ビギナークリスチャン♪シズコの縁側

クリスチャン歴18年、うつ状態歴27年をむかえたけど未熟or発展途上?悩み満載!生かされて感謝♪クリスチャンブログ。

Bread for the journey~今日のパン、明日の糧

2016年01月11日 | 私の好きな本
信頼はいのちの基盤です。信頼なくして人間は生きて生きていくことが出来ません。空中ブラン後乗りが、このことのすばらしい例を示してくれます。ブランコを飛び移る人は、自分をつかまえてくれる人を信頼しなければなりません。すばらしい二回転、三回転、四回転宙返り。空中ブランコで最も目を見張るのは、飛び移る人を、正確なタイミングと位置で受けとめ、つかまえる人です。私たちの人生の多くは、ブランコを飛び移るようなものです。空を鳥のように自由に飛ぶのはすばらしいことです。けれども、私たちをつかまえてくださる神がいてくださらないなら、私たちがいくら飛んでも何もなりません。私たちを受けとめてくださる偉大な方を信頼しましょう。


ヘンリ・ナウエン著の366日霊想書「今日のパン、明日の糧」より、1月11日分「つかまえてくれる人を信じること」





今日、母がバスで出かけたら帰ってきた
「祝日でバス時間が違ってた」と言うので
車で送って行った
まだ時間が早かったので周りをぐるっと回ったら
聖公会の教会を見つけた
母を送った後、寄ってみた
誰もいなかったので入れなかった
帰り道がカトリック山形教会があるので
寄ってみた
カトリック教会は基本的にお御堂が366日24時間開いていて
誰でも入ってお祈りできる
そっと入ってお御堂で祈った
カトリックの書店が開いていたので初めて入った
狭いけれどとても充実していて
「今日のパン、明日の糧」が一冊
ひっそりと置いてあった
アマゾンで買おうか、スマホで最安値を検索したけれど
そんなに変わらなかったので
10年越しに欲しかった本だから
2100円定価で買った
その後カトリックの友達に電話をしたら
突然だけどランチしよう、と言うことで
サイゼリアで待ち合わせ
随分長く、ゆっくり食べて飲んで喋った
カトリックの友人ならではの話をたくさん聞かせてもらい
帰宅した
そうしたら大好きなデビット・ボウイが亡くなったとニュースで知った
デビット・ボウイも、この霊想のように
神様にジャンプして受けとめられたのだろうか?
アーメン





友達の東京お土産。東京駅の形のチョコレートやいろいろ頂いた。ありがとう。家族みんなでごちそうになります。











デイビット・ボウイさん死去のニュース。11日夕方5時現在


【ロンドン時事】英ロック歌手デビッド・ボウイさんが10日、死去した。
 がんを患っていた。ボウイさんの公式ツイッターアカウントが公表した。 


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向井かおりさんの本、「永遠の手」から

2011年11月28日 | 私の好きな本

ある意味、最後の最後。
そのホスピスの病棟で、神さまは大きなチャンスをくれた。

父の友人であるひとりのクリスチャンが、父の病室を訪れた。
「向井さん、ずっとあなたにいいたいことがあったんだ。
僕、自分自身のこととして、あなたに言うよ。
あなたはすばらしい自分をふるまったけど、本当は自分を褒めてほしかったんだね」
これは驚くべき言葉だった。
すでに朦朧(もうろう)としかけ、人生の週末を迎えようというガン患者に、いったい誰が
こんなことを言えるだろうか。

「ありのままのあなたになろうよ。
あなたはどうしても、これまでのことを家族に謝らないといけないよ」

そばにいた母は、「廊下を叫んで走り回りたかった」という。

父は身をよじった。
しかし朦朧(もうろう)としながらも、初めて「すまない」と母に言ったという。たった一言。たった一度だけ。
でも、それを聞いただけで、母は何かが溶けたと言う。
自分自身も長い間かたくなで、父を赦せていなかったことに気がついたと言う。
そして父が癒されてほしいと、この時、心底願ったと・・・・・。

「ねえ、向井さん、僕たち友達だよね。これまでもあなたと難しいお話をしたかったんじゃなかったんだ。
『今日、何食べた?』とか、『あれ、おもしろいねえ』とか、
そんな話をしたかったんだよ。
天のお父さんは、もっとそうだよ。
一番大切なことは、素直に、ありのままに、お父ちゃんに飛び込むことだったんじゃないか。
甘えればいいんだよ。『お父ちゃん、天のお父ちゃん』って。
『おとうちゃん、ここが痛いんだ。ここが痒い(かゆい)んだ』って。
難しい立派なお祈りするなよ。そんなのいらないんだよ
このまんまの自分が『お父ちゃん』って呼ぶ。お父ちゃんは、それを一番喜んでくれるんだよ」

天のお父ちゃんは、素晴らしい時間を私たちにくれた。



著者「永遠の手」向井かおり(むかい・かおり)。定価:1334円+税
発行:いのちのことば社

今日久し振りにこの本ば(この本を)二階の私の部屋から引っ張り出して読みました。
前にも読んだつもりだったのですが、この箇所、さっぱり(=全然)記憶が無かったんだず~。

ここ読んだ時、なんだが、神さま=イエス父ちゃんから。シズコのこと言われた気がして、なんだか、こっ恥ずかしがったんだげっど(=ちょっと、恥ずかしかったのですが)、読んだあと、ミョーに安心したので、こごさ(=ここに)書かせて頂きました。

父ちゃん、向井かおりさん、ありがどさまです。(=ありがとうございます。)
あたし、ほんては、めちゃくちゃくたびってたっけんだっけは(=本当は、とっても疲れてたのよ~)

そして、この本を、去年?あ~ん????多分~一昨年、東北毛図一句・・・・・・これじゃ、十返舎一九(じゅっぺんしゃ・いっく)になっちまうだろ?・・・失礼しました・・・・東北ケズイック・コンヴェンションで「あの、よろしければ、この本をシズコさんにお薦めしたいのですが・・・」と、いつもと変わらない笑顔で、謙虚に薦めてくださったゴスペルショップオアシス仙台店のスタッフ・Kさんが、どうして私にこの本を薦めてくださったのかが、本当の意味で、今日やっとわかりました。
Kさん、本当にこの本を薦めてくださってありがとうございました。


向井かおりさんの公式ウェブサイト、ゴスペルショップオアシス仙台店のサイト、東北ケズイック・コンヴェンションのHPをコメント欄に貼ります。
ぜひご覧になってください。
蛇足ですが「『東北ケズイック・コンヴェンション』って何?」
東海道中膝栗毛(とうかいどうちゅうひざくりげ)を読む会や、俳句の会ではありまっしぇん。れっきとしたクリスチャンの集会?(で良いのか~?)です。
以前参加する前は、ショージキ、「化石のやふなキリスト教の集会」と思っていたのは、
ハイ・・・私です。父ちゃんごめんよ~
・・・実はこの「東北ケズイック・コンヴェンション」っておもしゃいんだ。(=面白いんだ)
全国でやってんの。「でも」アタシは「あえて」お伝えしたいです。
「東北ケズイックコンヴェンション」は、おもしゃいです。
行ったかいあります。いつも遠くて行けないゴスペルショップオアシス仙台店さんも出店してくれるので(お祭りか~?)キリスト関係の本や、クリスチャングッズ(シールとか買うのが安くて私は好き)が買えて楽しいよ。
よっくど(=よく見て)探すと、掘り出し物の本が結構あるのです!

ごめんなさい。まだ余計なごど長く書いたきゃ~。ごめんなさい。

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「幼な児のごとく~三浦綾子文学アルバム」より 私の理想の夫・三浦光世さん

2011年11月03日 | 私の好きな本
そのとき、イエスに手をおいて祈っていただくために、
人々が幼な子(おさなご)らをみもとに連れてきた。
ところが弟子たちは彼らをたしなめた。
するとイエスは言われた、
「幼な子らをそのままにしておきなさい。
わたしのところに来るのをとめてはならない。
天国はこのような者の国である。」
そして手を彼らの上においてから、そこを去って行かれた。

新約聖書:マタイによる福音書18章13~15節(口語訳)




今日は文化の日で旗日のお休みの日です。

ですが、弟は普通に出勤したし、母も忙しく買い物やミシンをかけています。
なので、私もいつものように起き、いつものように過ごしています。
あ、ちょっとだけ今週、体は疲れているけれど、気持ちが明るくなれたかな?
素直に、嬉しいです。

今日は、先日ネットオークションで買い求めた、この本をご紹介したいと思います。

「幼な児のごとく~三浦綾子文学アルバム」北海道新聞社 刊 1994年発行
定価 2800円
です。


アマゾンで検索してみたら、記載されている内容が次のように書いてありました。


第1部 三浦文学を生んだ風土

第2部 写真で綴る三浦綾子の半生

第3部 友人から見た三浦綾子


実はこの本は、山形市内に「ライフセンターオアシス山形店」(現・山形大学前、現在は閉店。)で購入しました。まだノンクリスチャンで、ちょうどうつ病になり、入退院を繰り返していた頃でした。その頃から私は教会(今の南部教会とは別の教会)に通いつつ、当時勤務していた中学校も休職していました。そして結婚を続けるか、それとも離婚をするかと言う、本当に厳しい、涙の時でした。

そんな時に、「三浦綾子」と言うクリスチャンの作家を知り、むさぼるように読んでいました。初めて読んだ本が「愛すること信ずること」と言う本でした。

購入時は「講談社現代新書」として出版されていました。
が、今は「講談社文庫」として500円で出ています。
私は読後に、この本を友人の結婚の贈り物としてプレゼントしてしまったので、今はこの「講談社文庫版」を持っています。
けれど、改めて見比べると、装丁などは、昔持っていた「講談社原題新書」の方がずっと趣(おもむき)があって、私は好きです。

私はこの本にも、非常に感銘を受けました。そして「ああ、この三浦綾子と言う女性のような妻になりたい」と真剣に思い、そう努めていたつもりでした。

けれども残念な事に、その後離婚と相成りました。

閑話休題。

話を「幼な児のごとく~三浦綾子文学アルバム」の方に戻します。

3年ほど前から、私が通っている南部教会に、三浦綾子記念文学館の特別研究員の森下辰衛(もりした たつえい)先生が講演に来て下さっております。私はこの先生の講演を二年目の二回目からお聴きしたのですが、その鋭い観点と論調に、正直恐ろしいほど感嘆し、感銘を受けました。それからまた、改めて自宅の三浦綾子さんの作品を読み始め、読んでいない本はブッ☆○フなどから買い求めて読んでいます。
ただ、この「幼な児のごとく~三浦綾子文学アルバム」は、いつの間にか無くしてしまったのです。本当に残念に思っていました。

けれども、2週間前ほど、この本がオークションに出ていたのです。
400円と言う格安の値段でした。
私ともう一人、二人の方が入札なさって、結局私が420円で落札して譲って頂きました。今は私の手元に大事に保管してあります。

その中から、数枚の写真をご覧下さい。

最初のこの画像は、表紙のカラー写真の三浦光世さん綾子さんご夫妻の画像です。
私のとても好きなショットです。光世さんが綾子さんの傘を直して差し上げているのでしょうか?いつも奥様の綾子さんを気遣っておられる優しい夫・光世さんらしいお姿です。私はこの光世さんの横顔のショットがとても魅力的だなと思います。
綾子さんの黒いコートもとてもお洒落なんですよ。






表(おもて)表紙全部を撮影したのがこの画像です。PHSで撮影したので、ぼけていますがお許し下さいね。







以下全て、この本に載っている写真です・・・・・・
が、一枚だけ?違う写真が載っています。よーく?探してくださいね。



三浦光世さん、堀田(旧姓)綾子さんの結婚式です。
本の最後に乗っている「自作年譜」によりますと

昭和34年5月24日・旭川六条教会において結婚式を挙ぐ。新郎35才。新婦37才。物置小屋を改造したひと間の借家に入居、新婚生活が始まる。

と、あります。
当時はまだカラー写真が無かったのではないでしょうか?
ですが、モノクロの写真と言うのは、とても趣があって素敵ですね。




挙式後の三浦光世・綾子夫妻の写真です。
綾子さん、とてもお美しいなと思います。本にも 

幸せいっぱいの二人

と記されています。そうですよね。






この写真は、綾子さんの三才年上のお姉さまの百合子さんのお写真です。






私はこの百合子お姉さんも「とても美しい方だな」印象に残っています。
本書には 歌人として優れた才能で綾子に多大な影響を与えた三才年上の姉の百合子

と記されています。三浦綾子さんの自叙伝「道ありき」でも、綾子さんは、この百合子お姉さんの事を書いています。

新婚後のお写真のようです。本には

礼拝終了後、教会で何かを話し合う二人。1964年(昭和39年)ころ


とあります。「仲良きことは睦まじきかな」を地でいっておられるお二人ですね。





この写真は、綾子さんの珍しい着物姿の写真です。

本には

珍しい着物姿。『氷点』入選のころ。サインを入れて とあります。
このショットも私の好きな一枚です。
綾子さんの凛としたたたずまい、矜持が感じられて好きです。






私がこの本をご紹介したかったのは、タイトルに書かせていただいたとおり、この三浦光世さん、綾子さんご夫妻が、私の理想の夫婦像だからです。
私は一度、結婚に失敗し、離婚を経験しました。
ですが、そのお陰で・・・と言うのはおかしいですが、イエス様に導かれた気がします。


今の、45歳になった私の願い(=祈り)がいろいろありますが、今回のブログには次の6つを書かせて頂きます。

①一日でも早く、精神的、経済的に自立(自律)できるようになること。

②そして・・・今度は、私の神様、イエス父ちゃんが、三浦光世さんのような、清潔なクリスチャンの男性を、一番良い時に配偶者として与えて下さり、結婚も与えられ、幸せなクリスチャン家庭を築かせて頂くこと。 

③そのためには、私自身もその方に相応しい(ふさわしい)、清潔なクリスチャンの女性にならせて頂きたいこと。

④そして、独身の時に、あまり学べなかったし、学ぼうとしなかった、お花、お茶、お料理、お掃除、その他家事一般を、もう一度、母から学んだり、教室に通うなりして、女性としてのたしなみを身につけたいこと。

⑤私は子どもが大好きなので、もし、御心(みこころ=神様のお考え)に叶う(かなう)なら、神様から子どもが授かること。
けれども私は年齢的に、どうしても高齢出産になってしまうので、
もし、妊娠せず、子どもが授からなくとも、夫婦仲良く笑って暮らせること。
もし、夫となる男性の方と相談して、考えが一致したら、二人で祈って、両親のいないお子さんを養子や、里子として、育てさせて頂きたいこと。

そして、たくさんの方々が、我が家に気楽に足を運んでくださるような、明るい家庭を築かせていただきたいこと。特に、三浦光世さん、綾子さんご夫妻のように、クリスマスの時に、子どもクリスマスを開いて、近所のお子さんや、どこの国のお子さんも、どんな肌の色のお子さんも、どんな障害を持っているお子さんも、どんな宗教を信じているお子さんも「おじちゃん、おばちゃん」と声をかけて、喜んで足を運んで、子どもさん全員と私たち夫婦が仲良く集えるような家庭を作らせていただきたいこと

⑥私は子どもさんと同じくらい読書が好きで、本が山のようにあります。もし、これも御心に叶い、夫となる男性の方が賛成して下さるなら、我が家を小さな図書館にして、自宅を開放したいこと。


です。

ちょっと恥ずかしいけれど、思い切って、書かせて頂きました。

ひとつは、私のクリスチャンのとても親しい友人のAちゃん(既婚)が、こう話してくれて、私と共に祈ってくれているからです。

「シズコさん、結婚したいなら、具体的に祈るべ。絶対祈らなくちゃ損だよ~。祈りは聞かれるんだよ。私、結婚したくて具体的に『神様、こんな男性が良いです。夫として与えてください』って、10年祈ったの。そうしたら、○○さん(Aちゃんのご主人様)と結婚できたの。だから、祈るべ!絶対大丈夫!」


ってね。(Aちゃん、ありがとう


だから、ここに書くことで、私自身も、私の祈りが具体的に、整理できて書けたし、祈りの課題がはっきりして、自分でも(もう祈っていますが)毎日祈ることができますよね。

そして、皆さんにも祈っていただけるし、祈っていただきたいです。

どうぞ、この祈りの課題を読んで下さった方々、是非ご加祷(ごかとう)下さい。

子どもは、こんな子どもが与えられたら良いかな・・・?・・・ん?・・・・?
え?何?・・・どこかで、見覚えがある?・・・・





もう夕方の5時半を過ぎました。暗くなって電気をつけています。
今日はわりと山形市は暖かい気がします。けれど、洗濯物は、ぱりっと乾かなかったなあ・・・。けれどちょっとだけでも、外に干して、お日様の日で乾かすと、気持ち良いですよね。

一つお知らせです。

今日から、ブックマークの⑧に「Promusicaによるルネサンス音楽~主にルネサンス音楽とBach の合唱曲を一人でSoprano~Baseを歌い多重録音しました」を追加させて頂きました。解説どおり、大分在住のPromusicaさん(男性)の方の美しい歌声がお聴きになれます。
時々コメント下さる、Ceciliaさんのブログ経由で、この方のブログにたどり着いたのですが、とにかくとても美しい声の方です。

そして、讃美歌をたくさん歌ってブログアップなさっておられます。

私は讃美歌だけではなく、他のルネサンス曲も大好きで、よく拝聴しているのですが、昨日「リンクをお願いしたい」と申し出たら、快諾してくださいました。
音楽好きな方、また讃美歌をお聴きになりたい方は、是非Promusicaさんのブログへどうぞ。


また、2011年11月3日現在の時点では、私の知る限り、山形県内には「クリスチャンブックセンターが一軒もありません。とても残念です。
前にも申し上げたとおり、東北、いえ、日本全体で、今ネット販売が主流になりつつあり、書店は経営が大変難しいのだそうです。
まして、クリスチャン人口の少ない日本での、クリスチャンブックセンターの経営は、どれだけ大変かと思います。

どうぞ、日本の、特に、東北のクリスチャンセンターが閉店にならないように、是非お祈り下さい。そして、できるだけ私を含めて、たくさんの方々がクリスチャンブックセンターで本や、クリスチャングッズを購入できるように、是非お祈り下さい。

コメント欄に、私がお世話になっているクリスチャンブックセンターのHPを貼っておきます。どうぞご参考になって、足をお運び下さい。
閉店にならないように祈ってくださるだけでも十分です。
よろしくお願いいたします。

今日は、ゆっくりゆっくりと、書かせて頂けました。
良かったです。

皆さんの夜が平安になりますように。祈ってブログアップいたします。

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藤井康雄・編「台所の祈り」

2011年09月19日 | 私の好きな本
これは何回もご紹介した本です。
某古本屋で105円で購入。信じられないようなこれも「霊想書」です。
昨日、一昨日の分がとても良かったので、ご紹介させて下さい。

9月18日

神を賛美したい

私は神の御名をもってほめたたえ
神を感謝をもってあがめます。
それは雄牛、
角と割れた蹄をひずめのある若い雄牛にまさって
主に喜ばれるでしょう。
(詩篇69・30-31)

東京府立癲療養所・多摩全生園に入っていたクリスチャンの人が、こう祈っていました。
「神様。わたしは両手が落ちてしまいました。顔も恐ろしく変わってしまいました。そして、とうとう失明もしてしまいました。神様、どうぞ私ののどだけは奪わないで残しておいてください。こののどを犯されては、あなたを祝福し、あなたを賛美することができません。しかし、それだからとて、み心ならば決して拒みはいたしません」。


9月19日

救いの道

私たちはこのキリストにあり、キリストを信じる信仰によって大胆に確信をもって神に近づくことができるのです。(エペソ3・12)

教師をしながら、美しい信仰詩を書きつづけ、若くして天に召された八木重吉はこう詩いました。

基督が解決しておいてくれたのです
ただ彼の中へ入ればいい
彼につれられてゆけばいい


「ああ、私もこんな生き方をさせて頂きたい」と、心打たれました。
けれど私は弱い人間です。「あれもしたいこれもしたい」と言う欲望もたくさんあります。
けれど「自分が罪を犯したな」と思っている時、すぐ回心(神様に立ち返ってごめんなさいと謝る)こころを頂きたいと思いました。

「台所の祈り」藤井康雄・編 いのちのことば社、今は絶版となっているようです。
私の105円で購入した本の定価は2500円でした。
アマゾンでは今日の時点では出品者から購入できるようでした。またネットオークションなどでも、探すと安い値段で出てる場合もありますよ。
「『366日の霊想誌』はなかなか安くならないから、半額はお得よ」と、先日ご紹介したエミーカーマイケルの霊想誌は、好美先生に教えて頂いて購入いたしました。
366日の霊想誌、安く売っていたら「神様からあなたへのプレゼント」だと思います。
聖書通読もなかなかできない私ですが、この本だけはどんなに焦っていても、一日の初めに運転する時、声を出して読んで祈ってから運転してます。凄く焦っている時は黙読しますが、最近は努めて、音読をしています。
音読は昔学んだ漢文を思い出し、やはり覚えるにもボケ?防止?にも良いみたいです。


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日毎の霊想「主の道を行かせてください」エミー・カーマイケル 

2011年09月17日 | 私の好きな本
ですから、皆さん、元気を出しなさい。私は神を信じています。
わたしに告げられたことは、そのとおりになります。

新約聖書:使徒言行録27章25節(新共同訳版)


私が毎朝起きた時に、「まず出来るだけ毎日これだけは読もう」と思っている本が一冊あります。洗礼を受けた翌年2002年、半額で買ったこの「日毎の霊想『主の道を行かせてください」エミー・カーマイケル著、小濱馨訳(いのちのことば社出版)です。
今はソフトカバーの美しい改定版が2000円で出版されていて、アマゾンでもお求めになられます。けれど私が買ったその当時は一冊3500円でした。好美先生から誘われて、近くの教会の日曜礼拝の後、当時はまだあったでしょうか?記憶が定かでありませんが「オアシス山形店」の出店があり、そこで半額になっていたので買い求めました。
どのような本かかんたんに申し上げますと、366日毎日、一つの聖句が書いてあり、この本ではエミー・カーマイケルがその聖句に対して彼女の思いを綴っている所謂(いわゆる)「霊想誌(れいそうし)」の類でしょうね。私は枕元に置いておき、毎朝聖句を読み、祈る参考にしています。
今日の「9月17日」のは、聖句自体がとても慰められたので、非常に心に残りました。そのまま引用いたしますので、どうぞお読みになってください。残念ながら今日の聖句は、どの聖書訳から引用かは不明です。(実にエミーカーマイケルは、たくさんの聖書からの引用が多く、私が好きな所以です。)



9月16日

「すべて私に告げられたとおりになると、私は神によって信じています。」(使徒二七・二五)

私たちの主が、直接に私たちにお語りになった特別のことばには、ほとんどの場合でも深く心に食い込んでくるものがあります。主からのものだという心の中の確信についても、深く食い込んでくるものがあります。主からのものだと心の中の確信についても同じことが言えます。
ところで、サタンはこの点を攻撃してきます。彼は私たちの確信を覆すことによって、私たちを平安から恐れに追い込もうとして懸命になっているのです。
このような、まちがいなくサタンの用いる手段に対しては、どんな場合にも「すべて私に告げられたとおりになると、私は神によって信じています」と信仰を持って応答することほど、確実な勝利を約束するものはありません。




読後、自分の新共同訳の聖書を読んで調べたのが、今日の聖句です。
正直、エミーカーマイケルの訳の方が、私にはしみじみと心に染みました。
新共同訳は少々、文章の味わい、趣(おもむき)に欠けるかな?と「おこがましくも」思うことがあります。(苦笑)

でも、今日のこの箇所には本当に心が癒されました。

今日も蒸し暑く、私はちょっと不安定で、運転がおぼつかなかったり、手に震えが来たり、過呼吸、動悸が苦しくなって午後はなるべく自宅に居ました。
昨日の診察でも内科のドクターに「絶対に無理はしないこと」と釘をさされましたので。

今日もこのパソコン室はねっとりと蒸し暑いです。
早めに冷房のある茶の間に戻ります。そして寝たいです。暑いせいか頭痛もしてます。

どうぞ皆様の週末の夜が平安でありますように。

追伸

今日の画像は昨日、10年ぶりに購入した新しいルージュ(口紅)です。
「ちふれ」のルージュで、色が気に入りました。ルージュ本体350円、ルージュ詰め替え用キャップ350円=合計700円です。色がとても素敵で私は気に入っているのですが、値段も安くて如何でしょうか?
キャップが詰め替え用なので、この色を使い切ったら、別の色のルージュを買って付け替える事が可能です。もっとも私自身は、紅筆を使うので、一本買って使い切るまで10年以上かかりますが(本当の話です。紅筆を使うと、とても無駄なくルージュは使えるんですよ。)
男性の方にはよくご理解できないと思います。お許しください。
でも、10年ぶりに購入したルージュ一本で、とても気持ちが明るくなりました。
「ちふれ」は私が大学生になった時、初めて使った化粧品で、他の有名メーカーよりずっと格安で、1セット買っても当時3000円程度でも揃ったと思います。今でも結構出ていて、ファウンデーションも800円程度なのでお勧めです。
何より、久し振りに「ちふれ」に変えて私が実感してるのは、肌が凄く軽いのです。
ちふれのパンフレットを読んだら「本当に肌に必要なものしか使わない」と書いてあったので、そのせいでしょうか?

最近はドラッグストアでもかなり安く(定価の20~30%オフで)普通のメーカーの化粧品が買えますが、正直、私にはちふれの方があっていました。肌に化粧品があうと、心なしかメイクも楽しく張り合いがあります。

明日は山形市長選。祈って投票に行きます

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ポール・トゥルニエ著「暴力と人間」より

2010年08月09日 | 私の好きな本
確かに宣教すると言うことは征服を意味する。

私の若い頃、異郷の国に宣教するという言葉は、白人の優越性の偏見に満ちていたものであった。そして司令官が作戦の展開を地図の上で追うように、宣教団の本部でも、宣教の進展を満足げに見守っていたものである。幸い今はそのようなことはなくなったが。しかし、まだ教会には、この戦いのイメージが色濃く残っており、力への渇望が相変わらず残っていることは否めない。


聖パウロ自身、宣教師の中で最もすぐれた宣教師ではあるが、エペソ人への手紙の終り(6章14節~7節)に、キリスト教の武具とやらを列挙している。少なくとも正直と言う点では評価できるけれども。救世軍も軍隊用語を用い、軍隊組織と、規律を保持している。私は最近、救世軍の著名なある幹部の一人と『ときの声』という思いきった名を冠するその機関紙について話し合ったことがあった。

ところがここに一つ注目すべきことがある。最も悲惨な人たちに、最もよく救いの手をさしのべ、同時に教義をおしつけることなく神学的に最も寛容な態度を示しているのもまた、救世軍だという事実である。そこには、他の教会が用心深く隠している戦闘的性格をさらけ出すことによって、逆に、無意識の中にあった攻撃性が表出し、その結果、温かい思いやりの心が解放されて出てきたかのように見えるのである。


われわれが、力を求める本能をどうしても払いよけることができないのならば、むしろそれと正面から対決し、制御することを学んだ方が良いのかもしれない。実際、教会の歴史を見ると、その本能のゆがんだ結果が何と多くの悪を生んできたことであろう。

ヤスパースは「仏教だけが、全体的特長として、暴力も、魔女裁判も、十字軍もなかった唯一の宗教である」(『偉大な哲学者たち』第一巻)。多分それは、清貧、克己、自己滅却などを、もっと忠実に教えてきたからではないだろうか

「暴力と人間(ポール・トゥルニエ著、山口實訳 ヨルダン社出版 ブログ筆者注、現在絶版)」より引用。
Ⅱ権力の持ち方「教会と権力」の章より。
257ページ8行から258ページ9行まで。



最初、詩という形で書こうと思ったブログですが、この「暴力と人間」のポール・トゥルニエの文章を引用しているうち、もうこれだけで十分ではないか。という気がしてきました。
新しく「私の好きな本」と言うカテゴリーを今日作って、この文章を載せます。
このポール・トゥルニエは、スイスの精神科のお医者さんだそうです。この本のあとがきには、哲学者・神学者とも書いてありました。彼自身はカトリック・クリスチャンではないのでしょうか?
ポール・トゥルニエ、ヘンリ・ナウゥエンなどのカトリック・クリスチャンの著作は、私故人の感想ですが、深い思索に富み、慎みに溢れているように感じます。
誤解を恐れず、あえて書かせて頂くと、私が読んだ著作の、プロテスタント・クリスチャンにはあまり見られない「ためらい」や「弱さ」を非常に強く感じます。
お勧めの著作です。
絶版になったのが非常に惜しい一冊です。
私はネットで古書を買い求めることができた、非常に幸運な一人です。

と言うことで、「トラットリア・ピントビージョ」さんのお店情報は、今日はお休みです。
ごめんなさい。



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