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新世代の独裁者が跋扈する「アラブの冬」がやって来た

2018-10-20 12:26:05 | 中東・アラブ諸国

新世代の独裁者が跋扈する「アラブの冬」がやって来た

The New Arab Winter

2018年10月19日(金)14時00分  Newsweek
 

カショギが行方不明になったサウジ総領事館に貼られた抗議のビラ Murad Sezer-REUTERS


<トルコのサウジ総領事館内で起きたジャーナリスト殺人疑惑は、「改革」をうたう独裁者の皇太子を欧米が放置した結果だ>

10月2日、サウジアラビアの著名ジャーナリスト、ジャマル・カショギはトルコのイスタンブールに

あるサウジ総領事館に入った。以来、彼の消息は途絶えたままだ。


カショギはかつてサウジ王室の内部関係者だったが、後に政府批判に転じて亡命し、アメリカで

暮らしていた。領事館に向かったのは、トルコ人女性との結婚を控えて必要書類を取りに行くため。

トルコ当局によれば、そこで複数人のサウジ政府関係者が彼を待ち伏せ、殺害し、遺体を

運び出したという。


カショギの失踪と殺害疑惑は、「アラブの春」の廃墟から形作られつつある「新たな中東」と、

欧米諸国がどう付き合っていくべきかを決める分岐点になる。


たとえカショギが生きて帰ったとしても(可能性は日増しに小さくなっているが)、今回の事件は、

サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子が危険なまでに権力を拡大していることを

明確に示している。彼は既に、サウジ政府を批判する者の口封じを国内外で実行してきた。


アラブ世界を吹き荒れた民主化運動「アラブの春」から7年、その残骸から生まれた姿がはっきり

しつつある。イラクのサダム・フセインやリビアのムアマル・カダフィの流れをくむ、新世代の

独裁政権だ。彼らは欧米のお墨付きを得て「改革」の名の下に独裁化を推し進める。


欧米の政府がこれまでも長きにわたり、二枚舌の外交政策を続けてきたのは否定できない。

欧米の世論はこうした残忍な政権を許すなと政府に圧力をかけてきたが、もしもカショギ殺害で

責任を問わないとなれば、欧米は共犯者と化し、恐るべき残忍な時代が幕を開けるだろう。


ワシントン・ポスト紙の報道によれば、米情報機関はサウジ当局によるカショギの「拘束」計画の

通信を傍受していたという。となると、事前に知りながらカショギ本人に警告していなかった

可能性が浮上する。


ムハンマドべったりのトランプ米政権がサウジ政府を増長させ、今回の事件を招いたのではないか

との批判が高まっている。それも確かかもしれないが、新世代独裁政権が台頭した背景を

理解するには、混迷をもたらしたアラブの春に立ち返る必要がある。


消極的過ぎたオバマ政権

10年末に始まったアラブの春は、中東で長く続く独裁政権や、その継続に手を貸してきた欧米に

衝撃を与えた。その後の2年間は混迷が続いたが、全ては13年に崩壊した。


この年の7月、エジプトでムスリム同胞団を主体とする政権が軍事クーデターで倒れ、

アブデル・ファタハ・アル・シシが政権を握った。続く8月、シリアのアサド政権が自国民に

化学兵器を使用した。どちらに対しても、バラク・オバマ米大統領の対応はあまりに消極的だった。



アラブの春を潰した「圧力」
 

エジプトとの長年の関係を断絶するわけにいかない米政権は、シシの軍事政権を既成事実として

受け入れた。ムスリム同胞団をテロ組織と見なすサウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)は、

これを機に彼らを「根絶すべき」だと米政権に主張。シシはそれを実行し、同胞団支持の市民ら

数百人を虐殺した。


アサドの化学兵器使用に際して、オバマは軍事介入の決断を議会に委ねた。結局、その後何年も

化学兵器攻撃は続いた。同時にオバマ政権はシリア反体制派に水面下で最低限の支援を続けたが、

これは内戦の泥沼化を招いた。オバマはアサドの正統性を否定し、退陣すべきと発言したが、

その一方でアメリカの政策がそれを不可能にした。


アメリカがアラブの春の「死」を黙認した背景には、2つの要因があった。

1つはオバマ政権中枢に広がっていたシニカルな現実主義。

もう1つは、アラブの春を自国の体制への脅威と見なすサウジアラビアとUAEからの猛烈な圧力だ。


両国政府はシシとその支持者らに巨額の資金援助をするなど、あらゆる手を駆使してエジプトの

民主化運動を妨害した。アラブの春とそれによって力を得たイスラム勢力への嫌悪感を

募らせるあまり、ムスリム同胞団に対するオバマ政権の生ぬるい寛容ささえ陰謀だと糾弾した。


だが、その指摘は間違いだ。アラブの春が吹き荒れた11年はアメリカがアラブ世界との関係を

見直す歴史的なチャンスだったし、13年は中東における新たな独裁者の台頭を食い止める

最後のタイミングだった。


しかし、オバマ政権はどちらのチャンスも逃した。オバマは09年にカイロ大学での演説でイ

スラム世界とアメリカの関係の「新たな始まり」を呼び掛け、世界各地で人権擁護を訴え続けたが、

結局は現実主義に甘んじてしまった。


国家の悪行を見逃すな

15年にムハンマドがイエメンへの空爆を始めたときも、オバマ政権はサウジ側を支援した。

いま思えば、ムハンマドの危険な暴走の最初の兆候だった。


一方、ドナルド・トランプ米大統領は娘婿でムハンマドと強い絆を持つジャレッド・クシュナー

上級顧問のルートを介して、安定した関係を確保することに専心してきた。昨年11月に

サウジ当局がレバノンのサード・ハリリ首相の身柄を一時拘束した際も、女性の運転解禁に

先立って人権活動家らが弾圧された際も、米政府が失望を表明することはなかった。


サウジアラビアが国外で亡命者の身柄を拘束して自国に連れ帰る行為を長年繰り返してきたことに

ついてさえ、アメリカは見て見ぬふりをしてきた。カショギも誘拐の最中に手違いで殺害されたとの

指摘があるが、これまでの経緯を考えれば、そうした事態は予測できたはずだ。


「逃れられない」というメッセージ

アメリカ在住でワシントン・ポスト紙のコラムニストを務め、ツイッターで100万人以上の

フォロワーを持つカショギが行方不明になったことで、中東出身のジャーナリストやアナリスト、

人権活動家らは怒りと恐怖に揺れている。


トランプやマイク・ポンペオ米国務長官がこの問題に懸念を表明したのは、カショギ失踪から

1週間近くがたった10月8日のことだ。

一方、サウジ当局は殺害疑惑を否定し、陰謀説を唱え、真相究明を行うと口先だけの約束を

繰り返している。トルコ側は事件当日の総領事館の監視カメラ映像が消去された事実や、

襲撃犯を運んだとされるプライベートジェット機の往来などの状況証拠を複数提示している。

これに対し、サウジ当局はカショギが総領事館を出たという明確な証拠を示せていない。


ロンドンに亡命したあるサウジ女性は、カショギの事件は「おまえたちがどこにいても、

逃れることはできない」という母国からのメッセージだと語る。サウジアラビアの行為が許され、

カショギの所在不明が放置されるのであれば、欧米にとって戦略的に有益である限り、

国家の悪行が見逃される危険な世界に突入することになる。選択肢は私たちの目の前にある。

<Newsweek 2018年10月23日号掲載>