梅日和 umebiyori

心が動くとき、言葉にします。テーマは、多岐にわたります。

偉い人も貧しい人も、痛いは痛い。

2021-11-18 05:16:49 | エッセイ おや、おや。ー北九州物語ー

マコちゃんもスーちゃんも相手によって対応や態度を変えるといったことはしなかった。職業や役職にかかわらず、痛いものは痛いのである。治療室は、さながら痛みを共通言語とするコミュニティで、その人の職業やら役職やらなんの関係もなかった。某上場企業の役員、商店街のラーメン屋さんの奥さん、中学校の教師、、さまざまな仕事をする患者さんが、治療室で談笑し、仲良く過ごしていた。ずいぶんと偉そうな物言いをする人も治療費のことばかりを心配していた人も、痛みを抱えている点では同じだった。そしてなんとか緩和したいと治療室へ集まっていることも同じだ。ふたりは、へつらうでもなく、ただただ、人として人を大切にした。そして、笑いが絶えなかった。高飛車な物言いをしていたおじさんもいつのまにやら優しいおじさんに変身し、おさいふを気にしていたひともなんだか穏やかになっていった。最小限の出費で済むように、的確に施術をしていたのだろう。

いつも学校から帰ると治療室に入りびたり、大人たちの会話を聞いていた。やや乱暴で怖かったおじさんやら自慢話に興じるおばちゃまやらいろんなひとたちの言葉を聴いていた。スーちゃんとマコちゃんが居ることで、不思議に笑顔と笑い声が生まれていた。

後にマコちゃんが逝くとき、実は、お願いがあるのだと小さな紙を渡された。鍼灸院を開くとき借りた土地の借用書だった。大家さんは、鍼灸院を開くことを了承しながら契約完了後に水道を引くことを許さなかったという。この点を法的に明らかにしてほしいとの話だった。時の大家さんはこの世を去り、息子さんが継いでおられた。さらには、60年の時を経て、明らかにできることが何をもたらすのかよく理解ができなかったため、マコちゃんのお願いは保留のままである。

しかし、亡くなった大家さんに、視覚障がい者に対する差別意識があったことは幼いころに実感していた。浅薄な理由で人を区別し、差別をおこなう話は枚挙にいとまがない。その手合いに限って、強いものには従順で弱い者には強く出る。

しかし、だからこそ、強弱にかかわらず、人として人を大切にする。可能な限り区別や差別をしない。なるべく共通項に光を向ける。マコちゃんとスーちゃんが鍼灸院でやっていたことは、差別されたからこそ差別しない、区別されたからこそ区別しないひとの在り方だった。