
毎日の生活に洗濯と掃除は、欠かせない。それが年をとってくると億劫になってくる。
日常の役割分担は、洗濯機を動かし洗濯した物を干すのと取り込むのは父の仕事で、たたむのは母の仕事になっていた。
その父は、鼻をかんだ後の鼻紙をポケットに入れて置く癖があった。その鼻紙をもう一度使用するためである。4,50年前、私も布切れで鼻をかんでいた記憶がある。そのぐらい紙は貴重品であった。父は、その思いが残っているためなのか、それとももったいないとの思いなのかは定かではない。それだけなら問題ないのだが、ズボンのポケットに鼻紙を入れたまま洗濯機でまわすから、洗濯機の毛玉とり器は満杯になり、衣類に鼻紙の破片が付着して困ったことがある。その事を父に言うと「わかった。わかった。」とうなずくが、そのあとも同様であった。ついに毛玉とり器もなくなってしまった。
年をとってからは、いままで行ってきた行動パターンを変えるのは容易ではない。人との会話に不自由しないように、補聴器の使用を試みたが難しい。周囲の人は、大変である。