「水とりや氷の僧の沓 の音」 芭蕉
毎春、東大寺二月堂で行われる「修二会」、、、俗に言う「お水取り」を詠んだ、余りにも有名な一句です。(^。^)
クライマックスの大籠松明は三月中旬になりますが、練行衆と呼ばれる僧たちは、二月から、名のとおり、二月堂に籠って修行を続けるのです。(^-^)
この二月堂に「籠る」という行為が、のちに名句のバリエーションを広げたのかもしれませんね。(^_^)
「水とりや籠りの僧の沓 の音」 芭蕉?
そう、上記のとおり、原案の「氷の僧」が、「籠りの僧」に変わっています。( ; _ ; )/~~~
調べてみますと、、、一刀両断。
『芭蕉翁發句集』などでは「水とりやこもりの僧の沓の音」とある。また、『芭蕉句選』では「水鳥や氷の僧の沓の音」とあるが、これらはいずれも杜撰。
「氷の僧」の出典は、「甲子吟行」(野ざらし紀行)と「芭蕉庵小文庫」(元禄9、1696年)。「甲子吟行」は芭蕉の真筆とされているし、いずれにもはっきりと漢字で「氷の僧」と書かれていて、疑う余地はないのではないか。
「こもりの僧」の出典は、江戸中期の俳人、蝶夢の「芭蕉翁絵詞伝」(寛政5、1793年)と「芭蕉発句集」(安永3、1774年)で、いずれも芭蕉(1644~1694)没後100年ほど経過して書かれたもの。「氷の僧」では意味が通りにくいと考えた蝶夢が、「こもりの僧」と書き換えたのではないかとみられる。
また、芭蕉が二月堂で、「こもりの僧」を「氷の僧」と聞き違え、極寒のなかで参籠する様子を見たこともあっておもしろい表現だと思い「氷の僧」とした…と想像をふくらませる解釈もあった。
「こもりの僧」の出典は、江戸中期の俳人、蝶夢の「芭蕉翁絵詞伝」(寛政5、1793年)と「芭蕉発句集」(安永3、1774年)で、いずれも芭蕉(1644~1694)没後100年ほど経過して書かれたもの。「氷の僧」では意味が通りにくいと考えた蝶夢が、「こもりの僧」と書き換えたのではないかとみられる。
また、芭蕉が二月堂で、「こもりの僧」を「氷の僧」と聞き違え、極寒のなかで参籠する様子を見たこともあっておもしろい表現だと思い「氷の僧」とした…と想像をふくらませる解釈もあった。
にゃるへそ!🐈⬛
しかし、現代には、二つの「お水取り」の句が伝承されているのも、また事実。(^。^)
馬関的には、どちらも豊かな情趣を感じます。(^-^)
では、水取りに因んだ狂句を献上。( ^_^)/~~~
「水取りて火と木が付けば山火事や」 祖谷馬関
(句意)
日月火水木金土、水を取って火と木がくっつくと、山火事になるぞ!!(◎_◎;)
「おい!、馬関の野郎から、座布団一枚引っ剥がしとけ!」(笑点)