夏目漱石を読むという虚栄
~略記その他について
作品名は『』(二重鉤)で括る。「」(鉤)の中は引用、()(括弧)の中には出典などを記す。<>(山括弧)や≪≫(二重山括弧)は読みやすさを考えて用いる。
『こころ』のテキストには新潮文庫版を用いる。文庫は入手しやすいからだ。新潮文庫版を選んだのは、表記が最も原文に近いと思われるからだ。
〈原文〉とは『こころ』(岩波書店)の初版本のことだ。これは新聞発表時のものと違う。また、『漱石全集』(岩波書店)のものとも違う。
慶応三年に生まれて大正五年に死んだ漱石こと夏目金之助を〈N〉と記す。そして、『こころ』の作者と区別する。
〈作者〉は作品に付随する虚構の人格だ。たとえば、『こころ』の作者と『坊っちゃん』の作者は別人ということだ。同様に、これらの読者も作品に付随する虚構の人格であり、実在の誰彼とは質が違う。
『こころ』は、「上 先生と私」「中 両親と私」「下 先生と遺書」の三部に分かれている。引用箇所を示す場合、これらを「上」「中」「下」などと略し、回数を添える。たとえば、冒頭の文の場合、〈上一〉と記す。
「上」と「中」で「先生」と呼ばれている人物を〈S〉と記す。〈sensei〉の頭文字だ。 Sを「先生」と呼ぶ「私」を〈P〉と書く。〈pupil〉の頭文字であると同時〈pet〉の頭文字でもある。
「上」と「中」の語り手はPだ。「上」と「中」を合わせて〈P文書〉と書く。〈P文書〉の聞き手は不明。〈聞き手〉ではなく〈読み手〉とするのが常識的だが、〈語り手〉と対応させるために〈聞き手〉と記す。この聞き手を〈Q〉と記す。空想上のQは空想上の語りの場である「此所(ここ)」(上一)にいる。P文書はPとQの問答であり、この問答の聴衆を〈G〉と記す。〈gallery〉の頭文字だ。Gの原型はPの兄だろう。
「下」を「遺書」と略記する。「下」の語り手はSで、聞き手はPだ。言うまでもなく、このPは作中に実在するPを素材にして語り手Sが想像している人物だ。
「遺書」の語り手Sは、P以外に「遺書」を読むことになる人物を想像している。その人物を〈R〉と記す。「外の人」(下五十六)がRだ。
奇妙なことだが、RとGを区別することはできない。不合理なことだが、彼らと『こころ』の発表当時に実在した人々を区別することはできない。彼らは、高学歴の男たちと思われる。
「魔物」(下三十七)や「黒い影」(下五十五)などを一括して〈D〉と記す。〈demon〉の頭文字だ。KはDだったのかもしれない。
(終)