香港をモデルとして使う中国の夢の終わり
台湾の選挙は民主主義の勝利、だが地域は少し危険になった
2020.1.15(水) Financial Times 英フィナンシャル・タイムズ紙 2020年1月12日付
台湾の蔡英文(ツァイ・インウェン)総統は昨年5月の本紙フィナンシャル・タイムズとの内輪の
会合で、再選はおろか、党の指名を勝ち取れることにさえ自信がなさそうだった。
だが、1月11日、同氏は民主進歩党(民進党)を圧勝に導き、総統選と議会選で地滑り的勝利を
収めた。
蔡氏が誰より感謝すべき相手は、窮地に陥っている香港政府トップの林鄭月娥(キャリー・ラム)
行政長官だ。
民主化を求める香港の大規模抗議活動が昨年6月にデモ隊と警察の暴力的衝突に発展するや否や、
蔡氏は世論調査で支持率を伸ばし始めた。
北京に任命された香港政府が抗議活動を厳しく取り締まるほど、同氏の支持率は高まっていった。
当初デモの引き金を引いたのは、台湾で恋人を殺害した男の身柄を台湾へ引き渡せるようにする
条例を導入する林鄭氏の計画だった。
だが、条例では、中国本土で手配されている人物を送還し、司法の乱用と政治的迫害で悪名高い、
共産党の支配下にある裁判所で裁判にかけることもできるようになる。
台湾側が条例案の下での協力や殺人容疑をかけられた男性の受け入れを認めないと発表した
後でさえ、条例改正案の推進を主張した時に、林鄭氏の真意が明らかになった。
暴力と混乱が増す抗議活動が数カ月続いた後、同氏はついに条例改正案を撤回したが、その頃には、
デモは香港での普通選挙を求める広範な抗議行動に進化していた。
そして中国語圏で唯一、本物の民主主義が実践されている台湾では、蔡氏の政治的な復活がすでに
完了していた。
香港のデモが始まる前、世論調査での蔡氏の支持率は30%前後で、最大の対抗馬で、親中派と
見られている国民党の総統候補、韓国瑜(ハン・グオユー)氏の支持率は50%を超えていた。
11日の選挙では、蔡氏の得票率が57%に達し、韓氏は38%前後にとどまった。
この驚くべき形勢逆転を後押ししたのは、次第に全体主義の様相を強める中国に吸収される
ことへの台湾人の不安につけ込む抜け目のないメッセージ発信だった。
「今日の香港は明日の台湾」
これが台湾人に対して蔡氏が発した警告で、自身の厳しいスタンスと対抗馬の北京への宥和姿勢を
対比させたものだ。
「香港の若者たちは自らの命、血と涙をもって、『一国二制度』の枠組みが機能しないことを実証
してみせた」
蔡氏は10日夜、選挙前の最後の集会でこう語った。
「明日は我々が、自由と民主主義の価値観がすべての困難を打破することを香港の人々に示す番だ」
香港を台湾の政治的な未来のモデルとして使う中国共産党の夢が完全に潰えたのは明らかだ。
だが、これは中国がいずれ武力で台湾を取り込もうとするかどうかという疑問を投げかける。
武力行使は中国政府が「必要」とあらば実行すると誓ったことだ。
台湾はすでに、香港の抗議運動の重要な支持基盤と見なされている。
事態がさらに暴力的な反乱にエスカレートするようなことがあれば、台湾が引き続き支援を提供し、
ひいては中国による台湾侵攻の可能性を高める公算が大きい。
蔡氏の地滑り的な勝利が自由民主主義の勢力の勝利だったことに疑問の余地はない。
だが、恐らくこれで地域は以前より少しだけ危険にもなった。