劇作家の変貌と飛躍、若手演劇人の企画力と実行力溢れる舞台に出会えた1年でした。
深く温かく、刺激的な時間をありがとうございます。
劇評サイトwonderlandの「振り返る私の2010」も合わせてどうぞ。
*二兎社公演 永井愛作・演出 『かたりの椅子』
因幡屋通信35号で「何て綺麗な月」のタイトルで劇評にまとめました。
*劇団印象公演 鈴木アツト作・演出 『匂衣(におい)』 、『霞葬(かすみそう)』
2本について書いた「えびす組劇場見聞録35号」の記事はこちらです。
*プロジェクトあまうめ 『よせあつめフェスタ』
*project BUNGAKU太宰治
*風琴工房code.28 『葬送の教室』
相変わらず小劇場通いに精を出したなかに、忘れられない舞台が3本あります。
*文学座 『女の一生』
*文化座 『大つごもり』
*民藝 『十二月-下宿屋四丁目ハウス-』
いずれも超のつく新劇の老舗劇団が再演を重ねた財産演目であり、若手から中堅、ベテランも含め、劇団の総力を挙げて上演されたものです。数年前にくらべて、自分がいわゆる新劇の公演に足を運ぶ機会はめっきり減りました。新しいもの、違うものへの関心が強く、劇評執筆の軸足もほぼ完全に小劇場に移行したかと思っていたのですが、この3本には背筋が伸びる思いがいたしました。新しい⇔古い 違う⇔同じ という単純な図式では語れないものが、確実にある。演目によってはこれまで何度も見て戯曲や原作も読んでおり、「知っている話」のはずなのに、一瞬も眠気に襲われず、それどころか、からだじゅうの細胞が生き生きと動き始めるかのような感覚を味わいました。「間然するところがない」とはまさにこのことだ、そう実感しています。
俳優も劇団も世の中も日々変化していきます。そのなかで集団を維持するのは大変な労苦があるでしょう。上記3劇団が50年、60年と続いているのは驚異的なことです。偶然ですが、今年は若手劇団の解散をいくつか見聞きしました。解散後に新しく旗揚げしたユニットの、容易ならざる船出の様相が案じられますし、賑々しく行われた解散公演の舞台裏には、ことばに尽くせないほどの現場の苦労があったことでしょう。集団を作ること、維持することと同じくらい、それ以上に終わらせることにもエネルギーが必要なのだと想像します。
これは新劇、あれは小劇場だとジャンル分けすることに意味はないと思いながらも、たとえばサンモールスタジオと三越劇場では舞台も客席も、年齢層がおそらく数十年レベルで異なっており(ほんとう!)、軽い時差ぼけのような感覚に襲われます。そのどちらも自分には必要であることをはっきりと認識しました。
「天を仰いで、星を数えることができるなら、数えてみるがよい」 旧約聖書 創世記15章5節
数えられません。多くの劇場でさまざまな舞台に出会い、星々の美しさに感嘆しながら、いったい自分はどんなことばでこれらを表現できるのか、慄然と茫然と立ちすくんでおります。
この1年、因幡屋通信、因幡屋ぶろぐをお読みくださいまして、ほんとうにありがとうございました。演劇という宝を与えられた人生に感謝しております。来年もどうぞよろしくお願いいたします。
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