▼映画「ロストケア」見上げる景色と、見下ろす景色
社会問題化する老老介護、高齢者の独り暮らし、現役世代にとっては安心には程遠い年金システム、
ヤングケアラーの増加、高齢者を取り巻く数々の課題は新型コロナウィルスにとって加速度的に深刻化している。
3月24日公開予定の「ロストケア」は、介護問題に切り込んだ葉真中顕の同名原作を
長澤まさみ、松山ケンイチという、今最も芝居の出来る30代といっても過言ではない二人を
主演に迎えて映画化したドラマ。
共演は鈴鹿央士、坂井真紀、戸田菜穂、藤田弓子、柄本明。
監督は「こんな夜更けにバナナかよ」「そして、バトンは渡された」の前田哲。
ある日の朝、民家の一室で介護生活を送っていた老人と、
訪問介護センターの所長の遺体が揃って発見された。
防犯カメラの映像から、センターで働く斯波宗典(松山ケンイチ)が
捜査線上に浮かび上がり身柄を確保したが、斯波が担当した高齢者の家族は
皆一様に素晴らしい介護士だと証言する。
担当検事の大友秀美(長澤まさみ)は、事務官の椎名(鈴鹿央士)と共に
訪問介護センターの記録を細かく調査し、他のセンターに比べれ異常に死亡率が高いこと、
死亡報告が斯波の休みの日に集中していることを突き止める。
死者の数は40人以上。
大友は斯波を呼び出し事件の関与を問い詰めると、彼は真っ直ぐに大友を見据えて言った。
『自分がしたのは「殺人」ではなく「救い」です』
(c)「ロストケア」製作委員会
斯波の主張に対し、「それはあなたの傲慢だ」と言い切る大友は
自身の母親を月数十万はかかりそうな好待遇の介護施設に預けている。
一方の斯波は、そんな生活とは無縁の人々が、介護のストレスに押し潰されそうになりながらも
「自分の親だから」と世話をし、身を粉にして働く姿を毎日見つめている。
『介護』という問題を、仕事の合間に思い出すだけの大友と、
当事者とその家族に寄り添う斯波の主張が相容れないのは当然だろう。
立っている場所が違えば、そこから見える景色も当然異なる。
「絆は呪縛でもある」と喝破する斯波に対し、大友が返せる言葉などありはしないし
仮にあったとしても、その言葉は絆に苦しめられている人々を救いはしない。
では、斯波のやったことが救いだったのかと言うと、これも法的にも倫理的にも違う。
最善策は何かあれこれ考えてみても、どの選択肢も最終的には日本のシステムの不備が障壁となってしまう。
斯波の行動は許されることではないが、少なくとも快楽殺人ではないしシリアルキラーと呼ぶのも抵抗がある。
介護問題に正解はない。
その人の置かれた立場や経済状況に応じて正解は変わるし、自分と違った正解を出した人を責める資格は誰にもない。
斯波の主張に動揺を隠しきれない大友とシンクロし、彼の苦悩や行いを少なからず理解できてしまう私も
いつか「そちら側」に行ってしまうのではないかと、2時間考えさせられた。
この映画を「こんなのはサイコパスの都合の良い言い訳だ」と思える人は
介護問題がまだ遠くにあるか、あっても大友のように経済的に余裕のある人なのだろうと思う。
それはとても幸せなことだ。
(c)「ロストケア」製作委員会
予告編や宣伝文句は松山ケンイチの狂気と長澤まさみの正義感が激突する
サスペンスのように作られているが、本作の肝は「正義にも落ち度があり、犯行にも一理ある」ことで
二人が対面する前半の取り調べのシーンに凝縮されている。
舞台劇のような掛け合いはまさに旬の二人ならではの緊張感があり見応え抜群なのだが
映画として見た場合、斯波の半生を描いた前半に旨味が偏っていて
大友に視点が移る後半で失速してしまうのが惜しい。
斯波の父親を演じた柄本明の芝居が強烈過ぎて、原作がどうなっているかはわからないが
いっそあのシーンを後半に持ってくればと思ってしまった。
斯波を演じた松山ケンイチは、取り調べ中は極力感情をコントロールし、穏やかに諭すように語りかける。
人並みの生活から弾き出され、救済システムからも取り零されてしまった
男の悲哀が瞳の奥に滲んで、少し冷たそうにも映るが冷徹さは感じない。
松山は2019年頃からまた一段と芝居に磨きがかかっていて、今絶頂期かもしれない。
今の日本では避けて通れない、むしろ今後ますます増加するであろう介護問題に一石を投じる良作。
当事者か否かで様々な感想が出るであろうが、それも含めて色んな人と語り合いたくなる作品だ。
エンディングで流れる森山直太朗の「さもありなん」が素晴らしいのでお聞き逃しなく。
映画「ロストケア」は3月24日公開。
▼「ロストケア」を観て思い出した作品
配信中■Amazonプライムビデオ:恋人たち
「ハッシュ!」「ぐるりのこと。」の橋口亮輔監督が2015年に発表した作品。
社会的弱者に対し理不尽なシステム、冷徹なコミュニティ、行き場のない怒りや寂しさのやり場を、
全編通して登場する『水』をキーワードに繋いでゆくオムニバス形式のドラマ。
篠原篤、成嶋瞳子、池田良ら色のついていない役者達が、私達のすぐ隣にもいそうな市井の人々を
リアリティたっぷりに演じている。
主要人物3人のエピソードが均等割ではないために、ザッピングで描いていくと
どうしても篠塚アツシ(妻を通り魔に殺害された男)に意識が集中してしまい
きちんと膨らませれば単独主演でも物語が作れそうな
高橋瞳子(姑と夫との3人暮らしに退屈している主婦)が割を食っている気がして何とも勿体なかった。
逆に四ノ宮(ゲイの弁護士)のパートはこの2人に加えるほどのエピソードを持っておらず、
物語を構成する三角形の形がやや歪なことやリリー・フランキーや木野花を活かし切れなかったことも惜しい。
良く出来ていることは疑いようもないのだが
前作から7年もかけたからにはもう少し突き詰めて欲しかった。高望みし過ぎだろうか。
*「恋人たち」は2023年3月16日現在U-NEXT、Huluで見放題配信、
Amazonプライムビデオ、dTV、Apple TV、Google Playでは有料レンタル中。
配信中■Amazonプライムビデオ:東京難民
2014年の作品。
ふとしたきっかけで学籍も部屋も失い、転がるように「当たり前の生活」から遠のいてゆく若者の姿を描いたドラマ。
主演は「潔く柔く」「なぞの転校生」の中村蒼、共演は大塚千弘、青柳翔、山本美月、井上順。
監督は「陽はまた昇る」「半落ち」の佐々部清。
親の仕送りが止まる可能性を考えず怠惰な大学生活を送り
賃貸業者からの督促状すら未開封のまま机に放り投げていた修の転落を自業自得で片付ける人も多いに違いない。
しかし、請求書の束を中身の確認もせずに放置した経験は私にもあって
昨日と同じ今日が明日も続くと考えていた時期もあった。
家族の早世と私自身の交通事故(轢き逃げ)によってその考えは無くなったが、
身を以て経験してみて、ようやく実感できることは意外に多い。
修のような生活を過ごしている大学生はきっと山ほどいるはずで
誰にでも起こり得る事のひとつの例として、この映画はとても恐ろしい。
佐々部監督らしい実直な演出は井上順の登場する後半で活きてくるが
転落の始まった序盤を除くと歓楽街で働く若者にスポットを当てた凡庸なドラマになっていて惜しい。
序盤と終盤をもっと膨らませ、ホスト部分を軽く流していれば傑作にもなり得たはず。
本作の大学生限定試写会にて、配給会社がこんな質問をしたらしい。
「もしあなたが主人公の修と同じように親が失踪し、資金の援助もなくなり
大学もバイトも住む場所も貯金もなくなったら東京で生きていく自信はありますか?」
回答は、「はい」6%、「いいえ」93%、「無回答」1%。
*「東京難民」は2023年3月16日現在U-NEXTで見放題配信、
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