私はこの忘れる事の出来ない、愉快な喜ばしい初聖体、堅信の両秘蹟を受けた翌日からまた生徒となって学校に通いました。学校ではいつも成績が良く、学ぶ事はみなその意味を容易く記憶することが出来ました。しかし言葉通りに暗記することは非常に困難でありましたが、そのうち公教要理の暗記は立派に成功しました。この時分司祭は私を指して「小さき博士」と申しておりましたが、大方これは私の名が聖女テレジアと同じでありましたから、その名に対してであったと思います。そして休憩の時間には、いつも少し離れて生徒達の遊びを眺めつつただ一人高尚な問題について考え耽っておりました。私にとってこれは得意の気晴らしであったのです。また気に入る遊び方を工夫し、大きな樹の下に落ちてくる哀れな小鳥の死骸を探し拾い、同じ芝の中へ丁寧に葬って遊んでおりました。またときどき昔話などして聞かせておりましたが、後には大きな生徒達も遊びを止めてこれを聴きに来るようになりましたので、童貞から「今は遊び走る時間であって、口走る時間ではない」と云われ、終にこの弁士のお話しが禁められました。
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