一歩先の経済展望

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トランプ関税の影響受ける来年の春闘、無防備なら石破政権や日銀利上げにも影響

2024-12-23 14:04:23 | 経済

 2025年の日本経済を展望する上で、最初のチェックポイントは1月20日だろう。トランプ氏が米大統領に就任する日だが、その日のうちにメキシコとカナダに対して25%の関税をかけると発表する可能性が高い。メキシコにある日産やトヨタなど日系自動車メーカー4社は2023年に約77万台を米国に輸出している。25%の関税実施なら事実上、輸出が止まって日本メーカの経営に大打撃となる。

 このシナリオが現実化するなら、来年の春闘でけん引役を期待される自動車メーカーの賃上げ率が圧迫され、24年並みの賃上げ実現を目指す石破茂政権の経済政策にも大きな負荷となり、日銀の利上げパスにも相応の影響が出るだろう。対メキシコで25%というトランプ関税の実施は、日本の自動車メーカーへのマイナスインパクトー春闘相場の下振れという経路で日本のマクロ政策にも大きな波紋を生み出すと予想する。

 

 <トランプ関税の威力、カナダでは不信任案可決の可能性>

 トランプ関税の威力は、すでにカナダの政局を動かすということで世界中の注目を集めている。トルドー首相を支えてきたフリーランド副首相兼財務相が16日、電撃的に辞任した。フリーランド氏はトランプ関税に備えるために財政資金を厚めにすべきと主張し、トルドー首相の提案していた減税案に反対を表明。これに対してトルドー首相はフリーランド氏に財務相辞任を求めたためだ。

 トルドー氏は20日に内閣改造に踏み切ったが、野党の新民主党(NDP)が来年1月27日に内閣不信任案を提出すると表明。地元メディアによると、政権の支持率は急低下し、不信任案可決の可能性が高まっているという。

 

 <対米77万台の輸出停止なら、日系4社に多大な打撃>

 年明けの日本では、対メキシコ関税の問題が大きな焦点になると予想される。これまでのところ、トランプ次期米大統領が本当に1月20日に対メキシコ、カナダの関税を25%に引き上げるのか、日本市場関係者は懐疑的な見方を示し、日本の自動車メーカーへの打撃を織り込んでいないと筆者の目には映る。したがって大統領就任式が接近してくるにつれ「関税実施は確実」などの報道が米メディアから出てくると、日本の自動車各社の株価はかなり下落すると予想する。

 メキシコ国立統計地理情報院(INEGI)のデータをまとめた日本貿易振興機構(JETRO)のまとめによると、2023年に日本メーカー4社がメキシコで生産した自動車は123万5521台。

 23年の日系メーカー4社からの対米輸出はメキシコでの生産の60%に当たる77万台強。これは日本からの対米輸出台数の148万5000台に次ぐ規模となっている。

 メーカー別にみると、日産が約26万8000台、トヨタが約22万8000台、ホンダが約13万8000台、マツダが約10万9000台となっている。

 自動車業界筋によると、対米輸出は相対的に価格の安い車種が多く、25%の関税賦課によって価格競争力が大幅に低下し、実質的に輸出が全面ストップする可能性があるという。

 このマイナス・インパクトは相当な規模に上るだけでなく、短期的にその打撃を吸収するような「妙手」がないとみられ、日系自動車メーカーの財務環境を急速に悪化させる要因になると思われる。

 

 <自動車が前年比マイナスなら、春闘に大きな下振れ圧力>

 ここまで言及してきたことは、自動車4社に限定したミクロの問題だったが、これがマクロの問題に発展する懸念がある。来年の春闘への波及だ。

 主要製造業の労組で構成される金属労協は今月3日、25年の賃上げ交渉で過去最高となる月額1万2000円以上のベースアップを要求する方針を決めた。ベア率は4%程度となり、連合が設定したベア3%、定期昇給込みで5%という目標を上回っている。

 トランプ氏の米大統領選での当選がはっきりしていなかった段階では、労組の強気の要求も人手不足の深刻化という社会構造の変化を背景に、経営側も要求を受け入れるのではないかとの観測が根強く存在していた。

 だが、トランプ関税の「第1波攻撃」とも言うべき対メキシコの25%関税実施で、日本の自動車メーカーは大打撃を被る可能性が高まっている。筆者は、ベア4%の要求だけでなく、昨年並みの賃上げ率での妥結に対し、経営側はかなり難色を示すのではないか、と予想する。

 春闘における自動車のウエートは高く、仮に自動車が昨年比でマイナスの賃上げになった場合、他の製造業への波及も十分に予想される。人手不足が顕著な非製造業では、人員確保を最優先に製造業を上回る賃上げ率で決着する可能性があるとみているが、賃上げ獲得で攻める側の労働組合が、トランプ関税のマイナス効果に関して「無策」で臨めば、金融市場関係者の想定を超えて前年比のマイナス幅が拡大する可能性もあると予想する。

 

 <賃上げ空振りと支持率低迷の悪夢>

 このことは、大幅な賃上げを要請している石破政権にとっても、大きな痛手になりかねない。石破首相は11月26日の「政労使会議」で大幅な賃上げへの協力を経営側と労働側の双方に求めたが、発言内容をチェックしてみると、トランプ関税など海外経済の変動に対する言及がほとんど見られなかった。

 つまり、トランプ関税が実施されて日本メーカーに大きな影響が出た場合、政府が取りうる打撃緩和策が全くないのであれば、自動車をはじめとした製造業の賃上げ率は大幅に圧縮され、賃上げから消費への景気拡大のメカニズムがとん挫することを意味する。

 そうなれば、少数与党で25年度予算案の成立を手探りで模索している石破政権にとって、大きな支持率低下要因となり、来年夏の参院選を乗り切れるのか、という声が与党内から噴出する展開も十分にあり得るということになるだろう。

 

 <トランプ関税と春闘への影響、見極め必要なら1月利上げも見送りか>

 同様に利上げを検討している日銀にとっても、春闘の賃上げ率圧縮の動きは大きな変動要因となるだろう。利上げを見送った12月金融政策決定会合後の会見で、植田和男総裁は「(トランプ)次期政権の経済政策を巡る不確実性が大きく、その影響を見極めていく必要もある」「(春闘に関し)、もう少し情報がほしいなというのが、今回慎重な判断を下した一つの理由でもある」と述べていた。

 もし、1月20日にトランプ氏が対メキシコ25%の関税実施を表明した場合、23-24日の1月会合の前の時点で、春闘への下押し圧力がどの程度かかってくるのかは、相当に不確かではないかと予想する。賃上げから消費への拡大メカニズムの行方を見たいとすれば、1月会合時点で利上げを決断するのは「尚早」との声が上がることも十分に考えられる。

 

 <早期立ち上げが必要な「対米交渉チーム」>

 このように政府・日銀にとって、対メキシコ、カナダのトランプ関税の影響は相当に大きいと覚悟するべき状況だと考える。

 だが、石破内閣は、対米関税交渉が省庁の枠を超えて多くの範囲に広がると予想されるにもかかわらず、いまだに省庁横断的な「対米交渉チーム」がなく、何を優先課題として処理していくのかということも明らかになっていない。

 筆者の目からは、日系自動車4社の対米輸出は、何ら防御態勢が取られないまま、飛行場に並んでいる軍用機を彷彿とさせる「無防備」と映る。

 その意味で、1月20日前とみられている石破首相とトランプ氏の会談の内容が、一段と重要性を増すと指摘したい。


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