梅日和 umebiyori

心が動くとき、言葉にします。テーマは、多岐にわたります。

捨てられた父、家督を捨てる。

2021-11-23 06:04:56 | エッセイ おや、おや。ー北九州物語ー

「オトウサンハネ、ステラレタコドモダッタンダヨ」

マコちゃんの出生は、特殊だった。もっとも昔の日本では、あちらこちらにあって、娘たちが知らないだけかもしれない。

北部九州に位置する町、梅の樹々が植えられ今なお地名にも梅の字が入る一帯がある。マコちゃんは、その地を保有する庄屋さんに生まれた祖父と花街の女性との間に生を受けた。祖父が、まがりなりにも法曹界の人だったためだろうか。正式に認めて後、Y家に養子に出されている。

後に祖父は、家督を継ぎ、その地域で、運輸や建設など様々な事業を手掛けていたと聞いた。

「どうして、お父さんの写真があるの?」

娘がそう言ったのは、海軍の軍服を着た父の写真があったからだ。階級章をたくさんつけていた。マコちゃんにそっくりで、黒い縁の額に入っていた。そこは、梅薫る大きな家であり、その日はマコちゃんの実父の葬儀の日だった。

長男を失い、そして、家長を失った家は、母親が異なるもうひとりの息子の参列に戦々恐々とした。なにぶん、認知をしていたため、後継者はマコちゃんとなり、莫大な財産も継ぐことになる。

たくさんの冷たい目線が家族に注がれる。娘のうち一人は、階段の上に居た仁王立ち姿の祖母というひとの冷たく、怖い視線を覚えている。

ところが、親に捨てられたと認識し、障害を抱えながらも自らの知力、体力で自立してきたマコちゃんは、あっさりとその場で相続放棄を宣言した。嘘のような本当の話である。

「重く、しんどい家の歴史、翻弄され捨てられた自分。いまさら、いくらもらったところでやってられるか。そもそも家族が笑えて、そこそこおいしい晩御飯を食べられるならそれで十分ではないか」。マコちゃんの気持ちを代弁するとこういう言葉になるだろうか。とにかく、あっさり、きっぱり、家督を捨てた。

大金よりも自由と自治を選んだとも言える。娘は、この潔さを心からカッコいいと思った。そして、かくありたいと思った。

「お金かひとを選べと言われたら、どっちを選ぶ?たいていのひとは、目の前のお金に動く。でもね、お金は減るけれど、ひとはまた価値を生み出すこともできるよね」そんなことを言っていたマコちゃんは、この時、小さな家族を選びとったのだと思った。