大阪タイガース キャップ(1948~1949)
いただきもの!ホント、ありがとうございます!
おかげで大阪タイガースTシャツと合わせることができる!
左から#19 土井垣武捕手、#7 金田正泰外野手、#25 別当薫外野手、#10 藤村富美男内野手、#23 呉昌征外野手
戦後の物質不足のため、かろうじて入手できた紺色の生地を使用したタイガース唯一の濃紺ユニフォーム。そのユニフォームの色彩に合わせてキャップもタイガースでは珍しいの濃紺色(ネイビー)が採用されている。
少々話がずれるが、1993年、長嶋茂雄氏が巨人の監督に復活した際、巨人は長年使用してきた黒を廃止し「ミッドナイトブルー」と呼称された濃紺を採用した。(もっとも巨人は球団創立直後の1935~1952年までは濃紺を使用していたが)
我々の世代は物心ついたときから巨人は黒×オレンジのイメージが刷り込まれていたので、この濃紺採用には少なからずも驚いたが、その際、脳裏に浮かんだのが黒×黃のイメージが強いタイガースが1948、1949年に黒ではなく濃紺のユニフォーム・キャップを採用したことだった。
キャップの印象だが、以前は「O」のロゴのみで、これいといったインパクトがないように思っていたが、最近は…なかなかどうして、シンプルなデザインが逆に個性的でいい味出している。配色の変化等はあったものの大阪タイガーズは球団名変更まで、20年以上同一意匠の「O」を使用した伝統と歴史の重みを感じさせてくれるデザインである。
※その他グッズはこちら
いただきもの!ホント、ありがとうございます!
おかげで大阪タイガースTシャツと合わせることができる!
左から#19 土井垣武捕手、#7 金田正泰外野手、#25 別当薫外野手、#10 藤村富美男内野手、#23 呉昌征外野手
戦後の物質不足のため、かろうじて入手できた紺色の生地を使用したタイガース唯一の濃紺ユニフォーム。そのユニフォームの色彩に合わせてキャップもタイガースでは珍しいの濃紺色(ネイビー)が採用されている。
少々話がずれるが、1993年、長嶋茂雄氏が巨人の監督に復活した際、巨人は長年使用してきた黒を廃止し「ミッドナイトブルー」と呼称された濃紺を採用した。(もっとも巨人は球団創立直後の1935~1952年までは濃紺を使用していたが)
我々の世代は物心ついたときから巨人は黒×オレンジのイメージが刷り込まれていたので、この濃紺採用には少なからずも驚いたが、その際、脳裏に浮かんだのが黒×黃のイメージが強いタイガースが1948、1949年に黒ではなく濃紺のユニフォーム・キャップを採用したことだった。
キャップの印象だが、以前は「O」のロゴのみで、これいといったインパクトがないように思っていたが、最近は…なかなかどうして、シンプルなデザインが逆に個性的でいい味出している。配色の変化等はあったものの大阪タイガーズは球団名変更まで、20年以上同一意匠の「O」を使用した伝統と歴史の重みを感じさせてくれるデザインである。
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