
年寄り夫婦が生活する場所は、自分の家が一番過しやすい。しかし、年をとるにつれて、普通に生活するのがままならなくなる。長年連れ添った相手のことを気使う余裕もなくなる。
その日のためにと両親は、半年前に予約していた老人施設に入ることができた。その夫婦部屋は、一人部屋の間にドアで間仕切りしてあるつくりになっていた。まだ新しいその施設は海の近くにあり、リゾート感覚をあじわうことができた。
部屋の中には、高齢者が暮らしやすいように、いろいろな工夫がなされていた。しかし、140cm代の背丈である母にとっては、一般的な位置より低く設置されている洗面台の高さがまだ高い。膝の調子が悪く、筋力の衰えた母にとっては、洗顔時にどうしても顔にあてた両手のすきまからこぼれ落ちる水しずくで、服がべたべたになり気にかかる。踏み台を試みたが、目の視力も衰えている母にとっては扱いにくい。
本人にとっては、自分のできることは自分でしたい気持ちでいるに違いない。