忍之閻魔帳

ゲームと映画が好きなジジィの雑記帳(不定期)。
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【デイヴィッド・リンチの訃報に寄せて】「エレファントマン」と私の25年

2025年01月18日 | 作品紹介(映画・ドラマ)


▼【デイヴィッド・リンチの訃報に寄せて】「エレファントマン」と私の25年

*本記事はリンチの代表作のひとつである「エレファントマン」が
生誕25周年を記念して2004年11月20日に劇場公開された際に紹介した
2005年3月8日公開の記事に加筆・改稿したものです。


「エレファントマン」が上映された1981年当時、私はまだ坊主頭のガキんちょであった。
100席にも満たない田舎の映画館で見たことを今でも良く覚えている。
「エレファントマン」を「象人間」と直訳し、ホラー映画ブームに便乗した作品だとしか思っていたので
布切れを被っている間のやり取りがひどく退屈で、布を剥ぎ取る瞬間だけを待ち詫びていた。
ジョン・メリックという人間の素顔を知ろうともせず、ただただ、肥大した頭部と瘤だらけの背中を嫌悪し、
辿々しい口調をキャラ付けだと誤解して、ゲラゲラ笑いながら観ていた。
看護婦に怯え、花束に涙するジョン・メリックを「ホラー映画にしちゃ随分弱い化け物だ」と見下し、
「これなら怖くないよ!」と自信満々だった。あの頃の私は、まさに見世物小屋の客そのものだった。

25年という時間を経て改めて観た「エレファントマン」には、
「完全な善意」も「完全な悪意」も存在していないことに気付かされた。
いや、気付いたというより、2005年現在の私にはそう見えたというのが正確だろうか。
極悪人に見えた見世物小屋の親父から愛情を、フレデリック医師からは外科医としての悪意を感じた。
もちろん、リンチがそういう意図で描いたかどうかは分からない。
リンチはと自らの作品を長々と解説するような無粋な真似をあまりしない監督なので
「ブルーベルベット」や「マルホランドドライブ」のような不可解な作品に出会うと
少しでもリンクの脳内を覗き見たくなって何度もリピートしてしまうのだ。

ケンドール夫人の招待した舞台には、夫人の言葉通り「夢」が詰まっていた。
物語の最後にジョンが枕を使って眠ったのは、まだ叶っていない夢を叶えたかったからなのだろうか。
「人間らしく生きること」が無理なのだと悟ったのだろうか。
自分の死期を悟り、もう充分と考えたのだろうか。
愛しい母親に会いに行ったのだろうか。
いつの日か、「あぁ、こうだったんだろうな」と分かる日が来るのだろうか。
私にはまだまだ分かりそうもない。


2005年3月に書いた紹介記事からさらに20年が経過して、リンチの訃報に触れることになってしまった。
M・ナイト・シャマラン、ラース・フォン・トリアー、アリ・アスターなど、
独自の世界観を持った作品を撮る監督は他にもいるが、リンチほど振り切った監督はいない。
唯一無二と言って良いと思う。

辻褄や謎解きに囚われてしまうと映像と音楽の洪水に飲み込まれてしまうし、
完全に身を預けてしまうと戻って来られなくなるのではと不安に駆られる。
「何年か経って見たらもう少しわかるだろうか」と思いを遺して年を重ね、
数年後にまた観返してみるのが私のリンチ作品との付き合い方だった。
観るものに決して優しくないが、匙を投げるにはあまりにも惜しい魅力的な世界から離れられない。
「マルホランド・ドライブ」も「インランド・エンパイア」もそうだった。
そんなリンチが1999年に発表した「ストレイト・ストーリー」は予想外の心温まるロードムービーで
あの作品を劇場で観終えた瞬間に、「私の好きな映画監督ベスト10人」入りしたのだった。

78歳は映画監督としてはまだまだ若い。
昨年8月には「長年の喫煙により肺気腫を患っています」とXで公表。
煙草への愛は変わらないながら、健康を考えて2年の禁煙生活を送っていることを明かし
「この楽しみ(喫煙)には代償があり、私にとってその代償は肺気腫です」と綴った。
訃報と肺気腫が関係しているのかは不明だが、こんな形で名匠を失うのは辛い。

謹んでご冥福をお祈りいたします。




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映画「陪審員2番 /JUROR #2」正義より大切なものが、時に正義を歪める

2025年01月11日 | 作品紹介(映画・ドラマ)


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▼映画「陪審員2番 /JUROR #2」正義より大切なものが、時に正義を歪める



配信中■洋画:U-NEXT独占|陪審員2番

アメリカ映画界の生きる伝説、クリント・イーストウッドの最新作「Juror #2」が
「陪審員2番」として2024年12月20日よりU-NEXTで独占配信中。
ある殺人事件の容疑者の裁判で陪審員(2番)に任命された主人公が
審議が進むうちに被害者の死と自身が無関係ではなかったのではと思い始め
申し出るべきか黙っておくべきかで苦悩する姿を描く。
主人公には「X-MEX」「ウォーム・ボディーズ」のニコラス・ホルト。
検事役には「ヘレディタリー 継承」のトニ・コレット。
その他の出演者はJ・K・シモンズ、クリス・メッシーナ、ガブリエル・バッソ、ゾーイ・ドゥイッチ、
キーファー・サザーランド、エイミー・アキノ、エイドリアン・C・ムーアなど錚々たる顔ぶれ。
海外では劇場公開もされ、全米映画批評家協会が選ぶ2024年の10本にも選出されている。

イーストウッド作品が劇場公開をスルーして配信になったことは残念。
製作がワーナー・ブラザースで、ワーナー運営の配信サービスであるMaxのオリジナル映画として
発表されていたのだから、日本はMaxと独占契約を交わしているU-NEXT独占になったということだろう。
一部では劇場公開を希望する署名活動も立ち上がっている。





監督業を活発化さた2004年の「ミリオンダラー・ベイビー」以降の作品で問い続けてきたのが「正義とは何か」。
本作は20年かけて様々な正義を描いてきたイーストウッドが93歳で辿り着いた集大成的な内容。
検事・弁護士・裁判官・陪審員・被害者遺族・加害者家族・証言台に立つ人々、それぞれの立場で考える正義が交錯する
陪審員制度を通して、正しい判断を貫く難しさや、正義より大切なものが、時に正義を歪めることも描いている。

出産間近の妻を愛する主人公・ジャスティン(ニコラス・ホルト)は温厚で真面目な青年だが、
アルコール中毒からの飲酒運転で事故を起こし、身を滅ぼしかけた過去を持っている。
断酒会に参加し自らを律し続けて4年が経過したジャスティンにとって、
素行も悪く世間から偏見の目で見られがちな被告の男は、昔の自分と被る部分もあったに違いない。
更生の道半ばのジャスティンと、恋人を失くしたことで人生のやり直しを決意したばかりの被告。
12人の陪審員の中で、世間の無理解や差別的な視線の冷たさを誰よりも知っているであろうジャスティンは
被告を助けるため真実を明らかにしなければと主張する正しさと、
真実に辿り着いた瞬間に、代わりに自身が終身刑を受けるかもしれない恐怖との板挟みで悩み続ける。

この法廷において、裁かれるべきは誰なのか。
被告の無実を証明する確固たる証拠も、視界不良の大雨の中でジャスティンが衝突したのが鹿で無かった証拠もない。
精査すればわかるかもしれないが、その作業を多くの陪審員は望んでいない。
子供のために早く帰りたい母親も、ただ警察に協力し喜んでもらいたくて曖昧な記憶のまま証言台に立つ老人も、
誰もが悪意で行動しているわけではない。
世間の多くが感じる「悪そうなやつ」は、もう悪いでいいじゃないかで片付けようとする。
男が無辜である1%の可能性に言及するより、家族との時間が大切だと考えるのは責められることではない。
昇進のために勝ち(有罪確定)を急ぐ検事(トニ・コレット)の杜撰さは権力の正しい行使ではなく、
職務怠慢として責められるべきだが、彼女もまた、元刑事の陪審員(J・Kシモンズ)の言葉をきっかけにして
「心臓が息の根を止めるまで真実に向かって浸走れ、それが刑事だ」(@SPEC)の刑事魂を取り戻していく。
登場人物の誰かには自分を重ね合わせられるように作られているはず。
「もし自分がこの場にいたら」と考えながら、あっという間の2時間だった。

現代の日本でも、詳細が明らかにならないまま、感情が暴走し束になって人を裁く場面にしばしば遭遇する。
反論を封じられた状態で拡散されるネガティブな情報は、精査されることなく広がり続け歯止めが利かない。
後に真実が明らかになったとしても、その時に世間の興味が別のニュースに移動していれば誰も気に留めない。
ひとつの事象について「間違っているかもしれない」と一旦立ち止まる重要性を、私達は今一度肝に命じなければならない。

映画「陪審員2番」はU-NEXTで独占配信中。


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▼こちらの作品がお好きなら「陪審員2番」もお勧め

昨年11月に紹介した「正体」の関連オススメとも被るので、ここでは1本だけ。


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娘をレイプされた挙げ句に殺された母親が、なかなか犯人逮捕に至らない地元警察の不甲斐なさに腹を立て
自腹で広告看板を出したことから始まる人間ドラマ。
主演は1996年の「ファーゴ」以来、2度目のオスカー受賞となったフランシス・マクドーマンド。
共演はウディ・ハレルソン、サム・ロックウェル。
監督は「セブン・サイコパス」のマーティン・マクドナー。
2018年度のオスカーではフランシス・マクドーマンドが主演女優賞、サム・ロックウェルが助演男優賞を獲得。
作品賞は残念ながらノミネート止まりになってしまった(作品賞は「シェイプ・オブ・ウォーター」)が、
オスカーの前哨戦と言われる英国アカデミーやゴールデングローブでは作品賞も受賞している。



未解決事件の被害者の母親の心境は如何許りか。
それぞれの立場の人間達が、多少の言葉足らずはあれど(一部を除き)真摯に対応していて、
真犯人以外に明確な悪意の存在しない、片田舎の町の空気が映画全体を厚い雲で覆っている。
娘を殺された母親を演じたフランシスの執念と自己嫌悪が、勧善懲悪では割り切れない
現実的な問題の中でのたうち回り、時に人を傷つけ、自分をも追い込んでしまう。
その怒りや切なさが手に取るようにわかる。
地元民から愛される警部や、差別意識の強い部下、うまい話にはすぐ乗るものの
権力には滅法弱い広告業者など、脇役達とのアンサンブルも素晴らしいの一言。

「ここで終わったら最高の映画だな」と感じたまさにその瞬間にエンドロールに突入し、グゥの音も出なかった。
放心状態のままエンドロールを眺めていたのを今でもはっきりと覚えている。
2015年のオスカーで作品賞を穫った「スポットライト」は、
作品の背景を想うとやるせない気持ちになったりもしたのだが、
こちらは最後に提示される小さなピースが明るい未来を予感させてくれて
重苦しい作品でありながら観賞後の気持ちは清々しい。
未見ならば是非ご覧いただきたい。




配信中■Amazonプライム:アメリカン・スナイパー
発売中■Blu-ray/DVD:アメリカン・スナイパー

クリント・イーストウッド監督が84歳で発表したのが「アメリカン・スナイパー」。
米海軍のエリート部隊ネイビー・シールズの一員としてイラク戦線で活躍し
160人以上を射殺した伝説の狙撃手クリス・カイルの伝記ドラマ。
クリス・カイル自身が書いた回顧録「ネイビー・シールズ 最強の狙撃手」に
感銘を受けたブラッドリー・クーパーが映画化を思い立ち権利を獲得。
主演だけでなく製作にも名を連ねるほどの熱の入れようで体重が100kgを超えていた
クリスになりきるべく18kgも増量し、一瞬誰か分からないほどの変貌を遂げて本作に臨んでいる。

2001年のアメリカ同時多発テロをテレビで見ていたクリス・カイルが、
脅威に晒されたアメリカを守るためネイビー・シールズの一員となり、一流の狙撃手として活躍する様子を描いた本作は
クリスの功績を誉め称えるアメリカ万歳映画ではない。
合計で4度もイラクに渡り、狙撃によるイラク人の死者総数255人のうちの6割にもおよぶ160人を手にかけたクリスは
仲間内から”レジェンド”と賞賛され、国内で英雄視される一方で、愛する妻や子供との幸せな生活を完全に失ってしまう。
「殺せば殺すほど名声を得る」ことへの違和感が、巨大な火柱となってクリスを丸ごと包み込んでしまうのだ。
911以降、アメリカ全土で大変な患者数になっていると聞くPTSD問題は、英雄と呼ばれる男でさえも例外ではなかったのである。

イーストウッドの描く戦争映画には、常に『やるせなさ』が漂っている。
アメリカ側に立ってイラク戦争を正当化しているわけでもなければ、声高に戦争反対を訴えかけているわけでもない。
こちらに正義があるのなら、向こうには向こうの正義もあるのだろう。
力を力で押し返したところで、相手に遺恨を残すだけで何も解決しない。
テレビでニュースを見るだけの私達は刻々と変化する戦況に一喜一憂するが、最前線では若い命が次々に失われている。
そのことがたまらなく辛いと、そう呟いているように見える。
「父親たちの星条旗」「硫黄島からの手紙」の2作も、ひとつの出来事をアメリカ側、日本側から描くことで
どちらの言い分にも耳を傾け、結論はやはり『やるせない』だった。
「父親たちの星条旗」でも、戦争の資金集めのため広告塔に祭り上げられた兵士達が、
豪華なケーキのイチゴソースに血を想起するシーンがあった。イーストウッドの戦争観は一貫している。

もしクリスがあと数十年生きていたなら、PTSDを克服したとしても
「グラン・トリノ」の頑固爺さんであるウォルトのような年寄りになってたかも知れない。
狙ってやったかどうかはさておき、「父親たちの星条旗」「グラン・トリノ」
「アメリカン・スナイパー」はイーストウッドの戦争三部作と言える。
「生きてれば」と書いたことからお察しの通り、クリス・カイルは2013年2月2日、38歳の若さでこの世を去った。
退役して間もなく、PTSDに悩む帰還兵のためのNPO団体を設立したが
その活動の最中にPTSDを患った元海兵隊員に射殺されたのだ。
映画化が決定した当初、まだクリスは存命中でブラットリー・クーパーも会っていたが
このあまりにも皮肉な出来事によって映画も結末を変更せざるを得なくなった。
『戦争とは、人が人を殺すことなのだ』と今一度心に刻むためにも是非この作品を観て、様々なことを感じ取って欲しい。
音楽の流れない沈黙のエンドロールに、貴方は何を感じるだろうか。




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1996年のアトランタ五輪開催中に起きた爆弾テロをめぐる実録ドラマ。
会場の警備員として多くの命を救い、一躍時の人となった男が
一転して事件のテロの容疑者してマスメディアに蜂の巣にされる様子を描く。
主演は「アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル」のポール・ウォルター・ハウザー。
共演はサム・ロックウェル、キャシー・ベイツ、オリヴィア・ワイルド、ジョン・ハム。

ヒーローとして持ち上げておいて、疑惑が持ち上がるや容赦なく掌を返すマスコミの恐ろしさと
簡単に扇動に乗ってしまう民衆、結論ありきの捜査を強引に押し通そうとする警察権力。
ひとりの人生を切り取ることで社会全体の問題を浮かび上がらせる
イーストウッドのシンプルで力強い物語構成は本作でも健在。
冷静に事の成り行きを見つめる視点が素晴らしかった。
息子の無罪を信じ、堂々と証言台に立つ母親の愛情の深さを表現した
キャシー・ベイツはアカデミー助演ノミネートも納得の名演。
垂れ流される情報を精査し、何が正しいのかを見極めるのは最終的には自分自身。
これは、今の日本にも共通した問題でもある。
重いテーマだが着地は良い話であり、爽やかな感動と教訓を与えてくれる良作。
是非ご覧いただきたい。




【ネタバレ有】映画「正体」若者が絶望しない世界に|原作・WOWOW版との比較など

結論ありきの捜査で正義を歪める警察という意味で「正体」にも通じる。



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ディズニープラス「照明店の客人たち」”どこかで暮らしている”という救い|ネタバレ・考察込み

2024年12月23日 | 作品紹介(映画・ドラマ)


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▼ディズニープラス「照明店の客人たち」”どこかで暮らしている”という救い



配信中■洋ドラ:ディズニーオリジナル|照明店の客人たち

ディズニープラスでも1,2を争う傑作ドラマ「ムービング」の制作陣が送る新作ドラマが先日完結した。
真っ暗な夜道を彷徨う人達の拠り所のように佇む一軒の照明店と
店を訪れる様々な人々との物語を描くヒューマンミステリー。
主人公を演じるのは「キングダム」シリーズのチュ・ジフン。
脚本と原作は「ムービング」と同じカンフルが務め、
監督は「ムービング」でジョンウォン高校の教師チェ・イルファン役を演じたキム・ヒウォンが初メガホンをとる。
カンフルが13年前に描いたコミックをベースに、当時描き足りなかった部分を補完しながら脚本を仕上げたという。
全20話構成、1話あたり1時間以上のエピソードもあった「ムービング」に比べると
1話あたり40分程度で全8話とかなりコンパクトにまとめられている。

出会いよりも別れが多くなる年齢に差し掛かった私は、今年も多くの知人や親族を見葬った。
別れを重ねるほど、死は誰にも等しく訪れるものなのだと念押しをされているように感じる。
そしてそれは私自身も例外ではないのだと。

全8話中、初週で一気に4話が配信され、残り2週をかけて2話ずつ配信された理由が良くわかる。
1話を見た時は「これはまた面白そうなホラーだ」とワクワクし
2話3話と進めるうちに、恐怖や不気味さの奥に寂しさや悲しみを感じるようになり
本作が単なるホラードラマでないことが見えてくる。
そして迎えた4話で明かされる衝撃の事実。
5話以降の怒涛の展開と、涙腺を刺激する人間模様の数々。
そうだったのかと膝を打つ脚本の巧さは「ムービング」以上と言っていいだろう。
このドラマは、別れを経験した人達と、これから別れを経験するであろう人達に向けた救いの物語である。
とある街を舞台にした群像劇、という意味では「ラブアクチュアリー」に近い。
そんな馬鹿なという声も聞こえてきそうだが、本当にそうなのだ。(季節も同じクリスマス)

このドラマを100%楽しむには、予備知識ゼロが望ましい。
まっさらな気持ちで触れるほど、見終えた時に得られる感動は何倍にもなっているはず。
しかし前情報なしでは見る気にもならない方も多いと思うので
以下はネタバレを含みながら書き進めていく。



*以下はネタバレを含みます。



本作の世界にはいくつかの階層があり、それぞれの場所で多くの人が暮らしている。
端的に言えば「既に亡くなっている人」「昏睡状態の人」「生きている人」で
ICUに勤務している看護婦のひとりが、臨死体験を経て生と死の狭間に居る人と
コミュニケーションが取れるようになっており、彼女の存在が照明店の店主と並ぶ物語の核になっている。
謎の男が営む照明店は狭間を漂う人々の生死を分ける場所であり、
店内に飾られた無数の電球は、住人達の命の灯。
自らの意思で探しに来たものだけが、現生に戻る(意識を回復する)ことが出来る。

聴覚障害を持つ女性と結婚を前提に付き合っている男性、青春を謳歌する男子高校生、
仲の良い母と娘、目立たないように暮らしている年の離れたカップル、飼い主に尽くす犬、
事件を追う刑事、様々な愛の形が用意され、導き出す答えも様々。
傍目には不幸な最後に見えても、当人同士はそれで幸せだったかもしれないし
九死に一生を得たことが、最愛の人との永遠の別れとなってしまうこともある。
手にしたチケットを破り捨てる愛も、身を裂かれる思いで送り返す愛も、きっと全て正しい。
それぞれの選択に説得力があり、涙腺が緩んでいたところに
まさかの照明店の店主にもある秘密が明かされる。これはさすがに読めなかった。
カンフル恐るべし。

私たちは大切な人を見送った時に、何かしらの慰めを頭や心に用意する。
墓参もそうであろうし、線香を焚くのもそう。思い出話に花を咲かせるのもそう。
「どこかで見守ってくれている」と考えることも
旅立った犬が虹の橋で遊んでいると思うのも、全てそうであって欲しいという切なる願いでもある。
忌野清志郎が亡くなった時に、大親友だった母が落ち込んでいないか、娘の坂本美雨が様子を見に帰ると
矢野顕子はケロっとしてこういったという。

「別に寂しくない。ちょっと住む世界が変わっただけで、いつかまた会えるじゃない」

このドラマが描いているのは、この時のアッコちゃんの言葉に近い。
誰の元にも等しくやってくるお別れに、残された私達が縛られないようにというカンフルからのメッセージなのだ。
悲しいエピソードもたくさんあるが、総じてこれは愛の物語になっていて温かい。
(最後の最後に少し暴走した愛も描かれているが、それも含めて愛だ)



本作でもうひとつ重要なのが「ムービング」の世界と繋がっていること。
原作からしてそうだったのか、カンフルが遊び心で入れたのかは不明だが
最終話では「ムービング」のヒロインである再生能力を持った(=怪我をしない)少女チャン・ヒスが登場し
本作がカンフル作品のシェアード・ユニバースであることが判明する。
「ムービング」は既にシーズン2の制作が決定しており
「照明店の客人たち」の人物があちらに登場する可能性は十分ある。
「ムービング」好きも今のうちにチェックしておいて損はない。




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DVDも廃盤になりサブスクにも入っていないので
お勧めできないのがもどかしいのだが
2004年に公開されたオムニバスホラーの「THREE 死への扉」に収録された
「ゴーイング・ホーム」という短編を見た時の感動に近かった。
韓国・タイ・香港の3人の監督が手掛けていて
「ゴーイング・ホーム」を撮ったのはピーター・チャン。
2016年には当BLOGでも絶賛した「最愛の子」を撮っている。
撮影を担当したのは、日本人監督からも絶大な信頼を得ているクリストファー・ドイル。
この「ゴーイング・ホーム」だけでもなんとかサブスクで復活して欲しい。

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私的2018年度No.1「ブリグズビー・ベア」が再注目されているので改めて紹介したい

2024年11月30日 | 作品紹介(映画・ドラマ)


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【随時更新】Amazon ブラックフライデー は11月29日〜12月6日

11月29日よりAmazonのブラックフライデーセールが開催中。
効率の良い回り方と要点まとめは上記のまとめ記事でご確認を。

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▼私的2018年度No.1「ブリグズビー・ベア」が再注目されているので改めて紹介したい


発売中■Blu-ray・DVD:ブリグズビー・ベア
配信中■Amazonプライムビデオ:ブリグズビー・ベア

2018年公開作品の中で私がNo.1に挙げていた「ブリグズビー・ベア」が俄かに注目を集めている。
こういった形で世の中に見つかることに少し複雑な気持ちもあるが
名作であることに変わりはないので、映画公開やBlu-ray発売時に当BLOGで掲載した記事の内容をまとめてみた。

「ブリグズビー・ベア」は、アメリカの人気番組「サタデー・ナイト・ライブ」で人気の
コメディユニット「GOOD NEIGHBOR」のメンバーであるカイル・ムーニーが脚本・主演を務め、
同じくメンバーのデイヴ・マッカリーが監督を務めたドラマ。
制作は「LEGOムービー」のフィル・ロード&クリストファー・ミラー。
共演はクレア・デインズ、マーク・ハミル、グレッグ・キニア。



赤ん坊の頃に誘拐され、外の世界を知らないまま25歳を迎えた青年ジェームス。
彼の元には毎週「ブリグズビー・ベア」というタイトルの教育ビデオが届けられていた。
外の世界を知らないながらも、それなりに平穏に暮らしていたジェームスだったが
ある日突然警察がやってきて、優しかった両親が実は赤ん坊の頃に自分をさらった誘拐犯であることを知らされる。
突然解放され、初めて見る世界に驚きと戸惑いを隠せないジェームスだったが
一番の不満は「ブリグズビー・ベア」の新作が見られなくなってしまったこと。
あの作品は偽りの両親が彼のために作った物語で、ハナからこの世には存在しなかったのだ。
未完のままでは気持ちの整理がつかないジェームスは、自ら「ブリグズビー・ベア」の映画版を製作し
シリーズを完結させることを思いつく。


ユーミンが何故子供を作らなかったのか、欲しくはなかったのかと問われた時に
「子供って何も描いていないまっさらなキャンバスのようなもので、そこに何でも描くことができる。
あまりにも自由であまりにもピュアなその存在に、自分の思想や価値観が染み込んでいくことが
恐ろしかったし、その責任を取れる自信がなかった」と言っていたことがある。
美大に通っていたユーミンらしい表現だ。
本作のジェームスも誘拐犯の両親が作った「ブリグズビー・ベア」を知育教材として楽しみ、吸収して大人になった。
生みの親(被害者)の歯痒さと育ての親(加害者)の一途さに囲まれながら
自分をここまで導いてくれた「ブリグズビー・ベア」を頼りに、少しずつ世界を広げていく姿に何度も涙腺が緩んだ。
誘拐した両親が間違っていたとしても、2人が紡いだ物語はジェームスにとっては紛れもない本物で
それは外の世界に出てからも変わらない。
「最愛の子」や「ルーム」といった事件に親子の絆を絡めたヒューマンドラマの要素と
「ラースと、その彼女」や「FRANK -フランク-」などの生き辛い青年が奮闘する成長物語をミックスし
こんなにもハートウォーミングな結末に着地させるのはお見事というしかない。
少なからず「世間知らず」を自覚している大人子供の私にとっては、
「スター・ウォーズ」でルーク・スカイウォーカーを演じたマークにこんなことを言われたら泣くしかないじゃないか。

映画好きで大人オタクの自覚ある私にとって、これが2018年公開作品のNo.1だった。



▼そして「スパイダーマン:スパイダーバース」へ


配信中■Amazonプライムビデオ:スパイダーマン:スパイダーバース

【予習・復習用】映画「スパイダーマン:スパイダーバース」アメコミ好きもアニメ好きも全員劇場にGO

マーベル映画ブームの火付け役となった「スパイダーマン」を劇場用アニメーションとして製作した
「スパイダーマン:スパイダーバース」はフィル・ロード&クリストファー・ミラーが製作・脚本を務めている。
ヒーローだったピーター・パーカーを失い落胆する世界を舞台に
2代目スパイダーマンとなった少年マイルス・モラレスが
違う次元からやってきたスパイダーマン達と協力して巨悪に立ち向かう爽快アクション。
声の出演はシャメイク・ムーア、ヘイリー・スタインフェルド、リーヴ・シュレイバー、
リリー・トムリン、そして「グリーンブック」でオスカーを受賞したマハーシャラ・アリ。



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【ネタバレ有】映画「正体」若者が絶望しない世界に|原作・WOWOW版との比較など

2024年11月27日 | 作品紹介(映画・ドラマ)


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▼映画「正体」若者が絶望しない世界に



11月29日公開■邦画:正体 公式サイト
配信中■Amazonプライムビデオ:藤井道人 関連作品一覧
配信中■Amazonプライムビデオ:横浜流星 関連作品一覧

染井為人の同名ベストセラーを「新聞記者」「青春18×2 君へと続く道」の藤井道人監督が映画化したサスペンス。
殺人の罪で死刑判決を受けたひとりの若者がある日脱走し、各地で潜伏生活を送りながらの逃走劇を繰り広げる。
威信にかけてどこまでも追いかける警察と、先々で男を匿う人々との綱引きはどんな結末を迎えるのか。

主演は来年のNHK大河ドラマの主演も控えるなど、今最も勢いに乗っている俳優・横浜流星。
藤井監督とは2018年の「青の帰り道」以降、Netflix「新聞記者」「ヴィレッジ」「パレード」と
何作もの良作を生み出し続けてきた最高のコンビで、本作も企画から公開までに4年もの歳月を費やして完成させた。
男と出会う人々には「ガンニバル」の吉岡里帆、「だが、情熱はある」の森本慎太郎、「ミスミソウ」の山田杏奈。
被害者遺族に原日出子、西田尚美。警察側の人間には前田公輝、松重豊、山田孝之。
その他にも宇野祥平、駿河太郎、木野花、田中哲司ら実力派キャストが多数参加している。
主題歌はヨルシカの「太陽」。



私は原作未読でWOWOW版も後からチェックしたので、映画版が最初の「正体」だった。
観る前は、殺人犯が逃亡中に立ち寄った先々で様々な人と出会い、
罪を犯した人間にも別の側面があることを描いた人間ドラマだろうと思っていた。
福田和子事件をモチーフにした藤山直美主演の「顔」のような、
憎みきれない犯人像を横浜流星を通して藤井監督が描くのだろうと思っていたが、全く違っていた。
本作は逃走劇を主体とした作品ではなく、大人たちの作った社会に絶望したひとりの若者が
「この世界は生きるに値するか」「大人たちの中に信じるに足る人間はいるのか」を確かめるためのロードムービーなのだ。

<以下は直接的な表現は避けていますがネタバレにも抵触しています。>



「10人の真犯人を逃すとも、1人の無辜(むこ)を罰するなかれ」
(例え10人の真犯人を逃したとしても、1人の無実の人を処罰してはならない)

周防正行監督の「それでも僕はやってない」にも出てくる刑事事件の大原則を、今の警察は守れているだろうか。
自白を強要する違法な取り調べがあったとメディアに取り上げられることもあるが
警察の捜査が時折驚くほどいい加減なことを、私も身をもって経験している。
轢き逃げにあった時も、犯行に使った車まで特定しながら犯人逮捕には至らず
「大阪は毎日事件が起きてますんでね。轢き逃げいうても骨折程度の事件にずっと構ってられんのですわ」と
世間話でもするかのような口調で私の携帯に電話をしてきて、あっけなく捜査は終了した。

話が逸れたので映画に戻す。
早期解決を急ぐあまり杜撰な捜査を行ったり、一度逮捕した犯人に対し「誤認逮捕でした」とは
口が裂けても言えない警察の安い面子の為に、どれほど多くの声が封殺され、不当判決に涙を飲んできたことだろう。
名誉を回復できないまま他界した人もいるだろうし、何十年も無実を訴え続けている人もいる。
「諦めて罪を認めた方が楽」という悪魔の囁きに屈することなく闘い続けるのは常人には難しい。
事件から58年、死刑確定から44年が経過した2024年10月に無罪判決を勝ち取った袴田事件のようなケースは
非常にレアで喜ばしいことだが、再審までに要した時間と長く辛い日々を思うに、
再審請求→無罪確定のモデルケースにするにはハードルが高過ぎる。
何より、人生の大半を「犯罪者」の烙印を押されたまま過ごしたことは取り返しがつかない。
藤井監督は「憤りにしろ悲しみにしろ、何か心が動かされた時にしか(脚本を)書けない」と語っていた。
映画&Netflix版「新聞記者」で現代社会や政治に対して強い憤りを感じていた監督が
次なる作品としてこの原作に着目したのは自然なことだったのかも知れない。



人はミラーボールのように、何年付き合っても知らない一面が出てくるもの。
見えてきた新しい面を理解し受け入れて、私も私で隠し持っていた新しいカードを切りながら
互いの「まだ見えていない部分」を埋めて行く作業が、生きるということなのだと最近思うようになった。
Aさんと会っている時の私と、Bくんと会っている時の私と、Cちゃんと会っている時の私と、
どれが一番あなたに近いのですかと問われたところで「全て私です」としか答えようがない。
全てが「私の一部」であって、「私の全部」ではないからだ。
しかしどんな私も「芯」の部分は変わらない。

鏑木も逃走する過程で顔や名前を変えて潜伏しているが
偽名を使い変装をしていても、履歴書をめくればそこには真面目で聡明な青年がいる。
「鏑木の芯」は変わっていないのだ。
世間を震撼させた殺人犯の正体が、心優しい人間なのか、それすらも演技なのか。
表面的な部分に惑わされず、自分の直感を信じると決めた人々が一人二人と手を差し伸べるようになっていく。
出会った人々が灯す信頼という火が、暗闇で独りもがく鏑木の心を照らし、真実を追い求める原動力となる。
鏑木が何故凶行に及んだのか。動機はあったのか。警察は十分に調べたのだろうか。
証拠固めもそこそこに犯罪者だと断定し、本人の証言は軽んじられたまま罪が確定する恐ろしさは
当事者でなければわからない。国家権力を敵に回してでも鏑木が手に入れたかったものとは。

現実の事件はこんなに簡単に事が運ばないであろうし、最初の現場仕事はさておき、
編集部や介護施設にどうやって就職できたのかなど細かな疑問で引っかかるところはある。
しかし本作においては敢えてそこは不問にしたい。
「若者が未来に絶望する世の中ってどうなの」と藤井監督に突きつけられたメッセージを
真摯に受け止めて、若者の瞳を濁らせない大人でありたい。

横浜流星は「悪人」の妻夫木聡や「流浪の月」の松坂桃李に匹敵する圧巻の芝居だった。
潜伏先で知り合った同僚(森本慎太郎)、職場の先輩(吉岡里帆)、同じ職場の年下の女性(山田杏奈)を相手に
表情から口調まで全て異なった顔を見せ、かつ鏑木の人間性には1本筋が通っているという
難しい芝居を見事に演じ切っている。
人との接触を避ける素振りを見せながら、瞳の奥には雨に濡れた仔犬のような寂しさと
人恋しさを宿す鏑木像は、後述するWOWOW版の亀梨和也とはまた違う純真さがあって胸を締め付けられる。
先日発表された報知映画賞では公開前ながら作品賞・主演男優賞を獲得したらしいが
今後発表されるその他の映画賞でも大本命になること間違いなし。
森本慎太郎、吉岡里帆、山田杏奈の3名も皆それぞれに素晴らしかった。
面会室で鏑木と会話している森本慎太郎からはアイドルの顔が完全に消えていたし、
鏑木に「逃げて」と声をかける時の吉岡里帆の表情は「紙の月」の小林聡美に匹敵する鳥肌モノの芝居だった。

若者の希望を大人の事情に押し切られる形で摘み取ってしまったことを
ずっと悔いている又貫刑事を演じた山田孝之は映画の重心のような存在で、
彼の抱いている葛藤が、とかく長いものに巻かれがちな私と被る部分も多かった。
又貫刑事の気持ちを汲んでしまえることが、無辜を裁く世の中を作る手助けになってはいないか、
我が身に置き換えながら見ているところでの面会室でのやり取りに泣かされてしまった。

私的には「悪人」「怒り」に匹敵する傑作。
きっとこれから、何度となく繰り返して観ることになるはず。
上記の2作がお好きな方は是非とも劇場で。

映画「正体」は11月29日より公開。



▼原作・WOWOW版について


配信中■Kindle: 正体 / 染井為人
配信中■Amazonプライムビデオ:正体(WOWOWドラマ版)

原作小説「正体」では、鏑木は警察に射殺された後に真犯人が見つかるという非常にやるせない結末になっている。
2022年に制作されたWOWOWのドラマ版(全4話)は、主演を務めた亀梨和也の実年齢に合わせて
鏑木の設定が18歳から32歳へと変更されている。
この年齢変更によって「社会に出る前に社会に絶望してしまった若者」という鏑木の苦しみが物語から削がれてしまい、
オーソドックスな逃亡劇になってしまった感は否めない。



映画では登場人物の構成を変更したり、宗教施設のパートを丸ごと削るなど大胆なアレンジが施されているが
ドラマ版は時間的な制約が緩い分、もう少し原作に近い展開になっていて、こちらはこちらで面白い。
ドラマ版の鏑木は潜伏先で出会った人の力を借りつつも、基本的に自力で道を切り拓く強さがあり、
映画版の鏑木よりタフに描かれている。
又貫刑事の最後の法廷での視線がやけに冷たかったり、安藤との関係が映画版よりずっと色っぽかったりと
逃亡犯を主人公にしたヒーロードラマになっているのは、
近年アイドル映画を多数撮っている中田秀夫(ドラマ版の監督)らしいアプローチと言えるだろう。
亀梨は眉毛のアートメイクが悪目立ちしてしまい、逃亡犯にも関わらずズバッと眉毛が整っていたり、
食事のシーンでワイングラスを持つ仕草がサマになり過ぎていたりと、ところどころで素の亀梨が顔を出すのが惜しい。
映画版では原日出子が演じていた被害者遺族も、ドラマ版では寝起きすぐにばっちりメイクの黒木瞳が演じているため
アルツハイマーと言われてもピンと来ない。リアリティという面で映画版に比べて大分劣るのは事実。

映画版・ドラマ版に共通しているのは、原作とは異なる結末になっている点。
原作者である染井氏はドラマの結末に対し「小説とは違う結末だったけれど、
鏑木君はきっと感謝していると思う」とコメントを寄せた。私もそう思う。
「正体(WOWOWドラマ版)」はAmazonプライムビデオの他、U-NEXT、Netflix、Hulu、FOD、TELASA、DMM TVでも配信中。



▼こちらの作品がお好きなら「正体」もお勧め


配信中■Amazonプライム:それでも僕はやってない

「Shall We ダンス?」の周防正行監督が同作の撮影終了後から3年もの時間をかけて取材し、
2009年から施行される裁判員制度の施行前に完成させた冤罪事件をテーマにした作品。
就職の面接試験を受けるために電車に乗っていた青年が痴漢と非難され、そのまま拘留されてしまう。
すぐに釈放されると信じていた青年を待ち受けていたのは、自白を強要する不当な取り調べと示談金の支払いを勧める弁護士。
「痴漢をした」と決めつけている人間しかいない状況で闘う決意をした青年だったが、無罪を勝ち取るための壁はあまりにも高く,,,。
本職の弁護士をして「実際の裁判と驚くほど似ている」と舌を巻いたと言われるほどリアリティを追求した作りは
かつて伊丹十三監督の助監督を務め、伊丹作品の裏側に密着したドキュメンタリーを撮ってていた頃の香りが漂う。
周防作品=明るく楽しい娯楽作品という固定観念さえ無ければ、得られる物の多い出来の良い法廷モノとしてお勧め。




配信中■Amazonプライム:エルピス ―希望、あるいは災い―

「エルピス-希望、あるいは災い-」はフジテレビ(制作は関西テレビ)のメディアとしての矜持を示した傑作ドラマ。
かつてはエースを務めた看板女子アナが、流されてたどり着いた深夜バラエティで
とある未解決事件の関係者と知り合い、事件の真相を追ううちに
メディアや政治にまで深く関与し、隠蔽していた事実を掘り返してしまう。
果たして一介の女子アナと若いスタッフに国を揺るがす大事件を覆すことができるのか。全10話。

実際の冤罪事件を参考文献に執筆された本作の脚本は
「ジョゼと虎と魚たち」「メゾン・ド・ヒミコ」「その街のこども」の渡辺あやによるもの。
プロデューサーの佐野亜裕美はもともとTBSに在籍していたが、内容に上層部が難色を示し却下されてしまう。
その後、「カルテット」で組んだ脚本家の坂元裕二の勧めもあって関テレに移籍し
「大豆田とわ子と三人の元夫」を手がけた後に満を持して発表したのが本作という、まさに執念のプロジェクトなのだ。

真相を究明する女子アナには長澤まさみ、共に行動する新米ディレクターに眞栄田郷敦、
事件のきっかけを作ったメイクスタッフに三浦透子、長澤の元カレを鈴木亮平が演じている。
演出は「モテキ」「バクマン」の大根仁。
本作の演出法は、過去の大根作品で言えば福山雅治主演の「SCOOP!」に近い。
「SCOOP!」のリリー・フランキーに該当するのが、本作では長澤の上司を演じた岡部たかしだろう。
長澤まさみ・鈴木亮平の二枚看板の豪華さはもちろんだが、ドラマを引っ張る熱量で言えば圧倒的に眞栄田郷敦。
Netflixドラマ「新聞記者」の横浜流星と同じように、眞栄田郷敦はバトンを手渡された次の世代の代表として描かれている。




配信中■Amazonプライム:罪の声
配信中■Amazonプライム:悪人
配信中■Amazonプライム:怒り
配信中■Amazonプライム:流浪の月
配信中■Amazonプライム:友罪
配信中■Amazonプライム:64 前編 後編

「正体」もTBS制作ということで、やはり「罪の声」や「64」などの作品と手触りが似ている。



★しのびんのほしいもの&いつか買うリスト

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映画「アングリースクワッド 公務員と7人の詐欺師」ダイジェストの如きスピード感

2024年11月20日 | 作品紹介(映画・ドラマ)


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▼映画「アングリースクワッド 公務員と7人の詐欺師」ダイジェストの如きスピード感



11月22日公開■邦画:アングリースクワッド 公務員と7人の詐欺師

韓国ドラマのヒット作「元カレは天才詐欺師 38師機動隊」を
「カメラを止めるな!」で大ブームを巻き起こした上田慎一郎がメガホンをとり
日本人キャストでリメイクした「アングリースクワッド 公務員と7人の詐欺師」が22日より公開。
心優しい真面目な税務署員が詐欺被害に遭ったことをきっかけに、
捕まえた犯人と交渉して、脱税王から10億円を奪い取り納税させる計画を思いつく軽いタッチのクライムサスペンス。
主演は「八犬伝」の葛飾北斎から「きのう何食べた?」のケンジまで作品によって様々な顔を見せる内野聖陽。
若き天才詐欺師に、昨日高畑充希との結婚を発表したばかりの岡田将生。
彼もまた「ドライブマイカー」から「ゴールド・ボーイ」まで幅広い役を演じ分ける若き演技派。
この二人がタッグを組むだけでも期待は膨らむというもの。
共演には川栄李奈、森川葵、真矢みき、小澤征悦。



現在Leminoにて本作の前日譚となるエピソードを全3話の連続ドラマとして配信中。
18日現在はまだ1話のみで、2回目は21日の予定。
1話を見た感じ、こちらの主演は岡田将生で、仲間を集めるきっかけとなった詐欺事件話を描いているようだ。
映画を観に行く前に見ても良いし、後から補完する形でも問題はない。



オリジナルの韓国ドラマ版は1話あたり65分の全16話構成。(*私は未見)
これを2時間の映画にしようというのだから、エッセンスを抽出するだけでも
駆け足になってしまうのは仕方のないところなのだが、
なら何故、最初の中古車購入詐欺にあんなにも長い時間を割いてしまったのだろう。
タイトルが出るまでに30分ぐらいはあっただろうか。
おかげで残り90分で仲間を集め、計画を立てて実行に移し、敵を騙さなければならなくなり
彼らの立てた計画が地面師詐欺だったために、Netflixで大人気のドラマ「地面師たち」との
比較が避けられなくなってしまった。
Netflixの「地面師たち」も割と力任せに進める部分があり、天才集団の緻密な計画というには
やや物足りなさがあったのだが、本作は詐欺師のメンバーの個性をほとんど活かせないまま
いつの間にか計画が完成し、トントン拍子に相手が誘いに乗ってきてしまうため
コンゲームの醍醐味が薄くなってしまっている。

詐欺師の活躍する邦画には「コンフィデンスマンJP」という傑作シリーズがあり、
ダー子(長澤まさみ)達が張り巡らせる罠の周到さと
獲物の懐に飛び込んで築いた信頼関係を、終盤のどんでん返しで全て吹き飛ばす爽快感には程遠い。
おそらく原作は16話(65分x16話=1040分)を使って主人公の家族や
脱税王周りの物語も、収監されている天才詐欺師の父親の話も、個々のメンバーの背景も描いているはず。
複雑に絡みあった人間模様の場面場面をなぞるだけで物語を繋げてしまっているために
誰についての物語にも食い足りなさが残ってしまう。
特に岡田将生の家族については、もっときちんと踏み込むべきだったのでは。

先日テレビ朝日で放送されていたドラマ「スカイキャッスル」も全く同じだった。
オリジナルの全20話を日本版では9話に縮めたために非常に薄味の物語になってしまった。
韓国ドラマはほとんどの場合1話が長く話数も多いため、日本の地上波でドラマ化したり
2時間の映画にするのは土台無理があるのだと思う。

内野聖陽と岡田将生は相変わらずの上手さで芝居については全く文句はない。
むしろ彼らが熱演するほど「勿体無い」と感じてしまった。
「オーシャンズ」シリーズのようにキャラを立たせて物語を後ろに回すか
「コンフィデンスマンJP」のように最初から2時間の物語と決めて脚本を練るか
「地面師たち」のように縛りの少ない配信で映像化するか
この原作を日本でリメイクするのなら、映画以外の方法で映像化して欲しかった。
ただ、私がたまたま「地面師たち」も「コンフィデンスマンJP」も見ていたからこその不満でもあるので
どちらも見たことのない方ならばサクッと楽しめる復讐ドラマとしてお勧めはできる、か。

映画「アングリースクワッド 公務員と7人の詐欺師」は11月22日より公開。


配信中■Amazonプライムビデオ:元カレは天才詐欺師 ~38師機動隊~
配信中■Amazonプライムビデオ:上田慎一郎 関連作品一覧
配信中■Amazonプライムビデオ:内野聖陽 関連作品一覧
配信中■Amazonプライムビデオ:岡田将生 関連作品一覧

2024年11月現在、韓国ドラマ版「元カレは天才詐欺師」はU-NEXTで見放題配信中。
日本版を見る限り、オリジナルは相当面白そうなので時間があれば見てみたい。

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映画「八犬伝」虚と実の重量感の差が惜しい|「南総里見八犬伝」「里見八犬伝」との違いも解説

2024年10月24日 | 作品紹介(映画・ドラマ)


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▼映画「八犬伝」虚と実の重量感の差が惜しい



小説・映画・ドラマ・コミックなど、今なお多くの作家や製作陣に影響を与え続けている
滝沢馬琴の長編小説「南総里見八犬伝」がどのような変遷を経て完成に至ったのかを描く伝記ドラマ。
馬琴の執筆をすぐ側で見続けてきた葛飾北斎や妻、息子らと紡ぐ家族の物語を縦糸に、
馬琴の描く八剣士の物語を、VFX技術を駆使して映像化したファンタジー活劇を横糸にして織り上げた149分の大作。
原作は山田風太郎の小説「八犬傳」。
幼い頃に八犬伝に触れ興奮したという「ピンポン」の曽利文彦が監督と同時に脚本も兼任している。
出演者は滝沢馬琴に役所広司、葛飾北斎に内野聖陽、馬琴の妻に寺島しのぶ、息子に磯村隼斗、息子の妻に黒木華。
伏姫の託した玉を持つ八犬士には、渡邊圭祐、鈴木仁、板垣李光人、水上恒司、松岡広大、佳久創、藤岡真威人、上杉柊平。
宿敵・玉梓に栗山千明、伏姫に土屋太鳳、浜路に河合優実と、旬の若手を贅沢にキャスティングしている。
途中登場する劇中劇のパートでは七代目・市川團十郎を中村獅童が、三代目・尾上菊五郎を尾上右近が演じる
アツい配役がされており、劇場支配人の鶴屋南北として立川談春も登場する。



ふたつの物語をザッピングしながら描く手法は煩雑になりがちなのだが
本作の場合は「実の世界」と「虚の世界」が切り替わるため、2時間半の長尺ながら物語が非常にわかり易い。
ひとたび切り替わればそこでは若き八犬士達が特撮ヒーローの如き雄叫びをあげながら剣を振り回し、
また切り替われば役所広司と内野聖陽の軽妙なくすぐり合いにクスリとさせられる。
挿絵を描いて欲しいと頼む馬琴を弄ぶように、下絵だけ描いては持ち帰る北斎とのやり取りは何とも微笑ましく
役所馬琴と内野北斎だけで1本の映画にして欲しかった。
本来なら虚実の両パートが均衡を保ちながら進まなければならないはずなのだが
あまりに芸達者なふたりの存在感が、「虚の世界」で活躍する八犬士を完全に呑み込んでしまっていて
馬琴の物語だからそれで正解なのか、本来の意図とは違っているのかを監督に聞いてみたい。



私は「里見八犬伝」(1983年公開。以降は角川版と表記)世代なので
「虚の世界」のパートでの比較は避けられず、JACスター勢揃いの角川版からのパワーダウンが半端ないのだ。
ちなみに、2作はどちらも馬琴の書いた八剣士の物語ではあるものの、ストーリーが大きく異なっている。
それについては本記事の後半で紹介するが、ひとまず本題に戻そう。

角川版の八犬士がヘビー級なら、本作の八犬士はミドル級にも程遠く、せいぜいライト級かフェザー級といったところ。
敵役も玉梓が夏木マリから栗山千明では勝負にならない。
浜路の河合優実も、全く彼女の良さが出ていなかった。
角川版では八剣士の中心人物であった親兵衛は本作ではほぼ空気。
ちなみに演じている藤岡真威人は藤岡弘の息子で、2020年にセガ創立60周年を記念して
せがた三四郎の息子・せが四郎としてメディアデビュー。
先日から始まった実写ドラマ版「ウイングマン」では主演を務めている。

原作が違うのだからストーリー展開が異なるのは仕方ないとはいえ
演者も演出も外連味の塊とも言える角川版に比べると芝居が圧倒的に軽く、演出もVFX頼みで迫力に欠ける。
旬の俳優を集めた超豪華な2.5次元舞台、と書くとその筋のファンの方に怒られるだろうか。
唯一頑張ったのは、犬坂毛野を演じた板垣李光人。
角川版でも登場した暗殺シーンは、志穂美悦子の見惚れる剣術とはまた違ったアプローチでなかなか良かった。
皆がああいった形で角川版とは違う魅力を見せてくれていれば印象は随分と変わっていたはず。
ここまで「実の世界」のキャストを実力派で固めるのであれば
「虚の世界」は「キル・ビル」のように、いっそアニメで作っても良かったのではないだろうか。
「平家物語」「犬王」のサイエンスSARUあたりに頼めていれば...。

「実の世界」は、物語進行と同時に馬琴の作家としてのプライドの高さやへんくつさ、
良き父・良き夫ではなかった部分を浮かび上がらせていて見応えは抜群。
特に北斎と連れ立って芝居を観に行く場面での立川談春とのヒリヒリするやり取りこそが
本作の最大の見所とも言える。
辛い現実が多い世の中で、せめて物語の中ぐらいは最後に正義が勝つ物語を作りたいと主張する馬琴と
空蟬に漂う毒を露悪的に舞台に取り入れる南北は、まさに水と油。
しかしどちらかが言い負かすまでは続けず、わだかまりを残したまま剣を収め、互いの信じる日常に戻っていく。
この場面を見れただけでも、149分付き合って良かったと思える。
反面、馬琴の妻の寺島しのぶは最初から最後までヒステリックに悪態をついているだけで、
息子の磯村隼斗もいつの間にか病に倒れてしまい、チラリと登場した息子以外の子もほとんど出て来ない。
『ここを描きたい』という監督の思いにムラがあり過ぎる。
光を失った馬琴の代わりに無学だったお路(黒木華)が筆を取り、
叱責されながらも教えを乞い続けてついに作品を完成させた偉業すら
エンドロール直前に文章でつらつらと表示して終わりではあまりにも軽い。
本作が馬琴の物語ならばそこは端折るべきではなかったし
八犬士の物語をしっかり描くなら、和風ハムナプトラのような安いCGでお茶を濁すべきではなかった。
思い入れのある作品なので何もかも自分でやりかたったのかも知れないが、脚本は別の人に任せた方が良かったように思う。

散々あれこれ書いてきて何だが、「里見八犬伝」世代だから気になる箇所がたくさんあっただけで
149分間一度も退屈だと感じることはなかったので、予備知識のない方のほうが素直に楽しめそう。
本作を見て楽しかったなら、鑑賞後に補完のつもりで角川版も見て欲しい。
(そもそも今作には出てこない)静姫と親兵衛の恋愛を軸にした大胆なアレンジは
一流の役者陣による本気のごっこ遊びとして、また違った楽しさを得られるはず。

映画「八犬伝」は2024年10月25日より公開。



▼「南総里見八犬伝」「里見八犬伝」「八犬伝」の違いを解説


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発売中■書籍:南総里見八犬伝 関連作品一覧
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映画「八犬伝」の主人公である曲亭馬琴(滝沢馬琴)が、
文化11年(1814年)の執筆開始から28年もの歳月をかけて完結させたのが「南総里見八犬伝」。
全98巻106冊から成る日本屈指の長編伝奇小説として知られ、多くの映像作品や舞台に影響を与え続けている。

馬琴の生涯についても少し触れておくと、
映画版では妻と息子の鎮五郎(後の宗伯)のみクローズアップされているが、実際には1男3女の父親である。
執筆途中の天保4年(1833年)、67歳の時に右目に異常を来たし、ほどなく左目にも同様の症状が現れた馬琴は
天保10年(1839年)、73歳で完全に失明し、執筆続行が不可能となってしまう。
天保6年(1835年)には病弱だった宗伯が若くして亡くなるという不幸にも見舞われており
「南総里見八犬伝」は未完のまま終わるかと思われたが、宗伯の妻・お路が口述筆記を申し出る。
無学なお路は漢字を書くことすらままならなかったが、宗伯の遺言を守って「八犬伝」を完成に導くため
馬琴の厳しい叱責に耐えながらも粘り強く教えを乞い筆記を続けた。
天保12年8月、完成した際には馬琴の筆跡と見分けがつかないほど上達していたという。




配信中■Amazonプライムビデオ:里見八犬伝

*2024年10月24日現在、「里見八犬伝」はAmazonプライムでは有料レンタル。
 U-NEXT、Huluでは見放題。


私と同世代の映画好きにとって「八犬伝」と言えば薬師丸ひろ子と真田広之による
和風ファンタジー活劇「里見八犬伝」であろう。
本作は馬琴の「南総里見八犬伝」の映画化ではなく、同作を翻案した鎌田敏夫の「新・里見八犬伝」を映画化したもの。
鎌田は本作を手掛けてから「金曜日の妻たちへ」から「男女7人夏物語」「ニューヨーク恋物語」と
ヒット作を次々と放つ人気脚本家としてその名を轟かせることになる。
製作の角川春樹は鎌田に「レイダース」や「スター・ウォーズ」の要素を入れたアイドル映画にしたいと希望を出したが
監督の深作欣二は自身の撮った「魔界転生」に通じるおどろおどろしい作風にしたいと意見が衝突。
最終的には鎌田の本に深作の意向を取り入れてGOサインが出たために、クレジットは鎌田と深作の共作になっている。



出演者は以下の通り。

静姫 薬師丸ひろ子
伏姫 松坂慶子(声のみ)
犬江親兵衛(仁)真田広之
犬山道節(忠)千葉真一
犬村大角(礼)寺田農
犬坂毛野(智)志穂美悦子
犬塚信乃(孝)京本政樹
犬川荘助(義)福原拓也
犬田小文吾(悌)苅谷俊介
犬飼現八(信)大葉健二

玉梓 夏木マリ
蟇田素藤 目黒祐樹
妖之介 萩原流行
浜路 岡田奈々
幻人 汐路章
船虫 ヨネヤマ・ママコ


まさに角川全盛期といった顔ぶれ。
真田を始め千葉真一、志穂美悦子らJACの人気俳優が勢揃いしていることもあり
後半の合戦シーンなど活劇としての見応えも十分。
1984年の配収ランキングでは邦画1位の23億2000万円のヒットとなった。
私もこれまで何度見たかわからないほど見た。




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映画「八犬伝」の原作になっているのが、山田風太郎の「八犬傳」。
馬琴が作品を書き上げるまでの半生を、生涯を費やした「南総里見八犬伝」の物語と
ザッピングしながら描く大作で、「八犬伝」の関連書籍では一番面白いとの声も多い。

映画「八犬伝」の出演者は以下の通り。

滝沢馬琴 役所広司
葛飾北斎 内野聖陽
馬琴の息子・宗伯 磯村勇斗
馬琴の妻・お百 寺島しのぶ
宗伯の妻・お路 黒木華

伏姫 土屋太鳳
犬塚信乃(孝)渡邊圭祐
犬川荘助(義)鈴木仁
犬坂毛野(智)板垣李光人
犬飼現八(信)水上恒司
犬村大角(礼)松岡広大
犬田小文吾(悌)佳久創
犬江親兵衛(仁)藤岡真威人
犬山道節(忠)上杉柊平

玉梓 栗山千明
浜路 河合優実

鶴屋南北 立川談春
七代目 市川團十郎 中村獅童
三代目 尾上菊五郎 尾上右近




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新作「ソウX」公開前に、今作のストーリーの前後にあたる初代「ソウ」と「ソウ2」をおさらい(*ネタバレあり)

2024年10月17日 | 作品紹介(映画・ドラマ)


▼新作「ソウX」公開前に、今作のストーリーの前後にあたる初代「ソウ」と「ソウ2」をおさらい


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【関連記事】若さ溢れるハイスピードサスペンス[SAW](2004年10月30日)

最近(2004年当時)公開されたサスペンス映画はどれも期待外れだった。
「テイキングライブス」に怒り、「ツイステッド」で呆れた私の乾きは、
ジョニー・デップ×スティーブン・キングという顔合わせの「シークレットウインドウ」でも満たされることはなかった。
しかし、オーストラリアが生んだ若干27歳の若手監督が私の心を鷲掴みにした。

「SAW」は、「π」「メメント」「ブレアウィッチプロジェクト」など、
ホラー、サスペンスの傑作を見出すことに置いては一目置かれているサンダンス映画祭で絶賛された作品である。
そのためか、広告記事には「CUBE」や「セブン」の名前がよく引き合いに出されている。
言いたいことは分からないでもないが、私に言わせればちょっと違う。
これはズバ抜けて出来の良い「フォーンブース」(コリン・ファレル)ではないか。
薄汚れたバスルームで目覚めた二人の男。
どうやら”ジグゾウ”と名乗る男に監禁されたらしいが、原因も目的も不明。
閉塞された空間で僅かな情報を頼りに脱出を図るが、ジグゾウは常に二人の先を読んでいる。。。
バスルームか電話BOXかの違いはあるが、やはり「フォーンブース」に似ている。

固定された空間で物語を展開していく手法はシチュエーションスリラーの定番だが
この映画はバスルームだけでは終わらない。
ジグゾウを追う警察や、ジグゾウが過去に狙ったターゲットなど、
バスルームを中心にしつつ周辺にもストーリーが広がっている。
ここの部分を「厚みが出た」と思うか「蛇足だ」と思うかは
観る人によって意見の分かれるところだと思うが、私的には「蛇足」だと思った。
いっそのこと警察関係者も出さず、過去のターゲットのエピソードも丸ごと削って
バスルームの二人 vs どこかで成り行きを見ているジグゾウ、という密室劇に的を絞った方が
遙かに緊迫感が上がったと思う。

映画(試写会)が始まる前の前説で、「監督が憧れる人物はデイヴィッド・リンチ。
大好きな作品は『シャイニング』だそうです」と言っていたが
この映画は上に挙げた巨匠達の影響をさほど強く受けているとは思えない。
リンチほどの美学は持っていないし、キューブリックほどの不可思議な魅力もない。
物語の組み立て方もヒッチコックやキング、デ・パルマにはまだまだ及ばない。

しかし、それでもこの映画は傑作である。

なぜか?

老練な監督には絶対に出せないスピード感に溢れているからだ。
ロケットスタートの映画なので中盤は絶対にダレると思っていたのだが
結局最後まで若さをバネにして走り通してしまった。
この辺の猪突猛進具合は「テキサスチェーンソー」などに通じるものがある。
撮影期間がたったの18日間というのも信じられないが、
だからこそ、これほどまでのスピード感が出たのかも知れない。

「あいつはずっと【最前列】にいる」

というチラシの言葉に秘められた謎。
その謎の意味を全て知った時、最高の快感を味わうことが出来るはずだ。
この手のジャンルは生理的に受け付けない、という人以外は是非劇場で観て欲しい。

【2024年10月追記 ネタバレ有り注意】

記念すべきシリーズ最初の作品で監督を務めたのが
「死霊館ユニバース」を始め今やホラー映画界を代表する売れっ子監督であるジェームズ・ワンである。
続く「2」ではダーレン・リン・バウズマンにバトンタッチし、ワンは製作総指揮としての参加になった。

地下に閉じ込められた男(アダム)と医師(ゴードン)、謎の遺体だけで進んでいく物語は
終盤になって驚くべき事実が発覚する。
目の前に転がっていた遺体は実は生きており、その男こそがゲームの指示を出していたジグソウだったのである。
そしてジグソウの正体は、ゴードンに末期の脳腫瘍と宣告された患者のジョン・クレイマーであった。




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【関連記事】饒舌なジグソウは嫌だ「SAW2/ソウ2」(2005年10月29日)

前作からきっちり1年で早くも「ソウ / SAW」の続編が登場した。
若干27歳で監督デビューを果たした前作の監督ジェームズ・ワンは今作で早くも製作に回り
新人のダーレン・リン・バウズマンを抜擢している。
「SAW」の鮮度を保つには馴れ合いはいかん、というジェームズ・ワンのこだわりなのであろうか。
これが吉と出たか、凶と出たかと言えば・・・

前作を観終えた時、私はこの作品は続編は無いだろうと思っていた。
無い、というか、「作らないで欲しい」といった方が適切か。
「ソウ / SAW」のオチは、一度きりだからこそ許されるものだったからだ。
既に切ってしまった「とっておきのカード」を封印されながらも、
キャッチコピーにはまたしても「最前列」の文字が。
この時点でオチの半分は読めてしまったので、残り半分をどう見せてくれるかに
私の興味は移ったのだが、全体的に前作のようなスピード感がなく、どうにももたもたしている。

原因は「ソウ / SAW」の緊張感の肝になっていた「密室」というキーワードが崩れてしまったからに他ならない。
今回はジグソウを問いつめる刑事達と、モニターに映る若者達がザッピングしつつ同時進行するため、
どうしても場面転換が頻繁になり、その都度緊張感が途切れてしまうのだ。
前作ですら、「いっそバスルームだけに限定してはどうか」と書いた私にとって
今回の登場人物の増加と複数箇所での同時進行は贅肉としか思えなかった。
捕われる若者達の人数も多い割には描き切れておらず、ならばいっそ減らせばと思ってしまった。

また、今作では序盤からジグソウが登場し、
尋問する刑事と延々と会話をするのだが、これも必要なかったように思う。
レクター博士のように犯罪に美学を求める人物ならまだしも、ジグソウはいわゆる「キ印」の人間である。
「キ印」の人間だからこそ、何をするかわからない怖さがあるのだ。
人生観を饒舌に語るジグソウなど、「ソウ / SAW」のファンが観たかったとは思えないのだが・・・

大オチは読めていたとはいえ、後半の展開と「ある仕掛け」だけはなかなか上手く
駄作は免れたものの前半のもたもたが勿体無かった。

気になる部分ばかり書いたが、決して失敗作ではない。
あれだけのインパクトを残した作品の続編でここまで出来れば上等の部類だ。
「CUBE2」のような面汚しの続編ではないので、過度の期待さえ持たなければ普通に楽しめると思う。
ただし「前作より遥かに残虐シーンが増えている」「前作を観ていなければ面白さ半減」なので
ショッキングな映像が苦手な方と、今作から観ようと思っている方は要注意。

【2024年10月追記 ネタバレ有り注意】

ジグソウとして凶行に及ぶジョン・クレイマーを捉えるべく
捜査を進めている刑事のエリックは、ついにジョンの捕獲に成功。
しかしそれはジグソウの罠であり、新しいゲームの参加者にはエリックの息子のダニエルも含まれていた。
ダニエルを救出すべく必死に捜索するエリックだが、逆に謎の人物に捕らえられてしまう。
目を醒ましたエリックの前に立っていたのは、ダニエルと共にゲームに参加していたアマンダという女性。
アマンダは実はジグソウの熱烈な信奉者であり、病魔に蝕まれ行動力の衰えた彼に代わりゲームを動かしていたのだ。
ゲームの映像はライブではなく録画で、エリックがジョンを捕まえた時には既にゲームは終了していた。
全てを知ったエリックに向かい、ジグソウの決め台詞「ゲームオーバー」を告げるアマンダで終了。





2024年10月18日公開■洋画:ソウX

シリーズ最新作の「X」では1作目と2作目の中間が描かれる。
末期の脳腫瘍を宣告され、自らの死をはっきりと自覚したジョン・クレイマー(ジグソウ)は
生きながらえる道を模索するあまり、悪質な詐欺治療の被害に遭ってしまう。
「命の大切さを説く」という適当なお題目を掲げ、余計なお世話を焼き続けるジグソウは
詐欺集団にデスゲームでこっぴどくお仕置きをするのだった、というストーリーらしい。

監督はシリーズ6作目と7作目で監督を務めたケヴィン・グルタート。
製作総指揮はジェームズ・ワンとリー・ワネル。
ジグソウ役のトビン・ベル、アマンダ役のショウニー・スミスも再登板と顔ぶれは文句なし。


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映画「Cloud クラウド」割に合わない仕事(*ネタバレ有り)|黒沢清 菅田将暉 奥平大兼

2024年09月27日 | 作品紹介(映画・ドラマ)


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▼映画「Cloud クラウド」割に合わない仕事



09月27日公開■邦画:Cloud クラウド

「スウィート・ホーム」の衝撃的なデビュー以降、「クリーピー 偽りの隣人」「スパイの妻」など
カルト的な人気を誇る作品を連発し続けている黒沢清監督の最新作「Cloud クラウド」が本日より公開中。
クリーニングの作業場で働く傍ら、転売ヤーとしてサラリーの何倍もの利益を上げている主人公が
大量のアンチに目をつけられ、命を狙われる恐怖を描く。
主演は「花束みたいな恋をした」「ミステリと言う勿れ」の菅田将暉
共演は古川琴音、奥平大兼、岡山天音、松重豊、荒川良々、窪田正孝。

人と距離を取りながら黙々と働く吉井良介(菅田将暉)の秘密の副業は、転売ヤー
ラーテルのハンドルネームを使い、レアな商品を次々に買い付けては高額で売り捌く。
ハズレを引けば在庫の山、アタリを引けば数百万から1千万円の利益をあげて生活をしている。
吉井と付き合っている秋子(古川琴音)は、彼のやっていることをうっすら理解しつつも
さほど興味はないようで、深入りもしないし手伝おうともしない。
そんな秋子が、吉井にはかえって心地良いようだった。
ある日、買い付けた商品の置き場に困った吉井が群馬の山奥に一軒家を借りて
暮らすと告げると、秋子も喜んで付いて来ることになった。
荷物番や運搬助手など雑務全般の手伝いとして若い青年の佐野(奥平大兼)を雇い、3人での生活がスタート。
早速大きな買い付けを成功させ、意気揚々と出品に励む吉井だったが
ある日の夜、窓ガラスに何者かが異物を投げ込んだのを境に生活が一変する。


ネットワークの世界を題材にした黒沢監督の代表作「回路」から23年。
インターネットの登場によって世の中がこの先がどうなるのか、多くの人がアカルイミライを想像する一方で
漠然とした不安や警戒心を抱く人も少なくなかった2001年に頭をタイムリープさせてみて、
2024年は夢に見ていた通りの世界になったと言えるだろうか。
予想を超える便利さや快適さを手に入れた反面、
予想を超えるネガティブな感情の溜まり場になってしまったような気もする。
昔なら誰かと酒を酌み交わしながら愚痴ったり、こっそり日記に書いて発散していた
不満やストレスの新たな受け皿となったインターネットは
憎悪を共有し増幅するツールとしての機能も持ち合わせてしまった。
会ったこともない人達が同じ攻撃対象を通して連帯し、クラウド上で憎しみを膨れ上がらせていく。
ついには殺意にまで発展したラーテルアンチ達の狂気を、「そんなバカな」と笑うことすらできない。
世の中は、もうそんなところまで来てしまっている。

アイドルのチケットや発売間もないゲーム機など、品薄の商品を見つけては法外な値段で売り捌く転売ヤーは
ネット民から特に嫌われる職業の筆頭であろうし、転売されたものが希少なものであるほど
高額を理由に手が出せない人の怒りは天井知らずに累積していく。
今は開示請求も容易になり、一線を超えた行動に対する防衛手段は増えたが
では、発信者の特定をチラつかせて手を出せなくなった人の憎悪はどこに行くのかと言えば
強い遺恨を残したまま水面下へと潜り、より狡猾に、より凶暴な手段で襲いかかることもある。
実際2018年には、ネットでやり取りしただけの相手をターゲットにした刺殺事件も発生し、
ネット界隈が騒然としたのを良く覚えている。



*ここからネタバレを含みます。読みたくない方はここで止めることをお勧めします。



ラーテルの襲撃に加担するのは、ネットでの派手な転売行為を苦々しく思っていた人達だけでなく
職場の上司や転売業の先輩といった、吉井とリアルでも繋がっている人が含まれている。
「面白くない」が「嫌い」へとクラスチェンジし、殺意に至る過程は参加者それぞれに異なるが
ターゲットがどうしても吉井でなければならない人は、この中にいたのだろうか。
分厚いに覆われて先が見えなくなった、報われない生活の不満の捌け口を、
たまたま見つけた(近くにいた)ラーテルこと吉井に向けだけのように見える。
自分を憎んでしまえば、その刃を自身に突き立てなければならず
その勇気もない彼等は、ターゲットを他所に向けたに過ぎない。
ひとりひとりの怒りは、元々それほど大きくはないのだ。
それほど大きくもないのに、徒党を組んだことで立ち止まったり引き返すタイミングを失い、
行き当たりばったりの犯行を完遂しようとしてしまう。

ところで、ターゲットにされた吉井は、本当にそこまで悪い人間なのか。
私も転売行為は断固反対だが、吉井の転売は博打性の高い商売のようなもので
転売に失敗した時は多大な損害も出している。
仕入れリスクを背負い、ダメと見れば原価割れで叩き売ったり
置き場を確保するために転居もしたりと、いわゆる小売業に近い。
ゲームショップなどはほぼこのまんまと言っていい。
贅沢な生活に憧れているわけでも湯水のように遊興費に充てるでもなく
淡々とした生活を送る吉井は、転売に刺激を求めていただけのようにも見える。
小遣いを渡して誰かを列に並ばせたり、特殊なプログラムを組んで瞬時に買い占めたりといった
悪質性の高い転売ヤーとは明らかに違っている。
吉井に殺意を抱く前にもっと他にいるのではと思ってしまった。
本作のストーリーは黒沢監督の知人に実際に転売をしている人がいて思いついたと何かで読んだので
その人が割と良心的(と言って良いか悩むが)な転売業をしていたのかもしれない。

本作の鍵になっているのが、佐野という男だ。
吉井の転売業を絶賛し、業務も手伝わせて欲しいと擦り寄ってくるが
家族構成やどこに住んでいるのかもよくわからない偽りの隣人
人馴れしていない吉井は怪しむが、佐野は御構い無しに距離を詰めてきて
あれよあれよと全てを見透かされ、後半は吉井と佐野のバディが襲いくる暴漢を
次々に撃破する銃撃戦へと突入する。
佐野には怪しげな処理担当(松重豊)までいて、一体何者なのかもわからない。
犯人グループも含めて、一体どこから大量の銃を調達したのかも不明なまま。
ひとつ気になり始めるとあれもこれも気になる数々の疑問を、佐野の何事にも動じない淡々とした口調が不問にする。
佐野を演じた奥平大兼は「Mother」で長澤まさみを相手に息子役を好演してから
僅か4年でこんなにも成長したのか。そしてまだ21歳というのも驚き。

映画の前半は、特にバスのシーンなどは「回路」や「CURE」を彷彿する
黒沢節全開の静かなホラー映画といった趣だったのだが、
窪田正孝や荒川良々が怪演を連発する後半は
「あれ、三池崇史作品だったかな」と錯覚するほど闇鍋的な娯楽作品へと変容する。
「人を歪めてしまう、形を持たない何か」に振り回された人々の争いが決着し、
秋子すら手放していよいよ独りになった吉井を待つものは
どんよりと垂れ込める厚い雲と、回し車に乗ったネズミのように走り続けなければならない未来。
呆然とする吉井と同じく、私も黒沢監督の手のひらでまんまと踊らされた気分だった。

黒沢監督の作った世界に身を投げて任せてしまうことが難しい方には
説明不足で意味不明な作品との烙印を押されかねないが、
過去の名作を想起しながらパワーの衰えない新作を楽しめるので
「回路」や「CURE」「叫」「ドッペルゲンガー」あたりがお好きだった
黒沢ファンなら劇場で観て損なし。

映画「Cloud クラウド」は現在上映中。


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映画「愛に乱暴」表面張力ギリギリの女

2024年08月30日 | 作品紹介(映画・ドラマ)


▼映画「愛に乱暴」表面張力ギリギリの女



08月30日公開■邦画:愛に乱暴

「怒り」「悪人」「横道世之介」など映画化とも縁の深い吉田修一の同名ベストセラーを
江口のりこ主演で映画化した「愛に乱暴」が8月30日より公開。
ドラマや映画に欠かせないバイプレーヤーとしてキャリアを重ねてきた江口のりこは
「半沢直樹」で女性大臣役に抜擢されたのをきっかけについにメジャー化し、
主演ドラマの「ソロ活女子のススメ」は今年でシーズン4を数え、
映画でも2024年だけで「あまろっく」「お母さんが一緒」に続き3本目の主演という超売れっ子になった。
いつも自然体でローテンションな彼女は、きっと今自身の置かれた状況を
狐につつまれたような気分で眺めていることだろう。
撮影は昨夏だったそうで、猛烈に忙しかったはずだが、芝居はノリに乗っていて
主人公の奥底に眠る乾きや寂しさにフォーカスした役作りがとにかく素晴らしい。
共演は小泉孝太郎、馬場ふみか、風吹ジュン。
監督は「さんかく窓の外側は夜」の森ガキ侑大。


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結婚8年目を迎える初瀬桃子は、夫・真守と共に平凡ながら幸せな日々を過ごしてる。
すぐ側には真守の母が住む母屋が、自分たちは同じ敷地内に離れを建て、嫁姑の関係もまあ悪くはない。
家事の隙を見て石鹸教室の講師をし、服装はいつも小綺麗にまとめ、調度品もセンスの良いものを揃えている。
お気に入りの良いカップを使って飲む午後のお茶の時間は、密かな愉しみのひとつ。
お茶の後は、夫のために毎晩手の込んだ献立を考えて腕を振るい帰宅を待つ。
これ以上、何を望むことがあるだろう。
きっとこれは幸せなのだ。これを幸せと言わずしてなんと言おう。
言い聞かせるように日々の生活を送る桃子の周りで、少しずつ不穏な出来事が起こり始める。
愛猫が突然姿を消して戻らなくなってしまい、近くのゴミ捨て場で連続不審火が発生した。
努めて見えないフリをしてきた桃子だったが、忍び寄る不穏な影から次第に逃れられなくなっていく。
時折眺めるスマホに映し出されるのは、不倫関係に悩む女性のアカウントの独り言。
凪いでいた(いや、凪いでいると言い聞かせようとしていた)桃子の心の水面に
微かな振動が始まったその時、タイミングを見計らっていたように夫が口火を切った。

「別れて欲しい」





浴びるほど酒を飲み、20代前半の若造で体を壊した私は
医師に「あなたもう一生分の酒を飲んだんですよ」と言われたことがある。
人にはそれぞれ、一生に消化できるアルコール量が決まっていて、そこを超えると体が拒絶反応を出すのだという。
花粉症も同じで、アレルギーを抑え込む限界値を超えると発症すると聞いた。(*医学的に正しいのかは不明)
日常生活を送る上で少しずつ抱え込む『小さな不満』も、人によって限界値があるように思う。
瓶なのか桶なのかコップなのか、とにかく心の中にその人だけの大きさや形の容れ物があって
溜まりに溜まった不満が溢れ、零れ落ちた瞬間にプツンと心の糸がキレてしまうのだ。
桃子の感じている不満は、ひとつひとつはそれほど大きくはない。
真守が日増しに自分や自分との暮らしに無関心になっていくことも、
義母が猫嫌いなことや、食事のメニューにダメ出しをすることも
かつての職場の上司に会いに行き、体良く追い払われることも
束にさえなっていなければ、飲み込める程度の微量のストレス因子と言っていい。
しかし、日常の些細な不満やストレスは、定期的に解消しなければ延々と降り積もる。
社会人として、妻として、女として。
どの桃子も必要とされていない世の中は、桃子の孤独を加速させる。
解消したくても、その術を持たない桃子は内へ内へと溜め込んでしまう。
遠くで上がっていたはずの放火魔の煙が、桃子のストレス値に合わせるように少しずつ距離を縮め
ついに近所で燃え盛る炎を発見した時、彼女はようやく認めたのかもしれない。
すっかり焼け焦げていた自分という存在に気づき、叫び、嗚咽する。

彼女が守りたかったのはリフォーム予定の家ではない。
ましてお洒落なティーカップでも、妻の座に固執していたわけでもない。
わかって欲しかっただけなのだ。
わかってくれて、ただ一言かけてもらえたら、それだけでもう少し頑張れたのかもしれない。
床下に隠した御守りをチェーンソーで掘り返し、同じ刃を大黒柱に突き立てた桃子に幸あれ。



私は原作は未読なのだが、江口のりこによると映画版は「相当コンパクトにまとまっている」らしい。
綺麗に回収される伏線と、観客の想像に委ねる伏線とがあるのはそのためだろうか。
しかし、私はその、おそらく原作にはあり映画では描かれなかった部分を
俳優陣が理解して演じているのが伝わったし監督の作り出した余白がとても良い効果を生んでいる。
風吹ジュンの演じる姑も、小泉孝太郎の演じる夫も、桃子にとって厳しい面はあるが
彼らには彼らなりの言い分が少なからずあったのだろうと思わせる。



映画の序盤で、真守が桃子の何気ない短いやりとりがある。

真守「飼い猫と野良猫の区別ってどうやってつけてるの?」
桃子「首輪をつけてるかどうかよ」
真守「じゃあ、首輪をつけた野良猫(=元飼い猫)は飼い猫と何が違うの?」

この真守の言葉が映画の最後まで頭に張り付いて離れなかった。

映画「愛に乱暴」は2024年8月30日より公開。


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