「エピソード:3」に集約された謎
【エピソード:3】(父と母と娘との三角形)(※註1)には、「結婚式」当日の〈父〉(丸尾行雄)、〈母〉(酒井絵莉子)、そして〈娘(ななえ)〉(せとよしの)が登場する。「花嫁控室」での “3人のやりとり” をはじめ、「父と娘」、「娘と母」そして「母と父」すなわち「夫婦」間の対話が進んで行く。
……と言えば、「嫁ぎゆく娘」と「夫婦」との “感動的な別れ” となりがちだが、一筋縄ではいかないこの「物語」の場合、“3人の間” には複雑な “いきさつ” があった。結論的に言えば、「父と娘」にも、「母と娘」にも、血のつながりはない。
のみならず〈父〉と〈母〉にしても、「娘(ななえ)」の「両親」となるためだけに「夫婦」となったにすぎない。しかも〈娘〉が「成人」したときに〈父〉は家を出、〈娘〉が「結婚」すれば「離婚」するという「契約」が、すでに「結婚」の際になされていたようだ。
以上の「事実」こそ、この「舞台」の「3つのエピソード」における「最大の謎」となるのだが、実はここでの「娘(ななえ)」は、「エピソード:2」の「男(山路)」の「娘」ということが後に判明する。それに加え、“見せかけの夫婦” のきっかけが、「エピソード:1」のドタキャン「料理人」とされた「長良川(女)」なる “和の鉄人” にあるようだ。ここに来て、ようやく、「3人×3エピソード=9人」+「α人」なる「物語」の全容が、一応明らかになる。
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独特の「家族の10か条」
ともあれ、「控室」において、〈父〉は〈娘〉から変態扱いや臭いもの呼ばわりを受けるなど散々な目に遭う。血のつながりのない「父娘」であり、年齢も15、6歳しか離れていない。どうやら「夫婦」は四十台半ば、「娘」は三十路前後のようだが。
この〈娘〉は、3人が一緒に住み始めてから半年後、自分の下着が〈父〉親の下着と一緒に洗濯されたことで「家出」をした経験を持っている。しかし、このときの「家出」がきっかけとなって「家族10か条」というルールが作られた。
「ルール」については、〈娘〉すなわち「花嫁〈ななえ〉」が「披露宴会場」で参加者に語りかけるというスタイルで明かされて行く。この「ルール」はちょっと “泣かせる” ものだが、筆者としては「ルール」そのものよりも、そういう「ルールを必要とした家族」になるまでの“いきさつ”こそ知りたかったのだが。無論、「脚本」自体がそうなっているのだろう。
「ルール」は変わっている。例えば、“感謝し合わない” とか “ごめんなさいを言わない” というもの。前者は、「家族」であれば “感謝しあう” のが当然であるため、あえて “感謝しあう” という “形式” は不要と言いたいのだろう。
後者も前者と同じ考え方であり、“謝罪の必要” が生じたにしても、そういう事態は、家族として相手を思っての結果であるため、ことさら “謝罪の言葉” は必要ないという。
他の「ルール」として、下着は一緒に洗う。また、2人の喧嘩に残りの1人は加わらない。などだが、この「ルールは〈娘〉が成人になるまで守られることとなる。〈娘〉が「ルール」を紹介し終えたとき、「終幕」となった。
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手堅い役者陣
「役者」について述べてみよう。主宰の浜地泰造、丸尾行雅の両氏に酒井絵莉子さんという3氏については、これまで何度もその “うまさ” や “凄さ” を見て来たし、今回も文句なしの演技だった。
しかし今回、同劇団の役者として、初めて石川優衣さんを知った。とてもクリアな通りの好い声の持主であり、落ち着いた演技に好感が持てた。なぜこれまで同劇団の舞台に出演しなかったのか、不思議に思ったほど。
また「客演」のせとよしのさんは、他大学の演劇部の部員でもあるようだ。今回、「エピソード:3」の〈娘〉役を演じたわけだが、酒井さんの〈母〉と丸尾氏の〈父〉という優れた役者や落ち付いた音響・照明等によって、印象深い演技を見せてくれた。
それにしても、「エピソード:2」において「先輩OL」を演じた酒井さんは、いつもながらその存在感が凄い。「男」をめぐる「後輩OL」との “女の闘い” を演じたわけだが、“芯からのおんな” を実に “巧みにこなしていた”……というか “ドキリとするほどの女の生々しさ” を表現していた。その “リバタリアン的自然体” が酒井さんの真骨頂。「 」(かぎかっこ)の「旗揚げ公演」や前回の『山脈をのぼる気持ち』での演技同様、眼を見張るものがあった。
その酒井さんの「先輩OL」役と渡り合ったのが「後輩OL」役の石川さんだった。酒井さん演じる「大阪のおばちゃん予備軍的感覚」に対し、「東京のお澄ましおねえさん的感覚」をうまく表現していた。凄みある低く太い酒井さんの声に対し、石川さんの声は柔らかくて高く、また爽やかなものであり、二人のやりとりは聞きごたえがあった。
優れた主宰によって集められた役者陣だけあって、さすがである。安心して観ていられるというものだ。(続く)
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※註1:前回の本稿(上)のあと、公演当日の「プログラム」を劇団員より郵送していただきました。
それによると、「エピソード:1」は、【鉄人達の三角形】となっており、筆者が記した〈坂ノ上〉は〈坂乃上〉、〈サダコ〉は〈貞子〉となっていました。
また「エピソード:2」は、【恋人達の三角形】。〈山路〉は〈男〉、〈まきえ〉は〈女1〉、〈あい〉は〈女2〉という表記でした。
さらに、「エピソード:3」は【父と母と娘の三角形】となっていました。今回、その表記に従い、前回本稿(上)に追記しています。