御成街道一日目の続きは「吉祥寺」。江戸の初期には水道橋の
北側にあったが明暦三年(1657)の大火で類焼してこの地に移転。
門前町の住人が移り住んだのが今の武蔵野市吉祥寺となった。
駒込吉祥寺町(現本駒込三丁目)となった現在地に建つ吉祥寺は
大きな寺である。本郷通りから本堂まで100メートル以上ある長い
参道に、犬の散歩と「スポーツ」禁止と書かれるのも頷ける。
境内にあった曹洞宗の梅檀林(学問所)には千人もの学僧が集まり、
今の駒沢大学の元になった。参道の両側に広がる墓所には二宮尊徳、
榎本武揚など墓があるらしい。
このあたりの本郷通り(御成街道)は片側3車線の広い通りで
緩やかな上り坂になって来た。
根津で別れた不忍通りが大きく回り込んで来てこの本郷通りと
交わる交差点の角、昭和小学校の最上階には大きな体育館が載る。
多分、校庭代わりと思うがビルがひしめく都会ならではである。
この先の左手が「六義園」。前に来たのは思い出せないほど遠い
昔のこと。真冬で花は期待できないが久々に入ってみる。都営施設
は須らくシニア半額なのが好い。
川越藩主、柳澤吉保が元禄に築園した六義園は「回遊式築山泉水」
の大名庭園で、明治に岩崎弥太郎の別邸となった。グループの御婦人
たちが多いが、白人や中国人カップルも目立つ。
中央の池「大泉水」の北側、樹木が多い築山に入るとカラスが
ウルサイ、というよりその数と威嚇的な鳴き声は怖いほど。
30分ほどで六義園を後にすると坂を上り切って駒込駅となる。
一日目の最後は次回。