*岸本鮎佳作・演出 公式サイトはこちら 下北沢・駅前劇場 11日まで
突然俳句の話だが、句を作る際に注意しなければならないことのひとつに、「類句類想を避ける」ことが挙げられる。歳時記に掲載の例句をよく読み、似たような発想、同じような措辞はできるだけ避けて、自分だけの表現を目指そうというものだ。その一方で、「まずは自分が感じたことを大切にすべき」と、類句類想を避けるあまり、委縮して自由を奪われてしまうのを懸念する声もある。どちらもほんとうであると思う。
小学校のPTAを題材にした芝居というと、ここ数年のあいだにもたちどころに数本が思い浮かぶ。学校という特殊なコミュニティにおいて、教師というこれまた特殊な職業に就く人と、親というこれまた厄介な存在が衝突し、もつれ、紛糾するが、どちらも子どもを大切に思えばこそという一点で歩み寄り、和解の糸口に導かれる…といった展開をつい、想像してしまう。
優等生の〇〇くんが実は、PTA会長の〇〇さんがほんとうは、〇〇先生と〇〇先生が実は実は…という具合に、関わる人々の秘密が明かされていくという流れもありがちである。両親の離婚や再婚、いじめの問題、疲弊する教師等々の時事ネタも巧みに織り込まれ、笑いながらも身につまされる…といった観客の受け止め方まで想像が及ぶ。
ありがちな設定や「ありそうな展開」のほとんどが惜しげもなく盛り込まれ、少々作りすぎなキャラ設定、なかには実にえげつない人物もあり、それらがいささか戯画めいたドタバタ騒動劇風に展開するのだろうか…と匂わせたが、予想をみるみる裏切って加熱する舞台に前のめり。いや、大変失礼をいたしました。
新年度の会長を決める場面に始まり、初夏の運動会、夏のプール清掃、秋の文化祭?と季節ごとの行事を背景に、誰一人積極的に喜んで参加していないPTAという不可思議なコミュニティがあやうい均衡で保たれていたところを、文化祭の劇の練習で遂に沸点に達し、あわや崩壊にまで追い込まれる。その描写の容赦ないこと。にも拘わらず、客席の笑いはどんどん高まり、劇場ぜんたいが盛り上がっていく。
冒頭の俳句の話に戻ると、本作のいちばんの強味は、類想を恐れることなく、自分たちはこれを描きたい、舞台に乗せたいという気持ちを誠実に表した点にある。またほとんどの人物に心情の吐露、爆発の場を設けながら、同時に悔しい気持ちを必死で堪え、けろりと笑って見せるところも描いているところも好ましい。スナックを経営している母親が、親が水商売だから子どもの教育がなっていないと非難された場面、彼女のキャラならば、きっと胸のすく啖呵をと期待したが、黙ったままであった。この人はこれまで何度もこうやって堪えてきたのだろう、そうして三人の子を懸命に育ててきたのだ。
PTAと教師がミュージカルのゾンビ物語?を稽古する場面は、それまでのもめごとや騒動が小気味よいくらい丹念に盛り込まれ、劇中の人物の熱い演技から、本作そのものの稽古の熱気が感じられて圧巻である。大橋秀和の『わたしのゆめ』の誠実ゆえの痛み、関根信一の『にねんいちくみ保護者会』の温かさ、そしてもし土屋理敬なら、どんな舞台になるのか想像しただけで恐ろしくも楽しみなPTAという絶好の素材をもって、艶∞ポリスはオリジナルのPTA物語を構築した。
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