白石勇一の囲碁日記

囲碁棋士白石勇一です。
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十段戦準決勝、山下ー余戦

2017年01月09日 23時59分59秒 | 囲碁界ニュース等
皆様こんばんは。
小池芳弘初段、残念でしたね。
しかし、日本代表として臨んだ3局は、今後の糧となる事でしょう。

さて、本日は十段戦準決勝、山下敬吾九段余正麒七段の対局をご紹介します。
両者の気合がぶつかった、中身の濃い対局でした。



1図(実戦白10~黒11)
山下九段の黒番です。
白1の飛びに黒2とコスミツケたのは、白Aのスベリを防ぐ、右辺重視の手です。
また同時に、黒B、白C、黒Dの切断を狙っているので・・・。





2図(変化図)
白1で黒Aを防いでから、白3に回るのが従来の打ち方でした。
しかし、白1と黒2の交換は黒を強くするので、できれば打ちたくないのです。
そこで余七段、工夫しました。





3図(実戦白12~白14)
実戦は、白1、3!
初めて見ましたが、打たれてみるとなるほどですね。
どういう事かというと・・・。





4図(変化図)
黒1、3に対して、白4の両当たりで凌いでいるのです。
白△と黒△の交換が働いていますね。
プロらしく、細かい所にもこだわりが見える打ち方でした。





5図(実戦黒15~白24)
左下の攻防にも、白の工夫が見えます。
白4の石が痛んで、形としては白が良くないのですが、早く白10の打ち込みに回りたかったのでしょう。
白Aと黒Bを打っていないので、黒2子の攻めまで狙っているのです。

とはいえ、黒としては後から入って来られた訳で、先に攻めたい所です。
色々な構想がありそうな場面ですが・・・。





6図(実戦黒25~黒27)
黒1のボウシは山下九段らしいですが、ある程度は予想できる手です。
しかし、当然の白2に対して、黒3とは!
白Aと裂かれたらどうするのでしょうか?
黒の意図が全く見えません。





7図(実戦白28~黒33)
果たして、実戦は白1の伸びでした。
すると、一転して黒6まで、右辺の白に迫って行きました。
黒△は、一体何だったのでしょうか?





8図(実戦白34~黒41)
しかし、黒8までと進むと、ようやく黒の意図が見えて来ました。
黒8によってAの傷を補強しつつ、下辺に勢力を築こうというのです。
黒△が、白の進出を止めるための重要な役割を果たしています。





9図(実戦白42~黒53)
白1から黒の弱みを衝いて来ましたが、黒△を捨て石に、ぴったり止める事ができました。
そして先手を取って、黒10の封鎖に回っています。
構わず白11と大場に先行しましたが、黒12から白を追及します。





10図(実戦黒73~白76)
右上は白△までと生きましたが、先手を取って黒1、3に回り、大模様が出現しました。
流石にここまで全て読み切りという訳ではないでしょうが、大体のイメージはできていたと思います。
6図黒3の時点から、50手近く先の図ですが・・・驚きの構想力です。

さて、ここで白4と消しに来られました。
黒はどんな態度で対応するべきでしょうか?





11図(変化図)
黒1など、中央を囲う手を考えられた方が多いのではないでしょうか?
素直な発想に見えますが、実は良くないのです。
昨日出て来た格言を思い出してみましょう。
そう、厚みを囲うなです。

黒9までと厚みを囲った結果、確かに確定地ができますが、白10となると左上一帯の白もかなりの大きさです。
中央の黒地が大きく見えるでしょうが、かなり手がかかっているので、効率で言えばそれほどではないのです。
そこで山下九段は、厚みを違う形で活用する事にしました。





12図(実戦黒77)
黒1と、白を分断!
厚みを地にするのではなく、戦いで活用しようというのです。
いかにも山下九段らしい、力強い着想ですね。
黒7以下、激戦に突入しました。





13図(実戦黒163)
その後、黒△と打った場面です。
左上黒4子、左下黒2子の捨て石なども使い、戦いの中で中央をまとめる事に成功しました。
また、11図と違って、上辺が黒地になっています。
恐らく黒優勢でしょう。

しかし、ここからの余七段のヨセが巧妙でした。
じわじわと追い込み、勝負は分からなくなっていきます。





14図(実戦黒269~白270)
最終的には、Aの所のコウに勝った方が半目勝ちという、際どい勝負になりました。
黒1のコウ立ては、山下九段の最後の勝負手!
そして、余七段の白2の下がりが、冷静な勝着!

どういう事かというと、本来黒1では、2の所にハネた方がコウ立ての数が多くなるのです。
しかし、それでは1コウ足りず、黒の負けが確定しています。
そこで黒1と紛らわしい手を打ち、白のミスを誘いました。
それに対して白が1の右に切ったりすると、黒のコウ立てが1つ増えます。
するとコウは黒が勝ち、碁も黒半目勝ちとなります。

しかし、白2が正しい応手で、もう左下にはコウ立てが利かなくなりました。
Aのコウは白勝ちで、碁も白半目勝ちになります。
山下九段としては、これはあまりにも悔しい結果です。
何故なら、もし時間繋ぎで打った黒△が無ければ、黒1では2のハネを選び、コウに勝てていたのですから・・・。

そこであえて黒Bの無コウを打ち、1目損をしての1目半負けを選びました。
山下九段の無念さが表れた終局だったと思います。
人間同士の戦いは、結果だけでは表せないドラマがありますね。


さて、激闘を制した余七段は、今村俊也九段と、十段挑戦権を争う事になりました。
10年ぶりのタイトル戦出場を目指す今村九段、井山十段への雪辱を目指す余七段、どちらも絶対に勝ちたい勝負でしょう。
見逃せない戦いですね!