電気通信視察団の数奇な経験談 その10
[平成7年7月、インド訪問 沐浴に感動を受けたベナレス]
関東電友会名誉顧問 桑原 守二
その年、経済紙などでインドの記事が1つや2つ出てない日はなかった。それほどインドが世界の注目を浴びていた。遠藤周作の「深い河」がベストセラーになってから1年以上過ぎていたが、日本人の間でもインドに対する関心は高まる一方のように見えた。
そのインドを、電経新聞社の企画、主催による「95インド電気通信事情視察団」が7月2日から10日間訪問し、各地を視察して回った。この視察団は、1人ではとても行き難い国や都市を訪れるので、評判が高く、その後8年間も続いた。「秘境視察団」とつけられたあだ名が、特長を良くとらえている。
視察団は40数名の大部隊であった。データ通信、ドコモ、テレコムエンジニアリングなどのNTTグループ会社、コムシス、エクシオなどの工事会社、ハード、ならびにソフト会社など、電気通信に関連する業種を網羅した編成である。
インドが初めてという人が大部分なのは当然としても、日本から外へ出るのが始めてという人が半分以上もいる。米国や欧州とは勝手が違うインドを10日間も旅をして、大きなトラブルもなく無事に予定のスケジュールをこなすことができたのは、奇蹟に近いような気がする。そのくらい、大変な国であった。
到着早々、日本大使館で小島公使からインドの近況について話を伺った。
「ラオ政権による経済政策の成果があちこちに現れつつあるとはいえ、インド9億の民の8割は切り捨てていかざるを得ないのではないか」
という話には皆が目を丸くして驚いた。翌日以降、団員自身の目でインド社会の現実を眺めて、ある程度納得することになったのだが。
(注)国連の世界人口白書2013によると、インドの人口は12億5000万になっている。15年足らずの間に5割も増加した勘定になる。
ニューデリー、ムンバイ、バンガロールなど、訪問地はそれぞれ興味深い話題に満ちているが、中でも、ウィークエンドを利用して観光で訪問したベナレスが最高のハイライトだった。ベナレスはガンジス川沿いに位置し、ヒンドゥー教の一大聖地としてインド国内・外から多くの信者、巡礼者、観光客が集まるインド最大の宗教都市である。街の郊外には、釈迦が初めて説法を行ったサールナート(鹿野苑)がある。それよりも、川沿いにガートという傾斜した階段状の出入り口があり、ヒンズー教の身を清める儀式「沐浴」が行われるので有名である。
沐浴を見るためには朝4時に起き、5時前にはガンジス川へ行かねばならない。一番有名なダシャーシュワメート・ガートから、20数人ずつ2隻の船に分乗し川を下る。5時半頃、あたりが明るくなると岸辺が見えないほど、たくさんの人が沐浴している。サリーをまとった女性が目に付く。映画「深い河」で最も感動する画面である。
遠藤周作の原作にはないが、映画では最後のシーンで秋吉久美子の演じる美津子が、木の皮にのせた蝋燭に火を灯してガンジス川に流す。精霊流しとでも言うのであろうか。私たちも1つずつ手渡されて、意味も分からぬまま川に流した。ヒンズー語では「ジョット」と言い、女神に願い事をするためだと聞かされた。
やがて、沐浴をしている岸辺と反対の側に朝日が昇る。この辺では、ガンジス川は北に向かって流れている。広々とした川面の上なので朝日は小さく見えた。
絵葉書など土産物を持った何艇かの船がしつこく付きまとう。小さい水差しのような入れ物も売っている。後で調べたところでは、沐浴に来ることができなかった家族のために、ガンジス川の水を入れて持ち帰るのだという。そうとは知らなかったが、私も一つ買って川の水をすくい、硬く栓をした。30年前、フランス留学中に父を亡くし、帰国するときセーヌ川の水を少しだけ持ち帰って父の墓にかけたことを思い出したのである。
マニカルニカー・ガートとハリシュチャンドラ・ガートは火葬場としての役割を果たしており、死者はここで荼毘に付され、遺灰はガンジス川へ流される。火葬場の光景は、夜見た方が赤々と火が燃えて凄みがある。明るいところでは、白い煙が上がっているだけで感動は少ない。
「深い河」にもあるように、写真を撮ってはいけないと何回も注意され、カメラを船縁から出さないように気をつけた。しかしバラナッシーの観光写真集を買うと、ちゃんと数画面収録されている。もちろん映画にも出てくる。商売用は別ということらしい。
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船上から沐浴を見物する団員 精霊流し
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