各地で発生した地震で被災された方々に心よりお見舞いを申し上げますとともに、
この度の被災によりお亡くなりになられた方々に、衷心よりお悔やみ申し上げ、
哀悼の意を表します。
M9・0というかつて体験したことのない巨大地震と大津波。
テレビ報道の映像を見て言葉を失いました。
加えて、現在は原発の放射性物質の流失など予断を許さない状況が続いています。
甚大な被害は、一地域の災害に留まらず 国の一大事となっています。
避難を余儀なくされている方々の心労を思うと心が痛みます。
大変ですが、どうか頑張ってください。
また、救援のために尽力している方々のご苦労にも頭が下ります。
本当にご苦労様です。
ラジオから流れてきた歌詞の一節の言葉に思いを重ねて・・・・・。
白い雲は 流れ流れて
今日も夢はもつれ わびしくゆれる
悲しくて 悲しくて
とてもやりきれない
この限りない むなしさの
救いは ないだろうか
春なのに 涙がこぼれます
春なのに 春なのに
ため息 またひとつ
以前から東海大地震の可能性が最も高いといわれ続けている静岡県民としては、
とても他人事ではありません。まさに、明日はわが身の毎日です。
15日夜10:38頃、静岡県富士宮市を震源とする震度6強の地震がありました。
沼津でも例外なくドカーーンと激しい揺れが来ました。 怖かったです。
(数分後、当日のニュースで「津波の心配はなくなりました。
東海地震とは関係ない内陸型の震源です。」と報じられましたが)
揺れには慣れっこの静岡県人ですが、今回の災害で連日スペクタクル映画ではないかと
錯覚するような恐ろしい映像を目の当たりにしているだけに 「津波」の恐怖が迫りました。
駿河湾の一番奥まった所に位置する沼津。海だけでなく、
狩野川の河口も我が棲家のすぐ傍です。
今まで「来るぞ、来るぞ!」と言われ続けていましたが、長いこと平穏な日々が続き感覚が
鈍化していたことも事実です。(かき消してきたのかもしれません。)
いつこの辺で大地震や大津波が発生しても不思議ではない地に生活している以上
今更ですが。。。 発生したときはどうにもならないことも分かっていますが、
やはり怖いです。
でも、やれることをやろう。
11日からの大災害で被災している方々が、何を必要としているのか。今何が必要なのか。
私たちが、直接あるいは間接的にできることは何なのか。
ささやかですが、自宅ではもちろん職場を上げて可能な限りの節電に取り組んでいます。
エレベーターを使わず階段です。薄暗くて、目も疲れますが、オフィスの室内照明はなしで
窓からの自然光だけで仕事してます。 暖房は弱弱です。
個人的には、残さず食べます。<学生の時からそうだけど>
茶碗や炊飯ジャーのご飯粒は一粒も残さないようにしています。
食器洗いに洗剤は要りません。ゴミも包装してあるもの程度でコンパクト。
通勤はクルマでなく 自転車利用のカモシカです。・・・・・等々。
また、義援金や支援物資、人的支援(ボランティア)に関することも
協力したい方もおられるでしょう。
ただし、現在は各県庁単位で取りまとめているようです。
個人的な物資の運び込みや現地入りすることはかえって迷惑・混乱の元になるようです。
沼津市では「大震災支援よろず相談窓口」を開設しました。<参考までに>
県庁の窓口が遠い方でも 何らかの支援ができる方はお近くの市町村の自治体に
問い合わせてから アクションを起こす方が効率よく協力することに繋がるようです。
計画停電で数時間のことですが、
電気が通じ 照明のある夜がどんなにありがたいかを今更ながら実感します。
今日もテレビで 被災者の方々の生の声が映像で、、、、涙が溢れます。
これでもかこれでもかとエスカレートしちゃうんだね。人間てアホだね~
就寝前に緊張が走りました。東海地震との関連性を否定した気象庁の見解にも半信半疑。2時間以上もヘリが飛び交っていました。東日本大震災の被害に心を痛めていた県民にとって、「大震災」にいつ直面してもおかしくない環境に住んでいることを再認識させられました。
今日は冷え込みました。被災者の皆さんに一刻も早く暖かな状況にして差し上げたいものです。
道は必ず開けてゆく
それまでは”すべて なすがままに”
彼らはお互いに離れているけど
まだ変化を感じ取るだろう
その時 すべてが明らかになるだろう
それまでは”すべて なすがままに”
ビートルズ LET IT BE より
でも何か実行しなければ!!
独鈷山の時もちょっとだけビートルズの話題が、、、、。
let it be let it be ・・・・・。
みんなが心を1つに 小さなことでも自分のできることからですね。