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小さき花-第6章~7

2022-09-18 19:23:36 | 小さき花

 こうして6日の間このローマの尊く珍しい主なる不思議を遊覧いたしました。そして7日目に一番尊く珍しい不思議なものを見ました。即ちこれは時の教皇レオ13世陛下であります。私はこの日を待ち望んでおりましたが、また一面に畏れを抱いておりました、この日に於いて私の運命が決まるのでありまして、未だ司教様から何の知らせもありませんでしたから、是非とも教皇陛下の御許可を願うより外に途がなく、これが私にとって唯一の手綱であります。ああ私は数人の枢機官を始め大勢の大司教や司教様の面前で、思い切って教皇陛下に嘆願せねばならないのでありました、かかる重いだけでも私の心を戦慄させました。
 私等がバチカン宮殿内にある教皇陛下の聖堂に入りましたのは、11月20日の日曜日の朝でありました。8時に教皇陛下のミサ聖祭に与りましたが、このミサの間は陛下はイエズス、キリストの代理者に相応しい熱烈なる信心によりて真に「聖父」と名付けられるのは当然であるという事を表しなさったのであります。
 このミサの福音には次の如き喜ばしい意味が含まれておりました『小さき群れよおそるることなかれ、汝らに国を賜う事は、汝らの父の御意に適いたればなり(ルカ12の32)』と、……私は天主様に激しく寄りすがるという感じが起こりまして、間もなく必ず「カルメルの王国」(修院)に入ることが出来ると信じて少しも疑いませんでした、その時に次の御言葉『わが父の我に備え給いし如く、我も汝等のために国を備えんとす(ルカ22の29』即ち我は汝等に十字架と種々の艱難苦痛を備えるから、これに耐えるならば汝等が我が国を受けるように値せられる……と、また『キリストは己が光栄に入る前に苦しみを受くるのが必要であった(ルカ24の26)』『御国に於いてその御側にいる事を望むらならば、彼の飲みなさった苦しみの杯を飲まねばならぬ(マテオ2の20)』……などという御言葉を思い出しませんでした、その時私は教皇陛下のごミサのあとで、たてられた感謝のミサにも与りました、そしてそれが終わるとすぐ謁見が始まりました。
 レオ第13世陛下は一段高いところに置かれてある肘付椅子に倚られ、質素な白い長い衣服を纏われ、白い肩掛けを召され、その側には司教や教会の高き位の人々が多数起立しておられます、謁見の礼式が予め教えられた通り、参拝者が各自代わる代わる御前に跪き、一番先に御足に接吻し、続いて御手に接吻し、終って掩祝を受けるのです、それが済むと二人の華族武官(華族の中、名誉として陛下の近衛兵たらんと志願せられし方々)が次の者と交代する事を知らせてくださるので、起って次の部屋に退くのであります。
 みな黙って謁見しますが然し私は是非ともお願いする決心でありました、ところがその時右側に立っておられたレベロニ副司教は参拝者に向かって、諸君がいちいち教皇陛下に話すことは断然出来ないという事を大声で知らされました、この副司教の言葉を聞いて私の心は非常に騒ぎました、、それでどうしたならば良かろうかという風をしてセリナの方を見ますと、セリナは「御話ししなさい」と申しましたそのうちにいよいよ私が拝謁する番が来ました。
 私は御足に接吻し、続いて手に接吻する時、両眼は涙に覆われながら「陛下、私はいま大いなる恩寵をお願いいたしとうございます」と申しました、すると陛下は直ぐに身を屈めて頭を近づけてくださいました。その時陛下の深い黒い瞳は私の霊魂の底までも貫こうとするように見えました。
 私は言葉を継いで「陛下の金祝の祝典(この年は教皇陛下の司祭になられてより50年目であった)を挙げられる時でありますから何とぞこの15歳になる私を「カルメル会修院」に入れる事を許可してください」とお願い致しました。
 側に居られたレベロニ副司教は、少し意外と不満足の様子で「陛下よ、この娘はカルメル会に入りたい児であります、しかし目下霊魂上目上の人がその資格を調査中であります」と申しました。
 教皇陛下は「さらば霊魂上目上の人の決める通りに従えよ」と仰せられました。
 私はこれを承って、陛下のひざ元で小さき手を合わせ「陛下よ、もし陛下が一言許すと仰せられるならば、他の方々は皆同意して下さるのであります……」と最後のお願いを致しました。
 陛下は私を見つめられて心の底までも浸み込むような力ある音調を以って、一句ごとに言葉を強められ「もし、天主様の聖慮ならば、必ず入るようになる」と、私は続いてお願いをしようとしますと、二人の武官は退けという合図をしました、しかし私はなおも掌を合わせてそのまま動かずにおりますと、副司教はこの武官に手伝って私を起立させました、そのとき私にとって父の如き好き教皇陛下は、手を私の唇にあててその手を挙げ掩祝せられ、長く私の方を見ておられました。
 謁見が終って後、父は私の涙を流している風を視て悲しまれました、父は私よりも前に謁見しておりましたので、私が陛下にお願いした事などを少しも知りません、副司教は父に対してはまことに親切でありまして、父の謁見の際には陛下に「この人はカルメル会の二人の修道女の父であります」と申し上げましたので、陛下も特別の親切を表すために、尊敬すべき父の頭の上にイエズス、キリストの聖名によりて、神秘的印象を与えられるかのよう御手を当てられました。ただいま天国に居られる4人の童貞女の此の父として、最早キリストの代理者の手を頭の上に置かれるのではなく天の王、童貞達の天配なるイエズス様の御手を受けて、永遠に消えない光栄を受けておられるのであります。



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