プリモピースの関西日記

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伊賀上野城のすぐ近く藩校時代の面影を残す国史跡『旧崇廣堂』に行ってきたよ~ その6【完】

2015-06-16 23:19:07 | 日記

庭から講堂を望んだよ~

ありゃ??講堂には立派な額だ!!

「崇廣堂扁額」(レプリカ)だ!!

崇廣堂の中心建物の講堂に掲げられている「崇廣堂扁額」は当時大規模な藩政改革の実をあげていた米沢藩主・上杉鷹山(ようざん)の筆によるもので崇廣堂」の名前は『書経』の「功崇惟志、業廣惟勤(功の崇きはこれ志し、業の廣きはこれ勤なり)」の一節からとられたもので『開業式講演筆記』によると開設の主旨は文人学者だけを育成するのではなく文武の士を創り国用軍事の大用に備えようとするためとされ当時の津藩の藩政改革に備える人材養成への意気込みがうかがえるね~
 
敷地南東角の『有恒寮』に来たよ~
 
有恒寮から見える講堂だよ~

9歳~16歳の寮だそうだよ~
…ありゃ??ボクも数年後には入寮する年齢なの??

旧崇廣堂はボクがいままで訪問した歴史施設でも有数の感動だったよ~
駐車場が弱点だけれども伊賀上野観光ではボクのもっともおすすめする施設の一つだよ~(ホントに超オススメだよ~)

【これにて『伊賀上野城のすぐ近く藩校時代の面影を残す国史跡『旧崇廣堂』に行ってきたよ~』編は終了です】
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