●第24回「クロスカルチャー・マネジメント理論と社会/ビジネスへの応用(その一)」
今回と次回で、クロスカルチャー・マネジメントの中核に位置する、クロスカルチャー・コミュニケーションの古典的理論と現代ビジネス版の実証的研究成果を解説する。
今回は、エドワード・T・ホール、クルックホーン&シュトゥロットベック、そして有名なオランダのホフステードの文化理論だ。次回は、現代社会やビジネスに十分適用できる、トロンペナーズの7次元文化モデルだ。
さて、海外での、あるいは、日本人以外とのビジネスで最重要なことの一つが、自国とは別の文化をもった市場や顧客、企業とのビジネスをどう進めていくかである。
グローバル企業では、当初、自国の文化を現地企業へ押し付けていた時代があった。特に、日本企業の場合は、日本文化の独自性があり、日本的経営システムの現地化が最優先課題でもあった。しかし、最近では、グローバル化の流れの中で、ローカライゼーション(現地適応経営システム)の機運が高まり、他文化下でのマネジメントへの関心が増している。
英語では、クロス・カルチュラル・マネジメントとか、インターカルチュラル・マネジメントといわれる分野である。日本語では、異文化マネジメントと訳されているが、この日本語では、自国文化が同一文化で、他国文化が異文化となってしまい、ある文化とその他の文化がぶつかり合い、交じりあい(クロスする)、その2つ(それ以上もあり得るが)の文化が溶け合うというニュアンスがなくなることと、ある一方の文化が固定的で変化を伴わないことが言外に含まれるようで、正確な翻訳にはなっていないようだ。そこで、そのまま英語表記のカタカナ書き的(クロス・カルチャー・マネジメント)になることをご了解いただきたい。
クロスカルチャー・マネジメントの実証的研究は、1930年代に、文化人類学での研究から始まる。その後、第二次世界大戦後、ビジネス分野の海外進出や国の海外覇権などグローバリゼーションの流れに乗って、クロス・カルチャー・コミュニケーションの研究が米国を中心にスタートしている。
1959年米国のE.T.ホールの「沈黙の言語」、1961年米国のクルックホーン&シュトゥロットベックの「バリュー・オリエンテーション理論」、1980年オランダ人ホフステードの「多文化世界」、そして1986年に同じくオランダ人トロンペナーズの「7次元文化モデル」が有名だ。この分野は、文化人類学に、比較文化学、心理学やコミュニケーション学が融合されている。
ホールは、文化を「モノクロニック(一事主義)文化」か「ポリクロニック(多事主義)文化」か、また、「ハイ・コンテキスト(周りの状況に左右されやすい)文化」か「ロー・コンテキスト(周りの状況に左右されにくい)文化」かに分けた。
モノクロニック文化は、一時に一事を処理する、仕事に集中する、真面目に時間感覚(締切りやスケジュール)を遵守する、情報を必要とするロー・コンテキストな社会で、仕事に対して積極的に関与する、厳正に計画を固守すること、を特徴としている。
一方、ポリクロニック文化は、一時に多数のことを処理する、中断に左右されやすく注意散漫の傾向がある、もし可能なら時間遵守は達成目的となる、ハイ・コンテキストであり十分な情報をもっている、人や人間関係を重視する、計画はしばしば容易に変わるもの、との考えだ。ポリクロニックの国としては、メキシコが代表的らしい。
「ハイ・コンテキスト社会」でのコミュニケーションは、ほとんどの情報が既に人々に行き渡っており、はっきりと表に出したり、メッセージとして明確に表現したりすることが、非常に少ない。反対に、「ロー・コンテキスト社会」でのコミュニケーションでは、大量の情報が、はっきりとした言葉で表現される。
日本は、ホールの区分では、モノクロニック文化でありながら、コミュニケーション分野のみ、ハイ・コンテキスト社会であり、彼の分類には嵌まっていない。ハイ・コンテキスト社会は、情報ネットワークがかなり進んだ文化で、四方から自由に情報が流れ、すべての人があらゆることを知っている。あまりにも多くの情報が与えられると黙り込んでしまう社会だ。日本、アラブ・地中海諸国(含むフランス、イタリア、スペイン)がハイ・コンテキスト社会だ。
一方、ロー・コンテキスト社会では、トップ・エグゼクティブは、情報の内容や情報の流れの一部をコントロールできるスタッフに囲まれて仕事をしている。この社会では、十分な情報が与えられないと、仕事に支障が出る(例、ドイツ人)。アメリカ、ドイツ、スイス、北欧(アイスランド、スウェーデン、デンマーク、ノルウェー、フィンランド)がロー・コンテキスト社会だ。
また、文化によって、長いリードタイムがかかる仕事ほどより重要な仕事で、短いリードタイムのビジネスは、重要でないものと考えられることがある。更に、モノクロニックな社会では、時間の流れがゆっくりしており、ロー・コンテキスト(分類主義的)であり、ポリクロニック社会の時間は絶えず中断される。中近東諸国(例、イラン、インド他)は、過去志向の文化であり、アメリカは現在および近接未来志向、ドイツ、フランスおよび日本は、歴史に浸る文化だとも述べている。
ホールは更に、近接空間論を展開している。これは、権力と空間の関係や人と人との空間的距離の意味を分析したものである。例えば、アメリカやドイツの高官やCEOは、最上階にオフィスを構えたがり、一方、フランスの会社は、中央のスペースを重視する。国の文化や社会的な慣習によって、例えば、公共の場で隣に座る人と人との空間的距離に相違が見られ、その距離感が維持される、というものである。このことは、ビジネスの交渉時に、座席の配置や空間的距離の違いによって、お互いに与える心理的効果が違ってくることからも分かる。
クルックホーン&シュトゥロットベックは、6つの文化次元を分析している。
自然との関係(服従か調和か支配か)、人間関係(個人主義か集団主義か階層主義か)、行動(努力尊重か思考尊重か存在尊重か)、基本的人間性(美徳か中立か邪悪か)、時間感覚(過去重視か現在重視か未来志向か)、空間感覚(個人、公共、その混合か)である。
ホフステードは、世界50ヶ国3地域のIBM社員に、1967年から1973年の間、11万6千人分の質問表を渡し、大規模な調査を実施した。結果、文化の4次元(のち、23ヶ国調査で5次元へ)モデルを提示した。
文化の4次元モデルとは、PDI(パワーディスタンス:権威・格差主義か平等主義か)、IND(個人主義か集団主義か)、UAI(不確実なものに敏感で避ける傾向かどうか、つまり、不確実なものに対して苦手意識があるか平気か)、MAS(男性中心社会か女性尊重社会か)の4つで、5次元になると、LTO(長期的思考法か短期的思考法か)が加わる。
日本は、PDI(権威・格差主義)で平均よりちょっと下(1位マレーシア、2位パナマとガテマラ、3位フィリピン、4位ロシア、5位ベネズエラ)、IND(個人主義)で総合平均の真ん中くらい(1位アメリカ、2位オーストラリア、3位イギリス、4位オランダとカナダ、5位ニュージーランド)、UAI(不確実性の回避)で苦手意識は世界の7番目(1番から6番の順で、ギリシャ、ポルトガル、ガテマラ、ウルグアイ、ベルギー、エルサドバドル)、MAS(男性中心社会)でダントツの世界1位(2位オーストリア、3位ベネズエラ、4位イタリアとスイス、5位メキシコ)、LTOで3位(1位は香港、2位は台湾、4位韓国、5位ブラジル)の調査結果となっている。
ホフステードのモデルを活用した国際マーケティングも存在する。
※写真は、エドワード・ホールの「沈黙の言語」(1959)の原書の表紙
【参考】
・Edward T. Hall(1959), The silent language, Garden City, N.Y
・Florence Rockwood Kluckhohn and Fred L. Strodtbeck (1961), Variations in value orientations, Westport, Conn., Greenwood Press
・Hofstede, Geert(1980), Culture's Consequences, International Differences in Work-Related Values (Cross Cultural Research and Methodology) Newbury Park, CA: Sage
・http://www.geert-hofstede.com/