お久しぶりの投稿です。(^_^;)
3月に仕事を辞めて、就活中でした。
カウンセリングだけでは、まだまだ生活できません…ふぅ。。。
お陰さまで、昨日、採用の連絡を頂き、来月から仕事に出ます。
今度のお仕事は、医療機関の地域医療連携室でのお仕事です。
未知の分野ですが、雇って下さったことに感謝して、真摯に勤めさせて頂きます。
…で、
私は、ブログを他にも持っています。
その一つに、今年24歳になる息子が、10歳の頃から綴っているブログがあります。
子育ての記録を「家庭新聞」という形で出していたのですが、半分成人式…10歳の誕生日を境に、ブログに切り替えました。
昨日、そのブログを眺めながら、目に入ってきた記事を紹介します。
2005年の記事なので、息子が小学校5年生の時のエピソードです。
子どもの気遣い
2005年06月28日 11時07分30秒
土曜日のこと、出掛け先から帰って来た連れ合いの発した感情的な一言に、私の心の中のスイッチが入った。
詳しくは省くが、一瞬にして悲しく、情けない思いが私の大部分を占めた。
その場で私の非のある部分については、謝った。
暫くして、自分の気持ちを伝えたが、彼は返事もしない。
それがまた、情けなかった。
イヤ~な雰囲気が、家の中を漂った。
こうなると可哀想なのは子どもだ。
必要以上の気遣いをしているのが、目に見えてよく分かる。
息子は私のほうが話しやすいのか、「夫婦喧嘩してるん?」と聞きに来た。
「喧嘩じゃないよ、お母ちゃんがイヤな思いをして、悲しいだけ」とだけ伝えた。
「ゆうて(言って)来たるわ」と連れ合いの方へ。
その返事は芳しくなかった様子。
でも、息子は一部始終を見ていたから、私よりも連れ合いのほうが悪いと判断したようだ。
そして「2日やったら、離婚してもいいよ」と提案してくれた。
“2日”と言うのが、何とも子どもらしくて笑えてしまった。
それ以上になると、息子としてはかなり困るらしい。
そりゃそうだろう。
翌日、私は必要最小限の言葉しか発しなった。
息子は気になるのだろう、「まだ、普通にはできんの?」と聞いてくる。
悪い親だ。
2人で買い物に行ったときには、少ない小遣いの中から私にソフトクリームをご馳走してくれた。
「これはパパには内緒やで」と言って。
一生懸命に私を励まし、何とか仲直りをして欲しかったのだろう。
そして昨日、連れ合いはいつもよりも早く出勤し、遅く帰ってきた。
余程居心地が悪いと見える。
また息子の気遣いが始まった。
可哀想なくらいの気の遣いように、何故かおかしくなってきて笑ってしまった。
「おかーちゃんはパパに、どうして欲しいん?」と聞くので「謝って欲しい」と言った。
――― 息子は連れ合いに、見事私に謝らせ“もうあんな言い方はしません”と一筆書かせた。
『一筆』…度々約束を忘れる息子に、私がよくやる方法だ。
子どもというのは、夫婦が仲良くなければダメなものだと、しみじみ感じた一件だった。
普段は見せない子どもの気遣いが、おかしくもあり、健気でもあった。
息子が“2日”と初めに言ったように、これ以上になると子どものほうがヘンになるだろうな…と感じた。
色んなことを感じた今回の一件だった。
ゴメンね、タッくん。
そして、ありがとう。
当時、息子は父親を「パパ」私を「か~ちゃん」と呼んでいました。
この10年後の8月末…
息子はこの日の様に、酔って帰宅して私に暴言を吐いた父親に、「黙れ!殴られたいんか!」と殴りかかりました。
「アカン!」と言った私の声に、息子の拳は止まり、連れ合いは暴言を吐き続けました。
そして息子は私に「もうええやないか、いつまで我慢するんや?出て行こうや」と言い、1ヶ月後に家を出ました。
今、息子と2人で暮らしています。
生きていると色んなことがありますね。
聞こえますか?
奈良県當麻寺 水琴窟の音心地いい… pic.twitter.com/SaIgF3NaWN
— ひまわり♪ (@0530mhiromi) 2018年4月30日
水琴窟です
心癒されます
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お母さんを守ってくれていたんですね。
私も息子がおりますが男の子って優しいのですよね。
会話も娘よりもあるくらいです。
これからもずっとお母さんの味方で守ってくれますね。
頼もしい息子さんです。
親バカながら、いい子です。
負うた子に教えられ…という言葉がありますが、今では教えられることばかりです。
そして、よく話をします。
ずっと見ていたんでしょうね…
別居のきっかけになった息子の言葉でしたが、本人は全く覚えていないらしく、「オレのせいにするな」と、怒られています。σ(^_^;)