因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

劇団民藝公演 『ある八重子物語』

2020-12-26 | 舞台
*井上ひさし作 丹野郁弓演出 公式サイトはこちら 東京芸術劇場シアターイースト 27日終了
 賑やかな12月の日本橋・三越劇場を訪れるのは毎年の楽しみであったが、今年は東京芸術劇場での上演となった。初の民藝+こまつ座提携公演であり、有森也実が客演することも話題である。ひとつ置きではなく、座席を全て使用しての上演は11月の文学座公演『五十四の瞳』以来か。

 本作の初演は1991年11月、水谷八重子十三回忌追善の劇団新派特別公演である。配役がまたすごい。八重子に心酔する古橋医師に菅原謙次、八重子そっくりの「音楽のような声」を持つ柳橋芸者花代に水谷良重(現・二代目八重子)、姉さん芸者月乃に光本幸子、同じくゆきゑに波乃久里子、その弟で「女形研究」に熱中するあまり徴兵忌避者になってしまった大学生一夫に中村勘九郎(十八代目勘三郎)、つまり実生活の姉と弟が舞台でもきょうだい役を演じたわけである。

 初代水谷八重子は、作者の井上ひさし曰く「それまで存在しなかった『新劇』という新しい演劇の方法を日本に根づかせようとし、それまで存在しなかった『女優』という新しい職業を日本に確立させようともした」(初演パンフレットより)時代の先駆者であった。だがさまざまな事情で「新劇」から「新派」への転身を余儀なくされ、やがて劇団新派の大黒柱となる。

 不思議に思うのは、劇団新派には「新派女形」というものがあり、即座に思い浮かぶのが英太郎で、本作初演にも、まさに新派女形二代目小森新三役で出演ししている。そこへさらに「女優」が加わることの意味と効果は?そして八重子が退かざるを得なかった「新劇」の老舗劇団である民藝は、本作に対してどんな方向を目指すのか?

 丹野郁弓(演出)は、公演パンフレット掲載の井上麻矢(こまつ座代表)との対談において、「(本作は)新派に当てて書いているが中身は新劇」、劇中には新派の舞台の名場面や名台詞がふんだんに出て来ることについても、「登場人物たちはみんながそれらしくごっこ遊びをしてい楽しんでいるっていうだけなので、新劇でやるには超えなきゃいけないハードルが高いとはいえ、そこさえなんとかクリアできれば」と語っている。

 昭和16年から21年までが物語の舞台であるが、戦中戦後の暗さや逼迫した雰囲気はなく、井上作品の多くに見られる反戦や平和を強く訴える場面もない。上記の対談で丹野が語るように「陰気じゃない」作品である。女形研究に勤しむ一夫が芸者の恰好をして、医院に薬を貰いに来た新派女形の新三と『明治一代女』のやりとりをする場面があるが、一夫役の塩田泰久、新三役のみやざこ夏穂とも実に達者で、しかも楽しそうに演じており(稽古は大変だったはずだが)、本作でなければ観ることのできない一幕であった。芸者の衣裳を歌舞伎の早変わり顔負けの猛スピードで着付ける場面では、「着付けのおじさん」三人衆を演じる若手俳優の奮闘が気持ちよい。芸者役の女優方の所作も美しく、民藝が和物芝居をきっちりできる劇団であることの証左であろう。

 二代目八重子の声は独特のかすれ声であり、決して鈴を振るような美声ではない。しかし台詞を語らせるとまことに端正で美しい調べとなり、耳に心地よいのである。自分は初代八重子の声を聞いたことはないが、本作の初演で花代を演じた良重の登場の第一声「表にどなたもお出になりませんので、ぶしつけながら、お勝手口にまわらせていただきました」を、何とか想像することはできるし、古橋医師の「音楽のような声だ」にも共感できそうだが、今回の有森也実の声と台詞まわしにはいささか違和感があった。

 声は控えめながら楽しそうに笑っておられる年配の男性客あり、その笑いの箇所から新派劇に詳しい方とお見受けした。前述の一夫と新三の『明治一代女』名場面など、客席大いに沸くところだが、観劇中もマスクを着用しており、「会話は控えめに」とさんざんアナウンスとされていることもあって、思い切り笑うことを躊躇う空気があるのは致し方ないだろう。これにて2020年の観劇納め。静かな観劇に慣れて笑い方を忘れないよう、しかし感染予防対策はしっかりと…を心がけて締めくくりたい。

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