。それをお前が変えてくれた。だから、俺はお前と約束をした。約束をしたと思っていた。俺達はどんな事であろうとずっと隠し事はなしってな。だが、実際はどうだ!お前は母親と一緒だったじゃねぇか!それを今まで隠し続けてきた!約束をしようとしたのにも拘わらず!お前は最初から約束なんてしちゃいなかったんだ!お前を許せるかよ!絶対に許せるかよ!お前だけは!俺を10年間も信じ込ませたお前だけは!!」
「そ、それは・・・」
そう言い掛けた時に慶はソウルドを発動させていた。しかし、傷ついている慶が出しているソウルドである。普段と違って弱弱しく、ゆらめいていたが明らかに殺気が込められていた。邪魔するようなら殺すと・・・しかし、今のふらつく慶を倒す事は一道にとっては決して困難な事ではないだろうが、一道自身が完全に動揺してしまい、戦いどころではなかった。一道は膝を突いて震えた。慶は歩いていくが見ているだけしか出来なかった。
「ど、どこへ・・・行く?慶・・・どこへ?」
「・・・」
振り返る事もなく、慶は歩いてしまった。振り返る事もせず、相変わらずフラフラな状態で・・・だが、その歩みに迷いは見られなかった。一道はガタガタと震えてしまい、足が一歩も出ず、慶を追う事は出来なかった。

「慶・・・」
完全に、姿が見えなくなってから数歩、歩みを進めてみたが体の震えがひどく上手く歩けず、遂に膝を突いてしまった。
『私が、私が慶ちゃんを苦しめていたって事なのね・・・』
珍しく、母親が一道の心に語りかけてきた。物悲しくまるですすり泣くように。一道の心に直接語りかけているのだからすすり泣く事など出来はしないのだが、実際に母親がここにいれば泣いているだろうと言う事が良く分かった。それに対して、一道は何も伝える事が出来なかった。彼もまた母親と同じぐらい悲しかったのだ。

暫くして、一道もゆっくりと立ち上がり歩き始めた。慶を追うためではない。と言うより、既に慶の姿は見えない。逆の方向に向かって歩き始めたのであった。
「慶・・・慶・・・アイツの言うとおりだ。俺が同じ立場でも許せる事じゃねぇないよな・・・」
10年前、慶が施設にやって来た。全ては本人の口から直接聞いた。勿論、本人からしても言いたくなかった事だろう。しかし、彼はその約束を守る為に態と己の傷をさらしたのだろう。それはあまりにも衝撃的な過去であった。
慶の両親は世間から見れば何の問題もない理想的な家族であったらしい。しかし、それは表面的なものであり中身は全く別物であった。確かに、良く働き、家族とのコミュニケーションもしっかり取ろうとする夫。そんな夫の為に尽くし、子育てを行う妻。お互いに不満など生まれようもないはずもない家庭。だが、人間は勝手なもので何事も理想的であればあるほど自ら、変化を望む性質があるものだ。妻は、燃えるような恋を経て、夫と一緒となった。その結果、誰もが羨み、不満も起きない生活。彼女にとってはそれこそが不満であった。家庭内でいくつもトラブルなどを経て、家族みんなで成長する。そんな生活を望んでいたのだ。それに、世間から理想的な家族と評判になることで自分自身を理想というレールから外れないように生きていかなければならなかった。それは自分自身を縛っておく鎖でしかなかった。そして、変わらない日常は奔放な彼女の心を退屈にさせた。そして何もかも上手く行っていてこのまま何も変わることなく自分は老いていくのではないかと言う事を恐れた。それを話しても誰も理解しないだろうから一人で抱え込み、悩み、苦しんだ。夫にさえいえなかった。言ったとしても今は幸せだと片付けられてしまったからだ。そんな時、彼女は出会ってしまった。美容院の若い男であった。別に、家庭を壊したいわけでも、幸せを壊したい訳でもない。ちょっとした出来心という感覚であった。が、その若い男と一緒いる事で燻っていた女心が燃え上がってしまった。それは自ら危険をおくように・・・家族の幸せの為に、仕事に打ち込む父親はそれに気付かず、ましてや幼い慶はそんな母親の秘め事など知りはしなかった。彼が知るのはその後のおぞましい事件だけであった。
友達と公園での遊びの約束をしていたが雨が降ってきたからと言う事で取りやめとなって、家に帰ろうと歩いていると、偶然、父親も体調が優れないと言う事で帰ってきており、一緒に家に帰る事にした。それがただの偶然なのかそれとも虫の知らせだったのかそれは分かりなどしない。家のドアを開けると見知らぬ男の靴があったのだ。そんな事は何も知らされていない父親はただ事ではないと、玄関においてあったバットを手にした。父親から危ないからその場にいろと言われ、父親が部屋の奥に入ると、突如、父親は大声を上げた。それからその男女が騒いでいた。バタバタと音が聞こえ、今まで聞いた事が無い人の悲鳴を聞いて、声が消え、それから何度も硬いものがぶつかる音がして、そして、静かになった。不気味なぐらいの静寂。父親も戻ってこない。どうしたら良いか分からず、恐る恐る部屋を覗くと、バットを持って何やらブツブツと呟きながら立ち尽くしている血まみれの父親と、ちゃんとした形をしていない潰れた真っ赤な2つの塊があった。
近所の人が騒ぎを聞きつけて警察に通報し、父親は逮捕された。ニュースにもなって父親の名前が出た。そんな殺人犯の息子という立場の慶には親戚も引き取ってくれず身寄りが無かった施設に預けられる事になった。それが彼の事情であった。
慶自身も母親の事情は分かるわけがなかったが、幼い慶であっても母親と別の男と一緒にいたから父親に殺されたのだと言う事だけは分かった。

The Sword 第十一話 (7)

2010-11-07 19:02:01 | The Sword(長編小説)
「く、くそぉ!何が・・・」
だが、傷はかなり深いが死ぬほどではなかった。何とか、慶を起こしておんぶした状態を保つ事が出来た。
「何かおかしい!昌成君!こっちに!」
「うわぁ!お姉ちゃん!」
悠希が昌成の手を取り、抱きかかえようとした時に、胸の辺りに激しい痛みが走った。思わず顔を歪める悠希。だが、そんな事よりも気になるのは自分のことよりも・・・
「お、お、お姉ちゃん・・・痛い・・・怖いよ・・・」
何と、昌成の体に穴が開いており、そこから大量の魂が抜けていた。大人からしてみればそれほど大きくないものであったが。子供の体の大きさからしては巨大である。それは・・・致命傷であった。
「あ・・・ああぁぁ・・・」
悠希は抱きかかえている昌成を見て頭が真っ白になっていた。
「くそ!お前達!一体何を仕組んだんだ!本当に何をしたんだ!そこの新入りの仕業か?」
亮は次に港を疑った。港も必死に弁解する。
「お、俺だって知りませんよ。何が起こっているのかさえ!」
肩を抑えながら立ち上がる港。今まで味わった事のない感覚に嫌悪感が尋常ではなかった。身を震わせていた。
「みんな分からないんだよ!何でもいいから外に出ろ!でなければみんな死ぬぞ!」
一道が言うと手早く、亮が外に出て、和子を背負う剛が出て、次にゆっくりと慶を背負った一道が、出た。港と悠希が残っており、それを見て元気が声をかけた。
「何、ボケッとしているんだ!港!悠希!早く出ないと死ぬぞ!」
「ウッ!?オ、オェェェェェ!!」
港は始めて体を襲う感覚に耐え切れず部屋の隅で嘔吐していた。一方の悠希は呆然としていた。
「あ・・・昌成君。ハハハ?昌成が・・・ハハハハ?」
口が半開きで頬が歪み、昌成を抱えながら、悠希が笑っていた。
「そいつはもう駄目だ!置いていけ!!」
「!!」
元気が昌成に手を出そうとすると、悠希の目が一気に憎しみの色に変わり、元気に剣を振るった。自分も負傷し、昌成を抱えている為、大きな動きは出来なかったが、悠希の剣は確かに、元気の胴体を掠めた。もし斬られていれば間違いなく死んでいたところだ。
「昌成君は全然、平気!ちょっと休めば元気になる!平気に決まっている!」
悠希は元気に向けて剣を向けてにらみつけていた。
「悠希・・・もっと状況を考えろよ!」
「昌成は助ける!見捨てるなんてあんた悪魔よ!うっぐ!」
その瞬間に、悠希もまた倒れた。彼女の魂もまたかなり傷つけられた。彼女は運悪く、テーブルの角を顎に当てて気を失ってしまった。倒れると同時に彼女の腕から昌成が離れ、地面に転がった。昌成にもはや意識はないようで体をピクピクと痙攣させているだけであって、手遅れである事は誰の目にも明らかであった。
「行くぞ」
元気は、気絶した悠希を背負った。
「まさ・・・なり・・・君は?」
恐る恐る港が聞いてみた。
「さっきも言っただろ?」
「置いていくんですか?」
「そうだよ!置いていくしかないんだよ!くそぉぉぉぉぉぉぉ!!」
元気が叫び、その勢いのまま振り返る事なく、小屋から飛び出した。それによって何とか全員、外に出る事が出来た。だが、これからどうするべきなのだろうか?危険がどこから、どうやって来るのか分からなかった。
「お前達!何がやりたいんだ!みんなで心中したいのか?」
亮は全員に対して、疑念と怒りをむき出しにした。身動きが取れない以上、出来る事といえば叫ぶぐらいしか出来なかった。
「うるせぇ!ごちゃごちゃ言うな!逃げるんだよ!」
『どこへ?』全員が率直に思う事であった。何が起こっているのか分かっていない今の状態で、安全な場所など一体どこにあるのだろうか?言っている元気自身でさえ分からない事であった。
「てめぇ!適当な事ばかり言いやがってよ!お前が考えた事だろうが!お前がちゃんと指示をぉぉぉぉ!!」
何やら光が走ったのが見えた。かなりの高速であった。ちゃんと見て、対応できるようなスピードではない。その輝きは、元気の詰め寄ろうとする亮の胸を貫いていた。次の瞬間、長身の亮の体が崩れ落ちた。
「あ・・・あああ・・・亮さんまで・・・が・・・」
「ひ、ひでぇ・・・こりゃぁ、駄目だ・・・」
昌成と同様、勢い良く魂が吹き出していた。ポチッ鉄がやられる所をしっかり見ている者たちは全員、同じように思った。
「港、悠希を頼む」
元気が言って背中を港に向けた。全員が驚いた。
「でしたら、俺も・・・」
「俺も・・・」
歯を食いしばり明らかに辛そうな一道と肩を抑え口元が汚らしい港が名乗り出た。しかし、元気は首を振った。
「お前達は山を下りろ。今、まともに動けて戦えるのはどうやら俺だけのようだからな。それに何かあった時、お前らが弱ったメンバーを守るんだ。攻撃の方向は大体わかったからいけるはずだ」
確かに、右わき腹を負傷した一道、その一道に背負われ気絶している慶、軽傷でありながらも和子を背負っている剛、殆ど動けない為背負われている和子。顎を強打し気を失った悠希、先ほど魂の攻撃を受け気分が悪そうな港。ここで今、動けるのは元気しかおらず後は負傷者をその場に放置するしかない。敵がどんな事を狙っているのか分からない以上それは出来なかった。
「き、危険過ぎます。敵がどういう攻撃をして来るのかも、どれだけの敵がいるのか分からないんですよ」
「だからだよ。敵が分からないのに何人も突っ込んでいっていいことはない。俺が出る。最悪、お前達の囮ぐらいにはなるはずだ。だから今、お前達は逃げろ!早く!」
「分かりました。元気さん。俺達は逃げます。ですが・・・」
「何だ。いちどー」
「ヤバそうになったら遠慮せず逃げてください」
「は?俺が逃げたらお前達はどうなる?」
「こっちはこっちで上手くやりますから、あまり気負って深追いしすぎないで下さい」
「全く、信用されてねぇとは情けねぇ!俺はやると決めたらやる男だ!それじゃお互い上手くやってまた会おうぜ!」
と、元気は悠希を港に背負わせ魂が飛んできた方向に対して歩き出そうとした。が、その瞬間、元気は一瞬、視界から消えた。
「うおぅ!!」
無様に転倒する元気。何と、倒れている亮が元気の足を引っ張ったのだ。
「何しやがっ!!」
無様に転倒する元気。その瞬間に後頭部辺りに風を感じた。魂が通過したのだ。
「亮・・・お、俺を助けてくれたのか?」
亮は突っ伏しており、元気の危機に対しての行動だったのかは分からなかった。
「でも!石井さんはどうするんですか!昌成君と同じに」
港が叫んだが、元気は聞かずそのままダッと奥の茂みの方に走って入っていった。彼に勝算などあるのだろうか?ただ、命を捨て囮になろうとしているのか?それは分からなかった。
「お、お前ら、うぜぇんだよ。俺の事はほっとけ・・・」
全身を震わせながら亮が言った。既に視線を上げる余裕さえないようだ。
「そんな事したらあなた、死にますよ!」
「だから言ってんだろ?うぜッ・・・ゲホ!ゲホ!」
激しく咳をする亮。
「行くぞ!港!こんな所で時間を食っている暇はない!元気さんの厚意を無駄にするな!石井さんだって同じだ!」
一道が言う。その発言は許せるわけは無い。港と和子は反発した。
「あんたそれでも剣士か!?瀕死の仲間を助けてこそ武士道でしょうが!石井さんを見殺しにするんですか!俺には出来ない!ほら!俺が背負って・・・」
「そうよ!自分達だけ助かれば良いと思っているの?」
和子も背負われていながらそのように発言した。
バチッ!
「・・・」
何と、亮が港の手を弾いたのだ。そして、亮から向けられる横から見える亮の目は苦しそうでもあり諦めとも言えるような悲壮なものであった。もはや、喋る事もままならないようだ。
「亮さんはもう手遅れなんだ!分かるだろ!分かるだろ!くっそぉぉぉ!!」
一道は、歯を食いしばり、手を震わせ、悔しそうに腹の奥底から搾り出すように言った。そして、一道は歩き出した。
「く・・・くぅぅ・・・。俺達ではあなたを救えません。すみません」
ダンと小屋の壁を叩き、港は大を見つめたまま殆ど動こうとしない悠希の背中を支えるようにして押して歩いた。亮は、その場に取り残された。
『何でこうなっちまったんだ?大門さんの仇を取る為にあのバカ共を殺したからか?いや・・・もう良い・・・もう良いんだ。理由なんて・・・もう・・・出来る事はやった気がする・・・そうでしょ?ね?』
亮の意識はそのままどんどん遠ざかっていった。

「はぁはぁはぁ・・・」
一道は、自棄に自分の息が耳につく。そしてそれ以上に、背中の慶の息遣いが弱弱しく思えた。
「君達、どこへ行く?」
正面から声がした。そちらの方を見ると何人かの人間が彼らの行く手を遮っていた。そのメンバーは、以前出会ったリーダー馬場 龍之介と、ノリのいい性格のニッケルド・ベイス、亮に斬られた者の助かっていた大河原 勝良、そして一道や慶と同じ施設にいたというAV女優志ノ崎 香奈子の5人であった。
「こ、こんな所で・・・あなたがたが関与していたと言う事か・・・香奈子さんまで・・・」
「どうしてここまでする必要が・・・」
一道が呻き、和子が疑問に思った。しかし、全て彼らがこれを引き起こしたのだろうという事がわかった。
「大人しく降参して俺達に協力すると言うのならこのまま行かせてやってもいいぜ~ベイビ~」
「そんな体でこれ以上無駄な抵抗をした所で仕方が無いよ」
「ちょっとやりすぎじゃないの?私ここまでやるって聞いてないよ」
ニックがノリノリに言い、向島は冷静でこちらを見下したように、香奈子は一緒にいるものの他の3人とは違う様子であった。勝良は亮の傷が完全に癒えないのか黙っているだけであった。一道は激昂した。
「お前達!ここまでやっておいて何を言うのか!」
「こうしなければ君達は従う気がなかっただろう?だから俺達は終止符を打ちたいんだよ」
龍之介は余裕たっぷりで言う。そこへ、香奈子が龍之介に話しかけてきた。
「だから龍ちゃん。私はここまでやるって聞いてないよ。ただの脅しとしてやるって言うから私は参加するって」
「勝良があそこまでやられたんだぞ!アイツらにだってそれだけの攻撃を受けて当然だ!」
「でもさ。もっと話し合いで説得して」
「うるさい!嫌なら帰れ!」
龍之介はかなり興奮していた。香奈子は納得してないようで口をへの字にしていた。
2人のもめる様子を見る一行。皆、どこかしこか魂を傷つけられ、大きく息をしていた。明らかに不利であった。だが、戦わなければこの者達に捕まる事になるだろう。
「慶、すまんがここで休んでいてくれ」
一道は慶を下ろし、一道の両手から、剣が1本ずつ伸びた。戦意は十分すぎるほどである。
「馬鹿な事はやめて俺達に協力しろ!そんな体で何が出来るって言うんだよ!お兄ちゃ~ん」
ニックが前に出た。
「はぁ・・・出来るさ。戦えるんだからな。だから、大人しく退いて俺達を行かせてくれ。今の俺には手加減は出来ない。それに手元も覚束無い。殺してしまうかもしれない」
『何でこの人立っていられるんだろう』
剛の背にいる和子はそう思っていた。明らかに自分よりも傷は深いはずである。浅い自分でさえ、歩くのも辛いのに、一道は立って歩くどころか慶を背負う事までやっていた。その根性、意地、底力を疑問に思うほどであった。そしてこのような事も彼女の頭を過ぎった。
『何か引っかかる。前もこんな事があったようなそんな・・・』
一道の声が何か引っかかったが彼女の中で明確に思い出せなかった。
「手加減するだと?ちっとばかし剣道が上手いからってそんな状態で俺達に勝てるってのかい?お前、俺達を舐め過ぎなんじゃないのか!」
無理矢理、呼吸の乱れを隠そうとしている所は見え見えであり、顔面は真っ青で目つきも少々虚ろである。誰だってそんな奴に何が出来るのかと思えるのは決して不自然ではない。しかも手加減をしようという事も考えていたようだ。あまりにも馬鹿にされているようにも思えたのだろう。
「早く退いてくれ・・・頼む・・・」
「いい加減にしやがれ!この瀕死野郎がッ!ごちゃごちゃ言うならぶった斬ってやるぜ」
「そうだ!俺を斬ったてめぇらだけはなぁ!」
ニックが一道の前に出た。勝良もニックの後ろに着いた。二刀流で、相手が剣道経験者であろうと関係ない。ちょっと強がっているだけなのだ。でなければ、負傷し、不調という状態で何が出来るというのか?喧嘩は単純に腕力が強い方が勝つが、少し不良っぽく見せる為に、強がって見せる場合がある。ハッキリ言ってチキンであるがそういった者の喧嘩の仕方と言えばハッタリの張り合いでもある。デカイ事を言って、相手をビビらせた方が勝ちなのだ。たとえ5人で1人を取り囲んでいたとしても、その明らかに不利である1人の言葉に5人が怖気づかせれば戦わずして勝つなんて事も出来るのだ。だから、一道もそういうものだと思った。
が、ニックと勝良には2つ間違いを犯していた。1つは自分の経験不足。そして、一道の意地を過小評価していたことである。
「お前気にいらねぇんだよ!」
「ぶっ殺してやる!」
近付くニックの脇から勝良が飛び出した。二人のコンビネーションで一道に対して意表をついた攻撃のつもりだったのだろう。その瞬間に一道の右手が空を切ったように見えた。ニックの目には殆ど何も見えていなかった。
「え?」
「くっ・・・殺っちまったか・・・」
バタッ!!ズルズルズルル・・・
走って一道を斬り付けようとしたので、斬られた勝良が勢い余って転倒し、坂を転げ落ちて木の幹にぶつかって止まった。
「言っただろ。こっちも会話をしている余裕さえねぇんだ。行かせろ!俺達を」
一道は思わず噛み締めるように言った。始めに言ったとおり手加減は出来なかった。勝良という少年に致命傷を与えてしまった。それは始めての殺しと言えるものだった。以前、和子を襲おうとした西谷と言う少年を斬り殺したが、あの時は激昂し冷静な判断も出来ず勢いのまま斬っただけであった。だが今回は、倒すという意思を明確に持ったまま斬った。それは殺意と言えた。
「あの人・・・何でそこまで・・・」
一道の背を見る和子は戦慄を覚えた。それは、一道が自分を押し倒そうとしていた時以上に恐ろしく感じた。
「か、勝良・・・」
龍之介が、倒れている勝良を見て、呆然としていた。
「引け!今の俺でも、お前らを・・・全員を・・・殺せる!サッサと引くんだ!」
「な・・・何が起きたんだよ。何が・・・」
ニックは何が起こったのか未だに理解しておらず立ち尽くしていただけであった。
「ふざけんな!ふざけんな!ふざけんなよぉぉぉ!」
先ほどまで黙っていた向島 将平が突如、爆発したようで剣を振り上げて一道に向かって来た。一道は向かってくる将平に対して足場を確保しようと少し移動したのだが足元の木の根に躓いたのかバランスを崩した。
ビャゥゥゥゥ!!
一道は地面に手を突こうとした。その拍子に両手から出している剣が触れたと思いきや、まるで強力な電気が放電するかのように剣が弾けた。その瞬間、一道は膝を付いた。
「ぐ!ぐぅ!?・・・い、今、何が・・・」
「勝てる!!!」
そのような状態を見れば勝てると思うのは決して不自然ではないだろう。将平はそのまま一道に向かった。もう目もうつろでそのまま死ぬではないのかと思わせるほど一道は弱っているように見えた。
「みんなの仇だ!お前達は死ね!」
「ダメか!?」
一道は左手だけを地面に付いたままで、将平はそんな一道に切りかかった。一道は、剣を出そうとしたが腕が上がらず死を覚悟した。
「うがっ!!」
「俺を忘れんじゃねぇ・・・戦えるのは武田先輩だけじゃねぇんだ・・・」
細い木の枝を握った港であった。港が振り下ろし、将平の頭を打ったのだ。
「ショウ!!」
「ううぅぅ・・・お、お前ぇぇぇぇ」
将平は顔から血を流していた。太い枝ではなかったが細い枝を高速で振るった事によって枝がしなり鞭のようになったのだろう。将平は顔を切っていた。
「はぁ・・・はぁ・・・」
一道は肩で息をしていて何もいえなかった。ただ馬場たちをにらみつけている事は変わらない。
「龍ちゃん。ここは一旦戻りましょ?このまま続けていたらみんな大変な事になる」
「何を言っているんだ!香奈子さん!勝良が今、ここで殺されたんだぞ!」
「だから、その為に、ここは引いた方がいいんじゃないの!でないとみんな死んじゃうよ」
「はぁはぁはぁ・・・」
港が枝を構え、一道は左手を地面についていたが再び立ち上がって剣を出した。顔は紫色に変色して、額からは脂汗が流れているようだが、それでも、彼の目はうつろではあったがまだ死んではいない。その形相はまさに決死と言えた。
「だったら、アイツの仲間を人質に取ればやれる!俺達をこんな風にした奴をこのまま見逃すわけにはいかない!」
向島が叫ぶが、それを香奈子が袖を取った。
「な!何をするんだ!」
「みんな死んじゃったらそれでおしまいでしょ!今は戻るの!いい?龍ちゃんはカッちゃんを連れて行って!ニックちゃん!しっかりして」
向島は香奈子に引っ張られ、的確に指示され、下がっていかざるを得なかった。馬場は倒れた勝良を背負い、去っていった。戦いは終わった。一道は戦いが終わったという事で膝を突いた。
「待たせたな・・・慶」
そこで寝かせていた慶を一道は再び背負った。
「だ、大丈夫ですか?武田先輩」
「当たり前だ」
「ですが・・・」
「慶は俺が守る!!今、お前が一番戦えるんだ!お前は全員の事を考えていればそれでいいんだ!」
一道は大声を上げて歩き出した。ふらつきながら立ち上がる姿は傍から見ているとどう見ても大丈夫そうには見えないが、一道は意地でも、慶は自分が背負うという気負いが見られたので、それ以上、言えなかった。港が先頭で歩いて山を下りていった。

彼らが逃げた先に何が待っているのだろうか・・・

The Sword 第十一話 (6)

2010-11-06 19:00:31 | The Sword(長編小説)
「来たけど・・・?」
亮と同じ物言いでの登場。しかし、言ってから小屋の様子を見て固まっていた。
「すげぇや!」
そこに沼里 悠希と一条 昌成がやって来た。悠希は周囲を見回し、大は感嘆の声を上げた。以前は、汚らしい物置小屋にしか過ぎなかったのが今は、掃除も行き届き、埃などで曇っていたガラスがちゃんと拭かれているので光が差し込んでいた。そして、季節感はないが星などの飾り付けがなされていたのだ。
「お!主役のご登場!じゃ、座って座って!汚い椅子だけどよ!」
元気はキャンプ用の椅子を持ってきたのでそこに示すと二人は座った。
「それでは、これから沼里 悠希さんと一条 正成君の送別会を執り行ないます!拍手!!」
一道は瞬時に反応して拍手をした。それから釣られるようにして各々が拍手をしていく。
『体が覚えている・・・施設の誕生会もこんな感じだもんな』
施設では誕生日の月にみんなの都合がいい日にその月の誕生日会を開く。プレゼントもケーキも大したことはないのだが、皆盛り上げて楽しく過ごすという訳で拍手は非常に重要であり、何度も行う為。一道や慶などは拍手と言われれば自然と体が動いてしまう。
「それではこの送別会を取り仕切らせていただきます平 元気と申します!よろしくお願いします!なれてない事なのでつたない司会はご容赦下さいませ!それでは、早速、会の始まりと言う事で乾杯とさせていただきましょう!テーブルの上のグラスに飲み物を注いでもらって・・・」
元気の背後にはクーラーボックスがあり、ジュースが入ったペットボトルが並んでいる。コップはキャンプで使うようなプラスチック製の安い物である。それを開けて、各自好きなジュースを注いでいく。
「全員にジュースが行き届きましたね。それでは開会の挨拶を武田 一道君にお願・・・」
「そ!そんな事急に言われても聞い!」
「と、いう無茶振りをしてもいちどーは焦るだけなので俺がさせていただきましょう」
「ハハハハハッ」
真っ赤な顔をして焦る一道に剛や和子や大が笑う。亮や悠希は殆どノーリアクションであった。
「では、これから沼里 悠希さんと一条 正成君の新しい旅立ちを祝して乾杯!」
「かんぱぁぁぁ~~い!!」
乾杯でコップを当てても、ガラスのように良い音はしないが皆、その雰囲気を味わっているようだ。昌成は喜んでいるようだが、ずっと悠希はきょとんとしていた。
「それでは、送別会は食べたり飲んだり喋ったりしながら自由に進行していきます!」
テーブルの前には皿に盛られたお菓子の山を各自、つまんでいく。
「さて、次に行うのは各自の出し物です!これはプレゼントでも一発芸でも何でもOK!気持ちさえこめられていればOKだ!それでは一番手は一体誰に!!」
一番手はやはり出にくいのかと思えば、まず、一番に手を挙げたのは港であった。
「あれ?誰も出ないんでしたらまず、俺から・・・飛び入りだったのでベタかもしれませんがこれを・・・」
「ありがとう」
大きめの包みがあった。港から受け取り、ボーッと眺めている。
「そのままじゃ分からないだろ?何なのか開けてみろよ」
「ええ~?大したもんじゃないですよ」
悠希が開くとそこには肩掛けバッグがあった。一道、剛以外の動きが止まった。
「これは!ララスンのバッグじゃねぇか!!しかもこれは今年の季節シリーズの春バージョン!」
『それって凄いのか?』
一道が元気の驚きぶりを見て率直にそういった。
ララスン。ブランド名である。カラフルなものやシックなものなどその種類は豊富であるがデザインは秀逸、曲線も美しい。そんな事で女性の注目の的である。財布一つ取っても数万する代物だ。バッグともなれば数万はするだろう。
「この成金野郎!いきなり何て物を出しやがる!そういうのは最後の目玉だろうが!」
「そ、そうでしたか?すいません。いや、皆さんがどんな物をプレゼントするか分からなかったんで・・・」
「くぅ!この庶民の生活なんか分からない発言しやがって腹立たしいぃ!!それを買えるだけ稼ぐのにどれだけ苦労するか分かっているのかよ!」
だが、もらった本人はとかく嬉しそうには見えなかった。
「良く知っていますね。そんな事を細かく・・・」
和子もあまり詳しくないようで元気を落ち着かせる為に言ってみた。
「当たり前だよ!光にプレゼントしようと思って調べているんだからよ!欲しくないとは言っていたけど、それは金欠の俺を気遣っての言葉。あの目は間違いなく欲しがっていた!ああ~全く健気な光ちゃんよ~。それを・・・それを・・・親の金で全く~。うらやましぃ!」
一道は彼らの様子を見ていた。元気は軽く、港を睨みつけていた。場の雰囲気がますます悪くなりそうなので和子は悠希に振ってみた。
「あれ?悠希さんどうしたんですか?嬉しくないんですか?」
「あ・・・ありがとう。ほ、本当に嬉しい」
あまり釈然としたリアクションではない。一道や剛と同じような感じにも見える。
「それでは二人目!張り切っていってみよう!次、誰が!」
「・・・」
さすがにあのような凄い物を出されては次が出しにくいというものだ。
「ホラ!お前が凄いもの出したから次が出しにくいじゃねぇか!!」
「すいませんでした・・・皆さんのプレゼントを見たほうが良かったですね」
「くぁ!また上から目線かよ!しょうがねぇ!俺がリセットしてやるか!これでどうだ!」
と、元気の懐から出されたのは何やら手書きの紙切れであった。
「肩叩き券?」
「そうだ!俺の神のフィンガーテクでアッと言う間に肩こりを退散させてやるぜ!引越しの準備で相当疲れているだろうからな・・・」
ニヤリと笑いながら両手の指を動かすのだがその手つきがとても卑猥であった。それを見てみんなリアクションしなかった。
「っておい!これは冗談だよ。本気にするんじゃねぇ!笑えよ!でないと、俺がただの変態じゃねぇか!ったく・・・俺のプレゼントは港より大した事はないがコレだ」
大き目の箱であった。港と同じく包まれているので開いてみると・・・
「ピカリフレッシュ?マッシロン?」
それは、台所用洗剤や洗濯洗剤などの洗剤の詰め合わせだった。
「お歳暮やお中元みたいですね」
「フン!無くならないような物ってのは重いんだよ。相手に申し訳なく思わせたり、お返しが負担に思えたりな。だから、食べ物とかすぐなくなるものが良いんだよ。だからと言って、食べ物となると、ここにケーキがあるからかぶってしまうからな。洗剤などの生活必需品の方が嬉しいと思ったんだよ」
「なるほど・・・」
「と、なかなか良いプレゼントのチョイスかと思ってみればどこかの誰かがブランド物なんか出すから微妙な空気になっちまったよ!!」
一道は、元気の考えに頷いていた。だが、それが別れのプレゼントに適しているかと言えばそれは怪しい。悠希は受け取って、相変わらず大したリアクションをしなかった。元気は元気で港をまた睨んでいた。港は引きつった笑いを浮かべていた。
「ようし!お次は誰だ!早めにやっておいた方がいいぞ!剛、お前はどうだ?」
「え?僕は全然駄目ですよ」
「だったら、なおさら今やっておいた方がいいぞ。後になればなるほど出しにくくなる。俺がリセットしたんだ。サクッと出しておいたほうがいいぞ」
「そうですか?じゃぁ・・・これを・・・」
ラクダのラクーというネーミングがそのままの可愛いぬいぐるみであった。最近、流行している人形で優しい目をしており、それに癒されるという声がある。このラクーの一番の特徴はなんと言っても背中のコブが独特の感触で、そのなんとも言えない感触にはまる人が多い。大きいものだとラクー枕なんてものが発売されており、一番大きいタイプだとラクーソファと言う感触そのままのソファも売り出されており、高額であるものの売れ行きはそれなりに良いらしい。ちなみに剛の物は小さい部屋に飾るタイプであるが、小さくてもコブはちゃんと独特の感触である。
「いいじゃないか?ラクー。俺はなかなか良いチョイスだと思うぞ!」
「そ、そうですか?」
「いいなぁ・・・」
和子が羨ましがった。どうやらラクーが好きなようだ。
「だったら、和子ちゃんも誕生日にもらったらどうだ?誰かくれると思うぞ」
元気が言う。一道の方を見ているわけではないので態とそのように言っているのかは定かではないが、一道としてはもう気にしてはいない。
「でも、私のかなり後だし・・・」
「ううぅぅ・・・」
「どうしたの?」
大が渋い顔をして黙っている。それをみた悠希が気になったようだ。
「ずるいや。悠希姉ちゃんばかり~!俺は何ももらえない~!」
確かに、皆、悠希にばかりプレゼントを持ってきていた。それで、即座に全員に目配せした。小刻みに首を振る事で、昌成にプレゼントを持って来てない事をアピールした。それによって・・・
『誰一人として昌成に何も持ってきてないのかよ』
という事が分かった。
「それじゃ!私が今から、正成君の似顔絵描いてあげる」
「お!出た!和子ちゃん!絵が得意だからきっと似ているぞ!」
元気が和子に軽く親指を立てる事で、対応の素早さに誉めた。
「嫌だ!そんなのいらない!すっごいプレゼントが欲しい!」
「・・・」
和子は自分の機転を慶んでくれると思ったのだが当てが外れてガッカリした。手作りは手作りである。お金がかかっていない。幼い子供では思いの貴重さなど明確に認識できないのかもしれない。
「昌成!そんな事言っちゃ駄目でしょ!このお姉ちゃんはね。この世界に二つとない大の絵を描いてくれるって言っているのよ。このバッグやおもちゃもお店に行ってお金を払えば同じものを買えるわ。だからその絵は大事なの!分かる?」
「う・・・う~ん・・・」
釈然としない様子であったが悠希が強く言うので頷く事しか出来なかった。
「それじゃ、気持ちが変わらなかった昌成君の絵を頼むぜ!」
「は・・・はい」
そんなのいらないとまで言われた和子としてはやる気は失せていたがこう言ってしまった手前、やるしかない。気持ちを奮い立たせてスケッチブックを開いた。そのスケッチブックは言うまでもないが、ポチッ鉄が意思伝達用に使っていたものと同じものである。拍子を見てポチッ鉄の事を思い出しながら全員黙っていた。
「では和子ちゃんが絵を描いている間に次の人行きますかぁ?」
「では、俺が・・・プレゼントではありませんが、一つ芸を披露させていただきます」
「お!いちどー!一体何を見せてくれるんだ!」
竹刀を取り出した。
「ご覧ください。ここで何の変哲もないプチプチがあります」
ダンボール内の衝撃吸収剤として使われるエアーマット。通称プチプチと呼ばれる。一道は取り出した。
「それをどうするって言うんだ?」
「好きな場所を指定して下さい」
一道が大に示すと昌成は指差した。真ん中のちょい右って所である。膝程度の場所に高さの場所に置いた。
「では、この部分だけを潰して見せます」
そう言って、一道はマジックで印をつけた。
「マジで出来るのか?」
「はぁぁぁぁ~ふぅぅ~」
一道は大きく息を吸い呼吸を整え、精神集中する。そして・・・
「行きます」
暫しの沈黙・・・張り詰める空気、全員が注目する視線。それらを跳ね除けとても小さなぷちぷちを潰す事が出来るのだろうか?
「はぁぁぁ・・・」
大きく深く呼吸する。周囲の事は見ていない様子である。
ピッ!
音にすればそんな物である。大きく竹刀を振るえば他の穴さえも壊しかねない。先端だけでピンポイントでプチプチを突く必要がある。
「どうです?」
一道がプチプチを持ち上げると一道の言った通り、先ほどマジックで書いた部分だけのプチプチを潰していた。
「おお~」
歓声が上がるが少しだけであった。
「確かに、凄いけど・・・何か地味だな」
的確な元気のツッコミが刺さる。他のものも明確な反応は無いが、雰囲気からして元気の意見に同意なようだ。
「こういう盛り上がっている場なんだぜ。スイカをパカッと真っ二つにするとかあるだろ普通は?もっと派手な奴」
スイカは案外柔らかいもので、刃物で切らなければ上手く真っ二つにならないものだ。それを一道の竹刀の実力で上手く斬るという事なのだろう。
「使い込まれた竹刀で割ったスイカなんて割ったら食べたくないでしょう?」
「食い物じゃなくたっていいんだよ!もっと見た目が派手な事をすればよかったって言っているんだよ!」
そんな風に元気がブーイングを飛ばしている中、一人、心底感動している人がいた。港であった。
『地味なんてとんでもない。あれだけの事をするには相当な技術と修練が必要だ。あのプチプチを正確に1つ潰すんだ。指先どころではなく、竹刀の剣先にさえ神経を研ぎ澄ませる必要がある。しかもあのスピードで振り下ろされているんだ。竹刀はいくらか撓る(しなる)物だ。その撓り具合も体で完全に把握していなければ別のプチプチを叩いてしまう事になる。それら全部を分かった上で竹刀を振るわないとあの技は出来ない・・・俺にはとてもじゃないが出来ない。俺はあんな事が出来る人に勝負を挑んだのか・・・』
自分の浅はかさ、世間の狭さ、実力の低さ。それら全てを恥じていた。
「見た目が派手って言われましてもね・・・壊しても問題が無いような物はないですけど・・・」
「他に何か見せるようなものはないのかよ・・・」
「先輩、素振りしてみたらどうです?」
港の提案であった。しかし元気が反論する。
「だったら、打ち合いをお前とやったらどうだ?剣道部なんだろ?」
「いやいや・・・今、俺、竹刀もっていませんから駄目ですよ」
「そこら辺に落ちている木の棒でいいだろ?」
今の一道の動きを見た後で試合など出来るわけもない。港は力強く否定して素振りをする事になった。
「素振り?何でこんな所で・・・そんな物見せたって面白くもなんともないと思いますが・・・」
「しょうがないから、取り敢えずやってみろよ。経験者のものがどれだけ凄いか見てみたいからな。実際、お前の凄いところ俺見た事ないし、見てない人もいるはだろ?じゃ、まず、素人の俺がやってみる」
一道が竹刀を借りて竹刀を振るう元気。
ブン!ブン!ブン!
特に何の変哲もない素振りと言うところだ。
「これ、案外、キツイな・・・あまりやると筋肉痛になりそうだ」
たった3回であったが普段使わない筋肉を一瞬、激しく運動させるので、繰り返しやっていれば筋肉痛だろう。竹刀を一道に渡し、一道は頭をかく。
「こんな事の何が面白いのか・・・」
それから深呼吸をすると一道の雰囲気が変わった。それから、一道は竹刀を振るった。
ビンッ!ビンッ!ビンッ!
「お、お、お・・・」
元気の素振りとはまるで違った。速度が違うのは勿論、空気さえも切り裂いているのではないかと言うぐらい高く短い音。そんな凄いにも拘わらず動きは重くもなく、硬くもなく、しなやかなのだ。どうしてこうも違うのか慶と港以外の者達が目を丸くしていた。
「すごい・・・」
「始めからコレやっていればよかったんだよ」
「そ、そうですか?」
普段やり慣れている一道には良く分かってないようだ。しかも、一道自身、久しぶりに合格点を上げられるぐらいの素振りであった。
「さて、気を取り直してやってみるか?お前はあるのか?亮!」
一道の凄い素振りを見せられた次であるからやりにくくなるのだが、やめるわけにもいかないので、取り敢えず亮に振ってみた。
「僕はこれです」
亮は持ってきた大きな包みを開くとそこから花束が現れた。赤や紫やピンクや青など色とりどりの小さい花を花束として形作っている。
「これ、何て花だ?花屋では見た事があるが、何て花だったかなぁ・・・」
元気は光に花もプレゼントとしてあげているのだろう。見覚えはあったが分からないようだ。
「コレ、スイートピーですよね。花言葉は何って言ったかなぁ?」
和子が絵を描きながらチラッと花を見て、答えた。花を見ただけで名前が分かるというのはやはり女の子と言うところだろうか?
「スイートピー?何でそれにしたんだ?何か特別な理由でもあるのか?花言葉とか・・・」
「スイートピー。花言葉に門出、別離」
花を見つめる悠希が答えていた。それを聞いて皆、悠希の方に注目する。本人は気がついていないようだ。
「どうして?」
悠希がその場で呟いた。それは亮に向けてではなく、全員に言っているようだ。
「あ?何だって?」
「どうして?」
「どうしてって、そりゃ送別会だからプレゼントをしてやるのは当然の事だろ?そんな事を一々気にするなよ」
「そんな事じゃない!私が聞きたいのは、こんな事をしてもらうほどの事を私はしてないのにどうしてここまでやっているのかって!」
「だから送別会をするかって言っているだろ?それに俺達、同じ共通点を持つ人間だろ?・・・離れていても一緒に頑張ろうって訳じゃないか?ま、一人違うのが混じっているけどな」
港のほうに視線を送る。そんな事を言っていると悠希はしゃがみ込んでしまった。
「どうした?気分でも悪いのか?」
「違う!」
「それとも感動して体に力が入らなくなったとか?」
「わ、悪かったね!」
図星だったわけだ。しかし、感動させたと言うのならばこの送別会を開いた甲斐があったというものである。
「悪くはねぇよ。だけど、お前も苦労してきたんだろうなって思ってな」
「・・・」
暫く悠希は沈黙してしまった。
「まだ、送別会は途中だぜ!続き続き!それじゃ次はオオトリの慶!」
「お、お、俺ですか?ようやくって感じですね。待ちきれなかったですよ」
一道は見ていた。慶がおかしな動きをしているのを・・・手を振るように動かしていたのだ。
「待ちきれなかっただぁ?そんなに凄いものを用意していたのか?」
元気が言った瞬間に異変はそこで突然、起こった。
「ぐっ!!うぅっ!」
慶が、その場でカッと大きく目を開いて転倒したのだ。
「おいおい。何か始まったのか?死んだ振りとか?そんなの芸か?おい寝ているんじゃねぇ。慶」
一道のように何か芸でもやるつもりなのかと、全員が思った。それにしては迫真の演技のように見えた。
「何をやるつもりなんでしょうか?」
「ぐぉ!な!何だ!?こ、これはぁ!?」
剛が疑問に思った直後、港がバランスを崩し、テーブルにもたれかかろうとしたが持ち運び可能なキャンプ用のテーブルである。軽いものであるから港を支える事が出来ずテーブルをひっくり返し、ケーキやジュースなどが宙に待った。
「あああああ!!」
床にケーキなど全てが床に落ちてぐしゃぐしゃになり、皆、声が出た。
「何だよ!お前も一緒に何かするつもりなのか!?劇か何かか?だからってこんな事するかよ!!」
常軌を逸している事態である事は誰でも分かったがそれをすぐに認められなかった。人間は、理解出来ないような事態に遭遇したとき、自分自身を落ち着かせようと都合のいいように物事を考えるものだ。だが、そのように考えたときは大抵が手遅れになっている・・・
「お前!一体をしたって言うんだ!」
「俺が知るかよ!」
亮が元気に詰め寄った。元気自身も訳が分からない様子であった。完全に、パニック状態のようだ。
「うっ・・・」
「お、帯野さん!」
和子が急にバランスを崩して膝を突いた。そこへ剛が駆け寄ろうとしていた。
「ヤバイ!何かがヤバイ!慶!大丈夫かぁ!?」
一道はいち早く危険さを察知し、倒れた慶を抱え起こそうとした時に、気がついた。
『魂が抜けている?これは!?』
剣できりつけた際に出る魂である。まるで血のように勢い良く吹き出ていた。
『斬られた?誰に?どうやって?』
だが、そんな事を考えている余裕は無かった。一道は叫んだ。
「ここは危険だ!みんな!外へ!!」
一道は、意識が無い慶をおんぶした所であった。そこへ、わき腹辺りに熱を感じた。

『俺は、もう助からないんだ・・・だったら何やったっていいじゃないか?』

全く知らない魂の声が一道に響く。思ったとおり、一道の右わき腹から魂が吹き出ていた。

The Sword 第十一話 (5)

2010-11-05 18:59:09 | The Sword(長編小説)
「パーティか・・・俺は何をしてやるかなぁ?」
毎月のようにある事なのでさほど悩むほどのことではないかもしれないが、一道は大体他人任せであった。一緒に歌を歌ったり、劇をやったりといった事ばかりで何人かで一緒にやる事ばかりだったので今回のように個人で何かする事を考えるのは難しい。
「俺、個人に、得意な事といったら、剣道ぐらいだが・・・それで何か出来るものだろうか?」
一道はパーティの事を考えていくと、少しずつずれていった。
「引越しか・・・昌成って言う子供と一緒にって事は残った俺達は一体、どうするんだろうかな・・・その魂の研究しているという連中と敵対するしか方法は残っていないのか?」
その研究している者達の規模を知らない一道たちはどうすればいいのだろうか?
「カナさんもそのメンバーに入っているのなら何とかやめさせる・・・いや、その前に仕事をやめさせる方が先なのかもしれないな・・・」
悪い事ばかり考えてまず、一番初めに考えていた事を忘れていた。
「おっと。まずパーティの事を考えるのが先決か・・・」
授業中は殆ど、上の空で、放課後になったので剣道の練習は相変わらず続ける。
「練習に関しては集中して行わなければならないな・・・」
いつまでも、雑念にとらわれていては特訓の意味がない。特訓をするのならば完全に特訓の方に集中させなければならない。深呼吸を数回し、まずは筋トレをし、それから竹刀を振るう。最近は、竹刀に集中する事に慣れてきた気がする。
「もし何かあった時、間 要。金田 直。この二人を倒せるようにならなければ俺達に明日はない」
金田 直は1ヶ月ほどまるで話を聞かないがいずれ現れるだろうと思って、敵という対象になる。この二人と戦うには他の者が戦うとすれば荷が重すぎるだろう。だから最もしっかりしなければならないのは自分なのだと己に重圧を課し、練習に励む。6時になって忠志と港の二人が合流した。
「はぁ・・・はぁ・・・」
汗だくで湯気が出ていながらもまだ竹刀を振り続けている一道。適当に振り回しているのではない。1度1度の打ち込みに念のようなものがこめられているように思える。
「凄いな・・・」
その一道の入れ込みように一緒にやっていた忠志と港はただ圧倒されていた。
『隆って剛の兄貴・・・だったか?それと犬のオッサンとかいう奴も殺されているとなれば真剣になるのは当然だよな。俺も負けてはいられねぇな!』
事情を知っている港もまた、竹刀を振り続けていた。
「港もか?な、何だ。この二人・・・いや!俺も負けていられない!」
忠志は一人取り残されているような状態であったが自分のこの二人と同じようにしなければ差をつけられると思った忠志もまた竹刀を振るい続けた。
「何だ・・・あいつ等・・・そろそろ学校が閉まるのに、まだやっているぞ」
「元気が有り余っているんだろ?」
「それにしたってやりすぎだろ」
その他の部活で下校途中の生徒達が3人の熱中振りに引いていた。
「おいおい。お前ら、部活熱心なのは結構な事だがもう門を閉めるぞ。サッサと帰れ」
「はぁ・・・はぁ・・・」
教師が声をかけに来たのだが全員息切れしており、まともに応対できなかった。
「どうしたんだ?全員倒れそうじゃないか?」
暫くの間の後、忠志が声を出した。
「だ、大丈夫です。すぐに下校しますので・・・」
歩く姿も全員ふらついており、誰もが心配するような状態であった。
「一生懸命やるのは大切だ。だが無理のし過ぎは体の毒だぞ。しかし、ここ最近の若者はそれを真に受けて大したことをやろうとしないから成長しない。俺がお前達ぐらいの時もそんな感じだったな」
教師は感心しながらそんな3人を見送った。水を飲み、着替えて下校する。全員、疲れきっているので話す事などまるでなく、別れの挨拶もなく全員、去っていった。

そんな毎日が週末まで続いた。週末になり、ついに小屋にて引越しのお祝いが行われる事になった。予定時間よりも早くに来いという元気が言っていた為、練習を行わず帰ろうとしていた。
「あれ?今日はもう帰るんですか?」
下駄箱で一道は港に出くわした。彼は剣道の防具を着込み、これから練習をする気満々である。
「そうだ。ちょっと私用があってな」
「どんな用なんです?まさか、秘密の特訓ですか?それは気になりますね」
「そういう訳ではないがちょっと大事な用だからな」
「もしかして魂の剣の事で、何かあるんですか?」
一道は無言で、睨みつけた。周囲には人はいなかったが言い方が非常に無神経であり、癇に障った。少し近付いて耳元で囁くように一道は言う。
「滅多な事は人が多い場で言うんじゃねぇ。どこに耳があるか分からないんだぞ。下手をしたらここの高校にも使い手がいるかもしれない」
「心配性ですね~先輩は!俺みたいに普通の人には見えないんだからそこまで神経過敏になる必要はないですよ」
「お前なぁ・・・」
相手にしていてもしょうがないと思って、一道は無視して玄関を出た。が、港は黙って着いて来た。走って撒こうと思ったが港は小屋の場所を知っている。小屋に行くかは知らないだろうが、小屋に来る可能性は捨てきれないので、一道は振り返った。
「生憎だったな。これから誕生日会を開くんだ。プレゼントがない奴は来てはいけないんだ」
「誰のです?」
「お前が知らない人だ。20代の女性」
それを聞くやサッと近くにあったバッグの店に入っていった。
「買って来ました。これでOKでしょ?」
その行動力に呆然としている一道。包みに入れられているので何を買ったのかは分からない。だが、バッグの店であったから何かしらバッグなのだろう。
「いくらしたんだ?」
「それは言えませんよ。でも、そんな大した事はないですよ」
見知らぬ犬の手術費で10万をパッと出せるぐらいの男である。それがいくらの代物なのかは分からなかった。だが、一道からすれば目玉が飛び出るぐらいの価格だろうと思った。だが、本人にとってはそれほど痛いと思える金額でもないのだろう。
「じゃ、行きましょうか?」
自分で嘘が下手だと思った。誕生日などはなく、もっと集まる条件が厳しい事にすればよかったと思った。お店に人数分、予約しているから今からでは入れないなどだ。既にプレゼントを買わせてしまっている以上、更に、嘘を重ねて、来させないようにするというのでは一道の良心が痛くなる。ここは着いて来させるしかないだろう。そのまま歩いていき、小屋に到着した。
「おう!いちどー!予想通り早いな!手伝え!」
集合時間よりも45分も早く来たと言うのに、元気が小屋にいて、何やら小屋の中を飾り付けしていた。
「信弘?あれ?お前呼んでないよな?なのに、どうして花なんか持ってきているんだ?」
「着いてきたんですよ。来るなとは言ったんですけどね・・・」
「ここまで来たのに返すわけにはいかないだろ。花なんて買ってやる気満々だしな。それにお前なら場が盛り上がるだろう」
「お!さすが元気さん!話が分かる!」
「今回のパーティは剣を使う者が集まるからこそ意味があるんじゃないですか?部外者が入って・・・」
「それじゃ、小屋の飾り付けをしてくれ」
一道の話を無視して、二人は楽しそうに話していた。だが、すぐに港から素っ頓狂な声が出た。
「えぇ?」
「何もせず飛び入り参加するつもりだったのか?甘いぜ兄ちゃん。甘い甘い。人生舐めすぎ。いちどー。お前も掃除手伝え!」
元気は床を掃くと砂埃かなり長い間放置されていたようで、砂埃がかなり舞う。一道は元気が集めた砂埃を集めて外に捨てる。港は元気に飾り付けをしろと言われた袋を開くと動きを止めた。
「プラスチックの星や玉に、雪に似せた綿?これってクリスマスの時に使う奴なんじゃないですか?」
「お!鋭い!飾れる物と言ったらそんな物しかなかったからな」
「だったら、季節的に近い七夕の方がいいんじゃないですかねぇ?」
今週中に七夕があるのだ。施設の子供達は笹に願い事を書いた短冊を吊るしているのを思い出していた。
「それもそうだな・・・ま、細かい事は気にするな!」
「こんにちは!小屋に飾りをつけているんですか?しかも、クリスマス風に」
次に剛がやって来た。港が来た理由を説明し、彼もまた手伝わされる羽目になった。
「剛は、テーブルを作ってくれ」
「テーブルって?どこにあるんです?」
「そこにあるだろ?キャンプ用のが・・・それを組み立ててくれ」
元気に言われたところをみると、確かに折りたたみ式のテーブルがあった。
「でも、僕、組み立て方知らないんですけど・・・」
「んな事、一々聞いてくるなよ!そんなに複雑じゃねぇんだからそれぐらい自分で考えて何とかしろ!男ならアウトドアの一つも満足に出来ないとヘタレ扱いされるんだぞ」
剛はあれこれ試しながらテーブルを作るとそこに安っぽいシートをかけてテーブルの完成である。
「椅子が足りないんですけど・・・」
「んなもん。そこらにあるダンボールとかに座ればいいだろ?無ければ頭を使って代用出来るものを探す!これぐらいアウトドアの常識!無人島に放り出されたら生きていけねぇぞ!」
元気がいくつか折り畳みの椅子がある。しかし、全員分はない。だが、ここは物置なので様々なガラクタが置かれている。ガラクタというよりゴミであるが、色々な物が置かれている。中身が分からないダンボールやら雑誌類、引き出し、テレビぐらいの大きさの木箱など、様々だ。皆、埃まみれなので椅子にするにしても埃を払う必要がある。それらの作業をしていると和子がやって来た。大きな箱を持っていた。
「あれ?港君、来るって言ってたっけ?」
「勝手に着いてきたんだよ」
「ええぇ~!ケーキ8等分なら出来るけど9等分なんて出来るかな?」
「一人、40°分って事になるな」
元気は即座に計算する。
「どうやってその40°を計るんですか?分度器なんて持ってないですよ。私」
単純に考えれば360÷9で40と言う事になるが、8人分であれば4等分を2回すれいいが、9人ではそうも行かないだろう。
「気にしないでくださいよ。俺は、飛び入り参加ですから・・・」
その割に花束なんて物を持ってきていた。
「元々8人来る予定だったんですよね?今、来てないのは俺含めないと4人じゃないですか?その女性と子供の2名の他に誰が来るんですか?」
「後、お前も知っている慶と無愛想であるけど石井 亮って奴の2人が来る予定だ」
「亮さんも呼んだんですか?また緊急事態って事で?」
そう言った和子だけではなく一道や剛も意外そうな顔をしていた。呼ぶ事に意外というよりは良く亮が来る気になったという事に驚いていた。
「当初の予定で魂の剣を扱えるのは全員だったからな。アイツだけ省くわけにはいかないだろ?」
「それだけの理由ですか?」
「それだけって?また緊急事態なんて言ったってアイツは俺の言う事は信じちゃくれねぇよ。俺とあいつの間に何かあるとでも言うのか?俺は別に、そこまでアイツを嫌っちゃいない。寂しいように思えたからな?親しいホームレスやポチッ鉄のおっさんが死んでさ・・・心を閉ざしているんだよ。だから、前、うちに呼んだんだし、少しでもこういう事に参加させて世間を知らせた方がいいんじゃないかって思ったわけだよ」
「へぇ~。流石元気さん。優しいんですね」
皆、感心している様子であった。
「分かってる。分かってるって~。今頃、当たり前の事を言うなって・・・」
元気の満更でもない顔にそれ以上、煽てる者もいない。
「石井 亮って方。身近な人が亡くなって自棄を起こしているんですか?」
港が亮について聞いてみた。
「そういう訳でもないんだけどな。そうだ。お前、知っているか分からないけど、アイツの両親、ゲームクリエイターやっているんだぜ」
「そうなんですか・・・え?ゲームクリエイター?石井?石井夫妻!?あ、あの4Sのですか?」
Shooting Star Story Sries(シューティング スター ストーリー シリーズ)の略で4Sと言う人もいれば3Sシリーズとソフト名を略す人もいる。
1テンポぐらい遅れてその事を理解し、一気に興奮し始めた港であった。
「そうだよ」
「マジですか?そんな事なら早く教えてくださいよ!俺、めちゃ好きなんですよ!」
「そうだよなぁ?良いよな!あれ!!でも、本人にそれを言わない方がいいぞ」
「へ?」
少し亮の事情を言っておいた。だが港はイマイチ、ピンと来てない様子であった。
「だからって親が名作ゲームを作っているなんて物凄く名誉な事じゃないですか?俺なら胸張っていますけどね」
「だからって亮と絡むなよ。特に3Sは禁句だ。本人は内容を知らないどころか憎んでいるぐらいだしな」
「分かっていますよ。きっと俺とその亮って人とは合わないでしょうからね。折角の送別会で揉め事なんて起こしたくは無いですからね」
これだけ個性豊かな面々が揃うと、人間関係の1つを取っても悩みの種となる。しかも、トラウマを抱えた集団である。一癖二癖もあるに決まっているのだ。それが今まで一応、大した問題も無くやってこられたと言うのは評価すべき事柄なのかもしれない。
「来たぞ」
急に現れた長身の冷たい表情のイケメン亮。それ以上の挨拶も無くずかずかと小屋の中に入って来た。
「おいおい。こんにちはだろ?普通は・・・。お前も、参加者なんだから皿を並べるぐらい手伝え」
「・・・」
返事や頷くなどの明確な意思表示は無かったものの、言われたとおり皿を並べ始めた。全く協調性がないという訳ではないようだ。そこが少し意外であった。やはり先日、元気のうちに無理に来させた効果が出たのだろうか?
「何だ?こっちをじろじろ見るな」
亮は他の者達がこちらを見ている事に気にした。
「お前なら俺のいう事を無視するんじゃないかって思ったからな」
「手伝わなくていいのなら何もしないぞ」
「そう言うなよ。ったく・・・ちょっとしたことで噛み付く奴だな。軽い冗談なんだから笑うぐらいの余裕は見せろよな」
集合時間の直前でようやく慶が現れた。
「す、すいません!バイトでちょっと遅くなりまして!」
「出来るだけ集合時間前に来いって言っただろうが?まぁ、でもお前以外の全員が頑張ったおかげで準備は済んだからいいや。後は主役を待つだけだ」
あからさまな嫌味を垂れるので慶はもう一度謝った。
「あれぇ?この物置、もっと広々としていたと思うんだけど・・・」
確かに、和子が言うとおり、この小屋に現在7人の人間が集まっている。今まで1度としてなかった事だ。しかもこれ以上2人も入ってくるのだから更に狭く感じる事になるだろう。
「賑やかな事はいいことだ。狭くて結構」
元気は指を差しながら色々と確認していた。それから雑談などをしながら二人を待つ。集合時間から10分後に、二人が来る予定になっているのだが、後、1分ぐらいだというのに、まだ来なかった。
「来ないなんて事はないっすよね?」
「主役が来ないなんて事になったら俺達、ここに集まった意味がないな。ハハハ」
慶の心配に軽く答える元気。しかし、プレゼントを買っている人もいるのだからそれは大いに困る話だ。
「冗談じゃないっすよ!折角、全員が集合するって言うのに来ないなんてなったら・・・」
「そうはならないだろ。それにしてもどうしたんだ慶?悠希の事が気になるのか?ふ~ん。もしかしてお前のタイプってあ~いうのだったのか?意外だな」
「違うっすよ!みんな忙しい中来ているのに、それで来ないなんてここまで頑張って来た甲斐がないからっすよ!俺が呼んできましょうか?」
「元気さん。彼女は来るとちゃんと約束したんですか?」
逸る慶が動こうとする前に一道の冷静な質問である。元気の事だからいい加減にしているのではないかと疑った訳だ。元気からすればかなり舐められた話であるが・・・
「来いよ!絶対、来いよとは言っておいたぞ」
「え!?」
ここまで来て、本人の答えを聞かず、ただ言っておいただけという事実が発覚して困惑する一同。
「元気さんの事だからやっぱりそんな事ではないかと思ったんすよ。これで本当に来なかったら一体!」
慶が小屋から飛び出そうとしているところで小屋のドアが開き、そこには悠希が立っていた。

つまらなければ押すんじゃない。

  ブログ王     くる天 人気ブログランキング     PVランキング   ブログランキング   ホームページランキングRank Now!   ブログランキング【ブログの惑星】  ホビー人気ブログランキング   人気WebRanking

  「ポイント・マイル」ブログランキング参加中  髭を剃るとT字カミソリに詰まる - にほんブログ村