ヒルネボウ

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(書評)365日のスプーン』(大和書房)著者/おーなり由子

2024-11-30 23:48:26 | 評論

(書評)

  『365日のスプーン』(大和書房)

    著者/おーなり由子

女たちは、11月8日、チャイを淹れる。

冬の気配がする夜

ミルクパンでチャイをつくる。

 ・シナモンで。

 ・カルダモンで。

 ・ジンジャー(すりおろす)で。

 ・みーんないれて。

ミルクチャイ

 沸騰したお湯に

 茶葉とスパイスをいれる

 色がでたら、ミルクをたっぷり

 すこし煮立てて、火をとめる

 冬がさむい国の甘味、

 メープルシロップで

私はチャイなんか、飲まない。

だから、誘ってくれなくていい。

(終)


萌芽落花ノート 16 非・時代

2024-11-29 23:16:13 | 

   萌芽落花ノート

   16 非・時代

果たして

(ト長い沈黙があって)

蝶は絞められていた

はらはらと命の絶ゆべき時代よ

 

掠め取った鱗粉は

陳腐な地下の実験室で

笑い上戸の錬金術師どもが

蘇生の妙薬を捏造せんと

儚い涎に溶いておろう

 

もはや季節も麻酔する

飛翔の粉は

新たなる時代に向けて搾取された

乞食(こつじき)よ

野に出たもうな

もはや舞い上がれはせぬ

 

笑い死にする定めの愚民どもは

風に巻かれて追い立てられて吠える

「心あらば歌え

死にゆく蝶のため

歌ってやれ

のう

歌ってくれよ」

「我が琴は

絃(いと)を切ったり」

 

青き青虫さえ

風のまにまに

乞食の髪の一筋に

絞めらるる時代よ

(終)

 


(書評) 『モモ MY DEAR DOG』(新潮社) 著者/おーなり由子

2024-11-28 23:16:45 | 評論

   (書評)

  『モモ MY DEAR DOG』(新潮社)

   著者/おーなり由子

 「モモ」は犬の名前。

子どもの頃、私の家にも犬がいた。その話は『いろはきいろ』に書いたと思う。

モモは

わたしに

背をむけて

ゆうやけに

しっぽを ふる

 

少しはなれたところで

話でも するように

しっぽを ふっている

 

「モモ、何が見えるの? 

何か聞こえるの?」

と いうと

そばに来て やさしく

手の甲を なめた

 

モモのおでこをさわると安心する

 

「帰ろうか、モモ」

私の犬の名前はクマ。

(終)


漫画の思い出 花輪和一(28) 『護法童子・巻之(二)』(双葉社)

2024-11-28 00:10:12 | 評論

   漫画の思い出

    花輪和一(28)

    『護法童子・巻之(二)』(双葉社)

「旅之拾 炎の転宝輪」

「転宝輪」って何?

釈尊が説法して人々の迷いを砕くことを、戦車が進んでいって敵を破ることにたとえたもの。現在のインドの国旗にある輪は、この法輪をデザインしたもの。

(『ブリタニカ国際大百科事典』「転法輪」)

この「戦車」は「ウマに引かせる古代の戦闘用の車」(『ブリタニカ』「戦車」)だ。

ところが、この作品では、説法ではなく、UFOみたいなのが出現する。そのおかげで善人は救われ、悪人は「ばか」になる。

「ばか」というのは、スケベの男女が合体した姿だ。「できそこないの阿修羅みたいだ」と、庶民は嘲笑する。庶民は変人を恐れず、「ばか」という。

「阿修羅」って何? 

仏教では天竜八部衆の一つとして仏法の守護神とされる一方、六道の一つとして人間以下の存在とされる。絶えず闘争を好み、地下や海底にすむという。

(『広辞苑』「阿修羅」)

この「ばか」は「人間以下の存在」の阿修羅で、護法童子は「守護神」の阿修羅と解釈したら、さあ、どうなるか。護法童子は少年と少女が合体して出現するのだから、庶民には「ばか」と区別できまい。

冒頭、男女が青姦をしていた。その近くに護法童子が舞い降りて、少年と少女に分離する。一方は不倫で、一方は無邪気。裏表のようで、実は見解の相違に過ぎないか。

不倫の男女を罰するために「転宝輪」がデウス・エクス・マキナみたいに出現する。護法童子はこれに乗り込んで事件を解決する。ただし、その前に、護法童子は大日如来と霊的に通じていたみたいだ。

もしかして、大日如来は両性具有かな。

日本では、明治初期に発令された神仏分離令により、神道と仏教が明確に分離されるまで、大日如来は天照大御神と同一視されていた。すなわち天照大御神は衆生を救うためにとる、大日如来の仮の姿だと考えられていたのである。専門用語でいえば、大日如来は天照大御神の本地仏(神本来の姿である仏や菩薩)である、ということである。ともにこの世を活かす最高存在であれば、神道や密教という枠を超えた信仰があっても不思議ではない。

宇宙最高の神である大日如来は、その力も卓越したものと考えられ、この如来を尊崇すれば、あらゆる霊徳を得られるとされるが、特にその真言を唱えれば、一切の病は癒え、また妊娠している人は、無事安産できることが約束されている。

(大森崇『密教の本』)

例の少年と少女が大日如来の智拳印を結んで、「オ~ン バザラトダバ~ン」と唱え、二人で印を結ぶ。少年が右手、少女が左手。これは性的合体の象徴だろう。

左手は衆生を、右手は仏を象徴しており、衆生の煩悩が仏の智慧の境地に入ることをあらわしている。

(知的発見!探検隊『あらすじとイラストでわかる密教』)

少女が仏で、少年が衆生か。

ただし、「まれに左右が逆のこともある」(『仏教辞典』「智拳印」)そうだ。

二人が合体して護法童子になると、夫に浮気をされていた病気の女が元気になる。

「よっ! もう ぴんぴん」

(「旅之拾 炎の転宝輪」)

彼女は病気だから浮気をされていたみたいだが、浮気をされたから病気になったのかもしれない。

作者は、神仏習合を復活させようと企んでいるのか。あるいは、自分と大日如来を同一視しているのか。

「あっ! 大日如来 さま ですか」

「ううん まあそのう…… なんと 言ったらいいか」

(『護法童子 巻之(一)』「旅之壱 呪文月を巡るの巻」)

何とか言えよ。

両性具有。古代ギリシャの哲学者プラトンの「饗宴」で、人間の祖先の形とされる、男女が一体となった球形の姿。神の怒りに触れて二分されて以来、男女は互いに求めあうようになったとするもの。

(『日本国語大辞典』「アンドロギュノス」)

護法童子の股間は、どうなっているのかな。

(28終)