居酒屋~通りすがり~

今の我々に出来る事から始めましょうや。
明日を信じて始めましょうや。小さいことでいいからさ。困った時はお互いさま…ねっ

【三】『燐寸』…これ、読めますか?

2012年09月24日 19時30分07秒 | 【三】お通しの小鉢です
タイトルに掲げた『燐寸』の文字。

コレを何気なく読めたアナタは…おそらく!?
オーバー40で『燐寸』の使い方やそれに伴う思い出を持っている『最後の世代』なのかも知れませんな。


正解はマッチ


そう
小さな木の棒の先に赤い発火体の着いている、日本人なら誰でも知ってる『アレ』であります。

だけど、最近は身の回りで見かける事も使う事もトンと無くなり…
今の子供たちに至っては『使い方すらわからない??』代物ではないかと思う店主。

さっき『日本人なら誰でも知ってる』と書きましたが、正確には
『ある年齢層以上の日本人なら…』って事になるんでしょうか…ねぇ。



店主が子供だった昭和40年代は、今から比べたら『まだまだ不便』な事が多かった時代でして…。
【使い捨てライター】が登場したのが1975年(昭和50年)の事。
それ以前から『火を点ける道具』として各家庭に当たり前にあったのがこのマッチでした。

マッチ棒を箱の周りに張られてある擦り板で軽く擦ると…
『シュッ』と軽い音を立てて 軽いりんの匂いと共に立ち上る小さな炎。


料理をするとき ガス台に点火するのもマッチ。
寒い冬、暖を取るストーブに点火するのもマッチ。
大人たちが煙草に火を点けるのもマッチ。

『なくてはならない道具』として昭和の生活に欠かせなかったマッチ。

今や『絶滅寸前な道具』として珍しい存在となってしまいました…。



先日、ホームセンターに買い物に行った時…
『思わず懐かしくて買っちゃった』と女将が見つけてきたこの徳用燐寸。

現在、我が家のテーブルの上で『昭和の情緒』を醸し出すアイテムとして活躍しております。

すっかり、使い捨てライターに慣れきった店主としては…
【わざわざ擦って火を点ける不便さ】が逆に懐かしくて新鮮( ̄∀ ̄)


また、使い捨てライターは 使い終わった後のゴミとしての始末も面倒な一面があるんですが…

マッチならみんな『燃えるゴミ』として始末出来る事が【案外、エコなんじゃないか?】とも思った店主。


昭和の忘れ去られた道具の中には…
今の時代だからこそ『逆に価値のある』埋もれた道具もあると思います。

そんな『昭和の道具』
皆さまはどんなモノを思い浮かべますでしょうか?


次は…
【『七輪と炭』でも買って、秋刀魚 焼いて食うか?】
などと思っている…
最近の店主なのでありました。



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【三】とうとう… (゜∇゜)

2012年09月18日 23時58分35秒 | 【三】お通しの小鉢です
思えば…


『28歳』を迎える頃、アタマの頂頭部はすでに
昭和枯れすすき状態になりつつあり…


『38歳』を迎える頃、アタマは全体的に
だんご三兄弟のようにツルツルになり…


それに飽きたらんのか?



『47歳と二ヶ月ちょっと』で とうとう…



眉毛にまで、白髪が生えてきた



あと10年後…



店主は世間からきっと、こう言われるのだろう…。



おじいちゃん。悠々自適の生活でいいですね



ショックだなぁ~。
眉毛の白髪。



以上、今日一番凹んだ話でした…。



(ノ△T)
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【九】『胸のつかえ』が取れた話…。

2012年09月16日 13時23分14秒 | 【九】店主の独り言…
ちょっと前の話だが…。

ここ数年、店主の中にあった『胸のつかえ』が溶けてゆくが如く、念願の吉報が所属している派遣会社からあった。

待ちわびた『吉報』であった。

人から見れば 大したことない小さな出来事だが…
店主からすれば、数年越しの『胸のつかえ』から解放された大きな吉報であった。

以下、その顛末…。



以前のauブログからお付き合いのある皆さまは 記憶の隅にあるのかも知れないが…

今から3年前の夏、店主は失業者になった。
契約社員として、6年働いた会社より『解雇通知』を言い渡されたのである。

店主は成田空港でその会社で航空機に貨物を積み込む『搭載業務』に従事していた。

文字通り、着いた飛行機の貨物を降ろしたり 出発する飛行機に貨物を積むのが仕事で空港に行かれた方ならわかるだろうが
飛行機の周りで『蟻』の様に取り付いて働いているのが我々『搭載課』の仕事なのである。


最初は生きる為に選んだ仕事であったのであるが…

いつしか、飛行機の素晴らしさに魅了され 『日本の表玄関』で働く誇りを持つようになり、
【ここでずっと働きたいと思っていた矢先、世界を揺るがした〓アメリカ発『リーマン・ショック』の煽りを受けて、あえなく失業の宣告を受けた訳であった。


★★
失業した、その年の11月…。

とある派遣会社の面接を受けた店主が採用され、配属された派遣先は なんと!?
店主が夏まで勤めていたまったく同じ会社の『搭載課勤務』であったのである(◎o◎)
5ヶ月のブランクを経て復帰した『元』職場。

全く同じ職場で、同じ搭載課として働いている仲間達との再会は嬉しかったが…
そこはやはり派遣の立場。

全く同じ仕事をしてるにも関わらず、給与面では明らかに差をつけられていて
契約社員には付く手当や夏冬のボーナスは派遣には、当然なく…。(;_;)

『経験者』として採用された店主が、その後入社してくる未経験者の面倒を見る事になるのだが…。
【トンでもない行状の数々】に振り回され、
所属の部課長にハゲ頭を下げまくった事も一度や二度ではなかった。


でも、条件は悪くとも仕事はやはり楽しかった。


確かに重労働だし、外仕事だから夏や冬の厳しさは決して若くはない店主の身体には堪える事ばかりである。

だけど。
仕事を終え 無事に飛行機を送り出す充実感や、季節の移ろいを肌で感じる瞬間や、程よく疲れた身体に女将と一緒に喉に流し込むビールの味の格別さ などなど…

やはり 何だかんだ言いながら店主はこの仕事が好きだし、性に合っているのだろう。


勿論、心の奥底には『敗者復活した者』の意地も当然ある。


言葉が悪くて恐縮だが…
【クソッタレ】【こんちくしょう】と 何度も心の中で叫びながら仕事をしてきた事も数え切れない。

同じ仕事をしながら
『同じ待遇ではない』と言う差別感が逆にエネルギーになったのか?
【契約社員より何倍もいい仕事してやる〓】という意気込みで突っ走った3年間。

店主の過ごした『派遣社員の3年間』というのは、そんな気持ちの時間だった訳であります。


★★★
現行の派遣法では…
『3年を越えて同一箇所に派遣をしてはならない』との条文があり、現在コレがいろいろな問題を産んでいる事実がある。

基本的路線としては、3年間派遣された人に対し、派遣先はその人を『直接雇用』する義務が生じるのであるが…

ズルいやり方をする派遣先=企業によっては、3年に達する2ヶ月前にわざと解雇を通知し
『3年の勤務を満たしていない』との理由で直接雇用を避ける手段を用いる企業もあると聞く。


店主が3年前 派遣会社に所属する際、無職であることを脱する事に喜ぶと同時に念頭にあった事は この事であった。


【3年後、また無職になるのか…!?】


どんなに好きで頑張って働いた職場でも 法律で決められた3年間の時間限定…。
その後は派遣先の会社のさじ加減ひとつで決まる命運。
虚しさが先に立ち イライラが募る事もしばしばだった。


唯一の救いは…
毎日、朝から働いて疲れているであろう女将
店主の身体を気遣って作ってくれる晩ご飯と 心の込もったお弁当と そして…
その日の出来事を関西弁で面白おかしく話してくれる女将の笑顔だった。


それにどれだけ助けられ、救われた事か…。
感謝しても感謝しきれないと思っている。



★★★★
8月の後半、休日だった店主に所属する派遣会社の課長から一本の電話が入った。


『9月以降の契約の件なんですが…。』

いよいよ来たか…!?。
そう覚悟して携帯を握りしめた。


店主の所属する派遣会社は3ヶ月毎に契約更改があり、更改の1ヶ月前に継続の意思を確認する電話が入る仕組みになっている。

派遣法に引っ掛かる日付は10月中旬だが、5月中に【6月~9月末】の契約は済ませてあり この時期に契約更改の連絡があるという事は…!?

『直接雇用になるのか?』
はたまた『クビになるのか?』
ひとつの宣告を意味しているのである。


派遣会社の女性課長は ハリがありながらも柔らかい声で話を続けた。
〉『今日、派遣先の会社から連絡がありまして…。
10月から【契約社員】として直接雇用したいとの連絡がありました。』



…。ホンマに…?
ホンマでっか??



この瞬間…
店主の抱えていた、数年越しの懸念が一気に払拭されたのでありました


『嬉し~い』と言うより【ホッとした】と言うのが素直で正直な気持ちでした。


次に湧いてきた気持ちは…
また、飛行機の傍で仕事が出来るんだという思いでした。


そして最後に浮かんだのは… 女将でした。
『喜んでくれるかなぁ~?』(^_^)v

結果は…?
店主以上に喜んで一緒に笑ってくれたのが女将だったのです。


★★★★★
契約社員に『復帰』する事によって 多少は年収も増える事になります。

僅かな金額ですが…
コレで少しでも女将にラクさせてやりたいし、約束しながら実現出来てない事も 少しづつ果たしていけたら 女将への恩返しになるのかな?
そう思っている店主。


真面目に働く人ほど『生き難い』方向に流れている今の世の中。
現在、派遣社員として働いて気苦労の絶えない方々も大勢いらっしゃるでしょう。

中には『世の中の不条理』に怒りや、絶望や、無気力を感じてる方々もいるかも知れません。


経営側がその下で働く人々を単なる『コスト』としか捉えず、【使い捨て感覚】で雇えるシステムとして定着してしまった『派遣の一般化』。

『カネの亡者』と化した経営側と『己の保身』にしか興味のない無能な政治家たちによって
日本はバブル崩壊以降、10年以上も迷走を続け 未だに光明を見出だせずにいる体たらく。

派遣労働者に限らず、日本中の真面目に働く国民なら皆、怒りを胸に毎日仕事に勤しんでいるのです。


一方で派遣で働く一部の人の中には…
『自分は派遣だから 仕事はこの程度でいいんだよ』と甘えた考えの人がいるのもまた事実である。
中には『この人、何しに来てるんだ?』と思わせる人を何人も見た。


働く以上、パートだろうがアルバイトだろうが派遣だろうが立場に関係なく、
『お金を得る為の責任』は平等に発生するのである。

『時給が安いからやる気がしない…。』
『待遇が悪いからこの程度でいいんだ…。』

しかし、その条件や待遇を承知の上で面接を受け その職場を選んだのは
紛れもなく『あなた自身』なのである。


今の条件の悪さを嘆き、ふて腐れる前に『一生懸命に働く』って事を忘れてはいないか?
店主はそれを強く思うし言いたいのだ



これから先 何があるか分からないし、何が起きても不思議ではない世の中。
店主の人生に於いてもこれから先もまだまだ『山あり谷あり』の出来事があるだろう。


だが…
『一生懸命にやる』って気持ちさえ失わなければ、これからも自分は大丈夫 頑張れる

もうすぐ終わる『派遣時代の3年間』は店主にそんな事を教えてくれた3年間だったのでありました…。



駄文長文に関わらず、最後までお付き合い下さり ありがとうございました。
m(_ _)m


店主。
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