忍之閻魔帳

ゲームと映画が好きなジジィの雑記帳(不定期)。
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【ネタバレ有】映画「正体」若者が絶望しない世界に|原作・WOWOW版との比較など

2024年11月27日 | 作品紹介(映画・ドラマ)


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▼映画「正体」若者が絶望しない世界に



11月29日公開■邦画:正体 公式サイト
配信中■Amazonプライムビデオ:藤井道人 関連作品一覧
配信中■Amazonプライムビデオ:横浜流星 関連作品一覧

染井為人の同名ベストセラーを「新聞記者」「青春18×2 君へと続く道」の藤井道人監督が映画化したサスペンス。
殺人の罪で死刑判決を受けたひとりの若者がある日脱走し、各地で潜伏生活を送りながらの逃走劇を繰り広げる。
威信にかけてどこまでも追いかける警察と、先々で男を匿う人々との綱引きはどんな結末を迎えるのか。

主演は来年のNHK大河ドラマの主演も控えるなど、今最も勢いに乗っている俳優・横浜流星。
藤井監督とは2018年の「青の帰り道」以降、Netflix「新聞記者」「ヴィレッジ」「パレード」と
何作もの良作を生み出し続けてきた最高のコンビで、本作も企画から公開までに4年もの歳月を費やして完成させた。
男と出会う人々には「ガンニバル」の吉岡里帆、「だが、情熱はある」の森本慎太郎、「ミスミソウ」の山田杏奈。
被害者遺族に原日出子、西田尚美。警察側の人間には前田公輝、松重豊、山田孝之。
その他にも宇野祥平、駿河太郎、木野花、田中哲司ら実力派キャストが多数参加している。
主題歌はヨルシカの「太陽」。



私は原作未読でWOWOW版も後からチェックしたので、映画版が最初の「正体」だった。
観る前は、殺人犯が逃亡中に立ち寄った先々で様々な人と出会い、
罪を犯した人間にも別の側面があることを描いた人間ドラマだろうと思っていた。
福田和子事件をモチーフにした藤山直美主演の「顔」のような、
憎みきれない犯人像を横浜流星を通して藤井監督が描くのだろうと思っていたが、全く違っていた。
本作は逃走劇を主体とした作品ではなく、大人たちの作った社会に絶望したひとりの若者が
「この世界は生きるに値するか」「大人たちの中に信じるに足る人間はいるのか」を確かめるためのロードムービーなのだ。

<以下は直接的な表現は避けていますがネタバレにも抵触しています。>



「10人の真犯人を逃すとも、1人の無辜(むこ)を罰するなかれ」
(例え10人の真犯人を逃したとしても、1人の無実の人を処罰してはならない)

周防正行監督の「それでも僕はやってない」にも出てくる刑事事件の大原則を、今の警察は守れているだろうか。
自白を強要する違法な取り調べがあったとメディアに取り上げられることもあるが
警察の捜査が時折驚くほどいい加減なことを、私も身をもって経験している。
轢き逃げにあった時も、犯行に使った車まで特定しながら犯人逮捕には至らず
「大阪は毎日事件が起きてますんでね。轢き逃げいうても骨折程度の事件にずっと構ってられんのですわ」と
世間話でもするかのような口調で私の携帯に電話をしてきて、あっけなく捜査は終了した。

話が逸れたので映画に戻す。
早期解決を急ぐあまり杜撰な捜査を行ったり、一度逮捕した犯人に対し「誤認逮捕でした」とは
口が裂けても言えない警察の安い面子の為に、どれほど多くの声が封殺され、不当判決に涙を飲んできたことだろう。
名誉を回復できないまま他界した人もいるだろうし、何十年も無実を訴え続けている人もいる。
「諦めて罪を認めた方が楽」という悪魔の囁きに屈することなく闘い続けるのは常人には難しい。
事件から58年、死刑確定から44年が経過した2024年10月に無罪判決を勝ち取った袴田事件のようなケースは
非常にレアで喜ばしいことだが、再審までに要した時間と長く辛い日々を思うに、
再審請求→無罪確定のモデルケースにするにはハードルが高過ぎる。
何より、人生の大半を「犯罪者」の烙印を押されたまま過ごしたことは取り返しがつかない。
藤井監督は「憤りにしろ悲しみにしろ、何か心が動かされた時にしか(脚本を)書けない」と語っていた。
映画&Netflix版「新聞記者」で現代社会や政治に対して強い憤りを感じていた監督が
次なる作品としてこの原作に着目したのは自然なことだったのかも知れない。



人はミラーボールのように、何年付き合っても知らない一面が出てくるもの。
見えてきた新しい面を理解し受け入れて、私も私で隠し持っていた新しいカードを切りながら
互いの「まだ見えていない部分」を埋めて行く作業が、生きるということなのだと最近思うようになった。
Aさんと会っている時の私と、Bくんと会っている時の私と、Cちゃんと会っている時の私と、
どれが一番あなたに近いのですかと問われたところで「全て私です」としか答えようがない。
全てが「私の一部」であって、「私の全部」ではないからだ。
しかしどんな私も「芯」の部分は変わらない。

鏑木も逃走する過程で顔や名前を変えて潜伏しているが
偽名を使い変装をしていても、履歴書をめくればそこには真面目で聡明な青年がいる。
「鏑木の芯」は変わっていないのだ。
世間を震撼させた殺人犯の正体が、心優しい人間なのか、それすらも演技なのか。
表面的な部分に惑わされず、自分の直感を信じると決めた人々が一人二人と手を差し伸べるようになっていく。
出会った人々が灯す信頼という火が、暗闇で独りもがく鏑木の心を照らし、真実を追い求める原動力となる。
鏑木が何故凶行に及んだのか。動機はあったのか。警察は十分に調べたのだろうか。
証拠固めもそこそこに犯罪者だと断定し、本人の証言は軽んじられたまま罪が確定する恐ろしさは
当事者でなければわからない。国家権力を敵に回してでも鏑木が手に入れたかったものとは。

現実の事件はこんなに簡単に事が運ばないであろうし、最初の現場仕事はさておき、
編集部や介護施設にどうやって就職できたのかなど細かな疑問で引っかかるところはある。
しかし本作においては敢えてそこは不問にしたい。
「若者が未来に絶望する世の中ってどうなの」と藤井監督に突きつけられたメッセージを
真摯に受け止めて、若者の瞳を濁らせない大人でありたい。

横浜流星は「悪人」の妻夫木聡や「流浪の月」の松坂桃李に匹敵する圧巻の芝居だった。
潜伏先で知り合った同僚(森本慎太郎)、職場の先輩(吉岡里帆)、同じ職場の年下の女性(山田杏奈)を相手に
表情から口調まで全て異なった顔を見せ、かつ鏑木の人間性には1本筋が通っているという
難しい芝居を見事に演じ切っている。
人との接触を避ける素振りを見せながら、瞳の奥には雨に濡れた仔犬のような寂しさと
人恋しさを宿す鏑木像は、後述するWOWOW版の亀梨和也とはまた違う純真さがあって胸を締め付けられる。
先日発表された報知映画賞では公開前ながら作品賞・主演男優賞を獲得したらしいが
今後発表されるその他の映画賞でも大本命になること間違いなし。
森本慎太郎、吉岡里帆、山田杏奈の3名も皆それぞれに素晴らしかった。
面会室で鏑木と会話している森本慎太郎からはアイドルの顔が完全に消えていたし、
鏑木に「逃げて」と声をかける時の吉岡里帆の表情は「紙の月」の小林聡美に匹敵する鳥肌モノの芝居だった。

若者の希望を大人の事情に押し切られる形で摘み取ってしまったことを
ずっと悔いている又貫刑事を演じた山田孝之は映画の重心のような存在で、
彼の抱いている葛藤が、とかく長いものに巻かれがちな私と被る部分も多かった。
又貫刑事の気持ちを汲んでしまえることが、無辜を裁く世の中を作る手助けになってはいないか、
我が身に置き換えながら見ているところでの面会室でのやり取りに泣かされてしまった。

私的には「悪人」「怒り」に匹敵する傑作。
きっとこれから、何度となく繰り返して観ることになるはず。
上記の2作がお好きな方は是非とも劇場で。

映画「正体」は11月29日より公開。



▼原作・WOWOW版について


配信中■Kindle: 正体 / 染井為人
配信中■Amazonプライムビデオ:正体(WOWOWドラマ版)

原作小説「正体」では、鏑木は警察に射殺された後に真犯人が見つかるという非常にやるせない結末になっている。
2022年に制作されたWOWOWのドラマ版(全4話)は、主演を務めた亀梨和也の実年齢に合わせて
鏑木の設定が18歳から32歳へと変更されている。
この年齢変更によって「社会に出る前に社会に絶望してしまった若者」という鏑木の苦しみが物語から削がれてしまい、
オーソドックスな逃亡劇になってしまった感は否めない。



映画では登場人物の構成を変更したり、宗教施設のパートを丸ごと削るなど大胆なアレンジが施されているが
ドラマ版は時間的な制約が緩い分、もう少し原作に近い展開になっていて、こちらはこちらで面白い。
ドラマ版の鏑木は潜伏先で出会った人の力を借りつつも、基本的に自力で道を切り拓く強さがあり、
映画版の鏑木よりタフに描かれている。
又貫刑事の最後の法廷での視線がやけに冷たかったり、安藤との関係が映画版よりずっと色っぽかったりと
逃亡犯を主人公にしたヒーロードラマになっているのは、
近年アイドル映画を多数撮っている中田秀夫(ドラマ版の監督)らしいアプローチと言えるだろう。
亀梨は眉毛のアートメイクが悪目立ちしてしまい、逃亡犯にも関わらずズバッと眉毛が整っていたり、
食事のシーンでワイングラスを持つ仕草がサマになり過ぎていたりと、ところどころで素の亀梨が顔を出すのが惜しい。
映画版では原日出子が演じていた被害者遺族も、ドラマ版では寝起きすぐにばっちりメイクの黒木瞳が演じているため
アルツハイマーと言われてもピンと来ない。リアリティという面で映画版に比べて大分劣るのは事実。

映画版・ドラマ版に共通しているのは、原作とは異なる結末になっている点。
原作者である染井氏はドラマの結末に対し「小説とは違う結末だったけれど、
鏑木君はきっと感謝していると思う」とコメントを寄せた。私もそう思う。
「正体(WOWOWドラマ版)」はAmazonプライムビデオの他、U-NEXT、Netflix、Hulu、FOD、TELASA、DMM TVでも配信中。



▼こちらの作品がお好きなら「正体」もお勧め


配信中■Amazonプライム:それでも僕はやってない

「Shall We ダンス?」の周防正行監督が同作の撮影終了後から3年もの時間をかけて取材し、
2009年から施行される裁判員制度の施行前に完成させた冤罪事件をテーマにした作品。
就職の面接試験を受けるために電車に乗っていた青年が痴漢と非難され、そのまま拘留されてしまう。
すぐに釈放されると信じていた青年を待ち受けていたのは、自白を強要する不当な取り調べと示談金の支払いを勧める弁護士。
「痴漢をした」と決めつけている人間しかいない状況で闘う決意をした青年だったが、無罪を勝ち取るための壁はあまりにも高く,,,。
本職の弁護士をして「実際の裁判と驚くほど似ている」と舌を巻いたと言われるほどリアリティを追求した作りは
かつて伊丹十三監督の助監督を務め、伊丹作品の裏側に密着したドキュメンタリーを撮ってていた頃の香りが漂う。
周防作品=明るく楽しい娯楽作品という固定観念さえ無ければ、得られる物の多い出来の良い法廷モノとしてお勧め。




配信中■Amazonプライム:エルピス ―希望、あるいは災い―

「エルピス-希望、あるいは災い-」はフジテレビ(制作は関西テレビ)のメディアとしての矜持を示した傑作ドラマ。
かつてはエースを務めた看板女子アナが、流されてたどり着いた深夜バラエティで
とある未解決事件の関係者と知り合い、事件の真相を追ううちに
メディアや政治にまで深く関与し、隠蔽していた事実を掘り返してしまう。
果たして一介の女子アナと若いスタッフに国を揺るがす大事件を覆すことができるのか。全10話。

実際の冤罪事件を参考文献に執筆された本作の脚本は
「ジョゼと虎と魚たち」「メゾン・ド・ヒミコ」「その街のこども」の渡辺あやによるもの。
プロデューサーの佐野亜裕美はもともとTBSに在籍していたが、内容に上層部が難色を示し却下されてしまう。
その後、「カルテット」で組んだ脚本家の坂元裕二の勧めもあって関テレに移籍し
「大豆田とわ子と三人の元夫」を手がけた後に満を持して発表したのが本作という、まさに執念のプロジェクトなのだ。

真相を究明する女子アナには長澤まさみ、共に行動する新米ディレクターに眞栄田郷敦、
事件のきっかけを作ったメイクスタッフに三浦透子、長澤の元カレを鈴木亮平が演じている。
演出は「モテキ」「バクマン」の大根仁。
本作の演出法は、過去の大根作品で言えば福山雅治主演の「SCOOP!」に近い。
「SCOOP!」のリリー・フランキーに該当するのが、本作では長澤の上司を演じた岡部たかしだろう。
長澤まさみ・鈴木亮平の二枚看板の豪華さはもちろんだが、ドラマを引っ張る熱量で言えば圧倒的に眞栄田郷敦。
Netflixドラマ「新聞記者」の横浜流星と同じように、眞栄田郷敦はバトンを手渡された次の世代の代表として描かれている。




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「正体」もTBS制作ということで、やはり「罪の声」や「64」などの作品と手触りが似ている。



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