7月9日松下幸之助一日一話(松下幸之助.COM)
自己資金での経営
商店、会社というものは、本当は借金をせずして自己資金の範囲で経営しなければならないと思います。
と言っても、そうするにはそれだけのものを儲けなければならないわけですから、なかなか容易なことではありません。ただ高く売るのではお客様は買ってくだ さらない。原価を引き下げるとか、お客様にキメこまかいサービスをするということに成功するより仕方がありません。それに成功するならばお客様に喜んでい ただきつつ、自分も適正に働け、そして経営の体質も改善されてくるでしょう。自己資金での経営に徹するという決心があれば、それは必ず可能だと思うので す。
2013年7月9日天声人語(OCN朝日新聞デジタル)
天声人語
▼1982年に長崎を訪れたマザー・テレサは一枚の写真パネルに見入ったという。原爆に遭って全身に火傷(やけど)を負った被写体は、案内役として隣にいる山口仙二さんだった。「尊い今の仕事が続けられるよう、神があなたを生かしてくれた」と彼女は語りかけたそうだ
▼2カ月後、山口さんは被爆者として初めて国連本部で演説をする。自らのケロイドの写真をかざし、叫ぶように締めくくった。「ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキ、ノーモア・ウオー、ノーモア・ヒバクシャ」。世界がその声を聞いた
▼6日に82歳で亡くなった山口さんは、14歳のときに被爆した。傷だらけの体を引きずって立ち上がり、生涯を被爆者援護や核廃絶のために捧げた人だった
▼運動に身を投じる前、絶望に沈んで自殺を図ったことがある。20歳の夏、カミソリで手首を切って大の字になった。気がつくと、シャツの袖で血が固まっていたという。「また生かされた」との思いが新たな出発点になった
▼ かつて出版した自分史を『115500平方メートルの皮膚』とした。奇妙な題名は、長崎原爆で死傷した人の数から、熱線に灼(や)かれた皮膚の総面積を概 算したものだ。「肉体だけでなく、それぞれの生き方にまで及ぼした歪(ゆが)みの深さは、いったいどうやって測るべきか」と厳しく問いかけた
▼人類が手にした凶暴な兵器は人類の手で葬るしかなく、魔法の杖はどこにもない。間もなく戦後68年の夏が巡る。遺(のこ)された志の松明(たいまつ)を、次の時代が燃やし続けたい。
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