泉を聴く

徹底的に、個性にこだわります。銘々の個が、普遍に至ることを信じて。

無理

2012-10-31 19:17:21 | 読書
 夢も希望もない物語。
 三市が合併してできた「ゆめの市」は、東北の内陸地を思わせる地方にある。
 主人公は5人。いんちきセールスを繰り返し売り上げを伸ばすことに熱中する元暴走族の男。愛人を囲い暴力団風の土建会社と癒着した市議会議員の男。県庁から出向して市役所の生活福祉課に勤め生活保護を担当している男。ドリームタウンという郊外大規模スーパーで保安員(万引き犯を捕まえる仕事)をしている新興宗教にはまった女。東京の大学に入る事だけを生きがいにしている女子高生。
 以上の5人の日常が1章ずつ順番に書かれていく。そしてみんな、少しずつおかしくなっていく。
 おかしくなっていく様子があまりにも自然で、どこで歯車が狂いだしたのかわからない。それが怖い。
 一種のホラー小説のようでありながら状況がありえない話ではないので余計に怖い。自分の中にある不安が刺激される。
 彼らは彼女らはどうなってしまうの? 怖いもの見たさか、彼、彼女と関わってしまったからには最後まで見届けたいという気持ちが動いて後半に行くほど読む速さが加速していく。
 最後までいっても救われない。精神科医の伊良部は登場しない。
 押しつぶされそうな暗い空気の中で、最後に起きた事故に、彼ら彼女らはことごとく巻き込まれていく。
 それは負の連鎖が生み出した竜巻のようなもの。
 投げ出された彼ら彼女らは、その後、自らの過ちを認め、やり直すのだろうか。
 徹頭徹尾不景気で、信頼できる人は登場せず、不正が横行し、人々は絶えられず暴力に落ち、売春がまかり通り、外は凍てつく寒さ。
 これが小説でよかった。というのがこの小説の救い。
 しかし、日本はここまで来ているんだぞと警笛を鳴らしているようにも感じる。
 もう「無理」というところまで。
 考えられうる最悪を描くことが出来るのも小説ならでは。夏目漱石の『こころ』も、ガルシア・マルケスの『百年の孤独』も、想像力を駆使した今生きる者への最悪な薬。
 最悪が最高を引き出すという逆説が人生の真実。
 「ゆめの市」を書き抜いた作家の精神力に敬服します。
 おすすめはしませんが。

奥田英朗著/文春文庫/2012

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