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旅日記

望洋−78(憲法改正案)

44.日本国憲法(続き)

44.3.GHQ草案

44.3.1.GHQの憲法改正草案作成

昭和21年(1946年)2月1日、毎日新聞は憲法問題調査委員会の試案をスクープした。

そして、この試案は、「あまりに保守的、現状維持的なものに過ぎない」との批判を受けた。

このスクープをきっかけに、GHQは自ら憲法改正草案作成に乗り出した。

ホイットニーGHQ民政局長は、マッカーサーに対して、極東委員会が憲法改正の政策決定をする前ならば憲法改正に関するGHQの権限に制約がないと進言し、GHQによる憲法草案の起草へと動き出したのである。

このような詭弁を弄したのは、既述したように以下の事情があったからである。

昭和20年(1945年)12月27日のモスクワ外相会議の結果、日本占領管理機構としてワシントンに極東委員会( Far Eastern Commission)が、東京には対日理事会が設置されることとなった。

極東委員会は日本占領管理に関する連合国の最高政策決定機関となり、GHQもその決定に従うことになった。

とくに憲法改正問題に関して米国政府は、極東委員会の合意なくしてGHQに対する指令を発することができなくなっていた。

そこで、GHQは屁理屈をこねて、日本の憲法改正に手を突っ込んだのである。

これが、歴史上繰り返されてきた強者のやり方である。

GHQに対する、米国政府及び極東委員会の反応は後で述べる。

マッカーサー三原則

2月3日、マッカーサーは、憲法改正の必須要件(マッカーサー三原則)をホイットニーに示した。

この中の二番目の原則で、マッカーサーは、後の憲法9条の条項を示唆している。

    I
天皇は国家元首である。
天皇の継承は王朝による。
天皇の義務と権限は憲法に従って行使され、憲法に規定されている国民の基本的意思に応じて行使される。

    II
国家の主権としての戦争は廃止される。日本は紛争解決の手段として、さらには自国の安全を守る手段としての戦争を放棄する。日本は、現在世界を揺るがしている高次の理想に頼って自国の防衛と保護に努める。
日本の陸軍、海軍、空軍は認可されず、いかなる日本軍にも交戦権は付与されない。

    III
日本の封建制度は廃止される。
皇族の権利を除き、貴族の権利は現存する者の生命を超えては適用されない。
今後、貴族の特権は国家または市民の統治権をその内部に具体化することはない。

予算は英国の制度に倣う。

 

マッカーサーは、この三原則で戦争放棄を明確に指示した。

そして、国を守る手段として、未だ概念でしかない「現在世界を揺るがしている高次の理想に頼って自国の防衛と保護に努める」とした。

翌4日、民政局(GS)内に作業班が設置され、GHQ草案(マッカーサー草案)の起草作業が開始された。

 

マッカーサ意図を忖度すると

マッカーサーが指示した、「現在世界を揺るがしている高次の理想に頼って自国の防衛と保護に努める」概念、これは拳銃の携帯を許されている米国では、間違っても許されない概念である。

すなわち、自分の生命、財産、家族などを赤の他人に守ってもらうことなど、思いもよらないことである。

それでもなぜ、米国人のマッカーサーがこのようなことを言い出したのか?

それは、日本が二度と米国に歯向かわないようにする為の企みなのか。

または、これは刑執行期間中の刑罰で、刑期が終わると放免となるのか。

あるいは、当時勢力を伸ばしている共産勢力に対し、日本列島をその橋頭堡にするため米軍を日本に駐留させるための戦略だったのかもしれない。

この橋頭堡については、実際昭和25年(1950年)6月25日に朝鮮戦争が勃発し、朝鮮半島が赤化統一されそうになったこと。

さらに昭和27年(1952年)4月28日に日本が独立した当日に日米安保条約(旧)が発効し米軍部隊が在日米軍として駐留を継続したこと、を思えば強ち無理な想像ではないと思える。

後の話になるが、マッカーサーは、日本国憲法が施行された後の、昭和22年(1947年)年1月3日付け吉田首相宛書簡で、「連合国は、必要であれば憲法の改正も含め、憲法を国会と日本国民の再検討に委ねる決定をした」旨通知している。

恐らくマッカーサーは、このような憲法を押し付けた自責の念があったのか、又は日本国民の不満が溜まり、統治に支障を来たすことを懸念したのかもしれない。

しかし、これに対する当時の総理吉田茂の返信は、「手紙拝受、内容を心に留めました」とさらりと流している。

そして、今まで日本憲法は、何故か一言一句も変えないまま継続されている。

 

憲法改正要綱

GHQは、起草作業を急ぐ一方で、日本政府に対して政府案の提出を要求した。

2月8日、憲法問題調査委員会の松本烝治委員長より、「憲法改正要綱」「憲法改正案ノ大要ノ説明」等がGHQに提出された。

だが、GHQはこれを一顧だにしなかった。

憲法改正要綱
第一章 天皇
一 第三条ニ「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」トアルヲ「天皇ハ至尊ニシテ侵スヘカラス」ト改ムルコト
二 第七条所定ノ衆議院ノ解散ハ同一事由ニ基ツキ之ヲ命スルコトヲ得サルモノトスルコト
三 第八条所定ノ緊急勅令ヲ発スルニハ議院法ノ定ムル所ニ依リ帝国議会常置委員ノ諮詢ヲ経ルヲ要スルモノトスルコト
(以下略)

 

44.3.2.憲法改正要綱の拒否と、GHQ草案の提示

2月13日、外務大臣官邸において、ホイットニーから松本国務大臣、吉田茂外務大臣らに対し、さきに提出された要綱を拒否することが伝えられ、その場で、GHQ草案が手渡された。

<GHQの草案 1ページ目>

<GHQ草案の日本語訳>

日本国憲法

我々日本国民は、国会における正当に選出された代表者を通じて行動し、我々自身と我々の子孫のために諸国との平和的協力の成果とこの国土における自由の恵みを確保するとともに、政府の行為によって再び戦争の惨禍に見舞われることのないよう決意し、ここに国民主権を宣言し、国政は国民に由来する神聖な信託であり、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その利益は国民が享受するという普遍的原則に基づき、この憲法を制定する。

そして、これに抵触するすべての憲法、条例、法律および勅令を拒否し、廃止する。

我々は、永遠の平和を望み、現在人類を動かしている人間関係を支配する崇高な理想を十分自覚し、我々の安全と生存を、平和を愛する世界の諸国民の公正と誠実に頼ることを決意した。我々は、平和を維持し、圧制と隷従、抑圧と偏狭を地球上から永久に追放することを目的に設立され、その使命を担う国際社会において、名誉ある地位を占めることを希望する。我々は、すべての国民が恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生きる権利を有することを認める。

我々は、いかなる国民も自らに対してのみ責任を負うのではなく、政治道徳の法則は普遍的であり、そのような法則に従うことは、自らの主権を維持し、他の国民との主権関係を正当化しようとするすべての国民の義務であると考える。

これらの崇高な理念と目的のために、我々日本国民は、国家の名誉、断固たる意志、十分な資源を捧げることを誓う。

第1章 天皇

第1条 天皇は、日本国と日本国民統合の象徴であり、その地位は、主権在民の意思に基づくものであり、他のいかなる源泉にも基づかない。

第2条 皇位の継承は、世襲制とし、国会が定める皇室典範の定めるところによる。

第3条 天皇の国事に関する一切の行為については、内閣の助言と同意を必要とし、内閣がこれに責任を負う。

天皇は、この憲法に定める国事行為のみを行う。天皇は、国権を有しず、また、国権を行使したり、付与されたりしない。

天皇は、法律の定めるところにより、その職務を委任することができる。

第4条 国会が定める皇室典範の規定に従って摂政が置かれたときは、天皇の職務は、摂政が天皇の名において行う。本条に含まれる天皇の職務の制限は摂政にも同様に適用される。

第 5 条 天皇は、国会が指名した者を内閣総理大臣に任命する。

第 6 条 天皇は、内閣の助言と同意のみに基づいて、国民を代表して、次の国家職務を行う。

国会で制定されたすべての法律、すべての内閣命令、この憲法のすべての改正、およびすべての条約と国際条約に公印を捺印し、公布する。

国会を召集する。
国会を解散する。
総選挙を公布する。
国務大臣、大使、および法律により任命または委任、辞任または解任が証明されるその他の国務官の任命または委任、辞任または解任を証明する。
恩赦、赦免、刑の減刑、執行猶予および復権を証明する。
栄誉を授与する。
外国の大使および公使を受け入れる。そして適切な儀式を行う。

第 7 条 国会の許可がなければ、皇位に金銭その他の財産を贈与したり、皇位から支出を行ったりすることはできない。

第 2 章 戦争の放棄

第 8 条。国家の主権としての戦争は廃止される。武力による威嚇または武力の使用は、他国との紛争を解決する手段として永久に放棄される。
陸軍、海軍、空軍、その他の戦争能力は承認されず、交戦権は国家に付与されない。

(以下略)

 

44.3.3.憲法改正草案要綱

後日、松本は、「憲法改正案説明補充」を提出するなどして抵抗したが、GHQの同意は得られなかった。

そこで、日本政府は、2月22日の閣議において、GHQ草案に沿う憲法改正の方針を決め、2月27日、法制局の入江俊郎次長と佐藤達夫第一部長が中心となって日本政府案の作成に着手した。

3月2日、試案(3月2日案)ができ上がり、3月4日午前、松本と佐藤は、GHQに赴いて提出し、同日夕方から、確定案作成のため民政局員と佐藤との間で徹夜の協議に入り、5日午後、すべての作業を終了した。

日本政府は、この確定案(3月5日案)を要綱化し、3月6日、「憲法改正草案要綱」として発表した。

その後、ひらがな口語体での条文化が進められ、4月17日、「憲法改正草案」として公表された。

この内容は、GHQ草案と同じもので、所々の表現の字句を言い換えたものであった。

<憲法改正草案(一部)>

日本国憲法
日本国民は、国会における正当に選挙された代表者を通じて、我ら自身と子孫のために、諸国民との間に平和的協力を成立させ、日本国全土にわたつて自由の福祉を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が発生しないやうにすることを決意し、ここに国民の総意が至高なものであることを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の崇高な信託によるものであり、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行ひ、その利益は国民がこれを受けるものであつて、これは人類普遍の原理であり、この憲法は、この原理に基くものである。我らは、この憲法に反する一切の法令と詔勅を廃止する。

日本国民は、常に平和を念願し、人間相互の関係を支配する高遠な理想を深く自覚するものであつて、我らの安全と生存をあげて、平和を愛する世界の諸国民の公正と信義に委ねようと決意した。我らは、平和を維持し、専制と隷従と圧迫と偏狭を地上から永遠に払拭しようと努めてゐる国際社会に伍して、名誉ある地位を占めたいものと思ふ。我らは、すべての国の国民がひとしく恐怖と欠乏から解放され、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

我らは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならぬのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであると信ずる。

この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

日本国民は、国家の名誉に懸け、全力をあげてこの高遠な主義と目的を達成することを誓ふ。

第一章 天皇
第一条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、日本国民の至高の総意に基く。
第二条 皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。
第三条 天皇の国務に関するすべての行為には、内閣の補佐と同意を必要とし、内閣がその責任を負ふ。
第四条 天皇は、この憲法の定める国務のみを行ひ、政治に関する権能を有しない。
天皇は、法律の定めるところにより、その権能を委任することができる。
第五条 皇室典範の定めるところにより摂政を置くときは、摂政は、天皇の名でその権能を行ふ。この場合には前条第一項の規定を準用する。
第六条 天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する。
第七条 天皇は、内閣の補佐と同意により、国民のために、左の国務を行ふ。
一 憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。
二 国会を召集すること。
三 衆議院を解散すること。
四 国会議員の総選挙の施行を公示すること。
五 国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。
六 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。
七 栄典を授与すること。
八 批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。
九 外国の大使及び公使を接受すること。
十 儀式を行ふこと。
第八条 皇室に財産を譲り渡し、又は皇室が、財産を譲り受け、若しくは賜与することは、国会の議決に基かなければならない。

第二章 戦争の抛棄
第九条 国の主権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、他国との間の紛争の解決の手段としては、永久にこれを抛棄する。
陸海空軍その他の戦力の保持は、許されない。国の交戦権は、認められない。
第三章 国民の権利及び義務
第十条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。
第十一条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならぬのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
第十二条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
(以下略)

 

3月6日の「憲法改正草案要綱」発表とこれに対するマッカーサーの支持声明は、米国政府にとって寝耳に水であった。

また、極東委員会からマッカーサーが権限を逸脱したとの批判が巻き起こった。

だが、マッカーサーの意思は堅かった。

 

 

<続く>

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