ディサービスから一人の利用者さんが卒業した。卒業・・・そんな言葉で表現するにはあまりにも虚しい現実だ。
彼の抱える病気はアルツハイマー。一年とちょっと前、ディサービスに来所された。うちのデイの中では最年少の七十代前半。穏やかで大人しい男性だった。それでも家や近所ではそろそろ問題行動が目立ち始め、奥さんはほとほと頭を悩ませておられた。少しでも長く在宅でみたいという奥さんのために、毎日デイで受け入れる事になった。最初はさほど手のかかる人ではなかった。でも私は立場上、残酷な予測を他のスタッフに言わなければならない。「進行しますよ。間違いなく。そういう病気ですから。いずれ、かなり手がかかるようになりますから、覚悟しましょうね。」まるで不吉な予言をする魔法使いになった気分だった・・・。
そして今年の夏が過ぎた頃から、急激に症状が進んだ。傍で見ていても日に日に彼の脳細胞がプチプチと音を立てて壊れていくのが、手に取るようにわかった。デイでも爆発するようになり、他の利用者さんに手を出そうとするようになってきた。彼を少しでも落ち着く方向に誘導するためには、スタッフが一人つきっきりになる事が必要だった。でも私たちは決めていたのだ。奥さんが在宅を続ける限りは、どんな状況でも放り出しはしないと・・・。どんなに手がかかっても、一発や二発くらいぶん殴られようと、必ず面倒を見ると・・・。
でも、所詮昼間の話だ。長い夜を彼は家で過ごす。そして彼の感情の向く先には奥さんしかいない。激しく爆発する彼を押さえるためには、実力行使も避けられない事もあるようだった。彼は時々噛み傷や内出血を手足にこしらえ、奥さんは毎日のように家から逃げ出していた・・・。そして私達は連絡帳に挿まれた奥さんの血を吐くような手紙を読みながら感じていた。その日が近づいている事を・・・。
そしてついに限界が来た。奥さんは苦渋の決断を下し、施設への入所が決まった。誰も奥さんを責めることはないだろう。本当によく頑張った・・・。
最期の来所の日。彼はとても穏やかだった。症状が悪化し始めて以来毎日のように爆発していたのに、その日は来所初日のような優しい穏やかな表情をしていた。奥さんは「私が入院するから、あなたも別のところに泊まってね。」と彼に言ったそうだ。今の彼がこの言葉をどれくらい理解しているかはわからない。彼とはもう会話にはならないのだ。それでもまるで今日が最期の日である事がわかっているかのように、黙って一人で椅子に腰掛け、室内を見回し、穏やかににこやかに笑っていた。
このところ、眠る事すら忘れている彼。安定剤を投与されているにも関わらず、夜も昼もなく、ひたすら喋り続け、動き続けている彼。疲れも限界だろう・・・。窓際で日向ぼっこをしながら、彼の肩を、背中を、手掌をゆっくりマッサージした。これで少しリラックスできればいいのに・・・。私に出来る最後のプレゼントはこんな程度だ。一年余りの間、私は彼のために何が出来たのだろう。苦い想いを噛み締めながら、柔らかい彼の体をほぐした・・・。
最期の送迎の便で、彼は帰っていった。もう二度と来所することはあるまい。寒空の下、皆でいつまでも手を振って見送った。
さようなら、元気でね。
彼の抱える病気はアルツハイマー。一年とちょっと前、ディサービスに来所された。うちのデイの中では最年少の七十代前半。穏やかで大人しい男性だった。それでも家や近所ではそろそろ問題行動が目立ち始め、奥さんはほとほと頭を悩ませておられた。少しでも長く在宅でみたいという奥さんのために、毎日デイで受け入れる事になった。最初はさほど手のかかる人ではなかった。でも私は立場上、残酷な予測を他のスタッフに言わなければならない。「進行しますよ。間違いなく。そういう病気ですから。いずれ、かなり手がかかるようになりますから、覚悟しましょうね。」まるで不吉な予言をする魔法使いになった気分だった・・・。
そして今年の夏が過ぎた頃から、急激に症状が進んだ。傍で見ていても日に日に彼の脳細胞がプチプチと音を立てて壊れていくのが、手に取るようにわかった。デイでも爆発するようになり、他の利用者さんに手を出そうとするようになってきた。彼を少しでも落ち着く方向に誘導するためには、スタッフが一人つきっきりになる事が必要だった。でも私たちは決めていたのだ。奥さんが在宅を続ける限りは、どんな状況でも放り出しはしないと・・・。どんなに手がかかっても、一発や二発くらいぶん殴られようと、必ず面倒を見ると・・・。
でも、所詮昼間の話だ。長い夜を彼は家で過ごす。そして彼の感情の向く先には奥さんしかいない。激しく爆発する彼を押さえるためには、実力行使も避けられない事もあるようだった。彼は時々噛み傷や内出血を手足にこしらえ、奥さんは毎日のように家から逃げ出していた・・・。そして私達は連絡帳に挿まれた奥さんの血を吐くような手紙を読みながら感じていた。その日が近づいている事を・・・。
そしてついに限界が来た。奥さんは苦渋の決断を下し、施設への入所が決まった。誰も奥さんを責めることはないだろう。本当によく頑張った・・・。
最期の来所の日。彼はとても穏やかだった。症状が悪化し始めて以来毎日のように爆発していたのに、その日は来所初日のような優しい穏やかな表情をしていた。奥さんは「私が入院するから、あなたも別のところに泊まってね。」と彼に言ったそうだ。今の彼がこの言葉をどれくらい理解しているかはわからない。彼とはもう会話にはならないのだ。それでもまるで今日が最期の日である事がわかっているかのように、黙って一人で椅子に腰掛け、室内を見回し、穏やかににこやかに笑っていた。
このところ、眠る事すら忘れている彼。安定剤を投与されているにも関わらず、夜も昼もなく、ひたすら喋り続け、動き続けている彼。疲れも限界だろう・・・。窓際で日向ぼっこをしながら、彼の肩を、背中を、手掌をゆっくりマッサージした。これで少しリラックスできればいいのに・・・。私に出来る最後のプレゼントはこんな程度だ。一年余りの間、私は彼のために何が出来たのだろう。苦い想いを噛み締めながら、柔らかい彼の体をほぐした・・・。
最期の送迎の便で、彼は帰っていった。もう二度と来所することはあるまい。寒空の下、皆でいつまでも手を振って見送った。
さようなら、元気でね。
>どんな状況でも放り出しはしないと・・・
順調であれば4月から看護で現場に立つ身
いろんなケースに出会うことになるのだろうと思ってますが医療者が見放したら、患者さんや家族は行き場をなくしてしまいますもんね。
ちえぞーさんの言葉、胸にしっかり刻んでおきます。
お久しぶりです。おぉ、いよいよですね。(その前に大きな試練が待っている??)
いつも「何が出来るだろう、何が出来ただろう。これで良かったのか。」そんな想いが付きまといます。正直なところ、自信を持って「これだ!」という指針を利用者さんやご家族に示す事が出来ていません。安易に示しちゃうのもどうかとは思いますが、迷っている時には背中を押す事も必要とされるのですが・・・。
もう少し自分に自信が持てれば苦い想いも少なくなるのでしょうけどね(汗)。
残りわずかの辛抱です、頑張ってくださいね!
なかなかね、やっぱり現実はシビアですわ。綺麗事では片付かない・・・。家族も本人も介護者も、皆一応に前向きでいようと努力はするけれど、やっぱり人間というのは基本的に弱いんだな~・・・と痛感します。前向きの気持ちを維持するために必要なパワーは、只事ではありませんな。
修行・修行の日々ですわ。