支度部屋に横綱富士ケ峰関が帰ってきました。富士泉関が鋭い視線をずーっと横綱に向けてます。横綱はそれを無視してます。と、富士泉関が先に声をかけました。
「横綱!」
横綱が振り返ると、富士泉関が横綱にスマホを向けて立ってました。それは横綱のスマホです。
「横綱、今日も馬券、買いましたよね?」
それはIPATと呼ばれるインターネット馬券投票の画面でした。この画面に入るためには3つのキーナンバーが必要なんだけど、昨日ぼくがのぞき見して、富士泉関に教えておいたんだ
「何するんじゃっ!」
横綱はそのスマホを取り返そうと飛びかかった、と思ったら、なんと富士泉関の顔面を殴ったのです。富士泉関の身体はもろくも吹き飛びました。支度部屋は一気に騒然となりました。
「このやろーっ!」
横綱はさらに富士泉関に飛びかかろうとしましたが、他の部屋の力士と横綱の付き人が横綱の身体を抑えました。
「やめてください、横綱!」
「離せ、この野郎! ぶっ殺してやるーっ!」
この場にいたカメラマンたちが一斉にフラッシュをたきました。ああ、こりゃ明日のスポーツ紙に載るなぁ。
「横綱、あんた、こんなことしてて、恥ずかしくないのかよ!」
富士泉関は立ち上がりながら吐き捨てました。
「うるせーっ! わしが何枚馬券を買おうと、わしの勝手だろ!」
「わかんないのかよ、横綱! あんたの相撲は馬券で完全に乱れてる! 競馬はやめてくれよ! 少なくとも場所中は一切買わないでくれよ!」
富士泉関は思いの丈をすべて吐き出しました。支度部屋が一瞬静かになりました。ただただ富士泉関と富士ケ峰関のはぁはぁとした荒い呼吸音が響いてました。と、富士泉関が何かしゃべるようです。
「3年前、あんたは酒で大失敗して酒をやめたよね。そしたら急に強くなって一気に横綱に上り詰めた。
今のあんたは100%馬券中毒になってる。馬券さえやめてくれれば、あのときみたいな強い力士に戻るはずだ。8勝7敗なんて情けないよ。お願いだ、馬券はやめてくれよ!」
横綱は何も応えません。斜め下を見てるだけです。
「失礼します」
と言うと、富士泉関はその場を離れました。
この日富士泉関は財布を任せている付き人とともにタクシーに乗り、葵部屋に帰りました。車中、富士泉関は沈んでました。尊敬していた横綱富士ケ峰関に罵詈雑言を浴びせてしまった。これは部屋を破門されても仕方がない行為です。今富士泉関は破門に怯えてるのかな?
でも、ぼくは今日の富士泉関の行為は称賛できる行為だと思います。ともかくあの横綱は自分に大甘です。心技体の心がなってない。あれでよく横綱と言えたものです。
ま、富士泉関が破門になるかどうかは、葵親方の考え次第です。ぼくがあれこれ言うことじゃありませんね。
タクシーが葵部屋に着くと、富士泉関は親方が待っている部屋を目指しました。
「失礼します」
そう言って富士泉関が襖を開けると、そこは純和室。親方は座布団に座ってました。親方は正座したまま、ほとんど動きません。眼だけを動かし、富士泉関を見ました。
「お帰り、今日も勝ったんだってな。7勝1敗か。もう少しで勝ち越しだな」
と、親方の言葉はこれで終わってしまいました。富士泉関は「なんで横綱に盾突いたんだ!」と怒られると思ってたので、拍子抜けです。もしかしたら親方は、何も知らされてないのかも? 仕方がないから、富士泉関から話を切り出すことにしました。
「あの~、親方・・・」
「わかってる。まあ、座れ」
「し、失礼します」
富士泉関は畳に直に正座しました。葵親方は一呼吸置いて話を始めました。
「あいつは失敗作だ。あいつを作ったのはわしだ。だからあいつの問題行動は、すべてわしの責任でもある」
思わぬ発言です。富士泉関はちょっと動揺しました。
「お、親方・・・」
「お前も記憶してると思うが、あいつは2年前酒を呑んで暴れ、みんなに土下座したことがあったな。あのとき一思いにクビにしておけばよかったんじゃ。まあ、あの後精進して横綱になったが、やっぱりバカはバカだった。
先々場所わしは帰りが遅くなった日があったんだが、あいつのマンションの部屋を見ると電気がついていたんだ。12時だったかな。不思議に思って翌朝やつに訊いてみたら、取組が気になって眠れなかったと言ってたな。だが、それは大ウソだった。
翌日も真夜中12時に見に行ったら、やっぱり電気がついていたんじゃ。やつの付き人に訊いて、ようやくその理由がわかった。やつは馬券を買ってたんじゃ。JRAのレースが行われる日は、全レース予想してた。道理で勝てないはずだ。この場所、終わってみりゃ、やつは10勝5敗だった」
「親方は注意しなかったんですか?」
「注意したさ。そうしたら「うるせい!」と一喝されたよ」
「ええ、親方をですか?」
「ああ、酒を呑んで暴れたときは悪かったという意識はあったようだが、馬券に関しては何一つ問題はないだろうと思ってるらしい。
馬券は酒と同じじゃ。のめり込めば絶対火傷する。あいつはそれがわかってないのじゃ」
富士泉関は唖然としてしまいました。
「次の場所、やつは8勝7敗だった。さすがに他の親方から非難轟々だったよ。かと言ってやつは、わしの言うことなんかぜんぜん聞きやしない。わしもなあ、関脇で終わったから、横綱になったやつには強く言えんのじゃ。
でも、もし今場所優勝か準優勝でもしなけりゃ、やつを引退させようと思ってる!」
ええ、優勝か準優勝でなけりゃ引退だって? で、でも、横綱は8日目終わって5勝3敗じゃん。もう1人の横綱朝桜関も、2人の大関、銀奨関と誉関も、ここまで全勝中じゃん。今ここにいる富士泉関も7勝1敗だよ。富士ケ峰関の引退は確実じゃん!
富士泉関もこの発言にはかなりショックを受けたみたい。でも、なんとか口を開きました。
「横綱にはそのことは話したんですか?」
「ああ、もちろんだ」
「横綱はどんな反応を?」
「なんにも・・・
じゃが、もし今場所も不甲斐ない成績だったら、ほんとうに引退させるつもりだ。あいつは日本相撲界の恥だ。もういいだろう。
あいつを育てた責任もある。わしもそんときゃ引退しないといけないな」
「ええ、親方も?」
「最近胃袋が痛くなってなあ。正直もう辞めたいんじゃよ」
その言葉に富士泉関は、またもや何も言えなくなりました。
「さあ、もう部屋にお帰り」
「は、はい」
富士泉関は立ち上がり、今入ってきた襖に向かって歩き始めました。でも、葵親方が、
「あ」
と声を発すると、ちょっとビクンとして立ち止まりました。
「こんなときだ。明日の露払いは他の部屋の力士に任せよう。おまえは自分の相撲に集中してくれ」
「す、すみません、親方」
と言うと、富士泉関は襖を開け、出ていきました。
富士泉関が廊下に出ました。ぼくは彼を追って襖をすり抜けました。と、富士泉関は振り返り、ぼくを見ました。
「悪いが、今日はここまでにしよう」
というと、富士泉関の姿は廊下の奥へと消えていきました。今日はこれ以上は立ち入らない方がいいようです。
翌日富士泉関は付き人1人とクルマに乗り込みました。さすがに今日は横綱と一緒にショーファードリムジンに乗るわけにはいきません。いつぞやの8人乗りのクルマに乗りました。
クルマが走り出し、そして相撲会場の南門の前につきました。富士泉関がクルマから降りると、
「きゃーっ、いずみさーん!」
「いいぞ、いずみ!」
「日本一!」
物凄い声援と黄色い声です。ここは観客の声を直に聴ける場所の1つです。昨日までは横綱と一緒に地下駐車場に入っていたので気づかなかったのですが、富士泉関ファンはかなり増えてたようです。ただ、
「いずみ、悪い横綱なんかやっつけちまえよ!」
この声援にはビクッとしました。悪い横綱とは富士ケ峰関のことだと思います。実は富士泉関は今朝のスポーツ新聞をすべてを読んでました。スポーツ新聞には昨日の一件が書かれてたのですが、すべて富士泉関善、富士ケ峰関悪と書かれてたのです。観客もみんな富士ケ峰関悪と決めつけてます。「それは絶対間違ってる!」と叫びたいところですが、葵親方も破門を決意してます。つまり、葵部屋から見ても富士ケ峰関の存在は悪なのです。富士泉関は反論したくても反論できません。
と、突然マイクを持ったおばちゃんが群衆の中から現れ、そのマイクを思いっきり伸ばしてきました。
「富士泉さん、富士泉さん、今回の横綱の暴行をどう感じましたか?」
後ろにカメラクルーがいるところを見ると、どうやらテレビ局のレポーターみたいです。こんな人に絡まれると大変です。富士泉関は足早に建物の中に入って行きました。
「横綱!」
横綱が振り返ると、富士泉関が横綱にスマホを向けて立ってました。それは横綱のスマホです。
「横綱、今日も馬券、買いましたよね?」
それはIPATと呼ばれるインターネット馬券投票の画面でした。この画面に入るためには3つのキーナンバーが必要なんだけど、昨日ぼくがのぞき見して、富士泉関に教えておいたんだ
「何するんじゃっ!」
横綱はそのスマホを取り返そうと飛びかかった、と思ったら、なんと富士泉関の顔面を殴ったのです。富士泉関の身体はもろくも吹き飛びました。支度部屋は一気に騒然となりました。
「このやろーっ!」
横綱はさらに富士泉関に飛びかかろうとしましたが、他の部屋の力士と横綱の付き人が横綱の身体を抑えました。
「やめてください、横綱!」
「離せ、この野郎! ぶっ殺してやるーっ!」
この場にいたカメラマンたちが一斉にフラッシュをたきました。ああ、こりゃ明日のスポーツ紙に載るなぁ。
「横綱、あんた、こんなことしてて、恥ずかしくないのかよ!」
富士泉関は立ち上がりながら吐き捨てました。
「うるせーっ! わしが何枚馬券を買おうと、わしの勝手だろ!」
「わかんないのかよ、横綱! あんたの相撲は馬券で完全に乱れてる! 競馬はやめてくれよ! 少なくとも場所中は一切買わないでくれよ!」
富士泉関は思いの丈をすべて吐き出しました。支度部屋が一瞬静かになりました。ただただ富士泉関と富士ケ峰関のはぁはぁとした荒い呼吸音が響いてました。と、富士泉関が何かしゃべるようです。
「3年前、あんたは酒で大失敗して酒をやめたよね。そしたら急に強くなって一気に横綱に上り詰めた。
今のあんたは100%馬券中毒になってる。馬券さえやめてくれれば、あのときみたいな強い力士に戻るはずだ。8勝7敗なんて情けないよ。お願いだ、馬券はやめてくれよ!」
横綱は何も応えません。斜め下を見てるだけです。
「失礼します」
と言うと、富士泉関はその場を離れました。
この日富士泉関は財布を任せている付き人とともにタクシーに乗り、葵部屋に帰りました。車中、富士泉関は沈んでました。尊敬していた横綱富士ケ峰関に罵詈雑言を浴びせてしまった。これは部屋を破門されても仕方がない行為です。今富士泉関は破門に怯えてるのかな?
でも、ぼくは今日の富士泉関の行為は称賛できる行為だと思います。ともかくあの横綱は自分に大甘です。心技体の心がなってない。あれでよく横綱と言えたものです。
ま、富士泉関が破門になるかどうかは、葵親方の考え次第です。ぼくがあれこれ言うことじゃありませんね。
タクシーが葵部屋に着くと、富士泉関は親方が待っている部屋を目指しました。
「失礼します」
そう言って富士泉関が襖を開けると、そこは純和室。親方は座布団に座ってました。親方は正座したまま、ほとんど動きません。眼だけを動かし、富士泉関を見ました。
「お帰り、今日も勝ったんだってな。7勝1敗か。もう少しで勝ち越しだな」
と、親方の言葉はこれで終わってしまいました。富士泉関は「なんで横綱に盾突いたんだ!」と怒られると思ってたので、拍子抜けです。もしかしたら親方は、何も知らされてないのかも? 仕方がないから、富士泉関から話を切り出すことにしました。
「あの~、親方・・・」
「わかってる。まあ、座れ」
「し、失礼します」
富士泉関は畳に直に正座しました。葵親方は一呼吸置いて話を始めました。
「あいつは失敗作だ。あいつを作ったのはわしだ。だからあいつの問題行動は、すべてわしの責任でもある」
思わぬ発言です。富士泉関はちょっと動揺しました。
「お、親方・・・」
「お前も記憶してると思うが、あいつは2年前酒を呑んで暴れ、みんなに土下座したことがあったな。あのとき一思いにクビにしておけばよかったんじゃ。まあ、あの後精進して横綱になったが、やっぱりバカはバカだった。
先々場所わしは帰りが遅くなった日があったんだが、あいつのマンションの部屋を見ると電気がついていたんだ。12時だったかな。不思議に思って翌朝やつに訊いてみたら、取組が気になって眠れなかったと言ってたな。だが、それは大ウソだった。
翌日も真夜中12時に見に行ったら、やっぱり電気がついていたんじゃ。やつの付き人に訊いて、ようやくその理由がわかった。やつは馬券を買ってたんじゃ。JRAのレースが行われる日は、全レース予想してた。道理で勝てないはずだ。この場所、終わってみりゃ、やつは10勝5敗だった」
「親方は注意しなかったんですか?」
「注意したさ。そうしたら「うるせい!」と一喝されたよ」
「ええ、親方をですか?」
「ああ、酒を呑んで暴れたときは悪かったという意識はあったようだが、馬券に関しては何一つ問題はないだろうと思ってるらしい。
馬券は酒と同じじゃ。のめり込めば絶対火傷する。あいつはそれがわかってないのじゃ」
富士泉関は唖然としてしまいました。
「次の場所、やつは8勝7敗だった。さすがに他の親方から非難轟々だったよ。かと言ってやつは、わしの言うことなんかぜんぜん聞きやしない。わしもなあ、関脇で終わったから、横綱になったやつには強く言えんのじゃ。
でも、もし今場所優勝か準優勝でもしなけりゃ、やつを引退させようと思ってる!」
ええ、優勝か準優勝でなけりゃ引退だって? で、でも、横綱は8日目終わって5勝3敗じゃん。もう1人の横綱朝桜関も、2人の大関、銀奨関と誉関も、ここまで全勝中じゃん。今ここにいる富士泉関も7勝1敗だよ。富士ケ峰関の引退は確実じゃん!
富士泉関もこの発言にはかなりショックを受けたみたい。でも、なんとか口を開きました。
「横綱にはそのことは話したんですか?」
「ああ、もちろんだ」
「横綱はどんな反応を?」
「なんにも・・・
じゃが、もし今場所も不甲斐ない成績だったら、ほんとうに引退させるつもりだ。あいつは日本相撲界の恥だ。もういいだろう。
あいつを育てた責任もある。わしもそんときゃ引退しないといけないな」
「ええ、親方も?」
「最近胃袋が痛くなってなあ。正直もう辞めたいんじゃよ」
その言葉に富士泉関は、またもや何も言えなくなりました。
「さあ、もう部屋にお帰り」
「は、はい」
富士泉関は立ち上がり、今入ってきた襖に向かって歩き始めました。でも、葵親方が、
「あ」
と声を発すると、ちょっとビクンとして立ち止まりました。
「こんなときだ。明日の露払いは他の部屋の力士に任せよう。おまえは自分の相撲に集中してくれ」
「す、すみません、親方」
と言うと、富士泉関は襖を開け、出ていきました。
富士泉関が廊下に出ました。ぼくは彼を追って襖をすり抜けました。と、富士泉関は振り返り、ぼくを見ました。
「悪いが、今日はここまでにしよう」
というと、富士泉関の姿は廊下の奥へと消えていきました。今日はこれ以上は立ち入らない方がいいようです。
翌日富士泉関は付き人1人とクルマに乗り込みました。さすがに今日は横綱と一緒にショーファードリムジンに乗るわけにはいきません。いつぞやの8人乗りのクルマに乗りました。
クルマが走り出し、そして相撲会場の南門の前につきました。富士泉関がクルマから降りると、
「きゃーっ、いずみさーん!」
「いいぞ、いずみ!」
「日本一!」
物凄い声援と黄色い声です。ここは観客の声を直に聴ける場所の1つです。昨日までは横綱と一緒に地下駐車場に入っていたので気づかなかったのですが、富士泉関ファンはかなり増えてたようです。ただ、
「いずみ、悪い横綱なんかやっつけちまえよ!」
この声援にはビクッとしました。悪い横綱とは富士ケ峰関のことだと思います。実は富士泉関は今朝のスポーツ新聞をすべてを読んでました。スポーツ新聞には昨日の一件が書かれてたのですが、すべて富士泉関善、富士ケ峰関悪と書かれてたのです。観客もみんな富士ケ峰関悪と決めつけてます。「それは絶対間違ってる!」と叫びたいところですが、葵親方も破門を決意してます。つまり、葵部屋から見ても富士ケ峰関の存在は悪なのです。富士泉関は反論したくても反論できません。
と、突然マイクを持ったおばちゃんが群衆の中から現れ、そのマイクを思いっきり伸ばしてきました。
「富士泉さん、富士泉さん、今回の横綱の暴行をどう感じましたか?」
後ろにカメラクルーがいるところを見ると、どうやらテレビ局のレポーターみたいです。こんな人に絡まれると大変です。富士泉関は足早に建物の中に入って行きました。