トランプ氏が「ウイグル問題」を対中最強カードに 貿易戦争と「合わせ技」
2018.8.10 夕刊フジ 有本香
クルーズ米議員(左)と、「世界ウイグル会議」のドルクン総裁
ちょうど1カ月ほど前、本コラムでウイグル人の苦難をお伝えした。私の良き友人であり、ドイツ・ミュンヘンに
本拠地を置く、亡命ウイグル人組織「世界ウイグル会議」の総裁を務めるドルクン・エイサ氏のご母堂逝去の件である。
ドルクン氏が1994年に国を出て亡命した後、一度も会うことなく、77歳で再教育施設に収容された母の死。
ドルクン氏の悲しみは深かったが、それから1カ月たたないうち、彼の姿は米国ワシントンにあった。
「共産主義の犠牲者追悼財団」という米国の団体がドルクン氏を招いたのだ。ワシントン滞在中の間、
彼は各所での演説や米国務省、連邦議会議員ら多くの人々との面会を精力的にこなしていた。
たまさか、ワシントン滞在中のドルクン氏とメッセージのやり取りをすると、1枚の写真が送られてきた。
「誰か分かる?」というキャプション付きだったので即答した。ドルクン氏と並んで写っていたのは、
テッド・クルーズ上院議員であった。
クルーズ氏といえば、2016年の大統領選に一度は出馬表明した共和党の大物議員だ。福音主義の牧師だった
父の影響で敬虔(けいけん)なクリスチャンとしても知られる。その翌日、日本のNHKが、早朝枠ではあったが、
ある珍しいニュースを伝えた。映像では、マイク・ペンス副大統領が次のような演説をしていた。
「北京(中国当局)は数十万、あるいは数百万とみられるウイグル人ムスリムを、再教育施設に収容し、政治教育を
強いている。宗教的な信条が脅かされている」
演説が「信教の自由」をテーマとした会合でのものだったが、ペンス氏も、クルーズ氏と同様にキリスト教色の
強い保守的な政治家である。
そのペンス氏らが、中国政府が「テロ対策」を口実にウイグル人を弾圧し、大半がイスラム教徒である彼、彼女らの
信仰を抑圧していることを激しく批判したのだ。
<ついに中国の人権問題明言>トランプ政権 中国がウイグル族を不当に収容と非難
ブッシュ政権時代、「テロとの戦い」をうたってアフガニスタンやイラクに攻撃を開始した際、
米国は、中国に戦線を邪魔させないための取引として、北京の言いなりにウイグル人活動家を「テロリスト」と認定した。
その象徴的な1人がドルクン氏であり、そのため、彼は15年まで米国入国を許されなかった。
今回の打って変わった米政界のドルクン氏厚遇。その裏にあるのは、やはり北京との取引だ。かつて北京との
宥和のために使ったウイグル問題を、今回は「貿易戦争」との合わせ技で北京を締め上げる最強カードとして切っている。
ドルクン氏は「それでもいい」と言う。何であれ、ウイグル問題を米国のトップレベル、しかもキリスト教色の
強いリーダーらがはっきりと口にして中国政府を批判し、その様子を世界が見てくれる。
これは大きな成果だと力説する。他の在米ウイグル人は「何もしてくれなかったオバマ政権よりいい」とつぶやく。
思い返せば、日本人拉致問題にも今のところ、前政権よりドナルド・トランプ大統領は親身だ。
「人権派」という、メディアが貼る空疎なラベルより、人権弾圧に真に苦しむ被害者の声にこそ真実はあるのではないか。
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77歳の老母を収容所送りにする中国と「友好」か 世界ウイグル会議・ドルクン氏の「悲しみと苦闘知ってほしい」
2018.7.6 夕刊フジ 有本香
中国のいわゆる「南京虐殺記念館」を訪れた福田康夫元首相の批判を書こうかと思っていたところ、思いもよらない
悲報に接した。
私の友人で、ドイツ・ミュンヘンに本拠地を置く、亡命ウイグル人の組織「世界ウイグル会議」の
ドルクン・エイサ総裁のご母堂が亡くなったというニュースである。さっそく、ドイツのドルクン氏にお悔やみの
電話をし、近況などを聞いた。
米政府系放送「ラジオ・フリー・アジア」(RFA)(7月2日)によると、ドルクン氏の母、
アヤン・メメットさんは享年78。中国当局が昨年春から強行した「過激主義者、誤った政治思想を持つ者を
『再教育』する」キャンペーンで強制収容所に送られ、今年5月、所内で亡くなったそうだ。家族と連絡もとれない
ドルクン氏は先月、この事実を知らされた。
ドルクン氏は現在50歳。天安門事件の前年(1988年)、新疆大学在学中に、ウルムチで、大規模な学生の
反政府デモを組織し、挙行した。その後、自宅軟禁を経て、94年に国外へ脱出。トルコ経由でドイツに亡命した。
現在はドイツ国籍を持ち、中国政府によるウイグル人弾圧の非道を、国際社会に訴える活動をしている。
中国政府は2003年、彼を「テロリスト」リストに登録し、現在も国際指名手配している。
だが、ドイツをはじめとする国際社会は、それを認めていない。
彼の「世界ウイグル会議」は米国から資金援助を受けているし、国連の人権理事会や、欧州議会では、
よくスピーチしている。何度も来日して、「ウイグル問題」を訴えている。
ドルクン氏は、国を出て以来、一度も母に会っていない。「生きているうちに一目会いたい」と、よく話していた。
弟は過去に、国外でドルクン氏に接触して帰国し、中国当局に逮捕されたことがある。その直後、久方ぶりに
母と電話できたとき、ドルクン氏は電話口で泣いてしまった。気丈な母は「私が泣かないのに、なぜあなたが泣くの!」
と叱り飛ばしたと聞いた。
その強き母が、強制収容所で亡くなった。
息子がどうであれ、また、いくら気丈だといっても、77歳の女性を「思想再教育の必要あり」として強制収容所に
入れるなど、普通の国ではあり得ない。中国当局は鬼だ。
こういう国と、さしたる警戒もないまま、またぞろ「関係改善」と言い出す、日本のマスメディアや元要人らは
何を考えているのか?
残念ながら、「ウイグル問題」は、日本であまり知られていないが、それでも、ドルクン氏らウイグル人活動家と
交流を続けてきた政治家が少数ながらいる。安倍晋三首相と、側近の衛藤晟一首相補佐官、古屋圭司衆院議員らだ。
安倍首相は第2次政権発足後、接触していないが、古屋、衛藤両氏はスタンスを変えていない。
私が、安倍晋三という政治家を根本のところで信頼しているのは、こうした事情もある。
今改めて思うことは、「一人でも多くの日本人に、友人・ドルクン・エイサの悲しみと苦闘を知ってほしい」と
いうことだ。そのうえで、真に適切な隣国との関係を考えるべきである。
■有本香(ありもと・かおり) ジャーナリスト。1962年、奈良市生まれ。東京外国語大学卒業。旅行雑誌の編集長や企業広報を経て独立。国際関係や、日本の政治をテーマに取材・執筆活動を行う。著書・共著に『中国の「日本買収」計画』(ワック)、『リベラルの中国認識が日本を滅ぼす』(産経新聞出版)、『「小池劇場」の真実 』(幻冬舎文庫)など多数。