隠れ家-かけらの世界-

今日感じたこと、出会った人のこと、好きなこと、忘れたくないこと…。気ままに残していけたらいい。

「木の皿」加藤健一事務所~老いとプライド~

2006年06月24日 15時36分53秒 | ライブリポート(演劇など)
■生きていくのは…

●いつもながら翻訳物臭さがない
 6月23日、本多劇場で、「木の皿」(加藤健一事務所)を観てきた。翻訳もののハートフルコメディーを上演することが多いが、いわゆる「翻訳物」で味わう微妙な違和感をあまり感じることがない。今回は高齢者の介護問題、老いとプライド、家族のつながり、など重いテーマを扱った、いわゆる「いつものコメディー」ではないが、ここでも1953年のアメリカ・テネシー州を舞台にしながら、観ていると普通に日本の、それもすぐ身近で繰り広げられているドラマのように、全く違和感なく自然に心に入ってくる。原作を翻訳し、演出していく段階で、どんな作業が行われているのかなあ、と素人の関心。

●舞台は50年前のテキサスだけど…
 「木の皿」は、エドモンド・モリス原作で、第二次大戦後のテキサス州のごく一般的な家庭(たぶん)を舞台にしている。年老いた頑固な父親(加藤健一)、次男夫婦、その娘(加藤忍、相変わらず華があってかわいいです)、居候の男。次男の妻クララは真面目すぎるくらいにきっちりと家事をこなし、夫の父親の世話もしてきたが、それもそろそろ限界。女としての魅力も十分にありながら、夫にとっては彼女の苦労も鬱積した不満もたぶん想像の外。父親の頑固ぶりも老いゆえの問題もふくらむばかりの現状。
 その打開を図るべく、夫婦は父親の老人ホーム入りを計画し、そのために長男を呼んだりして話を進めるのだが、たぶんこの頃の老人ホームといえば、それほどきちんとした介護がされていたか疑問で、そのあたりで息子たちは悩むし、でも妻は「お父さんが出て行かないのなら私が出て行く」とまで思いつめている。妻は居候の男に「私をつれだして」とすがるのだが、それは愛情というより、幸せになるための、そして女としての最後の悲しいあがきなんだろうな。せつないです。
 結局、父親は孫娘の「一緒に暮らそう」という優しい申し出を断り、散々悪態をつきながらも、「待ってくれ、俺の人生なんだから俺が決める。もう何年もお前たちが勝手に決めてきたが、俺の人生なんだぞ」という意志的な言葉を残して、湿っぽい挨拶などせずに老人ホームからの迎えの車に乗っていってしまう。
 これって、家族の問題といい、女性の生き方の議論といい、老いとプライドという永遠のテーマ性といい、2006年の今のこの国に生きる私たちがそれぞれちょっとずつ背負って問題なんだなあ、とそんなこと思っていました。
 セリフが深くて、でも自然で、いくつも心に突き刺さりました。「刑務所にいたら、いつここからでられるかわかるでしょ。でもお父さんのお世話はいつまで続くの? あの10年? 一生?」という妻の言葉、「いままでなんの問題もなかったじゃないか」という夫の独りよがりな言葉、友人と夢の牧場を語り合うときの父親のはずむようなようす(結局ただの夢のお話でしかなく、それはもちろんわかっていながら、なんだけど)。

●老いることの難しさ
 「木の皿」は、父親の使っていた皿が木でできていたことに由来する。目もよく見えなくなり、陶器の皿では落として何枚も壊してしまうため(実際に舞台上では、椅子やテーブルにぶつかったり、花瓶やいろいろなものを落としたりしている)、父親だけ木の皿で食事をしているのだが、それで彼は非常に傷ついている。
 今は家族といるよりホームがいい、と選択する人もいるだろうし(子どもに迷惑をかけたくない、というのが底辺にある理由かもしれないが)、介護は家族だけではなくいろいろな手を借りて、という福祉の浸透があり、この芝居の頃の実情とは異なるが、それでもたぶん普遍的なテーマは「人としてのプライド」なんだろう。どんなに年をとって生きることが困難になっても、人としての尊厳を奪って、奪われてまで生きていたくはない、という高齢者のプライドを、周囲の人はどれだけ理解し尊重しているか、ということが問われているんだろうな。それにしても老いていくというのは、なまやさしいものではないんだろう。父親のチェッカー仲間で友人のサムは子どもたちとは遠く離れ一人で暮らしているのだが、今でも夜は警備の仕事をして生きている。寂しさもあるかもしれないが、父親とは対照的に描かれているところもおもしろい。
 最後に、「木の皿」を抱えた娘が母親に放つ一言(これは書かないでおきます)、これほどキツイ言葉はありません。老いは私たちの問題でもあるんだなあ。


 終演後、下北沢の小田急線踏み切り近くの「ジグザグ」で軽く飲みました。串焼きがうまくて、入りやすいお店です。1階はカウンター、2階はテーブル席。懐かしいような(屋台っぽい雰囲気)、どこかオシャレなような不思議な空間です。よかったら、のぞいてみてください。

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