荻窪鮫

元ハングマン。下町で隠遁暮らしのオジサンが躁鬱病になりました。
それでも、望みはミニマリストになる事です。

ある信州大立者の死の巻。

2015年11月28日 | 偽りの人生に優れたエンターテイメントを




那須にある【古館法律事務所】の若林所員から、スマホに連絡があったのは10月の中旬でした。

調査依頼内容は、『とある名家の遺産相続に関して』。

『是非共那須にいらして頂き、ご協力を願いたい』との事。

ちょうど、女流教育家にまつわる【死仮面事件】を解決し、暇が出来たので早速那須に行く事にしました。

僕の事務所がある東京・大森から那須塩原駅までは概ね1時間40分程。

新幹線【なすの】で一眠りしていれば『あっ』と言う間に到着してしまう時間です。

天気も良く、すっかり涼しいので、那須塩原駅からはテクテクと歩いて宿を目指しました。

宿の名前は【那須ホテル】と言います。

若林所員が取ってくれた宿で、念のため【じゃらんnet】のクチコミで確認したところ、星はみっつ程。

あまり参考になりません。

小一時間は歩いたでしょうか、ようやく宿に着きました。

名前は【ホテル】ですが、実際はクラシカルな旅館です。

それでも女性スタッフが、きちんと僕のバッグ【ルイ・ヴィトン コトヴィル】を部屋まで運んでくれました。


ネームバッジを見ると【坂口波留】。

波留さんは若く可愛い娘なのにずいぶんと訛っております。

しかしながら、都会暮らしの身としては、こういう娘は却って好感が持てるもの。

部屋の窓を大きく開けますと、雄大で青々とした那須湖がすぐそこにありました。

『キレイだなぁ。国破れて山河あり…か』

『国破れて山河あり』杜甫(中国の詩人・712~770)

更に見渡すと、向こう岸には大きな大きな屋敷が。

『あれが…犬神さんのお宅ですか?』

若林所員からは【とある名家】=犬神家であると聞いておりました。

犬神…、子どもの時に読んだ野球マンガに、そんな名のキャラクターが出てたっけ…。


『えぇ、この辺りじゃ犬神御殿と呼んでいます』

波留さんは僕のバッグを置き、教えてくれました。

『会長の犬神佐兵衛さんというヒトは、7ヶ月前に亡くなられたそうですね』

『えぇ、立派なお葬式でした。何と言っても、この街のほとんどのヒトが犬神製薬のおかげで暮らしている様なものですからね。ところでお客様、この後はどうされます?』

『あぁ、もう少ししたらヒトが訪ねて来る予定なんです』

若林所員とは、いちおう3時頃にロビーで会う事にしていました。

『ん?』

改めて外を見遣ると、那須湖の真ん中を横切る手漕ぎボートが1台。

遠くて見辛いですが、女性がひとりでオールを握っている様です。

『あの女性は犬神のヒトですか?』

指をさして聞きました。

『珠世さんです。犬神さんのお身内では無いけれど、恩人の血筋の方だそうで、犬神家のお屋敷に住まわれています。それはそれはキレイなヒトですよぉ』

『ほぉ、そんなに美人ですか、どれどれお顔拝見といきましょうか』

僕はバッグの中からライカの双眼鏡を取り出します。


『お客様…何の商売ですか?双眼鏡なんか持って』

その問いには僕は答えずに、その珠世という女性にピントを合わせました。

確かにキレイです。スタイルも良さそうだ。

その瞬間、珠世が叫び出しました。ボートにしがみついています。

ピンと来ました。

ボートに不具合が生じたのだ、と。

こうしてはいられません!助けなきゃ!

僕は【那須ホテル】を飛び出して、那須湖目指して走り出したのでした。